結婚しました―――――リノ=レノと、完膚なきまでに完璧に逃げようも無く現実として、混乱しているのか些か文が乱れてしまった、いかんいかん。
ちんちくりんで甘え上手で妙に意地っ張りで頭が良くて――子供っぽくて、大人っぽくて、どうしてか好きになって、愛し合って――結婚?普通の流れなのか?
俺の意見は完全無視、確かに愛しているけどそれが"結婚"に結び付く事が考えられない、そんな自分の精神の未熟さに少しだけ呆れる、と言っても別に式を挙げたわけではない。
ただ手続きを済ませて夫婦って肩書きを手に入れただけ、実感がまったく無い、そんな俺の考えがわかったのかリノ=レノは『――逃げようとしたら駄目だからね♪』と言った……諸々の手続きは圧倒的な権力で!
どうやら俺が"モテる"事を危惧しての行いらしいが―――俺ってモテるのか?少なくとも俺はそんな事は無いと思っている、だからリノ=レノの言葉を聞いて思ったのは意外と嫉妬深いんだなーと。
過去の"俺達"が愛して、今の俺が愛するミルサントの繁栄の為に俺はもっともっと自分を磨かなければいけない、それなのに結婚って――そんな事を思いつつも少しだけニヤけてしまう。
我ながら安易なものだ……以前にも増してベタベタと抱き付いて来るリノ=レノにややうんざりしながらも、幸せを噛みしめる、俺なんかが幸せになって良いのだろうか?
それは時折、巨大な闇となって俺の心を覆う、過去の自分達は自分が正しいと思う事をした、だけどその犠牲になった多くの命もある――そこには善も悪も無い、罪が転がっているだけだ。
俺は"コダマ"(エコー)としてその償いと贖いを忘れてはいけない、そうやってすぐに悪い考えに陥る俺をリノ=レノは目敏く見つけて愛を説いてくれる……『――下らない事を悩んでる暇があったら、ボクと手を繋ぐ事さ、相棒』
細くて繊細な指に無骨な俺の指を絡ませながら思う、幸せだと、心の底から幸せだと言える――もっともっとこの世界でリノ=レノと生きてゆきたいと思う……幸せになりたいと願う。
ああ、結局の話、過去も現在も未来も、罪も嘆きも記憶も関係無く、単純に俺はこいつと一緒にいたいだけなんだ…………なら、夫婦って名の鎖も甘んじて受け入れよう、小悪魔の様な笑みで俺を誘う天使に一生尽くそう。
「リノ=レノ…………――暑苦しい、離れろ」
「さて、それは女性に掛ける言葉としてどうだろうね?」
膝の上に乗ってニコニコと笑うリノ=レノ、からかいを含んだその言葉にうんざりする――夫婦になったからって、ずっと一緒にいるのは流石にしんどい、ぷぅと過ごしたあの日々を彷彿とさせる。
お前は俺を紐で繋ぎたいのかと冗談で言ってみる――中々に皮肉の利いた良い冗談だと思う。
「ああ、それもいいかもね」
執務室、煌びやかな装飾品や重厚な家具が立ち並ぶその部屋で俺は派手に額を机に押し付けた、ゴンッ、ぱちくりとリノ=レノは大きな蒼色の瞳を瞬かせてクスクスと笑う、上品だけど意地の悪い笑み。
今日の服装はいつもの執務用の礼服では無く六花の制服――服装に関しては自由自在だが、何処か俺への悪意を感じる……黒のストッキングに内包されたムチムチの太股、それを何度も執拗に俺の体に擦りつけて来る。
悪意、悪意しかない――顔を真っ赤にして視線を逸らしても『―――駄目だよ?』と命令口調で視線を元の位置に正される。
「時にコダマ」
「…………何だか新しいことわざみたいだが、どうした?」
「ボクとコダマはつい先日、晴れて夫婦となったわけだ、だから会議の合間を縫ってこうやっていちゃいちゃしても誰にも咎められない、まあ、そんな奴がいたら全力で排除するけどね」
ふふんと、自慢げに笑う、誰だ……――こんな危険な奴に権力を持たせたのは!――過去の俺、はぁー、やや大袈裟にため息を吐いて気分を落ち着かせる、妻の我儘を笑顔で受け入れるのが夫の勤めだとおっちゃんは笑って言ってたなぁ。
――結婚の報告もしないとな……世話になったって言葉では足りないぐらいに世話になった。
「まあ、そこに俺の意思は皆無だったけどな、ま、まあ、嫌なわけじゃないぞ」
「うふふ、本当は嬉しい癖に―――っと、だからね」
「?」
「キミが他の女の子と話しているだけでボクとしては気に食わないわけさ―――腸が煮えくりかえると言っても過言じゃないね」
ゾクリと、まるで蛇に睨まれた蛙のように俺は全ての機能を停止させる、言葉の意味を理解するまでの時間――そうやって無理矢理に自分を納得させないと思考が働かない。
ねっとりと、果てしない空の蒼のような色を宿した瞳、その視線が絡み付く、上目づかい………年齢に裏打ちされた魔女の視線、俺には何の事だかさっぱりわからない。
コトン――勉学に勤しむ為のペンを机の上に置いて息を飲む、リノ=レノは微動だにせずに、空虚の中に独占欲を含んだ視線で俺を促す、さあ、どうなんだい?――知るか!
