『さて、バーサーカーと対峙するのはいいとして、問題はどう戦うべきか……。地の利はあっちにある訳だし』
『ん? あの時みたいなスリーマンセルじゃダメなのか?』
『ダメとは言わないけど、同じ戦法が二度も通用するほど聖杯戦争は甘くはないの。やるならまったく新しい隊形を組むか、敢えて同じ方式で挑んで奇策を仕掛けるか……どっちにしろ、どこかしら新しいものを組み込まないと、あっという間に向こうの優勢になっちゃうわ』
『正論だな。とはいえ、我々の場合は役割がほぼ固定化されてしまっている。隊形を組み直す、というのはいささか無理があるだろう』
『へ? それって、セイバーさんが剣士でアーチャーさんが弓兵さんだから、ですか?』
『ええ。サーヴァントである私達はクラスによって得意とする間合い(レンジ)がはっきりしています。剣の英霊である私では遠距離戦を行う事は不可能ですし、弓の英霊であるアーチャーでは接近戦は不利です』
『実のところ、接近戦が出来ない訳ではないのだがな。しかし接近戦を本職とするセイバーには遠く及ばん。それにバーサーカーも接近戦が本領だ。それらを踏まえて考えれば、やはり前回の戦闘時の役割分担が最も効率がいい』
『セイバーがアタッカーとして突出。アーチャーが後方から弓で支援して、のび太が遊撃といった形ね。わたしは……ん~、どちらかといえば遊撃の側かしら?』
『え、あの、俺は?』
『……。へっぽこはオマケでわたし達の側。とにかくジャマにならないようにしてるのが至上命題。アンタが死んだらセイバーも終わり。ついでにわたし達も『THE END』なんだし』
『…………あー、なあ遠坂。俺って、結局何なんだろうな?』
『セイバーのマスターでしょ? それ以外は論外の』
『……泣いてもいいよな?』
『好きになさい。でもフォローは期待しない事ね。ここにいるメンツの中で役立たずなのは動かしがたい事実なんだし』
『…………』
『――――まあ、小僧の存在意義はさておくとしてだ。まだ問題はあるぞ。主にアタッカーの側にだが』
『む、私に……ですか?』
『うむ。奴の宝具とも絡んでくる話なのだがな。あの夜、君は君の宝具である剣でバーサーカーのく……あー、バーサーカーに一撃を入れて斃しただろう? その結果、セイバーの斬撃が通用しなくなっているかもしれんのだよ』
『へ? どうしてですか?』
『奴の宝具である『十二の試練(ゴッド・ハンド)』……その特性の一つに一度受けた攻撃については耐性を得るというものがある。その点に引っ掛かる可能性があるのだ』
『……つまり一度斃してしまった以上、私ではバーサーカーと切り結ぶ事は出来ても斃す事は出来ない、と?』
『可能性の話だがな。しかしこればかりは実際に試してみる、という訳にはいかん。そういう前提で話を進めていかねばなるまい。奴を確実に滅するには十二回……いや、一度斃しているから十一回か……それぞれ異なる手段で斃すか、一度の攻撃で複数回、耐性を得る前に命を断つか。いずれにしろ、打倒手段の数こそが鍵となってくる』
『成る程ね……。ちなみに、アンタだったらアイツを何度斃せる?』
『……ふむ。計算上、おそらく二度。いや、状況によっては三度か。これは一度で複数回命を断つという、後者の手段にあたるがな。しかしそれを行うには“溜め”に少々時間が掛かるのと、諸々の都合により成功如何を問わず、一回こっきりしか使えないという制約がつく』
『へぇ、意外な返答。ま、詳細は後で聞くとして……わたしも後者の手段でいける手が一つあるわ』
『え、本当か遠坂?』
『まあね。予想はつくかもだけど、これも後でね。――――でも、やっぱり手数が少ない事に変わりはないわね。それに……万全を期すなら反撃の隙を与えずにたたみ掛けて斃す、超短時間の波状攻撃が攻略法としては理想ね』
『そうだな。……となると、やはりアタッカーの問題をどうにかせねばなるまい。バーサーカーを身一つで喰い止め、あわよくばヤツの命を削る命懸けの防波堤役だが……候補が、な』
『そうねぇ。セイバーしか適役がいないってのはねぇ……うーん、いっそ――――士郎がやるとか?』
『――――はぁ?』
――――以上の会話は、五人がアインツベルン城に殴り込みをかける数時間前のやり取りである。
衛宮邸の道場にて作戦会議を行っていた五人の対バーサーカー戦対策は、こうして練り上げられた。
その中で話の一番のネックとなったのは“前衛”……バーサーカーと直接ぶつかり合う役であるアタッカー。
セイバーの代わりに士郎をアタッカーに据えるという凛の発言は、話の合間についポロッと漏れた半分冗談のようなものであった。
……あったのだが。
「――――おおおおぉぉぉぉっ!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
「ウソ……!? なんで、どうしてお兄ちゃんがバーサーカーと張り合えるの!?」
現状はご覧の通りである。
己が身の丈以上の大剣を軽々と振り回し、士郎は猛る狼の如き気迫と共にバーサーカーと真正面からぶつかり合う。
破城鎚の如き斬撃を弾く事一合、二合、三合四合五合。
剣同士が接触する度に火花が迸り、闇夜の中に互いの姿を刹那の間照らし出す。
バーサーカーの振るう岩の斧剣を物ともせず、一歩も退かずに切り結ぶその様からはとても戦力外の烙印を押された者と同一人物だとは到底思えない。
狂戦士の主たるイリヤスフィールは驚愕を通り越して既に頭が混乱し始めている。
さもありなん。いったい何がどうなればこんな冗談みたいな事が起こりうるのかと、誰だって我が目を疑ってしまうであろう。
