最後の砦、最終防衛ライン。次元世界の、ミッドチルダの命運を懸けた戦いの最前線。終わりのない消耗戦。その中心となっている四人の魔導師たちはただ、己の力を尽くし、戦い続けている。その光景は先程までとは大きく異なる。
それは雷。先程まで自分たちを襲っていた紫の雷、プレシアの魔法が収まっている。そのサーチャーの姿も見えない。それはフェイトのおかげ。フェイトが単身、プレシアを止めに向かってくれたおかげ。それから既に時間が経っている。だがその雷撃が再開される気配はない。それはつまり、フェイトがプレシアを止めることに成功したであろうことを意味していた。しかし
(フェイトちゃん……)
レイジングハートを振るい、魔力弾を放ちながらもなのはは厳しい表情でフェイトが向かって行った方向を見据える。恐らくはもう戦闘は終了しているはず。にもかかわらずフェイトは戻ってこない。念話を送ってくることもない。それが何を意味するのか。なのはは最悪の状況を思い浮かべ、すぐにそれを振り払う。
まだだ。まだそうと決まったわけではない。フェイトちゃんが負けるはずがない。あの時のフェイトちゃんの姿。六年前と同じ、それ以上の力に、決意に満ちていた姿。ならきっと大丈夫。
なのはは自分にそう言い聞かせながら戦い続ける。その隣にいるユーノも、地上部隊のゼスト、クイントも、皆弱音を吐くことなく戦い続けている。だが、それでも届かない。この防衛ラインを保つことが精一杯。それ以上押し返すことができない。相手は減ることない死者。自分たちは人間。覆すことのできない現実が確実に迫ってきている。それをなのはは体で感じ取る。自分の限界が、自分たちの限界がもう目の前にまで迫ってきていることに。
あきらめない。あきらめたりなんかしない。私はもう二度とあきらめたりなんかしない。だって―――――
瞬間、なのはは動きを止める。まるで何かに気づいたかのように。それはユーノも同じ。二人はまるで鏡合わせのように動きを止めた後、同じ方向に目を向ける。それは最終防衛ラインの奥。自分たちが守っている施設が、人々がいる方向。いきなりの二人の行動にゼストもクイントも戸惑うことしかできない。一体何があったと言うのか。だが二人はただその方向を、空を見上げ続ける。それは感じ取ったから。その力を。六年前の時の庭園と同じ。本来なのはたちでは感じることができない力。妖気の力。
その瞳が捉える。その光景を、その姿を。
アギト共に、こちらに向かってくる闘牙の姿を―――――
「すまねえ……なのは、ユーノ、遅くなっちまった。」
闘牙はそう言いながらなのはたちの元に降り立ってくる。そこにはいつも変わりない闘牙の姿がある。自分たちが待ち望んだ人の姿が。その姿に微笑みながら
「おかえり、闘牙君。」
「遅いよ、闘牙。待ちくたびれたよ。」
なのはとユーノ。二人は闘牙を迎え入れる。自分たちにとって師であり、兄である人の帰還を。アギトもそんな三人の光景を満足気に見つめている。自分の役目を果たすことができたことへの、皆の願いが叶ったことへの喜び。
そんな闘牙たちの光景をゼストとクイントもまた、どこか温かく見守っている。自分たちを救ってくれたあの青年。それが帰ってきたことでなのはとユーノに力が戻ってきているかのよう。いや、前以上の力が。
闘牙はそのまま顔を上げ、その顔をある方向に向ける。それは先程なのはが向いていた方向と同じ。闘牙は決意に満ちた顔で、瞳でそこに視線を向けている。その意味をなのはとユーノは悟る。
「フェイトちゃんのところに行くんだね……闘牙君?」
「……ああ。」
なのはの言葉に闘牙は短く、それでも力強く答える。もはや何も語るまでもないと、そう告げるかのように。
その言葉の意味を感じ取ったなのはとユーノはお互いを見つめ合う。そこにはどこか不敵な笑みが浮かんでいる。二人は頷き合う。互いの想いは一つだと、そう確認するかのように。
「闘牙、任せて。道は僕たちが作る。」
ユーノは宣言しながらその両手にあるデバイスに力を込める。その翠の光が輝きを増していく。ユーノの心を、決意を示すように。なのはを守るための力。それがこのデバイス、イージスの意味。そしてもう一つ、叶えなければ、守らなければならない誓いを果たすこと。それが今、果たされる時が来た。
「行くよ、なのは!!」
「うん!!」
