「ど、どどど、どうしましょう。ついにここまで来てしまいました、宝塔がまだ見つかっていないと言うのに……」「おーい、大丈夫かーい」「ふにゃぁん!? ななな、何事ですかキャプテン村紗!?」「ナズーリンが策の仕上げに取り掛かったから、私も操舵に集中しようかと思ってね」「あ、ああ、そうですか。お疲れ様です」「良いよ、目的は同じなんだ。各々やれる事をやってるだけの話さ」「……そうですね。目的は同じなんですから、皆やれる事をやるべきですよね」「あ――え、えっと、そういえばナズーリンから伝言を預かってるんだけど」「ナズーリンからですか?」「うん。『例のモノはそろそろ手に入るから、侵入者の迎撃をお願いする』だってさ」「そ、そうなのですか! 良かったぁ……」「それにしても例のモノ……ねぇ。結局何だったの、ソレ?」「え、えっと、それじゃあ私は迎撃に行ってきますね! では!!」「あーうん、お気をつけて」幻想郷覚書 聖蓮の章・捌「聖天白日/鼠が塩を引く」「はぁ、参ったなぁ」 どうも、空のド真ん中で途方に暮れている久遠晶です。 内容がアレでも決着がついた事に変わりはない為、僕の身体は無事に僕自身へと返却されたのでした。 ……同時に靈異面も解除されたから、魔理沙ちゃんごと墜落しかける羽目になったのですがね。 僕には『純粋な浮遊能力』はあっても、『純粋な飛行能力』は無いんだよ! そしてその浮遊能力も一度加速がつくとほぼ無意味なので、落ちてる最中に使っても何の役にも立たないと言う。 氷翼展開が少しでも遅かったらアウトだったね。魅魔様もうちょっと気をつけてくださいよぉ。〈少年はオールマイティキャラの癖に、所々で面倒臭い仕様を挟んでくるね〉 んな事は、僕が一番良くわかってます。 まぁ、今回は幸運にも地面とランデブーはしなかったので、そこは深く気にするまいて。 僕が途方に暮れている事は、勝負やら墜落やらとは何も関係していないのだから。「船、遠いっすねー」〈あたしらが戦ってる間にも進んでたからなぁ。見える位置に居るだけまだ有情ってもんだろう〉「空、赤いっすねー」〈夕焼けと呼ぶにはちーと赤すぎるね。私は嫌いじゃないけど〉「周り、何も無いっすねー」〈全方位真っ平、地平線が見放題じゃん。やったね少年!〉「――で、ここドコよ?」 明らかに不自然な赤すぎる空。妖怪の山も魔法の森も見当たらない広大な大地。そしてサードアイが捉える異質な空気。 今まで気付かなかったけど、あからさまにここは幻想郷じゃ無かった。いつの間に……。 そういえば、靈異面で船に風穴を空けた時からすでに空は赤かったような。 あの時もしくはそれ以前からすでに、僕らはこの謎過ぎる空間に囚われていたのかもしれないね。 ……囚われてる、のかな? ここがどこだか分からないから、自分がどういう状況に居るのかも正直分からないっす。〈ここは魔界さ。空間と言うより世界だから、囚われたって表現は的確でないね〉 へ、魔界? 魔界ってあの神綺様の作ったと言う?〈正確に言うと、その魔界の一部で法界って呼ばれてるトコ。いやー、色んな意味で懐かしいなー〉 こっちは色んな意味で衝撃的なんですが。期待してなかった問いかけに、何で平然と答えてるんですか魅魔様。 と言うか法界って何? 懐かしいって何? ちょっと一つずつ丁寧に説明してくださいよ。〈無理〉 なんで!?〈頑張りすぎたせいで眠いんだよ。魔界の事をツラツラと語っていたら、確実に寝落ちしちゃうだろうね〉 あー、また怨み辛みパワーが不足しているのですか。 魅魔様ってば本当に燃費が悪いよね。あんだけ寝てたのに、一戦しただけでアウトって相当ですよ? ……でもここが魔界なら、そこらへんも何とかなりそうな気がするんですが。 