「……今のところは大丈夫、みたいですね。士郎さん」
「はい。ですが、これははっきり言って予想以上ですね。まさか本当にバーサーカーと拮抗出来るとは……。まあ、実際にシロウは私ともまともに切り結べたのですから、当然と言えば当然かもしれませんが」
「……まったく、のび太の道具も大概よね。ホント、のび太が敵じゃなくてよかったわ」
後方で両者の激突を見守りつつ、語り合う遊撃組の三人。
凛の冗談にGOサインを下すきっかけとなったのは、遊撃組のメインであるのび太のポツリと漏らしたこの一言であった。
『いやでも、うーん……もしかしたら、“アレ”とか使ったらいけるかも……?』
不可能を可能とする程の道具を数多(あまた)持つ、他ならぬのび太からのその言葉を皮切りに、士郎をアタッカーとするための強化案が練られる運びと相成った。
『いや、それは……』
『どうかと思うが……』
勿論、異論も英霊組を中心に出はしたものの、まあとりあえず試してみましょうよ、というのび太の言葉に折れる形でその火蓋が切って落とされた。
まずは何といっても『武器』。
バーサーカー相手に素手で立ち向かう程愚かな事もない以上、これがない事にはまず始まらない。
とはいえ、士郎が扱えるような武器といえば木刀か、さもなくば穂群原の部活で嗜んでいた弓くらいである。
『剣』と『弓』といえばセイバーの不可視の剣とアーチャーの黒弓だが、どちらも二人の主要武装である以上、貸与する訳にはいかないし、士郎が扱いこなせるとも到底思えない。
凛に頼もうにも、凛が持っている武器といえば魔術的儀礼用の短剣である『アゾット剣』くらいしかないため、必然的にのび太のひみつ道具に頼らざるを得なかった。
だがのび太の持つひみつ道具の武器類……実は意外なほど数が少ない。
その中で士郎にも扱える武器と言ったら、
『ん~、“名刀・電光丸”くらいかな……?』
レーダー内蔵で自動反応、たとえ素人が扱ったとしても達人と互角に渡り合える“名刀・電光丸”しか該当する物がなかった。
しかしながら、
『……うーん、でもそんなチャチな刀でバーサーカーに対抗出来るの?』
“スペアポケット”から出した“名刀・電光丸”の実物を見ながら説明を聞いていた凛の言葉に、一同は再度唸った。
どれだけ高性能な刀でも、たかが日本刀一振りではリーチも質量も圧倒的にバーサーカーが有利である事実は変わらない。
特に質量差はかなりの難題で、物理法則的に覆しようがない項目なのだ。
体重の軽い者と重い者同士が戦うのならば、当然ながら体重の重い者の方が有利である。
体重を上手く掛ければ攻撃の一撃一撃に威力がより乗るし、重心も軽い者と比べてかなり安定している。
ボクシングで体重によって階級が厳密に区別されているのもこのためである。
実際、のび太もバーサーカーと対峙した際に多分通用しないだろうと“名刀・電光丸”に対して見切りをつけていたので、このままではいけないと承知していた。
そこで、
『多分、ムリです。――――だから、“名刀・電光丸”をバーサーカーに対抗出来るように“改造”すれば!!』
のび太はつい先程閃いたアイデアを基にして、対バーサーカー戦仕様の“名刀・電光丸”へと作り変えるための改造へと着手した。
そしてやにわに“スペアポケット”から取り出したのは“ビッグライト”、“のびちぢみスコープ”、“デラックスライト”の三つのひみつ道具。
まず“ビッグライト”を使って“名刀・電光丸”を二メートル弱程度にまで巨大化させ、次に“のびちぢみスコープ”を装着してスコープの筒先をいじり、細い刃の部分を太くし大きくなりすぎた鍔(つば)や柄の部分を細くする。
しかしこのままでは内部の機械部分が作動しないか、もしくは誤作動を起こす可能性があるので、“デラックスライト”を照射して手を加えた“名刀・電光丸”をグレードアップし、機能や重心・重量バランスを強化・最適化させると同時に内部を今の形状に適合するよう調整した。
『――――っよし、出来た!』
『『『『…………』』』』
こうして生まれたのが強化型“名刀・電光丸”……通称『大・電光丸』である。
バスタードソードのような幅広の刃を持つ、刃渡り六尺超えの重厚長大な日本刀。
バーサーカーの獲物である斧剣と遜色ない重量と間合いを兼ね備えた、まさに規格外の刀である。
だが誇らしげに『大・電光丸』を見やるのび太の周囲から、
『『『『――――どうやって振るんだ、これ?』』』』
『――――――えっ?』
という、あまりに的確すぎるツッコミが入るのにさほど時間は掛からなかった。
『大・電光丸』の超重量と長大な刀身はどう考えても扱う人間を選ぶ。
この中で扱える者はと言えば、間違いなく英霊組だけである。
しかしアーチャーではおそらく何とか振る事が出来るくらい、セイバーですら身長の関係で取り回しに四苦八苦する事になるだろう。
強力な武装である事は間違いないが、士郎が扱えなければ無用の長物である。
……だが、そこは道具の応用に定評のあるのび太。
『え~っと……これを付ければ多分、振り回せると思います』
きちんとそこまで計算していた。
訝しむ四人の前で“スペアポケット”から取り出したのは、ゴム手袋のような見た目をしたひみつ道具、“スーパー手ぶくろ”。
これを装着した者は怪力を発揮出来るようになるという手袋である。
そして実際にのび太が“スーパー手ぶくろ”を装着し、『大・電光丸』を掴んで軽々と、まるで道端の棒切れをちょっと拾いでもするかのように持ち上げた際、四人の顔が一斉に驚愕に染まったのはご愛嬌。
