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No.28504の一覧
[0] 虫っ娘ぱらだいむっ! ~布安布里 詩人の研究ノート~【擬人化ほんのりコメディ・連作短編】 ※改題しました[三郎](2011/07/27 16:53)
[1] 2ページ目 「セミとしては羽化したくないであります」[三郎](2011/07/11 23:01)
[2] 3ページ目 「べっ、別に臭いのが好きなわけじゃっ……」[三郎](2011/08/23 18:51)
[3] 4ページ目 「とある生物部の野外合宿《アウトドア・バトル》」[三郎](2011/07/27 17:07)
[4] 5ページ目 「侵略的動植物との戦い」[三郎](2011/08/30 17:52)
[5] 6ページ目 「源平合戦HOTARU・IXA」[三郎](2011/09/18 23:05)
[6] 7ページ目 「強制転生。畜生、トリップしちまった」[三郎](2011/10/13 04:18)
[7] 8ページ目 「遊びじゃないレジャー」[三郎](2011/12/14 02:40)
[9] 9ページ目 「仮面ホッパーの素顔・前」[三郎](2012/05/16 20:40)
[10] 10ページ目 「仮面ホッパーの素顔・後」[三郎](2012/05/16 21:11)
[11] 差し込みページ 1枚目「バーチャル何たら 前編」[三郎](2012/06/24 20:52)
[12] 差し込みページ 2枚目「バーチャル何たら 中編」[三郎](2012/06/24 21:01)
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[28504] 虫っ娘ぱらだいむっ! ~布安布里 詩人の研究ノート~【擬人化ほんのりコメディ・連作短編】 ※改題しました
Name: 三郎◆bca69383 ID:0f63ac38 次を表示する
Date: 2011/07/27 16:53
 ことの成り行きは、夢に始まる。

 連日に及ぶ奇妙な夢。
 五感の全てを――末端神経のもたらす些細な情報まで思い出すことの可能な、この限りなく現実に近い空想群は……ひどく不可思議で、それでいて心底“不満”の残るものであったと記憶している。


 そう。例えば、こんな夢を見た。

 虫取り網を振り回し、落ち葉の小道を駆けずり回り、“王様”を捕まえた時の夢。
 黒真珠のような光沢を放つ大柄の甲虫は、手のひらの内でもがきながらこう言った。

「最近……太った気がしますぅ」
 どうやら我らがカブトムシは、ダイエットをしようか悩んでいるようだ。
 ありえない。


 他には……例えば、こんな夢も見た。

 木々の間を目ざとく探し回り、ようやく虎柄のカミキリムシを捕まえた時の夢。
 カチャカチャとキチン質の身体を揺らしながら、“それ”はきんきん声をがなりたてた。

「なあなあ、昨日の阪神。あいつら、今シーズンようやくやる気出してん!!」
 虎柄繋がりだろうか。
 それは少し無理矢理が過ぎるんじゃないかと思わないでもなかったが、残念なことにここは夢の世界であり、批判しようにも何処に批判を投げ込めば良いのかが分からなかった。


 毎日こんな調子である。
 正直、このガッカリ夢攻勢にはほとほと嫌気が差していた。

 そりゃあ、昆虫採集は楽しい。
 何処かの解剖学者や小説家が豪語しているように、人生を賭けた趣味《ライフ・ワーク》にすることもやぶさかではない。
 物言わぬ、彼らと会話ができたなら……意思疎通ができたなら、どんなに素敵なことだろうか――
 確かに、そんな風に考えたことだって、一度や二度ではないのだ。

 でも、だが、しかし。
 だからと言って、“これ”はない。

 あんまりではないかと口を尖らせ、目の前を虫(?)たちを睨みつける。
 今日の対象は、今までの“おさらい”であった。

 ――ぽふんっ。
 むくむくむく。

「あ、ニンゲンのお兄さん。丁度良かった! もう酷いんですよぅ」
 おい、こら近寄るな。
 その、妙に……
 こちらと等身大の、“ふんわりとした柔らかい姿かたち”で近づくな。

