Side 毒島冴子
2年前……。
「な、なあ……お、お願いだよ。お金なら上げるからさ?ね?一回でいいんだ」
闇夜の中で、長くストレートな髪をし、スタイル抜群としか言い表すことができない、凹凸のある体をした美少女……毒島冴子は、男に壁にと追いやられていた。
冴子は部活終了後の帰り道に、路地にと通りかかったところ、このスーツを着た男は突然、襲いかかり、こうして夜の住宅街の壁際にと追いつめている。ビチビチと、二人を薄暗く照らす電灯の音、そして男の荒い息と声だけがこの場所を支配していた。
「き、君だってこういうの…い、嫌じゃないだろう?なぁ?」
スーツを着た男は、そういって冴子の制服の上から平均値から見ると大きいその胸を強く掴む。制服の上からもわかるその胸の揺れ、男は荒い息をこぼしながら、彼女にと顔を近づけた。彼女は声を出さないように頬を染め、息を漏らす。だが、それは決して、この男に胸を掴まれた女としての反応ではない。彼女の目の前にいる明確な『敵』として存在していることに興奮しているのだ。彼女は、学校の部活帰りということもあり、その背中には、竹刀があった。冴子が、これを握れば、この男はたちまち制圧できるだろう。剣道のただの模擬戦とは違う、戦い。
「ふぅ……ふぅ……」
「や、やっぱり興奮しているんだよね?ね?やっぱり今時の高校生なんてみんな……」
冴子は、男の声を聞きながら、ひじ打ちを食らわす。
突然の反撃に、驚いたのか、痛みもあったのだろう、男は、ゴホゴホと苦しそうな表情を浮かべながら、ふらつきながら、後退していく。逃がしはしない……逃がすはずがない。冴子は、竹刀を取り出し、強く握りしめた。息が荒くなってくる。気持ちが高鳴る。胸が張り裂けそうになる。冴子は、竹刀を握りしめ、強く男にめがけ振り下ろした。
「い、痛いっ!痛いいいいい!!ひぃ、ひいい……ち、血が出てるぅ……は、早く病院に電話しないと……は、早く!」
目の前で、額から流れ出る血を両手でぬぐい、それを見て奇声を発する男。冴子は、そんな男を見下していた。彼は敵だ。間違いない、彼は私を襲おうとしたのだ。だから、私はそれに裁きを与え……違う。私は、ただ戦いたいだけだ。弱く、そして、脆いものを……一方的に叩きつぶす。
「ああああああああああ!!!!」
私、毒島冴子には、ドロドロにへばりつく、暗い暗い闇があった。
いつか、そう……いつか、解き放たれたいと、闇の中にいる私が私に訴え続ける。
そう……いつか。
「冴子さん、冴子さん?」
冴子の目の前で声をかける一人の男子。名前は、小室孝。
学年では、冴子の後輩にあるが、冴子のことを気にかけてくれる1人だ。彼女自身も、彼には密かな想いを抱いている。彼自身、気が付いているかもしれないが。そして、彼がいるからこそ、闇の自分自身を抑えつけることが出来ている。
「今度のクリスマス、みんなで渋谷にいきませんか?」
「いいのかい?その、私で?」
彼には、幼馴染の宮本麗という女子がいる。彼女もまた、彼に惹かれている一人だ。よって、冴子と彼女は恋敵となる。
……こんな私が、人を愛することなど、出来るはずもないというのに。
冴子は、彼の誘いに心を弾ませている自分自身を笑った。
「ああ、麗たちも一緒で。大人数でいったほうが楽しいと思ったので」
「プ……アハハハ。わかった、予定は開けておくよ」
「やった!きっと、みんなも喜びます」
こんな言葉を投げかけてくれる孝の存在こそが、冴子にとっては、なによりも代えがたい存在だった。何よりも……。冴子は、教室から出ていく彼を見えなくなるまで眺めていた。彼が視界から消えると、冴子の耳に入ってくる声。それはクラスメイトが携帯で聞いているニュース音声だ。
『米本国で起きた、ウイルステロ事件の続報です。今回のテロの死傷者はホワイトハウスのゲイル報道官によると、現在のところ100人を超えるとの見通しを発表しました。また、今回のテロ事件を、渋谷ウイルステロ事件、上海国際会議爆破事件の実行犯とされる国際テロ組織『蛇』と断定し、今後、同盟諸国と協力して、『蛇』に対しての攻勢を強めることを呼びかけていくと……』
・・・・・・。
・・・・・。
・・・・。
学園黙示録×CANAAN