「あのな」
「―――」
「公務に限らず、日々の全てをお前と一緒に過ごしている俺にそんな暇があると思うか?――変な嫉妬はやめろ」
「――むぅ」
「いてててててててっ!?」
頬を抓られる、全力で!――白くて細い指だけど、その力、推して知るべし!―――誰に向かって言ってるんだ俺っ、不機嫌そうに白い頬を膨らませて、いつもの飄々とした態度は何処へ?
……思えば、結婚に関しても生活に関しても全ての主導権はリノ=レノが握って来た。
そこから考えるに……俺がリノ=レノを想っているぐらいにはリノ=レノも俺の事が好きって事になる、そう考えると急に胸の奥が優しく疼き始める―――――嫉妬、独占欲、可愛いじゃないか。
「フレアルージュとこの前、修練場で仲良く話してた―――」
「ああ、あれは鍛えて貰おうとしてな――いつまでもリノ=レノに守られてばかりじゃ、その、嫌だし」
「…………エレガノと廊下で仲良く話してた」
「それは結婚指輪について聞いてただけだ、その……自分のセンスに自信が無いから……うん」
「―――――駄目だよ」
「リノ=レノ」
「ボク以外の女の子と話しちゃ――やだ」
ああ、今日は妙にからかってくると思ったら―――これじゃあ、まんま"子供"じゃないか、下手をすればぷぅよりも幼い精神、自分だけを見て、自分だけに触れて――まったく。
色々と理由を付けて俺を雁字搦めにしているのは過去のトラウマが疼くから、"エコー"を失った恐怖と俺(コダマ)への愛情、エコーとコダマへの独占欲、全てが俺に向かう。
人によってはそれが重みになるだろうが、俺にはそれがたまらなく嬉しい――過去の俺達の孤独を思えば、幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ……リノ=レノ――。
「んっ」
驚いた声、突然のキス――俺からしたのは初めてか?夫婦で相棒で共犯者で―――なのに俺からは初めてのキス――薄い唇に甘い息、色素の薄いそこを舌で虐め抜く、そして口内に舌を侵入させる。
淫靡な音と午後の優しげな光、瞳を閉じたリノ=レノは必死に小さな鼻で呼吸をする、ぴくぴくと小さな鼻が可愛げに動く、ああ、例える言葉が無いぐらいに可愛らしい……俺のお嫁さん。
無自覚で結ばれて、自覚して愛して――自分の鈍感さに腹が立つ、自分に非が無いと逃げていた、こんなに可愛らしいお嫁さんの嫉妬に気付かないだなんて、駄目過ぎるぞ俺。
いつもぶっきらぼうに接していた自分、理由は簡単、恥ずかしいのと嬉しいのが合わさってついそんな態度に――でも、やる時はやらないとな、それが想っている相手なら尚更だ。
唇を離す……乱暴に求めすぎたせいでお互いの口の周りが唾液でべちゃべちゃだ、幼げな容姿と合わさってインモラルな淫靡さが視界に飛び込んで来る、俺ってやつは!
「キミはいつも突然だね――現れたのも突然、ボクの心をかき乱したのも突然、こんな風にボクを"弱く"したのも突然――いい加減に、腹が立つ」
「そうか?――リノ=レノ、愛してるぞ」
「あ」
「愛している、俺はエコーにはなれないし、あんな風に全てを上手にこなす事なんて無理だけど――愛してる気持ちは、エコーにだって負けない」
「―――こ……だま」
「嫉妬してくれたんだな、そんな所も大好きだ――だから、少しは大目にみてやってくれないか?――俺が愛しているのは生涯でリノ=レノだけなんだから」
「―――――ぼ、ボクの扱いは、エコーと同じで……この"卑怯もの"!!」
抱きしめてやるとくすんくすんと鼻を啜る声、この小さな体でこの国を支えてきたんだと思うとより愛しさが溢れる、支えてやらないと、そう強く決心する。
「よしっ!」
「――――わわ!?」
抱きかかえる、軽い体、所謂お姫様抱っこって奴だ――突然、椅子を乱暴に倒しながら立ち上がった俺にリノ=レノが驚いた声を上げる――これからもっと驚く事になるのに。
「午後の仕事は全てキャンセルだっ!――これから、街にデートしに行こう!」
「え、は、わ!?」
「ふふふ、俺は何でも"突然"なんだぞ………まだまだだな、リノ=レノ!」
いつかの言葉を彼女に贈りながら、俺は走り出すのだった―――。
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気晴らしに書きましたー、勿体ないのであっぷー