「ただいま、状況はどうだい?」「この上なく最悪だよ! 船に何かをぶち込まれる、一輪は倒される、危険人物はワラワラ入ってくる!! もうてんやわんや!」「そうか。なら問題無いな、想定の範囲内だ」「……ナズーリン。君はとても聡明だけど、賢すぎて何を考えているのか分からないのが欠点だと思う」「例え痛みを伴ったとしても、相応の結果が得られればそれは勝利だと言う事だ。少なくとも、準備は十分に整ったさ」「えっ?」「君の言う「ワラワラ入ってきた危険人物」達は、皆‘宝の破片’を持っているのだよ」「そ、それじゃあ!」「ああ、聖輦船を本来の目的地へ向かわせるぞ。ご主人にもその旨通達済みだ」「いよいよなんだ……ぐすっ、どれだけこの時を待った事か」「うむ、そうだな。今日この日の為に我らは苦難を重ねてきたワケだ。うむうむ」「ずびびっ、長かったなぁ。本当に長かったよ」「ならばそこに、追加で一つ苦難を加えても問題あるまい。なぁキャプテン」「確かに。今更一つくらい苦難を……えっ?」「それは良かった。実は一つ、頼まれて欲しい事があるのだよ」幻想郷覚書 聖蓮の章・伍「聖天白日/クロス・クラッシュ」「そこ、右よ。多分階段があるわ」「あ、本当だ――っと!」 通路を曲がった途端襲いかかってきた妖精に、フリーになってる足で蹴りを叩き込む。 妖精は綺麗にピチュってくれるから、安心してドつけるなぁとか思ってしまう自分がちょっと嫌。 まぁ、別にどう思ってようが結局殴るんですけどね? 嫌な気分になるだけで、それが攻撃に影響するワケじゃないのが僕の良い所です。ええ、良い所だと言い張ります。「やっぱコレ、霊夢ちゃんの指示する方向をブチ抜いて進んだ方が効率良くない?」「それで船が落ちたらより面倒な事になるわよ。ほら、次は真っ直ぐ」「霊夢ちゃんがそう言うなら良いけど……」 ちなみに船に突入してから、霊夢ちゃんはずっと僕の背中に乗っかっております。 所謂オンブの状態ですね。どうやら霊夢ちゃんは、僕に馬車馬としての価値を見出したらしい。「良いわねアンタ。事故る危険性は高いけど、これだけ速いと気分が良いわ」「あはは、そりゃどうも。でも博麗の巫女的にコレはオッケーなの?」「問題無いわ。昔は亀を移動手段にしてた事もあるし」「……ガメラ?」「写真機は関係無いわよ」 いえいえ、カメラで無くてですね。 こちらが苦笑すると、霊夢ちゃんは意味が分からないとばかりに首を傾げた。 どうやら博麗の巫女だからと言って、他人の力を借りてはいけないとかそう言う事は特に無いらしい。 普段借りようとしないのは、純粋に借りる必要性が無いからなのだろう。 いや、今のコレも必要かと問われるとそうでも無いのですがね? むしろ大して得しない行動だから、霊夢ちゃんが何の文句も無く負ぶさってる現状がちょっと不思議なくらいだ。 「ところで晶、お茶とか出ないの?」「わぁ、全力で寛いでるやこの巫女さん」 完全にサ店扱いである。本当に深い意味も無く楽したかっただけらしい。 とりあえず、変に拗ねられても困るんで常備していた紅茶入りの水筒を渡しておいた。 飲んだ瞬間霊夢ちゃんが露骨に顔を顰めたけど、味に関しての文句は聞きません。 うん、さすがの僕も砂糖ブチ込み過ぎたかなーと思ってたんだ。やっぱダダ甘だったか。「おっと、霊夢ちゃん次どっち?」「んぐっんぐっ……けぷ、右よ」「……渡しといてなんだけど、全部飲む必要は無いよ?」「逆に喉渇いたわ」 そりゃそーでしょうよ。どうにも霊夢ちゃんの考えは読めないなぁ。 霊夢ちゃんから空になった水筒を受け取って、僕は目の前の十字路を右に曲がった。 すると同時に、こちらの眼前へと迫ってくる巨大な錨。えっ、何コレ? 何で船の中に錨が? 良く分からないまま、妖精の時と同じノリで蹴り飛ばそうと足鎧を構える僕。 しかしその一撃を放つ前に、背中の霊夢ちゃんが動き出した。 