Episode1 聖なる夜×崩壊する街
・・・2XXX年12月24日
日本、首都東京都千代田区
地下鉄中央コントロールセンター
sideカナン
コンクリートの空間の中に響き渡る足音が聞こえる。
彼女……カナンは、その手に銃を握ったまま小走りでその地下の広い空間を走っていた。日本の対テロのために施されたその施設は、今や外部からの侵入者を防ぐための要塞となっている。敵の侵入を防ぐために、地下の中央制御室に向かうためには、地下施設の迷路のような道を通っていく必要がある。その場所に正しく進む道は、地下鉄関係者の一部しか知られることはなく、警察関係者が、知るのには時間がかかることだろう。それは、現在進行形で起こっている人質事件をより一層悪化させるだけだ。
二時間前……地下鉄コントロールセンターはテロ組織により、ジャックされた。
『武装集団は、マスクを施し、顔を隠しています。クリスマスケーキの配達と称して施設内に侵入。コントロールセンターの責任者であるセンター長をその場で射殺。その後、人質全員を、目隠しをして監禁。日本政府に対して20億円の身代金を要求しています』
日本政府のエージェントである夏目の連絡の後、カナンは単独で人質奪還に向けて動き出す。人質の人数は、全部で13名。負傷者2名、既に死亡しているのが3名。敵の数は、全部で11名。その中の一人が青白く輝いている。それはもう何度も感じたことのある殺意と狂気、そして死を連想させる色、匂い。
「……」
白い髪を揺らしながら、カナンは、身軽に動きながらその入り組んだ道をまるで前から知っているかのように迷うことなく走っていく。それこそ彼女にしかない特殊な力『共感覚』によって得たものである。彼女の力の源である、それは……、視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚の五感を共有して認識できるということである。普通の人間でも、それが出来ないものはいない。だが、カナンの場合はそのすべての5感を共有することが可能なのだ。
だからこそ……。
このような迷路のような場所でも、犯人のいるべき殺意を色で認識し、それを追っていく。カナンは、その共感覚に慣れ、使いこなしている。カナンは示された道を進んでいく。それは、殺意によりつけられた匂いの跡……。
カナンの前、コントロールセンターの扉が見えてきた。
カナンは、両手で握った銃を前にと向けて走りながら、銃を放つ。弾丸はまっすぐ飛びながら、対テロ用の防弾扉にと吸いこまれていく。銃弾は防弾扉にと弾かれるが、間髪いれず同じ場所に…寸分のずれもなく撃ちこまれる銃弾。それでも防弾扉が壊れることはない。だが、その為に構築された精密な機械は少しの狂いでも、故障を誘発する。カナンの目には機械の内部構造が見えている。防弾扉は自動ドアのように開かれる。
「!」
扉が開かれた瞬間、銃声とともに、扉の前で待っていた覆面の武装テロリストたちは、銃を放つ。無数の弾丸が飛び、銃声が轟く。だが、その無数の弾丸は空を切る。カナンを狙っていた者たちの視界にはカナンは映し出されてはいなかった。次の瞬間……テロリストたちの真下から銃声が轟き、扉の前で待ち構えていたテロリスト数人が、そのまま、床に赤い血を噴き出しながら、前のめりに崩れ落ちる。
「……」
カナンは扉が開く前には既に滑りこんでいた。自動ドアが開くタイミングなどすべてを把握したうえでの行動。テロリストたちが銃を握り、トリガーを引いた瞬間には、カナンの体は低く床を滑りながら、部屋にと入りこみ、彼女の引き金がひかれ、テロリストたちは完全な死角となっている真下からの攻撃を叩きこまれてしまっていたのである。
「……」
カナンは、滑り込みながら、既に次の標的を見つけていた。正面にいたテロリストの一人の脳天に狙いを定め、撃ち抜きながら、体を起こすのと同時……振り返りながら、自分にと銃を向けていた相手に、銃を向ける。
「……久し振りだな、カナン」
「アルファルド……」