「ちょっとばかし力持ちなだけで、『ゴリラにしては可愛いよね』ってナンパの仕方は、ガチでどうかと思いますぅ」
 ……いや、カブトムシにそんなことを言う奴なんざいるわけがないだろう。
 そもそも、お前は昆虫だ。しかも純然たる日本産。
 何時何処で何時何分何十秒に、ゴリラ呼ばわりされたというのだ。一体誰に。 

「なあ、兄ちゃん! 昨日の中継やけど――」
 ええい、雁首揃えて引っ付くな。
 初対面の間柄で、無駄に馴れ馴れしいんだよ。
 つか、虎柄のカラージャージって……お前何処のおっさんだよ。
 一体、何処で実況中継を視聴してんだ。アンテナ工事は終えたのか。


 とにかく……こういう“フレアイ”はない。断じてない。
 もっと、こう……会話ができるにしたって……童話的な、ないしは星新一のショート・ショートにありそうな異種族間交流のあるべき姿があるはずだ。
 少なくとも、こんな“姦《かしま》しいおしゃべり”じゃなく……

「お兄さん」
「おい、兄ちゃん!」
「お兄様」
「マイ・ブラザー」


 心の底から沸き上がる不満を叫びに変えて、“彼”は声高に空想のチェンジを要求した。

「おい、ぼくの潜在意識。言っておくが、ぼくは“女の子”と話したいわけじゃないぞッッ!!」





――1ページ目 「私は蚊。つまり、モスキートです」――





「……良くは覚えていないが、悪夢を見た。確かに見た」
 生物部にあるまじき夢を見て、青少年は目が覚めた。

 手のひらに感じる、びっしょりとした寝汗が彼の感じた恐怖(なのかも良くは分からない、形状しがたい感情)の程を物語っている。
 喉が、やたらと乾いていた。
 寝ている間になにがしかを叫んでしまったのだろうか。
 だとすれば、近所の方々には悪いことをしてしまった。
 今度謝罪参りでもしなきゃならないだろう。

 仏頂面を保ったままで、窓の方へと視線をやると、朝の爽やかな日差しが目に飛び込んできた。
 思わず、片手で陽光を遮りながら、寝ぼけ眼を眩しそうに細める。
 恐らくは5万ルクスくらいの照度といったところか。
 早朝らしい、生物の活動を促すにはうってつけの陽光であった。

 今日が絶好の野外観察《フィールドワーク》日和であることは疑いようがない。
 夢のことがなければ、楽しいアウトドアライフに思いを馳せて、にんまりと頬を緩ませていたことだろう。

「はぁ……」
 疲れたようにため息をつく。
 全身に圧し掛かってくる、この奇妙ながっかり感。
 どうやら目覚めた拍子に、夢の内容を忘れてしまうという奴は事実のようだ。
 まるでもやがかかったように、夢の子細が思い出せない。
 思い出せないのだが、こう――何て言うか……ちっとも知的探究心の刺激されない「コレジャナイ感」だけは、拭いても落ちない頑固な汚れのように頭に残っていた。


 短髪をヘアピンで留めている、しかめっ面のこの青少年。
 布安布里 詩人《ふあぶり しいと》は何処にでもいるような普通の生物部部長である。
 生き物に傾ける情熱は桁が外れており――
 ツバメの雛の口の中を見ると、本当に餌をあげたくなるのか確かめずにはいられずに――
 ミミズに小便をかけると本当にあれが腫れ上がるのか、試してみたくて仕方のない実践派の男子高校生であった。

 好きなものは昆虫採集。
 常ならば……太陽の香り(実はダニの死骸の香りだとされる)を感じ、枕に額をうずめつつ。
 今日はコメツキムシのジャンプ力でも測定しようかしらなどと考えながら、詩人が寝ぼけ眼をそっと開く。
 そんな一日の始まりであったはずなのだ。


「まあ……起きて学校の準備でもするか」
 いくら気力が湧かなくても、登校時刻はやってくる。
 それは悲しいことに現実である。
 詩人は全身に喝を入れながら、上体を持ち上げようとし――

「……すぴー」
 その段になって、聞いたこともない寝息が隣から漏れ出でているのに気がついた。

「……?」
 眉間に皺を寄せて、耳を傾ける。
 そう言えば、いつもよりもベッドのスプリングが深く沈みこんでいる。
 ……何故、ベッドに二人分の加重がかかっているのか?
 不可解だ。
 胡乱げな眼差しで、自分の腰にかかっていた薄手の毛布を持ち上げる。

