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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第三十八話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/01 20:00





「はあっ、はあっ、はあっ……ぁあっ、はっ、はっ……!」

路地裏に、荒い息遣いと忙しない靴音が反響する。
心臓がはち切れそうなほどに脈を打ち、血管を突き破らんばかりに血液が体内を荒れ狂う。
それがますます緊張を煽り、疲労の蓄積度合いを高めていく。
昼なお薄暗いビル街の路地裏は、夜の帳(とばり)が降りた途端に漆黒の空間と化す。
それは、ここでも変わらない。
世界が一変したとはいえ、不変の真理だけは覆しようがないのだ。

「はぁ、はぁ……ちくしょう、なんなんだよ……いったいなんなんだよアイツらは!?」

壁に背を預け、苛立ちの籠った拳を後ろに叩き付ける。
士郎と同じ、穂群原の制服には夥しいほどの汗が滲んでいた。
張り詰めた精神と肉体的な疲労の相乗効果の成せる業か、上着を絞れば、さぞ盛大に雫が落ちてくるだろう。
癖のある、青みがかった髪を振り乱し、狂乱の体さながらに歯ぎしりして唸るその男。
間桐慎二であった。

「どうしてあんな大量にロボットが……それに、ここはさっきと同じ新都じゃない! どうなってるんだよ、これはなんだよ、ここはどこだよ!?」

飲み込めないのも無理はない。
そもそも、慎二はのび太にまつわる事柄を何一つ知らないのだ。
仮に士郎達がのび太に出くわす事なく、今の状況に放り込まれたとしたら、きっと慎二と同じ心境に陥った事だろう。
堪えないとしたら、それはよほどの大物かただのバカくらいである。

「……う!? ない、ない! 落としたのかよっ!? ちぃ!」

徐に身体をまさぐり、望んだ手応えがないのに舌打ちを漏らす。
慎二が探していたのは、あの紅い本だ。
ライダーが霧消すると同時に、サーヴァントとの繋がりがイカれ、そちらに関しては役立たずになっていたが、魔術の触媒としてはまだ使える余地があったのだ。
それがないという事は、身を守る術もないという事。猛獣がうろつくジャングルに、パジャマ一枚で放り出されたに等しい。
のび太達がこの『鏡面世界』に送り込まれた際、近くのビル影に潜んでいた慎二も一緒に巻き込まれた。
しばらく周囲の物陰で息を殺していたが、ロボットが大量に湧き出したのをきっかけとして一目散に逃走を図ったのだった。
当てなどない。とにかく、この戦場から離れたかった。言いようのない恐怖と、突き上げてくる生存本能のまま、がむしゃらに。
そうして辿り着いたのが、この雑居ビル群の路地裏だった。
眼前にある、剥がれかけたポスターの鏡文字が、時折響いてくる地鳴りのような音と花火を思わせる閃光が、彼の臓腑を締めつける。
先程、空爆のようなミサイル群が空から降り注いだ事からも明白。雑居ビルの地下に隠れて、ぎりぎりのところでやり過ごしたが生きた心地がしなかった。
そこまで至って、慎二はようやく悟ったのだ。ここは、血と鋼で命を削り合う鉄火場だと。
そこに無手で佇む半端者が一人。
間違いなく、今の自分の首には死神の刃が当てられている。
首筋に、一筋の汗が伝った。

「くそっ……」

口の中で悪態を吐きながら汗を拭い、大通りの様子をそっと窺う。
喧騒は遥か遠く、ロボットがこちらに注意をまったく向けていない事を示している。
ただし、金属製の足音だけは頻繁に響いてくるため、ロボットが周囲を闊歩しているのも解ってしまう。
まだこうしていられるという事は、自分はまだ捕捉されてはいないのだろう。
ならば、まだチャンスはある。

「まだ、大丈夫」

そう一人ごち、顎に滴る汗を拭って。



――――だとでも、本気で思っているのか?



それが、なんの根拠もない願望にしかすぎないという事に気づくのに、時間は必要なかった。

「えっ……!」
『この世界は我々の庭だぞ? たかがネズミの一匹程度、把握出来ん訳があるまい!』

空を仰ぐ。
ビルの絶壁を視線が駆け上ったそこには、屋上から傲然と自分を見下ろす黄金の指揮官ロボットがいた。

「う、うわぁああ!?」

弾かれたように駆け出し、慎二は、大通りへと飛び出す。
しかし、そこにはビルを包囲するかのように、鉄灰色のロボットがずらりと待ち構えていた。

「ひっ!?」

不気味な光を灯したいくつもの単眼にねめつけられ、慎二はその場で竦み上がった。
光線を発する指を構えるでもなく、鉄の兵士が多勢でただ佇んでいるだけでも抗しがたい迫力がある。
まして、慎二の肝は元来、そこまで大きくはない。
金縛りにでも遭ったように硬直する慎二の口元から、カチカチと歯の鳴る音が響いていた。

『ふん、見苦しい』

そこへ、屋上から降りた指揮官ロボットが身を翻し、兵士ロボット達の前へと着地した。
重量のせいか、アスファルトの道路が足型にへこんでいる。

「お、お前、なんで、ここに……あ、あそこにいたんじゃ!?」
『人間。我々はお前達とは違う。我々は、ロボットだ。同じ存在が別の場所に同時に存在する事など、さして難しい話ではない』
「え、っな、え?」
『解らぬか? この身は、一体ではないという事よ! この『鏡面世界』の地球にはな、我々『鉄人兵団』を作り出す工場が置かれているのだ。それこそ、世界各地のあらゆるところにな!』

鉛色の絶望が、慎二の腹の中で蠢いた。
『鉄人兵団(インフィニティ・アイアンアーミー)』の真価。それは絶対的な数の差と、ホームグラウンドである『鏡面世界』を牛耳っている事にある。
彼らは、『鏡面世界』の中でしか活動出来ない代わりに、圧倒的とも無尽蔵とも呼べる物量を手にした。
指揮官は、続けてこうも言った。
世界各所に置かれている『鉄人兵団』の生産工場の数は、単純に数えても五桁、六桁は下らないと。
そこから生産される兵数はとなると、気が遠くなるほどのものとなる。額面通りの、桁違い。
しかも、それが止まる事はない。指揮官の命ある限り、いつまでも生産は続けられる。

『我々は、すべての存在とリンクしておる。お前とて、インターネットの原理は知っていよう。それと同じ。我々にとって、ボディとは突き詰めて言えば単なる『端末』にすぎん』
「な……に、じゃ、じゃあ」
『『鉄人兵団』は、いくら破壊されようと次から次に新たなボディが生み出され、何度でも甦る! 我々指揮官級全機と、世界中に点在する工場すべてを破壊せん限りはな。もっとも、仮に我々すべてを駆逐出来たとしても、お前達がこの『鏡面世界』から脱するなど不可能だが』
「ど、どういう事だよ!?」
『『鏡面世界』への出入りは、リルルの目と意思を介する必要がある。『鏡面世界(リバーサル・ワールド)』は奴の宝具だからな。我々を滅したとしてもどうにもならん。そして、リルルを破壊した場合、この世界への往来手段はなくなり、永遠にこの世界に閉じ込められる事になるのだ!』
「な、あっ……!」

