「うにゃぁん!? つ、強い……」「なんか、弱すぎて逆に反応に困るわね。第二形態とか出しなさいよ」「そ、そんな事言われましても」「まぁ良いわ、それじゃサクサクッと先に――」「ぜぇはぁぜぇはぁ……ま、待ち給え」「ナズーリン!? それに……」「お久しぶりですね。元気――とは言えないようですが、無事で何よりです」「ひ、聖! 本当に聖なんですか!?」「ええ、貴女にもナズーリンにも迷惑をかけました。ですが、もう大丈夫ですよ」「うう……そんな事ありません。私は、私は……」「――――ねぇ」「すまない、もう少し待ってくれ」「別に良いけど、あんまり長くは待たないわよ」「ああ、待ってくれるだけ御の字さ。……どうにもウチの連中は、揃いも揃って緊張感に欠けててな」「聖ぃ……聖ぃ……」「うふふ、泣き虫な所は変わってないのね」「感動の再会シーンも、オチの部分だけで見ると実質ただのコントよね」「……感想は差し控えさせて貰うよ」幻想郷覚書 聖蓮の章・拾「聖天白日/深紅の超越者」「えっと、それでお願いって言うのは何なんですかね」 とりあえず紅茶を一口飲んで心を落ち着け、僕は神綺さんにお願いの内容を尋ねた。 聖人さんはともかく、神綺さんには鎧とか神剣とかの事で滅茶苦茶恩義があるからなぁ。 多少――いや、かなり無茶なお願いでも聞いとかないといけないよね。やっぱり。 本当に無茶なお願いだったらゴメンナサイするしか無いけど、ある程度は覚悟しておこう。色々な意味で。「簡単よー。あの子の目の前で、博麗の巫女相手に正しい弾幕ごっこを実践してくれればいいのよ」「百聞は一見にしかずってヤツですか。理屈としては分かりますけど」 ……それ、何気にかなり難易度高くないですか? 聖人さんに弾幕ごっこを理解して貰う為には、当然それなりに良い勝負をしなければいけないはず。 その過程でいつもみたいに卑劣な真似をしちゃダメだろうし、どっちかの一方的な虐殺になってもやっぱりダメだろう。 特に後者は、知らない人からすれば勝負の名を借りたイジメにしか見えないワケだしね。 求められているのは、つまり弾幕ごっこの良い所を詰め込んだ様な理想的な接戦なのである。 それを、僕に、やれと、申しますか。本気の霊夢ちゃん相手に、真正面から、拮抗しろと、申しますか。 「無理です。多分、もっと余計な誤解を招くと思います」「もう、謙遜しちゃって」「いや本当に無理ですから。一度も攻撃が通じないまま、霊夢ちゃんにボコボコにされるビジョンしか見えませんって」 理不尽な暴力が目の前で行使される様を、理不尽な暴力を嫌ってる人に見せつけてどうするんですか。 助けようとしている面々や神綺さんの言葉から察するに、白蓮さんとやらは弱きを助け強きを挫く人妖平等主義の聖人さんなのだろう。 いや、人はどうなのか知らないけどね。聖人復活を企む面々の中に人間いなかったし。 けどまぁ、人格者っぽいから無下にはしないはず。多分。恐らく。聖人と言われてるならそれくらいは期待したい。 そんな心優しいであろう聖人さんに、弾幕ごっこが不当な暴力を振るう口実だと思われるのはマズい。 ……そういう一面が無いワケでも無いけど、あくまで弾幕ごっこは後腐れのないクリーンな勝負なんです。 実際、妖怪退治を生業にしてる霊夢ちゃんでさえ倒すだけでソレ以上の事はしないからね。 本気で命のやり取りをしていた昔と比べれば、今の幻想郷は大分有情だと思うんですよ。 まぁだからこそ、昔の常識で止まってる聖人さんが誤解しかねないワケなのですが。 ジェネレーションギャップって本当に厄介。それを修正する為には……やっぱり正しい弾幕ごっこを見せるしか無いんだろうなぁ。「うふふ、大丈夫よ。願いする以上、私だって全面協力しちゃうんだから」「はぁ、全面協力ですか」「晶ちゃん、ちょっと魔法の鎧を出してくれない?」