 すると、隣には夢見心地の言葉を繰り返している一人の少女がいた。


「……」
 ここに至って詩人の表情は、ますますもって険しいものへと変わっていく。
 繰り返すが、布安布里 詩人は生物部部長である。
 生き物に傾ける情熱は常人を遥かに上回っている。
 だが、しかし。
 その対象に人間の――それも可愛い女の子が入っているかと言えば、そんなことは全く無かったのだ。

「おい」
 苛立った声をあげながら、少女の肩を乱暴に揺さぶる。
 一般的なデリカシーなどといったものは、そこにない。
 異性に対する取り扱いとしては、およそあり得ないやり方であったが、遠慮する必要など欠片もない。
 何せ、彼女は“不法にも他人のベッドで寝ると言う狼藉を犯している”のだ。
 蹴り飛ばされない慈悲をありがたがれこそすれども、文句を言われる筋合いはなかった。

「んふぅ。昨日は、満腹でしたー」
 相当乱暴に扱っていると言うのに、少女は一向に起きようとしない。
 それどころか、寝言と共に寝返りを打つばかりだ。

 少しウェーブのかかった藍色の柔らかい短髪に、色白の肌。
 度の大きめなメガネに小柄で華奢な背丈と言い、何処からどう見てもおとなしめな美少女であった。

 まるで、健康的な高校生のあふれんばかり妄想の中から出てきたかのような容貌。
 少し突き出た唇が妙な魅力をかもし出しており、背中から生える二枚翅《にまいばね》が何とも――

「ちょっと待て」
 二枚翅?
 作り物ではない、詩人が日々見慣れた構造物。
 それが巨大化したようなものが、少女の背中から生えていたのだ。

「ふあ」
 あくびを噛み締め、少女が目覚める。
 メガネをずらし、寝ぼけ眼を擦りながら、目の前で驚く詩人に視線を走らせる。
 そして、形の良い唇を詩人の首筋へと近づけると、

「朝ご飯ですー」
 蚊の鳴くような小さな声で、そう言った。
 ちゅう。
 首筋に唇の当たる感触。
 強い吸い付きを感じながら、詩人はこらえようもないむずがゆさを感じて、少女をベッドから突き飛ばした。

「ひゃんっ」
 悲鳴を上げて倒れこむ少女の許へ、ずかずかと詩人は近づいていき、
「答えろ、不法侵入者。おまえは一体何者だ」

 詩人に睨みつけられた少女は、しばし口をぽかりとあけていたが、
「あれ、あれー」
 すぐに、自分の身体をぺたぺたと触っては、うろたえ始める。


「何で私……ニンゲンの身体に?」




「私は蚊ですー。英語で言うならモスキート。ぶんぶと空を飛ぶ、一匹の蚊なのですー」
 結論から言うと、彼女の頭は大分おかしかった。

 まあ……世間には、「俺は荒野の荒鷲だ」と言ってブリリアントな翼の刺青を見せ付ける露出狂や、「ガイアが俺に、もっと輝けと囁いている」とか、「シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあるのか?」と言って、ファッション雑誌にその身を晒してすまし顔をしているような、学力偏差値ではおよそ計り知れない何かを秘めた者たちが偏在するので、恐らくは彼女もその類だろう。
 端的に言うなら、不思議ちゃん。
 英語で言うなら、ルイス・キャロル。

「成る程、何の変哲もない不法侵入者だな」
 類良くある不思議ちゃんを前にしても、詩人の心は揺らがない。
 何故なら、詩人は生物部部長であるからだ。
 しきりに縦に頷いた後に、机に備え付けられた電話機に手を伸ばした。

「ちょっと待ってください。何処へ電話をするつもりですか!?」
「勿論、警察に。お前不法侵入だろ。つか、重いから腕にしがみつくの、マジで止めろ」
 自称モスキートちゃんとひと悶着を起こしながら、苛立たしげに首筋を掻く。

