「……そういえばさ」
「はい? なんでしょうかシロウ?」
「いや、“タイムテレビ”巻き戻してた時、なんか言おうとしてなかったか?」
恐怖状態であったのび太の震えが収まってきたところで、士郎はたった今思い出した事をセイバーに尋ねてみる。
セイバーはふむ、と宙に視線をやったかと思うと、何かに思い至ったかのようにああ、と二度三度頷いた。
「いえ、途中で妙な物が映り込んでいたように感じましたので。といっても、ゼロコンマ一秒ほどもないノイズのような物でしたが」
「ノイズ? どういう具合に?」
「む、そうですね……」
セイバーは顎に手を当てると目を閉じ、記憶の奥底からその時の光景を引っ張り出すかの如くほんの少しだけ、眉根を寄せる。
「シロウは巻き戻しの際、ノビタが操作した時よりさらに高速で行いましたね? 後の方で緩めていましたが。件の物が映り込んだ時のスピードは大体一日およそ0.8秒くらい……ですか。映る映像は人の往来が大半だったのですが、その中の夜の時間帯に、ほんの少しだけ引っ掛かる色……と言うべきでしょうか? そんなものが掠めたのです。アーチャーにも見えていたようですので、私の勘違いではないと思います」
セイバーが隣のアーチャーに視線を向けると、アーチャーは先程からの瞑目を保ったまま、同意するように首を縦に振った。
士郎はうーん、と唸りながら頬をカリカリ掻くと、もう一度“タイムテレビ”の前に鎮座する。
「0.8秒って……よく見つけられるなそんなモン。……で、それはどの辺りなんだ?」
「そうですね……四日ほど前でしょうか」
「四日前だな」
復唱し、キリキリと“タイムテレビ”のダイヤルをいじる。
巻き戻る映像、ただしスピードは先程とはうってかわってラットローラー並に緩やかである。
やがて士郎達の眼前に、その四日前の夜の山門が映し出された……その瞬間。
「……え!?」
「ちょっと、これって!?」
「え? これっ、バーサーカーと……誰?」
俄かにざわめきが広がった。
『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!』
『……ふむ。鈍く、拙い剣筋だな。しかしながら――――中々どうして、速い』
スピーカーから聞こえてくるのは甲高い金属音と鼓膜が破れんばかりの咆哮……そして、感心するような涼やかな声。
柳洞寺の山門の前、石段の上段と下段にそれぞれ人の姿があった。
下段の方にいる一人は……果たして“一人”と換算していいのかどうかは疑問だが……狂戦士のサーヴァント、バーサーカー。
相も変わらずの理性の輝きのない瞳で、大気を突き破らんばかりの雄叫びを上げながら滅多矢鱈に岩の大剣を振り回している。
そしてもう一人……上段に位置し、山門の前に立ち塞がるように存在しているのは、
『……惜しいな。そなたが狂わず、理性を保ったままであったのなら、もう少し心躍る戦舞を演じられたものを』
「……侍?」
群青の着物を身に纏い、己が背丈ほどもあろうかという長物を振るう優男であった。
のび太の口から漏れ出た言葉は、まさにこの謎の男を端的に言い表している。
膝まで達しようかという青い長髪を一つに束ね、袴を靡かせながら草鞋履きの足で的確に立ち回る。
右手一つで操るは、目測でも百五十センチは下らないだろう鍔のない日本刀。
鈍い光を湛えながら宵闇の空間を自由自在に、目まぐるしく駆けまわり、瀑布のように迫り来る武骨な神速の凶刃を右へ左へ、時折火花を散らしながら的確に捌いていく。
線香花火のようなその光が両者の顔を一瞬照らしだす……その様子はどこか幻想的で、儚いものであるかのように感じられた。
『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!』