一応、魅魔様も魔法使いの一種なんでしょう? 〈そういうのを「パンが無ければ土でも食ってりゃいいじゃない」って言うんだよ〉 世の中には土粥って言う救荒食がありましてね。〈ガチ最終手段じゃねーか! そこまで魅魔様食うのに困ってねーよ!! 良いから寝かせろ!〉 はいはい、なら謎は謎のままで良いのでさっさと寝ちゃってください。 さすがにそこまで無茶させる気は無いですよ。僕の中で魅魔様は宝籤みたいな存在なんで。〈そこまで期待されてないのも腹立つけど……ふぁ、ダメっぽいからもう寝るわ〉 厭味ったらしい欠伸を最後に、魅魔様の声はプッツリと止んでしまった。 まぁ、ここが魔界――法界だっけ? と分かっただけ幸運だったと言う事にしておこう。 後の細かい所は、恐らく僕等をここへ連れてきたのであろうあの船の人達に聞く事にします。 ……うーん、明らかにこっちが後手に回ってるなぁ。仕方の無い事だとはいえ、不安ばかりが増していくよ。 尚も遠ざかっていく船を追いかけながら、僕は何とも言えない嫌な予感に身を震わせるのだった。「やぁ、待っていたよ道化師。‘荷物’の方はそこに置いておくと良い」 ……ほら、やっぱ嫌な予感当たった。 船に追いついた僕を待ち受けていたのは、最早すっかり顔馴染みとなった策士のナズーリンだった。 アイシクル緊急停止でぶち抜いた穴を玄関の如く扱うその様は、僕が穴を空けた当人で無ければ即座にツッコミを入れる程シュールな姿である。 はぁ、出来れば見なかった事にして迂回したかったんだけどなぁ。 これ見よがしに穴の前で待機されちゃ、さすがに無視するワケにも行かないんだよね。「何で待ち伏せしてくれないのさ……」「無視されると分かっていて隠れる趣味は無いのでな」 ですよねー。……本当にやり難いなぁ、このネズミ妖怪さんは。 彼女がココに居る理由は、間違いなく僕の持つ「仏塔型ランタン」だろう。 以前に霊夢ちゃんを使って打ち切った交渉を、彼女は今ココで再開しようとしているのだ。 うーむ、厄介だなぁ。今回は問答無用の化身こと博麗の巫女もいないし――何か切り出される前に始末しておくかな。 僕は抱えていた魔理沙ちゃんを船の床に寝かせ、こっそりと攻撃の準備を整える。 次に彼女が何を言おうと、有無を言わさずしばき倒す姿勢である。 そんなコチラの態度に気付いているのかいないのか、ナズーリンは軽い態度で肩を竦めて言った。「我々の目的は、ある聖人の復活だ」「はへ?」「法界に封じられた彼女を解き放つ為、我らは聖輦船に集まったのだよ」 あっ、あっさり目的をバラしたー!? アレだけ思わせぶりにしていたのは何だったのか、躊躇なく話すナズーリンの姿に僕は戦慄を覚えた。 「……どういうつもりさ?」「いやなに、ここまで来た以上は隠し事をしても無意味だと思ってね。実は私、存外に口が軽いのさ」 いけしゃあしゃあと……その割には、随分と語る内容が歯抜けじゃないか。 やっぱりナズーリンは怖い。今の一言で、僕の行動は完全に封じられてしまったのだ。 彼女が語ろうとしているのは、異変の核心そのものズバリである。 僕がもっとも知りたかった今回の騒動の原因。彼女はその手札を最初に切る事で、自らに有利な状況をあっさり作り上げた。 ……こっちの心情に至るまで、一切合切お見通しって事か。読心能力もないのに良くやるもんですよ。「ここから先を聞きたければ、交渉のテーブルに着けって事かな」「高望みし過ぎだな。‘私が勝手に目的を喋るから、君は黙って聞いててくれ’――あたりが妥当な要求だろう」「それはちょっと安すぎない? もっと吹っかけても良いと思うよ?」「いやいや、全て話しても‘その程度の情報’さ。今知るか、後で知るか、瑣末な違いでしか無い」 ……この情報を餌にしなくても、目的は果たせると踏んでるって事か。 