「こうですか?」「ありがとう。それでね――えい!」 言われるがままに魔法の鎧を展開すると、神綺さんが両手をこちらに向けて可愛らしい掛け声を出す。 そのあまりにも軽い声色で若干和みはしたけれど、いきなり鎧が輝きだしたため落ち着いても居られなくなってしまった。「はにゃ!? な、何コレ何コレ!?」「魅魔が面白い事やってたから、私も真似させて貰ったわー。名付けて――――怪綺面『神』って所かしら」 目も当てられないほどの輝きが収まり、ゆっくりと視界が晴れていく。 サードアイの方でも見えなくなっていたから、多分魔力的な力の込められた光だったのだろう。なんてハタ迷惑な。 二、三度瞬きして完全に視力が戻った事を確認した僕は、そこで自分の身に起きた異変に気がついた。 ……両腕の鎧、こんなにゴツかったかな。 銀色だった鎧は何故か真紅に染まっており、全体的に装甲を追加され重装甲のロボットみたいになっている。 と言うか、ちらりと見える鎧の全体が全面的にゴツくて赤い気が。 僕はポケットから手鏡を取り出し、自分の全体像を確認して――想像以上の変わり様に絶句した。 鎧のカラーリングは全て白い縁取りをした深紅へと代わり、色合いだけ見れば神綺さんとお揃いになっている。 いや、本当に色だけなんですけどね。デザインに関してはもう完全にロボですロボ。 さっきは装甲追加と言う表現を用いたけど、明らかに装甲と呼べないようなパーツも幾つか散見できる。 と言うか足鎧が凄い事になってるのよ。つま先立ちの姿勢で固定されてて、辛くは無いんだけど無いからこそ違和感がある状態。 幸運? な事にスカートらへんはそのままだけど、他はもう完全にロボで侵食されてるよコレ。メカ神綺さんだよ。「男の子って、そういうデザインとか好きなんでしょう? ママ頑張ったのよー」 まぁ、嫌いじゃないです。むしろ大好きです。内心ちょっと喜んでます。 他にも変化として、背中には神綺さんみたいな文様の入った翼が三対生えている。 こちらも若干硬質さを増して直線的な形になっているので、やっぱりロボっぽさを増長させているけど。もう今更だから良いか。 そして髪型は変わっていないものの、髪の色も真っ白になって神綺さんと同じ色に。ちなみに髪留めも同じ形です。 最後に顔の上半分を隠す形で、翼を模したV字のバイザーが面として張り付いて―――あれ? このバイザー、完全に目を隠してるんだけど何で見えてるのかな? サードアイのおかげ……って感じでも無いし、ヘッドマウントディスプレイみたいなモノなのかな。無駄に高性能だなぁ。「機能は色々とあるけど、そこらへんは道中で説明するわね。あんまり時間も無いみたいだから」「道中? 連れてきた時みたいに、パッとワープさせてくれるんじゃ無いんですか?」「別に良いけど、怪綺面はとっても速いから慣れておいた方が良いわよ?」「……ここから法界までって、飛んでいけるんですかね」「とっても遠いけど行けない事は無いわ。あ、怪綺面ならすぐだから大丈夫よ」 なにそれこわい。具体的な時間とか距離とか明言されてない所が、一層恐怖を掻き立てるんですけど。 でも確かに、初めての面変化をぶっつけ本番で試すワケにはいかないよね。 最低でも身体の動かし方くらいは分かっておかないと、接戦なんて夢のまた夢だろう。「私とはいつでもお話出来るから、何でも聞いてくれて良いわよ。方向は――今出したから」 神綺さんが言うのと同時に、視界内に赤い矢印が表示される。 やっぱりヘッドマウントディスプレイなのか……かなり便利だけど、魔法っぽさが欠片も無いなコレは。 僕は真正面の位置に矢印が来るように身体の向きを変えると、飛び上がる自分を意識して大きく息を吸い込んだ。 するとゆっくりと身体が浮かび上がり、鎧の足裏あたりから魔法陣が噴射され始める。 