『……フッ。だが、これはこれで悪くない。少なくとも、刹那の戯れにはなろうという物だ』
しかし浮かび上がるその表情は、決して儚げなものなどではない。
一方は阿修羅の如き狂相、もう一方は叫び出しそうなほどの昂ぶりを秘めた薄い微笑み。
その両者の間で交わされるのは、まごう事なき刃と刃の鎬の削り合い。
まさしくこれは……死闘であった。
「凄い……バーサーカーの攻撃をあんな刀で全部捌いてる。並の技量じゃないわ」
「……ああ。一体何者なんだ? この侍」
呆然と画面に見入る一同。
士郎と凛の呟きは、この場の全員の心境を余すところなく代弁していた。
セイバー・アーチャー・のび太の連携で漸く渡り合っていたバーサーカーと、互角に剣を交えているのだ。
舞台が山門前の石段の上であるという事、バーサーカーが階下にいるという事を差し引いても、十二分以上のお釣りが返ってくる。
侍の尋常でない力量の程が嫌でも伝わってくるというものだ。
「……疑いの余地なく、サーヴァントでしょうね」
画面の侍を見据えつつ、呟くセイバー。
その深緑の瞳の奥には静謐に、だが迸らんばかりに猛る炎が陽炎のように揺らめいている。
獲物と剣技こそ違うが、同じ剣を扱う士として意識しているのだろう。
「……とするならば、該当するのは残りの一席……アサシンか。だが、随分アサシンらしからぬアサシンだな。それに何故アサシンが柳洞寺にいる?」
訝しげに首を捻るアーチャー。
確かにおかしな事ではある。
ここ柳洞寺はキャスターのテリトリー。
戦闘が行われるとしたら、一方は必然的にキャスターとなる筈だ。
しかし戦っているのはキャスターではなく、アサシンとバーサーカー。
階下にいる事から見ても、バーサーカーは侵入者であろう。
マスターである白の少女は映っていないものの、戦闘の邪魔にならないよう近くに潜んでいるものだと思われる。
一方柳洞寺の門前に陣取っているアサシンは……侵入者であるとは到底思えない。
むしろバーサーカーの侵入をその身で防いでいるようにさえ見受けられる。
そう……まるで柳洞寺の門を守護する、番人のように。
「……もしかして、キャスターとアサシンは、裏で繋がってる?」
「え? 遠坂、それって……?」
ポツリと漏れ出た凛の予測に、残る四人が一斉に振り返る。
「この状況、どう見ても山門の防衛戦よ。バーサーカーが柳洞寺に無理矢理踏み入ろうとしていて、アサシンがそれを防ごうとしている。そしてお膝元の騒ぎにも拘らず、キャスターが姿を見せていない。つまり、キャスターとアサシンは敵対しておらず、互いに協力し合っているって事よ。もっとも、この場合はマスター同士が協力し合っていると言った方が正しいんでしょうけれど」
そう考えれば納得がいくわ、という凛の言葉には説得力があった。
確かに、むしろそうとしか考えられない状況ではある。
「ま、とりあえず確認してみましょうか。……『キャスターとアサシンのマスターは互いに協力関係にある』!」
自信満々といった感じで凛は“○×占い”に向かって命題を告げる。
しかし返ってきたのは……、
「――――え!? ま、間違い!?」
使用後初となる、命題の否定を示すNG音。
『ブッブー!!』と×印が空中に浮かび上がり点滅、凛の予想に真っ向から『間違いである』の返答を突き付けた。
「な、なんで……!? 一番可能性があるのはそれなんだし……いったいどういう……?」
まさかの回答に凛は唖然とするもすぐに頭を切り替え、思考に没頭し始める。
「おい、遠坂……?」
と、やや心配そうに覗き込む士郎の存在もアウト・オブ・眼中だ。
キャスターとアサシンは繋がっている。
それはきっと間違っていないだろう。
しかしそうなるといったい如何なる関係で繋がっているというのだろうか?
