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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第四十五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/11/30 14:02





「――――宗一郎様」

襖の開く音と共に、落ち着いた女性の声が響いた。
柳洞寺の奥まったところにある、居住区の一室。
寺らしい畳敷の和室は、日本家屋特有の木とイグサの香りに包まれ、中の者の気を落ち着かせる。
障子から差し込む午後の光は柔らかく室内を照らし、冬の空気を暖めていく。

「なんだ」

部屋の主である葛木宗一郎は、文机に向かって書類を整理していた。
手にしたボールペンをゆっくりと動かす一方で、その表情は眉ひとつ動いていない。
能面のような、と言うよりもそれこそが素であると万人が悟れるほどにナチュラルな無表情であった。

「処理は完了しました。宗一郎様は午後から出張で、学校にはいなかった事になっています。授業のなかった昼休み前の空白時間以降を区切りに改竄を行いましたので、関係者と目撃者についての記憶処理は最小限となっています」

襖の前に傅き、静かに報告を上げるのは、魔術師のサーヴァント。
フードを外し、素顔を晒したキャスターは、主とは異なり柔らかさを保った表情であった。

「そうか」

背後からの声に振り返りもせず、それのみを告げて葛木はただ黙々と書類と向き合い続ける。
まるで、それ以外に関心がないと言わんばかりに。

「無事な職員も指示あるまでしばらくは自宅待機との事です。今朝方、連絡が入りました」

だが、それが常の姿であると理解しているキャスターは、気にした風もない。
むしろ、いつもと変わらぬ様子に安堵すらするだろう。

「…………」

とうとう言葉を発さなくなった葛木は、書き終えた書類をバインダーに纏めた。
それを傍らに退け、文机のスペースを開けると、今度はノートPCを机の脇から取り上げ、立ち上げる。
カリカリというPCの機械音のみが、しばらくの間室内を満たす。

「……何かあるのか、キャスター」

ふと、葛木が声を上げた。
いつまでも立ち去らず、襖の前に膝を付いたままのキャスターに気づいたからだ。
僅かに表情を強張らせるキャスターであったが、ふっと息をひとつ吐くと、口を開いた。

「……宗一郎様。今回の聖杯戦争は、狂っています」

キャスターは『魔術師』のサーヴァントである。
言うまでもなく、古の魔術に秀でた者がその召喚対象とされる。
最弱のハズレクラスというレッテルを貼られているものの、見方を変えればサーヴァントの中で唯一、冬木という霊地のすべてを利用した魔術儀式である、聖杯戦争の深淵に辿り着ける可能性を持つ存在でもあるのだ。
勿論、召喚される者の実力にもよるのだが、このキャスターの場合は杞憂。
霊脈の終着地点であるこの円蔵山は柳洞寺を拠点に、霊脈すべてを己が意のままに操る事など造作もない。
主が魔術師でない事から来る自身の魔力供給の問題も、この応用で解決している。
この事実だけを取り上げても、キャスターの魔術師としての非凡さが窺い知れる。

「恥を忍んで申し上げます。私の見識を以てしても、そのすべてを解明出来てはおりません」

だが、このイレギュラー入り混じる狂った聖杯戦争に関しては、さしものキャスターの力も及ばなかった。
バグだらけのCPUを前に膝を屈したプログラマーのようなものだ。しかも、事はそれよりも性質が悪い。
下手すれば、そのCPUのイタズラでプログラマーがプログラマーですらなくなってしまう可能性をも孕んでいる。
冬木中に張り巡らせた監視網から、キャスターは狂戦士、そして騎乗兵の変貌を目の当たりにしていた。
大嵐を核とした風の巨竜と、巨大兵器を操る機械の少女。
およそキャスターの与り知らぬ存在、しかし戦闘能力は常のサーヴァントとは隔絶した物を持つ。
それだけでも脅威だが、なにより恐ろしいのは、そのイレギュラーが自分にも降りかかる可能性が高いという事だ。
否、確実にそうなるであろうとキャスターは睨んでいる。
事は、聖杯を介して行われている。その事までは、キャスターの才覚が暴き出している。
だからこそ、どう足掻こうと聖杯の紐付きである自分に逃れる術はない。
その残酷な真実までをも、彼女は暴き出してしまっていた。