さらに物は試しにと不可視の剣を構えたセイバーと二つのひみつ道具を身に着けた士郎が立ち会ったところ、セイバーの繰り出した本気の斬撃を、士郎によってぎこちなく振り回された『大・電光丸』がすべて受け切った事で四人が更なる驚愕に叩き込まれ、英霊組が士郎の前衛役を不承不承ながら承諾したのは甚だ余談である。
勿論、万一セイバーが士郎を傷付ける事のないように、士郎には別のひみつ道具による“対策”が施されていた事をここで追記しておく。
『これでどうですか!?』
『……うーん、セイバーと渡り合えるくらいなら確かに及第点いってるけど、わたしとしては何かもう一押し欲しいところなのよね』
そう漏らした凛が念には念をと提案したのが、『大・電光丸』に『強化』魔術を施す事。
へっぽこ魔術師たる士郎が唯一扱える魔術であり、科学と魔術のハイブリットという魔術師から見れば甚だ常識外れの手段によって手札を強化しようという事だった。
だが問題は士郎自身の『強化』魔術成功率。
わずか1%にも満たない成功率ではお話にならないどころの騒ぎではないので、これを機会に士郎の魔術スキルの向上も先達たる凛主導の下、行われた。
『おっ、おい遠坂ちょっと待て!? その明らかにアヤシイ色をした宝石は何なんだ!?』
『ああこれ? わたしのとっておき、魔術回路開発用の一種のブースターよ。大丈夫、毒じゃないから。むしろ毒より……まあいいか。感謝しなさいよ、これってかなりの貴重品なんだから』
『待て待て待て! 『毒より……』何なんだ!? 気になるだろ!? っておい、アーチャーお前何他人(ヒト)の身体勝手に押さえつけてるんだよ!?』
『……他ならぬ主からの厳命なのでな。安心しろ、骨は拾ってやるぞ? ……扱いは保障出来んが』
『この野郎、薄笑い浮かべて何言ってやがる……!? いつかの腹いせのつもりかってあがががっ、ふ、ふひほひはへふは(く、口こじ開けるな)……ほ、ほうはは(と、遠坂)、ほっほはへ(ちょっと待て)! ほひふへ(落ち着け)、ははへはははふ(話せばわかる)……!?』
『……腹括りなさい、死にゃあしないから。ふんっ!』
『は、ぐ……っ、ぐぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!』
……とまあ、このような悲喜交々(ひきこもごも)のやり取りもあったりしたものの、結果的に士郎は心身共にボロボロになりながらも何とか『大・電光丸』に『強化』魔術を施す事に成功した。
『強化』の前段階である『解析』を行った際、既存の科学技術を超越したひみつ道具を前に士郎の頭がパンクしかけるなどかなり手間取りはしたが、元々武器的に相性がよかったのか『解析』が済んでしまえば『強化』は比較的すんなりとうまくいった。
1%以下の成功率がまるで嘘のように。
凛辺りがその点に首を傾げていたが、当座の目標が達成された事には概ね満足していた。
ただ、試みに他の物に『強化』魔術を施したら当然のように失敗してしまった事については頭を悩ませていたが。
完全習得とまではいかない結果に終わったもののそれはさておいて、これで『大・電光丸』は『強化』魔術によって更にあらゆる性能が強化される事になり『大・電光丸+(プラス)』とでも呼ぶべきシロモノとなった。
開戦当初に『大・電光丸』を“スペアポケット”から引き抜いた時に士郎が己のマジックスペルを詠唱したのは、『大・電光丸』に『強化』魔術を施すためであった。
当然、事前に装着していた“スーパー手ぶくろ”によって魔術行使が阻害されるといったような凡ミスは犯していない。
その辺は凛がこれでもかとばかりに徹底していたし、そんな事をしようものなら士郎はバーサーカーと闘わずして既に亡き者にされていたであろう……。
「くっ……解ってたけど、やっぱり早々簡単にはいかないか!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
バーサーカーと鍔迫り合いながら、士郎はそう悪態を吐く。
気力も闘志も十分。戦闘が始まる当初までの気負いも失せ、バーサーカーの狂気の気迫も物ともせず、むしろそれを当然の事のように受け流す余裕さえある。
怒涛の如く押し寄せる岩の斬撃の嵐を、士郎は『大・電光丸』の導くままに逸らし、弾き、受け流す。
傍目から見れば、士郎の太刀はバーサーカーと拮抗しているように映っている事だろう。
しかしながらちょっと戦闘の機微の解る者から見れば、明らかに士郎が攻めあぐねているように見えるのだ。
そしてそれはどこまでも正しい。
「ちぃ……っ! こっちの攻撃が、入らない!」
原因は偏に積み重ねてきた経験の差と、“名刀・電光丸”の特性にある。
“名刀・電光丸”は確かに自動反応……つまりオートの最適解で刀そのものが動いてくれるわけだが、それは使用者を傷付けようとするものが向かってくる場合だけである。
早い話が、防御や迎撃に関しては完璧に対応してくれるものの、使用者がいざ攻撃に移った時はオートで動いてくれないため使用者自身が刀を操らなければならないのだ。
実際問題、『大・電光丸』を握り締めた士郎はセイバーとも互角に切り結ぶ事が出来たが、セイバーに一太刀入れる事は終ぞ出来なかった。
拙い攻撃の悉くを捌かれ、逆にカウンターを入れられたくらいである……勿論カウンターに対しては『大・電光丸』がちゃんと機能してくれはしたが。
百戦錬磨のバーサーカーに対抗するのが一般人に毛の生えた程度の地力しかない士郎では、こうなるのもむしろ自然な流れなのである。
……ところで、お気づきであろうか?