カナンがそう告げた女は、マスクをしたまま、笑みを浮かべている。カナンの目には、アルファルドの表情、感覚がわかっていた。アルファルドは銃を握っている手を、自分のマスクにとかけ、マスクを脱ぐ。マスクを床にと落とし、頭を振りながら髪の毛が乱れ落ち、銃さえ握らなければ大人らしい美少女が現れる……それは、国際テロ組織『蛇』その首領。カナンはアルファルドを見つめ、動じない表情で口を開ける。
「お前を捕まえる」
「フっ……ふふふ、捕まえるか。面白い……殺すではなく、私を捕まえると?」
アルファルドは、銃を向け合ったまま、半歩身を引く。
「見下げ果てられたものだな」
アルファルドは、自分を殺すことではなく生かしたまま捕まえると言うカナンに笑ってしまった。殺すことは簡単だ。だが、生かして捕まえるというのは相手の抵抗を無力化することが条件となってくる。それだけ難易度は大幅に上がるものだ。だが、カナンはそれを容易くやってのけるという……。それだけの自信がカナンにはあるのだろう。
「……何を企んでいる」
カナンのまっすぐな瞳がアルファルドに向けられる。アルファルドは、その目を見返しながら、銃を向けたまま、笑みを浮かべる。その笑みは、すべてを見下したような小馬鹿にしたような笑い。
「計画を実行に移す。この世界を、地獄にと変える。私の見えている景色を皆にも教えてやるのさ」
アルファルドはそういうと、引き金を引いた。銃弾が、カナン目掛け放たれる。カナンは半歩身を反らし、それをかわすと、同じように銃を撃つ。アルファルドは、カナンの攻撃を、身を低くしてコントロールセンターのテーブルを遮蔽物にしてかわす。カナンは、銃の弾を確認しながら、アルファルドの動きを探る。だが、彼女に自分の共感覚が利かないことをカナンは知っている。アルファルドは自分に殺意を抱いてはいない。いや、人の殺害など彼女にとっては、息を吸うのと同じ……。
「誰も、私を止めることなどできない」
アルファルドは、銃を握り、テーブルの上にと乗り、カナンが隠れているであろう遮蔽物を狙い撃つ。カナンは、遮蔽物から飛び出し、銃をアルファルドに向けて放つ。アルファルドは、カナンが放った銃弾を掠るものの、距離を縮めてくる。
「!?」
カナンは、アルファルドの今まで感じ得たことのない威圧感を知った。距離を縮めたアルファルドにカナンは、片手にナイフを握り、アルファルドの首筋にと切りつける。アルファルドは、そのナイフを寸での所で避ける。そして、握った銃をカナンにと向け放つ。カナンはそれをまた避ける。だが、それは彼女の服を掠め、彼女に赤い血を流させる。カナンは、歯を噛みしめ、再度、膝を床につけながら銃をアルファルドにと向ける。アルファルドもまた、直立した姿勢で、カナンにと銃を向ける。
「「……」」
至近距離で2人の動きは止まる。どちらもこの距離では避けられないだろう。カナンとアルファルドは、視線を交錯させる。
「何を……考えている」
「フ……撃ってみるがいい、カナン」
アルファルドの笑みを見ながら、カナンはアルファルドが何か考えていることをすぐに察する。しかし、アルファルドはカナンが最初から気づくことに知っていたかのような、素振りだ。
「全員動くな!!」
カナンとアルファルドは、その声を横で聞きながら視線を逸らすことはなかった。地下鉄のコントロール室にと突入したのは警察のテロ対策特殊部隊である。彼らは、黒いマスクに、防弾チョッキ、そしてその手には銃を構え、カナンとアルファルドを狙い定める。
「……」
アルファルドは、カナンを見据えたまま、銃を握っている手を上にと上げた。カナンもまた、同じように両手をあげる。二人は、そのまま特殊部隊にと銃を取られ、拘束される。カナンは、アルファルドの計画を知ることが知ることが出来ずに、その表情は険しい。彼女が何の計画もないまま、こう易々と捕まる筈がない。
地下鉄、人質事件は、死傷者を出しながらも、アルファルド逮捕により解決にと進んでいく。
Side 大沢ひとみ
同日、日本
東京都渋谷区渋谷駅ハチ公前
大沢ひとみは、あの日……ここから見える立体交差点で一つの物語のクライマックスを見ることが出来た。目の前で、1人の男の言葉に集まった男達が、巨大な敵にと立ち向かい、勝利する瞬間を……。彼らは決して警察でも何でもない。誰のためでもない、仲間のため、友人のため。それだけで、命がけで戦った……。ひとみは、その光景を今でも目に焼き付けている。