「この狂った宴は、もはや万人の意図を離れて迷走しています。いつかきっと、私は私ではない存在へと変貌するでしょう。そして、聖杯もまた……」

彼女の言葉は固く、鉛のように重かった。
パチパチ、とキータイプの乾いた音が部屋の中に反響する。
まるで場違いなそれが、主の反応を雄弁に語っていた。
暫しの間、沈黙が部屋を満たす。

「今ならまだ、宗一郎様を……元の日常へと戻す事も出来ます」

顔を伏せた彼女が、ぽつりと漏らしたその時であった。

「その必要はない」

今までなんらの反応も示さなかった葛木が、意思の籠った即答を返した。
はっ、とキャスターが顔を上げる。

「今、なんと」
「その必要はない、と言った」

数瞬の間、キャスターの動きが止まった。
呼吸すら忘れている。

「……なぜ」
「それがお前の本意か」

違う。彼女の咽喉元まで、その一言がせり上がる。
この主と離れたいなど欠片も思ってはない。
願わくば、未来を共に添い遂げたいとすら思う。
キャスターが袂を分かつと言ったのは、偏に主を愛しているがゆえ。
愛しているからこそ、死なせたくはないのだ。

「……ですが」
「お前をこの寺に運び込んだ時」

彼女の言葉を遮り、振り返らぬまま、葛木は告げる。

「叶えたい願いがある、手を貸してほしい。そう、お前は言った。その際言ったはずだ。手が欲しい時は言え、と」
「……え、ぁ……!?」

キャスターの脳裏に、フラッシュバックのようにあの夜の記憶が甦った。
幸薄かった自分に運命が微笑んだあの瞬間、己の前で葛木はたしかにそう言った。
そして、その約束をどこまでも守ると、彼はキャスターに告げたのだ。
ぐるぐると、彼女の頭に彼の宣告が渦を巻く。
胸の奥からじんわりと、痺れるように熱い物が込み上げてくる。
思考は細切れフィルム同然に切れ切れで纏まりなく、身体も金縛りにでもあったように動かない。
この身体を駆け巡っている感情がいったいなんなのかさえ、キャスターは解らないでいた。

「本、当に……」

戦慄く唇から、嗚咽にも似た響きを伴って言葉が呟かれる。

「共に……いて、くださるのですか。宗、一郎……」

返ってきたのは、やはり感情の色なき平坦な声だった。

「お前がそれを望むのならば、俺はそれに応えるだけだ」

その応答を皮切りに、遂に、キャスターの瞳から一粒の雫が零れ落ちた。
一度堰を切ったら、あとは止まらない。
次から次へと流れ落ちる。行く先さえもままならない、彼女の迸る感情のままに。
それはさながら、真珠の雨のようであった。

「……私は……貴方を」

せり上がる嗚咽を押し殺し、そうして、キャスターは決意する。

「死なせは……しない」

どれほど困難な道程であろうと、この最愛の主を生かしてみせる。
たとえ、この身がどうなろうとも。添い遂げたいという、密やかな願いをも捧げて。
伏せていた顔を上げた時には、その絶対なる意志の輝きが、炯々とキャスターの瞳に宿っていた。

「すべての鍵は……あの子、ね」

一見すれば、狂乱の宴。しかし、その中心には、確かな基点が存在する。
策謀の魔女の頭脳は、既にそのファクターを見出していた。

「……ふ」

音もなく、すっと閉じられる襖。
情に殉じる女の凄味が、端正な彼女の貌にぎらぎらと浮かび上がっていた。





時計は既に二時を回り、美味な昼食を終えて皆の空腹が満たされた頃。
南中を過ぎ、斜陽の入り口へと差しかかろうとする陽光が、空気を柔らかく温めていく。
目を閉じれば、そのまま微睡の奥に引き込まれそうなほど、衛宮邸の中は暖かく、居心地のいい空間が形成されていた。
その一角、本やら宝石やら“フエルミラー”やら、はたまた紅も鮮やかな衣類が置かれた凛の居室にて。

「…………」
「おーい、遠坂……」
「…………」
「り、凛さ~ん」
「…………」

微睡も、午睡をも超え、その最果てにまで至った部屋の主が、机の上に覆いかぶさるように突っ伏していた。
ピクリとも動く気配はなく、まるで精巧なマネキンが置いてあるかのようですらある。
士郎が呼びかけ、のび太が揺さぶるも、ただただ部屋の空気を無駄に振動させるに終わっていた。