死刑宣告にも等しい通牒だった。
徒手空拳で放り出され、敵しかいないこの『鏡面世界』で、慎二に出来る事は何もない。
激昂しても無意味。足掻く事すら無意味。
八方塞がり、ではない。
そもそも、八方の道すら最初から存在していなかった。
奈落の淵から足を滑らせたような喪失感が、慎二を襲う。
思考が千々に乱れ、視界が暗く閉ざされようとしている。

『――――しかし、お前も哀れな存在だな』

だが、その言葉を耳にした瞬間、彼の思考は一気に赤く染まった。
『哀れみ』。それはプライドの高い彼にとって最大級の侮辱であり、何よりも許せないもの。
それが、燃え尽きる寸前だった彼の心にニトロを放り込んだ。
爆ぜる怒りが、心に兆した黒い靄を吹き飛ばす。
動揺も、混乱も、恐怖も、絶望までをも。

「哀れ……だと!?」

歯を剥き出しにし、命知らずにも慎二は指揮官に向かって吼えかかる。

『その通りではないか。そうでなければ道化だが』
「なんだと!? お、お前が、お前が僕の何を知ってるっていうんだ!?」
『『メドゥーサ』の記憶にあった事項程度ならばメモリに記憶されているが。それにしたところで、やはりお前は哀れだ』

起伏のない、文字通りの機械的で平坦な声が彼の激情をさらに煽る。
しかし、言葉の端々に刻まれた聞き捨てならない単語が、そこにある程度の歯止めをかけた。

「メ、ドゥーサ? お、お前と、ライダーがなんの関係がある!?」
『ああ、そうか。お前は、ノビ・ノビタとの因縁は知らなかったのだったな。まあいい。一言で表せば、あの消え去った『メドゥーサ』のエーテルを基に形作られたのがリルルであり、その宝具として我々が存在している。故に、記憶も受け継いでいる。それだけの事だ』
「のびた? あのガキの事か? それに、エーテル……!?」

今にも焼き切れそうな理性を総動員して、慎二は記憶の底に埋もれた魔道の知識をひっくり返す。
魔術師として落第とはいえ、魔道の名家で魔術を独学でかじっていたのだ。
知識だけならば、それなりに有している。ライダーを従えられたのも、それがまったく功を奏しなかったという訳ではない。
たとえ、気紛れに近い祖父のアシストがあったとしても、だ。

「サーヴァントの……突然変異、か?」

だが、今までの見聞の中にこのような事態に関する項目はなかった。
考え得る妥当な解答をひねり出せたのは、根拠のない憶測と単なるヤマ勘にすぎない。

『ほう。魔道に無様に執着していただけあって、悪くない推察ではあるな』

賞賛を送る指揮官。
しかし、それ以上にまたしても聞き逃せないものがあった。
抑えられていた慎二の怒気が、再びガスバーナーのように激しく燃え上がる。

「訂正しろ! 僕のどこが無様だと!?」
『ふむ、やはり愚かな存在だな。人間というのは。己が既に気づいている事から目を逸らすとは。貴様がいくら吠えようが、何度でも言ってやろう。哀れで、無様。そして矮小な人間よ』
「ギッ……!?」

ガチン、と慎二の脳天に撃鉄が落ちた。
爪が喰い込むほどに強く握り締められた拳。
わななく腕はそのままに、瞳が赤く紅く血走っていく。
ぎりぎり鳴っていた歯は砕けんばかりに食い縛られ、ミシミシと今にも折れてしまいそうだ。
その溶鉱炉から吐き出されたかのような激情は、しかし。

『構えよ!』

一斉に突き付けられた、無数のロボット兵の銃口(指先)に、一気に凍りついた。
どんな強烈な感情も、迫り来る死の予感には悉く萎縮するもの。
まして、それが一時的なものならば、尚の事である。
改めて、自分の命が目の前の黄金の指揮官の胸先三寸にある事を思い知らされた慎二。
先程までとはまったく異なる類の震えが、今再び甦っていた。

『思い出したようだな。今のお前は、ここにいる兵士一人たりとも傷つける事はおろか、手向かう事も出来ん存在だと』
「あ……ぁあ……!」

死人のように蒼白な顔で、慎二は小さく身じろぎする。
まるで、少しでも脅威から遠ざかろうとするかの如く。
もっとも、その足はニカワづけでもされたかのように、アスファルトから離れてはくれなかったが。

『慈悲だ。最後にひとつだけ、言っておこうか。お前は魔道に拘りすぎた。ゆえに矮小なのだ』
「な、に」

夜気を貫き、発される言葉が慎二の臓腑を抉る。
それは、己という自身を成り立たせていた根幹であり、そして己が存在意義としていたもの。
それを、指揮官はばっさりと否定し、踏み躙った。
心を支配する氷の中から、封じられていた憤怒が再度熱を帯び、そして、ほんの僅かにそれとは別の感情が頭の中に嵌まり込んだ。

『魔道の名家に生まれたというのに、魔道の資質に恵まれなかった。成る程、たしかに皮肉よな。固執するのも無理からぬ事。血の繋がらぬ妹が呼び出した『メドゥーサ』を無理矢理譲渡させ、魔術師然と振る舞おうとした事も解らんではない』

本人の望むと望まざるとに関わらず、間桐の家に跡取りとして生まれた慎二は、どのみち魔道に一旦は浸らざるを得なかった。
そして、一般論として人間というのは、素質がないと解れば、それから自然と目を背け、距離を取り離れていく。
挫折や葛藤は、そこから生まれる試練であり、模索。そういうものだ……あくまで、スポーツや学問など、普通の事柄ならば。
しかし、魔道には常の物にはない、抗いがたさがある。
文字通り、人を惑わす魔の魅力。魅入られた者は、その神秘と非現実に足を絡め取られ、抜け出す事が出来ない。
なまじ生家が名跡であった分だけ、慎二の無意識に巣食ったその心理に拍車を掛けてしまった。

『だが、それに何の意味がある』

魔術回路がない、ひいては魔術の素質がない。それが慎二のコンプレックス。
名家である事を鼻にかける、傲然とした性格は、その裏返し。
遥か昔から、魔術師として外道の正道を歩んでいた祖父は、自分が生まれた瞬間から自分を見限り、余所から養子として高い素質を持った妹を引き取った。
それが決定打。自分には魔道を歩む資格がないと、暗に引導を渡された。

『我々からすれば、憂さ晴らしに当たり散らすようなお前の行動理念など無駄極まりない。そんな非効率的な事にかまける愚は犯さん!』

幼少の頃から、義妹に辛く当たってきた。
持つ者と、持たざる者。両者の関係は、ある意味ではコインの裏表だ。
持つ者は持たざる者を見下し、持たざる者は持つ者を妬む。
だが、本来持つ者である筈の義妹は、見下してこなかった。それどころか、自分に対して、情けをかけてきたのだ。
心の底から、二心なく。どこか、投げやりに。諦めたように。
それは、間桐慎二という人間にとってこの上ない屈辱だった。
たとえ、祖父の非人道的な魔道の犠牲とされた、その同情の余地こそあれ。
陵虐の果てに、廃人同然にすべてを諦めていたとはいえ。
持たざる者は、持つ者を妬む。だが、それにもまして持つ者の情け、憐憫というものは、持たざる者の憎悪を燃え上がらせるのだ。
慎二の傲慢な為人は、それがきっかけで膨れ上がった。
そして、それまで以上に渇きにも似た劣等感に苛まれ、尚更に魔道に固執、いや縋りついたのだった。