それとも、ナズーリンが言った通り時間の経過で情報の価値と比重が変わった? 分からないけど、相手はもう数手ほど交渉の材料を持ってると思った方が良いだろう。「――分かった、話を続けて。出来れば最初から、分かりやすくね」「よしよし、じゃあソコにでも座って語り合おうじゃないか」 ブチ抜いた穴のおかげで見晴らしの良い椅子になっている床の部分に、横並びとなる形で僕とナズーリンは腰を掛けた。 遮るものが無いので、法界の全景が視界全体に広がる何気に最高のポジションだ。 ……出来れば、もうちょい安らかな心境でコレを見たかったっす。 親しき隣人みたいな近さで座ってるけど、お互い喉元にナイフ突きつけあってる様なモノだからなぁ。 僕は正直、こういう殺伐としたやり取りはあんま好きじゃないんですけどねー。シンプルなのが一番だよ、うん。「とは言え語れる事は意外と少ないぞ。我々の行動は全て、聖人復活のための布石だったのでな」「この船とか、あのUFO? とか、僕の仏塔型ランタンとかも全部?」「アレは『宝塔』と言う、真に徳の高い一品だ。私の立場的に行燈扱いされると泣く羽目になるから勘弁してくれ」「古道具屋の倉庫で眠ってる程度の徳の高さか……」「そこ追求されるともっと泣く羽目になるから有耶無耶にしといてくれ」「隠し事はしないんじゃなかったの?」「我々の目的とは関係の無い部分だからな。……本当に、何故無関係な事態にここまで苦心せねば」 わぁ、これは駆け引き関係無いガチの愚痴だなぁ。 隙と言えば隙なのだろうけど、ここを突っついても憂さ晴らしにしかならない感じ。 ぶっちゃけランタン――宝塔だったか。が、どういう経緯で香霖堂にあったのかとか興味ないしね。 どうもナズーリンの口振りから察するに、元々コレは彼女ら側の所有物だったみたいだけど。 だからって無償で手放すつもりはありませんからね。追求しないのが吉ですよ。 聖人復活は大変興味深いけど、それだけで異変の片棒を担ぎ出すほど僕の性根はネジ曲がって無いのです。「じゃあ話を戻すけど、全部その聖人さんとやらの復活に必要なモノだったんだね?」「うむ。聖輦船、飛倉の破片、宝塔。これら全てを揃え、法界に封じられた彼女――聖白蓮を開放するのが我々の目的なのだよ」「ここぞとばかりに用語を増やして来たね。ふむ、飛倉に白蓮か――信貴山? 野衾?」「信貴山の方だな。命蓮は……聖の弟君だよ」 と言うと尼公さんですか。まさか平安時代の人間が――って、そういやもう月の姫君が居たっけか。 つーか前にも言った気がするけど、古典は僕の専門じゃ無いんですよね。 だから細かいストーリーはあんまり知らないって言うか。登場人物まで把握してないって言うか。 ……とは言え、尼公が主役の話じゃなかったのは確かだったはず。主役はその弟の命蓮だったよーな違うよーな。「ちなみに、聖輦船を法界へと飛ばしたのは弟君の力だ。飛倉の破片には彼の法力が込められているのだよ」「法力を込められた結果が未確認飛行物体っすか」 まぁ、僕には板っ切れにしか見えなかったので飛倉と聞いて納得したのだけど。 散々UFO扱いされていた物の正体が、実は霊験あらたかな一品だったとは……どういう効果なのですかソレは? 「その事で戸惑っているのはこちらも同じさ。弟君の法力には、形状誤認の効果など無いはずなのだがな」「……そこは原因を把握しとこうよ、策士として」「我々としては、正体不明であってくれた方が有難かったのだよ。――それに、そんな些末事に構っているほどの余裕も無かった」「話を聞けば聞くほど、ナズーリン達のイッパイイッパイっぷりが明らかになるんですが」「実際、予想外の事態が重なり続けたからな。