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No.28623の一覧
[0] IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士[東湖](2011/07/07 00:28)
[1] prologue 「はじまり」[東湖](2011/07/01 01:50)
[2] 第一話 「ファースト・インプレッション」[東湖](2011/07/01 02:06)
[3] 第二話 「平民の心、エリートは知らず」[東湖](2011/07/01 02:18)
[4] 第三話 「再会する幼なじみたち」[東湖](2011/07/01 02:30)
[5] 第四話 「剣をとる者」[東湖](2011/07/04 21:49)
[6] 第五話 「紫陽花、開花」[東湖](2011/07/07 00:38)
[7] 第六話 「その心に問う」[東湖](2011/07/11 15:28)
[8] 第七話 「始まりの白」[東湖](2011/07/14 01:05)
[9] 第八話 「宴と過去と」[東湖](2011/07/19 23:33)
[12] 第九話 「ファースト、セカンド、あれ私は?」[東湖](2011/07/19 22:48)
[13] 第十話 「ワン・プロミス/ワン・シークレット」[東湖](2011/07/23 22:44)
[14] 第十一話 「アイ・ニード・インフォメーション」[東湖](2011/07/26 02:02)
[15] 第十二話 「encounter」[東湖](2011/07/31 23:43)
[16] 第十三話 「ペインキラー」[東湖](2011/08/12 19:58)
[17] 終幕1 「紅の乙女は願う」[東湖](2011/08/14 01:05)
[18] 第十四話 「家族」[東湖](2011/08/14 01:13)
[20] 第十五話 「代理教師は世界最強」[東湖](2011/08/14 10:09)
[21] 第十六話 「暗躍する者たち」[東湖](2011/08/14 01:32)
[22] 第十七話 「縛られる過去」[東湖](2011/08/14 02:02)
[23] 第十八話 「カレの思惑/彼女の思惑」[東湖](2011/08/31 02:15)
[24] 第十九話 「女装男子/男装女子」[東湖](2011/09/13 09:21)
[25] 閑話1 「露崎沙種の受難」 (鬱注意)[東湖](2011/10/03 14:42)
[26] 第二十話 「切開し節介する」[東湖](2011/10/22 01:33)
[27] 第二十一話 「avenger」[東湖](2011/11/18 03:05)
[28] 第二十二話 「天災、襲来(前編)」(修正・一部加筆)[東湖](2011/12/27 23:50)
[29] 第二十三話 「天災、襲来(後編)」[東湖](2011/12/27 23:47)
[30] 第二十四話 「真夜中の死闘<マヨナカ・アリーナ>」[東湖](2012/02/07 00:58)
[31] 第二十五話 「原典 対 模倣」[東湖](2012/03/12 00:43)
[32] 第二十六話 「ラウラ・ボーデヴィッヒ」[東湖](2012/06/16 21:32)
[33] 第二十七話 「セレクト・コネクト・パートナー」[東湖](2012/10/22 01:27)
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[28623] 閑話1 「露崎沙種の受難」 (鬱注意)
Name: 東湖◆02aa5e3d ID:c9b788d5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/03 14:42