「ひーとーみ?」
鏡に映る自分の顔がひとみの顔を覗き込む。大沢ひとみの姉である大沢マリア。一卵性双生児……所謂、双子姉妹の間柄である二人。双子と言えば、主に二つに分かれるという。性格が正反対、そして一緒にいようとはせず、自分の道を見つけようとするもの。もう一つは、互いに依存し合い、支え合い、いつまでも一緒にいようとするもの。二人の間柄でいえば、きっと前者にあたるだろう。大沢マリアは、記者として世界中をいつも飛びまわっている。大沢ひとみは、勉強して、父親である大沢賢治のウイルス研究の基礎なんかを学んでていたりする。それ以外にもマリアは明るくて、ひとみにはないものをいっぱい持っている。私はあんまり外に出なくて……。
「でも、よかったの、今日は?私と一緒なんかで……ひとみには彼氏がいるわけだし」
ひとみの耳元でそう囁くマリアに、ひとみはマリアのほうを照れながら振り返る。
「あ、亜智とはそういうのじゃないよ!!」
「フフ……そうやってムキになるところが可愛いな~~」
「もう!私、姉さんと同じ顔だってわかってる?」
遠藤亜智……大沢ひとみの目の前で一つの奇跡を起こした男。たった1人で、巨大な悪と戦い、そして勝利を手に入れた、勇敢で優しい人……。ひとみにとって、大切な人。今日という日は、きっと彼と過ごすのが普通のことなんだと思う。だけど、いつも国外を飛び回っているマリアが、年末戻ってきて久し振りに一緒に過ごせる……それがひとみには嬉しくて、こうして久し振りに姉妹一緒にクリスマスを過ごそうと思ったのだ。ひとみにとっては、マリアは亜智と同じくらい大切な人であるというのは、疑いようのないことだから。
「なんだか、変な感じだね」
「え?」
「だってさ……色々な世界を見てきて、日本にあって世界にないもの、逆に世界にあって、日本にないものとか……気がついたりしちゃって」
マリアが見た世界……、それはきっと、かけがえのないものなのだろう。ひとみもマリアの写真展には足を運んだ。そこで見た写真はどれも生活感があり、今にも動き出しそうな写真ばかりだった。あの上海での国際会議場の時にも、マリアは現場にいた。写真があったから……。ひとみは事件のことは聞かなかったし、マリアもひとみには何も言わなかった。ひとみにとってはマリアがいてくれるだけで、よかったから、それでいい。
「姉さんは、すごいよ……本当に。私には全然わからないことばかりで敵わないな」
「そんなことないよ!ひとみだって、私なんか全然わからないこと勉強して……私には敵わない……」
大勢の人々が立体交差点を行き来する中、ひとみとマリアもはぐれないように身を寄せ合いながら、わたっていく。周りの通り過ぎて行く人々が視線を瓜二つの二人にと向ける。もう慣れっこだ。
「ま、今日は難しいこと忘れて、いっぱい遊ぼう?」
「うん!」
二人はお互いに顔を見合わせて笑みを浮かべ合った。マリアがひとみの手を掴み、駆け出していく。ひとみもまたしっかりとマリアの手を握りしめて、一緒になって渋谷スクランブル交差点を駆け出していくと、誰かとぶつかる。
「きゃあ!!」
「ね、姉さん!す、すいません……」
マリアは、その顔を大きな胸の中にと埋めもがいている。ひとみは、慌ててマリアの手を引っ張り、顔をそこから離した。ひとみは、目の前の美しい女性と頭を下げる。目の前にいた女性は、笑顔で二人を見つめる。
「大丈夫だったかい?」
「は、はい……」
その女性は、瓜二つの二人を見ると、少し驚いた表情を浮かべる。そして、笑み一つで性格の異なる中のよい姉妹であることを感じ取っていた。
「クリスマスイブに、女二人というのは、仲がいいのだね?」
髪の毛の長い、凛とした女性は清楚で、それでいて、妖艶な雰囲気を漂わせる大きな胸はひとみにとっては羨ましいものであった。それはきっと隣にいるマリアもそうだろう。その女性は、1人でクリスマスイブの町並みを歩いていたのだろうか。
「久しぶりに、姉が帰ってきたもので」
「なるほど。良きクリスマスを……」
「ええ、貴女も……」
信号が赤になりそうになって、ひとみとマリア、そしてその女性は自分達の進行方向にと進んでいこうとする。マリアは、歩き出したその女性のほうにと振り返る。