 さっきから痒い。
 立てかけてあった鏡で自分の姿をちら見すると、痒い箇所には赤い、大きなキスマークが付けられていた。

「ああ、くそ。痕が残ってるじゃないか……。登校までに消えなかったら、どうするつもりなんだ」
「良いじゃないですか! リア充ライフへの片道切符ですよーッ」
 眼鏡越しに頬を膨らませる彼女。

「おまえは大きな勘違いをしている。少し想像力と言う奴を働かせてみろ」
「は、はい」
「朝クラスに入ったら、普段は空気と同化している、もしくはちょっとだけ生物オタクでほんのりキモイと思っているクラスメイトが、首筋にキスマークをつけて登校してきた。流石に不審に思って『どうしたの?』と問いかけてみると、『別に』とか返された。さて、どう思う」
「クラス食物連鎖の底辺野郎《ボトムズ》に現実を分からせるべく、はり倒したいと思いますー……って、ハッ!?」
 ファイティングポーズを取ったまま、驚愕の表情を浮かべる自称モスキートちゃん。
 詩人は自分のメガネを布で拭きながら、ふんと鼻を鳴らした。

「分かれば良い。だから、ぼくは腹立ち紛れにお前を警察に突き出す――って、いい加減その手を放せッ!」
「待ってください。待ってくださいッ! 何を言っても信じてもらえない、強面さんたちの所は絶対に嫌です! 私の翅は、自由を生きるためにあるのですーッ」
「不法侵入をしでかした、おまえの自己責任だろうがッ」
「人じゃないので、ノー・プロブレムですっ」
 きっぱりと言い切ると、彼女はしたり顔でメガネに細い指を当て、ふふんと翅を動かしてみせる。

「良くも考えてください。こんな翅のある女の子が人間にいますか?」
 蚊の羽音にしては、やけにうるさい(いや、巨大化している時点で当たり前なのだが)音を響かせ、部屋中の家具がぐらぐらと揺れる。
 成る程、やはり作り物ではない。
 彼女の背から生えている翅は、先程の見立てどおり、どうやら本物ではあるようであった。

 詩人はそれだけを確認し、綺麗になった鼻かけメガネをすちゃりと顔にかけた後、

「おまえは何も分かっちゃいない」

 きりっとした表情で、言い切った。

「例えば、魚の顔を備えた直立歩行生物がいたとして、おまえはこれを何と呼ぶ」
「人魚、じゃなくて魚人……。半魚人ですかー」
 モスキートちゃんが口元に手を当てて、ロダンの銅像のように考え込む。

「ふむ。では、人の指の付け根に水かきがあったとして、おまえはその人間を何と呼ぶ」
「先祖がえり。水泳とか得意そうですよね」
 クロールの真似をしながら返って来る、計算どおりの返答。
 その答えを耳にして、詩人はしてやったりとばかりに不敵な笑みを浮かべた。

「はんっ、つまりはそう言うことだ。いくらお前が『私は蚊です』などと言ったところで、お前の大部分はただの女の子ッ!! ならば、どう表現しようとも『空中飛行が得意そうな人間の女の子』以上のものにはなりえないのさ!」
 ずびしっと人差し指を彼女に突きつけて、高々と勝利を宣言する。
 そして、真顔でダイヤルをプッシュ。

「……と言うわけで、ぼくはお前を警察に突き出す」
「ま、待ってください! 飛び甲斐のない、独房の中はとても嫌ですッ」
 ムショ入りした経験があるのだろうか。
 先程よりも声色に悲壮さを漂わせ、彼女は必死に懇願した。
 弱り果てながら、彼女は胸元に手を当て、一、二、三回と深呼吸。

「分っかりましたー。それでは私が蚊であることを証明して見せましょう。何でも聞いてみてください。自分のことなんだから、自分が一番良く知っているのですっ」
 自信満々に、割かし控えめな胸を張る。
 かくして、詩人とモスキート疑惑ちゃんの問答が始まった。





「特技は?」
「空を飛べます。でも強い風は苦手ですー」
 ぶーんと口で言いながら、両手をひらひらとさせる。
 詩人は得られた情報を、手持ちの『野生生物観察メモ』に控えていった。