最も可能性が高いのはマスター同士の同盟による協力関係。
魔術師の英霊であるキャスターは直接戦闘能力が他サーヴァントより低いというのが相場であるので、それを補うため同盟を組むというのは理に適っている。
実際、自分達も同盟を組んでいるのだし……しかしそれは否定された。
ならいったい……、と思考がループしかけたところで、
「――――あ! もしかして……」
突然のび太が何かに気づいたように声を上げた。
その声に思考の腰を折られた凛は一旦考えるのを止めると、やや不機嫌な眼差しでのび太を見やる。
「……なに、のび太?」
「あの、ちょっとその前に確認、というかちょっと質問が……。“キャスター”って魔術師のサーヴァント、ですよね?」
「……そうよ」
『何を今更』といった感じで凛は億劫そうに首肯する。
のび太はそうですか、と頷きを返した後、
「で、魔術師だけがサーヴァントを召喚出来る……んでしたよね。さっきの話だと」
更にもう一つ質問を重ねた。
またしてもの今更な質問。
本格的に面倒くさく感じてしまい、凛は声で返答しない代わりに首を縦に振ろうと……
「――――――――ん?」
して、ピタリと動きを止めた。
ループしかけていた思考ルーチンに、何かが引っ掛かった。
そしてまるで新しい歯車がはめ込まれたかのように、ガチリガチリと枠が広がっていく。
それは固定観念の柵を破壊し、袋小路に嵌まり込んだ思考の迷路に新たな道を創り出す。
そうして凛の頭脳は再び高速で回転を始めた。
(キャスター……魔術師……サーヴァントを召喚し、使役するのは魔術師……魔術師のサーヴァント……、ッ!?)
――――繋がった。
もう一つ、あり得る可能性が……あまり考えたくはない可能性ではあるが……凛の脳裏に浮かび上がる。
チラリ、と一度だけのび太に視線を送ると、凛は“○×占い”に再度向かい合い、命題を口にした。
「――――『アサシンはキャスターが召喚したサーヴァントである』」
瞬間、○印が宙に浮き、点滅するとともに景気よくファンファーレを鳴らす。
「――――……はぁぁぁぁぁ」
と、その時凛は肺の中の空気を空にするかの如き、大きな吐息を漏らした。
「成る程……盲点だったわ。考えてみればそっちの方が可能性、あったかぁ。同盟なんてある意味保障があってないような約束、相手がその気になれば即座に破棄され、最悪の場合は裏切られて背後からブスリ。それなら自分がマスターとして、枠がすべて埋まる前にサーヴァントを召喚してしまえばまったく問題ない。魔術師の英霊であるキャスターなら裏ワザ的に可能だろうし、多分時期的に都合が良かったから……にしても、まさかのび太が真っ先に気づくなんてねぇ」
脱力しきりの状態のまま首だけを動かし、のび太の方を見やる。
のび太は恐縮そうに頬を掻きながら、
「え、あの……だって、凛さんが『サーヴァントを召喚出来るのは魔術師だけ』だって言ってたから……じゃあキャスターも出来るのかなぁ、って」
実に単純な論理に基づいた推測であった事を告げた。
のび太の考え方はその手の知識に乏しいせいで、凛のそれと比べて果てしなく短絡的である。
しかし今回の場合は逆にそれが幸いした。
下手な先入観がなかったおかげで、正解をすんなりと導き出す事が出来たのだ。
「何という暴論だ……だが、今回に限って言えば僥倖か。しかしキャスターめ、平然とルールを破るとは……」
アーチャーの顔が苦々しげに歪む。
いくら非常識や不条理がまかり通る聖杯戦争とはいえ、全くルールがないという訳ではない。
アーチャーは割に秩序を守るタイプであるようだ。
殺気混じりのその視線は部屋の壁を越え、その向こうの柳洞寺へと叩き付けられていた。
「今更言っても仕方のない事です。大事なのはこの状況を踏まえ、どう動くべきなのか。それのみです」
そんなアーチャーを窘めるセイバーであったが、目だけはいまだ画面内で続く命の削り合いを食い入るように見つめ続けている。
おそらくアサシンの剣筋を読んでいるのだろう。
足の運びから腕の振り、重心の位置、体捌き……セイバーはその一挙一動を余すところなく、脳裏に転写していく。
