<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28951] 第四十三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/13 18:35





「――――ふむ」

紫の女神が来る少し前に、弓兵は眼鏡の少年の枕元にやって来ていた。
カーテンから漏れる黎明の陽射が柔らかい客間、その畳の床に敷かれた一組の布団で、一組の幼い男女が身を寄せ合うようにして眠っている。
少年の方は言うまでもなくのび太、そして少女の方は、これまた言うまでもなくフー子である。
『男女七才にして席を同じくせず』という言葉を真っ向からぶち破っているこの光景だが、しかし妖しさなどは欠片すらもなく、そこには微笑ましさのみがあった。
とはいえ、やはり思うところがない訳でもない。アーチャーは、知らずにらしくもない一言を呟いた。

「……女難の相が出ているな。将来、苦労するかも知らんぞ」

お前が言うな、とどこからか幻聴が聞こえてきそうな言であった。
軽く肩を竦めたアーチャーは、そのまま徐に口を開く。

「起きろ、少年。既に日は昇っているぞ」

揺さぶりはせず、言葉のみを投げる。
しかし、相手は寝汚い事に定評のあるのび太だ。寝つきの良さはオリンピック金メダル級である。一度寝付けば、そんな程度で起きる訳もない。
これで起きれば、無遅刻居眠りなしの優良児童であっただろう。
ただし、頭に『成績』は付かない。それこそが、のび太がのび太である所以である。
ところが。

「うぅ……ん、ぁ……アー……チャー、さん?」

微睡みがかったのび太の声が、布団の中から発された。
目を『3』の字にしてしょぼしょぼとさせているが、のび太はたった一言で覚醒を果たしていた。
ゆっくりと上半身のみを起こし、冬の朝の空気にぶるっと一度身震いすると、枕元の眼鏡を取り上げてぼうっとアーチャーを見上げた。

「うにゅ……」

一方で、フー子は未だ覚醒には至らず、のび太が起きたせいで布団の中へ入ってきた寒気に身を震わせて、のび太にぴたりと密着してきた。
胴に手を回し、両脚をのび太の脚に絡ませ、餅のように瑞々しいほっぺたも鮮やかなオレンジの頭も、のび太の鳩尾辺りへぐりぐりと押し付けていた。
さながら抱っこちゃん人形である。

「ふむ。ふたり仲良く睡魔と戯れているところ悪いが、眼は覚めたかね……む」

あまりに微笑ましすぎる光景に苦笑気味のアーチャーであったが、突如、その表情が険しくなった。
のび太の顔の、ある事に気づいたからだ。

「ふあ、ぁあふ」
「……いや、いささか訂正しよう。よく眠れたかね」

まずは隈だ。目の下に、くっきりはっきりと浮かんでいる。
次に、目の端から横一直線に白い跡が走っている。涙の残滓が乾いたものだ。
極めつけは、さっきの生あくびだ。熟睡したもののそれではなく、それよりもやや濁っていた。
つまり。

「……ううん、あんまり。昨日は、その」

のび太は、芯から眠れていないのだ。
だからこそ、たった一度の呼びかけで眠りから覚める事が出来た。
その理由は、容易に察せられる。

「そうか……いや、そうだったな。彼女と、再会もそぞろに盛大に争った挙句に」
「それは、その。いいんです。リルルも、そういう事を覚悟してた、みたいだったから。悲しいけど、リルルがぜんぶ納得してやったのなら、僕は……」

泣きたいような、笑いたいような、そんな歪で痛々しい表情をのび太は浮かべていた。
そんな彼に何かを言えるほどの繋がりもないアーチャーは、ただ黙ってそれを見ている。
しかし、いつまでもこうしている訳にもいかない。時計の針は、今この時も確実に時を刻んでいるのだ。
湿っぽくなった空気の中で、時間をただ浪費するのはあまりにも惜しい。

「……とにかく、まずは顔を洗いたまえ。ひどい顔だ。そら」

数秒の間隔を置いて、アーチャーは手にしていたものをのび太へ差しだした。

「あ、濡れタオル。ありがとうごさいます……あの」
「どうした」
「なんか、用があったんですよね? 僕に」

眼鏡を額へ上げ、顔を拭きながら確認してきたのび太のこの問いかけに、アーチャーは内心で軽い驚きを覚えた。
妙なところで鋭い、と。
だがもちろん表情に出す事もなく、いつも通り、鉄仮面じみたポーカーフェイスのままである。

「うん? なぜそう思うのだね」
「だって、アーチャーさんが起こしに来るなんてあんまり考えられないし。凛さんを起こすなら解るけど」

たしかに、と思わず頷けるだけの理由であった。
縁薄い人間に、わざわざモーニングコールに訪れるなど不自然であろう。
それならば、用があったと解釈する方がまだしっくりくるというものだ。
そして、アーチャーにはたしかに、のび太に対して用事があった。
ただし、他人には聞かれたくない類のもの、という注釈がつくが。
ほんの数瞬だけ、アーチャーは瞑目する。

