「さやかさん……私、恭介君が好きです。でも、あなたが自分の気持ちをはっきりとさせるというのなら、私は身を引きますわ」 「ううん、いいの。むしろおねがいする。仁美、恭介を、幸せにしてやってくれる?」 「えっ……いいの、ですか? さやかさん。あなたも、恭介君のことを……」 「うん、好き。でもね、私じゃ、駄目なの。私じゃ、恭介を甘やかしちゃう。ううん、そうじゃないね。私じゃ、恭介に治って欲しくないって思っちゃう。私にずっと頼っていて欲しいって、そう思っちゃう……。 仁美なら解るよね。それじゃ、駄目。私じゃ、恭介を駄目にしちゃう。だから……おねがい……」 「おばかさんなんですね、さやかさんも、私も。そんなに泣くほど、彼のことが好きなのに」 マミがリタイヤし、代わってさやかとまどかが加わる形になった今回は、ちえみも含めて意外と安定した展開になっていった。 さやかが願いを使ってしまったが故に、恭介の怪我が奇跡的に回復する事はなかった。さやかはその機会を逸した自覚もあって恭介と少し疎遠になり、その隙間に仁美が入り込んだ。 だが、自覚のあった今回、さやかはそのことで大きくぶれはしなかった。泣いたし、仁美に正面切って略奪宣言もされたが、それによって魔女化するほどにはぶれなかったのだ。 むしろ素直に恭介を仁美に譲ると宣言したほどだった。 自分には無理だってわかってしまった。自分では支えると言いつつ頼ってしまう、甘えてしまう。だから代わりに、恭介を支えてあげて欲しい、と。 今回のさやかは判ってしまったのだ。恭介を支えようとすると同時に、自分には『恭介に頼って欲しい』と思っている気持ちがあることに。それはある意味恭介に、無力な、自分に頼る存在でいて欲しいと願うこと。それはもはや願いではない、呪いだと。 自分がある意味もはや人間でないと、覚悟を決めていたのがその違いになった。 あきらめではなく、覚悟。その違いがさやかを格段に強くしていた。 まどかが一緒だったのも大きかった。マミも戦う力は失ったものの、その経験を持ってまどかやさやかのよきアドバイザーとなっていた。だからこそさやかは、かつての自分が落ちてどうしても抜け出せなかった落とし穴に、今回は落ちずにすんだのだ。 そして今回、杏子はマミの穴をさやかとまどか、及びほむらとちえみが埋めた形になったためか、接触してくることはなかった。ほむらも今回はいろいろありすぎてこちらから接触するゆとりもなかったため、完全にスルーした形になった。 こうして、約一月の間、四人でチームを組む形で、見滝原及び見河田町の魔女を彼女たちは順調に狩り続けていった。 後は……審判の日、ワルプルギスの魔女を待ち受けるのみ。 ほむらはこの予想外の流れの中、来るべき日に備えての会合を開くのだった。 マミも交えた五人は、この日ほむらのアパートへと集合していた。 どう見ても外枠より広い部屋と、空中に図版が浮かぶ異様な光景に、少し驚くほむら以外の一同。 「これは……?」 「私の魔法よ。まあ深く考えないで。考えるだけ無駄よ」 「判った。あんたがそういうならそう思うことにする」 そういう事は後回し、と、さやかはほむらの話を促す。 ほむらも、今回は覚悟を決めていた。 イレギュラーなことは多いが、まどかが魔法少女になってしまったとはいえ、その力はそれほど強くない。理由はまだわからないというか、キュゥべえからの報告もないが、とうてい今のまどかが魔女化してもあの強大な魔女になるとはとうてい思えない。 今のほむらの知識には、ちえみという実例がある。同一の魔法少女から、あの全知の魔女と、前回倒した雑魚魔女のような、別種の魔女が生まれる可能性の。 つまり今回もし仮にまどかが魔女化しても、あの魔女にはならないのではないか、とほむらは思っている。 そして今回ワルプルギスの夜と戦うのに当たっては、自分のことを話さないわけにはいかない、とほむらは感じていた。 今回は実に珍しいというか、今まで初めてだが、さやかが魔女化せずにワルプルギスの夜までたどり着いている。まどかが魔法少女化してしまったのは今更仕方ないが、全体としてみれば、かなり大きな収穫があったとも言える流れなのだ。 段階を踏んで情報を明かしていけば、巴マミは潰れない。少なくともソウルジェムの真実の前半までは大丈夫。 美樹さやかの魔女化には上条恭介との恋愛が掛かっている。さやかが上条への思いを振り切れればさやかは魔女にはならない。