『魔道の家に生まれたからといって、魔道を歩まねばならんというルールはない。特に、当主から見放されたお前にはな。一歩退がって見渡せば、魔道に縋りつく以上の可能性をも模索できたものを』

魔道、魔術、神秘。
叶わぬと知ってなお、それを追い求めるという事は、それ以外の道を摘んでしまうという事。
固執しなければ。無才を受け入れ、そういうものだと割り切りさえすれば。慎二の眼前には無限に等しい可能性があったのだ。
それこそ、劣等感を覆す以上の、光栄に満ちた未来も。

『突き詰めれば、魔道というものは所詮、『手段』にすぎん。少なくとも、我々の価値観においてはな。目的を達成するための、選び得るツールのひとつ。ただそれだけでしかない。それをお前は、『手段』こそを唯一の目的と、至上命題とした。愚か、まったくもって愚かな事よ!』

真に優れた者は、魔道を歩みはしても、きっと魔道に必要以上に拘りはしない。
本懐を遂げるために、単にその方が効率がいいから、魔術を繰る。それ以上でも、以下でもない。
それは、古今東西のあらゆる魔術に携わる者に、訓戒として言える事ではある。
所謂、天才や鬼才と呼ばれる人種は、あるいはそうした思考を持っていたのかもしれない。

『受容する事も、思い切る事も出来ずに未練がましく、自分には魔術しかない、それしかないのだと思い込んだ。その視野の狭さ、すなわち矮小さこそが、お前の犯した決定的な間違いと知れ!』
「……ぅ、ぁ」

慎二は、何も言い返せなかった。
痙攣したように、ぴくり、ぴくりと唇が震えるだけだ。
不吉にざわめく心音と共に、身体の芯からなにかが流れ落ちていく喪失感が、彼を心底から打ちのめした。
激情は絶対零度の呪詛に固められ、無味乾燥の荒野へと朽ち果てる。
光を失った瞳は、真っ暗な諦念に塗りつぶされていた。

『以上だ。長話がすぎたな。……さて』

片手を挙げる指揮官。
同時に、無数の金属音が夜の帳を揺らめかせた。
兵士ロボット達がセイフティを解除し、慎二をロックオンしたのだ。

「ぅ、っく」

言葉にならない呻き声。
心を折られた彼にとって、それが精一杯の抵抗だった。
身体は動かない。ただ、上から吊るされた糸繰り人形のように虚脱の様相を晒すのみ。
死神の鎌が、今、仕事を全うせんとしている。
すべてを振り捨てるように、慎二は顔を背け、そして唇を噛み締めた。

『それでは、さらばだ!』

さっ、と指揮官の腕が前へと動き。



――――――ああ、お前がな。



轟音。
その胴体が、木っ端微塵に砕け散った。

「……え?」

鼓膜を突き抜けるような破裂音に慎二が顔を上げると、何かが黄金の破片を踏み越え、居並ぶロボットの首を悉く打ち落としていた。
指揮官がやられ、兵士ロボット達に一瞬の硬直が生まれたのだ。闖入者は、その間隙を的確に突いた。
銀の光を煌めかせ、青い風となって疾駆する金の少女。慎二は、そのサーヴァントに見覚えがあった。

「せ……セイバー?」

絞り出すような慎二の声に振り向く事なく、少女……セイバーは黙々と、不可視の剣で斬首刑を執行し続ける。
いつ再起動するかも解らない。今のうちに、全機スクラップに変えておかなければ。
彼女の背中は、そう主張していた。
そこで、ハタと慎二は気づく。
先程、指揮官が吹き飛ばされる瞬間に聞こえた声は、セイバーの物ではなかったという事に。

「ふう、ギリギリだったか」
「っうぁあ!?」

突如、自分の隣から声が響く。
慌てて傍らを見やるが、誰もいない。
建物の壁があるだけだ。それ以外になんの気配もない。
それでも視線を送り続けていると、唐突に壁の表面が波打った。

「ちょっとびっくりしたぞ。まさか、お前も巻き込まれてたとはな」

やたらと聞き覚えのある声色。
揺らぐ空間からヴェールを剥ぐように、人の姿が現れた。
赤銅色の髪をした、自分の仇敵であった少年。

「え、衛……み、や!?」

死んだような瞳のまま、慎二は眼を剥いた。

「念のため、って貸してくれた“とうめいマント”が、ここまで役に立つなんてな。どこぞのBIGBOSSも顔負けだ。お陰で、この世界とかアイツらの事がおおよそ解った」

慎二の驚愕を余所に、呆れの混じった微笑を漏らし、士郎は右手に持っていた大きめの薄布をポケットに仕舞い込んだ。
セイバーがいるという事は、当然マスターである士郎がいる。それは考えられないでもなかった。
だが、慎二はどうしても腑に落ちない。
なぜ、士郎は。

「どうして……僕を、助ける?」

敵対していた筈の自分を、窮地から救い上げるような真似をしたのか。
普通ならば、あのまま放っておくだろう。労せず敵が死ぬのならば、その方がいい。
少なくとも、慎二であればそうする。
そもそも、ここで自分を救ったとしても、それで士郎にとってなにか得があるというのか。
凍てついた心が、衝撃で僅かに息を吹き返す。
いまだ危機が続いているにも拘らず、慎二は尋ねずにはいられなかった。

「そんなの、最初に言っただろ」

だというのに。
士郎は、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに。

「俺は、お前を殺すつもりはないって。やった事を許しはしない、とも言ったけどな。それに仮にも桜の兄貴だし、俺の悪友だ。それ以上の理由はいらない」

言い捨て、左手に嵌められた銀の筒を、ロボットに向けた。
そして、その口が再度動く。

「ドカン」

一言。
それだけで、再起動しかけていた鉄の兵士が一体、粉微塵に吹き飛んだ。
いまだ放心の極みから脱しきれていない慎二でも、はっきりと解る。
士郎の身に着けた銀筒から発射された物。
それが、高密度に圧縮された空気の塊であるという事に。

「ドカン、ドカン、ドカン、ドカン、ドカン、ドカン」

右へ、左へ、振り返りざま、あるいは上空へ、遮二無二めいた勢いで次々乱射される空気の砲弾。
射撃体勢に入りかけていたロボット兵は、悉くその身を貫かれ、爆散していく。
あっさりと、実にあっさりと、あの重い鋼鉄の身体が。
慎二にしてみれば、冗談みたいな光景だった。
セイバーが披露している斬鉄はまだいい。仮にも剣の英霊だ、鉄塊をバター同然に切り裂けない訳もない。
しかし、士郎は違う。彼は半人前以下の魔術師だ。それが一工程(シングルアクション)で、鉄塊から鉄クズを量産している。
その実、敵の素材は発泡スチロールでしたと言われても、思わず納得出来てしまいそうだった。
そんな事はないというのは、散らばる金属片が証明している。

「ぉ……ぁ、ぁあ」

それがきっかけだったのか。
慎二の奥底から、ぴくり、と何かが鎌首をもたげた。
炎とも、爆薬とも似た激しい気配を纏うもの。
それは、先程黄金の指揮官によって踏み躙られたものの欠片だった。

「お待たせしました、シロウ。この周囲の、おおよその障害の排除が完了しました」

血振りをするように不可視の剣を振り降ろし、騎士が主を振り返った。
彼女の足元には、鉄の兵士の骸が、路傍の石のようにいくつも転がっている。
士郎が破壊したのは、セイバーの剣の射程外にいた兵士達。セイバーの作業効率をアシストするための援護だった。
二人の成果を合わせて、この区画の脅威は、ある程度払拭された事になる。