「私は、大沢マリア、こっちはひとみ……貴女の名前は?」
「私は……毒島冴子」
人ごみにまみれて消え入りそうな中で微かに聞こえた声。ひとみは、マリアのほうを見る。どうして、わざわざ名前を聞いたりしたのかと。マリアは、ひとみのほうを見て
「人間、出会いは大事なんだから。一期一会っていうでしょ?」
確か、カナンとの出会いもそうであったことをひとみは思い出す。
カナン……マリアの友人であり、アルファルドの宿敵。マリアが狙われたのも、自分が襲われたのも、彼女が少なからず関わっている。そうだからだろうか、ひとみ自身は、あまりカナンにいい気分はしない。
「……さ、行こうか?」
「うん」
Side 加納慎也
同日、日本
渋谷駅、スクランブル交差点。
交差点では、多くの人々が信号を待ちながら、周りの友人達と話をしながら、その日常の、ありきたりな普通という生活を謳歌していた。恋人と手をつなぎ、これから行くべき場所を考えながら歩く男女の列が並んでいる。中には、サラリーマンが、疲れた表情で欠伸をしながら信号を眺めている。そんなありきたりの日常を過ごす者たちには、普段より警察官が多いことに少しだけの違和感を覚えることぐらいしかできなかったのだろう。いや、このクリスマスイブということで混雑が予想されるということで配置されているというぐらいしか想像できていないのかもしれない。パトカーに乗っていた茶色のコートを来た男は、車の中で暖房をつけながら、無線を握る。
「こちら加納。爆弾処理係は既に到着、地下鉄は緊急停止をしており、現在内部で解体作業に当たっている」
無線から聞こえてくる捜査本部のエリート組からの声を聞きながら、加納は、無線を切る。
地下鉄占拠事件……。
渋谷駅地下鉄構内に、爆弾を仕掛けたという連絡が、地下鉄を占拠した犯行グループから警視庁にともたらされた。
「まったく、今日はクリスマスイブだっていうのにな」
暇な奴らもいるな……きっと犯人は、女にもてない奴が、クリスマスを潰すためにやったんだなと、加納は思いながら、大きく息を吐く。彼は窓の外から、交差点に目をやる。数年前、そこでは奇跡が起きたのを思い出す。渋谷ウイルステロ事件。爆弾を止めた若者達の光景が今でも目に浮かぶ。
「……あいつら、どこでなにしてんだろう」
そんな物思いにふけっていると、無線が鳴った。寒々しい夜の中、加納は、無線を握りスイッチをいれる。
「どうした?」
『爆弾が爆発しました!繰り返します、爆弾が爆発……』
「なんだと!?爆音は特には聞こえなかったが……」
先ほどの会話で気がつかなかったというのか、だが、それにしては、随分と静かだった。やはり悪戯だったのか?加納は、無線の次の言葉を待つ。無線音には雑音が紛れ始めていた。俺は、無線を無意識に強く握る。
『こ……ち……イ、イルス……』
「なんだ!?聞こえないぞ!」
『ば……け………』
後部座席に座っていた宮本は、外にと出て、警戒線が敷かれている地下鉄の出入り口にと歩いていく。周りの警官たちは何も知らないのだろうか……。宮本は、明るくついている電気の明かりを見ながら、唾をのむ。
「おい!何があった!応答しろ!」
車内で叫ぶ加納。
無線から音は聞こえなくなっていた。加納は、舌打ちをしながら、無線から手を離して車内から出ようとする。だが、その途端、無線からはブツブツと音が聞こえる。加納は、慌てて、車にと身を戻し、無線を掴む。
「おい!なにがあった?」
『……ブツ……ブツ』
「!?」
『…………あ』
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
加納は思わず、無線を離してしまう。
車内から飛び出してしまう。加納は、息を切らしながら、立ちあがり、無線を握りしめる。だが、そこからはもう音が聞こえなくなっていた。加納は、別の無線を使って内部との連絡を取ろうとする。だが、どれも不通だ。車内から飛び出した加納は、周りで、様子をうかがっている警官達を見る。
「全員、聞いてくれ!」
