「――――それで、士郎さんと凛さんは協力する事になったんですか」
「そ。成行き上仕方なく、ね。ま、仮にアンタがいなかったら、きっと敵対してたでしょうけど」
「え? それじゃあ、ぼくのためなんですか?」
「……ふぅ、有体に言えばそうよ。まったく、我ながら甘い事だとは思うわ。正直、魔術師としては論外の結論よ。ただ、人として論外にはなりたくないだけ。どういう訳かアーチャーは若干乗り気だったけど、それが意外といえば意外ね」
「アーチャーさんが……?」
お茶を啜りながら語り続ける凛。ちなみにお茶は二杯目である。
対象が小学生であるのび太のため、解りやすく語るのにここまで相当な時間が費やされていた。
現に口を全くつけられていない士郎のお茶はすっかり冷めきってしまっている。
そして話は、ここにいるメンバー構成員の現状況へとシフトしていた。
「『この際は、敗れた夢に再び挑むのも悪くはない。状況的にまだ融通も効くしな』とか言ってたわ」
「『敗れた夢』? 遠坂、アーチャーの夢って」
「さあね。聞いてはみたんだけど、はぐらかされたわ。ま、半分はどうでもいい事だから、それ以上は追及しなかったけど」
「は~。サーヴァントにも夢ってあるんですね。あのバーサーカーにもあるのかな?」
のび太が妙な感心をする。
すると、セイバーが口から湯呑を離してのび太に視線を向けた。
「ノビタ。前にも言ったかと思いますが、聖杯戦争に参加するサーヴァントには、基本的にそれぞれ目的があります。その目的を達成するため、召喚に応じるのです。正確には願いを叶える聖杯を手に入れ、目的を達成する訳なのですが」
「へえ。じゃあセイバーにも目的があるの?」
「……ええ」
肯定の返事を返したその一瞬、セイバーは僅かに顔を歪める。
それに気づいたのび太はどうかしたのかと声を掛けようとする。
しかし。
「あ~、もう論点が思いっきりズレちゃってるわね、とりあえず軌道修正! のび太への状況説明は終わったから、今重要なのはこれからどう動くべきなのかって事! まずそれを詰めてしまいましょ!」
凛からの横槍によって切っ掛けを折られ、結局言い出せずに終わってしまった。
「今の段階で接触したサーヴァントはランサーとバーサーカー。ここにいるセイバーとアーチャーを除けば残りはライダー、キャスター、アサシンね。ま、コイツらに関してはまだどうするもこうするも言えないか。接触もしてない訳だしね」
士郎が冷え切ったお茶を入れ替えた後、話は次のステップへと進む。
議題は、敵サーヴァントの情報のまとめであった。
「じゃあ、今は交戦したランサーとバーサーカーに焦点を絞るべきか。バーサーカーの正体は『ヘラクレス』って解ってるし、ランサーは宝具が『ゲイ・ボルク』だという事が判明してる。一度セイバーに対して使ったしな。そういえばセイバー。あの時の傷、大丈夫か? 胸、貫かれてただろ」
「ええ。既に修復は完了しています。バーサーカーとの戦いの時はまだ完治していなかったのですが、交戦後間もなくしてあっという間に治癒してしまいました。理由は……判然としませんが」
「―――え? えぇ? あ、あの、どうしてそこでぼくを見るのさ?」
いきなりセイバーから視線を向けられ、のび太は面食らっていた。
セイバーの傷が恐ろしい速度で完治した原因は、あの謎のパワーアップにあった。
急激な肉体の活性化と爆発的に高められた魔力。それらが槍によって付けられた傷にまで影響を与えた。
セイバーはそれを持ち前の常人離れした『直感』で本能的に悟っていた。
しかし“原因”には思い当たっても、そもそも何故そんな事が起こったのかという“理由”までは見通せない。
戸惑うのび太の様子を見れば、本人としては思い当たる節などまったくないと判断出来る。
のび太から視線を外し、セイバーは息をひとつ吐く。
「……いえ、まあそれは置いておきましょう。ここで大事なのは、宝具を使った事でランサーの正体が判明したという事です」
「正体……宝具が『ゲイ・ボルク』だというのなら、間違いなくアイツは『クー・フーリン』ね」
