その日は例年の如く使い魔召還の儀式が行われていた。
次々と召還を成功させていく生徒達の中には、歓喜の声を上げる者、やや期待はずれといった感じの声とは裏腹に表情で本音を語る者、これからのことを考え決意を新たにする者。
そして、迫る己の順番に顔を強張らせ、緊張を露にする者がいた。
─── その瞬間までは。
「ゼロのルイズが! ゼロのルイズが『奴ら』を召還したぞ!」
「逃げろ! 皆早く逃げろおおおおおおお!!!」
「きゃあああああああ!!!!」
何度かの失敗の後、成功の感触で思わず杖を持つ手に力の入ったルイズだったが、煙が晴れてその姿を見せた使い魔に対する学院生の反応は阿鼻叫喚だった。
「ミス・ヴァリエール! 早く私の後ろに!」
「ミスタ!?」
生徒がフライや使い魔に乗って逃げ行く様を確認したコルベールが、杖を構えて棒立ちになったままのルイズの下に駆けつけた。
その目は油断無く、教え子であるルイズを守るため召還されたばかりの『奴ら』の仲間であろう『それ』に、烈火の如く強烈な視線をぶつけている。
しかし、コルベールを立ち塞がらせたのがルイズであったように、それを止めたのもまたルイズであった。
「ミスタ、『あれ』は私の使い魔です。例え『奴ら』の仲間であったとしても、私の声に応えた者であるということに変わりはありません」
「ですがミス・ヴァリエール……! ……いえ、そうですね。少々私も焦り過ぎていたようです」
ルイズの声に一度は異を示したコルベールだったが、彼女の鳶色の目を見ると、僅かな逡巡を見せたもののその言を取り消した。
そこには確かな意思が、誇りがあった。
己が道を切り開かんとする貴族が持つべき気高き精神を、コルベールはルイズの瞳に見つけたのだ。
「では行ってきますわミスタ・コルベール」
「行ってきなさいミス・ヴァリエール。今日この時がよき出会いをもたらさん事を」
ルイズはそのまま振り返ることなく歩いていく。
普段と何一つ変わらぬ素振りで。
まるでこれが何でもない日常の一コマであるかのように。
それが当然のことであるかのように。
「流石ねルイズ。それでこそあたしのライバルよ」
「………………」
その上空ではタバサの召還した風竜シルフィードの背に乗ったキュルケが満足そうに、自分のことのように誇らしげに呟きを漏らしていた。
ルイズかっこよすぎなう。
即行でシルフィードの背に乗って逃げる準備万端だったキュルケは、果たして彼女のライバル足りえるのだろうか……。
そう思ったタバサだったが、言わぬが花だということは理解していたし、元々寡黙な性格も手伝って、沈黙によりその場をスルーした。
そしてその間にもルイズは歩を進め、目的の場所へたどり着く時が近づいている。
一瞬にして学院中の生徒を阿鼻叫喚の渦に叩き落す恐怖の使者、彼女が召還した存在の目の前へと───。
「はじめまして。言葉は通じるのかしら?」
きょろきょろと興味深そうに周囲を見回していた『それ』は、ルイズの声に反応したのか、今はピタリと動きを止め、じっとルイズの方を見つめている。
全身が小さな立方体で構成された『それ』は、考えの読めない真っ黒な目をただただルイズに向けていたが、突然虚空から何かを取り出した。
木で出来ていると思しきその物体は長方形に棒を通したようなフォルムで、トン、と軽妙な音を立てて地面に突き刺さるその姿は正しく看板だった。
突然の行動に悲鳴を上げそうになるルイズだったが、貴族としての意地がそれを止まらせる。
(何!? 今どこから看板を取り出したの!?)