どうして士郎に、バーサーカーを相手取っての鍔迫り合いの最中に悪態を吐けるだけの精神的余裕があるのか……その違和感に。
そもそも『大・電光丸』と“スーパー手ぶくろ”によって、どれだけ戦闘能力が向上したからといってもその効果はメンタルにまでは及ばない。
それなのに士郎は萎縮も去勢もされず、さもこれが当然とでも言わんばかりに平然と、バーサーカーと鎬を削り合っているのだ。
この状況は明らかにおかしい……その秘密は。
『あ~サッパリした……士郎さぁん、お風呂空きましたよぉ』
『ん、解った。じゃあ俺が上がったらいよいよ出発か……』
『そうですね……あ、そうだ。士郎さん、えっと……あ、あった……はいコレ』
『ん? なんだいコレ?』
『これ、“グレードアップ液”っていうんですけど。あの、お風呂に入る時にそれ、お湯の中に混ぜてから入ってください。本当はこういう使い方じゃないんですけど、そうした方がいいかなと思って……』
『えーと……うん、入浴剤みたいに使えばいいのかな? ちなみに、これの効果って?』
『あ、それはですね――――』
右足を大きく踏み出し、士郎は『大・電光丸』を大上段から打ち下ろす。
腹に力を入れ、裂帛の気合いを乗せて。
「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
バーサーカーはそれをいとも容易く捌くと、逆に『大・電光丸』を斧剣で絡め取り、大股で一歩踏み込んで横薙ぎ一閃。
士郎を横殴りに、思い切り吹き飛ばした。
「ああっ、士郎さんっ!?」
「ちっ、アーチャー!」
凛がそう叫ぶと同時、闇に沈んだ木々の奥から幾条かの光芒が奔り、それがバーサーカーの背中に直撃する。
追撃を掛けようとしていたバーサーカーがその衝撃によってタイミングを崩され、動きを止めるが効いている様子は見受けられない。
しかしその間隙を利用し、士郎は体勢を立て直す。
「く……っだぁりゃああ!」
吹っ飛ばされた滞空状態のまま『大・電光丸』を振り回し、近くにあった木の幹に打ち付け、勢いを殺す。
しかしスピードが凄まじく、また剣の切れ味も“デラックスライト”と『強化』魔術の影響で恐ろしいものになっているせいで直径一メートル近くあった木の幹を真っ二つに切断してしまった。
断面は鏡のようにツルツルとしており、それはそれは綺麗な物だ。
だがその犠牲のお蔭で僅かながら勢いが削がれ、スピードが緩む。
士郎は剣を振った勢いを利用して身体を捻り、空中でアクロバティックにムーンサルトを決めると、そのまま大地にスタンと着地した。
右肩に『大・電光丸』を担ぎ、地面に片膝立ちで佇む姿はまるで歌舞伎役者のよう。
その華麗な立ち回りにおぉ~っ、とのび太と凛は思わず拍手を送った。
(――――はぁ。これが“グレードアップ液”の効果か。身体に塗布した部位の機能を強化する道具……風呂に入って全身に被ったから、俺の心身共にレベルが上がってこんな動きが可能になったんだな。使ってなかったら危なかった……ありがとう、のび太君!)
心の中で感謝の念を送りながら剣を握り締め、士郎はスッと立ち上がる。
“スーパー手ぶくろ”が効果を現すのは腕力を中心とした力のみ……だからこそ、士郎の身を殊更心配していたのび太は保険として士郎に“グレードアップ液”を渡したのだ。
“グレードアップ液”を風呂に混ぜて全身に浴びれば、身体の隅々まで機能を強化する事が出来る。
あらゆる部位の筋力が増強され、頭は冴え、胆力も神経も遥かに研ぎ澄まされ、そして図太くなる。
もっとも風呂に混ぜてしまったせいで希釈され、発揮される効果が結構薄くなってしまっているものの、それでもむしろお釣りが返ってくるくらいの勢いだ。
ひみつ道具によって、英霊とも互角に渡り合えるほどに肉体と精神を強化されたドーピングファイター・士郎。
バーサーカーと張り合える秘密は、そこに集約されていた。
(……でも、あまり悠長にもしていられない。“グレードアップ液”の効果は一時間。城でのゴタゴタでもうかなり時間が経ってる筈だから、もってあと数分。それまでに、どうにか……!)
肩から『大・電光丸』を降ろし、士郎は下段に剣を構える。
それと同時にもう一度、バーサーカーの顔面目掛けて森の奥から光芒が奔り、バーサーカーの頭部を紅蓮の爆発が覆い隠した。
今度は先程飛来してきた方角とは正反対の位置からの狙撃だ。
この事から、アーチャーが常に移動しながら攻撃を繰り出しているのだと把握する事が出来る。
士郎はその炸裂音を合図として、バーサーカーとの距離を詰めるために足を踏み出した。
「何やってるのバーサーカー! 一気に押し出しなさい!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
イリヤスフィールの叫びに呼応し、爆炎から顔を出したバーサーカーは雄叫びを上げ、士郎目掛けて右手の斧剣を真っ向から振り下ろす。
士郎は剣を翳してそれを渾身の力で受け止めるが、バーサーカーはさらに一歩踏み込むと空いた左手で正拳突きを放ってきた。
前回の闘いでも見せたこの一連の動き、『大・電光丸』は斧剣を受け止めているお蔭で突きに反応は出来ても、斧剣に身動きを封じられていて対応出来ない。
「――――ッ!」
既に回避は不可能。
凄まじい速度で迫る拳を、圧力を堪えながら士郎はただジッと凝視している。
決まった……かに思われた、その次の瞬間。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
「……え?」
バーサーカーの拳が、凄まじい勢いで逆方向に弾き飛ばされた。
まるで弾力のある壁に、スピードと威力そのままに弾き返されたかの如く。
士郎の二メートルほど手前で、何の予兆もなく、である。
イリヤスフィールは何が起こったのか理解が出来ず、ただ呆然と目を点にしている。
バーサーカーは弾かれた勢いで僅かにたたらを踏むが、士郎は構えを取ったまま動かない。
身体が揺らいだと言ってもバーサーカーの事、すぐさま体勢を立て直せるはずだし、闘いの素人である士郎が隙を突くというのならもっと大きな隙でなければ一撃も入れられないであろう。
そしてその隙を作る役目は、
「今っ! のび太、アレ!」
「はっ、はい! ――――行けっ、“ころばし屋”! バーサーカーを、転ばせろ!!」
遊撃の要である、のび太が担っていた。
のび太は素早く握っていた“スペアポケット”の中からハンプティ・ダンプティにSPの黒服を着せたような小型の人形を取り出し、同時にポケットから十円玉を抜き出すと背中のスリットに入れ、叫ぶ。
“ころばし屋”と呼ばれたその人形はのび太の掌の上で手に持った拳銃を構え、バーサーカー目掛けて銃弾を放った。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
体勢を立て直したバーサーカーであったが、その直後に銃弾が身体に命中し、再びバランスを崩して今度は前に大きく転ぶようにつんのめった。
“ころばし屋”
背中に十円玉を入れ、相手を指定すると確実に相手を三回転ばせてくれるというひみつ道具。
戦略上不意打ちに向いている道具で、使えば絶好の隙を作り出す事が出来る。
そしてバーサーカーの拳を通さず、逆に勢いそのままに弾き返したそのタネはというと。
(“バリヤーポイント”……ピストルの弾も弾くとか言ってたけど、セイバーの剣どころかまさかバーサーカーの拳まで弾き返せるなんてなぁ。助かったのは助かったけど、しかしのび太君の所の二十二世紀っていったいどうなってるんだ?)