「……返事がない」
「ただのしかばねのよう……ぐふっ!?」

言いかけた士郎の鳩尾に、いつの間にか突き立てられている崩拳。
腹の一点を貫き通すかのような衝撃に、士郎の肺腑から空気が強制的に排出された。

「……生きてるわよ」

凛は、机に突っ伏した姿勢のまま、彼に拳を突き刺していた。
中国武術の嗜みもある凛の一撃は鋭く、そしてとてつもなく重かった。
立っている事など到底不可能。士郎はぶるぶる震えながら、がくりと床に膝を付いた。

「士郎さん、大丈夫!?」
「あ、ああ……っぐ……ちょ、っとは、手、加減っ、してくれ……!」
「――――ウルサイ。ちょっと黙ってて」
「ひえっ!?」

恐ろしく低い凛の声に、思わずのび太が竦み上がる。
まるで地の底から這い上がってくる怨霊のような呻きであった。

「ぐ、くぅ……っ、ど、どうしたんだ、遠坂?」
「……色々と限界を超えちゃったみたいね」

さりげなく士郎の背中をさすっていたイリヤスフィールが解説を入れる。
彼女もまた、頭痛を堪えるように米神を指で押さえ、眉をこれでもかとばかりに顰めている。

「そのようだな……認めよう。私の覚悟も、まだまだ足りていなかったようだ」

部屋の隅に陣取っていたアーチャーが同意を示す。
その表情は、常の鉄仮面ではない。
懊悩を堪えるような難しい表情を貼り付け、口元はひくひくと引き攣っていた。
この男にしては珍しく、じっとりと汗までも掻いている。

「やはりこうなりましたか」
「ラ、ライダーは平気なの?」
「ある程度の事は知っていましたので」

凛のベッドに並んで腰掛けているのは、桜とライダーの主従。
目を瞬かせ、狼狽の体を露わにする桜を、ライダーが頭を撫でて宥めている。
外観年齢は明らかに桜の方が上なのだが、行動だけを見るとどちらが年上なのか解らない有様である。

「セイバー、どうかした? 頭痛いの?」
「……いえ、構わないでください。リーゼリット」

机の傍にて片手で頭を抱え、ぐったりと顔を伏せたセイバーに、リーゼリットが心配そうに声を掛けた。
指の隙間から覗くセイバーの瞳はやや虚ろであり、翡翠の緑がくすんで色褪せていた。

「……どうぞ」

どこからともなく、セラが凛の横に水入りのコップと薬包紙を差し出す。
彼女の表情までもが例に漏れず、熊胆を無理矢理舐めさせられたかのような苦渋に満ちていた。

「セラさん。この薬、なに?」
「頭痛薬と胃腸薬、それから……沈静剤と精神安定剤の効用をも兼ねたものです」
「……なんでそんなもん常備してるんだよ」
「メイドとしての嗜みです。一度に大量に服用さえしなければ、さしたる危険もありません。効果はアインツベルンの名において保証します」
「しかも、アインツベルン謹製かよ」

効きそうだが、どこか怖いシロモノであった。
生真面目なセラが言うのなら、たしかに間違いないのだろう。
しかし、魔術師の大家というその背景を考えれば、よほど切羽詰まっていない限り、普通は敬遠したくなるものだ。
そう、よほど切羽詰まっていない限りは……。

「――――だぁああッ!」
「う、うわっ!? 凛さん!?」

突如、机上に轟沈していた凛ががばっと跳ね起きる。
そして、目にも止まらぬ速さで薬包紙を引っ掴むと、ざあっと一気飲みするように中身を煽った。

「あっ……」

のび太が呆気に取られる中、凛はコップの水をぐびぐび飲み干す。
やがて、たん、とグラスを机に置いたその瞬間、のび太の目に凛の顔が飛び込んできた。

「り、凛さん……」
「ヒドイ顔」

一言で言えば、これ以上ないほどやさぐれていた。
一升瓶でも手にしていれば完璧だ。ヤケ酒を好み、何かにつけ周囲に当たり散らす荒れきった人間として舞台に上がれるだろう。
目は落ち窪み、輝きとは違う尖ったぎらつきが瞳には宿っている。
頬はこけ、げっそりとやつれて、無茶苦茶なダイエットでもしたかのような不健康さに溢れている。
前にやらかした、ヤケ食いの分を差し引いてもお釣りがくるどころではないほどの憔悴具合であった。
口元の滴を乱暴に拭い、そのままじろりとのび太をねめつける。
まるで肉厚のナイフでどてっ腹をぞぶり、と突き刺すような、剣呑極まる視線であった。
物理的な干渉力があれば、間違いなくのび太の命は終わっていただろう。