 唐突な質問だが、世間は織斑千冬をどう評価するだろうか。

『ブリュンヒルデ』、『世界最強』、『鬼教官』、『(厳しい方の)お姉様』

 一般的なものから少々アブナイものまで人によって様々な評価はあるが、一貫して冷徹で自立した女性としての人間像を抱かせるようなワードが多い。

 事実、弟の一夏以外に家族のいなかった千冬は早くから自立し、たった一人の家族を養うために学業の傍らに就労に励んでいた。

 しかも学業も怠慢という訳ではあらず、常に生徒の模範とされるべき姿を取り続けて来た。その姿は誰が見ても自立であろう。

 しかし彼女の親友である露崎沙種の評価はこのどれにも当て嵌まらない。むしろこのような賛辞ある言葉の逆だ。

 彼女が織斑千冬を評価する時、こう表現する。

『真人間の皮を被った駄目人間』

 中々に酷い言われようだが残念なことにこの表現はあながち間違っていない。言い得て妙なものだが、実に的を射た表現なのだ。

 これは日本代表候補生として寝食を共にした沙種と実弟、一夏のみが共感出来る千冬の世間では見せられないようなあられもなくだらしない部分である。

 こんなことを知っているのは一番親しい者の特権とでもいうべきか、気を許しているからという信頼の表れなのか。兎にも角にも親近者にとってはいい迷惑である。

 では逆に、露崎沙種はどう思われているのか。

 第二回大会での射撃部門での優勝者ヴァルキリー、そして総合優勝を果たした織斑千冬の親友にして最高の好敵手。

 世間一般にジャンヌダルクと呼ばれ、学生時代では千冬同様に(ただし枕詞に優しい方のがつく)お姉様と持て囃されていた沙種。

 彼女を千冬はこう指す。

『私以上に真面目で、律儀で、潔癖で、どうしようもなく甘ったるいお人好し』

 これが千冬なりの賛辞なのか皮肉なのかは分からないが、嫌っている様な表現ではないのは確かである。

 むしろ自分にない丁寧さを羨ましがっているような、そんな感じのニュアンスが含まれている印象を受ける。

 ムチとアメ。格闘と射撃。ブリュンヒルデとジャンヌダルク。

 相反するような千冬と沙種。

 ちなみに彼女らの学生時代は薄い本のネタとして千冬×沙種なのか、沙種×千冬なのかという談義が後を絶えなかっただとか。

 これはそんな露崎沙種がIS学園に赴任してまだ一週間も経っていない初めての休日の出来事のことである。















 ピピピ、ピピピ、ピピピ……。

 目覚めは目覚まし時計のデジタル音だった。

 音に反応して半覚醒状態で耳を頼りに音のする方へ宙を彷徨うように手が伸びる。

 手だけで目覚まし時計を探している様子は本当にこの女性が世界一を取った人間なのかを疑いたくなるような醜態だ。

 ピピピ、ピピピ、ピピ。

 そして何度か空を切った後に目覚まし時計に行き着きアラームを止める。

「う、ん……。何時ぃ……?」

 時計の針が指す時刻は朝の六時過ぎ、休日に目覚める時間としては充分早い。

 この女性の日頃の生活リズムからすればもう少し遅い起床なのだが、枕が変わったせいかいつもよりも早い朝となった。

 もっとも同居している長年の親友はとっくの昔に起きて朝から書類の整理をしているのだが。

 しばらく虚ろな頭のまま、時計を見入っていた女性―――露崎沙種はほどなくして立ちあがりうーん、と伸びをする。

 同居人の開けて行った窓から差し込む太陽光はぼーっとした頭を否応なしに覚醒させる。

 何気なく壁にかかってあるカレンダーに目を移す。

 くるりと赤丸で囲まれた日曜日。

 大抵、何か特別な日であるという意味で囲ってあるのだが、沙種たちも例に漏れずにいる。

 今日がその例の日で、長いようで短い休日が始まる。







 食堂に着くと先に千冬が朝食をとっていた。今日が休日ということもあっていつもより人が若干だが疎らである。

「おはよ千冬、朝から事務仕事? マメだね~」

 そう言って沙種の前の席に着く。お盆には沙種同様、日替わり定食が乗せられていた。

「うちのクラスにはアイツがいるからな。他のクラスと比べて何かと書類が多いんだ。面倒臭い」

 朝から愚痴を溢す千冬。沙種が同じ職場の人間となったということもあり気が緩んでるのであろう。

