Side アルファルド
12月24日
東京都千代田区警視庁 地下中央コントロールセンター
現在は、テロリスト『蛇』によって完全に制圧された場所となっている。
イスに座り、正面に映し出される映像を眺めるアルファルド。
「……英国人か」
そこには、ベレー帽をかぶった金髪の女が、ジュリに対して攻撃を仕掛けているところだった。突然の奇襲に、ジュリは、気を失った……その間、カナンを連れて、彼女達は警視庁から脱出することとなったのである。ジュリは、苛立ちながら、画面を見つめる。
「キャミィ。忌々しい英国の特殊部隊だ」
「なるほど。まぁいい……連中は逃げた。脅威を排除したことに変わりはない」
「おいおい、放っておくのかよ!!こっちは、獲物を横取りされた揚句に、やられちまったんだぞ!!ふざけんなっ!ぶち殺さなきゃ気が収まらねぇ!!」
荒れるジュリをアルファルドは一瞥しながら、画面を変える。そこに映し出されていたのは、刀を握り、<奴ら>を切り裂く一人の少女。目の前に迫りくる敵を一網打尽にする長い髪をなびかせるその女は、目を細め、どこか笑みを浮かべている。
「なんだこいつ……」
「平和なこの国にもいるんだな、私達と同じ血を持つものが」
「あん?どういうことだ?」
「フ……、しかも……」
画面に映る刀を振う女の背後をついていく、見かけた顔の女……。これはまさしく運命であると言える。カナンを追い詰める存在を『二人一緒』に発見してしまうとは。
「アルファルド様、日本国首相との電話準備整いました」
「……わかった」
アルファルドは、マイクのスイッチをいれる。
ジュリは、機嫌悪そうに、テレビ画面を眺めた。そこでは髪の毛を乱したアナウンサーが必死になって原稿を読んでいる。
『……12月24日東京都渋谷区渋谷駅地下鉄構内で発生した暴動は現在も続いており、政府は、東京都都民に避難命令を宣言し、政府の対策本部を、お台場に設置、避難民もお台場に誘導しているとのことです。尚、警察だけでは事態収拾が困難として、自衛隊を要請しました。現在、横須賀基地から、自衛隊が出発しており……』
「……ああ、貴方が日本国、内閣総理大臣だな?」
その隣では、アルファルドが、笑みを浮かべ、口を開けた。
学園黙示録×CANAAN
Episode3 夕闇に立つ剣士×闘争代行人の光
Side 毒島冴子
「はぁ……はぁ……」
それは軽い準備運動で流す汗、そして整った息遣い。
体は、まだまだ動くし、とても調子がいい。手には警棒の代わりに、刀が握られ、刀を振れば、血がコンクリートにと飛び散る。冴子は、背後にいる大沢マリアがついてきているかを確認しながら、刀を握ったまま、走り出す。目の前に現れる<奴ら>の首をはねる。噛まれなければ、感染はしないし、問題はない。冴子は、その力強い太刀裁きで、敵を切り裂いていく。そのたびに心が高揚していく。
興奮……する。
刀は、道路で倒れていたヤクザと思われる人間から拾った。抵抗しようとしたが途中で力尽きたのだろう。刀としては、まぁまぁではあるが、それでも警棒というものよりよっぽど、頼りになるし、私向きだ。私は、私達の道を省くものをすべて打倒していく。すべては生き残るために。そうだ、私たちは生き残るために戦っているんだ。
『……』
目の前にたつ大柄な会社のスーツを着た年老いた男。それもまた<奴ら>である。私の前、血を零しながら、歩いてくる<奴ら>。私は、その男が、あの私を襲おうとした輩とかぶる。私は、強く首をはねてやる。抵抗も出来ず、そのまま、コンクリートに潰れるように倒れる。私は、大きく息を吐き、刀を振り、血をコンクリートにと飛ばす。
「さ、冴子さん?」
「ん?どうした?」
振り返った冴子の前には、怯えた表情のマリアがいた。まだ、どこかに敵がいるのか……そう思い周りを見渡す。だが、<奴ら>はいない。
「な、何度か呼んでたんですけど、聞こえませんでしたか?」
「ああ、すまない……」