「よし、じゃあ、早くのび太君達と合流するぞ。方角は解るか?」
「この道を真っ直ぐ行けば、元の場所に出……ッ!? シロウ、上を!」
「え……っう!?」

頭上に視線を向け、士郎の表情がこわばる。
つられて、慎二も上空を見上げた。
そこには。

「ひぁあ!?」
「ちっ、第二波か!」

火を噴き上げ、唸りを上げて迫り来る、ミサイルの流星群があった。
武器という、人間を萎縮させる絶対的な恐怖。
ロボットの大軍とはベクトルの違うそれが、再度慎二の臓腑を掴み上げる。

「シロウ!」
「急げ、セイバー! 慎二、伏せろ!」
「ぅぉわ!」

血相を変えた士郎に、乱暴に地面に叩き付けられる慎二。
棒立ちの虚脱状態から、受け身など取れる筈もない。
肩口からアスファルトに組み敷かれ、鈍い痛みと衝撃が身体の内側を強烈に揺さぶる。

(僕は……いったい、なにをやってるんだ)

飛ぶように近づいてくるセイバーと、焦りを滲ませてジーンズのポケットを探る士郎を余所に。
ドクン、と一際大きく跳ね上がる心臓。
緩められていた拳は、いつの間にか固く、固く握り締められており。
虚ろだった慎二の瞳に、微かに意思の光が兆した。





「――――あ、凛さん!」
「のび太、無事ね!」
「な、なんとか!」

ビルが瓦礫と化し、コンクリートとアスファルトの粉塵が濃煙となって漂う中。
互いを発見してすぐ、のび太とアーチャー、凛とフー子は背中合わせになった。
そして即座に、襲い来る敵を、各々の武器で迎撃にかかる。
のび太は“ショックガン”の二丁拳銃で敵を撃ち抜き、凛はガンドと宝石のワンツーで数十体をまとめて吹き飛ばす。
黒弓でアーチャーが悉くを射抜けば、フー子は竜巻で集団に文字通りの風穴を開ける。
数は二倍だが、殲滅効率は五倍、六倍にもなっていた。
射撃態勢に入られる前に始末しているため、敵の侵攻速度は、大幅に鈍っている。

「凛さんも、よく無事でしたね」
「“バリヤーポイント”のお陰よ。ギリギリまで使用を控えていて助かったわ。常時使ってたら、きっとあのミサイルは防げなかったでしょうね」
「え、じゃあ、あの」
「こっちのは電池切れ。ミサイルの直撃は、二回が限度だったみたい。合流までバリアなしで凌げたのは、ある意味奇跡ね。代わりに、手持ちの宝石がもう数個しかないんだけど」
「令呪も一画使用している。君達のところまでの直通路を開くためにな。風の竜を目印に急いだのはいいが、増援の壁が想像以上に厚かった。まさに紙一重だ」
「そうですか……あ、ならこれ」

エネルギーが尽きかけていた左手の“ショックガン”を地面に打ち捨て、ポケットから取り出したそれを、のび太は急いで凛に手渡す。
それは、のび太が所持していた分の“バリヤーポイント”だった。

「え、これ……」
「僕はフー子が護ってくれたから。一回も使ってないんです」
「フー子が? ……そう。じゃあ、遠慮なく借りるわね」

疑問も反論も口にする事なく、凛は素直にブツを受け取った。
思案に浸っている暇などない。
敵はいまだに、次から次へと湧き出してくる。
合流を許してしまった敵は、再度の分断にかかってくるだろう。
災害現場さながらへと様変わりした鏡面新都は、更地にこそなっていないものの、足の踏み場もないほど人工の残骸に塗れていた。
地上からの敵の侵攻速度は、その要害により低下している。それはいい。
しかし、空からの襲撃は、都合二度の爆撃で迷路の壁だったビルが倒壊したせいで、その数を増やしていた。

「凛。あのデカブツはどうする」

追い縋ってきた兵士ロボット達の頭部を、三体纏めて一矢で串刺しにしたところで、アーチャーは凛に問うた。
デカブツとは、言うまでもなくトリコロールの巨兵、『ザンダクロス(ジュド)』の事だ。
先程までとは異なり、『ザンダクロス(ジュド)』は、その居場所をビル群から別の場所へと移していた。
新都と士郎達が住む深山を結ぶ、冬木大橋にほど近い川の中州に陣取り、膝元までを水に浸した状態で佇んでいる。
『鉄人兵団』を巻き込む事を恐れてか、巨体を以て敵を追いかけ回すでもなく、今までミサイルを撃つ事以外の攻撃行動を行っていない。
火力の有り余る『ザンダクロス(ジュド)』と無数の兵隊である『鉄人兵団』を併用するには、前者の役割を限定せざるを得ないようだ。

「今は放っておくしかないわ。固定砲台に徹しているから相当厄介だけど、ギリギリ凌げない訳じゃない。フー子」
「フ?」
「一応聞くけど、アレ、なんとか出来る?」

ガンドの弾幕を張る片手間に、凛はフー子に問いかけた。
彼女の生み出した風の竜が、『鉄人兵団』を一掃したその光景は、凛の目に確と焼き付いている。
味方の中で火力が最も高いのは、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を持つセイバーと、暴力的なまでの風の力を操れるフー子の二人。
凛が頼みにするのも、当然の話であった。

「――――むずかしい」

ほんの少しだけ考え込み、しかし申し訳なさそうにフー子は、首をふるふると横に振った。
『鉄人兵団』は、元々真空の宇宙でも活動が可能だ。
それはつまり、ボディと内部機関に徹底的な気密・耐圧処理が施されている事を意味している。
同じ技術で製作された『ザンダクロス(ジュド)』も、同仕様かつグレードアップされているだろう事は想像に難くない。
要は、フー子と『ザンダクロス(ジュド)』では、互いの性質上、決定的に相性が悪いのだ。
兵士ロボットを鎌鼬で両断出来たのは、装甲がそこまで厚くなく、鎌鼬の範囲もごく狭い物だったから。
だが、対象は『鉄人兵団』ロボットのおよそ十倍のスケールである。その耐久力も、ぶった切るために必要となるエネルギーも、桁が外れてくる。
鎌鼬でなく、気圧を操って押し潰そうとしても、持ち前の頑丈さでおそらく耐えきられてしまうだろう。
宝具類型で言えば、『ザンダクロス(ジュド)』は対城宝具。その程度出来なければ、対城宝具の名折れである。

「そう。じゃあ、セイバーに期待するしかないか。“竜の因子”を全開にして、令呪を重ね掛けすれば可能性はあるし」
「ごめんなさい」
「気にしなくていいわ」

フー子のマスターはのび太だが、令呪は持っていない。
のび太は魔術師ではないし、フー子自体、特殊なサーヴァントだからだ。
令呪によるブーストが期待出来ない以上、瞬間最大火力はセイバーの方に分があった。
おまけに、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、集束特化させた光を以て敵を切り裂く対城宝具。『ザンダクロス(ジュド)』には相性が抜群だ。
事態の打開には、セイバーと士郎が必要不可欠だった。

「しかし、セイバーと小僧は今どこにいる? あの二人も“バリヤーポイント”を持っているから、早々とやられたとは考えにくいが」
「結構距離を離されたものね。まあ、どんなに遠くても数キロと離れてはいないでしょうけど」