「――――ふむ……いや、ただ単に起こしに来ただけだ」

やがて、その口から思惑とは正反対の言葉が吐き出された。
キョトン、とのび太は目を点にしてアーチャーを見つめる。

「そう、なんですか?」
「ああ。昨日の無理が祟って、私も君と同様、目覚めるのが遅かったのでな。そして、気配を探るとお仲間がいた。ならばモーニングコールに出向くのも吝かでないと思い、出向いたのだよ」
「はあ」
「さて、こうして長々と話している訳にもいかん。君らは、早いところ着替えを済ませるべきだな。私は一旦外に出ている、終わったら呼びたまえ」
「はい」
「では、な」

すうっ、と陽炎のように足元から弓兵の姿が消え失せた。
埃よりも薄くなった気配は、そのまま戸の外へと歩き去っていく。
なまくら刀より鈍いのび太の第六感には、もちろん欠片も引っ掛かりはしない。
フー子ならばその気配の動きが解ったかもしれないが。

「あ、消えちゃった。っと、ほらフー子、起きてってば」
「ふみゅ……や、ねむい。ねる」

如何せん、睡魔といまだ水辺の淵で戯れている体たらくでは、無理な相談であった。

「だから、もう起きるんだって。あ、ちょっと、またそんなしがみつかないでよ」
「や」
「ああ、もう! とにかく、ほら! 顔を拭いて着替えてってば!」

駄々っ子の『む~っ』という抗議の声と、急かすのび太の焦り混じりの声が丁々発止と切り結ぶ。
時折ばさばさと響く布団や衣服のはためく音が、アクセントを添える。

「……やはり、甘くなったものだな。“俺”も」

そんな喧騒をBGMに、部屋の外で実体化したアーチャーは、慨嘆するように呟いた。
それは、名状しがたいやるせなさすら滲ませた、仄暗い自嘲の言葉であった。





セイバーとライダーが居間の扉を開けた時、真っ先に耳に飛び込んできたのは沈みがちのボーイソプラノであった。

「――――その、言えません」

ぱちくり、と揃って瞬きをする剣士と騎乗兵の眼前には、士郎、凛、桜、弓兵、リーゼリットを除くアインツベルン主従、そしてのび太とフー子がめいめい、卓に着座している光景がある。
ご飯の盛られた椀が置かれているのは、弓兵、のび太、フー子の三人。それ以外の面々には、茶の張られた湯呑が置かれている。
アーチャーは丁寧かつ素早く箸を動かし、黙々と皿の上の料理をたいらげている。
それとは対照的に、フー子は赤ちゃん握りの拙い箸捌きで一生懸命、むくむくとご飯を掻きこみリスのように頬張っていた。
ではのび太はというと、彼は料理に箸を伸ばすどころか、箸を椀の上に置き、気まずそうに目を伏せている。
卓上の飯は半分ほど残っており、食べかけである。どうやら、食事の途中で一同の誰かから、なにかしら水を向けられたのだろう。
そして、一同の中で尖った気配を漂わせている人間がひとり。
のび太の放った先の一言に、彼を見つめる遠坂凛の片眉が跳ね上がっていた。

「言えないって、どういう事よ」
「だから、その、し、知ってるん……い、言えないんです」

しどろもどろになりながら、必死の形相で凛へ訴えかけている。
もう一度、目をぱちぱちと瞬かせたセイバーは、すっとライダーの方へと振り返る。
しかし、ライダーは頭を横へと傾げた。彼女も何がどうしてこんな事になっているのか、解らないのだ。
そんなのび太の隣では、フー子が今度は納豆を前に、あうあうと四苦八苦している。
白いねとねとしたものが垂れて糸を引き、べったりと彼女の綺麗な顔を汚している。どうやらかき混ぜすぎて糸がパックから溢れ、食べようとした時に顔面を直撃したらしい。
外国人には受けが悪い納豆も、彼女は平気なようだ。しかし、隣の席の雰囲気を考えるとそれ以上にシュールである。
彼女の中では、隣の不穏な雰囲気よりも目の前の納豆の方が、よほど大敵らしかった。

「アンタ、ふざけてるの?」
「そんな訳ないでしょ!」
「じゃあ、なんで言えないのよ。今がどれだけヤバい状況か、アンタだって身にしみて解ってるでしょ。今後の対策のためにも、ちょっとでも知ってる事があるんなら、包み隠さず開陳するのが筋じゃないの。それともなに、懐柔でもされた?」
「か、怪獣? なんで怪獣が?」
「いや、のび太君。その怪獣じゃなくて、つまりその黒幕の思う通りに従わされてるのかって事を聞いてるんだよ、遠坂は」
「それは……えっと、その……」