「え? く、く~ふーりん? って、誰なんです?」
「いや、そこで俺を見るなよのび太君。俺もよく知らないんだ。遠坂、『クー・フーリン』って?」
士郎・のび太の疑問の声に、凛は呆れたように息を吐きながらも口を開いた。
この二人、妙に息があっていると半ば投げやりに思いながら。
「『クー・フーリン』っていうのはケルト神話に出てくる英雄よ。日本ではマイナーな神話だから二人が知らないのも無理ないけど、ヨーロッパじゃ知らない人間はまずいないと言っていいわね」
「そして彼の代名詞ともいうべき物が『ゲイ・ボルク』。放てば必ず心臓を貫くと謳われた、呪いの魔槍です」
「呪いの……ああ、そうか。セイバーが胸を突かれたのは、あの槍が“そういうものだった”からなのか」
「はい。もっとも、寸でのところで心臓を貫かれるのは避けられました。その点は幸運でしたね。おかげで本当の名……“真名”も判明した訳ですし。ですが、相手が『クー・フーリン』とは。宝具を別にしたとしても厄介ですね」
眉間に皺を寄せ、セイバーが唸る。
「そうね……はぁ」
追随するように、凛が瞑目しながら相槌を打った。
「あの……厄介って?」
それらの意味するところを、のび太はまるで理解出来ないでいた。
疑問をそのまま二人にぶつけると、今度は二人そろって渋面に。
のび太の問いは、面倒くささ以上に頭の痛い問題をこれでもかとばかりに、さらにドンと鼻先に押し付けるようなものであった。
「『クー・フーリン』という英雄はケルト神話において最も代表的な英雄です。つまり、その強さは折り紙つき……申し分ないものであるという事」
「そ。それもおそらくは、日本での知名度の低さを補って有り余るほどにね」
「ち、知名度の低さ?」
「簡単に言えば召喚された場所……この場合は日本ですが……そこでどれだけ有名であるかどうかがサーヴァントの強さに関わってくるのです。あくまである程度の範囲で、でしかありませんが。ギリシャ神話の英雄である『ヘラクレス』は日本でも有名ですから、強さも相応のものになっていると思われます」
「逆に、ケルト神話の『クー・フーリン』は日本ではドマイナーな存在よ。アンタ達が知らなかったのがいい例ね。つまりその分だけ力が弱くなってるはずなんだけど……あの様子じゃ、正直なところ微々たる物でしょうね。なんせケルト神話においては押しも押されぬ、言ってしまえば『ヘラクレス』クラスの大英雄だもの。元々の強さが並外れてるのよ。まったく、頭の痛い事ね」
元々の強さ千の相手が九百になって現れているようなものである。
たかが一割強さが落ちたくらいでは、例えば二百の強さしかない弱者が相手取る場合、大差ないに等しい。
この一割が活きてくるのは組み合うのが強者、加えて互いの実力がほぼ拮抗しているという条件が付いてくる。
尤も、強さをすべてひっくるめ、単純に数値に直して比較するという事は出来ない。
格下の相手に何の因果か、いとも容易く敗れ去る。そういう事も珍しくないのが勝負事の、ひいては聖杯戦争の常である。
とはいえ、相手が油断の出来ない強敵であるという点は、疑いようのない事実であった。
「まさか大英雄クラスと一夜のうちに二回も戦っちゃうなんて。それとまともに渡り合うセイバーも大概だけど。実はセイバーも相当名の売れた英傑だったりするのかしら」
「禁則事項です」
さりげなく振られた追及を、セイバーはこれまたさりげなく躱す。
そしてそのまま話を自然に元の流れへと戻した。
「とにかく、ランサーこと『クー・フーリン』とバーサーカーこと『ヘラクレス』。この二名に対してどういう対処をすべきか、という事ですが。正体と宝具が判明しているという点で見れば、こちらがアドバンテージを取れています」
「戦力の絶対数でもそうね……セイバーにアーチャー、あと条件付きでのび太、と」
「え、ぼくも?」
ごく自然に自分が戦力の頭数に数えられている事に驚くのび太。
凛はそれを見て頭を抱えると、やがて徐にジト目でのび太を見据え口を開く。
