01-1
第一話
その日、火星全土に突如鳴り響いた警報とアナウンスに従って人々はシェルターに避難していた。
シェルターの中は様々な服装の人で溢れていたが、どの顔も何が起きたかわからずに不安で一杯だ。それは案内役の兵士達も一緒で隔壁の前に集まって無線機を囲んでいる。元気なのは事態が飲み込めず、初めてくる場所に興奮している子供達だけだろう。
そんな中で冷静な、というか暢気そうに欠伸をしている長身の青年がいた。まだ成人してまもなくといった感じで、昼時に避難警報が出たにも関わらず、ワイシャツにスラックスといった普段着からまだ就職はしてないのだろう。容姿は整ってはいるのだが、どこか華がなくパッとしない印象が強い。
青年は隔壁の前に集まって外の状況を知ろうと、必死な兵士達のすぐ後ろにいた。その方が外の情報がわかるからだ。しかし無線は通じず、様々な周波数で送信するも返信はなく、遂に一度シェルターを開けて外の状況を知ろうということになった。
シェルターは一度閉まると幾つかの手順を踏まないと開かないようになっていたが、兵士の一人はそれを完璧に覚えていた。
果たしてシェルターはすぐに開いた。
徐々に開いていくシェルターの隔壁のすぐ向こうに現れる幾つもの赤い光点と銃口を眺めて、危険信号を思いっきり出して思考が切り替わった頭の片隅で、青年はぼんやりと思っていた。
(ああ、結構前に見た映画に似たシーンがあったなー)
暢気な感想とは裏腹に青年の身体は動き出していた。
何もしなければ赤い光点と共にある黒い銃口から、自分を含めてここに居る全ての人間を殺すべく無慈悲な銃弾が降り注ぐだろうが、青年はそれを許容できない。だから自分のすぐ前で立ち竦む兵士の肩からアサルトライフルと拳銃を奪い取り、素早く構えて、射撃。
銃弾は狙い誤らず、赤い光点と銃口を破壊した。それ以外の場所に当たっていたら見るからに頑丈そうな装甲に弾かれていただろうが、青年はそれを見越してアサルトライフルでも破壊可能な箇所に向けて発砲したのだ。
「なっ!?」
突然銃声に漸く肩に掛けていた筈の銃を取られたこと気付いた兵士は、振り返って驚いた。そこにはまだ高校生か大学生かといった風貌の青年が、見事なスタンディングポジションでアサルトライフルを構えて、次々と敵と思われる機械を沈黙させているのだから。
瞬く間に全ての機械を沈黙させると、青年はまだ硝煙が出ている銃口で、シェルターの奥を指し示した。
「早く、逃げろって。もっとに下に降りるんだよ」
何とも気楽に、それでいて怠げに、まるで世間話でもするかのように兵士に声をかけてくる。
「え? ええ!?」
「ほら行けって。他の皆さんも早めにお願いしまーす」
青年の言葉に恐怖で麻痺していた頭が動き出した人々は、我先にと奥に向かって走り出した。
それを青年は眉を顰めて眺めていたが、不意にズボンを引っ張られて下を向いた。
青年のズボンを掴んでいたのは、まだ小学校低学年くらいの少女だった。その後ろに母親らしき女性と、顔に共通点がないので知り合いだろう少年が困った顔をして立っている。
「ん、どうした? 早く奥に行かないと危ないぞ」
屈んで少女と目線を合わせて、青年は聞いた。
「あのね、助けてくれてありがとうございます」
そう言って少女は元気よく頭を下げた。
青年は思わず苦笑してしまった。それを言うためにわざわざ自分の元に来たのかと。何気なく視線を上げると、母親らしき女性も苦笑していた。恐らく少女がお礼を言うと無理矢理連れてきたのだろう。少年は何ともいえない表情で少女を見ては奥を見ている。
とりあえず女性に頭を下げて、少女の頭を撫でると、改めて奥に行くように言おうとした時だった。
「うわぁーーーーーー!!」
外の様子を見に出た兵士の一人の絶叫が聞こえたのは。
思わず舌打ちが出る。流石にこんなに近くに子供がいたのでは、思うように戦闘など出来はしない。
「チッ! 君みたいな良い子は奥で大人しくしててくれるよな。早く、連れて行ってくださいね」
言うが早い残弾を確認して、隔壁側にいた兵士から予備弾倉を受け取り、手早く戦闘準備を整える。兵士も余りに自然に要求されて、先程の射撃でどこかの特殊部隊の兵士と勘違いし素直に渡していく。
「お、俺も戦うぞ!」
明らかに震えた声で宣言してきたのは、先程の少女と一緒にいた少年。手足も震えているが、瞳にはやる気が溢れている。
が青年は見向きすらせずに、
「いやぁ、おまえには無理だろ。それに彼女達を守ってやんなさい」
次々と兵士から装備を受け取っては、身につけていくと、すぐに戦闘態勢が整った。最後にライフルのコッキングボルトを引くと完成だ。
「よし。じゃあ、早く奥に行きな」
兵士にもいなくなっていいと、気軽に手を振る。そこにはこれから戦闘を行うといった恐怖も緊張もない。
「だ、だから、俺も」
「まだまだ早いって。それに君がいるとこの子も彼女も奥に行かないでしょ」
確かに少女と女性は少年を待っているのかまだ避難していない。もう既にかなりの数の人々がいなくなっている。
言われて気付いたのか少年は、少女と女性と青年の間を何回も視線を迷わせた。そこに追い打ちをかけて、
「それに君達がいると思う存分動けなくなるから」
ここまで言われて無理に邪魔することはできないと判断した少年は、渋々頷いて少女達の所に向かって歩いていった。
すると突然銃声が人が少なくなったシェルターに響いた。青年が迎撃を開始したのだ。
「死にたくなかったら急げって。もうすぐそこにいるぞー」
銃撃中でも緊張感のない声で促してくるが、それが逆に少年の心に火を入れた。
半開きになった隔壁に隠れて迎撃する青年と兵士達は気付かなかった。少年が走ってシェルターの奥に行ったので、誰もが安心していたのだ。
迎撃は数分間続いたが、敵の一体がその装甲にものをいわせて突撃してきた事により、シェルター内に侵入を許してしまった。
が、
「うわーーーーーーー!!」
叫び突っ込んでくる運搬用エレカーが侵入してきた敵を壁に挟み込んだ。タイヤが床を空回りして甲高い音が響く。
「少年!」
慌てて虫の姿をしている敵の装甲の隙間に銃弾を撃ち込んだ。
赤いアイカメラから光が消えるのを確認して、一息吐いた青年は、
「なんで避難しなかった!」
先刻まで暢気な様子とは正反対に目を吊り上げて怒鳴った。
それがいけなかった。
「お兄ちゃん!」
少女が少年が怒られていると勘違いして駆け寄ってきたのだ。その後ろには女性が慌てて追ってきている。
思わず頭を抱えたくなった。すぐ側では戦闘が続いているのに。
しかし悪いことは重なる。
機能停止したと思っていた虫型機械が活動を再開したのだ。しかも明らかに自爆とわかるようにアイカメラを点滅させて。
「アイちゃん!」
少年が少女を、
「くそっ!」
青年が女性を抱えて、衝撃に備えた。
そして世界は光に染まった。