 千冬の担任するクラスは織斑一夏という世界的にも特異な存在がいるため、必要書類も必然的に増えてしまう。

 しかも今週の始めに更に二人の転入生を一組に迎え入れることになったため、休日になった今でも書類を捌ききれてなかったのだろう。

 が、本人の性格からすれば今日は今日でやることがあるので残った書類は全て副担任の真耶に回してしまうのだろう。本当にご愁傷様である。

「ま、それも仕方のないことだけどね。しかし、どうして専用機持ちは一組にばっかり集まっちゃうのかね? うちのクラスなんて鈴ちゃんだけだよ?」

 一年生の専用機持ちは一組に一夏・仕種・セシリア・シャルル・ラウラの五人、そして二組の鈴と四組の簪の二人だ。

 明らかに一組に固まっている―――この中で意図して固めたのは五人中四人なのだが。

「仕方ない話だ。ラウラはともかく、デュノアは表向きは男なんだしな。同じ男である一夏と同じクラスにいれる他ないだろう」

「表向きはって、やっぱりあの子……」

「ああ、大きな声では言えないが十中八九、そうだろうな」

 千冬は転入初日からシャルルが女であることに気付いていた。生来の勘の良さなのか、培ってきた物を見る目の確かさなのか。

 沙種もなんとなくそうであるかもしれない、と察していたが千冬まで確証を得るまでは至れなかった。

「あの子が来た理由って一夏? それとも仕種?」

「さて、な。片方だけならまだいいが、両方もというのもあり得るな。どちらも今のフランスの情勢からすれば喉から手が出るほど欲しい物を持っているからな」

 一夏は世界で唯一ISを扱える男としてのデータを。仕種は世界の深桜とのコネクションを。

 もし仮に両方を手に入れることが出来ればフランスの立て直しは容易に叶う。それくらいに二人の立場は危ういものである。

「ま、そういう問題はおいといて。折を見て個人面談すれば? あの問題児ちゃんも一緒にさ」

「問題児……ラウラのことか。アイツはあれで自立してるんだがな」

「アレのどこがよ。千冬にべったりで自分で立ってないじゃない。千冬がべったりなのは一夏くんだけで充分だっての」

「誰がべったりだ、誰が」

「千冬以外に……っていっぱいいるか。ま、それでも一夏くんに依存してることに変わりないんだし。夏物だってどうせ一夏くんが用意してくれたものなんでしょ?」

「う……」

 実にその通り過ぎて何も言うことが出来ない。

「私に一夏くんにべったりだって言われないようにしたきゃ前に言ってたアレを私なしで出来るようにしないとねー」

 日替わり定食の鯖をつつきながらころころと笑いながら千冬に話しかける。

「アレ?」

「忘れたの? 私がここに越してきてしばらくしてから言ったじゃない」

「あ、ああ。そうだったな」

 沙種の言ってることを思い出したのかどこか不安げな相槌を打つ。

 いつもの鉄面皮はどこへやら、額から薄らと冷や汗が垂らしながら狼狽る様は世界最強ブリュンヒルデとしての威厳がまるで感じられない。

 人間、誰しも苦手の一つや二つは存在する。

 織斑一夏の女性関係然り、篠ノ之箒のコミュニケーション然り、セシリア・オルコットの料理然り。

 当然、完璧超人と思われがちな織斑千冬にも弱点は存在する。

 そう、それは。

「寮長室の大掃除よ」

 掃除―――もっと広く言ってしまえば家事全般だ。

 前々から沙種が計画していた休日返上の大掃除。

 それをせねばなるまい原因は二つあった。

 まず一つは織斑千冬の私生活のずぼらっぷりだ。

 千冬は働くことに一生懸命だった弊害か、炊事洗濯はおろか掃除すらまともに出来ない一人で暮らすには駄目人間一直線な人種に育ってしまったのである。根がそうであったのかもしれないが、その駄目っぷりはまさしく干物女と言ってもいい。

 しかも駄目人間っぷりに拍車をかけていたのは皮肉なことによく出来た弟だった。

 自分のために自分の時間を犠牲に働く姉のためにせめて家のことくらいは、と早くから姉を思って家事を覚えていった一夏だが、これに味を占めたのか気を許したのかはさておき段々と今まで駄目なりにやって来た家事はおざなりとなっていき仕舞いには全て弟に任せきりとなってしまっていた。