戦場は、新都のビル街とその周囲。直径にしておよそ五キロ程度である。
戦闘が始まっておよそ三十分が経過しようとしているが、『鉄人兵団』の荒波に揉まれてそれ以上まで離されるとは考えにくい。

「調べた方がいいですか?」
「“たずねびとステッキ”以外の方法があるならね。精度が荒いし、穴を埋める手間がアレだから」
「かといって、衛宮邸のイリヤスフィール達に頼むのは無理だろう。そもそも世界が違うという話だからな」
「じゃあ……あ、そうだ! フー子、もう一回、あの風のバリア張って!」
「フゥ♪」

何かを閃いたらしいのび太は、フー子にそう頼むと“ショックガン”を口に咥えて、ごそごそと“スペアポケット”の中を漁る。
間、髪を入れず、フー子が片手を天に掲げると、『鉄人兵団』の十字砲火(クロスファイア)を防いだ時と同じ、風の障壁を瞬時に作り出した。
今度のは、前回よりもやや大きめのサイズで、四人をすっぽりと覆ってなお、お釣りがくるほどの風のドームである。

「これ、え、ちょ!? なにこのインチキ! こんなのアリなの!?」
「大気を、物理干渉を遮断するまでに圧縮するとは……しかも、一工程(シングルアクション)で、か」

この手並みには、さしもの弓凛も目を剥いた。
彼らが見た、『ふしぎ風使い』の能力で起こした現象は、竜巻と『風の竜』だけである。
ここまで柔軟な指向性を以て、大気を自在に操れるとは、思ってもみなかったようだ。
しかし、この風の障壁には欠点があった。

「でも、こうげき、できない」
「は? 攻撃出来ない、って……」
「つまり、壁越しに相手を斃す事は出来ないという事か?」
「うん」

肯定の返答に、アーチャーは弓弦を引き絞る手をふっと緩めた。
厳密に言えば、攻撃自体は可能である。
だが、相手まで届かせるには、内側から障壁を突き破るほどの威力が必要になるのだ。
そうなれば、当然威力が減殺されて攻撃としての体を成せない上、突破された障壁を補完するために余計に魔力を喰う事となる。
明らかに非効率的であり、それなら下手に手を出さない方がよほど利口だ。
攻撃出来ないとは、つまりはそういう事だった。
とはいえ、防御性能は破格。防衛に徹している限り、突破される危険性はほぼ皆無に等しい。
障壁の外では、兵士ロボット達が光線を放ったり、パンチをぶつけたり、体当たりを仕掛けたりしているが、その悉くが跳ね返されている。
絶対安全地帯が、ここに形成されていた。

「ふぉれふぁ(これだ)!」

と、目当てのブツを探り出したようで、のび太が喜色の滲んだ声を弾ませた。
たった今、ポケットから引き抜かれた手に握られているのは、いつか見たハンドバッグである。

「って、それ“とりよせバッグ”じゃない。まさか、士郎達をここに取り寄せようって事?」
「いや、流石にそれは無理だろう。口の大きさの問題で、頭はともかく、胴体で詰まるはず……む、なんだ少年」

こいこい、と手招きするのび太に、首を傾げつつも素直にアーチャーは近寄る。
のび太は“とりよせバッグ”の口をめいっぱい開くと、つんつん、とバッグの口の中を指差した。
手を突っ込め、という指示のようだ。

「ほふのひはらひゃ、あはんなひひ(僕の力じゃ、上がんないし)」
「は……?」

非常にイヤな予感が頭を掠めたが、アーチャーはとりあえずバッグの口に手を突っ込み、布のような手触りの物体をむずと掴んで、思い切り引っ張り上げた。
その、次の瞬間。

「うわ、な、なんだ!?」

首根っこを引っ掴まれた、ロングTシャツとGパン姿の男が出現。
口のサイズなどお構いなしに、“とりよせバッグ”の向こう側から衛宮士郎が引きずり出された。

「え、あ、えぇえ!?」

訳も解らず、バッグに足を突っ込んだまま、宙吊り状態でおたつく士郎。
刹那の間、呆気にとられたように目を丸くしていたアーチャーであったが、ややもして、深い溜息を吐いた。

「……まさか、本当に取り寄せられるとは」
「は? あ、アーチャー!?」

ここにきて、ようやく自分がアーチャーに襟首を掴まれている事に気づいたようだ。
む、と軽く唸ったアーチャーは、徐に腕に力を籠め、まるでポイ捨てでもするかのように士郎を後ろに放り投げた。

「うわ!?」

どしゃっ、と重たげな音を立て、地面に尻餅をつく士郎。
ぞんざいな扱いに憤る暇もなく、強かに叩きつけられた鈍痛に思わず顔を顰めた。

「いっ痛ぅ!?」
「ホント、どこまで……一応、無事みたいね」
「と、遠坂!?」

頭痛を堪えるように頭を押さえていた凛が、士郎の腕を引いて地面から起き上がらせ、簡単に説明をする。
その間に、アーチャーはバッグの中からセイバーを引きずり出していた。

「シロウ!? シロ……は、え!?」

アーチャーに殺気がなかったせいか、自慢の『直感』スキルも上手く作動しなかったらしい。
恐慌状態から一転、呆けたような表情で、両手をぷらりとさせたその姿は、摘み上げられたライオンの子どもを彷彿とさせる。

「心配せずとも、小僧ならそこにいるぞ、セイバー」

セイバーは、そのままゆっくりかつ丁寧に地面へと降ろされた。

「こ、これは、いったい?」
「ちょ!? おい、アーチャー! 対応が全然違うぞ!」
「たわけ。女性を丁重に扱うのは当然の事だろう」
「だったらこっちも丁寧に扱え、このヤロウ!」
「フッ……」

食って掛かる士郎に対し、アーチャーは鼻で笑って返した。
内心、カチンときた士郎であったが、それよりも遥かに大事な事を思い出した。

「待った、あとひとりいるんだ!」
「あとひとり? 誰よ、それ」
「いいから早く引き上げろ、アイツが死ぬ!」
「ふぁ? ひおうはん(士郎さん)?」

訝しげに首を傾げる凛を尻目に、士郎はダッシュでのび太の方へ駆け寄ると、開きっぱなしの“とりよせバッグ”の口へ一気に腕をねじ込む。
そして歯を食い縛り、渾身の力を込めてぐいと引き抜くと、士郎と同じ制服を着込んだ、くせっ毛で青みがかった髪の男がずるりと引き出された。

「うふぁ、ほほひほ(うわ、この人)!?」
「あ、慎二!」
「そいつは……ライダーのマスターか」

言うや否や、アーチャーの両の手に黒白の双剣が握られた。
斬られたと錯覚しそうなほどの必殺の気をぶつけ、一歩、二歩と足を進める。
びく、と慎二が僅かに身じろぎするが、虚脱したように座り込んだままだった。
立ち上がろうとする気すら感じられず、足をだらりと前に投げ出し、顔を俯け、表情は前方に垂れ下がる前髪に隠れて、判然としない。
普通に見れば、すべてを諦めきった廃人にさえ映るが、しかしその両の手は、血管が浮き出るほどに固く握り締められている。
欺くための演技とは思えない。それにしては真に迫りすぎている。この男にそんな器用なマネは出来ない。
例えて言うなら、熾(おこ)り火を秘めた人間の抜け殻。
そんな、なんともちぐはぐな慎二の様子に、アーチャーは微かに首を捻った。