ユーノの言葉に応えるように、なのはがそのまま空高く舞い上がる。その空は暗雲に、夜の闇に包まれている。その中に桜色の光が、翼が舞い上がる。その手に不屈の心、レイジングハートを持って。
「行くよ、レイジングハート!!」
『Clear to go.』
レイジングハートは答える、自らの主の言葉に。その不屈の心を持って。瞬間、光がなのはを包み込んでいく。その姿が大きく変わる。バリアジャケットが、レイジングハートの姿が。その周囲には四つの機械がある。ブラスタービットと呼ばれる四基のビット。なのはを守るようにそれらは現れる。
それがなのはのリミットブレイク 『ブラスターモード』
最後の切り札に相応しい力を秘めた姿。砲撃魔導師、高町なのはの真の姿。なのはの心の、覚悟の具現。それが今、ミッドチルダに舞い降りた。
その桜色の光を包み込むように翠の光が現れる。それはユーノの魔法。なのはのために作り出した、ユーノだけの魔法。空中に拡散した魔力を集め、なのはの元に届ける魔法。なのはの切り札を補助するための、助けるための力。ユーノの心の、覚悟の具現。
それを受けながらなのはは大きくレイジングハートを振りかぶる。同時にその杖に、ビットに魔力が集束していく。凄まじい桜色の光がなのはの元に集う。この戦場で戦い続けた魔導師たちの、そして操られ、意志を奪われてしまっている死者たちの無念を、願いを、その全てが不屈の魔導師、高町なのはに集って行く。
「全力……全開……!!」
その力が、願いが形を得ていく。それは星の輝き。人の願いを、想いを集めた輝き。かつてフェイトを救うために、リインフォースを救うためになのはが使った大魔法。それが今、再び放たれんとしている。一つの誓いのために。
『闘牙を守れるくらい強くなる』
あの日、共に誓った誓いを果たすために。六年間の自分たちの成長を見せるために。そして
闘牙とフェイト。二人のために。今、なのはは解き放つ。
「スターライト………ブレイカ――――――!!」
自らの全力全開、星の輝きを。闘牙の、フェイトの道を切り開くために――――――
その光が全てを照らし出し、道を作って行く。一直線に、たった一人の少女の元へと、闘牙を待っている親友の元へと。
「行って、闘牙君!!」
「任せたよ、闘牙!!」
なのはとユーノ。二人の声が、叫びが重なる。その言葉の意味。闘牙の目に蘇る。それは二人の幼い姿。小さくとも、その胸に揺るがぬ想いを持っていた少女と少年。それが今、自分のために道を切り開いてくれた。ならば―――――
「ああ……行ってくる、なのは、ユーノ!!」
それに応えること。ただそれだけ。自分にとっての妹と弟。二人の姿を目に焼き付けながら闘牙は駆ける。その道を。フェイトへと続くその道を。
高町なのはとユーノ・スクライア。その出会いから始まったこの物語を終わらせるために――――――
死者の軍勢を超えた一角に二人の存在が向かい合っている。だがその一人、フェイトはその場に立っているのがやっと。それは二つの理由。一つは先の戦闘のせい。大魔導師であるプレシアとの戦闘によってフェイトは既に満身創痍。立っていられるのが不思議なほどのダメージを負ってしまっている。そしてもう一つ。それは
『ほう、まだ動けるのか。大したものだ。』
目の前にいる殺生丸、いや叢雲牙の邪気によるもの。その力によってフェイトはその場を動くことができない。ただ立っていることしかできない。だがそれだけでも称賛に値する。この体で、叢雲牙を前にして立っていられる。それはフェイトの意志の強さ。決してあきらめないという覚悟。それが為し得るもの。
『……ふむ、どうやら我はお前達のことを少し侮っていたようだな……』
そんなフェイトの姿を見ながらも叢雲牙はそう告げる。それは嘘偽りない言葉。人間に対する称賛だった。自らが手を出していないとはいえ、あの死者の軍勢相手にここまで持ちこたえるなど思ってもいなかった。すぐに終わると見越し、ただそれを眺めて楽しませてもらおうと考えていたがいささか侮りすぎていたらしい。その証拠に軍勢の核となっていた二人、プレシアとリインフォースも敗れてしまっている。大局に影響を与えるほどではないが、それでもその意味は大きい。その証拠にいまだに最終防衛ラインを超えることができないでいる。まさに魔導師の、いや人間の意地ともいえる力。