「あのね、アンタ昨日自分がなにしたか解って言ってるの? いくらトンデモアイテム使ってたからといっても、人間がサーヴァントと共同戦線張れるなんてはっきり言って前代未聞よ? へっぽこ士郎はともかく、わたしですらなんにも出来なかったっていうのに。こっちにはあまり余裕がないの。だからたとえ小学生であれ、使える者は躊躇なく使う。少なくともわたしはそのつもり。それとも、あの時の啖呵は嘘だったとでも?」
「い、いやそういう訳じゃ……」
凛のあまりの押しの強さに、のび太はたじたじとなる。
別に士郎達と共にサーヴァントに立ち向かう事に否やはない。
ないが、凛のオブラートに包まない、どこまでも単刀直入で剥き出しの物言いにはどうしても戸惑ってしまう。
しかも凛の醸し出す、のび太にとってある意味で苦手な雰囲気がそれに拍車をかけている。
これが士郎かセイバーの言葉ならば配慮が行き届く分、また態度も違ったかもしれない。
「……ま、安心しなさいな。とどめを差す時は、わたし達でやるわ」
「はぁ?」
不意にのび太から視線を逸らすと、凛は口元に湯呑を傾けながらそんな事を呟いた。
先程言った『条件付き』とは、そういう事であった。
のび太に“殺し”という重い十字架を背負わせるつもりは、凛といえどもない。
たとえそれが偽善で、罪の意識を誤魔化すためのものであったとしても。
無理矢理にでものび太を戦力から除外する事も出来なくはないが、緊迫した状況とのび太の打ち立てた実績が不誠実ながらも期待を抱かせてしまい、それを許さない。
ならばせめて。
『いよいよの時は自分達の手で、のび太を血には染めさせない』
セイバーも士郎も、そしてこの場にいないアーチャーも元よりそのつもりであった事は言うまでもない。
もっとも、自らが望んだ事とはいえ、のび太を殺し合いに駆り立てる事に内心、忸怩たる思いを噛みしめている事も言うまでもなかった。
隣に座る士郎の、隠そうとしても完全には隠し切れていない、その恐ろしく険しい表情が静かに物語る。
「ただ、どっちにしろそう簡単に勝てるような相手じゃない。特にバーサーカーはな。まあそれ以前に、正体が解ってても居場所が解ってないから戦いを仕掛けようもない訳なんだが……」
決して内心を見せまいと無理矢理に無表情の仮面を被り、士郎は重苦しく言葉を吐き出す。
確かにアドバンテージがあっても、それを能動的に活かしきれなければ価値も半減してしまう。
先手必勝が全てにおいて有利とは必ずしも言えないが、主導権を握る事自体は有効ではある。
「そうね。バーサーカーに関してはまったくアテがない訳でもないけど、それも確実という保証はないし……ランサーに至っては完全にお手上げ。結局悉く受けに回るしかないのが現状なのよね」
溜息交じりに愚痴る凛。
セイバーも難しい顔をして黙り込んでいる。
まさに状況は八方塞がり。
「えっと、居場所が解ればいいんですか?」
そのはずであった。
のび太が何気なく呟いた言葉で、風向きが変わり出す。
「ノビタ?」
「う、うん。まあ、そうなんだけど……まさかアンタ、出来るの?」
「たぶん。なんでかだいぶ中身が減っちゃってるけど、きっとあるはず」
懐疑的な目の凛を尻目に、のび太はポケットから“スペアポケット”を引っ張り出すと、掻き回すように中を漁る。
やがて。
「あ、あった!」
歓声と共に、ズボッと“スペアポケット”からナニカを引っ張り出した。
その手に握られていたモノは。
「杖?」
柄の部分に機械がくっついた、一本の杖であった。
「のび太君、その杖をどうするんだ? 言われるがまま庭に出てきたけど」
衛宮邸の庭先に、四人の姿があった。
のび太を中心に、士郎・凛・セイバーの三人がその周りを囲んでいる。
意気揚々と、のび太は右手に持った杖を持ち上げた。
「これは“たずね人ステッキ”って言って、これを地面に突き立てて離せば、探している人のいる方向に倒れるんです。これで他のサーヴァントの居所を探せます!」
「こんな杖が?」
疑わしげな表情でのび太から“たずね人ステッキ”を取り上げ、矯めつ眇めつ眺める凛。