自分で驚く。
どうやら、戦いに集中しすぎてマリアの声が聞こえていなかったようだ。冴子は、自分が怖くなる。抑えていたあの痴漢を叩きつぶした時の感情が甦ってくる。冴子は、腕を強く握りしめて、大きく深呼吸する。戦いを欲してしまっている。それは自分の限りない欲望。
マリアの前に立つ冴子は『怖かった』それは味方であっても……。舌舐めずりをして、目をぎらつかせ、次の獲物を捜している。そして、こんな彼女の目を持ったものをマリアは知っていた。
「……アルファルド」
マリアはポツリとつぶやいた。
幾度ともなく、自分やカナン、ひとみ、お父さんである大沢賢治を追い詰め、苦しめたその女の名前。彼女の瞳と冴子の目は似ていた。狂気に満ちたその目。マリアは背筋に寒気が走る。
「マリア?」
「は、はい。あの……これを」
それは、電気屋で売られているテレビから流れている報道番組である。慌てふためいた表情で、アナウンサーが、避難地域を告げている。千代田区、渋谷区、新宿区……。
「お台場が安全な地域となるのか」
「でも、ひとみたちも、無事ならここに向かってるかもしれない」
「そうだな、孝も……きっと」
「そうすれば、こんな地獄からも出ていける」
そういうと、マリアは、ポケットからカメラを取り出し、写真を撮った。その撮り方から彼女が、カメラマンであることを冴子は気がついた。このような戦場でも彼女は取り乱しはしない。普通なら、混乱し、泣き出す者がいても不思議ではない。
「そうだな、行こう……マリア。君の道は、私が作り出そう」
「……冴子さん、強いんですね」
「強いかどうか……それは、この状況下では、体力、技術的なものとは違う。精神的なものでなければいけない」
冴子は、マリアに優しく告げる。
そう……精神的に強くなければ、この狂気に飲みこまれる。現実とはかけ離れた世界に飲みこまれる。冴子は、マリアとともに歩き出す。自分が飲みこまれないように……。ただ戦いに身を置けば、すべてを忘れられる。
「……」
血がコンクリートに闇の中飛び散る。
「はあああっっ!!!!」
冴子は雄たけびと共に、目の前の障害を切り裂く。
すると、建物から飛び出してくるスーツ姿のサラリーマン風の男……。腕を血にまみれさせたその男は、、建物の中から現れた<奴ら>に噛まれ追いかけられていたようだった。マリアは思わず声を上げる。男を聞いた<奴ら>はこちらにと視線を向けた。冴子は、握った刀で、表情一つ変えず、切り捨てる。
「た、助かった……」
道路に倒れていた男は、大きく息を吐きながら、顔を青白くさせて、冴子とマリアを見る。マリアは手当てをしようと近づくが、そのマリアの前にと手を伸ばす冴子。
「冴子さん?」
マリアの問いかけに、冴子は視線をその倒れた男にと向けたまま、握った刀を倒れている男にと向ける。
「え?」
「……噛まれたものは、<奴ら>になる。残念ながら、今ここで貴方を救う手段はないし、その時間も猶予もない」
「は!?お、おい、ふざけんなよ!俺はあいつらになんかなりたくねぇし、こんなところで死にたくもないんだ!助けてくれ!お願いだ!」
すがりつくように冴子にと近づく男。
「そ、そうだよ、冴子さん。なんとかして助けてあげよう?まだこの人は人間なんだから」
「私は、マリア……君を助けると約束した。毒島家の女が約束をたがえることはない。そして、その約束遂行のためには、あらゆる障害は、排除しなくてはいけない」
「冴子さん!?」
マリアが冴子を止めようとするが、冴子は、刀を握ったままマリアを振り切り進んでいく。倒れている男は怯えながら、冴子を見つめている。
「お、おい、本当に俺を切るのかよ!?俺はまだ人間で、生きてるんだぞ!殺人になるんだぞ!それがわかっているのかよ!?できるわけねぇーだろ、お前みたいな高校生のガキが!」
「……すまない」
冴子は、そのまま、男の首をはねた。