彼女は身体を乗り出し手を伸ばすと、激突寸前の錨に軽く触れて――まるで木の枝でも扱うかの様にソレを回転させる。 その過程で勢いを奪われた錨はその身体を支える程度の深さで床へ突き刺さるが、それによる振動などは一切起きなかった。 ……合気みたいな技を使う事は知ってたけど、ここまで無茶苦茶だとは思わなかったなぁ。博麗の巫女は本当にチート過ぎる。「やっぱり、この程度じゃ決まらないか」 そんなこちらを見て、錨をぶつけて来たと思しき少女が肩を竦めた。 純白のセーラー服……と言うより水兵服かな? を着て、斜に帽子を被った活発そうな少女だ。 放ってきた攻撃が錨と言うのも納得できる、見事なまでの船の人だった。 ……まさかとは思うけど、これで船幽霊だとか言わないよね。 いや確かに言葉だけで見るとまんまだけどさ、船幽霊って船沈める方の妖怪だよね。その服着てる人ら沈める役割だよね。「えーっと、お姉さん何者ですか?」「見て分からない? この船の船長をしているしがない船幽霊だよ。村紗水蜜、キャプテン村紗と呼ぶがいいさ」 見て分かるけど凄く納得いかない。だから船幽霊って沈める方じゃん、何で船長なんてやってるのさ。 僕がそんな風にモヤモヤとした気持ちを抱えていると、話はそれで終わりと言わんばかりにキャプテン村紗が二撃目を放ってくる。 ――が、不意打ちで無い攻撃ならそれくらい裁けない僕じゃない。鼻先を掠る寸前、僕は風を纏わせた裏拳で錨の横っ面を引っぱたいた。 さほど力は込めなかったけれど、方向を逸らす様な打ち方と風による反発力のおかげで錨は派手に吹っ飛んだ。 それはもう、派手過ぎて壁の五・六枚をぶち抜くレベルでしたともさ。 ……防御方法一つとっても性格って出るよなぁ。これが霊夢ちゃんと僕との違いなのだろうか。 まぁ、どっちにしろダメージ受けるのはアッチだからどうでも良いんだけどね。 そんな気持ちを込めて殴った右腕をグルグル回していると、キャプテン村紗は再び肩を竦めてみせる。「いやー。仕掛けておいてなんだけどさ、ここまで大暴れされるといっそ清々しいよね」「言われてますよ霊夢ちゃん」「お望み通り大暴れしてあげてもいいのよ。アンタの無事は保障しないけど」「スイマセン。いつも通りの霊夢ちゃんで居てください」 と言うか、コレでまだ「大暴れ」じゃないのかこの子は。色々な意味で底知れないなぁ。 博麗の巫女の凄まじさを再度実感した僕は、頼もしいような恐ろしいような感情と共に苦笑を浮かべる。 ちなみにキャプテン村紗は、そこらへんの話をあまり広げるつもりは無かったらしくほぼノーリアクションだった。 まだ霊夢ちゃんに上があると聞いて若干頬を引き攣らせていたけど、そこを責めるのは酷と言うものだろうさ。 うん、誰だってそんな反応しちゃうよね。しょうがないよね。「なるほど。ナズーリンが言った通り、余計な真似をすれば相手のペースに巻き込まれるか」「ほぇ? ナズーリン?」「――問答無用!!」 ―――――――転覆「沈没アンカー」 三度放たれる錨。その軌跡をなぞった光の線が、無数の弾幕に別れた。 同時に、僕を踏み台にして高々と飛翔する霊夢ちゃん。 された僕は見事に体勢を乱してしまったのだけど、もちろんそんな事を霊夢ちゃんが気にするワケも無く。 普通なら避けられた錨の直撃を、僕は顔面で受け止めてしまったのでした。「へぶぷっ!?」「うわ、エグい……」「隙だらけよ」「う、うわっ!? くそっ、なんて滅茶苦茶な巫女だ! 敵でも味方でもお構い無しだなんて!!」「この馬鹿は早々死なないから大丈夫よ」 いや、さすがにこれだけの重量をバランス崩した姿勢で顔面受けしたら僕も死にます。 実際にそこらへんの判定がシビアな鎧さんは、ピカピカ光って今のは即死でしたと教えてくださいました。 まったく、さすが幻想郷はどこで死ぬか分からない危険地帯だぜ! そして何事も無かったかの様に弾幕を避け、驚愕するキャプテンの隙を平然とつく霊夢ちゃん。 