「ま、待てアーチャー、殺すな! 慎二に抵抗の意思はない!」
「だが、そもそもの原因を作ったのはその男だ。イレギュラーが絡んでいる以上、この状況の全責任がそやつにあるとは言えんが、とはいえ禍根は元から断っておかねば憂いが残る」
「ふざけるな! そもそも、そんな事に時間を割いてる余裕なんてないんだよ! このままだと、俺達は……!」

アーチャーの前へと立ち塞がった士郎は、喰いつかんばかりの勢いで慎二を庇う。
鬼気迫るその形相は、慎二を死なせたくないという思いと同時に、それ以上のものが含まれている事を、アーチャーに漠然と感じさせた。

「アーチャー。私も、彼を斬る事には反対です。ノビタの目の前で血を流させる訳にはいきませんし、助けた意味がなくなる。なによりシロウの言葉の通り、私達に残された猶予は少ない」

真摯な目で、セイバーはアーチャーへと訴えかける。
アーチャーが視線を移すと、怯えと恐怖を滲ませたのび太の表情が視界に飛び込んできた。
それを見てしまっては、流石に一蹴する事も出来ない。彼の最も厭う事のひとつが、年少の者の心を切り裂く事であるからには。
それに、二人が焦燥感を伴うほどに切迫した事情があるというのなら、慎二の対処への優先度は、相対的に低くなる。
目を閉じ、僅かに逡巡した後、彼は凛へと視線を移した。
主の下知に、すべてを委ねるという意思を込めて。

「――――剣を降ろして。アーチャー」

ほんの微かに慎二を睨み、そして彼女は告げた。

「……了解した」

そう口にした時には、既に双剣は消え失せていた。
大きく安堵の吐息を漏らしたのび太が“ショックガン”を口から取り落とし、士郎の肩から張り詰めていた力が抜ける。

「それで、どういう事なの」
「ん。実はな……」

手短に、そして要点を掻い摘んで、士郎は指揮官ロボットが慎二に向けて喋った内容を説明する。
『鏡面世界(リバーサル・ワールド)』の事。
『鉄人兵団(インフィニティ・アイアンアーミー)』の秘密。
現在必要な事だけを開陳する事に徹し、慎二についての糾弾は伏せた。
セイバーは無言に徹し、士郎の言以上に語る事はなかった。

「――――え、まさか、そんなっ!?」
「……ち。これは、消耗戦ですらないな」

潮が引くように色を失う凛。アーチャーは、努めて冷静を装っているが、閉じた瞼の下では、鈍色の瞳が微かに揺れ動いていた。
世界の檻と、数の暴力。どちらか一方だけでも甚だ絶望的なのに、その両方ともが一斉に襲いかかってくるとは。不条理にも程がある。
マフーガの時は、対象を斃せば事足りた。だが、今回ばかりはそうはいかない。
難易度は、それこそ異次元クラス。果たして勝ちの目はあるのだろうか。
心に垂れ込める暗雲を振り払うように、凛は士郎に更なる問いを投げた。

「あんた、それどうやって聞き出したの?」
「いや、聞き出したというか」

そう言って、恐縮そうに肩を竦める士郎。
一度慎二に視線を投げかけた後、頭を掻きつつ、再度口を開いた。

「最初のミサイル爆撃を“バリヤーポイント”で凌いだすぐ後に、偶然セイバーが慎二らしい人影が見えたって言って」
「かなり距離がありましたが、服装などからそう判断しました。シロウにそう告げたところ、追いかけると」

引き継いだセイバーが一旦言葉を切ると、再度士郎へと視線でバトンを渡す。

「ミサイルの煙と炎に紛れて、のび太君から借りていた“とうめいマント”を二人で被って追跡したんだ。と言っても、俺はセイバーの脇に抱えられてたんだけど。で、ロボット達に追い詰められている慎二を発見して、そこで、な……」

後は察しろ、とばかりに士郎は、そこで口を閉じた。
“とうめいマント”の効力は、その名の通り。くだくだしく述べるまでもないだろう。
ただし、これには欠点がある。
透明になれはするが、“石ころぼうし”のように気配までは消せないのだ。
あくまで姿を消せるだけ。だからこそ、気配を紛らわせる機会が必要だった。
爆撃直後は、敵であれ味方であれ多少なりとも浮足立つ。それは、ロボットといえども自我がある以上、例外ではない。
士郎は、そのチャンスにつけ込み、結果として最良を拾うに至った。
本人達は知らない事だが、二人が消えた後、『鉄人兵団』は二人の捜索を行っていた。
姿が見えずとも、見えない者を捉える方法は幾らでもある。それでも見つからなかったのは、偏にセイバーの細心の注意を払っての隠行の賜物である。
気配を殺しつつ、可能な限りの速度を保ち追跡を行う。たったそれだけが、いったいどれほど難しい事か。
ただでさえ、隠密行動に慣れていない彼女である。敵と相対する以上に神経を削った事だろう。
つくづく、のび太のポケットに“石ころぼうし”が入っていなかった事が悔やまれる。
ある意味では、『気配遮断』スキル以上に優れた、ステルス道具である故に。

「成る程……で、退却中だったところを“とりよせバッグ”で拾われた、と」
「ああ。二回目のミサイルを“バリヤーポイント”でなんとか凌いで、慎二を引っ張りながら走ってた。バリアの電池が底を尽きかけてたから、もう一回爆撃が来てたらアウトだったな」
「ライダーのマスターを救出した際、シロウが指揮官級を破壊しましたが、爆撃後にビルの上から新たな個体が出現しました。隙を見てシロウが“空気砲”でそれも破壊すると、間を置かずに今度は路上に三機目が現れました。情報の信憑性は高いと思います」

セイバーの言葉は、ある意味ではとどめだったが、そんなものは今更である。
絶望に浸っている暇などない。
大事な事は、今のこの八方塞がりの状況を、どのように打開するかだ。
生きる事を諦めていない以上、悲観に向かうベクトルを無理矢理にでも上方修正し、希望を見出さなければならない。

「悪いけどフー子、もう少しだけ頑張って」
「フ!」

凛に向かって、フー子は力強く頷きを返した。
あどけない容貌に浮かんでいる微笑が、まだまだ余裕があるという事を示している。
風の障壁の向こうでは、単眼のロボット達がガチャガチャと喧しいが、堅牢なバリアを乗り越える手段がないので完全に足踏み状態であった。
時折、身を犠牲にして特攻をぶちかます個体もあったものの、フー子のバリアはそれすらもシャットアウトしている。
この貴重な時間を稼いでくれている小さな少女に感謝しつつ、凛が士郎、セイバー、アーチャーへ顔を向け、本題を切り出した。

「まずは、現時点での勝利条件を確認しておきましょう。とりあえずは、そこからね」
「そうだな……ひとつは、この鏡面世界、ここから脱出する事か」
「けど、それはライダー、じゃなかった。リルルだっけ? の、力が必要になるはずだろ」
「たしかに、あの指揮官級はそう言っていましたね。彼女は今、あの巨大なロボットの中にいるようですから、そうなると、第一にあれをどうにかしなければならないという事になります」

果たしてそんな事が可能なのか。四人は一瞬、押し黙った。
ロボット兵士を上回る装甲を持ち、戦場に無数のミサイルをばら撒き、空すら飛べる『ザンダクロス(ジュド)』は、まさしく移動要塞そのものである。
城攻めには、野戦での三倍の兵力が必要だと言うが、戦力比は三倍どころではない。
真正面から挑んだところで、それこそ近寄れただけでも大戦果だろう。