そこで、のび太の言葉が詰まる。ただし、その詰まり方にはどこか違和感が漂っていた。
たとえて言うなら、喋ろうとしているのに、口ががっちりと縫い付けられて話すに話せないので黙るしかない。そんな印象を見る者に抱かせる。
もにょもにょと奥歯に物が挟まったかのようで、とにかくもどかしい口の蠢き方。
少なくとも、後ろ暗い裏があるような沈黙ではない事は確実であった。

「――――成る程ね。アンタ、口止めされてるの」
「え、その……えっと」

そこまで言って、かくん、とのび太は頭を上から下へ落とした。
つまり肯定の頷きだが、それもやはりちぐはぐ感が漂っている。
雰囲気に呑まれ、セイバーもライダーも戸の前から一歩も動かない。
ただじっと、事の成り行きを静かに見つめるのみであった。
単に、声を発するタイミングを逃してしまったとも言えるが。

「この様子を見る限りじゃ、たぶん」
「暗示、かしらね。それも随分と強力な。口止めというより、この件に関して絶対に何も出せないように……」

凛から答えを引き取ったイリヤスフィールの眼光が、のび太を射抜く。
幼い見た目からは想像もつかないほどの鋭利で冷たい視線だ。
びくっ、と反射的にのび太の身体が震えた。

「解けるかしら」
「難しい……いえ、止めておくべきでしょう。そもそも、そういった術の痕跡や気配をいっさい感知させないほど高度なものです。無理に解こうとすれば、最悪の場合、彼は廃人となります」

想像を絶する激痛によって、とセラが言うと、のび太の身体はさらに震え上がった。
例えるなら、幾重もの鍵と鎖と閂でがっちり閉じられている扉を、C4爆弾やダイナマイトを使って強引にこじ開けるようなものである。
強力な拘束を解くには、より強力な圧力を用いるのが常道。それは、魔術であろうとそれ以外であろうと変わらない理屈である。
だが、なまじ強力な分だけ、それ相応の副作用が発生する。今回の場合は、ともすれば発狂するであろうほどに凄まじい圧力と激痛が、対象の脳髄に襲い掛かる事になる。
これに耐えられるとすれば、それこそ狂人か人外の存在くらいのものだ。

「おい、遠坂。俺は反対だぞ、そんなの。絶対やるなよ」
「しないわよ。とんでもなくハイリスク・ローリターンだし、子ども泣かせる趣味はないもの」
「泣くだけじゃ済まないわよ、リン。耳から目から血を垂れ流して、あまりの激痛に気絶する事も出来ずに、声帯が潰れても泣き喚き続けた挙句にズタズタになるまで全身掻き毟って……」
「まあ、中世の陰惨極まる拷問よりも悲惨な結末が待っていますね」
「え、ぅ……!?」

もはや、蝋人形もかくやと言うほどにのび太の顔色は消え失せていた。
これでは、残りの食事もたいらげられるか微妙なところである。
と、ここで丁度、すべての料理を食い上げたアーチャーが口を挟んできた。

「……そこまでにしておけ。脅しすぎだ、少年が怯えている。それから、そこで所在なくつっ立ったままのふたりをこれ以上、放置しておく訳にもいくまい」

かちん、と椀に箸を置く音を合図に、一斉に総計十四の瞳が槍衾さながらの勢いで向けられて、セイバーとライダーは思わずたじろいでしまった。
瞳が二個ほど足りないが、それはいまだ納豆の糸と格闘しているフー子である。

「え? あ、ライダーに、セイバーさん。ごめんなさい、気づかずに。すぐにご飯用意しますね。それからライダー、ありがとう」
「……いえ。それよりもサクラ、先程からなんの話をしていたのですか」
「ああ、うん。実はね……」

そそくさと移動するふたりに、桜は食事と茶を供しながら要点を掻い摘んで説明する。
数日前に桜が目撃した、黒幕と思われる人物の事、そしてのび太がその黒幕にかつて接触し、暗示を掛けられて黒幕の情報を漏らす事のないようにされたであろう事を。
内容が濃いだけに、すべてを伝えるのにたっぷりと五分はかかっていた。

「……間桐、いやマキリを潰した、シロウと瓜二つの男、ですか」
「私がサクラから離れている間に、そんな事があったとは。それでサクラ、その男にはなにもされなかったのですか」
「え、それは……特には」
「本当ですか」
「ええ、前よりも調子がいいくらいだし。ほら、ラインからの感触で解るでしょ。“なんともない”って」
「ふむ……ッ、成る程、そのようですね。安心しました」