のび太から事前に手渡されていた、“バリヤーポイント”をポケットに忍ばせていたからである。
“バリヤーポイント”
二十二世紀の警察官御用達の、一種の小型バリアシステムである。
使用者を中心とした半径二メートルの範囲に、目に見えない不可視のバリアを形成し、何物をもその中に侵入する事を出来なくする。
実際、強度実験としてアーチャーに“バリヤーポイント”を持たせ、セイバーにアーチャー目掛けて本気で斬り掛かって貰ったが、“バリヤーポイント”はその斬撃の悉くを防いで見せた。
それどころかバリアに触れる度にセイバーがたじろいだくらいである。
士郎はそれを利用して拳を敢えて受けて、小さな隙を作ったところでのび太の“ころばし屋”でその傷口を広げた。
凛の指示による、二人の呼吸を合わせたかのような咄嗟の連携によって、士郎は千載一遇の好機を手にしたのである。
ちなみに“バリヤーポイント”は“フエルミラー”で数個複製し、起動させてはいないがのび太と凛も万一のためにポケットの中に所持している。
後衛のアーチャーと、遊撃組のガードであるセイバーのみ所持していない。
自分達には必要ないから、と固辞したためだ。
「いけええええぇぇぇっ!!」
これだけの隙があれば、素人でも一撃を喰らわせられる。
士郎は即座にこちらに向かって倒れ込んでくるバーサーカーの懐近くに潜り込むと、『大・電光丸』を下から上へと突き上げるように繰り出した。
切っ先はバーサーカーの心臓付近へと吸い込まれ、バーサーカー自身の自重と相まってその屈強な肉体を水に濡らした紙のように容易く刺し貫いた。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
「うわっ……!?」
バーサーカーは断末魔の絶叫を上げ、のび太は串刺しという凄惨な光景に思わず目を背ける。
今、バーサーカーの命は一つ減った。残りの命は十個。
「士郎、一気に畳み掛けなさい!!」
「解ってる! チャンスはここしかないっ!」
凛にそう答える士郎。
そして右手で『大・電光丸』を振るい、串刺しになり弛緩したバーサーカーの身体をそのまま持ち上げると、
「うぅおりゃあああああああぁぁぁぁっ!!」
片手でジャイアントスイング。
“スーパー手ぶくろ”が生み出す超絶パワーで以て三百キロを超えるバーサーカーの巨体をハンマー投げのように轟々と振り回し、その強烈な遠心力で『大・電光丸』から引っこ抜かれたバーサーカーはそのまま森の奥へと投げ飛ばされた。
乱立する木々が巨躯に圧し負けてメキメキと音を立てて崩れ、その上をバーサーカーが力なく滑っていく。
「ウソ……!?」
あまりの光景に目を見張るイリヤスフィール。
大きく見開かれた目は、その尋常でない衝撃の度合いを殊更強調している。
やがて回転を止めた士郎の右手には巨人の血に濡れた『大・電光丸』が、左手には……バーサーカーを振り回すドサクサに掠め取った岩の斧剣が、それぞれ一振りずつ。
「せいやあぁっ!!」
“グレードアップ液”の影響で、士郎はほぼ真っ暗闇の森の奥すら見通せる眼力を持つ。
士郎は両の剣を思い切り振りかぶると、斧剣、『大・電光丸』の順序で全身の力を籠め投擲。
崩れ落ち、『十二の試練(ゴッド・ハンド)』で蘇生したバーサーカーがようよう立ち上がろうとするまさにその瞬間を強襲した。
(ッ! 今……そっか。“グレードアップ液”の効果が切れたか。これで、俺の役目はとりあえず終了。後は頼むぞ……)
全身から何かが抜けるような感触を感じつつ、放ち終えた士郎は即座にバーサーカーから距離を取り始めた。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
バーサーカーは咄嗟に腕を顔の前に翳し、腕に岩の斧剣を半ばまで喰い込ませながらも防御するが、その後に続いた『大・電光丸』が斧剣に直撃。
メジャーリーグの大投手も真っ青のスピードで投擲された『大・電光丸』は斧剣を恐ろしい圧力で押し出し、腕を両断しただけでは飽き足らずその奥の首まで一気に刎ね飛ばした。
噴出する血潮、森のさらに奥へと飛んでいく生首。
「む、仕留めましたね! これで残る命はあと九個!」
「えっ、そうなの? 暗くてよく見えなかったんだけど……セイバーはよく見えるね?」
「ん……、ノビタには見えなかったのですか……。まあ、伊達に英霊はしていないという事ですよ……ふぅ」
夜目のそこまで効かないのび太が、トラウマがフラッシュバックするような今の光景が視認出来なかった事に、セイバーはこれは僥倖とそっと安堵の吐息を漏らす。
ともかく、これで士郎はバーサーカーを二度殺した。
たかがへっぽこ魔術師がまさかここまでやろうなどとは、イリヤスフィールは夢想だにしていなかった。
バーサーカーと繋がっているラインを通じて、バーサーカーが蘇生中であると伝わってくるその感覚に、イリヤスフィールは言いようのない不安に襲われる。
「バーサーカー! 早く立ちなさい! 立って!!」
迫る底冷えするような感情を振り払うように、イリヤスフィールは叫ぶが、
「……生憎だが、そうはいかんよ」
「ッ!?」
上空から降ってきた、弓兵の静かな声に全身が総毛だった。
「少年の道具の力を借りていたとはいえ、まさか小僧がここまでやるとはな……少々複雑だが、今だけは感謝してやろう。十分時間を稼いだ上に、狂戦士の命を削ってくれたのだからな」
そう呟く弓兵の頭には竹とんぼのような小さいプロペラ……“タケコプター”が。
蘇生途中のバーサーカーの真上数十メートルに滞空し、弓をこれでもかとばかりに引き絞っている。
その黒塗りの弓に番えられているのは……矢と呼ぶにはあまりに異質な、歪に捻じれた螺旋の剣。