 本人曰く、「餅は餅屋だ。自分より一夏の方が上手いのだから任せている」、ということらしい。

 千冬がこういう性格であるが故、書類の皺寄せが全て真耶にいくのだろう。実に納得である。

 結果、千冬が一人暮らしをするとその私生活におけるあまりの駄目っぷりが遺憾無く発揮されてしまうのだ。

 そんな駄目駄目な姉の私生活を支えていた織斑一夏の頑張りがなければ、今頃二人はゴミ屋敷と化した織斑邸に埋もれていたことだろう。

「ったく。魚はこんなに上手に食べられるのにどうして部屋の片づけやら整理整頓が出来ないのさ?」

「潔癖症のお前に言われたところで何も響かないな」

 そしてもう一つの原因は露崎沙種の潔癖症だ。

 千冬が健全な暮らしを送れているのは一夏と沙種の二人がいてこそである。

 綺麗好きの沙種がいなければこの惨状は拡大していたに違いない。もしも沙種が潔癖でなければという仮定をした時の寮長室の惨状は予想の遥か斜め上をいくだろう。

 沙種の潔癖は生まれついての血筋に由来する。

 そうあらねばならない-―-そういう生き方を露崎の人間は強いられる。

 それは沙種はいうにあらず、仕種もまた同様だ。

 潔癖はそういう生き方についてきたおまけみたいなものだ。

「そーですかー。とりあえずそういう訳なんで飯食い終わったら掃除開始するんでそこンとこよろしく」

 ちなみに残っていた千冬の分の書類は大方の予想通り全て真耶に押しつけたのだとか。強く生きろ。














 朝食を取った後、寮長室に戻りジャージに着替えた時点で時計の短針は九時を指そうとしていた。

「にしても……。まあ、こんだけよく広げたもんだね、逆に感心させられるわ」

 部屋中をひっくり返ったような寮長室を一瞥してから沙種は大きな溜息を吐く。

 沙種がこの寮長室で寝泊まりするということが決まってから掃除したであろう跡が見て取れたがそれでもその場凌ぎ。そんなボロも沙種にかかればすぐに見破られていた。

 千冬は基本、片付けるのが苦手な人間だ。

 出したら出しっぱなし。元に戻すということをしない。

 知らないのではなくしない・・・というところに生来片付けの出来ない人間の性質の悪さを感じる。

 これほど酷いのであれば、職員室の自分の机も大丈夫なのだろうかと危惧したがそこは意外なことに思いのほか片付いていた。

 ここはこれほどの惨状であるのに、どうして職員室の机は綺麗に片付いているのだろうか。

 と、そのムジュンも一週間共に生活するうちに解けた。

 職員室の机も表面上片付いているように見えるが、あそこに必要書類を置いてないだけ、要は全て真耶任せなのだ。仕事に真面目だというのは嘘だったのか。情報操作も大概である。

 しかし、プライベートで気を許せるといっても限度がある。今回のこれはその範疇を完全に超えていた。

「お前が来たらしようと思ってな」

 沙種のぴしりとこめかみに青筋が走る。自慢げに言ったことが更に彼女の中の腹立たしさが二乗となった。

「つまりは私頼みと?」

 頬をひくつかせながら、精一杯堪忍袋の緒が切れるのを堪えている。

「好きだろう、掃除」

 その言葉に沙種の中の種的なナニかがはじけた。

「へえ、そんなこと言うんだぁ。千冬。そっかそっか。そうなんだぁ……」

 ハイライトの消えた沙種で振りかえると、千冬は思わずたじろぐがレイプ目になった虚ろな目が千冬のその姿を逃さないよう捉える。

 空鍋でもやるんではないかと思えるような重い雰囲気を纏っている沙種はフ●ースの暗黒面にでも堕ちたのかと思えるほど黒く、スーパーサ●ヤ人になったのかと思えるほど激昂していた。

 日頃ジャンヌダルクと呼ばれる気さくな人物とはおおよそかけ離れて入るがその威圧感は流石というべきか、並のIS選手ですら裸足で逃げだしそうなほどハンパない。

 こんな地雷を平然と踏み抜くのも世界広しと無二の親友と天災ウサギの二人しかいないだろう。

「い、いや。それはそういうつもりで言ったのでなくてだな」

 千冬はなんとか釈明してみせるがそんなものは今の沙種の耳に入らない。

「ああ、別に気にしてないわ。私のことをそんな便利な人間だと思ってたトリガーハッピーな千冬の頭にちょーっとカチンときただけ」

 いや、ちょっとどころでそんな虚ろな目にならないだろうという千冬の心のツッコミは軽く受け流して。

「言っとくけど、例のアレ・・・・まだ生きてるのよ? もしよかったら世間に大々的にバラしてもいいのよ? 初恋の人は中学の二年の時で相手は剣道部の顧問の……「言うなああああああっ!?」」