「……それも大事だけど、ちょっと気になってる事があるのよ」
「ん、なんだよ遠坂?」
「あの指揮官級と、リルルって子の関係よ」
「関係?」

首を傾げる士郎に、凛がピッと人差し指を立て、解を示す。

「やっと解ったのよ。主従関係が逆転しちゃってるってね。ロボット達って、リルルの『宝具』なんでしょ? でも、実際に使役しているのはあの指揮官級よ。しかも、反抗せずに諾々と従ってる。どう考えてもおかしいでしょ」
「言われてみれば……たしかに、な」

納得したようにひとつ頷き、士郎が同意を示した。
道具が主を使役する。そんな歪な関係に凛は疑問を抱いたのだ。
言ってみれば、セイバーが『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に顎で使われているようなものである。
明らかに力関係がおかしい構図であった。
向こうの口振りからして、かつてリルルが指揮官級の部下であった事を差し引いても、やはり首を傾げざるを得ない。

「疑問は多々残るが、それは一旦置いておこう。つまりだ、あのリルルを屈服させるには、『鉄人兵団』そのものをどうにかしなければならんという事か」

顎に手を当て、アーチャーが唸るように結論付けた。
はっきり言って、無理な注文である。
指揮官級の大言壮語でなければ、この鏡面世界地球には、『鉄人兵団』の製造工場が五、六桁単位で存在しているという。
という事は、すなわちそれらすべてを叩き潰し、さらに現存する『鉄人兵団』全個体を破壊し尽くして初めて勝利条件を満たした事になるのだ。
工場の場所も、規模もまったく解らない手探りの状況で、だ。
よしんば解っていたとしても、せいぜい工場一個を潰している間に新たな工場を造られてしまうのがオチである。
そもそも、鏡面世界に引きずり込まれた時点で、向こうの勝ちがほぼ確定したと言ってもいい。
鏡面世界と現実世界を行き来する鍵は、リルルが握っている。すべては、彼女の掌の上なのだ。
どこまで行っても絶望、その絵図は覆しようがない。
重苦しい空気が垂れ込め始めたその時、セイバーがふっと顔を上げた。

「ですが、希望がない訳でも……」
「セイバー、それって」
「ええ、リン。シロウも気づいたかと思いますが、彼女自身が、あるいは突破口になるかと」
「あの子が……あ。そうか、あの子、明らかに」
「こちらとの戦闘を躊躇っていた。でなければ、戦闘前の暗い表情も、デカブツの最初の動きの鈍さも、説明がつかん」

光明は、そこにこそあった。
リルルは、こちらとの戦いを厭っている。
それを、『鉄人兵団』の指揮官級が無理に命じて戦闘を行わせていた。
どうしてそうなっているのか、理由は解らないがともかく、今はその可能性に賭けるのが最善のように思えた。

「って事は、だ。要は、『鉄人兵団』の指揮官級をすべて破壊すればいいのか」
「しかし、どうするのです? 工場も含めて殲滅するとしても、手が足りなさすぎます。そもそも、どれだけいるかも解らない指揮官級をすべて把握するというのも……」
「たしかにね……うぅ~……ん? って、ちょっと待って」

頭を抱えて唸っていた凛が、ふとパッと顔を上げた。
いったい何事かと、三人の視線が凛に向けられる。

「む、どうした凛?」
「のび太は?」
「あ、そうだのび太君!」

あまりの事態の深刻さに、四人揃って大事な事を忘れていた。
リルルとも、『鉄人兵団』とも因縁深いのび太。彼の意見をまだ聞いていなかった。
四人に、それだけ余裕がないという事の証左かもしれない。
その、すっかり蚊帳の外へと追いやられていたのび太はというと。

「へ、あ、はい!?」

“スペアポケット”の中を、必死な表情でミキサーの如く掻き回していた。
凛の眉間に、僅かに皺が寄る。

「アンタ、なにしてるの?」
「いや、なにって、その、ちょっと探し物……こ、この辺だっけかなぁ?」
「探し物、ですか? いったい何を?」
「うん……くぅっ」

ポケットの表面に手形が浮き出るぐらいに深く腕を突き入れて。



「――――“逆世界入りこみオイル”。『鏡面世界』に出入り出来る道具で……“入りこみミラー”はなかったし……ん!? あ、あった! よかった~!」



ふたつの家の底面と底面がくっついた絵のラベルが貼られた、スプレー容器のような缶を取り出した。

「「「「…………」」」」

ほっとしたように笑うのび太とは対照的に、四人の表情は、瞬間冷凍でもされたかの如くに固まっている。
急に静かになった事に訝しんだ、のび太がふと顔を向けると。

「そんなのがあるんなら、最初っから出さんかぁあああああーーーーっ!!」

ふしゃーっ、と毛を逆立てた猫のように吼える凛にどやされた。

「うひゃああ、ご、ごめんなさーーーーい!」
「フ!?」

剣幕に負け、思わず頭を抱えて追い詰められたネズミの如く縮こまるのび太。
つられたフー子もビクッ、と身を竦め、バリアが乱れて若干範囲が狭くなる。
怒髪、天を突くそのプレッシャーは、『鉄人兵団』を単騎で制圧する事も夢ではないくらいのものがあった。
そのまま、文字通り噛みつかんばかりに迫りそうな凛を、アーチャーがすぐさま羽交い絞めする。

「凛、落ち着け。君らしくもない」
「なによ! これじゃちょっとでも悲観的になってたわたしがバカみたいじゃない! 返せ! わたしの心の余裕を返しなさぁああああーーーーい!!」
「リン! 『常に優雅たれ』はどうしたのですか、落ち着きなさい!」
「キレてる場合じゃないだろ、遠坂! どうどう!」

ふーっ、ふーっ、と涙すら浮かべて興奮しきりの凛をどうにか宥めすかす三人。
いくら猫っぽいからといって顎をくすぐればいいという物でもなく、逆に凛がこうまで逆上した事によって、残る三人はむしろすっかり落ち着いてしまっていた。
人間、どれほど動揺していようとも、それ以上に動揺する者が近くにいれば相対的に冷静になれてしまうものだ。

「落ち着きましたか?」
「……はぁ、すぅ、はぁ……うん、ゴメン。カッコ悪いトコを見せたわね」
「ああ、実に恰好悪かったな。『優雅』という言葉の一文字にすら掠りもせんほどに」
「ぐ……はっきり言ってくれるわね」
「少年の道具が理不尽なのは、今に始まった事ではないだろう。それに思い出したのだが、あの指揮官級が、少年はかつて鏡面世界に出入りしていたような事を言っていたからな。我々は、最初に少年に意見を聞くべきだったのだよ」

的確すぎるアーチャーの言に、凛はもうひとつ、大きな溜息を吐いた。
交戦経験のある者の言葉に耳を傾けるのは、戦略を練る上での常道である。
そんな事も失念していたとは、と凛は己がふがいなさに額を抑えて天を仰ぐ。
そして、気を取り直すように二、三度頭を振ると、のび太の手のブツに視線を移す。
凛の怒気が収まったと見て、のび太は既に立ち上がっていた。

