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ライジン
オープニング
囚人を入れておくための独房のような、全ての視界が灰色のコンクリートに囲まれた部屋に少年は監禁されていた。部屋に窓は無く、あるのは大きめの丸テーブルと四つの椅子、あとは暇を潰すためのいくつかのチェスやトランプといった遊具。
(き、気が狂いそうだ……)
監禁されている少年は、自分の置かれている状況があまりにも危機的であることに鬱々とした気分になっていた。なぜか。その原因は彼のここ数週間の生活にある。現在の彼の服は上下真っ白の無地、食事は高級レストランと見紛うほど立派な料理だ。服が無機質で味気ないものなのは仕方ないとして、食事については飛んで喜ぶべきほどのものである。しかし、彼はかれこれ二週間はまともに外に出ていない。もちろん、彼が極度のひきこもりなら話は分かる。だが、そうではない。隔離されているのだ。たまに外に出る時はある。
(アイマスクと耳栓をしてだけどなっ!)
という彼の心叫びは置いておくとして、そう、彼は力を使わされるとき以外はこの部屋に閉じ込められている。少年はなんとかしてこの独房を逃げ出そうと考えたことがあった。しかし、それは無理な注文だ。部屋には、見張りが三人もいて二十四時間すぐそばにいる。部屋の扉は彼らがメンバーを交代する時と彼らが男に力を使わせるためにアイマスクと耳栓をさせる時だけ。食事はというと、扉に備え付けられた小窓から差し出されるため、わざわざ扉を開けることはない。彼は脱出を試みることをすぐに諦めた。
「どうです、チェスでもやりませんか?」
見張りの一人が少年にそう申し出た。
「いや、やめときます。今、そういう気分じゃないんで」
少年は特に考えた風もなく、すぐにそう言った。
「そうですか、分かりました」
断られることに慣れている見張りの一人は、あっさり引き下がると、テーブルの上にあった新聞を読み始める。
(そろそろ、かな)
少年はある予感に心を落ち着かせていた。予感、というよりは、それは予知と言うのが正しい。
「雨、降りますね」
少年は新聞を読み始めた見張りの一人にそう呟く。
「新聞の天気予報にもそう書いてありますしね」
「あと、三分です」
「そうですか」
何気ない、そして味気ない会話。少年は、三分後と予知した自分の言葉に疑いなく確信を持っている。必ず、三分後に雨が降る。彼の力がそう彼に教えているのだ。
そうして、三分後。
(あと、ご、よん、さん)
少年は心の中で秒数を唱えながら、その時を待つ。雨の降る瞬間というものを少年は定義出来ていない。それは、最初の一粒が地面に落ちる時かもしれないし。最初の一粒が雲から離れる時かもしれない。そんな自分の力の曖昧な部分に遭遇した彼は、はっとした思いに駆られながらも数字を数える。
(に、いち……)
「停電だ」
少年はその言葉に思考を切られた。新聞を読んでいた見張りの一人が呑気そうに言ったのだ。部屋の明かりが全て消え、何も見えなくなった。
「停電っ?そんなもんありえるかっ、ここは自家発電だ!」
他の見張りは大袈裟に叫ぶ。
「なっ……それじゃあ」
と新聞を読んでいた見張りの一人が慌てて言葉を返そうとしたところで。
「んづっ……!」
「敵の攻撃だっ!」
天井のコンクリートが砕け散った。激しい爆発音が部屋の空気を震わせ音を木霊させる。砕け散り、部屋の中央方向へとばらばらに降った残骸は、一人の見張りを下敷きにしていた。
「大丈夫かっ!」
残りの見張りが声をかけるが返事はない。
彼らは天井に視線を向けた。
しかし、その直後。
少年の視界は全てを空白に染められた。
何も見えない。音も聞こえない。全てが無になり、何がどうなったかも分からない。
激しい衝撃波と熱、振動が少年を襲ったのは間違いない。
体感時間にして二十分間ほど目を閉じていた少年は、そっと目を開けようと試みる。
どうやら、耳が聞こえなくなったのは鼓膜が激しい音に麻痺してしまったからであるらしい。少年は僅かずつだが自分の息遣いが聞こえ始めたことから、鼓膜が破れてはいないことを知り少しだけ安堵した。
慎重に、目を震わせる。
まず目に、光が映る。
太陽の光ではない。
地下に陽光は降らない。
ならばなんだ。光を放つのは。
男のぼやけた視界は次第にはっきりとなる。
それは、電灯の明かりを受けて輝く金髪だった。
天井の穴から降る電灯の光を背景に、少年の眼に映ったのは金髪の美しい少女だったのだ。