と、そこで画面内部に動きがあった。
『――――バーサーカー、もういいわ。戻りなさい』
山門に響き渡る、ソプラノの声。
バーサーカーのマスターである、イリヤスフィールのものだ。
その命に従い、バーサーカーがアサシンの剣を大きく弾くとすぐさま階下へ後退し、距離を取る。
そしてその巨躯が陽炎のように歪み始めたかと思うと、やがて画面から忽然と消え去った。
霊体化したのだ。
『――――ふむ、バーサーカーの主殿か。声からして随分と幼い童のようだが。それはさておき、急に退くとは……はてさて、如何なる腹積もりか?』
相手が消え去り、手持無沙汰にダラリと下げていた長刀を肩に担ぎつつ問うアサシン。
つい先程まで死闘を演じていたとは思えない程の涼しげな笑顔で。
しかも驚くべき事に、汗の一筋すら流れていないときている。
『別に。用が済んだから帰るだけ。ここに来たのは単なる様子見のつもりだったのよ。深入りする気は最初からなかったわ』
『……成る程。この地はあの女狐が狂喜する程の霊地。解らぬでもない……しかしながら、こちらとしてはいささかつまらぬ幕引き。まさにこれから、という時におあずけを喰らわされたのでは堪らぬよ』
『アナタの都合なんて知らないわよ。それじゃ、アナタの飼い主……キャスターによろしく言っておいてちょうだい』
『――――、まあよかろう。そなたが事、確と伝えおく。……ああ、そうだ。まだそこにバーサーカーは存在するか、否か?』
『……いるわよ、それが何?』
イリヤスフィールの返答にアサシンはク、と口の端を吊り上げる。
そしてクルリと踵を返し、山門の方へと身体を向けると徐に視線を空へと投げ朗々と、まるで歌うように口を開いた。
『水を差されたとはいえ、剣を交わした縁(えにし)。このようにしこりを残したまま去られては、私の沽券に係わる……故に』
一瞬、アサシンは口を閉ざす。
そしてちょうど一呼吸分の間を置いて、微かに歓喜の混じった声音でこう告げた。
『――――せめて仮初の役柄などではなく、我が真の名を名乗ろう。我はアサシンのサーヴァント……“佐々木小次郎”』
そしてバーサーカーと同じように、アサシン……佐々木小次郎はその場から姿を消した。
イリヤスフィールの気配も、既にない。
後には、僅かにそよぐ風に揺られる山の木々と、ひっそりと佇む山門のみが残されていた。
「佐々木……小次郎?」
無人となった画面をいまだ見つめ続ける一同。
その表情は、一人の例外もなく呆気に取られたものとなっていた。
『佐々木小次郎』。
二天一流の開祖、宮本武蔵と巌流島で決闘を行ったとされる、日本ではあまりにも有名な剣豪である。
『佐々木小次郎』の特徴として挙げられるのは、何といってもその身の丈ほどもある長刀と、代名詞たる秘剣『燕返し』。
後者はともかく、前者はアサシンと見事合致している。
「この人が……ホントに? あの『佐々木小次郎』……なの?」
「……おそらく、真実でしょう。バーサーカーの斧剣を悉くいなしていた、あの技量は相当な物。加えて、己が剣と名に懸けるプライドも高い。だからこそ、剣を交えたバーサーカーに敬意を表し、名乗りを上げた……」
「それは解るけど、まさか自分から真名をバラすなんて……」
「アサシン……佐々木小次郎にとって、自らの名を告げる事は名を隠す事以上のものだという事です。そして、真名を明かした程度で揺らぐ実力ではない……あの宣言はその自負の表明、という事でしょう。そんな男が、キャスターの僕(しもべ)とは……」
固い表情で言い切るセイバー。
その背中には、ほんの微かな焦燥の念が影のように揺らめくのであった……。
さて、残るはいよいよ最後の一人、バーサーカーの居所だけとなった……の、だが。
「……ところでのび太君」
急に真面目くさった表情で、士郎はのび太に語りかける。
「はい? どうかしたんですか、士郎さん?」
探査を始めてからこれまで結構な時間が経っている。
小休止とばかりに用意されていたお茶とどら焼きに齧り付いていたのび太が顔を上げた。