ルイズの驚きも尤もだったが、そこに書いてあったものはルイズにとって、いや、世界にとって真に驚くべきものであった。
「はじめまして。私の名前は…………ミスター・マインクラフトです…………!?」
ルイズの可愛らしい声がもたらした言葉の重大さを、本当の意味で理解できるものはその場には存在しなかった。
しかし、これは紛れも無く、このハルケギニアにおける大いなる福音と、更なる驚きに満ちた日々の始まりであるのは間違いなかった。
CRAFT.01 『Nice to meet you. My name is Mr.Minecraft』
「ええと……それでミスター・マインクラフト。召還に応じたって事はわたしの使い魔になってくれるってことでいいのよ……ね?」
言葉を理解し、文字によって意思疎通が可能な存在であることに驚いたルイズだったが、今はそれよりも儀式を優先する意思が勝った。
ルイズの言葉に対し、あまり考えるのが得意ではないのか気楽な性質なのか、右手を上げて頷くミスター・マインクラフト。
返答を受けた様子を見て、コルベールの緊張が解け、キュルケがホッと息をつく。
そして契約のキスが行われた─── 直後だった。
「ウオッ!」
「え!?」
「ウオッ! ウオッ! ウオッ!」
「だ、大丈夫なのミスター・マインクラフト!? ルーンを刻むときには多少の痛みがあるらしいけど!?」
ミスター・マインクラフトがまるで断末魔のような苦悶の声を上げたのだ。
体はビクンビクンと跳ね、明らかに深刻なダメージを受けているように見える。
「ど、ど、ど、どうしましょう! ミスタ! ミスタ・コルベール! 早く水のメイジを!」
「わ、分かりましたミス・ヴァリエール! 少し待っててください!」
「ウオッツ!!」
一際大きな声が辺りに響いた。
コルベールの方を向いていたルイズは慌てて視線を正面に戻す。
そしてコルベールは既に医務室の方に駆けており、声に気づいた様子も無かった。
─── だからその一瞬で起きた現象を見ていたのは、上空のキュルケとタバサ、そしてシルフィードのみだった。
「え? あ、あれ? どこにいったのミスター・マインクラフト?」
先ほどのミスター・マインクラフトがそうであったかのようにきょろきょろと、しかし不安と心細さを隠すことなく辺りを見回すルイズ。
だが周囲に彼の姿は無かった。当然だ。
「嘘……。ルイズの使い魔、消えちゃった…………」
「死ん……だ……?」
彼女達は見ていた。最後に大きく跳ねたミスター・マインクラフトの姿が煙を上げて消えていくのを。
そしてその直前まで痛みを受けて跳ねていた様を見てれいれば、タバサがそう考えたのも当然だろう。
思わずキュルケの顔が青ざめる。
そう、ミスター・マインクラフトはたった今死んだのだ。
唐突に現れて、そしてまた唐突に消えていく。
ミスター・マインクラフト。正しく流星のような男であった。
「ああっ! そこにいたのね!?」
「え!?」
「!?」
だから二人がルイズの言葉に身を乗り出して下を見たのも無理は無い。
先ほどと変わらぬ姿で彼はそこにいたのだから。
いつの間にか元の地点で、最初からそうであったと言う様に立ち尽くしている男は、紛れもなくミスター・マインクラフトその人だった。
もし彼のことを知っているものがこの場にいればこう言うことだろう。
『ミスター・マインクラフトに完全な死は存在しない。ただ彼はリスポーンするだけだ』
「ああよかった! いきなりいなくなるからビックリしたじゃない!」
涙を浮かべながら怒るルイズにミスター・マインクラフトは再び看板をもって応える。
すなわち
【ごめん】
と。
「それにしてもその看板どこから出してるのよ……」
胡乱な目で看板を見つめるルイズだったが、そこにコルベールがダッシュで帰還した。
どうやら水のメイジを連れてくるのは更なるパニックを起こすと考えたらしく、その手には水の秘薬を幾らか抱えているようだった。
「ミス・ヴァリエール! 彼は大丈夫ですか!?」
「はい! 良く分からないけど、どうやら無事だったみたいです!」
【ごめんね】
秘薬を抱えたままホッと胸をなでおろすコルベール。
いつの間にかまた看板が増えているが、もうルイズはつっこまない。貴族はいつまでもうろたえないのだ。
「それなら良かった……。ところでミス・ヴァリエール。この看板と文字?は何ですかな?」
「え? 読めないのですかミスタ?」
「え? 読めるのですかミス?」
互いに鏡写しの様に首を傾げあう二人。
それを真似てか、ミスター・マインクラフトもまた、首を傾げていた。
「うーむ……私が思うに呼び出した時点でミス・ヴァリエールと彼」
「ミスター・マインクラフトですわミスタ」
「ほう! 彼には名前もあるのですか!? それは興味深いですな!
っと、話を戻しますが、恐らくミスター・マインクラフトが召還に応じた時点で、二人の間ではある程度の意思疎通が出来るようになったのかもしれませんな」
「そんなことが……!」
「サモン・サーヴァントは謎多き呪文です。それくらいの事があっても不思議ではないでしょう」
「それじゃあミスター・マインクラフトには、私達の文字を覚えてもらう必要もありますね……」
「仲を深める良い切っ掛けになるでしょうな。それまではミス・ヴァリエール、貴方が彼の通訳をすると良いでしょ……う」
「どうしたんですかミス……タ」
振り返ったルイズの目の前には、驚くべき光景が広がっていた。
いつの間にか石の柱が出来ていたのだ。
「ええええええええええええ!?」
「これは凄い……」
上空で見ていたキュルケ達も気づいてなかったが、ミスター・マインクラフトが一度死んだとき、周囲には幾らかのアイテムが飛び散っていた。
そのうちの一つが石ブロック。
少し目を逸らした間にミスター・マインクラフトは、見事に初期リスポーン地点をマークしていたのだ。
そして恐ろしいことに10メートル程ある柱の上では、弓矢を持ってシルフィードに狙いを定めている彼の姿があった。
「だ、ダメぇー! ミスター・マインクラフトそれダメぇーー! モンスターみたいだけどそれも使い魔だからぁー!!!!!」
慌てて叫んだルイズの言葉にフッと両手から弓矢を消すミスター・マインクラフト。
ああ……やっぱり常識を教える必要があるんだなぁ……、とルイズが心中ため息をついたのは言うまでも無い。
「びっくりした」
「私もよタバサ……」
同じく上空では冷や汗をかいて無事を喜ぶ二人の姿。
油断ならないルイズの使い魔に注意を強めていると、ふと、幸せの逃げる音がタバサの背中を叩いた。
キュルケのため息が風に乗って世界に拡散していく。
これから起こる出来事を象徴しているかのような、いやーな風だった。