柔らかな声音で、なんでもない事のようにライダーは答える。
だが、その目はほんの微かにだが見開かれていた。
復活したレイラインから伝わる、力強くも安定した一色に染め直された感触に、彼女は驚いたのだ。
後で、ふたりになった際に詳しい経緯を聞く事を心に決め、ライダーは言葉を続ける。

「しかし、その黒幕とやらは、随分とのび太に御執心ですね。まあ、そうでもなければサーヴァントがあんな変化を起こすはずもありませんが」
「それ以上に、そいつの目的がはっきりしないのよね。間桐家を潰したのは、単に面倒事を減らしたって事で納得出来なくもないけど、サーヴァントを作り変えて結局なにがしたいのか、その辺がさっぱり」
「私に刻まれた記憶にも、黒幕に関してのものは存在しません。バーサーカーも同様だったのでしょう?」
「ええ。半分分身のフー子にも、その辺の知識や記憶はないみたいだし。まったく、ほんと何が狙いなのかしら」
「……ん~、そうね。愉快犯?」
「ゆ、誘拐犯?」
「いや、のび太君。誘拐犯じゃなくて愉快犯。事件を起こして世間を騒がせて、その反応を楽しむ事を目的にしてるヤツの事だよ」

二回目だよなこの手のやり取り、と士郎は心中で悪意なきツッコミを入れた。
とはいえ、消火器を『けひき』と読んでしまう小学生の残念な国語力では、こんなものである。

「イリヤ、たしかにやってる事はそれっぽいけど、それはないんじゃないか?」
「どうして?」
「面白半分でやるにしては規模がデカすぎるし、手間もかかってるしな。のび太君の道具を使ってるならその手間も半減だろうけど、やっぱりしっくり来ない」
「たしかに、行動に絡めて相手の手札を考えれば、陰謀の匂いが濃いですね」
「けど、先輩と比べて性格が粗雑そうだったし……」

ああでもない、こうでもないと憶測が卓の上で飛び交う。
これも、得られた情報が断片的なのと、イレギュラーがマキリ当主の暗殺とサーヴァントの突然変異の二種類しか見られず、判断材料が少ないのが原因であった。
加えて、桜から齎された黒幕の性格や言動も、推理を惑わす要因になっている。
自分を『悪のカミサマ』とやたら大きくぶち上げたり、チンピラ臭い口調全開で大立ち回りをやらかしたりと、黒幕らしく鬼謀を巡らすイメージが定着しにくいのだ。
陽炎のような掴みどころのない像ばかりが、卓上で組み上げられていた。

「――――そう言えばセイバー。さっきからぜんぜん話してないけど、どうかしたの?」

と、ここでイリヤスフィールが突如、セイバーに水を向けた。
卓を囲む一員でありながら、どういう訳か彼女は会話に加わりもせず、黙々と箸を動かしているだけ。
表情も、食事の際のお決まりとなった心なしか綻んでいるようなものではなく、むしろ葬式の参列者じみた、どことなく粛然としたものであった。
この手の話し合いに常に加わっていた彼女が、他者が語るに任せっぱなしなのは、白の少女をしてやはり釈然としないものがあった。
大なり小なり、それは他の者も感じていたようだ。
多数の視線を独り占めにしたセイバーが箸を止め、ゆっくりと深緑の瞳を卓上の料理から離し、口を開いた。

「いえ、別に」
「別に、って言われても……」
「にしては静かすぎよね。しかも、能面みたいな顔でご飯食べてるし」
「セイバー、どっか具合悪いのか? 起きるの遅かったしさ」
「体調に問題はありません。話もきちんと聞いて、理解しています」

言い置いて、彼女は再び料理に箸を向ける。
だが、それを遮るようにイリヤスフィールが口を挟んだ。

「そう。じゃあ、貴女はどう思うの? 黒幕について」

普段とは明らかに様子が変なのは、誰の目にも明らかだ。
しかし、そうと気づいていて尚、イリヤスフィールは追撃をかける。
このある種、底意地の悪い横槍に対し、セイバーはひとつ深い息を吐くと、一呼吸おいた上で再度口を開いた。

「……今の段階では、なんとも言えません。ですが」
「ですが?」
「見る限り、すべてはノビタを中心に回っています。ですから、この戦争においては何よりもノビタが重要な存在である事を、確と意識しておくべきかと」
「僕を……」
「黒幕も、陰謀も、もしやすれば結末までも。貴方の存在がある限り、いずれ答えのすべてが見出される。私の『直感』が、そう訴えています……言えるのは、このくらいです」

そう締めくくり、セイバーは今度こそ食事を再開した。
やはり黙々と箸を動かし、咀嚼して嚥下する動作も機械的で、不自然なまでに感情のないそれだ。
それ以上、セイバーから何かを聞けるような雰囲気ではなくなってしまい、それに伴って卓上会議の腰が音を立ててへし折れ、尻切れトンボで幕を下ろす結果となった。