 今まで見たことのないようなうろたえ方を見せる千冬。

 普段の毅然とした面影キャラはベルリンの壁の如く完全に崩壊してしまっている。

 千冬の態度はまるで乙女の秘密を知られてしまったかのような―――まあ、事実その通りなんだが。

 露崎沙種は織斑千冬を弄ることの出来る数少ない人物である。

 それはあの天災、篠ノ之束ですら出来ない偉業の一つに数えられる。

 束の場合、悪ふざけをしても秘密を漏らそうとしても大抵千冬にのされて有耶無耶にされて揉み消されてそれでおしまいなのだが沙種の場合は違う。

 千冬の非常に繊細な部分の弱みを握っているため、まず勝てない。要するに青春時代の恋愛関係だ。

 それに束は学校では千冬と沙種以外に興味を示していなかったのでこういうネタで弄られるようなこともなかったのだ。

 そういう訳あって免疫の薄い千冬にとって沙種はこのネタで弄られるとどうやっても逆らえない人物の一人でもある。

「棺桶にまで持って入ろうと思っても入りきらないほどの千冬の恥ずかしい過去はこちとら山ほどあるのよ? リア充のノロケともいうべきかしら? それに日本代表選考の祝賀会で酔いつぶれた時に、あの人のことをまだおも……「だから言わないでくれええええっ!!」」

 ……正直な話人心掌握と言えば戦術的だが、ぶっちゃけ脅しである。











「さて、始めるわよー」

 ひとしきり弄ってスッキリしたのか暗黒面から解放された沙種はいつもどおりに戻っていた。

 で、相対する千冬はというと掃除開始時点で弄り倒されて既に草臥れていた。

「とりあえず私は冷蔵庫整理と。千冬はいらないものはゴミ袋に詰めてってね。あ、言っとくけどプラゴミとは分けて入れてね。そうでないと区の条例でひっかかるみたいだし」

「分かった分かった。相変わらず細かいなお前は。燃えればみんな同じだと有名な環境学者は言ってるぞ」

「そうじゃないって世間一般が信じてるから分けていれろっていう規制があるんでしょうが。それと前から言おうと思ってたんだけどさ、冷蔵庫の中身が酒と水とアテだけってどういうことよ……!?」

 その中に所狭しと並んでいるのは酒(ほとんどがビール)と酔いを醒ますための僅かなミネラルウォーター。そして食糧といえばタコワサやらイカの塩辛やらサラミやらチーズやら出るわ出るわお酒のお供のオンパレード。いつからこの冷蔵庫はお酒のおつまみのコーナーになった。

「食事は食堂にいけば出る」

「うん、それはその通りなんだけどね……」

 千冬のいう通り、食事に関しては食堂を使えばいいだけの話なので必然的に冷蔵庫の中身はこういうことになるんだろうが、なんていうかこれをリアルで見てしまうと色々と萎える。

 まさしくリアル自炊しないOLの冷蔵庫だ。いや、それでももう少しマシなものが入ってる筈だ。二十代半ばで既にこういうのってどういうことなんだおい、これは流石に一夏くんおとうとが泣くぞ。

「はあ……、とにかく千冬は風呂掃除とトイレ掃除が終わったらゴミ捨てもして来てね」

「待て。やること増えてないか?」

「失礼な。か弱い私は千冬がゴミをまとめたらこの後部屋中に掃除機をかけてるんですけど。それとも何? こんな状況になった本人には私的にはキリキリ働いてもらわないと不満なんですけど、何か反論あります?」