実にクレイジーだ。本当に僕が死なないから大丈夫だと思ってたのか、別に死んでも大丈夫だと思ってたのかで感想は変わってくるけど。 とりあえず、霊夢ちゃんは味方であろうと容赦無くオブジェクト扱いする人だ。それはしっかり覚えておこう。「とか思いつつも、不意打ちアイシクルスパイク!!」「うぎゃあ!? 死体が攻撃してきた!?」「くっくっくっく。ちょっと首の骨を折られたくらいで、僕が死ぬとは思わない事だね!」 嘘です。折れてないです。折れたら死にます。「出鱈目過ぎる……くっそぉ」 地面から伸びる氷柱と霊夢ちゃんの弾幕に押され、キャプテン村紗は弾幕を放ちながら後退していく。 ――しかし妙だな、撤退だとすると少しばかり早すぎる気が。 キャプテンの呟きからして、ナズーリンがこの船の妖怪達と関係している事は確実だ。 つまりキャプテン村紗の襲撃は、ナズーリンも承知の上だったと言う事になる。 何の勝算もない突撃を、果たして彼女が許容するだろうか。……無いよなぁ。「霊夢ちゃん、どうする?」「別に問題ないでしょう。追うわよ」 霊夢ちゃんが言うなら良いけど……ナズーリンは、そこらへんの判断も加味した上で策を練ってそうだから怖い。 んー、あんまりナズーリンの影に怯えるのもどうかと思うんだけど。相手が相手だからねー。 とは言え考えすぎても分からないものは分からないし、それならいっそ素直な気持ちで罠に乗っかるのが得策なんだろうさ。 ……霊夢ちゃんと違って、乗っかった罠を捌ききれるかどうかは分かんないけどね。 まぁ、そこは深く考えない様にしよう。僕だってやれば出来るさ! 多分!! とりあえずそう言う風に折り合いをつけて、僕らは全力で逃げていくキャプテンを追いかける。 付かず離れずを意識していないのは、引き離したいからなのかそうしないと追いつかれると判断したからなのか。 とりあえず、軽く確かめて見るかな? 僕は弾幕を無理矢理に突っ切る形で加速し、その勢いをそのままに飛び上がって蹴りの姿勢を取った。「ひっさぁーつ……」「あ、止めなさいよ馬鹿」「スペカからは格下げですゴメンね! ペネトレイション・サーペント!!」 僕は氷翼を展開し体に纏わりつかせ、全身を覆う巨大なドリルを形成した。 それを気で高速回転させ、相手へ向けて一気に突撃する。 ええ、別にスペカから格下げしたからと言って、特に何が変わったと言うワケでもないですとも。 良いんですよー。威力不足で格下げしたワケなんですから、非スペカ技としてガンガン使っても問題ないんですー。 そんな誰に対してか分からない言い訳を内心でしながら、僕はキャプテン村紗目掛け蹴りを―――「良くやった、キャプテン」「ほにゃ?」「えっ?」「ん?」 かまそうとしたら、横から突然現れたナズーリンがキャプテンを回収して逃げていった。 しかもさっきまでキャプテン村紗が居た位置には、何故か光を纏った魔理沙ちゃんが。 あ、良く見るとココ十字路になってたのか。と言うことは誘われたのか。僕の攻撃は思う壺でしたかそうですか。 ――うん、これはどうしようも無いね。もうどう足掻いても抵抗出来ないね。 色々諦めた僕は、唖然としている魔理沙ちゃんに目標を変えて蹴りを叩き込んだ。 ちなみに容赦はしてません。もちろん全力です。わー、綺麗に入ったなぁ。「どわぁっ!?」「おっとっと」 どうやら相手も何らかの技の最中だったらしく、蹴りを当てたこちらの体も弾かれてしまった。 ただし如何ともしがたい進行方向の違いで、こちらのダメージはほぼ無しである。 氷翼解除からの一回転宙返りで僕が着地すると、バランスを崩しながらもしっかり受身を取っていた魔理沙ちゃんが僕を睨みつけてきた。「いきなり何すんだこのヤロウ!!」「急に魔理沙ちゃんが来たので」「QMKですね!」「何言ってんのアンタ」 あ、早苗ちゃんも居たんだ。 何故かキメ顔でポーズを取った彼女は、それが限界だったと言わんばかりにへたり込んだ。 