それをを感じ取った士郎はスッ、と指をある一点へと向け、
「――――これを見てくれ。コイツをどう思う?」
まさに切れ味鋭い真剣のような眼差しをのび太に送り、そう問うた。
思わず身構えたのび太であったが、士郎の指の先にある“モノ”を見た途端、
「――――――――!」
爛々と瞳の輝きが増し、眼鏡の奥の両の目が段々と大きく見開かれていった。
「すごく……大きいです……」
どこか陶然とした声で、のび太は答える。
その威風堂々とした風格。
そのズシリ、と擬音が響き渡るかのような重厚感。
その度肝を抜かんばかりの迫力。
そして何より――――――――ある種の幻想的な美しさまでをも兼ね備えた、その巨大な佇まい。
のび太は、降って湧いたような感動に全身を打ち震わせていた。
「―――――――、一応聞くけど……城が、よね?」
「「え?」」
やや表情の強張った凛からの指摘に、二人は同時に振り返る。
何を隠そう、士郎が指の先にあるのは……面前に鎮座する“タイムテレビ”。
その中に映し出された、白亜の古城であった。
まるでヨーロッパからはるばる海を越えて直接日本に持ってきたかのような、石造りの西洋城……鬱蒼とした森の中にひっそりと、だが厳然と佇むその様は、まさに『壮観』の一言。
この城こそが、アインツベルンが聖杯戦争の際に使用する冬木での拠点……通称“アインツベルン城”である。
冬木の郊外にある森。
そこにある城をアインツベルンのマスターは代々拠点として使用しているらしい、という凛からの情報の下、士郎は“タイムテレビ”でそれを発見。
画面に投影されたその非現実的な威容を目の当たりにし、のび太と二人して息を呑んでしまったという訳である。
現に凛に向き直った二人の表情は『それ以外に何があるの?』と言わんばかりだ。
「……はぁ」
凛は溜息を吐いた。
そして数瞬の間も置かず、
「「いだっ!!?」」
振りかぶりざま二人の頭長部目掛け、実に流麗な正拳を叩き込んでしまった事を誰が責められよう。
「……あの、リンは何故あのような事を?」
「……、解らんのならそれでいい。君はそのままの君でいてくれたまえ、セイバー」
「はあ……?」
――――そもそも二人の『アッー!』など、いったい誰得であろうか。
閑話休題。
『ただいま。セラ、リズ』
『おかえりなさいませ、お嬢様』
『おかえり、イリヤ』
シャンデリアが明々と照る、異様な程だだっ広い玄関ホールに三つの声が木霊する。
一人はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン……言うまでもなく、この城の主。
一人は白青基調の本格的なメイド衣装に身を包んだ、生真面目な雰囲気の女性。
一人は白黒基調の同じデザインのメイド衣装を纏った、ややつかみどころのなさそうな印象の女性。
服装と一連のやり取りからして、イリヤスフィールの付き人なのだと解る。
『どうでしたか? エミヤシロウは』
『そうね……最初から最後までオタオタしてただけだったわね、お兄ちゃんは』
『やはり……』
『セラ』と呼ばれたメイドが、これ見よがしに溜息を漏らす。
どういう訳か、魔術師として半人前以下である士郎の実力を知っていたようだ。
改めて落胆した、といったような吐息であった。
『でもイリヤ、嬉しそう。なにかあった?』
と、もう一人の『リズ』と呼ばれたメイドが片言で尋ねてくる。
セラとは違う、まるで表情を作る事を知らないような無表情で尋ねるその様には、どことなく違和感を感じてしまう。
しかしイリヤスフィールはそれを気にした風もなく、
『ちょっとね。なんでか知らないけどリンとお兄ちゃんが協力体制を組んでて、セイバーとアーチャーと……あと一人、知らない男の子と三人がかりでバーサーカーに立ち向かってきたの。それで、バーサーカーが一回殺されちゃった』
さらりと、何でもない事のようにのたまった。
その瞬間、二人のメイドの眉がピクリと跳ねあがる。
もっとも興味の対象は、それぞれ別であったようだが。
『バーサーカーが……殺された?』
『ええ。武器を破壊されて、セイバーが首に一撃。ほぼ即死だったわね』