「いや、しかしだな……」

「例のアレの件だけど……「仕方がないな、今回だけだからな!!」うん、分かればよろしい」

 よく出来た主従(?)関係だった。









「はあああああ。一休みっと」

 掃除機を止め、ベッドの上に腰掛ける。

 二時間程で見違えるほど綺麗になった。

 ちなみに千冬は今、ゴミ出しに行って部屋にいない。

「もう少し、こまめにでも掃除してくれればこんな大掛かりなことしなくてもいいんだけどなあ……」

 それが無理な人種というのが織斑千冬なのだからしょうがないか、とすっぱり諦める。この思考の切り替えの早さは千冬に準ずるものがある。

「さて、待ってるのもなんだし仕上げに入りますか」

 そういってダンボールを崩すためにカッターを手に取る。

 カチカチカチ、という音と共に伸びる銀の刃。

 スムーズに動いていた沙種が急に刃物に魅入られたように動きが止まる。

 突然、言いようのない衝動に駆られる。

「あ―――」

 喉を奥から声が漏れる。

 カラカラと乾いて無意識に支配されそうになるのを必死にこらえる。



 キズツケタイ。



 どうしようもなく叫ぶ私の内なる衝動。

 もう許した筈なのにそれはまだその味を知っているからなのか子供のように駄々を捏ねて欲しがる。

 それはもうしないと決めた筈の―――、



 ワタシヲキズツケタイ。





 自傷衝動。



「沙種っ!!!」

 千冬の声が沙種を現実に引き戻す。どれほどの時間を刃物に魅入られていたのだろうか。

「ち、千冬……? あれ、もうゴミ捨てに行って来たんだ? 早かったね?」

 茶を濁すように力なく沙種は笑う。が、その顔色はとても千冬が見た数分前と同一人物のものとは思えなかった。

「そんなことはどうだっていい! 何をしようとしていた!?」

 ずんずんと歩み寄って沙種の手のカッターを乱暴に奪い取り手首を確認する。

 リストバンドで隠されていた手首の下には痛々しい傷跡が残されていた。

「あ、これ……? ダンボールバラそうと思ってカッターを取ったまではよかったんだけどそこで魅入っちゃって、ね」

 バツの悪そうに沙種が答えるが、千冬は表情を曇らせるばかり。

「沙種、まだ治ってないのか……?」

「……うん。刃物を見ただけでちょっと意識が、ね。今のままじゃ台所に立つのも難しいかな」

 自傷衝動。

 沙種が総合優勝を果たした裏で慢性的に悩まされていたものだ。

 第二回IS世界大会、通称モンド・グロッソ。

 優勝候補は当然、前回大会の総合優勝を果たした織斑千冬だった。名実ともに世界最高のプレイヤーであり、彼女を凌ぐプレイヤーは他にいないだろう。それが世間の目だった。

 優勝候補は彼女一強だったが、それに待ったをかける人物が一人だけいた。

 露崎沙種。強大な力を持つがために自由国籍権を持つ彼女は日本を離れ、フランスの代表として今大会に参加していた。

 確かに射撃では千冬に勝るものの、総合すれば沙種は千冬に一歩及ばずにいた。

 それが原因で第一回大会は日本代表としての参加資格を逃したのだ。

 今大会も大方の予想通りならば優勝するのは千冬の筈だった。実力差的にも、これまでの戦績からしても、相性的にも。

 が、事件は起こった。

 迎えた決勝戦の朝、千冬の元に一報が入った。

 織斑一夏が何者かに拉致された。

 その報を聞いた千冬はすぐさま飛び立った。

 たった一人の家族おとうとと己の名誉を天秤にかける筈もない。

 織斑千冬とはそういう人間であったし、千冬には弟を救いだすだけの力を持っていた。

 結果は織斑千冬の決勝戦棄権。不戦勝で沙種の優勝が決まった。

 大番狂わせとはこのことだ。第一回大会の代表選考の予選で破った相手が今大会で優勝するなんて誰が予想しようか。

 この逆転優勝は世界的に波乱を呼んだ。

 ある人はこの状況をひっくり返したこのフランス代表の若き乙女に過去の英雄になぞらえて異名を与えた。