男の体は、コンクリートにと沈み、溢れでた血が、コンクリートを流れていく。マリアは視線を逸らす。
「嫌ってくれてもいい。だが、私も、そしてマリア、君も生きてなすべきことがあるのだろう?」
彼女は……冴子は、マリアにそう告げる。
マリアは、うつむきながら、『うん』と頷いた。マリアは、冴子のしていることに従うしかなかった。生きるためには……冴子の行うことは必要なことなのかもしれない。冴子の決断力、それはカナンにも通じる。アルファルドの狂気と、カナンのようにぶれない決断力と実行力。マリアは、冴子のその力に、頼れると思っていた一方で恐怖を感じてもいた。
流れる沈黙。
「……」
とうとう生きている人間にも手をかけてしまった。冴子は、自分の手を見つめながら嘲笑する。こんな血まみれの姿で、自分は孝たちの元にと出迎えてもらえる立場なのだろうか。自分の中の闇が解放されていくのがわかる。そして、それに心酔しはじめている自分もいるのだ。
Side キャミィ
予期せぬ事態というのは、常に起こるものである。それは、秘密結社シャドルーやS.I.Nとの攻防でも十分知っているつもりではあった。だが、今回のような最悪なケースはあまりない。警視庁は既にアルファルドの支配下に置かれ、その手下には、元S.I.N、そして、自分や春麗を倒したハン・ジュリがついている。増援の見込みはないとはいえ、日本の首都圏である東京は、今や<奴ら>が徘徊する無法地帯と化している。今の仲間といえるのは、警視庁の刑事であるという加納、そして、このジュリと戦っていた白髪の少女、カナン。
「くっ……ま、マリア」
その意識がはっきりまだしていないカナンから漏れた言葉に、キャミィは、その名前を持つ少女を思い出す。それは、米国で出会った日本の女性記者。同じ名前を持つ少女か。
「すまないな、助かった」
加納は、眠っているカナンを見つめたまま、イスにと座る。
キャミィは車を走らせ、近くの病院にと駆け込んだ。病院は、既に誰もいなくなっており、何人かの<奴ら>がいたが、それらはすべて排除し、カナンには点滴等の処置をキャミィは施していた。
「応急処置だ。しかし……ジュリとの戦いで、ほぼ無傷なこの女。何者なんだ?」
「……俺も詳しいことは知らない。だが、アルファルドを追っている味方ではある」
「素性もわからない者を信じろというのか?」
「それは、あんたもそうだ」
「な!?私は……」
キャミィは大きな声をだそうとするが、それを手でジェスチャーし、声の大きさを落とせと示す加納。キャミィは、加納の動きを見て、立ち上がり、大きな声を出そうとしたのをやめ、イスにと座る。
「どちらにしろ、相手は蛇のアルファルド、そしてあのジュリっていう女。カナンの力があったほうがことは有利に進む。違うか?」
「……確かに、この状況下では、少しでも味方は多いほうがいい」
キャミィは、渋々、加納の言葉に同意する。
「……お前は、誰だ?」
ベットの上から聞こえた言葉に、キャミィと加納が視線を向けた。ベットの上、ゆっくりと起き上がろうとするカナン。痛みが走るようだ、加納がすぐにカナンを支える。カナンは視線をキャミィにと向ける。キャミィは、彼女を見つめ、頷いた。
「私の名前は、キャミィ。英国の諜報員だ」
「アルファルドを捕まえに来たのか?」
「……当初の目的では。だが、状況が変わった」
キャミィはイスに座ったまま、腕を組み話を続ける。
「アルファルド率いる蛇は、警視庁を制圧。さらに、東京都内は、蛇の細菌兵器だと思われるものにより、人間が死んだ状態で徘徊し、生きた人間を襲っている状態だ。警視庁に出向き、奴らを捕まえるのは至難の技だろう」
「そうか……そうなった場合、上海の二の舞になる可能性があるな」
「上海?」
カナンの言葉に黙って聞いていた加納が、声を出す。カナンは何も言わずに、キャミィのほうを見た。キャミィは顔をあげて、カナンと加納を見る。
「おそらくは、米国政府は、上海国際会議でも行おうとしたB案、都市部における限定的な爆撃を行うだろう」
