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No.2887の一覧
[0] 月の天蓋(月姫ss・短編連作)[虎鶫](2009/05/15 03:48)
[1] 月の天蓋・その少しあと[虎鶫](2009/05/15 03:43)
[2] Tightrope walkers(上)[虎鶫](2009/02/08 22:24)
[3] Tightrope walkers(中)[虎鶫](2009/02/08 22:30)
[4] Tightrope walkers(下)[虎鶫](2009/02/08 22:39)
[5] サルコファガス(上)[虎鶫](2009/02/08 22:24)
[6] サルコファガス(下)[虎鶫](2009/02/08 22:21)
[7] 埋葬の日々・Ⅰ(上)[虎鶫](2009/05/15 03:23)
[8] 埋葬の日々・Ⅰ(下)[虎鶫](2009/05/15 03:42)
[9] 月の天蓋・そんな日常[虎鶫](2009/05/15 04:07)
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[2887] 月の天蓋(月姫ss・短編連作)
Name: 虎鶫◆fc7a1301 ID:49abddc9 次を表示する
Date: 2009/05/15 03:48
もうずっと前から言いたかった言葉。
ただ、それを口にしてしまえば、本当に二度と、この人には出会えない。
それでも――――口にしなくちゃいけなかった。

「――――ありがとう。先生に会えて、良かった」

彼女は立ち止まったまま俯いて、やっぱりいつも通りの顔で振り向いた。

「――――元気でね、志貴。縁があったらまた会いましょう」

                              月姫・「月蝕」




月の天蓋



白々しいはずの言葉には、お互いが思っていた以上に想いが篭っていた。
結論から先に言ってしまえば、やはりこれが遠野志貴と青崎青子の今生の別れとなる。
始まりのカタチは終わりのカタチへと落着。
予定調和に一つの舞台の幕が下り、新たな舞台の幕が上がる――――




     愛してる愛してる愛してる――愛しいから愛しくて愛しすぎて■■てしまいたい


「それじゃ、やってくれアルクェイド」
遠野志貴は何でもないふうに言って、軽く腕を広げた。
手を伸ばすには僅かに遠い距離で人と魔が向かい合う。
サワサワと静かな風が草原を揺らした。

アルクェイドはその言葉に怯えるように目を見張り、自らの腕を抱いて微かにうつむいた。
長い、長い、沈黙。
彼女の肩が切なげに震える。
震えてようやく、小さな呟きで問うた。
「……志貴は本当にそれでいいの?」

「ああ、頼む」
一拍もおかぬ返答に、アルクェイドは顔を伏せたまま駄々をこねるように言いつのる。
「絶対、絶対に後悔するわ」
否を許さぬ口調に、志貴は困り顔で笑った。
「そんな事言ってもさ、このままだと俺達は後悔することも出来なくなっちゃうだろ」
最早、志貴の命が尽きる時は近く、アルクェイドは今この瞬間も己を削り続けている。

一呼吸おいて志貴は続けた。
「それに、後悔の無い人生なんて嘘だ。
同じ後悔するのなら俺はお前の隣がいい。
千年、万年、この決断を後悔し続けたとしても
お前と居られれば、それは幸せの一部だよ」
言葉の一つ一つを刻み付けるように、一言たりとも伝え洩らさぬように。

「――――――!」
アルクェイドは弾かれたように顔を上げる。
その美貌。朱の瞳、白磁のかんばせ、金糸の髪は、無惨な憔悴すらも艶として彩りに加えていた。
美しい、ただあまりにも美しい。
それは理想の内にしか存在し得ないはずの、美という魔性そのものの具現。
――――だから触れてしまえばきっと、彼のように狂れてしまう――――

「死徒に、なったら、にげられないわ。――――ううん、きっと わたしは、そう考えることさえ、ゆるさない」

「大差ないだろ。俺はとっくの昔にお前にイカレてる」

それが、とどめ。

耐えかねたように一歩一歩、アルクェイドが歩み寄る。
志貴は穏やかに笑って彼女を迎え入れた。



アルクェイドは くたり、と志貴の腕の中へと収まった。
やわらかな肢体はひどく熱い。
抱きしめている腕が指先から溶けてしまいそうだ、と志貴は思った。

密着した身体。それでも足りない、とアルクェイドは彼の体に全身を摺り寄せる。
遠野志貴という存在を皮膚感覚の全てで味わい尽くそうとするかのように。
それは獲物を念入りに糸で絡め捕る女郎蜘蛛の仕草にも、どこか似ていた。
燃えるような吐息の熱は服の上からでも感じられる。
アルクェイドは志貴の胸に頬寄せたまま、蕩ける悪夢を夢見るように呟いた。