上条の手を治すにしても、そこは自覚させてしまう方がいい。 逆にさやかの場合、おそらく距離を空けると奈落へ真っ逆さまになる。自分では無理でも、マミあたりから言い聞かせるべき。ある意味マミ以上に孤独が大敵。 ちえみの力は知識の獲得。但し、魔女相手に力を使うと魔女の絶望も取り込んでしまうためか消耗が激しい。但し修練によって耐性が増し、負担も減らせる。弱い魔女から慣らしていくべき。 そして魔法少女が絶望に至る理由の多くに、孤独の戦いがある。グリーフシード獲得の効率は悪くても、それ以上に仲間がいるという想いが消耗を減らし、結果よい流れを生む。キュゥべえに知られると逆用されそうな知識だが、多分もう知っているだろう。 この流れでマミをリタイヤさせず、かつ杏子の協力を得られれば、まどかを魔法少女化させずに揃えられる最高戦力になるだろう。次回はそれを狙ってみよう、とほむらは心に決めた。 それでも駄目なら、見河田町あたりでもう少し仲間を捜してみるか、また別の流れを試してみるというところだ。 いずれにせよ、今回のパーティー構成の場合、決め手は信頼性になる。佐倉杏子と違って、わずかな疑念が全体の力を大きく減衰させることになるメンバーなのだ。 「これは私が集めたワルプルギスの夜の資料。もうじき、この見滝原にやってくる、超弩級の魔女よ。 結界を持たず、素質を持たないものにはスーパーセルや竜巻にしか見えない。そして放置すれば、この見滝原を一夜で廃墟にすることが出来る。それほどのものなの」 「……疑うようで申し訳ないけど、ずいぶん詳しいのね。私も名前くらいは聞いたことがあるけど」 さすがに詳しすぎる解説に、マミが疑念を挟む。そういえば初めて会った時のマミは、ワルプルギスの夜のことを知っていたのをほむらは思い出した。多分その時はキュゥべえが教えたのだろうと想像する。 「判っているわ。今回の戦いを切り抜けるには、私も最後の札を切らないと駄目だと判断したから。だからこそ、ここまでの資料を開示しているの」 「それって、ほむらがなんかものすごい事情通だって言う理由の秘密?」 「そうよ、さやか。そして、まどか」 その言葉と共に、ほむらはまどかを真正面から見据える。 それは今までのほむらのそれとは全く違う何かだった。 いつものほむらは、どこか虚ろで冷めた、世の中を斜めから見るような目をしていた。 だが今のほむらは。 その瞳の中に激情とも言えるほどの熱意が燃えさかっていることを、他の四人は感じ取っていた。 いや、思い知らされたという方が正しいかもしれない。 特に真正面からそんな熱い目で見られているまどかは、どうにも居心地が悪い思いをしていた。 「これから言うことは私の原点にして原罪。こんなことを告げるのは、卑怯千万なこと。だけどお願い。今回だけは、こんなことを言う私を許して欲しい」 「……どういうこと? 私、ほむらちゃんがなにを言いたいのか全然判んないよ」 「判らなくて当然。あなたはなにも知らないことなんだもの。でも、今回は、黙ったままじゃ多分先に進めないの。だから、ごめん……」 最後の方は、ほとんど涙声だった。あの孤高なまでに冷たいほむらが、か弱い乙女のように泣き崩れている。 ……いや、違う。 マミも、さやかも、ちえみも、そして……まどかも。 こちらこそがほむらの素顔なのだと判ってしまった。 そしてまどかは……そんな相手を、そのままに出来る人物ではなかった。 「ほむらちゃん、聞かせて。あなたの、お話を」 顔を上げ、涙をぬぐうほむら。その顔が、突然またいつも見慣れたきついものに変わる。 同時に魔法少女の姿に変身する。 「へ? どうしたのほむらちゃん」 「その前に」 手にした盾のようなものに触れ、同時に変身時は手の甲に付く彼女のソウルジェムが強い輝きを放った。 同時に遠くからキュゥべえの声が聞こえたような気がして、首を捻る一同。 「ここから先の話は、キュゥべえ――いえ、インキュベーターにはまだ聞かせるわけにはいかないの。だから少し結界を強化しただけ」 「ん? ひょっとしてキュゥべえ、こっそり聞いてたの?」 「彼らはいつでもそこにいるわ。そう思っていて間違いないのよ、さやか」 「……ねえほむら、言いたくないけど、あんたギャップ激しすぎ」 激しすぎて萌えられないじゃんとかぼやくさやかは無視してほむらは話を続け……ようとした矢先、今度はちえみが突っ込んできた。 