まず飛倉がバラバラになった時点で、私の立てた最初の計画は破綻している」「そうなの? なんでまたそんな事に」「……飛倉の封印されていた旧地獄で、謎の灼熱地獄暴走騒動があったからな」 僕のせいでした。うう、今回の異変は無関係でいられると思ったのにぃ。 いや、宝塔持ってる時点で渦中ど真ん中確定なんですけどね。 そっちは良いんです。不幸な事故であって、僕側に過失はありませんから。絶対に無いからね! でも灼熱地獄暴走はなぁ。責められるとゴメンナサイと言うしか無い、霊夢ちゃん公認の異変だから……。 まぁ、関係は関係でも内容的には妨害だったのがまだ救いか。 これでこっちの異変も悪化させていたら、ナズーリンの言ってた『狡知の道化師』と言う二つ名を本格的に否定できなくなってしまう。「とは言え、アレのおかげで旧地獄に忍び込む必要が無くなったのも事実だ。聖輦船の件もあるし、私は君の事を恨んではいないよ」「聖輦船の件? 大穴ぶち抜きの事?」「違う。それは後でキャプテン・ムラサに謝っておいた方が良いぞ。だいぶお冠だったからな」「あーうん、異変終わったら菓子折りでも持っていきます」「そうすべきだろう。ちなみに私の言う『聖輦船の件』と言うのは、灼熱地獄の暴走でこれまた封印されていた我らの船が開放された話の事だ」「……はへ?」「実は白蓮に纏わる代物は、全て旧地獄に封ぜられていてね。私はそれをどう開放しようか悩んでいたワケだ」「で、計画を立てて何とかしようと思ったら……僕が?」「うむ。皆に変わって礼を言わせてくれ、『狡知の道化師』殿」 あからさまに意地の悪い笑みで、ナズーリンが僕の肩を無駄に優しく叩いた。 分かった上でかこのアマ。と言うか、最初に邪魔されたっぽく言ったのはコレの前振りかチクショウ。 どうやら僕は、きっちりこっちの異変もややこしくしていたようだ。 ……こんにちは『狡知の道化師』、よろしくね『人間災害』。僕はもう何を言われても文句を言えないのかもしれません、ぐすん。「まぁ元気を出せ。灼熱地獄の暴走がこのような展開を引き起こすなど、この賢将にさえ見抜けなかったのだ。これは事故の範疇だよ」「散々煽ってきた人にんな事言われてもなぁ……」「やれやれ拗ね過ぎだな。――仕方がない、では良い物を見せてやろう」「イイモノ?」 そう言って彼女が取り出したのは、ごっつい鎖のついた立派な錠前だった。 鈍い金色に輝くソレは、尋常ならざる力を放っている。 うわ、何それカッコいい!! 何かこう、あからさまにタダの錠じゃ無いって感じがヒシヒシしますよ!「これは毘沙門天の力を宿した一品でね。宝物を守る力を持った錠前なのだよ」「毘沙門天! なるほどね、ネズミ妖怪のナズーリンならコネがあるワケですか!!」「コネと言うか……まぁ、そこは良いか。ちなみに使い方だが――ちょっと両腕を貸してくれ」「どうぞ! どうするの!?」「こうして鎖を両腕に巻いて、錠前を閉じると……」「閉じると!?」「鎖に縛られた人間は、能力を外部に伝達できなくなる。身体と言う箱の中に力が閉じ込められてしまうワケだな」「へー! ……えっ」 僕は手錠みたいな形で両手に巻き付いている鎖を、両腕ごと上げ下げしてみる。 この場合、鎖に縛られた人間と言うのは僕の事だろう。 つまりこの状況だと、僕の能力は……。 試しに氷翼を展開してみようと頑張ってみたけれど、冷気も風もピクリともしませんでした。 ――アレ、これ地味にヤバくね?「しまった! コレは罠か!?」「うむ。無事にハマってくれて安心している」 なんという巧妙な罠だ。あっという間に僕は、絶体絶命の窮地に追い込まれてしまったのだった。 くそう、何でこんな事に……。 「そうなるように仕向けた私が言うのもなんだが、当然の流れだろう」「ですよねー」