 ジャンヌダルクと。

 世界が英雄が生まれ沸き立つその裏で、沙種の心を後悔の二文字が蝕み始めた。

 優勝は本来千冬に与えられる筈だった。大会二連覇という華々しい形で終わる筈だった。

 私がそれを奪ったのだ。

 勝つことに重さを感じたことはなかった。それが露崎沙種の勝負に対しての心構えであったし、勝つことは息をしていることと同じだと自身で言っていたほどだ。

 しかし、あの試合で千冬に勝った・・・ことに対してだけはいつまでも沙種の心の中の申し訳ない気持ちは燻り続けていた。

 自らを罰する何かが欲しい。

 懺悔では物足りない。そんな目に見えない何かで自分を納得させることが出来なかった。

 自分は目に見えるあかしが欲しかった。

 そして、自らの手首を切った。

 滴り落ちる鮮血。とたんに襲い来る眩暈、脱力感。

 ただ、それを眺めていると不思議と安息が生まれた。

 罰を与えることで自分が生きていることを許されているような気がして、自分が生きているための必要な手段として手首を切るようになった。

 沙種のリストカットは段々と常習化してきた。

 試合前に気持ちを落ち着かせるためにやることも多くなった。一日に何度も試合があれば何度も手首を切ることはそう珍しくなかった。

 そうやって自分を傷付けることで心の平穏を保ってきた。試合に臨める状態を強制的に作り出していた。

 手首から流れ出るつみを見ることで生きている実感が得られた。

 そうやって自分に罰を与えることで生きることを自分に許していた。

 そんな歪で不安定な生き方ながらもその後のフランスやEUの大会でも優勝を重ね続けた。

 そうしなければいけなかったから。そうしなければ生きてはいけなかったから。そうしなければ守れなかったから。

 そんなことも知らずに周りからの期待が大きくなる。その度に繰り返される自傷行動。

 まるでメビウスの輪のように終わることのない負の連鎖。それが終わるとすればそれはきっと―――。









 そしてEUの世界選手権の時にその時は訪れた。沙種は織斑千冬が引退した今、EUだけでなく名実ともに世界最強のプレイヤーとして君臨していた。

 沙種はいつも通り、待ち時間に自傷行為リストカットをし試合に備えていた。

 この大会は昨年、優勝して二連覇がかかっている――奇しくも千冬のモンド・グロッソと同じような状況となった。

 そのことが妙に可笑しい。

 立ちあがった瞬間、異変が生じた。

「あ、れ―――?」

 沙種の視界がぐらり、と傾いた-――否、傾いたのは沙種自身の方だった。

 沙種の身体は受け身を取ることなく地面に叩きつけられた。

 少し前から何度か体調を崩していたが、立てなくほどここまで酷いものはまだなかった。

 度重なるリストカットが原因となる体内の酸素量が急激に低下にしたことによる重度の貧血。

 沙種にとって繰り返して来た自傷行為のツケがこんな場面に現れるとは思ってもいなかった。

「駄目……。これから試合があるのに、どうして……」

 立ちあがろうと身体を動かそうにも身体が重くその場を動くことすらままならない。

 それ以上に今まで感じたことのないような虚脱感が身体を襲う。

「う、そ……」

 血が止まらない。いつもよりも出る血の量が多い、多すぎる。こんな血溜まりが出来る程の血の量が出るなんてことはなかった。

 動脈を切ってしまったのだ。

 動脈は心臓から送りだされる血液を送る血管で逆は心臓に帰っていく方の血管を静脈という。

 普段の場合、静脈を傷つけるのだが今回は痛覚が麻痺していたからなのかいつもよりも深く切り、動脈をつけてしまった。

 動脈は心臓から血液を送り出されるために動脈を傷つけるというのは血を外へ放出しようとするのと同義。

「い、嫌……。死にたくない。死にたく、ないよ……!」

 お願い、誰でもいいから私を助けて……!