「あれ先輩、彼『ら』なんですか? それにインキュベーターって、キュゥべえの本名ですか?」 「……それをこれから説明しようとしたのよ。私のこととまとめて」 ほむらは思わず額に指を当てて沈痛な表情をした。先ほどまでの緊張と愛情が入り交じった雰囲気が霧散していた。 そんな雰囲気の変化の中、マミがくすりと笑う。 「暁美さんもそんな顔をしない方がいいわよ。そろそろ話を元に戻しましょう」 その言葉に場の雰囲気もある程度落ち着く。 「少し、長い話になるけど」 そしてほむらは、自分の背負った道を話し始めた。 本来の自分は、気弱で引っ込み思案な少女であり、勉強も運動も、全然駄目な子であったこと。 そのことで落ち込んでいたら、魔女の結界にとらわれ、そこをマミとまどか、二人の魔法少女に救われたこと。 「ん? なんか全然違う話じゃない?」 「ですよね。先輩っぽくないです」 さやかとちえみはのんきにツッコミを入れていたが、マミはそれを聞いただけで真っ青になっていた。 「その言い方からすると、暁美さん、あなた、ひょっとして、時間を……」 「さすがですね。巴さん」 ほむらはあえてマミの事を『巴さん』と呼んだ。初めて会った、あの頃のように。 「お察しの通り、私の力は時間に関すること。時間の停止と、ある条件を満たした後の時間遡行。今の私は、もう何度も、転校前の一週間くらいから、この後来るワルプルギスとの夜との戦いを、何度も繰り返し続けている、時の放浪者」 「そんな、ほむらちゃん……」 その告白を聞いて、少し呆然となるまどか。彼女は思い出していた。初めて彼女と会う前に見た、戦うほむらの夢を。 それでは、ひょっとしたら、あの夢は。 だがそれを問う前に、ほむらは話を続けていた。 無力な自分。マミとまどか、二人と友達になりつつ、やがて来たワルプルギスの夜を前に、二人が敗れたこと。特にまどかは、自分を、友達を、そしてみんなを守ると、使命に殉ずるように一人で最後まで戦ったこと。 「そして私はキュゥべえと契約したわ。二人の出会いをやり直したい、と」 「だからなのね……あなたが時を遡る力を得たのは」 「そうよ」 再び巻き戻った時間で、いきなりまどかに抱きついたこと。 まだ戦う力の無かった自分を、マミとまどかが面倒を見てくれたこと。 再び力尽き、そしてまどかが魔女化したこと。 キュゥべえに騙されたと思い、再び時を遡ってそのことを告げたものの、誰にも信じてもらえず、そして遂にさやかが魔女化し、その衝撃でマミが壊れたこと。 「うげ、あたしがこの間のマミさんみたいに?」 「……あの時聞いた話の、私によく似た性格の人というのは……」 「そう。別の時間のあなたよ」 そしてまどかと二人で戦ったこの回は、力尽きたまどかが最後にほむらに願いを託し、そしてまどかのソウルジェムを自分の手で撃ち抜いたこと。 「暁美さん、あなた……」 「ほむら……」 「先輩……」 もはや皆からはうめくような声しか上がらない。 そしてまどかは声すら発することは出来なかった。 それからはみんなとは接触せず、一人で戦っていたこと。 まどかの契約を阻止し、それを妨害し続けたこと。 だがそれでも、まどかは魔法少女になってしまったこと。 そして……そうなったまどかは、一撃でワルプルギスの夜を倒し、そして同時にそのまま魔女となってしまったこと。 「ずっと、その繰り返しだった。どうしても最後はまどかが魔法少女になってワルプルギスの夜を撃退し、その後魔女になってしまう。でも、遂にある時、それを崩せたの。 その時においては、マミは体験ツアーの最中、あのシャルロッテに頭から食われて敗れ、さやかは上条恭介との恋愛のもつれで志筑仁美やまどかとの仲が悪化、最後は絶望と共に魔女となった。 そしてまどかの魔法少女化は、これまでにないくらいうまく阻止できてはいたんだけど」 「それってひょっとして、私やマミさんが犠牲になったのを、まどかが見続けていて?」 「そうよ。言い方が悪いけど、いろいろありすぎてまどか自身が折れ掛かっていたから」 その話を聞いて、まどかが少し反応した。 だがみんながほむらの話に注目していて、それに気づいた人はいなかった。 「いろいろあったけど、最後は私が、それまでの繰り返しの中で蓄積した全火力を投入してワルプルギスの夜に挑んだわ。でもまるで歯が立たなかった。 