機械をはじめとした科学と相性の悪い凛である。
昨夜のアレコレでひみつ道具の効力が実証されているとはいえ、胡散くささはぬぐえない。
「あ、もしかして疑ってるんですか?」
「そりゃね」
「たしかにドラえもんの道具の中には役に立たない道具もいっぱいありますけど……“夢たしかめ機”とか。でもこれはちゃんと役に立ちますよ。本当ですって」
凛の様子に、のび太は不満を露わにする。
それでも凛は眉根を寄せたままの表情を崩そうとしない。
そんな凛を見て、ならばとのび太は身を乗り出した。
「じゃあ一回試してみてください。それで解るはずですから!」
「試せ、って言われてもね。んん、ならとりあえず……対象はアーチャーにしましょうか。今霊体化してるから、試すにはいいかも。アーチャー、聞こえる?」
顔を上げた凛は虚空に向かって叫び、ついでに片耳を抑えた。
霊体化し、見張り番をしているアーチャーと会話をしている。
互いにレイラインで繋がっているからこそ、こんな事が出来る。
「アーチャー、今から霊体化したまま、そこから移動して。場所はこの家の敷地内ならどこでもいいわ。なぜって? まあ言ってみれば実験よ。話は聞いて……なかったのね。もう、いいからとりあえず動いてさっさと隠れる! 三秒以内!」
「それじゃ短すぎだろ、遠坂」
「なんか凛さん、ジャイアンみたい……」
男ふたりの言葉も、彼女にとっては柳に当たる風に等しかった。
しかしその澄ました表情も、やがて出た実証結果の前に砕け散る事になる。
「……まさかホントに当たるなんて」
湧き出す敗北感に、凛が顔を手で覆っていた。
庭の地面に“たずね人ステッキ”を突き立て手を離し、重力のなすがままに任せて倒す。
その先端の指し示した方向に、実体化して姿を現したアーチャーがいた。
「でも、なんでよりによって台所なんだアーチャー。隠れるならもっと他に場所があっただろうに……土蔵とか、床下とかさ」
「……三秒で行けとの指示だ。元いた場所から遠くなく、咄嗟に思い浮かんだ場所がここだった。それだけの事だ、小僧」
「律儀な。しかし貴方が台所に立っても、そう違和感を感じないのはなぜなのでしょうか。むしろそこにいるのが当然のように」
「なんとでも言いたまえ。だが、セイバーよ。重ねて言うが他意はない。偶々、ここしかなかった。それだけだ」
苦虫を噛んだような表情で、アーチャーは口を閉ざした。
聞き流しておけばいいものを、彼の性格がそうさせるのか、いちいち真面目に応答していた。
「……ま、とにかくこの杖がのび太の言った通りのモノだって事は解ったわ」
凛の降参宣言に、のび太は破顔する。
しかし、話にはまだ続きがあった。
「ただ、偶々当たった可能性もまだ、ね。なんせ試したのが一回だけだし。ちなみに、当たり確率ってどのくらい?」
「え? う、うーん、十回やって七回当たる、くらい、かなぁ? 偶にハズれたし」
笑顔から一転、のび太は戸惑いがちに答えた。
数値としては心許ない。
「七割か。悩みどころね。確率をアテにして探し回るのもリスクと釣り合わない……あくまで人物の方角だけだしね」
凛は再び思案に耽る。
現状が現状なだけに、全てにおいて万全を期したい。
しかし、この杖だけでは、凛としては片手落ちだと言わざるを得なかった。
敵の方角だけが解っても仕方がない上、成功確率が七割。
もうひとつ、確実性を増す要素がなければ、ただのヘンテコな杖でしかない。
「……つまり絶対の保障があればいいんですよね、凛さん?」
「そうね。欲を言えば、ここから動かずに特定出来るのなら言う事はないけど」
「解りました。ええと、それじゃあステッキと併せて……んー、あ!」
豆電球を点灯させたのび太は“スペアポケット”を出すと勢いよく中へ手を突っ込む。
やがて手応えありの表情となると、徐にふたつのブツを取り出した。
「薄型テレビと……マルとバツ?」
「“○×占い”と“タイムテレビ”です!」
してやったりの笑顔を浮かべながらのび太が道具の名を告げる。
しかし残る皆は一斉に『?』のマークを頭に掲げていた。