断続的に吐き出され消えていく魔法陣は、恐らく噴射剤か何かの役割を担っているのだろう。 いつでも飛び出せそうなこの状況は、一種のアイドリング状態であるに違いない。 ……それは分かるんだけど、待機の時点で感じるこの凄まじいまでのパワーはどうしたものだろうか。 追加された魔力量は靈異面とほぼ同じっぽいけど、それを全部肉体強化に回してるせいでエラい事になってる気が。 大丈夫なのかなコレ。飛ぶのがちょっと怖いんだけど……神綺さん、信じますよ?「それじゃ晶ちゃん、白蓮ちゃんの事よろしくお願いするわね」「まぁ、出来うる限り最善を尽くします」「それと今度、アリスちゃんを連れて魔界へ遊びに来てくれると嬉しいわー。いつでも歓迎するわよ?」「そんな気軽に魔界を行き来するのもどうかと思いますが、一応アリスに確認しておきますね」「不思議なモノたくさん用意して待ってるわ」「首に縄を付けてでも帰省させますんで安心してください!」 よし決めた、絶対にまた魔界に来てやる。絶対に来てやる。その為には全力で生き残らないと。 僕は覚悟を決めて、指定された方角に向けて飛び上がろうとした。 すると六枚の翼が文様の部分を広げる形に展開し、光の粒子を放ち始める。 排出される魔法陣の勢いも増し、準備万端整ったと言った所で僕は飛び立ち――そして、一筋の閃光となった。「ほ、ほにゃああああああああああああああああああああ!?」「いってらしゃ~い」 本日の教訓。どれだけ良い人に見えても、神綺さんは魔界を統べる神様なので油断しないほうが良い。 もう手遅れな気がしますけどね! ――いやぁ、怪綺面は凄いなぁあはははは。「ほ、本当にあっという間だった」 法界の真っ赤な空の下、視界のかなり遠くに星蓮船を捉える所まで来た僕は、溜息と共に心底からの感想を口にした。 ……本気で洒落にならないスピードだったね。音速の壁って、あんな簡単に突破できるもんだったんだ。 正直、こっちの常識を遥かに超える速さのせいで距離感が掴めなかったよ。 ほとんど一瞬で到達したんだけど、実際はどれくらい離れていたんだろうか……知りたいような知りたくないような。〈でも怪綺面の使い方は分かったでしょう?〉 ええ、とても。神綺さんの説明は分かりやすかったですからね。 ……そう。一瞬だったはずの移動時間で、何故か僕は怪綺面の機能や性能を把握する事が出来たのでした。 やっぱりおかしいよね。絶対アレ、なんか高速とか圧縮とかそういう言語使ってましたよね。〈うふふふふ〉 恐るべし魔界神。天然に見えて、意外と計算高いんですね神綺さん。さすがアリスの母親だ。 ちなみにさっきから僕と会話してる神綺さん、今ココにはいなかったりします。 現在聞こえている彼女の声は、魅魔様的な脳内通信によるモノである。 こっちは単に神綺さんの念波を受信しているだけだけど。……僕の脳内、着実にチャットルームと化しているなぁ。〈そうそう、ここまで来ればあの御船の中の会話も拾えるわよ。聞いておく?〉「あー、そうですね。そうした方が介入しやすいので、ちょっと軽く盗聴して貰えますか?」〈はーい、それじゃあ繋げるわねー〉 我ながら実に人聞きの悪い言い方だが、神綺さんはさほど気にした様子も見せず船内の様子を映し出した。 視界の右上にワイプが発生し、リアルタイムらしき内部の状況を表示させる。 物凄く便利だけど、どんどん魔法っぽさが失われていくのはどうしたものだろうか。 これが「進んだ科学は魔法と同じに見える」ってヤツか――いや、逆だよ!? 良いのかなぁ。神綺さん的にはきっと些末事なんだろうけどさ、魔法にそれなりの夢を持ってるこっちとしては……ねぇ? とかどうでも良い事を気にしていたら、ワイプ内の船内事情が大分愉快な事になっていました。 以下、聞こえてくる音声を適当に拾ったものです。