過去には敗れたものの、ある程度相打ちに近いところまでは追い込めていたんだけど、それは全部まどかの力。火力だけなら見滝原を灰にしてもおつりが来るくらいたたき込んだ筈なんだけど、それでもあいつは持ちこたえていたわ」 「ひょっとして私たち、それをこれから相手にしないといけないと?」 「そうよ。今回は私の知る限りではわりと戦力が整っている方よ」 「うっわ~、今私、初めて魔法少女になったこと後悔したよ」 口調は軽いが、態度は真反対のことを主張していた。 「話を戻すわ。結局その回も私は敗れて、力尽きそうになった。ただいままでと違うのは、私が私の罪を自覚してしまったと言う事ね。まどかに対しての、取り返しのつかない罪を」 「私、への……?」 そこまでほぼ無言だったまどかの口から、言葉か漏れた。 まどかは今までほとんど圧倒されたままだった。ほむらの口から語られる、自分ではない自分の物語。 その自分は、自分よりずっと自信もある、まるで理想の自分みたいだった。無力だったほむらを守り、強大な敵に立ち向かう、ヒーローのような自分。 だがほむらは、その果てに待つものが絶望の権化と知り、それを防ぐために時の流れを旅していたというのだ。 特にある時は、魔女と化す定めにあった自分のソウルジェムをその手で砕いたという。 それはつまり、親友とも言える相手を自らの手に掛けることだと、まどかは判ってしまった。 そして今回今自分は魔法少女になってしまったわけだが、とうてい話に聞くような力があるとも思えない。 つまり自分はほむらの気持ちを裏切ったあげく、なったのもやがて来る敵を一撃で葬り去るような強大な魔法少女ではなく、ちょっと強めな程度のもの。 それは二重の裏切りだ。 なのにほむらは、まだ自分に罪があるという。 「そうよまどか」 そう言った所で、ほむらはまどかを強く見る。それは狂おしい情熱と、氷の冷徹さが同居する、不思議な色の瞳だった。 そしてそれは、薄い笑みで色づけられる。 「まどか、今あなた、落ち込んでるでしょう」 「え、そんな、わたし」 バレバレだった。さやかもマミもちえみも、思わずくすりとしてしまう。 「どうせあなたのことでしょうから、私の気持ちを裏切ったあげくに、なったのもたいして強くはないなんて、そんなこと考えていたんでしょうけど」 図星過ぎてがっくりとまどかは落ち込むことになった。伝統の落ち込みポーズ、orzを自然に取ってしまう。 「私って、そんなに判りやすいかな……」 「伊達に私主観では長いことあなたとつきあっている訳じゃないわ」 「私でも判るくらいだけど」 ほむらの言葉をさやかが茶化す。 「けどね、これから私の話すことを聞いたら、その程度では済まないわよ」 「まどか、おかわりだって」 からかわれたまどかは思わず「ひどいよ~、さやかちゃん」とぽかぽかとさやかを叩きだした。 そのほほえましさにマミもくすりと笑う。 少しは気持ちが浮上したと見たほむらは、話を再開した。 「ここからは真面目に聞いて欲しいんだけど、私が繰り返した時の流れ、それによって、因果の糸がまどかに絡みついてしまっていたの。そしてそれこそが、まどかの才能の秘密だった」 「今ひとつよく判んないけど、それってつまり、ほむらちゃんが何度も時間を繰り返したせいで、私が強くなっちゃったって言うこと?」 「そうよ。魔法少女の才能は、因果の糸……つまり、人や物、世界、そういうものとの関わりの量が決めるの。もう少しわかりやすく言うと、その人の影響で変動する、他人の運命の度合い、とでも言えばいいかしら。 たとえば一国の指導者の言葉は、その国に住む人全てに極論すれば影響する。けどただの子供の一言は、せいぜい親兄弟くらいまで、下手すれば親すら動かしはしないわ。因果って言うのはそう言うこと。 まどかも本来は、それなりの因果しか持っていない、悪く言えば凡人でしかなかった。けど、私が時を遡るつど、他の世界の因果がまどかに収斂されていき、最終的にはいかなる奇跡ですら起こせるほどになってしまっていたの。 今のあなたにわかるように言えば、マミどころか、世界中の不幸な死に方をした人を、全て救えてしまうくらいの、ね」 「それほどの力を、鹿目さんは?」 「いいえ、それ以上、よ」 マミの疑問を上書きするように言うほむら。 「繰り返せば繰り返すほどまどかをより過酷な運命に追いやっている……そう思った私が、遂に諦めようとした時、まどかは私の手を取ってくれた。