「志貴の体、あったかいね」

「志貴の心臓、トクトクいってるね」

「これを全部――――わたしが食べちゃうんだね」

声を震わせるのは悲願を成就する極まった歓喜、指先を震わせるのはこれから自分が為す仕打ちへの絶望と恐怖。

志貴の腕のなかにいるソレは、最早正視に堪えないモノだ。
毒のような艶かしい香気。人の認識を遥かに超える激情のうねり。限度を知らぬ底なしの渇望。
アルクェイドの内に在る、魔としての本性が抑制を失って表出している。
生物としての本能は彼に最大限の警告を告げていた。
それを、沸き立つ退魔の血が踏みとどまらせ、愛という名の狂気で捩じ伏せた。

「ひとつだけ約束。他のやつの血は吸うなよ」
「うん、他のなんていらない。わたしは志貴が、志貴だけが欲しいの」
アルクェイドははっきり頷いて、愛しい男の首筋に顔をうずめ

ざくり、と頚動脈を咬み破った。

「っぐぅ…ぁ……」
志貴は、深々と射し込まれるその牙が確実に自身の命へと届いたことを悟った。
肉体はもとより、精神を穿ち、魂に刻む致死の刻印。

コクリ、 コクリ、 コクリ、 コクリ、 コクリ、 コクリ、 コクリ、 コクリ、 コクリ
ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ズキン

アルクェイドが一心に喉を鳴らすたび、肉体を内から切り裂かれるような常軌を逸した激痛が志貴を苛む。
それは蹂躙であり、捕食であり、略奪にして侵蝕。
体温ごと血液を奪われ、代わりに浸入した鎖のように冷たい毒が血管を焼き切りながら瞬く間に全身に廻っていった。

アルクェイドは志貴の血の温もりに陶然と目を細める。
しっとりと牙を包む皮膚と瑞々しい肉の下、喰い破られてぴくぴくと震える血管が愛おしくてたまらない。
志貴の、その想いの全てが自分のものであることを確かに味わう。
禁断の果実そのものの甘い毒を飲み下し、同時に自らの血を流し込んだ。
意識を噛み砕いて浸し、魂を嚥下して染め上げる。
魔に属するモノにとって愛するとは奪うことだ。
触れ合うだけでは満たされない、心を通じ合わせてもまだ足りない、喰らい尽くして――――己の一部としなければ耐えられない。

真祖の血による侵蝕は激烈だ。
圧倒的な苦痛の波頭が容赦無く志貴の思考を刈り取ってゆく。
ゆっくりと巡るのは走馬灯のプラネタリウム。
散々迷惑と心配をかけて、碌に顧みることも出来なかった秋葉に翡翠に琥珀さん。
弁解の余地が無い裏切りをしてしまったシエル先輩やシオンとは、あるいは決定的な決別が待っているかもしれない。
先生は、なんと言うだろうか……
これまで出会い別れてきた全ての大切な人たちに感謝とお別れを。
遠野志貴は今、愛したただ一人の吸血鬼と共に在るために何もかもを捨てるのだ。

そしてどうか叶うなら、つぎに目覚めたジブンが、かれらをころすことがありませんように―――――

志貴は力が抜けた首を何とかもたげて夜空を仰いだ。
頭上には空を圧殺する天蓋の如き巨大な満月。

ああきょうもまた、こんなにも月がきれい

朱く染まりゆく月を、暗くなりゆく視界に満たし、最後の力を腕に込めた。
痛い、苦しい、寒い、そう感じる感覚すら喰われて欠落してゆく。
それでも命が、意識が、途切れる最期の一瞬まで志貴がアルクェイドを抱き締める腕を緩めることはなかった。



end


後書き

初めての投稿で、かなり緊張してます。
自分としてはいわゆる「吸血鬼もの」というのが大好きなので月姫本編の「月食」のアフターをひたすらにそのノリで書きたくってみました。
出来ることなら、この続きもここに投稿してゆければと思います。
それでは御目汚しになったかとは思いますが、読んでくださった皆さんにこの上ない感謝を。


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