『先の見世物の礼だ……お前はそこでただ見ているといい、この世界の終わりをな……』
叢雲牙はそう言い残したまま歩き始める。ゆっくりと、まるで楽しむかのように。その意味にフェイトは戦慄する。叢雲牙が自ら動き始める、それが何を意味するか。これまでは死者たちだけだからこそ何とか持ちこたえることができた。それは叢雲牙の気まぐれ、戯れのおかげと言ってもいい。
だが今、自分たちは叢雲牙を本気にさせてしまった。防衛ラインは今、まさに拮抗状態。そこに叢雲牙まで現れれば勝ち目はない。どんなに抗おうとも覆すことができない程の力の差が叢雲牙と人間にはある。
「くっ……ううっ……!!」
フェイトは最後の力を振り絞りながらも動き出す。足を引きずりながら、バルディッシュを杖代わりにしながら。止めなければ。それだけは止めなければ。それができなければ全てが終わってしまう。これまでの全てが無駄になってしまう。みんなの戦いが、希望が。今の自分では何もできない。そんなことは分かっている。でも、それを許すわけにはいかない。
フェイトはそのまま叢雲牙の行く手を遮るように立ちふさがる。このまま行かすわけにはいかないと。その瞳は恐れも迷いもない。たったひとつ。信じているもののために。
そんなフェイトの姿をつまらなげに一瞥した後、叢雲牙は思いつく。フェイトにとって最も残酷な仕打ちを。それは
『……いいだろう、お前からあの世に送ってやろう。あの女の手でな……』
闘牙の想い人である日暮かごめの手でフェイトを葬ること。そしてその後、フェイトを死者として蘇らせ、仲間たちと殺し合いをさせること。
叢雲牙の言葉と共に、少女が姿を現す。日暮かごめ。その弓がフェイトに向けられる。その表情には何の感情も見られない。まるで操り人形のように。
その姿をフェイトはただ見つめることしかできない。もう指先すら動かすことができない。それでもその瞳で彼女を捉える。
トーガの記憶の中で見た時と変わらない姿。でも違う。彼女は決してこんな表情は見せない。私は見ていた。その表情を、その笑顔を。トーガと共に笑い合っていたその姿。それが羨ましかった。二人の関係が、決して無くなることのないその絆が。
でも、それでも構わない。私のトーガへの想いは変わらないと、そう誓ったから。
だからあきらめない。もうすぐ帰ってくるんだ。あの人が、大切なあの人が。だからそれまで私は絶対にあきらめない。だから――――――
その弓が放たれる。機械的に、それでも正確に、無慈悲に。躱すことのできない矢がフェイトに迫る。フェイトはそれを前にして、ただ目を閉じることしかできなかった――――――
「…………え?」
そんな声を上げることしかできなかった。何が起こったのか分からない。自分を襲うはずの痛みがいつまでたってもやってこない。間違いなく避けることができない矢が放たれたはずなのに。
そして気づく。それは温かさ。それが自分を包み込んでいる。それが何であるか私は知っている。だって、だってそれは――――――
「悪い………遅くなっちまった、フェイト。」
私が愛する人の温もりだったから。
「トーガ………?」
まるで夢を見ているのではないか。そんな姿でフェイトはその名を口にする。自分を抱きかかえている闘牙に向かって。その姿に知らず涙が溢れてくる。
間違いない。目の前にいるのは本物の闘牙だ。その姿も、声も、温もりも。
私にとってのかけがえのない、愛する人の姿。
闘牙はそのままゆっくりとフェイトをその場に下ろす。その光景を叢雲牙はただ見続けることしかできない。それは驚愕。犬夜叉が、闘牙がこの場に現れたことに対する。
奴は間違いなく封印の矢によって封印されたはず。それなのに何故。だがいくら考えたところで答えが出るわけもない。何よりもそんなことなどどうでもいい。犬夜叉など恐るるに足らない。
それなのに何だ。何だこの感覚は、この感情は。まるで、津波が来る前の海岸に立っているかのようなこの感覚は――――――
「フェイト……すぐに終わる。ここで待っててくれ。」
闘牙はそんな叢雲牙を見ながらもフェイトに告げる。その言葉には重みがあった。まるでこれから起こることが全て分かっているような、そんな確信にも似た言葉。その言葉に、姿にフェイトは目を奪われる。それは信頼。闘牙へのフェイトの絶対の信頼。以前とは違う、誰にも負けないと、そう信じてしまえるほどの何かがそこにはあった。