情けない話よね。絶対守ろうと誓った相手に、また助けられているのだから」 「そんなこと無いと思う。今の私でも、多分同じ事している気がするし」 まどかは思い出していた。あの夢の中、自分はどうしたかったのか。 そう、自分は、彼女を助けたかったのだ。 「それでね……その時のあなたは、初めて今までと違う願いを掛けた」 「違う、願い……?」 「そう。あなたがその時点までの中で、魔法少女になるためにかなえた願いは二つだけ。 出会った時に魔法少女になっていた時は、『猫を助けたい』というささやかな願い。 最後まで魔法少女になっていなかった時は、『私を助けたい』か『あいつを倒す力が欲しい』か、残念ながら正確には知らないのだけど、そういう意味合いなのは確かよ。あの時点でそれ以外のことを願う余裕は、その時のあなたにはなかったはず」 「うん、私でもそう思う」 頷くまどか。 「そして待っている結末は3つ、敗れて普通に死ぬ、敗れて魔女になるもしくはその前に自殺する、勝ったものの魔女となるのどれか。だけどその回のあなたは、とんでもないことを願った。 『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。魔法少女が絶望して魔女にならなくていい未来が欲しい』。言葉は正確じゃないけど、そういう意味合いの願いよ」 「なんて無茶な……」 「それって時間巻き戻すより無茶じゃないか?」 「キュゥべえに喧嘩売ってますね」 さすがにマミ達から一斉にツッコミが入る。 「それ私だけど私じゃないもん!」 まどかも反撃はするものの今ひとつ切れ味は鈍い。 そんな様子を見て思わず笑うほむら。 「だけどね、その結果はもっと無茶よ。無茶振りだけど、その願い……叶っちゃったんですもの」 「えええええっ!」 見事に声がハモる。まどかも含めて。 「か、叶っちゃったんですか?」 「それって、要するにキュゥべえが言ってた、魔法少女と魔女のサイクルをぶっ壊すっていうことだよね」 「いえ、それどころか……下手をするともっと大きいことなのでは」 「マミの言う通りね。それは歴史どころか、宇宙全体のあり方を書き換えるに等しい願いだった。でも、その時のまどかの祈りと、溜め込まれていた因果の蓄積は、エントロピーを凌駕し、その願いを実現してしまったのよ」 「それでどうなったん? 無茶すぎて想像も出来ないわよ……」 「平たく言えば、なにもかもをまどかは書き換えてしまった。歴史の影で連綿と行われていた、キュゥべえ――インキュベーターの手による、魔法少女と魔女の歴史を、全てご破算にして全く別物に置き換えちゃったのよ。地球どころが、銀河、いえ、全宇宙規模で。 ただ、その代償として、まどかは魔女にはならなかったけど、それ以上のもの――法則を具現する概念、わかりやすく言うと神様みたいなものになっちゃったわ。円環の理と言われる、新しい魔法少女のあり方を司る存在に。そして全ては、まどかの存在と引き換えに終わった……筈だったの」 「は?」 さやかが思わず呆ける。 「筈って……」 「要するに、それで終わっていれば、ここにまどかさんがいるはずはないし、先輩達も魔女になる今のようなことにはなっていない、っていうことですよね」 「そうよ、ちえみ。あなたなら気がついたでしょうけど、今までの話には一切あなたが出てこない。つまりその時点まで、私はあなたのことを知りもしなかったのよ」 「う~、さっぱり訳が~」 この辺でまどかとさやかがパンクしたようだった。 「実際、ここから先は私にもまだ判っていないの。新しくなった世界で、私は今と形は違うけど、やっぱり戦っていたわ。そちらの世界では、マミも普通に戦っていたし、さやかは途中で敗れて円環の理に還っていった。キュゥべえも仲介者として普通に存在していたわ。 でもそちらの世界で時を操る力を失った代わりに、まどかのような魔法の弓で戦っていた私は、ある日力尽きる時が来たの。ところがその瞬間……」 「こちらの世界に戻ってきてしまった、ということ?」 「そうよ、マミ。あちらの世界でソウルジェムが砕け、私が消える定めになったその時」 ほむらは左手の盾を召喚する。 「この盾が復活し、同時に私は時を遡っていた。途中ちょっとしたことがあったんだけど、そこはごめんなさい。こうなった今でも話せないことになるわ。ちょっとプライベートな所になるから。 