「アンタらって、ホンット……っ!」

それで終わり。
堪えきれない何かを吐き出すように口をわなわなと震わすも、後は言葉にならなかった。
首筋を掻き毟りたいほどにもどかしい感情が滲む、その無音の慟哭。
それでも、言いたい事は痛いほど周囲に伝わっていた。

「……うん、まあ、言葉がない点では同意見だけどさ」
「右に同じく、です」
「左にも同じくだ」
「同意を示します」
「うん、同感」
「ごめんなさい、のび太くん」
「あうぅ……」

矢継ぎ早に飛び出してくる賛同意見に、のび太はバツが悪そうに身じろぎするしかない。
別段、悪い事などしていないはずなのに、この決まり悪さだけは如何ともしがたい。

「どれだけ常識と良識と魔法にケンカ売ってるのって話よ、もう……なによ、ラ○ュタよろしく雲の上に作った国とか、海底に造られた古代海底人文明の核弾頭施設とか、科学じゃなくて魔法が常識になったパラレルワールドとか、銀河を越えて星屑の彼方のテーマパークとか……」
「本物の地球を夏休みの宿題ごときで作ったに留まらず、数万年、数億年前の地球でいろいろと大立ち回りを繰り返したり……」
「時空や宇宙の犯罪者に追いかけ回されたかと思いきや、土壇場で大逆転の倍返しを喰らわせる」
「挙句の果てには、新しい種を片手間に創造して、いつの間にやら神様にまで祭り上げられちゃってる……」
「もう、貴方が王になればいいんじゃないかな」
「いえ、訳が解りませんよ。セイバー」

文字通り古今東西を問わず、それどころか四次元をも股に掛けた大冒険の数々。
その大半を詳らかにした今、のび太は針の筵同然であった。
逆上してくれた方が、まだしもマシだったかもしれない。
数にして、ざっと二十譚。
語り始めたと同時に皆、呆れ果てるやら脱力するやら頭を抱えるやら、終いには皆の瞳から光が消え失せていった。
折り返しに差し掛かった時には、ほぼ全員がグロッキー状態。死屍累々といった悲惨な有様で、残りは皆、ほとんど義務感と惰性のみで脳と耳を動かしていた。
ダメージが少なかったのは、この手のものに耐性を持っている士郎と、リルルの記憶を引き継いでいるライダー、情緒面において一般人とズレたところのあるリーゼリット、そして事前に幾分か聞かされて覚悟が完了していたイリヤスフィール。
逆にダメージが深刻だったのは、やはり自意識の堅固な凛であった。
ちなみに、フー子はのび太の部屋で昼寝中である。
布団にくるまり、陽だまりの猫のようにぬくぬくしている。

「アンタいったい何様だってのよ……一家に一台ドラえもん……ミニドラでもいいけど……“もしもボックス”……嗚呼、第二魔法……なにそれおいしいの……セラ、ありがと」
「いえ……」

かりかりとテーブルに爪を立て、なにやらぶつぶつ呟き出した凛。
ノイローゼになった幽霊が皿を数えているかのような不気味さである。
差し出されたコップを取り上げ、憐憫の入り混じった複雑な視線を向けるとセラは一旦、部屋から離れていった。

「ふぅううっ……さて、何から話していくべきなのやら……」

ようやく独り言が収まり、米神をぐりぐりとやりながら凛がそうこぼす。
即効性の薬だったのか、幾分か落ち着いたようだが、まだ処理が追いついていないようである。
それだけ、のび太の話のスケールがあまりにも大きすぎたという事なのだろう。

「……とりあえず、残るランサー・キャスター・アサシンの該当者は絞るべきか。これだけ引き出しが出てくれば、ある程度は可能だ」
「まあ、そうね……ポセイドンやらが出てきた時は心臓止まりそうになったけど、ライダーの元カレとは別物みたいだし」
「その言い方は止めて頂けませんか。多分に語弊があります」
「あーはいはい」