 あの日以来、虚ろな生を生きていた沙種にとって初めての渇望だった。

 たった一人の妹を守るために自分を押し殺した望まざる生き方を強いられてきた沙種。

 自分を傷付けることでしか生が実感できなくなったそんな歪な存在は確かに生を求めた。

 生きたい、死にたくない、と。

 天にその望みは通じたのか薄れゆく意識の中、沙種は倒れた音を聞きつけて部屋に入って来た人間の悲鳴を聞いた。

 地面に広がる赤。私の周りを取り囲む喧噪。

 身体は持ち上げられ担架に担がれた時に悟る。

 ―――ああ、私はもう戦わずして負けたのか。

 そう沙種の中の結論付けられると今まで張り詰めていたものがぷつり、と意識と共に切れた。









 その大会のトーナメント一回戦。露崎沙種はアリーナに姿を現すことはなかった。

 結果は露崎沙種の大会棄権。皮肉にもあの時の意趣返しのような呆気ない幕切れだった。

 それが露崎沙種の大舞台での最後の戦いとなった。

 その年の終わり、沙種は現役を引退した。

 沙種自身がもう戦えるような精神こころではなかった。

 それがちょうど一年前。

 沙種と仕種はこの一週間後に日本に帰国した。





















 当時のことを思い出したのか千冬は顔を顰める。

「そんな暗い顔しないでよ。もう一年近く手首近く切ってないから大丈夫だって」

「だが……」

「もう心配性だな千冬は私が大丈夫だった言ってるんだから大丈夫……っておよ?」

 沙種の目にある物が目に留まる。その先にあったのは分厚い本で広げて見ると中身はアルバムだった。

「懐かしいね。私たちが高校に入学した時だっけ?」

「ああ、そうだな」

 頭一つ抜けたセーラー服を身に纏った千冬と沙種に束、それぞれの下には一夏、仕種、箒が写っていた。

 写真に写る姿は高校生の時のものでまだISが発表されておらず、親友の三人はただの学生でその弟妹たちもただの子供だった。

 同じような状況下にいた筈の千冬と沙種はまったく逆な性格だったが、それ故に引かれあったのだろう。

 そんな姉たちとは違い同じような境遇で育ったためか仕種も基本的に姉に迷惑をかけないような聞き分けのある子であった。

 ただ仕種は一夏と対照的に大人しい子で、活動的な一夏とは真反対の存在だった。

 それでも根は同じでよく遊んでいた。

「いやあ、もうアレがそんなに前になるなんて。時の流れの早さを感じるね」

「まったくだ。二人揃って小学校に呼び出されたときには何事かと思ったがな。今思うとまったく馬鹿なことで揉めたものだ」

 そう二人は先ほどの思い雰囲気はなくなりくすくすと笑った。

 パラパラと何ページかめくると、そこに束の研究室で撮られた写真が出て来た。

 その時の束の表情は他の写真に比べて非常に楽しそうだった。

「思えばISが出て、随分と私たちの立場も変わったね。ISなんてなかったら私たちただの苦学生だったのにさ」

「人は望む、望まざる関係なく変わらざるを得ないさ。その渦中にいた私たちなら尚更、な」

 千冬も沙種も束のIS関連に付き合わされていた。

 それは例の事件に端を発し、二人の世界は一変した。

 それはまるで、束が二人の立場を変えるために作ったかのように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そしてISの開発と操縦を初期段階から手伝っていた二人にとって敵はこの二人以外に存在しなかった。

 開発にも関わっていた二人は同じ第一世代を駆る相手との知識レベルが既についていたのだ。その上での訓練量と独自の戦術。

 その結果、二人は世界の頂点を知ることとなった。そしてその立場上の危うさも。

「だが、変わらないものだってあるさ。こうして二人でまた過ごせるんだからな」

「そうだよね。変わらないものもあるよね。なんだかんだで一夏くんに箒ちゃんに鈴ちゃんとも再会できたんだし」

 人の縁とは不思議なもの。知り合いは引き寄せられるように集まっていく。この分だとあのウサギ耳も……。

「とりあえず、掃除も終わったんだし祝い酒でもするか」

「真昼間っからビール? 今日だけだよ?」

「ほう、お前にしては随分と甘い処置だな」

「千冬にヤな思いさせたお詫びよ」

 そう言って冷蔵庫を開ける。

 取り出されたのは二人分のビール、そしてつまみのチーズ。

「ふむ、物足りないな。一夏を呼んでつまみでも作らせるか?」

「いや、そうしたら飲酒してるのがバレるから拙いでしょ」

 はっはっはと千冬は楽しそうに笑う。

「では掃除祝いとお前の帰国一周年を祝して」

「「乾杯」」

 カツン、と缶は小気味のいい音をたててぶつかりあった。





















 闇の中にそれはいた。 

 それは赤の瞳を闇の中で鈍く輝かせ、銀の髪は光のない部屋で仄かに光らせている。

 ベッドに倒れ込んだままの人形―――ラウラ・ボーデヴィッヒは動きを止めるように眠りにつこうとしていた。

 ピルル、ピルル、ピルル……。

 無機質な着信音が部屋に鳴り響く。

 眠りにつこうとしていた人形は身体を起こし、人へと姿を変え電話に出る。

「……貴様、何者だ」





 悪意が、動き出す。









 * * *

 思いのほか、重く長い展開になってしまいました。東湖です。

 元々は中盤みたいな軽い展開が続く筈だったのですが、何故か中盤以降シリアス全開に。

 で、ここから真面目な部分なんですがこの回では沙種の過去としてリストカットを扱っていますが、資料探してその文献を見ての表現ですから表現が足りないような部分があるかもしれません。

 作者自身そのような経験はありませんし、したいと思ったことも特にありませんので当然かもしれません。

 しかしだからといってこれは軽く済ませられないデリケートなことだと資料を読んで非常に感じたので一言添えさせていただきます。

 リストカットを助長するような発言だと言われればすぐに撤回致します。

 ただ、こういうのは一言断っておかなければいけないような重い内容なので書かせていただきました。

 蛇足ならばすいません。東湖でした。


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