「……ふん」

その中でひとり、アーチャーのみはセイバーにどうとも読み切れぬ視線を注ぎ続け。

「う~。のびた、とって」

フー子は白い粘液まみれになった幼い顔に涙を浮かべ、ついに助けを求めるのであった。





「土蔵?」
「まあ、所謂物置小屋だよ。藤ねえがどこからか持ってきたガラクタとか、普段使わないようなものがしまってある。俺の魔術の鍛錬場所でもあるけどね」
「物置でやってるんですか? 普通、自分の部屋でやるんじゃ」
「あそこが一番落ち着くんだ。それに、ガラクタの修理なんかもあそこでよくやるしな。見てみるかい?」

朝食の後、士郎に誘われてのび太は土蔵へ足を踏み入れていた。
衛宮邸の隅に設置されている日本風の物置は、鉄製の扉で閉ざされてこそいるが、取られてまずいものなどないので施錠はされていない。
ぎいい、と金属音も高らかに開け放たれた扉の向こうには、まさに『雑多』という一言がピッタリくるほどの光景が広がっていた。
日本家屋特有の木の香りと、物置にありがちな埃とカビの匂いが、来る者の鼻腔を擽る。
士郎が頻繁に出入りしているので、さして強烈なものでこそないが、それでもやはり気になる者はいる。

「埃っぽいわね」
「そこは仕方ないから、勘弁してくれ」

ひょこひょこと後ろからついて入ってきたイリヤスフィールに、士郎は詫びを入れる。
元々、のび太のちょっとした気分転換が目的で誘ったのだが。

「わたしもいく!」

傍で聞いていたイリヤスフィールも、手を上げて便乗してきたのだ。
男であるのび太はともかく、女のイリヤスフィールの興味を引くものなどありそうもないがいいのか、と一旦は忠告した。
しかし、イリヤスフィールの言い分はこういうものであった。

「ん~、ちょっとね。シロウが普段、どんな魔術の鍛錬やってたか気になって。たしか、『強化』だけだったわよね。成功率は“お察し”の」
「…………」

実に身も蓋もなかったが、とりあえず断る理由もないので都合ふたりのご来場と相成ったのである。

「わ、色んなものがある」
「昨日、一通り掃除と整理はしたけど、尖った破片なんかがまだ落ちてるかもしれないから気を付けてくれよ」

自分の家の物置よりも高い天井を見上げた後、のび太は改めて内部をいろいろ物色してみる。
二階建ての土蔵は、少なく見積もっても母屋の居間と同等のスペースがあり、天井近くでは屋根裏部屋と同じように梁が剥き出しになっている。
一階中央の区画にはブルーシートが敷かれ、解体されたブラウン管テレビとドライバーやモンキーレンチ、はんだごて、ハンマーといった工具類が整然と置かれている。
壊れたテレビを直す作業の途中のようだ。のび太はそこには手を触れないようにしてそろりと動き、今度は周囲に目を向ける。
壁側のスペースには古新聞の束や鉄パイプ、壊れた電気ストーブ、ランタン、ポスター、屋台のたこ焼き器、砕けた角材など、明らかにガラクタと思われるものからまだ使えそうなものまでが、そこかしこに置かれている。
近くに二階への階段があったので登っていくと、一階よりも物が整理されている区画が広がっていた。
段ボールや古めかしい桐の箱が、のび太の胸ほどの高さの棚の中に収められている。
入っているのは、古雑誌だったり、壺や掛け軸の類だったりだ。

「本当に物置なんだ」
「期待を裏切って悪いけどね。二階の壺やら掛け軸も、親父がいつぞや土産で持ってきた二束三文の品だよ。見ての通り、そこまで高価なものは置いてない」
「……本当にそうかしら」

イリヤスフィールが、しゃがみ込んだ体勢で地面のある一画を撫でながらそうのたまった。
片眉を跳ね上げ、疑わしげな表情を浮かべた彼女に、訳も解らず士郎はかりかりと頬を掻く。

「あーっと……なにか目ぼしい物でも見つけたのか?」
「これ、陣よね」
「陣?」

こいこい、と手招きをするので、士郎はそれに従ってイリヤスフィールの下へと向かう。
彼女が差し示したところを見ると、そこにはうっすらとなんらかの線と紋様が刻まれていた。
本当にうっすらで、色が地面とほぼ同化しており、よほどに注視しないと判別出来ないほどである。
目を凝らして線を辿ってみると、土蔵の床全体に渡って円を描くように続いている。

「……本当だ。なにか、魔法陣みたいなものが描いてあるな。もしかして、これ親父が?」
「たぶん……ううん。間違いなくそうね。この屋敷は、前の戦争でのキリツグの拠点のひとつだもの。たしか、セイバーを召喚したのもここって、シロウ言ってなかった?」
「ああ、ランサーに襲われた時、偶然な。そっか、こいつがあったからセイバーを呼び出せたのか……たしかに、あの時地面が光ったからな」