煙たそうに一蹴する。
おざなりな対応にライダーの眦が鋭くなったが、彼女の内心を察してかそれ以上追及はしなかった。

「まずはキャスターね。候補は……えー」
「デマオン、オドローム、レディナ……こんなところかな」

士郎が指折り数えて候補を上げる。
じろり、と凛が士郎に鋭い視線を向けたが、やがてふうっと重い息を吐いて額に指を当てた。

「レディナはともかく、残りのふたりは一筋縄じゃいかなさそうね……話の通りだとすると」
「オドロームも問題だが、特にデマオンはな。宇宙の星として心臓が隠されていて、それを銀のダーツで射る事でしか倒せんとか何の冗談だと言いたい。バーサーカーやアキレスが可愛く見えてくる」
「……いえ、それは問題ないのではないですか?」

アーチャーの懸念に、セイバーが否定の意を示した。
彼女の眉間には固く皺が寄っており、コツ、コツと時折、額に拳をぶつけている。
ある意味、ノイローゼ寸前の体そのものであった。

「その心は?」
「“とりよせバッグ”で、そこまでの直通路を開けば済む話です」
「……成る程。だが、銀の矢はどうする」
「それも同じ方法でなんとでも」
「それは……いささか他力本願すぎはしないか?」
「では他にそれ以上の方法があるとでも?」
「…………」

この一言には、ぐうの音も出なかった。
諦めたように目を伏せたアーチャーの沈黙を無言の肯定と断じ、セイバーは続ける。

「アサシンは……見当もつきませんね」
「そうね、それらしいのがないし。うーん……強いて挙げれば、ギラーミンくらいかしら」

思案顔のまま、イリヤスフィールが憶測を述べる。
キャスター候補は多いが、反面、アサシンの候補は皆無と言っていいほど該当者がいなかった。
のび太が出会った実力者の中で、物理的な意味での隠行に長ける者は少なく、どちらかと言えば政治や商業、支配がらみでの隠行に長ける者が多かった。
条件を満たす者は、ぎりぎりのラインで宇宙一の殺し屋と称されたギラーミン。
だが、のび太の話を聞く限りでは凄腕のガンマンと、相手を陥れる策略家としての側面が強調されており、アサシン候補とするには弱いと言わざるを得なかった。

「でもランサーは」
「おおよその見当がつきますね」

イリヤスフィールから、今度はライダーが言葉を引き取る。
おとがいに指を当て、なにが面白いのか口元にうっすらと笑みを浮かべながら唇を動かす。

「牛魔王」
「しかないわね、確実に」
「そうだな。ゲームのボスだったとはいえ、神仏と真っ向からやり合ってタメ張れる、『西遊記』最強の敵だからな」

憶測は共通のもののようで、凛と士郎が同意を示した。
牛魔王なら役者不足どころではない。むしろ大本命である。
戦い方は至極真っ当なものゆえに、正当な意味での力と力のぶつかり合いとなるだろう。

「はあ……」

鉛色の溜息が、室内の空気を重くした。
凛などは、しきりに胃の辺りを摩っている。
サーヴァントなどより、こちらの方がよほどに大敵であった。

「でも、どれだけここで頭捻ったところで、結っ局は出たとこ勝負なのよね……うう、面倒な」
「同感だが……予備知識と心構えが出来る分、まだマシな方だろう。いずれにしろ、残る陣営が三つとなった以上、早晩、全員と刃を交える事になる。最初に仕掛けてくるのは……さて、どちらかな」
「ん、ミニドラ、なにか言ってた?」

リーゼリットがコテン、と首を傾げる。
ミニドラ達には、改めて残る敵陣営の監視と索敵を依頼していた。
報告は、この会合の少し前に凛が受け取っている。

「キャスター陣営には、特に動きはないらしいわ。いたって静かなものだって」
「そうなの。やっぱり目立った動きはしないのね」
「それ以前に、これ以上ない霊地を自陣にしておいて、自分から動くのは愚の骨頂だ。それこそ、差し迫った特段の理由でもない限りな。まだ静観を続けるつもりか、何かしらアクションを起こすかはまだ読めんが、警戒は続けておくべきだろう」
「ええ。それと、ランサーの方はどうです」

セイバーがそう言った途端、凛の表情が急にげんなりしたものへと変化した。
まるで昔ファンだったアイドルが、久々に見ると見る影もなく落ちぶれ果てていた時のような顔であった。