それだけの為に全力で飛んできたのか早苗ちゃん……何が貴女をそこまでかき立てるのですか親友。 と言うか、その略し方だとKMKじゃないの? そもそも何故に略す必要が。どうでも良いか。「ったく、おかげであのネズミ妖怪を逃がしたじゃないか。どうしてくれるんだよ」「反省してます。――さっきの蹴りでキッチリ仕留めておくべきでした」「おいコラ腐れメイド」「まったくよ。あの船幽霊に攻撃した時点で負けなんだから、魔理沙くらいは確実に潰しておきなさい」 「おいコラ外道巫女」 むぅ、さすがは霊夢ちゃん。アレが‘誘い’だと気付いていたのだろう。 索敵能力では僕の方が遥かに上なハズなのに、何故ここまで差がついてしまったのだろうか。 いや仕方ないのですよ? だって戦闘中に他の事に気を配れるワケ無いじゃん。仕方ないよねうんうん。「どうせアンタら、ハメられてるのを理解した上で私らに喧嘩を売ってくるんでしょう。なら早めに倒した方が楽じゃない」「ま、ここで「仲良く異変解決しようぜ!」って言うのもおかしな話だしな」「ですよねー」「皆さんが何の話をしてるのか分かりませんが、要するに私と晶君以外倒せばめでたしめでたしなワケですね!」 ナズーリンの手の上で踊りたくないから、出来れば仲良くしたかったのですが。 八卦炉を懐から取り出した魔理沙ちゃんは、もうなんていうか分かりやすいくらい問答無用だった。 ――これは僕が蹴り叩き込んだせいじゃないよね? うん、無いよね。 魔理沙ちゃんはまったく好戦的だなぁアハハ。 ところで早苗ちゃんさん、貴方様と魔理沙ちゃんは協力関係にあると思ってたんだけど僕の気のせいだったの?「おいおい待てよ。今、私と霊夢で戦う流れが出来てたろーが」「え、そうなんですか? なら決着付くまで待ってますから、勝った方と私アンド晶君コンビで勝負ですね」 さすがに看過できない言動だったのか、魔理沙ちゃんがジト目で早苗ちゃんを睨みつける。 すると、もっとエグい事を平気で言い出す守谷の風祝。昔あったよね、そういう不条理なトーナメント。 とりあえず付き合いの長い親友としてフォローするけど、別に彼女は平時の僕みたいな底意地の悪い考えでこんな事を言ってるワケでは無いです。 つまりは完全な素。天然って怖いなぁ。 まぁ、時間があるなら早苗ちゃんの提案に乗って煽りまくるんだけどね。 ……さすがに今回はちょっと無理だ。あんまし時間をかけたくない。さて、どうしようかな。〈くっくっく、それならあたしの出番さね〉 ――――はぇ?〈約束しただろしょーねぇーん。私に身体を好きに使わさせてくれるって。その約束、今ここで果たしてもらうよ〉 構いませんけど、なんでまた急に?〈こっちにも色々あるんだよ。と言うワケで――〉 脳内魅魔様がニヤリと笑うのと同時に、船内の暗がりよりも尚暗い闇が僕の全身を覆う。 何気にこういう薄暗い所だと、この変身方法は地味なのかもしれない。 なんて事を思いつつも、すでに体の主導権を明け渡してしまった僕は他人事の様にポーズをとる自分を眺めていた。 いや、実際他人事なんですけどね。魅魔様、JOJO立ちは早苗ちゃん経由でバレるから止めといた方がイイですよ。 あ、直した。無難に腕組ポーズで誤魔化す事にしたらしい。そしてポーズが決まった途端に晴れる闇。実に親切な仕様である。「―――――靈異面『魔』」「な、なにっ!?」「……ふぅん」 全身ほぼ黒で覆い尽くされたその姿を曝け出すと、魔理沙ちゃんと霊夢ちゃんの顔色が変わった。 警戒を露わにする二人に対して、魅魔様は腕組みを解いて両腕を前に突き出す。「それじゃあ、魔理沙の相手はあたしがしてあげようじゃないか。この靈異面――いや、魅魔様がね!」 とりあえず、今のセリフで一つだけ分かりました。 魅魔様、別に場を収めに来てくれたワケじゃ無いんですね。……時間かけたくないって言ったのになぁ。