「……うーん、いったいアーサー王ってどんな顔してるんだろうな? 時代にもよるだろうけど、やっぱり出木杉くんみたいな真面目な感じかな? それとも渋いおじさんなのかな? いやいやそれとも……実は可愛い女の子だったりとか、ってそれはないよね」
鼻歌交じりで未だ見ぬアーサー王に思いを馳せるのび太。
今のところ時空間航行は順調に進んでいる、なんの問題もない。
さっき僅かに感じた違和感も既に忘却の彼方だ。
「ねえタイムマシン。あとどのくらいで着くの?」
『ピピッ、モウ、マモナクデス』
のび太の質問に電子音のような声で返答する“タイムマシン”。
“タイムマシン”には二十二世紀の高性能AIが組み込まれており、ガイドやコンピュータ管制をマルチタスクで行っている。
このように搭乗者と会話する機能も付加されているのだから、ある意味至れり尽くせりだ。
だから“タイムマシン”にお願いすればデータ入力や時空間検索などといった諸々を一手に引き受けてくれるのだが……のび太はなぜか全ての入力をマニュアルで行っていた。
そこはそれ、操作の主がのび太である、という事でひとつ理解してもらいたい。
ちなみにこれは当初から付属していたものではなく、後から組み込まれたものである。
これはドラえもんの“タイムマシン”が比較的型遅れの代物であるためだ。
新しいものを購入しようにも、タイムマシン自体かなり高額な代物であるため手っ取り早く、しかも安くグレードアップさせようと思ったら、必然的に改造に走らざるを得ない。
この辺りにドラえもんの財布の悲哀が見え隠れしているような気がしないでもないが、しかしそれはそれとして、ドラえもんの財布事情をぜひ知りたいところではある。
少なくとも新しい型の“タイムマシン”を乗り回している彼の妹、ドラミよりも貧乏なのは確実であろうか。
『モウ間モナク、目的地ニ到着シマス……ピッ!? ピピッ!!?』
「え、え!? タイムマシン、どうしたの!?」
と、もう少しでワープアウトするというところで突如“タイムマシン”が異音を発し始めた。
気になったのび太が声をかけると、機械らしからぬ切迫した電子音で回答する。
『警告! 警告!! 時空乱流ノ気配デス!! 急接近、急接近!! コノママデハ、巻キ込マレマス!!』
「えっ、時空乱流? なにそれ、って……あ、でもどっかで聞いたような気もするんだけど」
『ピピッ、時空間内ニ発生スル、台風ノヨウナ物デス! 巻キ込マレレバ、最悪次元ノ狭間ニ放リ出サレ、永久ニ亜空間ヲ彷徨ウ事ニナリマス!!』
「な、なんだってええーっ!?」
『運ガ良ケレバ、ドコカ別ノ空間ニ出ル事モアリマスガ』
「冗談じゃない! どっちにしろ元の時間に戻れないって事じゃないか! ねえ、なんとかならないの!?」
かなりの危機的状況である事を悟ったのび太は、必死な顔で“タイムマシン”に打開策の伺いを立てる。
しかし。
『ピピッ、トニカク、機体ニシガミツイテイテクダサイ! 既ニ回避不可能ノルートニ入ッテイマス! 接触マデ、アト十秒!!』
帰ってきた答えはまさに最悪にして非情の物。のび太は涙目になりながらヒシと計器にしがみつく。
「うわーん! ドラえもーーーーん!!!」
『3、2、1……突入!!』
瞬間、のび太の視界がブレ、凄まじい振動が全身を襲った。
「うわわわわわわっ!!??」
時空間に吹き荒れる暴風に“タイムマシン”が振り回される。
ガクンガクン、と身体を揺すられ、のび太の身体のあちこちが計器に叩き付けられていた。
ぶつけた痛みがズキズキと襲い掛かってくるが、必死なのび太は泣きながらそれらをグッと堪え、全身全霊で以て身体を“タイムマシン”に張り付けた。
揺れる視界の先では稲光が轟音と共に幾条も走り、黒々とした風が唸りを上げて渦を巻いている。
まさにここは台風の中だ。
一瞬の気の緩みが、全てを終わらせる極限の牢獄。
だが。
「ううううっ……もう、ダメだぁああっ!!!」
そんなものがなくても、所詮は低の低スペックの身体能力しかないのび太。
拙い足掻きもあっさりと破られ、身体が虚空へと投げ出される。
「うわぁああああーーーーっ!!!!」
『アアッ……ノビ太サン!』
悲痛な叫びの余韻だけを置き去りに、のび太の姿はあっという間に漆黒の空間に飲み込まれ、そこから消えた。
後に残されたのは、いまだ暴風と雷を的確な姿勢制御で耐え凌ぐ“タイムマシン”のみ。
感情を表さないはずの鋼鉄のボディに、僅かに悲しみと悔しさの色が滲み出ていた……。