「どうしました?」
「……ランサーは、深山にいるようよ」
「深山? もしかして、そこにランサーの拠点が?」

士郎の言葉に、凛はゆっくりと頭を振る。
どういう事かと、再度尋ねかける士郎を掌で制止し、脱力の極みのままに凛が答えた。

「魚屋よ……」
「は?」
「ゴム長靴とエプロン付けて、大将と一緒にサバの叩き売りをやってたらしいわ」
「……はあ?」

全員、空いた口が塞がらなかった。
話によると、冬木港で夜釣りに勤しんでいたランサーはまたもやサバを大量に釣り上げ、しばらく何事かを考えた末に、夜も明けきらぬ早朝に深山商店街の魚屋に赴き、釣れ過ぎたからよければ売り物にでもしてくれと裾分けに行ったらしい。
既に魚市から仕入れを終えて戻っていた店主であったが、気を悪くするでもなく快くそれを受け取ると、貰いっ放しでは悪いと思ったか、魚のうまい下ろし方と調理法を教えてやるぞと誘いをかけ、ランサーは喜び勇んでそれに乗ったそうな。
やがて意気投合したふたりは、開店と同時にサバの緊急特売を始め、抜群のコンビネーションで馬鹿にならない売り上げを稼いていたそうだ。

「『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』……ね」
「ぬ……」

ぽつりと漏れたイリヤスフィールの感想に、微かに身じろぎする赤い影があった。
天下の『クー・フーリン』が、鄙びた地方の魚屋で、営業スマイルも朗らかに威勢よく魚の叩き売り。
もはやなんの冗談だ、という話である。
英霊の『え』の字も窺えない、威厳もへったくれもない奔放さであった。

「アイツ……何しに、この世に来たんだろ」
「知らん。そして、知りたくもない」
「“クランの猛犬”の雄姿は、いったいどこへやら……」
「……あんなの、サーヴァントじゃないわ。鯖徒(サーバント)よ」
「姉さん、それはちょっと……」

桜のツッコミを最後に、部屋にはしん、と耳が痛いほどの沈黙が訪れた。
弛んだゴム紐のような空気は、居並ぶそれぞれに居心地の悪さを等しく与えていた。
からからと空回りする歯車の如く、なにも進まず、停滞だけがその場に居座っている。
漂う無常の雰囲気が、この会合の締まらぬ終幕を告げた。

「……とりあえず、これで解散にしましょ。わたしはしばらく寝る事にするわ」

凛の言とは、つまりは不貞寝である。
もっと正確に言えば、ノビタ・アドベンチャー・ショックで負ったダメージリカバリーのための静養といったところか。

「では、私は部屋に戻ります。サクラはどうしますか?」
「あ、じゃあ一緒に行こう、ライダー」
「小僧、道場に来い。前回の続きだ」
「……解ったよ」

三々五々と、凛の部屋から去って行く。
リーゼリットは睡眠時間を稼ぐために己が寝床へ。
イリヤスフィールは、TVのある居間へと向かっていった。

「私も部屋へ戻ります。少々……整理が追いついていませんので」
「……そうね。セイバーも、わたしとおんなじか」

古戦場の幽鬼さながらに、凛は覚束ない足取りでベッドへ向かう。
そのセイバーの言葉が、言葉以上に深い真意を含んでいる事に、今の彼女が気づくはずもない。
それほど、彼女の心身は摩耗し尽くしていた。

「あの、本当に大丈夫ですか、凛さん?」
「アンタが言うか、それを。まあ、大丈夫よ。ちょっとすれば……はあ」

どすっ、とベッドへ腰かけ、部屋に暗雲が垂れ込めそうなほど重い溜息を以て凛は元凶への返答とした。
気まずそうなに頭を掻くのび太の背中を、立ち上がったセイバーがそっと叩く。

「行きますよ、ノビタ。もう……リンを休ませてあげましょう」
「今にもわたしが死にそうな言い方、しないでちょうだい……」

実際、それに限りなく近くはあるのだが、セイバーは言わないでおいた。
主に精神の問題なので、落ち着けば夜までには皆、回復するだろう。

「それでは、リン。お大事に」
「…………」

廊下へ出た二人が、カチリと静かにドアを閉める。
途端、ぼす、ぼすと枕を叩く弱々しい音が、中から断続的に響くのであった。





激動の前の小休止は、ここで終わり。
この夜、狂乱の宴は新たな段階へと進む。





風雲を呼ぶは、魔に潜む王帝の性。
鐘を鳴らすは、士に沈んだ漆黒の悪。





演者は踊る。今はただ。
狂気の脚本家の――――望みのままに。






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