バチバチと虚空に紫電を放ち、発射の時を今か今かと待ち構えている。
(しかし、こうまでうまく事が運ぶとはな。上手くいきすぎてどこかしらうすら寒いものがあるが……いや、今はこちらに集中だ)
ある程度復元を終え、新しい命に切り替わるまでアーチャーは弓弦から手を離さず、射出のタイミングを遅らせる。
凛の指示により、マスター勢から離れ森の奥へと移動したアーチャーはバーサーカーの周囲をグルグルと移動しつつ、牽制を行っていた。
それは『アーチャーは牽制に徹している』、そして『アーチャーは森の中を移動しながら牽制を行っている』と敵に思わせるためのブラフ。
ある程度牽制を終え、完全に士郎とバーサーカーのぶつかり合いに敵マスター達の目が集中したのを見定めたアーチャーは、のび太から貸し与えられた“タケコプター”を装着、漆黒の空へと気配を殺しながら飛翔した。
そして予め牽制用に用意していた矢とは別に、バーサーカーを仕留めるための『とっておき』である螺旋の剣を取り出し、弓に番えると魔力をチャージし始めた。
しかし急激に魔力を高めてチャージしたのでは敵マスターに勘付かれてしまう。
そうならないために高度を保ちながら少しずつ静かに、だが急ピッチで螺旋の矢へと魔力を充填。
そして籠めた魔力が想定していた閾値に辿り着いたのが、バーサーカーが首を刎ね飛ばされ二度目の死を迎えた丁度その時であった。
「いくぞ……! この一撃に耐えきれるか、ギリシャの大英雄よ!!」
新しい命へと切り替わり、今まさに立ち上がらんと動き出したバーサーカーを視認したアーチャーは弓弦を更にグッと引き絞り、発射体勢を完全に整えた。
そして呟く。
バーサーカーの命を刈る、螺旋の剣のその銘を。
「――――『偽・螺旋剣Ⅱ(カラド・ボルグ)』!!」
放たれた螺旋剣は空気を切り裂き、紫電を撒き散らしながら凄まじい速度でバーサーカーの直上を一直線に降下する。
大気を切り裂き、空間すら捻じ切らんばかりに唸りを上げて夜空を奔るその様は、まるで流星のようだ。
だがこれはそんなロマン溢れる代物ではない。
隕石直撃(メテオ・ストライク)さながらの威力を秘めた、必殺の流星なのである。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
狙い過(あやま)たず、物の一秒足らずで矢はようやく立ち上がったバーサーカーの脳天に直撃。
頭蓋を貫通し、体内を蹂躙しながら放つ紫電で以て内臓を焼きつくすと、そのまま股下を突き抜けて地面へと突き刺さった。
そして間、髪を入れず、アーチャーによる更なる追撃。
「――――砕けろ!」
「のび太! 耳を塞いで口を半開きに!!」
「はっ、はい!」
二人が耳を塞ぐと同時に閃光、そして大爆発。
アーチャーがパチンと指を弾いたその直後、地面に垂直に突き立った螺旋剣が轟音と共に弾け飛んだ。
「うわ、眩しっ!!」
「くぅ……っ!」
「ノビタッ、リン! 私の後ろに!」
「ぐぅっ! 距離が近かったから、“バリヤーポイント”がなかったら危なかったな……!」
「バーサーカー!!」
バーサーカーのいた場所から火柱が立ち上り、轟々と夜空を赤く染める。
大地にはクレーターが形成され、その中心にいたバーサーカーの姿は惨憺たるものであった。
矢によって貫かれ、大爆発に巻き込まれたバーサーカーの身体は両腕両足が吹き飛び、頭部も半分が欠損。そして残った身体部位すべてに重度の火傷を負っていた。
大地にひれ伏し、ヒクヒクと痙攣するその様はまるで半死半生の芋虫のようだ。
そして、ラインからイリヤスフィールに伝わってくる情報。
「……そんな!? 冗談でしょ!?」
今の攻撃で、バーサーカーは三度命を刈り取られた。
これで残る命はあと六つ。
あまりのワンサイドゲームに、イリヤスフィールの内面はもはや恐慌状態だ。
当然だろう。本来なら蹂躙するはずの立場である自分が、まったく正反対の立場に立たされているのだから。
だが、
「のび太、“アレ”いくわよ! 準備ッ!」
「あ、はい! ええっと……!」
怒涛の波状攻撃は、まだ終わらない。
凛の指示に、のび太は慌てて“スペアポケット”の中を掻き回すと中から一本のペンと紙、そして昔懐かしい唐草模様の風呂敷包みに包まれた何かを取り出した。
そしてブツブツと何事かを呟きながら、のび太は地面に紙を敷いて丸い円を描いていき、凛はクレーターの中央にいるバーサーカーが再生していく様子を注意深く、ジッと観察しながら風呂敷を手に取る。
やがてバーサーカーに両手両足が復活し、新しい命に切り替わったのを確認したのと同時に、のび太が凛に向かって叫んだ。
「凛さん、出来ました!」
「よし! 貴方の“バリヤーポイント”を起動させて、わたしを中に!」
「はい! 『“り”と“せ”のつくものはいれ』っ! セイバーも!」
「了解です」
例えば『“あ”のつくものはいれ』といったように、“バリヤーポイント”は『――――のつくものはいれ』とその物の頭文字を呼べば、その頭文字が該当する対象物は何であれすべてバリアの中に入れるようになる。
のび太の半径二メートルに作られたバリアの中に凛とセイバーが駆け込むと、のび太の足元にあった紙にはポッカリと円形に丸い穴が開いていた。
そしてその中には、何故かバーサーカーの頭頂部が。
「てぇい!」
凛はその頭目掛けて、風呂敷の中身をドザァッとぶちまけた。
するとのび太達とは離れた位置にいるバーサーカーの頭上から、大量に何かが降ってきてコツンコツンと身体に当たる。
それは赤い色をした宝石……おそらくルビー。それが計百個ほど。
しかしそれはただのルビーではなく、凛お手製の潤沢な魔力がこれでもかとばかりに詰まった、一線級のルビーなのである。