とにかく私はまたこちらに戻り、時の繰り返しをすることになったの。 最初の一回目は、全くなにも出来ないままに時が過ぎた。そうしたら見滝原が壊滅したわ。 次の回ではちえみは魔女になっていたし、ワルプルギスの夜との戦いは結局最初の頃みたいに力尽きて敗れた。まどかは魔女化する前に倒れていたわ。私主観の初回に近かったかしら。2度目以降はたいてい魔女化かその前の自殺かのどっちかだったから」 「私は?」 そう聞くさやかに、 「その前に魔女化してまたマミが錯乱したから省いたのよ」 「う……ごめんなさい」 うなだれるさやか。 「ひょっとして先輩と知り合えないと、私力の使い方が判んないまま魔女化してた?」 ちえみも一緒にうなだれている。 「先輩の話からすると、多分私、その書き換え前もずっと、あっさり魔女になってみんなに狩られてたっぽいなあ……」 「ちなみに私が知る限り最弱の魔女よ、元ちえみは」 「やっぱり~。私、サポートはともかく、直接攻撃力ゼロだし」 「あなたはそれでいいの」 ちえみをフォローしつつ、ほむらは話を戻す。 「今回は私から見ると、帰還後三回目に当たるわ。とりあえず転校前にまどかを魔法少女にしたキュゥべえを殺して、契約を阻止。その後ちえみを見に行ったの。私が魔女のちえみを見たのは、あなたが魔女化した直後だったみたいなので、間に合うかもって思ったから」 「うわ~、先輩本当に恩人だったんだ。ありがとうございますっ」 その場で土下座するちえみ。 「あれ? ねえほむらちゃん。今キュゥべえを『殺した』って言ったよね」 さすがにギャグなやり取りが挟まったせいか、まどかも衝撃から持ち直していた。 正確にはよく判らないことを棚に上げただけだが。 「そういえばそこがまだだったわね。ちょっと話を戻すけど、あなたたち、キュゥべえ――インキュベーターの事については、どこまで知ったの?」 ほむらの問いに、 「えっと、魔法少女の魔女化を利用しているって言うことは聞いた」 「私も一緒に」 まどかとさやかはそう答え、 「わたしはとくになにも」 「私も詳しくは聞いていないわ」 ちえみとマミはほとんど知らないと答えた。 「それじゃあまとめて最初から話した方がいいわね」 ほむらは、かつてまどかが聞き、世界の間の交流でほむらも知った、インキュベーターの真実と目的を語っていく。 そのスケールの大きい話と、ある意味家畜の如く扱われていた事実に憤るみんな。 だがほむらはそれをたしなめた。 「怒るのは筋違いなのよ。それを言ったら、私たちだっておいしいお肉を食べるために牛や豚を飼い、殺しているわ。彼らのやっていることも、彼らの条理から見ればそれと変わりない。それに今のあなたたちなら何とか理解出来ると思うけど、インキュベーターはぎりぎりの一線で私たちを『騙して』はいないわ。誘導はするし、ある程度意図的に誤解を誘発する行動はしているけど、本当の意味で嘘をついて私たちを騙したことは決してない。彼らは落とし穴を掘って私たちが落ちるのを待ってはいても、決して穴に向けて私たちを突き落とすことだけはしないのよ」 「たいして違わないんじゃない?」 そういうさやかに、ほむらは言う。 「似ているようで違うわ。突き落としてくる相手なら、私たちはそれに反撃できる。キュゥべえ達を断罪し、その意図を挫くことに意味が出てくる。私たちの論理でも、彼らの論理でも、それは正当なことになるわ。 でも彼らはそうじゃない。私たちの側から見れば、キュゥべえを退治して、魔法少女と魔女の連鎖を断ち切ることには意味がありそうに思える。でもそうじゃない彼ら相手にそれをしても、それは全く意味がない。 彼らは反省もしないし止めもしない。それが必要なことだとただ淡々と遂行するだけ。 それこそ彼らの母星から文明から、全てを滅ぼしでもしない限り、私たちの報復行動なんてなんの意味もないのよ。そんなことをしようと思ったら、前のまどかみたいに神にでもなるしかないの」 「なんで……訳わかんない」 嘆くまどかに、ほむらは言う。 「彼らを感情で捉えたら、待つのは自身の破滅のみよ。逆にそういうものだと理解した上でつきあうのなら、彼らは絶対的に信用できるパートナーともなり得るの。私もね、最初は憎んだわ。騙されたと憤り、ひたすらに抗おうとした。でも、全てを理解してみれば、お互い様でしかないの。私たちが生きるために家畜を飼うのと同じレベルで、彼らは魔法少女を飼っているだけ。