そこまで聞いてセラの顔が俄かに驚愕に彩られる。
『ヘラクレス』であるバーサーカーを一度とはいえ仕留めた、その事実はやはり重いのであろう。
たとえサーヴァント複数人がかりであったとしても、命があと二ケタ残っていたとしてもだ。
『男の子……って、誰?』
『え? ……うーん、名前は確か、『ノビ・ノビタ』って言ったかしら? 眼鏡の、あんまりパッとしない感じの子だったんだけど……一回逃げて、でも戻ってきて、バーサーカーを吹き飛ばしたり、空を飛んだり、動きを止めたり……』
『……スーパーマン?』
無表情のまま、抑揚のない声で呟くリズ。
……あながち間違ってはいない点がスゴいと言えばスゴい。
『まあ、色々ヘンな道具を使ってたから。小さい銀色の大砲とか、プロペラとか……そのまま立ち向かってきた訳じゃないわよ。見た目はわたしと同じくらいだったかしら? 中身も年相応ぽかったけど……度胸と、射撃の腕前だけは英霊並ね。アーチャーも真っ青』
足震えてたけど、とイリヤスフィールはクスクス笑いながら述懐する。
その言葉に、セラはますます表情を険しくした。
『……いったい何者なのですか、その子供は?』
『さあね。『通りすがりの正義の味方』とか言ってたけど、よく解らない。でもセイバー、アーチャーとそれぞれタッグでバーサーカーを悉く邪魔してきた。バーサーカーを殺した一撃をアシストしたのもその子。そのせいか、バーサーカーがその子に御執心みたい』
『そう……。イリヤ、これからどうするの?』
『とりあえず今日はもう休むわ。バーサーカーの話だと、なくなった命が元に戻るにはちょっと時間がかかるみたい。セイバーの一撃がかなり効いたんでしょうね。二十四時間は必要だそうよ。これからの事は……そうね、起きてから考えるわ』
『そうですか……かしこまりました。寝室の用意は既に出来ております』
『ありがとうセラ。それじゃ、行きましょうか』
『うん、イリヤ』
主の下知に頷く二人のメイド。
イリヤスフィールはやや後方をついて歩く二人を引き連れ、そのまま城の奥へと消えていった。
画面から人影が完全に消え去ったところで、全員が“タイムテレビ”から視線を外し、互いに顔を突き合わせる。
いよいよ大詰めの段階、これからの方針決めに状況がシフトした。
「……成る程ね。さて、各サーヴァント事情のおおよそが掴めた訳だけど……」
「ええ。まだ欠けている部分はありますが、現時点では我々の方が敵の誰よりも情報のカードを持っていると考えていいでしょう」
「まあ、そのアドバンテージを有効に扱えねば話にならんがな。とりあえず、私からは“先手必勝”を提案するが……」
「えっ? それって相手のところに乗り込むって事ですか?」
「そうだ。受けに回らず、逆にこちらから相手を攻める。要は殴り込みだ。敵の大半が情報を揃えきれていないだろう今なら、先手を打つ事が出来る。もっとも、仕掛けるにしてもそれは夜になってからだが」
「ちょっと待てよアーチャー。言ってる事は解るし正論だけど、いったい誰に? どいつもこいつも一筋縄じゃいかないようなヤツらばっかりだぞ?」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
「「え……?」」
あっさりと言い放った凛に思わず向き直るのび太と士郎。
凛の顔に浮かぶのは、何とも大胆不敵な微笑み。
その表情の下にある意図が皆目読めない二人は、つい互いに顔を見合わせてしまう。
「確かに……。現段階で先手を打って仕掛けるのならば、選択肢はほぼ一つに絞られますね」
「うむ。居所も判明していて、尚且つ情報のカードがほぼ出揃っている。骨は折れるが、それ以外になかろう」
「「……え、えっ?」」
首肯混じりに呟かれた英霊二人の言葉に、のび太と士郎はますます訳が解らなくなる。
混乱の坩堝に嵌まり込んだ二人に、凛は何度目になるか解らない溜息をそっと吐くと、
「……解らないなら教えてあげるわ」
チラリと英霊二人に視線を送り、答えを提示した。
「――――――――バーサーカーよ」