バーサーカーは降り注いできたそれらを気にする風でもなく、フラリと爆心地から一歩踏み出そうとする。
おそらく再生したてで意識が覚醒しきってはおらず、そこまで気にする余裕がないのだろう……その対応の遅さが明暗を分けた。
「ッ!? だめっ、バーサーカー!!」
イリヤスフィールが意図に気づくが、時すでに遅し。
バーサーカーが完全に意識を覚醒させたのと同時にのび太が紙を二つに破き、凛の口がマジックスペルを紡いでいた。
「全員、対音・対閃光防御! Set―――――――!!」
「バーサーカー!!」
「――――――――――――――――!!!」
そして再び巻き起こる、轟音と閃光を伴う、大爆発。
凄まじい衝撃波が発生しては周りの木々を吹き飛ばし、眩い閃光は周囲を白く染め上げる。
今度の物は先程の螺旋の剣とは規模も威力も段違いであった。
狂戦士の断末魔すら掻き消し、空を焦がせとばかりに噴き上がる火柱は轟々と唸りを上げ、森の隅々までを赤く照らし出す。
「――――お嬢様! ご無事ですか!?」
「……あ、セラ……もう、出て来なくていいって、言ったのに」
「今回ばかりはご容赦を。リーゼリット」
「うん」
目の前に映る光景に、イリヤスフィールはどこかしら安心した心地になる。
耳を塞いで蹲ったイリヤスフィールの前に、控えさせていた二人のメイドが壁のように立ち塞がっていた。
主を護らんと前面に立ち、薄青色の魔術の障壁を展開するセラ。
およそ可憐な女性が振るには似つかわしくない、二メートルはあろうかという巨大なハルバートを構えて主の隣に座すリーゼリット。
爆発の余波から主を守護するため、二人は絶対とも言える主からの言いつけを破って突出してきたのだ。
「――――うぅ、目がチカチカするし、耳がキーンと……」
「……ホント。あぁ、耳が痛い……もうちょっとこっちの対策に力を入れるべきだったかしらね?」
「今更言っても詮無い事です。それよりも、バーサーカーは……」
「少なくとも、これで無傷って事はないだろうけどなぁ」
爆心地を挟んで向こう側。
“バリヤーポイント”の力によって衝撃波をやり過ごしたのび太達四人はそれぞれそんな事を口にする。
のび太が紙に円を描いたペンは“ワープペン”。
場所を呟きながら円を描く事によってその場所にワープ口を作り出せるこの道具によって、バーサーカーの頭上にワープ口を作りだした。
そして“フエルミラー”で複製した、凛謹製の宝石百個による絨毯爆撃の奇襲を仕掛けたのだ。
紙を破いたのは、ワープ口を伝って余波がこちらに来るのを防ぐため。
やがて凛達の傍にアーチャーが、待機していた上空からゆっくりと降下してきた。
のび太は“バリヤーポイント”のスイッチを切ってバリアを解除、凛がアーチャーを出迎えた。
「今ので何個命を削れたかは解らんが……相応の効果はあった筈だろう。魔力純度の高い、一線級の宝石をあれだけ投入したのだからな」
「これで消滅してれば御の字ね……」
軽口を混ぜつつ、一同が爆心地に視線を向ける。
火柱がどうにか鎮静化し、もうもうと黒煙が立ち込める中、その全貌がようよう見え始めた。
「うひゃあ……スゴイや、これ」
クレーターは先程の三倍ほどまで拡がり、底の方はところどころが、いまだ燻る残り火の光を反射してキラキラと輝いていた。
高温によって、地面の中のケイ素が結晶化してガラスになっているのだ。
それだけで、今の爆発がどれほど凄まじいものであるかが窺い知れる。
……そして。
「……■■■、■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
「「「「「ッ!?」」」」」
「――――バーサーカー!」
クレーターの中心から響く、咆哮。
バーサーカーは両の足で大地を踏みしめ、自身がいまだ健在である事を知らしめた。
その雄叫びを耳にしたのび太達は即座に各々身構え、イリヤスフィールは喜色を露わにする……が。
「――――えっ、え!? ウソ……ウソ!! 残りの命が……たった一つだけ!?」
「「「「「――――!!」」」」」
その事実は、双方に正反対の変化を齎した。
先程の攻撃は、バーサーカーの命を五個蒸発せしめていた。
残る命は、バーサーカーを復活たらしめたこの一つのみ。
つまりあと一回命を絶つだけでこの勝負、イリヤスフィールの敗北が決定する。
五人にとっては王手、イリヤスフィールにとっては崖っぷち。
「「「「「「「「……………………」」」」」」」」
バーサーカーを挟み、ジリジリと睨み合うのび太達と、イリヤスフィール主従。
五人の怒涛の波状攻撃は、ついに難敵を攻略寸前まで追い詰めた。
「――――さぁて、そろそろか」
パム、と手にした“黒い本”を閉じ、パリパリと気怠そうに頭を掻き毟る。
クルクルと右手に持ったペンを回して弄び、気味の悪い薄ら嗤いを浮かべながら眼下を睥睨するのは――――――この戦争の『闇』。
「ここまで早く仕掛けるとは思わなかったが……善戦しすぎだよなぁ、アイツら。バケモン相手にあれだけの波状攻撃たぁ、やろうったって早々やれるもんじゃあねえぞ。ったく、とんだ鬼札(ジョーカー)が落っこってきてくれたモンだぜ。なぁ、クソガキよぉ?」
そう一人ごちる『闇』であるが、その表情には隠しきれないほどの喜色が浮かんでいる。
心底、今のこの状況が面白いのであろう。
「――――ま、“エンターテイナー”の身としちゃあ嬉しい限りだがねぇ。お陰で、このクソつまんねぇ茶番劇をもっと面白く、ド派手に演出出来るんだからなぁ」
すっくとその場から立ち上がり、『闇』は徐に右手を伸ばす。
そして人差し指を眼下の“目標”に向け、クルクルと二回転。