得心がいったように何度も首を上下させる士郎に対し、イリヤスフィールの疑問の表情はいまだ解けず。
逆にすっと目を細め、他者を射竦めるような眼光を放っていた。

「これだけじゃ、足りない」
「は?」
「もうひとつ、ファクターが必要なはずなの。セイバーを呼び出すには。それも、強固な縁を繋ぐようなものが」
「縁、って、セイバーは前に爺さんのサーヴァントやってたから、義理とはいえ息子の俺が呼び出せたんじゃ」
「そんなハゲの残り毛みたいなか細い縁じゃ無理よ。それで召喚出来るのなら、キリツグの実の娘のわたしだってセイバーを呼び出してるわ。バーサーカーじゃなくてね」
「……まあ、そうだな」

イリヤスフィールの微妙に毒の混ざった物言いに辟易しつつも、士郎は頷きを返す。
前マスターの衛宮切嗣の繋がりで言えば、直系の血縁であるイリヤスフィールに軍配が上がる。
偶然で呼び出される英霊などいない、というのが魔術師の不変の常識である以上、士郎がアーサー王を呼び出せた直接の要因は、それ以外に存在する事になる。

「もっと強力な触媒。セイバー……アーサー王と切っても切り離せないような代物が必要になるわ」
「と、言われてもなぁ。再三言うけど、ここには二束三文のガラクタしかないぞ。そんな大層なシロモノがあるとは……なあ」
「キリツグの遺品の中にも?」
「……ないぞ。というか、それ以前に遺品整理をやったのはもう何年も前だしな。形見分けで、藤ねえのところにやった物もいくつかあるけど、それにしたってそれっぽいのはなかった」

がしがしと頭を掻き回し、士郎は弱りきったように嘆息する。
重要な事なのだろうが、彼にはまったく心当たりがないのだ。
養父からは、その手の物について何一つ引き継いでいない。少なくとも、彼の知る限りにおいては。
土蔵の内容物も、過ごしてきた十年あまりでほぼ把握しきっているので尚更、思考の袋小路に嵌まってしまう。
彼の養父が、そもそも士郎を極力魔術の世界に浸らせたくなかった事は、士郎も理解している。
魔術の裏社会で、血みどろの道を歩んだ過去を考えれば、それも納得出来るというものだ。
アーサー王所縁の品などという、どこぞのお宝鑑定団も卒倒モノの遺物など、禍根を断つためにとうに処分していてもおかしくはない。

「…………」
「いや、だからそんな不審そうな眼で見られても」

じと~っ、と職質中の警察官のような視線をぶつけてくるイリヤスフィールに、士郎は思わず後退ってしまう。
一応、士郎に見つけられないような場所に隠した可能性もない訳ではない。
床か壁でも引っぺがせばなにか出てくるかな、と半ば逃避的に考えが浮かんだその時、士郎の下にのび太が二階から降りて駆け寄ってきた。
その両の手には、黒いプラスチックの箱のような物が抱えられている。

「士郎さん」
「ん、と、のび太君。どうした」
「ノビタ、それビデオデッキ?」
「うん。二階で見つけたんだけど」

ふたりの前に、のび太はそれを差し出す。
見た目は、ひと昔前の家庭用ビデオデッキのそれだ。
のび太の世界ではまだ現役の代物だが、士郎達の世界ではVHSに代わってDVDが普及しているので、機種そのものが既に前時代の遺物となっている。

「それは、藤ねえが拾ってきたヤツだな。いつぞや、まだ使えそうだからって俺に丸投げしてきた。一応修理はしたんだけど、起動するかは試してないな」
「タイガが、ね。その光景が目に浮かぶようだわ」
「でも、これちょっとおかしいんだ」
「おかしい?」
「うん、やけに軽いんだ」

のび太がイリヤスフィールにビデオデッキを手渡したその瞬間、イリヤスフィールの表情が凍りついた。
たしかに軽い。外装だけ残して、中の部品を丸ごと撤去したような心許ない重さが、彼女の手にのしかかる。
だが、彼女が驚愕の念を覚えたのはそこではない。

「なに……これ。こんなの、ありえない」
「イリヤちゃん、どうしたの?」
「シロウ、説明して。いったいなんなの、これは」
「は?」

訳も解らず、士郎は困惑を露わにする。
ずいと差し出されたビデオデッキを手に取ると、ある事に気がついた。

「あ、これは“失敗作”だな」
「失敗作?」
「俺が手慰みに作った出来損ないだよ。内部の再現までは出来なくてな」
「でも、外側はそっくりそのままじゃないですか。これだけ作れるのに、なんで中は?」
「頑張ってはみたんだけどな……毎回毎回、外側だけで止まっちゃうんだよ」
「はあ」