上海国際会議で行われた蛇によるテロでは、米国の最新鋭ステルス爆撃により、各国首脳ごと爆撃をしようとした……それが、米国政府のやり方である。カナンは、それを己の力を使いとめることが出来た。だが、あれはまぐれだ。二度やれと言われて成功する可能性は低いだろう。
「……東京がなくなるっていうのか」
「これ以上の犠牲者を出さないためには仕方がない」
「だが、そうなればアルファルドの思うつぼだ」
テロリストに対する強硬的なメッセージという意味で、その爆撃という手段は正しいのかもしれない。だが、アルファルドは、そんな手段など別に怖いなどとは少しも思わない。テロリストにより、国際会議がめちゃめちゃにされたという彼女からのメッセージのほうが大きいということを知っているからだ。しかも、彼女に他のテロ組織から多額の武器の売買が行われたという話も聞いた。
「避難が完了していない現在では、都市部の爆撃はまだ難しいはずだ。今の内に、アルファルドを捕まえる」
キャミィは、立ち上がり、告げる。
「私も行く」
カナンもキャミィにと告げた。
キャミィは、カナンを見つめる。彼女としては、怪我をしているはずの彼女が足手まといにならないかを考えていた。
「……貴女が何と言おうと、私は行く。アルファルドのことは熟知しているつもりだ」
「わかった。だが無理はするな。相手が相手なだけに私もいちいち構ってはいられない」
「言ってくれるね……わかった」
カナンは、そういうとベットから起き上がる。痛みはまだあるが、戦闘に支障が生じるほどではない。それに、今はここで、とどまっている場合ではない。これ以上、悲劇を重ねないためにも、そしてアルファルド自身のためにも、彼女を止める。
「俺も……」
加納が言葉を続けようとしたが、キャミィの鋭い視線が加納を貫いた。加納の言葉が止まる。
「貴方は、東京都から外にと出るべきだ」
「待ってくれ!警視庁の建物構造は俺が一番わかっている!なにかしら役には立つはずだ!」
「……彼の言うことにも一理あるよ」
カナンの言葉に、キャミィは小さくため息をつく。
「……まったく、好きにしろ」
キャミィはそういうと部屋から出ていく。カナンは、キャミィの何も言えない表情を思い出しクスリと笑みを浮かべ、ベットから降り立つ。思わず倒れそうになるカナンの体を支える加納。
「大丈夫なのか?お前に何かあったら大沢マリアに申し訳が立たない」
加納の言葉にカナンは加納から体を離し立ち上がる。
「マリアだって今もどこかで戦っているはずだ。彼女の戦場で。私は、そんな彼女に負けたくない。私は私の戦場で戦う」
カナンは加納の目を見ずに告げる。
加納は、カナンとマリアの絆の強さが並大抵のものではないことを知った。カナンというテロリストとただのカメラマンであり記者である大沢マリアの間には、大きな隔たりがある。それは世界が違うというレベルでの壁。だがそれでも、二人が互いを思いやっているというのは、それを乗り越えるだけのことがあったからなのだろう
「おい、何をやっているんだ?置いていくぞ!」
キャミィの言葉が聞こえ、カナンと加納は顔を合わせて部屋の扉を開けて追いかけていく。
Side 大沢マリア
沈黙が二人の間には続いていた。
マリアは、その空気を変えようとした。彼女は自分のために行動してくれている。マリアは、自分にそう言い聞かせ、戦闘を歩いていく冴子の前にと駆けだした。冴子は、突然前にと飛びだしたマリアに足を止める。マリアは振り返り、冴子を見る。
「冴子さん?今、何時?」
「そうだな……今は、子の刻、12時を回ったところだな」
マリアの問いかけに、冴子は答える。マリアは、前にあるコンビニを指差した。
「お腹すかない?」
「そういえば……孝たちと食事と言って結局食べれていなかったな」