「細工は流々。舞台も整った。つー訳で……イィッツ・ショーォウタァイム! ッケケケケケ……!!」
そして呟く。
先程左手の“黒い本”に記した、『闇』だけの呪文を。
『闇』だけが扱える、聖杯戦争の根幹を揺るがすこの禁断の魔法を。
「さあいくぜクソガキ――――――『裏・聖杯戦争』の第一ラウンド、開幕だぁ! クヒャァアハハハハハハ!!」
歪な高嗤いと共に。
「――――『チン・カラ・ホイ、表裏反転』!! テメェの“もう一つの姿”を、今この場に晒しやがれぇえ!!」
アインツベルン城の屋根の上、目標であるバーサーカーに向けて。
そして次の瞬間、『闇』の身体が陽炎のように揺らめき、やる事は終えたとばかりにその場から何の痕跡も残さず、忽然と姿を消した。
……次いで。
「「「「「「「「――――――え?」」」」」」」」
バーサーカーの肉体が、光の粒子となって木っ端微塵に爆散した。
「ちょ……え、えぇ?」
「ど、どうしてバーサーカーが弾け……ちょっと、アンタ何かしたの!?」
「う、ううん……なにも。わたし、何もしてないわ! 令呪も何も……!?」
凛からの疑問の声に、イリヤスフィールはただただ戸惑うばかりだ。
自分はまだ何も指示していない。
勿論、バーサーカーをどう動かすべきかという思案を走らせてはいたものの、具体的な事は何も明示していないのだ。
明らかに今の現象は自分の与り知らぬもの。
霊体化した訳でもない、かといって残る命の一つが途切れた訳でもない。
なのにバーサーカーは唐突に、光の粒となって破裂して消えてしまった。
何が起こったのか、むしろイリヤスフィールの方が知りたいくらいである。
「――――む?」
「……これは?」
と、突如セイバーとアーチャーはピクリと片眉を跳ね上げた。
その視線はクレーターの中心……バーサーカーのいた場所へとジッと注がれている。
二人はバーサーカーの散った場所から、何か妙な気配が蠢くのを感じ取っていた。
一旦顔を見合わせあった二人は同時に頷きあうと、それぞれのマスターの前にゆっくりと移動し始める。
「……どうした、セイバー?」
「シロウ……気を抜かないでください。何かが……来ます」
「何かって……なんだよ?」
「それはまだ……ッ!?」
続くセイバーの言葉は途切れ、代わりにセイバーは不可視の剣を下段に構える。
アーチャーも、そしてイリヤスフィールの傍らに控えていたセラとリーゼリットも即座に警戒心を露わにし、構えを取っていた。
「ちょっと、アンタ達一斉に何……ん? これは……」
「……風、か?」
今度は凛と士郎が顔を見合わせあう。
バーサーカーの破裂した場所から、スウッと何かが流れていくのを二人は肌で感じ取った。
それは一陣の風。
お世辞にも強風とも呼べないような、どこにでも吹いていそうな大気の流れであった。
だが、
「――――へ!? な、何だあっ!?」
「きゃ……っ!?」
その風が、突如として変貌した。
まるで口を絞ったホースで散水するかのような、そんな圧力を増した空気の激流が唸りを上げて迸り始めたのだ。
その発信源は当然、バーサーカーの最後にいた地点。
大気が歪み、すり鉢に満たした水がかき回されて渦を巻くようにクレーターの中で竜巻が形成され、荒ぶる風を次々生み出し周囲の大気をこれでもかとばかりに掻き乱す。
「凛ッ! 体勢を低くしろ! 吹き飛ばされるぞ!!」
「解ってるわよ!、でも、くっ……!? な、なんて風よ!?」
己がサーヴァントからの指示に従って風をやり過ごす傍ら、凛は他の人間はどうなっているのかと目を細めて周囲を観察する。
「ぬぅぐ!? あの爆発の中でコイツが無事だったのは助かったが、これは……!?」
「ノビタ、なるべく姿勢を低くして、私から手を離さないように!」
「うぅぐ、は、離すもん、かぁっ!!」
士郎は傍に落ちていた『大・電光丸』を拾い上げて地面に突き立て、それを支えに風をやり過ごしている。
セイバーはその傍らに不可視の剣を突き立て、のび太を庇うように鎮座。
のび太は吹き飛ばされまいと、セイバーの身体にしっかりとしがみついている。
「イリヤ、大丈夫?」
「な、何とか……ね!」
「お嬢様……お顔の色が優れませんが、あまりご無理はなさらないように」
そしてイリヤスフィール主従はリーゼリットのハルバートを支えに、セラが魔術の障壁を張って主を庇いながら暴風をやり過ごしていた。
だが風は勢い留まるところを知らず、むしろどんどん風速を増している。
竜巻は天高く伸び、太さを増して空を穿たんばかりの遥かに巨大なものになっていた。
やがて……一同は聞いた。
『―――――――――――――――――――!!!!』
風が雄叫びを上げるかの如く、嘶いたのを。
……そして見た。
「「「「「「「「―――――――――え!?」」」」」」」」
竜巻が、まるで生き物のようにグニャリと蠢いたのを。
その瞬間、大気を引き裂かんばかりの雷鳴が轟き、稲光が周囲を白く染め上げた。
閃光をやり過ごし、上を見上げた一同の目に飛び込んできたのは、
『―――――――――――――――――――!!!!』
思うさま吼え猛り狂う、さながら台風の如き巨大な風の塊。
――――いや、それ以上の……身体を大気の奔流で構成した、巨大な風の竜であった。
「――――あ、あ、ああ……あれ! あれ、あれは!?」
「ど、どうしたのび太君!?」
それを目にしたのび太はこれ以上ないほどに、狼狽する。
その化け物は、のび太の記憶にある“あの怪物”と瓜二つだったのだ。
“かつて”遭った偶然の出会いと、惜別の別れを齎した……、
「マッ……ママ……マッ……!」
「……ノビタ?」
――――巨大な風の怪物と。
「――――“マフーガ”!!!!」