「……はい!」
フェイトは笑みを浮かべながらそれに答える。もうそこには先程までのフェイトの姿はない。ただ安堵し、見守っている。その大きな背中を。
『ふっ……今更何の用だ、犬夜叉。まさか我と戦うつもりなどと世迷言を吐く気ではあるまいな?』
叢雲牙はその刃を向けながら、侮蔑と挑発を込めた言葉を吐く。それは絶対の自信。自分と犬夜叉の間にある覆すことなどできない程の力の差。それを知っていたからこそ。封印が解かれたしてもそれは変わらない。
その刀である鉄砕牙も既にない。犬夜叉の腰にはその刀身が無くなった柄と鞘があるだけ。もはや戦う力がないことは明白。自分の勝利は揺るがない。そう、揺らぐはずなど無い。叢雲牙がそう判断し、その力を解き放とうとした時、
凄まじい風が巻き起こる。
それはまるで暴風。圧倒的な力が、妖力がそこから生まれている。その中心には闘牙の姿がある。それは闘牙の妖気。それはまるで台風のように、その力を解き放って行く。
その力に叢雲牙は驚愕する。それはまるで以前とは異なる。だが自分は知っている。この力を知っている。この強さと、妖気の質を。それはまさにかつての犬夜叉の父のそれ。大妖怪が到達できる域。
その光景に、力にフェイトは目を奪われる。その力、凄まじさはこれまでの比ではない。妖怪化した時を遥かに超える力の奔流。だがその眼は捉える。
それは闘牙の姿。その姿はいつもと変わらない。妖怪化した時の痣も、爪も、瞳も見られない。半妖の犬夜叉の姿。
『半妖』
人でも妖怪でもない存在。そして妖怪の力と人の心を持つ存在。それは決して妖怪にも、人にも劣るものではない。その本当の、真の姿がここにある。
数多の戦いを潜り抜け
多くの人と出会い
愛する人を、守るべきものを自覚した今、
闘牙は半妖として、真の大妖怪の域にまで到達した――――――
その光景に、姿に叢雲牙は戦慄するもすぐに冷静さを取り戻す。確かに犬夜叉はかつての父に匹敵する力を手にしたらしい。だがそれはこちらも同じ。自分も戦国最強の妖怪である殺生丸の体を手に入れている。ならば何も恐れることはない。犬夜叉はその牙を失っている。いや、例え鉄砕牙が健在だったとしても、四魂の玉を取り込んだ自分の力には遠く及ばない。叢雲牙はそう自分に言い聞かせる。それは無意識の行動、逃避。それは本能で気づいているから。
その存在を。同じ刀として。それが既に犬夜叉の、闘牙の内にあることを。
瞬間、大きな鼓動が響き渡る。その力がフェイトにも伝わってくる。それはまるで胎動。何かが生まれようとしているような前兆。それが闘牙の腰にある鉄砕牙の柄から起こっている。その力強さ、そして温かさが辺りを支配していく。まるで叢雲牙の、冥界の邪気を浄化するような力が生まれていく。闘牙は静かに、それでも力強くその柄に手を伸ばし、一気にそれを引き抜いた。
光。まばゆい光が全てを照らし出していく。その力が戦場の全てを包み込んでいく。まるで夜明けが来たかのように。それはまるで太陽。
そこには一本の刀がある。無くなってしまったはずの鉄砕牙がそこにある。その刀身から光が溢れている。その力をフェイトは、叢雲牙は知っていた。
浄化の光。破魔の力。
それが鉄砕牙から生まれている。巫女が持つその力を、鉄砕牙が生み出していく。それだけではない。その光が次第に形を得ていく。凄まじい力を持って。
それは雷。破魔の光が、無数の雷となって鉄砕牙から生まれていく。その雷が荒れ狂い、大地を切り裂いていく。まるで闇を、邪気を払うかのように。
それが生まれ変わった鉄砕牙の力。闘牙だけの、闘牙自身の刀。
かつて犬夜叉の父は十六夜を守るために、全ての敵を薙ぎ払う『鉄砕牙』を手に入れた。
かつて殺生丸はりんと邪見を守るために、全ての敵を打ち砕く『爆砕牙』を手に入れた。
そして今、闘牙も自らの刀を、牙を手に入れた。
『破魔の雷』
それが闘牙の力。かつて自分を愛してくれた少女と、今、自分を愛してくれている少女への想いの形。
かごめを救うための、そして
『フェイトを守るため』の刀。
それが生まれ変わった鉄砕牙、『新生鉄砕牙』の力。
闘牙が永い旅の末に手に入れた、闘う為の牙。
「行くぞ!!」
今、十年に渡る闘牙の永い旅の終わりが訪れようとしていた―――――――