冴子は、そこで、この混沌とした暴力の世界から一瞬、元の日常にと戻れた気がした。冴子は、コンビニの中を見て、そこに<奴ら>がいないことを確認すると、ゆっくりと扉を開ける。中には誰もいないようだった。おそらくは、逃げたのだろう。それか、<奴ら>となり生きたものを追いかけていったのか……。どちらにしろ、食糧は豊富にある。
「泥棒……かな」
「この状態だ、仕方がない」
冴子は、マリアにそう告げるとパン類を手にし、袋から開け口にと加える。
「美味しい……」
マリアは小さな声でそう漏らした。冴子は隣で、美味しそうに食事をするマリアを見つめながら、自分は、おにぎりを頬張る。マリアは、冴子が食事をする姿を見つめ、頬笑んだ。彼女は、ふと気がつくと鼻歌を歌っていた……。それは、カナンがよく歌っていた歌。
「……♪……♪」
「……綺麗な歌だな」
「私の大切な人がよく歌っていたんです」
マリアは、冴子の問いかけに答える。
「妹君の?」
「いえ、中東に行ったときに知り合った……戦争の中で、懸命に生き抜いている私の、友達がよく……歌っていたんです」
「なるほど……。マリアのその冷静さは、そういった経験からのものか」
冴子は納得したように告げた。彼女の、この誰もが発狂するような状況での冷静な行動は、冴子も見習うことがあったからだ。
「……冴子さん」
「?」
「冴子さんは、その私の友人に似ています。自分の行動に、迷いもなく、生きるために、目的のために、障害を排除する。私は、そんなはっきりと行動することができない。だから羨ましいなって、正直にそう思います。だけど……冴子さん、私は……そのために、何かを失ったり、犠牲にしたりすることは……よくないと思います」
マリアは、冴子を見ることなく告げる。
「違うな、マリア」
その言葉に、マリアは冴子のほうを見た。冴子は、自分の手を見つめながら、体を震わしていた。
「私は……、私の欲望をただ抑えているだけなんだ。マリアの友人とは違うよ。私はもっと、どうしようもない人間だ……」
「ううん、冴子さんは、そうやって自分をしっかりと認識できている。だから、冴子さんは、冴子さんが思っているほど、酷い人間なんかじゃない。自分の闇と向き合って、戦っているんだから」
自分の罪を、闇を、マリアが認めて許してくれる。冴子は、その言葉に、救われる気がした。冴子は、向き直りマリアを正面から見つめた。
「……マリア、ありがとう」
冴子は、そういうと、彼女の隣から離れ、窓の外を見る。ガラスの窓に何匹か<奴ら>がこちらにと近づいている。ここも、安全ではない。先を急がなくては……。冴子は、刀を握る、熱い息を漏らしながら、自分の胸の中からわき上がる黒い欲望。だけど、それを冴子は、力とする。自分はマリアとともに生きる。そのために、その欲望さえ、力と変えよう。
「……行こう、マリア」
そう言った冴子の背後で電話が鳴る。それはコンビニの電話のようだった。マリアが振り返り電話を見つめ、少し戸惑いながらも受話器をとる。もしかしたら、救助隊からの連絡ではないかと、そんな淡い期待を込めながら……。
「……もしもし」
マリアの問いかけに、受話器の向こうから声が聞こえた。
『大沢マリアだな?』
その声は……。
「……アルファルド」
戦慄……、マリアは受話器を握ったまま、声を失った。かつて、何度も自分や、カナン、ひとみ、お父さんを窮地に追いやった人間。アルファルドは受話器の向こう側で、微笑んでいる。
『お前の妹は私のところにいる。家族を取り戻したければ、警視庁にと来い』
「ひとみ!?ひとみがいるの!?」
そのマリアの動揺した言葉に、冴子は振り返る。何か異常事態が起きていることを冴子は察した。マリアは、受話器をその手から落とす。冴子は、マリアにと駆け寄った。マリアはその目に涙を浮かべ、崩れ落ちる。冴子は、マリアを抱えることしかできなかった。外を彷徨い歩く<奴ら>から見られるようにして、マリアは、小さな声で嗚咽を漏らしながら、冴子にすがることしかできなかった。