彼はパトカーの上に飛び乗り、大きな声で怒鳴りながら、周りの警官達を注目させる。彼は焦っていた。何かが起こったのは確かだろう。だが、周りはまだ多くの一般市民、何も知らない人々が何も知らずに日常を過ごしている。パニックになれば、それこそ、大変なことになる。現在、地下鉄構内は、入口を一つにして、内部と外部の入り口を一つにと絞っている。そう、渋谷駅地下鉄構内への入り口は、この目の前にある所だけである。
「内部で爆弾があった。内部の状況は不明、連絡も取れない。以後、応援部隊を呼ぶまでの間。この扉を交代制で守り、他の物は、市民達を冷静に避難させてほしい。全員、銃を携帯し、何かあった場合は、必ず無線、携帯で報告すること……では、早速、隊をわけて……」
「加納刑事、本庁から連絡です。すぐに連絡をくれと」
「こんなときに……」
パトカーの車に乗り込み、携帯を押す。携帯はすぐに通話状態にとなった。聞こえてきた声は、好きになれない本部長の瀬古だった。瀬古は酒特有のしゃがれた声で、いつもよりも早口で言葉を続ける。しかも後ろの方では電話が鳴り響き、非常に混乱した状況であることがわかった。
『加納か!地下鉄を占拠していた連中を拘束した!』
「やったんですか!?」
『ああ、犯人は、自分を蛇の組織だと言っている』
「蛇……まさか!?アルファルドが!」
脳裏にと浮かぶ少女の姿。
長い髪の毛を風に揺らしながら、彼女は敵である俺達の前で堂々と味方であることを演じ続けた。カナンと名前を偽りながら、彼女の戦いは、きっと、あの場にいた誰よりも優れており、そして冷酷身慈悲に判断を下す。渋谷ウイルステロ事件、上海国際会議テロ事件、東南アジアウイルス事件、米国本土におけるテロ事件……その幾多にもわたるテロ事件に暗躍する存在が、再度、この地を訪れたというのか。
「俺が行きます!俺はあいつのことを知っている!」
『ああ、だからだ。すぐに警視庁に向かってくれ。奴の目的をはかせるんだ』
「了解しました」
加納は携帯を助手席にと投げ捨てながら、後の処理を、別の刑事にと任せて、車を走らせる。加納は、サイレンを大きく鳴らしながら、走らせていく。寒い夜空の下……、闇だけがただ深まっていく。
Side 小室孝
同日、日本
大沢ひとみ達がいた数分後、東京都渋谷区渋谷駅ハチ公前
肌寒さがしみる、夜の渋谷駅ハチ公前にて、孝は、今日のクリスマスパーティという名目で呼び出された腕を組み苛立つ宮本麗、ため息交じりの眼鏡娘、高城沙耶、たくさんの人を前にして、おどおどしている平野コータと一緒に、毒島冴子を待っていた。パーティー会場は、高城持ちだ。なんせ金持ちだし、今回の企画は、麗と高城の二人が計画したらしい。珍しい組み合わせだ。
「そろそろ、来ると思うんだけどな、冴子さん」
「置いていきましょう?遅れるような人は待ってられないもの」
「おいおい、時間までまだ15分以上あるぞ?」
「常に、大隊は、5分前集合が原則なのであります!」
孝は、明らかに不機嫌な麗に、自分が何をしたのかわからずに、困惑気味である。高城は、そんな女心を理解できていない孝に、なんといってやればいいのかわからないでいた。
「孝って最低」
「なんでそうなるんだよ!?」
沙耶の言葉に、孝は、沙耶を見て答える。沙耶は、そんな孝に詰め寄りながら、
「いい?知らないことは罪なのよ?わかる?あんたは、そんなんだから…」
「おいおい、勘弁してくれよ、折角のクリスマスなのに説教は」
「すまない、遅れてしまったな」
孝たちの前に現れる冴子。
その容姿は、彼女に似合った……というよりかは、冬なのに、胸元の露出の激しい服である。コータと、孝は、どこをみていいのかわからない。女性陣は、大きくため息をつきながら、男二人を持ってかれてしまうのではないかという不安に駆られていた。
「それじゃ、行くわよ?」
沙耶を先頭に引っ張られながら、孝たちは、渋谷駅前から離れていく。今日はクリスマス、めいいっぱい楽しむつもりで、孝は、その人ゴミの中を歩きだす。スクランブル交差点の前、大きな音をあげたパトカーが、走っていく。
「なにかあったのかしら?」
麗の言葉を横に聞きながら、これから起こる惨劇を、孝たちは知る由もなかった。スクランブル交差点が青になり、歩き出す孝達の背後、駅の方角から、その戦慄の幕開けの悲鳴が奏でられる。