「ふむ、蚊としては正解だが、少しキャラクターが弱いかな。他に何か」
「人を痒くすることができます。ただのニンゲンに身体を吸われたって、痒くはなりませんー」
 次は少し口を突き出し、蚊の物真似をしてみせる。
 可憐な少女がする物真似は、正直蚊には全然似ていなかった。
 
 詩人はため息をつきながら、これも一応メモに記していく。
「それは有力な情報だが、おまえが蚊であることの決定的な情報足り得ない。何故ならぼくには、“人間の女の子とのそうした経験”が一切ない。だから吸われた箇所が、痒くなるのかも、ならないのかも分からない」
「そ、そうなのですか。それではキスとかまだなのですか? キスを済ませなきゃ、二人の恋のヒストリーは始まらないのですー」
「誰と恋をするんだよ。AだのBだの済ませてないことで、何か日常生活に影響でも出るのか?」
「いえ……」

 心なしか、憐憫の篭った眼差しが非常に腹立たしい。
 詩人は苛立たしげに鉛筆の端をこめかみに当てながら、今のやり取りを一応メモに記して、すぐに黒く塗りつぶした。

「それでは、ええと……そうだっ。人につきまとってはうざがられちゃいますー」
「有力だな。古来より蚊はぶんぶとうるさくつきまとうものと決まっている。これで『おまえ=蚊』理論はぐっと土台が固まった……。だが、ここで一つ問題がある」
 鉛筆をピッと突き立てて、詩人は鋭い眼差しをモスキートちゃんに向けた。
 ごくりと生唾を飲み込む音。


「近頃、世間で流行るもの。その内の一つに妹キャラがある」
「妹キャラ、ですか……?」
 鸚鵡返しの声を聞きながら、詩人は更に続けていく。

「妹キャラも、まわりをぶんぶと付きまとい、ハーレム形成の上で実にうざったいことこの上ないと聞く。つまり……お前は蚊ではなく、妹キャラである可能性もあり得るのだ」
「馬鹿な! そ、そんなことがあり得る筈が……!」
 必死で否定しようとするモスキートちゃんの言葉を遮るようにして、

「いいや、あり得る。これでお前と同型の娘が大量に出てきて、『お兄ちゃん』とか『あにぃ』とか、『兄くん』とか言い始めたら間違いない。お前は妹キャラだ」
 窓をがらりと開けると、初夏の湿った風と共に「兄君様」とか、「兄チャマ」とかいう単語が風に乗って飛んできた。
 恐らくは、野生の妹キャラたちの鳴き声であろう。
 そして、眼前のメガネ娘も、そうした妹キャラの一人であったのだ。

「そ、そんな……私がモスキートじゃないなんて……」
 驚愕の事実を告げられた元モスキートちゃんは、その場に崩れ落ちると、
「これから、どう生きていったら……」
 呆然とした表情で呟いた。
 誰だって等身大の自分を知ってしまうのは辛いことだ。
 特に思春期特有の感情を持ち合わせた人間にとって、別に力んでも凄い技が出なかったり、集中しても目の色が赤くなったり、変な模様が浮き上がったりしないと言う悲しい事実は、ひどく心をささくれ立たせる。
 だから、無理もない。

 詩人は彼女を励ますように、その華奢な肩をポンと叩くと、
「簡単な話さ。『空中飛行のちょっと得意な妹キャラ』として生きていけば良い。何、蚊として生きるよりも人間の女の子として生きる方が人生は至極楽だろう。万が一、『とかくこの世は生き難い』と困る時があったなら、その時ゃ応援もしてやろう。だから、もうぼくの部屋に不法侵入などしてくれるな」
 言った瞬間、「とかくこの世は生き難い!」と彼女の表情が明るく染まっていく。
 ぽっと色白の頬に朱がさして、涙目の瞳が喜びに揺れる。

「はい、ニンゲンのお兄様! これからは、コンビニにたむろしている中学生をで超音波で追い払いながら、立派な妹として生きていきますーッ!」
「うむ。追い払う時の声は、TMNばりのモスキートヴォイス(うぁううぁううぁーうって言うコーラス)で頼んだぞ」
 ラジャったとばかりに敬礼をして、妹キャラになりたての少女は開いた窓から外界へと飛び去っていった。
 日本語と英語を絶妙な配分でミックスさせた、やけにねちっこい歌を歌いながら……。