そこを理解した上で割り切れば、結構言いたいことが言えるものよ」 「そういうものなんですか? 先輩」 「そういうものなのよ、ちえみ」 ほむらは今は見えていない外の方を睨みながら、つぶやくように言う。 「良くも悪くもお互い様なのよ。彼らのしていることは非道でもあるけど、確かに救われたものもいる。奇跡の代価をきちんと認識すれば、彼らは私たちに大きな益をもたらした存在でもあることは否定できないの。つまり、いてもいなくても、奇跡も悲劇も起こるのよ。彼らがいなければ、マミは交通事故で死んでいるし、私は病弱な落ちこぼれでしかなかった。その程度のことなの。 彼らのせいで被害を受けた、と非難する資格は、実のところ誰にもないのよ。彼らはその一線だけはきっちりとわきまえているから」 「でもな~んか納得できないんだけど」 そう呟くさやかに、ほむらはきっぱり言う。 「その感情の揺らぎが、墓穴への道しるべよ。彼らのことを考える時は、そういう好悪を無視して、徹底的に理非だけで思考するようにしないといけないわ。そうすれば彼らのものの考えも理解出来るようになる。理解出来れば、受け入れて利用するのはそう難しくはない」 「大体の所は判ったわ。でも残念ね。もし私たちも一緒に時をさかのぼれたら、もっとうまくやれたでしょうに」 「無い物ねだりはしないことにしたわ」 マミの言葉を、ほむらはばっさりと切り捨てた。 その後、皆はワルプルギスの出現予測と、フォーメーションなどの対策を練る。 その時が来るまで、何度も打ち合わせをし、訓練などを続けた。 ほむらも不足しがちな火力を補填する。ただ、今までの経験から、非魔法的火器は牽制以上の効果が薄そうなのでメイン火力はまどか任せになる。実際過去まどかの矢は、自分の火器より明らかにワルプルギスの夜にダメージを与えている。 そして、その時はやってきた。 見滝原に出される警報と避難勧告。さやかとまどかは、心配掛けてごめんなさいと思いつつ、こっそりと両親の元を抜け出した。以前のまどかと違って、魔法を使えるので抜け出すことにはなんの問題もない。 ちえみとも合流し、四人の魔法少女は位置に付く。 避難所では一人マミがみんなの成功を祈っていた。 戦いはのっけから脱落者を出した。 ちえみだ。 ちえみが初見の魔女に対して分析を掛けるのは、今となっては基本戦略になっていた。 だが、ちえみがワルプルギスの夜に対して解析を掛けた直後。 「舞台装置の魔女、フェウラ・アインナル……うそ、そんな……きゃあああああああああああっ」 その直後、絶叫と共にちえみのソウルジェムが瞬時に濁りきり、グリーフシードに転化する。 「ちえみいいっ!」 だが、そのまま孵化した魔女は、明確な形を取る前に、ワルプルギスの夜の回転に巻き込まれるように取り込まれてしまった。 「うそ……まさかワルプルギスの夜って……」 「魔女すら、喰らうって言うの……」 まどかとさやかも衝撃を受ける。だがいち早く正気に戻ったほむらが、二人を励ます。 「手を止めないで! 隙を見せたら終わりよ!」 だが、結果は無残だった。 為す術もなく惨敗し、三人は地に倒れ伏した。 「負けちゃったね……」 「ごめんなさい、まどか。力が足りなかったわ」 そこにやってくるマミ。その手にはグリーフシードが握られている。 「後は任せてね」 「ちえみとさやかは、守りきれなかったわ……まどかも、もう間に合わない。まだぎりぎり持ってはいるけど、いつぞやのあなたと同じ。たとえソウルジェムを完全浄化しても、肉体を再生したらそれだけでまどかは魔女化してしまう。かといってそのままだと、肉体の崩壊を止められない。いずれにしても、待つのは死、それだけ」 「悲しいけど、仕方ないと諦めるしかないのね。それが私たち魔法少女の定めなら」 マミも頷いた。ほむらの肉体もとうの昔に回復不能レベルで崩壊寸前だが、彼女はソウルジェムはともかく、肉体は時間遡行によって元通りになる。そのため今のまどかのような、回復不能の臨界点が存在しないのだ。 ソウルジェムに魔力があって、時を戻せる限り、暁美ほむらに死は存在しない。 「結局戦いはどうなったの?」 「時間が尽きたのか、ワルプルギスの夜は去ったわ。その名の通り、夜が明けると立ち去るみたいなの。被害をここまで抑えるのが精一杯だった」 「暁美さん。あなたは今回、出来る限りの事をしたわ。