士郎が肩を竦めて、のび太は曖昧に相槌を打つ。
しかし、会話が致命的に噛み合っていない事にお互い気づいていない。

「バカ」

と、その時イリヤスフィールがのび太の耳をぎゅっ、と引っ張った。
のび太よりも幾分か小さい手なのにも拘らず、その力は存外強い。
千切れるかと思わせられるほどの痛みに、堪らずのび太は悲鳴を上げる。

「い、痛たたたたた!? 痛い、痛い! ちょ、ちょっと、いきなりなにするのさ!?」
「『はあ』じゃないわ、ノビタ。これが、そんな一言で終わらせられるようなシロモノな訳ないじゃない」
「え、ええ?」

怒気すら含んだイリヤスフィールの深く、静かな声に、のび太は目を白黒させる。
そして、彼の耳の奥から嫌な音が鳴り響き始めた刹那、ぱっ、と耳の拘束が解かれた。

「わひ!? あ、あうぅ……ど、どういう事?」
「見ていなさい」

涙目で耳をさするのび太の目の前で、イリヤスフィールはビデオデッキを士郎の手から取り上げると、いきなりそれを地面に叩き付けた。
がしゃん、とガラス細工が砕けるような音が響き渡り、大小さまざまな破片となったデッキの外装がばらばらに散乱する。
突然の奇行に、理由も解らずのび太の目が点になる。
だが、この一瞬後に起こった現象を直視するや、耳の痛みも忘れて素っ頓狂な声を上げた。

「きっ、消えちゃった!?」

まるでドライアイスが気化しきったかのように、地面に散らばったデッキの破片がひとつ残らず霧消してしまったのだ。
後には、見慣れた土蔵の床の灰色しかない。

「い、いったいなにが?」
「シロウ、正直に答えて。貴方が使える魔術は、本当に『強化』だけなの?」

困惑しきりののび太を余所に、凄みすら帯びたイリヤスフィールの瞳が士郎を射抜く。

「あ、ああ。『解析』なんかの基礎を除けは、曲がりなりにもまともに使えるのは『強化』しかない」
「『まともに』? という事は、未完成だけど一応使える魔術が他にもあるって事かしら?」
「ん、まあ。『投影』を、な」
「『投影』……」

士郎の台詞を復唱しながら、しかしイリヤスフィールは厳めしい表情を一ミリたりとも解かない。
それどころか、彼を射抜く眼光は、さらに強い光を帯びて突き刺さっていた。
気圧された士郎は、焦ったように言葉を継ぎ足していく。

「いや、さ。魔術を習い始めて最初に覚えたのが、出来損ないの『投影』なんだ。それで爺さんに一回やってみせたんだけど、『それは効率が悪いから『強化』にしておけ』って言われてな。それ以来、『強化』が失敗してから片手間にやる程度に留めてたんだ。で、結果出来た物のひとつが、さっきのビデオデッキなんだよ」
「えーと、つ、つまり、さっきのビデオデッキは、士郎さんが魔術で作ったニセモノ、って事、ですか?」
「ニセモノというよりは、コピーかな? 『投影』は君の“フエルミラー”みたいに、ある物のコピーを魔力で作る魔術だから。まあ、俺が作れるのは見た通り、中身のない出来損ないだけどね」

苦笑交じりに応える士郎だったが、傍らのイリヤスフィールの怒気は未だ収まる気配を見せない。
じわじわと、侵食するように彼女のプレッシャーは膨れ上がり、男達の背筋に冷たい物を走らせていく。
やがて、吐き捨てるように彼女は呟いた。

「……こんなの、『投影』じゃないわ」
「え?」
「ん? どういう……意味だ?」
「いい、シロウ。よく聞きなさい」

そう宣言したイリヤスフィールの纏う雰囲気は、普段の幼いものとはまるで違っていた。
士郎よりもあらゆる意味で成熟した、理知的で聡明な佳人のそれ。
さながら、アインツベルンの英知のすべてを背負っているかのような、儚げでありながらも見る者を惹きつけて止まないオーラを、その小さな身体に纏っていた。

「『投影』は、たしかに魔力を編んで複製を作り出す魔術よ。けれど、作ったものは長く形を保てない。『世界』からの修正を受けて、徐々に魔力が気化していつしか消えてしまう」
「あー……っと、『ニセモノ、ダメ、絶対』って事か? その、『世界』から見ると」
「平たく言えばそうよ。『投影』で作ったものは、結局のところ人間の空想を形にしたイミテーションだもの。そんな歪で矛盾するモノの存在を、『世界』は許さない。だから、『投影』で作り出したものは消えるのよ」