「それで、それがあればこの世界から脱出できる訳ね?」
「え、あ、はい。でも、この“逆世界入り込みオイル”は、鏡か、それっぽいものに塗らないといけないんですけど」
「ちょっと待て、鏡なんて持ってないぞ。まさか、敵を倒しながら探すって訳にもいかないし」
「あ、それは“おざしきつり堀”もあったから大丈夫です」
「つ、釣り堀? つまり、池みたいなものですか? 水面でも代用が可能、と」
「うん。まあ、結構大きいから、畳二枚くらいのスペースがいるけどね」

あっさりと、問題の根幹が解決した事に、呆然を通り越して諦念を抜き去り、一周回って平常運転に戻ってしまった四人。
打たれ強くなったというよりは、痛覚を感じにくくなったと言った方が適切だろうか。
しかし、解消すべき問題点はまだある。
待ったをかけるように、アーチャーが口を挟んだ。

「だが、仮に向こう側に戻れたとしてもだ。再度こちらに引き戻される可能性もあるぞ」
「あ、そうね……そう言われると」
「むぅ」

リルルは、鏡面世界に自由に行き来出来る。
それはすなわち、万一鏡面世界からの逃亡を図られたとしても、追いかけて再度転送する事も可能である事を意味している。
さらに。

「それに最初のように、全員が一塊に纏めて転送される保証はない。それぞれが分断されて別の場所に送られた場合、我々は間違いなく、この世界に強制的に骨を埋める事になる」

もし、単独でロボットひしめく絶壁の谷底にでも放り込まれたとしたら。
離れ小島すら水平線の彼方の、太平洋のど真ん中に投げ込まれたとしたら。
互いの距離が、それこそ数千kmと離れていたとしたら。
まさしくアーチャーの言葉の通りになるだろう。
敵のフィールドは、この鏡面世界地球上のすべてと考えて差し支えない。
転送箇所を指定出来るかどうかは判然としないが、最悪を想定して出来ると仮定しておいた方がいい。
考えられる可能性を切って捨てる事は、愚の骨頂である。

「結局は、最初に戻るのか」

カシカシと頭を掻き毟りながら、溜息混じりに呟く士郎。
『鉄人兵団』をどうにかしない限り、安心は出来ないという事に変わりはないと気づいたのだ。
ここで、リルルをどうにかしようと言わない辺りが、士郎らしいと言えばらしい。
幸いと言うべきか、この争点に異論を差し込む者はいなかった。

「そうねぇ……うーん」

腕組みし、深刻な表情で凛は唸った。
そして二、三度、目を瞬(しばたた)かせると、皺の寄る眉間を揉み解し、次いでのび太に視線をやった。

「……はぁ」

桜花に紅を塗ったような凛の唇から、小さな溜息が漏れる。
微かに首を捻ったのび太であったが、間を置かずに唇が動き、言葉が吐き出された。

「のび太」
「はい?」
「なんかない?」
「え?」

あまりにも漠然とした質問に対し、意図がまったく掴めないのび太。
カリカリと頬を掻きながら、しかしやや不機嫌というか、何かを諦めたような感情を滲ませ、凛は言葉を継ぎ足した。

「『鉄人兵団』をなんとか出来そうな心当たり。この状況じゃ、流石に手詰まりだし」

戦闘前に、アーチャーから、のび太の道具に頼りすぎるなと念を押されていたが、今の袋小路に陥った現状では致し方ない。
依存だろうが卑怯だろうが、手段があるなら形振り構っている余裕などない。
事実、アーチャーは何も言わず、精神を研ぎ澄ます修験者のように深く瞑目している。
無言の消極的肯定であった。

「はぁ、と言われても……」

言われて、再度“スペアポケット”に右手を突き入れる。
しかし、果たしてそんなものがあるのかどうか。
世界中に湧く『鉄人兵団』。それに抗するには、たしかに並大抵の道具では通用しないだろう。

「んー……」

忙しなく腕を動かし、険しい表情を浮かべてのび太は唸る。
ない知恵絞って、ぱっと考えつくのは、“タンマウォッチ”で時間を止め、一体一体地道に潰していく事。
索敵の手間を考えれば、非常に疲れる上に地味ではあるが、一応有効な手だ。
だが、件の“タンマウォッチ”は入っていない。

「あるかな、そんなの」

あとは、“どくさいスイッチ”や“ソーナルじょう”、“ソノウソホント”などで『鉄人兵団』自体の存在を否定してしまう事。
これらも一方的に相手を消し去る事が出来るので有効だが、やはり該当道具の一切がポケット内に現存しない。

「うぅー……!」

四人の視線が注がれる中、のび太が苛立ったようにポケット内を掻き回した。
あまりに乏しい選択肢に、知らず歯噛みする。
のび太としては、リルルと敵対などしたくなかった。
当たり前である。彼女はかつて、己が消滅を覚悟して地球を救ってくれたのだ。そんな友に近しい存在と矛を交えるなど、絶対にゴメンであった。
しかし、純粋な地球の脅威である『鉄人兵団』に対しては、至極当然ながら撃滅するに吝かではなかった。
そういう意味では、正直なところ士郎の提言は非常にありがたかったのだ。
確たる手応えのなさに、焦りが募る。
もうなんでもいいからなんか出てこい、と言わんばかりに“スペアポケット”を逆さまにし、熊手でアサリを引っ掻き出すような勢いで腕を動かすと。

「あ」

木になったリンゴが落ちるように、一個のひみつ道具がポケットの口から転がり落ち、ゴトリと地面に鈍い音を響かせた。
音で解る通り、それは金属で作られており、ややくすんだ鉄特有の光沢を放っている。
あちらこちらにペイントが施され、細長い形をしていた。
そして、なにより特徴的なのが、外装に描かれた禁断のマーク。

「――――いぃ!?」

それを目にした瞬間、のび太はくぐもった奇声と共に息を呑んだ。
次いでカチリ、カチリと、すべてを解決する方法が、頭の中で構築された。
たしかに、これを用いれば問題は、根こそぎ解決するだろう。
しかし、これは同時にパンドラの箱でもある。
過去、これを使用しかけたドラえもんを、必死で押し留めた事もある。まさに、最悪のひみつ道具。それが今、目の前に転がっている。
なんでよりにもよってこれが入ってるんだ、と叫びかけたのび太であったが、答えを返せる者はこの場にいない。

「なんだ、どうしたのび太君?」

色を失ったのび太に対し、士郎が心配そうに声をかける。

「あ、いや、そのぅ……」
「こ、これは……」

ブツを認めたアーチャーの頬がひくり、と強張った。
これまでのひみつ道具と違い、見た目と形状が、明らかに危険物だったからだ。
“ショックガン”や“空気砲”、“名刀・電光丸”も銃砲刀剣類なので一応、危険物ではあるが、眼前のこれは流石に桁が違っていた。

「このマークって、まさか……本物? ちょっと、そんな物騒なモノまで入ってたの!? というか、さっき、思いっきり落とし……!」
「しかし、これひとつであの『鉄人兵団』をどうにか出来るとも思えませんが」

その真価を知らないからこその、セイバーの言。
凛の驚愕と危惧は尤もだが、そんな生易しい代物だったらまだよかっただろう。
のび太の取り出したもの。
用いる事はおろか、取り出す事さえ憚られるそのひみつ道具。
『名は体を表す』という格言を、これ以上ないほどに体現した核兵器の模型のようなそれを、かつて使用しかけた者はこう呼んだ。





――――“地球はかいばくだん”と。






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