 かくして嵐は過ぎ去った。
 これにて、一件落着か。
 詩人はため息を一度だけついて、
「全く、朝から騒々しかったな。さて、今日の部活動はどうしたものか」
 何事も無かったかのように、今日のスケジュールを確認し始めた。



 

 入念な調査の結果、コメツキムシの跳躍力は平均して300±20mm程度であると判明した。
 これは比率に直せば、ノミに追随する驚異的な跳躍力と言えるだろう。
 大発見だ。
 まさにエキサイト。興奮と言う奴が抑え切れない。
 程よい満足感を胸に抱き、詩人が家へと帰りつくと、



「おかえりなさい。ニンゲンのお兄様!」
 早朝の不法侵入者が、我が物顔で家の中を闊歩していた。
 キッチンから漂う香りは、ポトフだろうか。
 恐らく、夕食の準備でもしていたのだろう。
 二枚の翅を折りたたみ。
 我が家のエプロンを控えめな胸の上からかけて、不法侵入者がにっこりと両手を合わせて微笑んでいる。

 成る程、健康的な高校生ならば涎を垂らしてもおかしくはないシチュエーションである。
 だが、詩人はその例に当てはまらない類の青少年であった。


 千年の興奮《エキサイト》も一瞬で冷めて、全力で嫌そうな顔を浮かべながら、
「おい、何でまだお前がここにいるんだ」
 再・不法侵入者の袖を引っ張り、家の外へと追い出そうとする。

「ちょ、ちょっと待ってくださいー! おばさまが滞在を許してくださったんです」
「何たる浅慮だ、あのアラフォーめッ! 一体、何考えているんだ……!」
 詩人の怒りをなだめようと、我が家の寄生虫予備軍が人差し指を唇に当て、うーんと唸って考え込む。

「確か……私の翅を見た瞬間、『渋滞知らずで便利だし、渋滞知らずで便利だし、渋滞知らずで便利だから』と言ってくれました。あと、『できれば炊事洗濯家事親父を任せたい』と」
「何てこった。親父までとは……! 家事の大部分を丸投げする気じゃないか。専業主婦としてあるまじき暴挙だぞ、それは」
 信じがたい事実として、寄生虫は母親の方であった。
 そう言えば、ここ8年ほどの家事は詩人がやっていた気がする。
 高校入学を機に、忙しくなるからと母親に頼んでいたのだが……

「あ、あと、あと。こうも言ってました」
「何だッ」
「妹なんだから、家にいたっておかしくないって」
 てへっと舌を出しながら――
 あくまでも我が家の妹と言い張る元モスキートちゃんは、まるで上手いことを言ったと言わんばかりの表情を浮かべていた。

「……上手いことを言ったつもりか」
 こめかみに青筋を立てながら、ひくりとまなじりを持ち上げる。
 そして、妹寸前ちゃんの手を引きながら仁王顔。
「とにかく、許さん。ぼくが許さんッ!!」
「どうか、ご慈悲をッご慈悲をッ」
「いやだッ」
「兄のいない、妹キャラに世間の風当たりは冷たいのですーッッ」
「生き別れの兄を捜し求める設定にでもしておけ!!」
「そんな名作劇場的なッ!?」

 共働きの、両親不在の一軒家に、妹予備軍の声が響き渡る。
 なんやかんやと揉めた後……
 結局のところ、彼女は詩人の妹(臨時)に落ち着いた。




――――――――――――――――

拙作を読んでいただき、まことにありがとうございます。
三郎と申します。
本作品は野生生物の擬人化コメディです。
美少女化に伴う影響などから、現実の生物と異なる部分が出てくるかと思いますが、ご理解いただければと思います。
また、本作品以外にも、たられば戦国記 ~安芸の柊、春近し~【女体化戦国物】というオリジナル作品を、この板に投稿しております。
もしよろしければ、そちらも読んでいただければ幸いです。

それでは、連作短編と言う形式上、不定期な更新になると思いますが、よろしくお付き合い下さいませ。


※6月23日 題名が分かりにくかったため、改題しました。
※7月9日  冒頭の改稿をしました。


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