鹿目さんはもうどうしようもないけど、あなたにはまだ先があるのでしょう? 手遅れになる前に、あなたは次の時間へ旅立って。そして、次の私にもよろしくね」 「善処するわ。ひどい言い方だけど、今回のことであなたに明かせる情報のレベルが把握できたから。もう絶対、あなたに仲間は撃たせないわ」 「それでいいのよ、暁美さん」 そう言いつつ、マミはグリーフシードでほむらのソウルジェムを浄化する。 「少し余力があるわね。暁美さん。キュゥべえはいる?」 「多分すぐ来るわ」 「なら」 マミはまどかの濁りきったソウルジェムにグリーフシードを近づけ、すぐに引き離す。 この量の濁りを吸収させようとすれば、確実に孵化してしまうからだ。 『暁美ほむら、マミにグリーフシードを手放すように言って』 案の定キュゥべえは現れた。マミの手放したグリーフシートを回収する。 『ふう、危ない。孵化寸前だったよ。よくぎりぎりで止められるものだね、もうぼくも見えないはずなのに』 「キュゥべえ」 マミにも聞こえるように、あえて声を出すほむら。 「契約を執行するわ」 そう言って手を差し出す。そこにはほむらのソウルジェムがある。 「許可するわ。私の中身根こそぎ、遠慮無くコピーしていきなさい」 「暁美さん……」 さすがに絶句するマミ。 『助かるよ。こちらからも朗報だ。鹿目まどかの因果の詳細、遅くなったけど判ったよ』 『確かに少し遅かったわね。で、理由は?』 さすがにこちらははばかれるため秘匿の念話で聞くほむら。 『理由は君にあった、暁美ほむら』 『私に?』 『そう。君から聞いた鹿目まどかの因果は、君と鹿目まどかが心理的に強い接触を持つことによって、君と鹿目まどかの間に一種の共鳴に近いものが生じて紡がれるんだ。元々時のループによる因果を紡いでいるのは君だ。君の場合は、新たな契約を結ぶわけでもないため、その膨大な因果が宙に浮いている。 今まではそれが鹿目まどかに向かって接続されることによってその才能になっていたんだ。 ちょっといいかい?』 そう言ってほむらのソウルジェムに触れるキュゥべえ。その一瞬で膨大な情報を抜かれたことをほむらは理解した。 『ああ、やはりそうだ。君は過去のループで、彼女とぼくの契約を阻止するため、ぼくを狩った後、鹿目まどかと接触していただろう?』 確かにそうだと思い返すほむら。声を掛けたことも、ただ見ていただけのこともあったが、最後の前まではいつもそうだった。 『その接触が、彼女と君の因果を接続する鍵だ。今回は君、添田ちえみを助けるために、ぼくを狩った後鹿目まどかと接触しなかっただろう。そのせいで因果の継承が完全じゃなかったから、彼女の才能は並みより上程度だったんだ』 『そう。そうだったの』 『加えて本来彼女に接続されるはずの因果の一部が、今回は添田ちえみに結びついていた。まあ彼女はその前に契約済みだったから、意味はないんだけどね』 『それは言い換えれば、私が帰還直後に誰と接触するかで、因果の継承に差が出ると言うことなのね?』 『そう。鹿目まどかにかつてのような膨大な才能を継承したくないのなら、しばらく彼女に会わないのが一番だ。もっともこの継承は君の心理面が一番大きいから、全くのゼロにすることは不可能だ。 君自身がまどかのことを忘れない限りはね。 最大にしたければ帰還直後に直接会えばいいし、ほどほどにしたければギリギリまで会わないことだ。 但しこれは契約後は意味のないことになる。だからぼくを帰還直後に狩らないでまどかがすぐ契約してしまった場合は、君の知る前回くらいの強さで落ち着くんだ』 『大体理解出来たわ。ありがとう。そろそろ行くわ』 『次の世界のぼくによろしくね』 そしてほむらは立ち上がる。 「ごめんなさい。そして、行ってくるわ、まどか、マミ」 「次の私たちによろしくね、暁美さん」 「今度はちゃんと守ってね、ほむらちゃん」 「うん、絶対……とは言い切れないけど、いつかは、必ず」 「ほむらちゃん言ってたよね、神様になった私は、全部のことを知ってたって。ならきっと今回のことも、別の世界の私のことも、いつかは判る時が来るよね」 「ええ、きっと。あの願いを叶えるあなたが、一人とは限らないわ。あれもあなたなのですもの。次があったら、過去も未来も、全部一つの『あなた』になるわ」 「その時を、待ってるね、ほむらちゃん……」 「……行ってきます」 そしてほむらは、この時間軸から姿を消した。