切々と語るイリヤスフィールの声は真剣そのもので、まさに触れれば切られてしまいそうなほどだ。
怜悧な眼差しは、士郎の瞳を真っ直ぐに貫き、士郎を心理的に圧倒する。
張り詰めた雰囲気に当てられ、ごくり、とのび太の咽喉が鳴った。

「シロウ。貴方は『投影』と言ったけれど、あれは『投影』なんてものじゃない。はっきり言うわ。異常よ、貴方」
「異常、って」
「さっきのセイバーの件も含めてね、そうとしか言いようがないもの。あのビデオデッキは、長い間形を保っていた。そして、壊れて初めて魔力に戻って霧散した。『投影』による産物なら、こんな現象はあり得ない」
「じゃ、じゃあ、いったいなんなのさ、あれは?」
「『投影』とは違う、現実を侵食し得るまったく別の概念。正確には、それが劣化したもの……おそらく」
「「おそらく……!?」」

ひゅうっ、と息を吸い込むイリヤスフィール。
聴衆ふたりの目がぐぐっと引きつけられ、最後の審判のように次の言葉を待つ。
そうして、遂に彼女の口から。

「――――こゆ、ぅきゃっ!?」

なんとも可愛らしい悲鳴が飛び出した。
緊迫感ひしめいていたはずの空間がめきょり、と崩れる音が、男ふたりの耳をくぐり抜けていく。
そこには頭の天辺を押さえ、床に突っ伏しぷるぷると悶絶しているイリヤスフィールの姿があった。
頭を掻きたくなるような、なんとも言えない微妙な空気が数瞬の間、土蔵を席巻する。

「……だ、大丈夫かイリヤ?」
「もう、いきなりなんなのいったい!?」

頭をさすりながら天井を見上げ、憤懣を露わにするイリヤスフィール。両の紅眼には、涙がじわりと滲んでいる。
見た目が儚げな美少女であるだけに、潤んだ眼でへたり込むその様は、見る者の保護欲を掻き立てる。
そんな彼女の足元には、一冊の雑誌がめくれて転がっていた。

「あ、これが二階から落ちてきたんだ。痛そう……」
「角だったよな、思いっきり」
「う~、コブになってないかしら」

のび太が拾い上げた雑誌は、辞典ほどもある大きさで、手にずっしりとした感触を覚えさせていた。
埃まみれで、全体的に陽に焼けて赤茶けており、角もざらざらに荒れてすごしてきた年月を感じさせる。
古本屋に持って行っても、二束三文でしか売れないであろう。もしかしたら、買い取り拒否をされるかもしれない。
それよりも、廃品回収に出した方がまだ良心的ではなかろうか。
そう思わせるくらいに、その雑誌はぼろぼろであった。

「随分くたびれた本ね」
「二階で野晒しになってたみたいだな。古雑誌は粗方紐で纏めてたんだが、これだけ見逃してたのか」
「あ、マンガだ。士郎さんも読むんですね、こういうの」
「そりゃ読むさ。俺も一応、男だからね。こういうのは好きだよ。まあ、最近はさっぱりだけど」

のび太が差し出したマンガを受け取りながら、士郎は苦笑する。
だが、なにげなく本に視線を落としたところで、表情がするりと変わった。

「あ……これ」
「はい?」
「俺のじゃない」
「え?」

士郎の言っている意味が解らず、のび太は首を傾げる。
しかし、雑誌をよくよく見てみると、のび太自身が本棚に収めているマンガの類と趣が違う事に気がついた。

「日本語じゃなくて、え、英語?」
「アメコミだよ」

士郎の言葉の通り、それはアメリカン・コミックであった。
日本のものとは違う、独特の大味なタッチにアルファベットで羅列された擬音語に擬態語。
表紙にでかでかと描かれているのは、マントを羽織った大柄な白人男性だ。
拳を突き上げたポーズで笑顔を振りまき、今にも本の中から飛び出してきそうな躍動感に溢れている。
巷でよく知られたアメリカのキャラクター、どこぞのスーパーなあんちくしょうのマンガであった。

「へえ、これがアメコミ……ふぅん」
「イリヤは見た事ないのか、こういうの?」
「アインツベルンがそういうものに寛容だと思う?」
「……いいや」

表も裏も名家であるアインツベルン、士郎の脳裏にはガチガチにお堅いイメージしか浮かんでこない。
イリヤスフィールの貴族めいた立ち居振る舞いといい、お付のふたりのメイドといい、明らかに俗世間の感覚とは一線を画している。
首を振る士郎に対し、イリヤスフィールは怒るどころか、苦笑を以て応えた。

「でも、シロウのじゃないってどういう事なの?」
「数年前に、押し付けられたんだよ」
「押し付けられた?」

怪訝な声を上げたのび太に、士郎は一度首肯して答えを返した。



「ああ、慎二にな」






前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.027469873428345