『聖、頼むから落ち着いてくれ! 私が「場を収めてほしい」と言ったのは、巫女を倒してくれと言う意味では無くてだな!!』『ナズーリン……私はこの様な非道、看過できません。退魔の巫女とは言え彼女の振る舞いはあまりにも暴虐的過ぎます』『いや、彼女は確かに色々と問題のある性格をしているが、退魔の巫女としてはわりと穏便な方で』『別にどうでも良いわよ。私のやる事は変わらないし』 『気にしてくれ! そこを適当に扱われると、我々にとっても幻想郷にとっても非常によろしくない事になる!!』『聖、頑張ってください……がくっ』『ご主人はホント空気と状況と私の心を読めよ!!』『ところで、いきなり真面目になられるとさすがの私もちょっと反応に困るんだけど』『……聖もご主人も、常に真面目なんだよ。困った事にな』 わぁ、大変だ。主にナズーリンが。 どうやら神綺さんの危惧はドンピシャだったらしく、すでに聖人さんと霊夢ちゃんは臨戦態勢に入っていた。 うーん、霊夢ちゃんの問答無用っぷりと説明しなさっぷりが明らかにマイナスに働いてるなぁ。 ナズーリンはその問題に気付いて何とかしようと頑張ってるけど、誰も彼も好き勝手やってる現状ではほぼ無意味な様です。 というか、今気絶した妖怪らしき人含めてナズーリンの味方が大半なはずなのに、何故彼女が困っているのだろうか。 ……今回の異変でナズーリンがあくせくしていた原因を、何となく察した気がしました。お疲れナズーリン。〈あらあら大変そう。急いだ方が良さそうよ、晶ちゃん〉「ですねー」 個人的には戸惑うナズーリンをもっと見ていたいのだけど、満足する頃には手遅れになってそうなので断念。 僕は待機状態になっていた身体を再度稼働させ、全速力で星蓮船へ向かい――その横っ腹に勢い良く体当たりをブチかました。 言ってしまえば速度強化版の幻想風靡だ。軽い気持ちでやってみたけど、威力的には相当なモノだろう。 しかもコレ、この速度で突っ込んで何枚も壁を抜いたのに全然体痛くないんですけど。 こっちの予想よりも、怪綺面のスペックはかなり凄いのかもしれない。今から確認する事が出来ないのが残念だ。 そうやってド派手にワイプで映されていた場所へと到達した僕は、聖人さんやナズーリン達を背後に眼前の霊夢ちゃんへと啖呵を切った。 「そこまでだ霊夢ちゃん! 聖人さんと戦う前に、まずは僕が相手になろうじゃないか!!」「え、アンタそっち側なの?」「そうなんですよー、ちょっと魔界で色々ありまして。ゴメンね、霊夢ちゃん」「……巫女が言ってるのは、そんな登場の仕方をしておいて敵なのか。と言う事だと思うぞ。……道化師、で良いんだよな?」「ほへ?」 呆れ声のナズーリンに言われ、僕は周囲の様子を窺ってみる。 ワイプで見てる時もそこそこ荒れていた船内は、最高速で突っ込んだ影響で更にボロボロになっていた。 早めの到着を意識して行動したんだけど、さすがにこれは最短ルート過ぎたかなぁ。 アイシクル緊急停止と言う名の宣戦布告の時よりも大きな穴が空いてるし、改めて考えてみると物凄くやり過ぎな気が。 と言うか文句無しでやり過ぎか。うーん、なんだって僕はこんな事を……ああ。「パワーアップして浮かれてたみたい。メンゴメンゴ☆」「アンタって本当に天晴なバカよね」 返す言葉もありません。僕は霊夢ちゃんの的確なツッコミに頭をかいて苦笑いした。 あ、この鎧こういう作業も出来るんだ。見た目ゴッツいのに意外と繊細なのね。「…………どうやっても掻き回される運命か」 そんな色んな意味でシュールな状況下で、頭を抱えたナズーリンは全てを諦めたように言葉を漏らすのだった。ゴメンね。 ちなみにその間、聖人さんはポカンとしっぱなしでした。 ――まぁ、最悪の事態は避けられたから良いよね! 良いって事にしておいてくださいお願いします。