「で、何でお前は付いてきてるんだ?」「えへへー、魔理沙さんお一人では寂しいと思いまして」「私は孤独を愛する魔法使いだからな。一人の方が調子出るんだぜ」「スイマセン! 私、一人だと寂しいんで同行させてもらえませんか!!」「本音出すの早いな!? 寂しいんなら、晶の奴とでも一緒に行けば良いだろうが」「晶君なら、きっともう異変に巻き込まれてるはずです! 私は信じていますよ!!」「どういう信頼の仕方だ。まぁ、アイツならそう言う事にもなってそうだが」「確実になってます。晶君ならきっと、絶対に!!」「……凄まじいまでの信頼だな」「そう言うワケなんで、同行させてくださいお願いします!」「あー分かった分かった、好きにしろ」「ありがとうございます! ――ふっふっふ、魔理沙さんは何だかんだでチョロ甘ですね」「お前そういうのは本人に聞こえない様に言えよ」幻想郷覚書 聖蓮の章・参「聖天白日/マウス・トゥ・マウス」「つまりアンタは、こいつの持ち物を欲しがってるコソ泥なのね」「その呼ばれ方は心外だな。私は夢と浪曼を追いかける探索家であって、他人の持ち物を盗んで生計を立てる咎人では無いのだが」「何が違うの?」 すげぇや霊夢ちゃん、天然で相手に喧嘩を売ってやがるぜ。 コレで挑発の意図も交渉の意図も無いのだから、ほんともう生まれついての暴君としか思えイタタタタタ。 無言で腕を捻るのは止めて霊夢ちゃん! 心を読むにしても、もうちょい分かりやすくツッコミを入れてくださいお願いします!! あー痛かった。と言うか鼠妖怪さん――ナズーリンってば、傍から見ると完全に唐突な霊夢ちゃんのタップに無反応ってどういう事なのさ。 単純にスルーしてるだけなのかもしれないけど、その上自分の職種を馬鹿にされても平然としてるってのは妙な気が。……考え過ぎかな。「なんか怪しいわねぇ。見なさいよ、胡散臭さでは紫に次ぐバカまで自分を棚上げして疑ってるじゃない」「ちょ、霊夢ちゃんその疑問はバラしちゃ駄目だよ!?」「……いや、注意するべきはそこじゃ無いだろう」「はぇ? あ、紫ねーさまを胡散臭いの代名詞扱いしちゃ駄目だよ?」「君は実に馬鹿だな」「ええ、間違いなくバカよ」 これは話題を逸らされたワケじゃなくて、素で呆れられてるだけですよね。分かります。 いや別に、今更馬鹿扱いされて凹むほど自分を知らないワケじゃ無いですけど。 霊夢ちゃんの中での僕って、どういう扱いになってるんだろう。ちょっとだけ気になった。「そのバカにすら見破られてるんだから、下手な芝居は止めなさい。何が目的よ」「やれやれ、嘘をついた覚えは無いのだが」「隠し事は山の様にしてるでしょうが。アンタ――異変の関係者でしょ」「……さすがは博麗の巫女だな。答えはイエスだよ」 えっと、幾ら何でもスムーズ過ぎやしませんか。早くも異変関係者が釣れちゃったんですけど。 つーかナズーリン自白するの超早くない? 今の、ほとんど言いがかりで片付けられたよね。自殺志願者?「素直な奴は嫌いじゃないわ。死になさい」 ほら、霊夢ちゃん即殺モードに入っちゃった。 と言うか死ねって、それはあくまで比喩的な表現で言ってるんですよね? 退治するだけなんですよね? 御札を構え静かに戦闘準備を整える霊夢ちゃんの姿に、対象外なはずなのに冷や汗をかく僕。 しかし敵意を向けられた当の本人は実に冷静で、困ったもんだと再び肩を竦めてみせた。「うむ、参った。私の負けだよ」「問答無用よ」 降参すら許さないらしい霊夢ちゃんが、無慈悲に御札を投げつける。 しかしその行動を予測していたらしいナズーリンは、スレスレで回避して両手を挙げる。 とは言え、それで止まる様な霊夢ちゃんじゃない。 彼女の攻撃を的確に回避し続けるのはさすがに無理だろうし、やられるのは時間の問題かな――んっ? あれ今、ナズーリンこっちに目配せを送ってきた? 気のせい……と思うには頻度が高い。アレは確実に僕に何かを訴えているのだろう。 んー、止めてくれって事なのかな。確かに異変の関係者らしき妖怪を、ここで倒しちゃうのは少し勿体無い気がする。 ――だけど何故だろう。僕の第六感が、この子をココで始末しておけと囁いている様な。「よ、っと! こちらとしては、勝てない勝負をしたくないのだが、ね!!」「ふん、言う割には結構やるじゃない。三味線引くのも大概にしておきなさいよ」「残念ながら耐えてるだけだ。防御に専念していなければ、即座にやられている事だろうよ。ああ困った困った」 おちょくってる様にも聞こえるけど、アレは多分本気だろうね。 霊夢ちゃんは彼女の回避に対応し始めた様で、攻撃が徐々にナズーリンを掠り始めてきた。 ナズーリンもそれに合わせて動きを変えているみたいだけど、霊夢ちゃんはソレすら加味した上で軌道を変えている。 どういうセンスがあれば、あんな変態的な攻撃出来るんだろう。博麗の巫女チート過ぎ。 んー、これは間違いなく勝てないね。……………………仕方ないか。「霊夢ちゃべぼばっストップ!」「前に出てくると当たるわよ」「……すでに直撃を喰らってる様だが」「い、いつもの事なんでお気になさらず。それより霊夢ちゃん、一旦ストップですよ!」「何でよ。アンタも内心で、コイツ倒されれば良いのになーとか思ってたんでしょ」「まぁ思ってますけど。異変の情報と秤にかけて、ギリギリそっちが勝ったんで退治は保留でお願いします」「やれやれ、本人を前にしてよく言う」 ……その割には、予測してましたって顔してますよね。 分かってたけどやっぱり釣られたかぁ。最初からナズーリンは、僕を交渉相手にするつもりだったらしい。「無茶するねぇ、僕の気分一つでやられてたよ? 今の」「これが一番確実な策だったのでね。ま、これくらいの怪我は必要経費だろう。……それにだ」「それに?」「私は道具の交渉をしにやって来たのだぞ? 話し合いに道具の持ち主を選ぶのは自明の理では無いか」「え、その設定まだ続けるの? あからさまに嘘なのに」「隠し事はしているが、嘘をついていると言うワケではないね。これから情報を天秤に乗せるのだ、自ら価値を落とす真似はしないさ」 つまり異変の情報を引換にしてでも、この仏塔型ランタンが欲しいと言うワケですか。 どこまでの情報を出してくるかにもよるけど、相応の価値がこのアイテムにあると思って良いようだ。 ……それとも、情報を僕らに‘吹き込む’方がメインなのかな? ランタンはブラフで――いや。 それは勘繰り過ぎだ。ナズーリンは油断ならない相手だけど、全部が嘘であると言う前提は捨てた方が良いだろう。 少なくとも、彼女が交渉を強く望んでいるのは事実だと思っていい。だからこそ彼女はここまで‘誠実’に振舞ってきたのだ。 交渉の際に使用する手札を、一枚でも多く自分の手元に残しておく為の立ち振る舞い。 間違いなくネゴシエイションのプロだろうね、ナズーリンは。探索家って言うのもあながち嘘じゃないのかな? しかもその癖、こっちを格下と見下してないから尚更タチが悪い。完全に全力じゃ無いですか。超泣きますよ僕は。 とにかく、彼女が差し込む嘘はあったとしても全体の一割未満だと思うべきだろう。 大半の真実を、僅かな嘘と幾つかの隠し事で自分に有利な方向へ歪める。恐らくそれが彼女の得意とする話術なのだ。「ああ、無論情報だけが対価だ等と狡い事は言わないよ。貴重な品物もそれなりに揃えているから、遠慮無く確認してくれ」「それだけの価値がこの道具にある。つまりコレは異変に関係した――下手したら異変の中核をなすアイテムだったりするのかな?」「イエスだ。それが無いと私は非常に困る」 ……札を切るのが早いな。誤魔化すかと思ったら、素直に認めてきちゃったよ。 だけど、それ以外の情報はほとんど出てない。 一体この道具がどう必要なのか、本当に欲しがっているのは‘誰’なのか、ナズーリンは隠したままだ。「――そもそも」「む?」「そもそも今の時点で、この道具を確保しておく必要性が君にあるのかな」「……発言の意図が分からないな」「気にしなくて良いよ、僕も思いつきを口にしただけだから。ただ――‘まだ手段を選んでる’って事は、次善の策があるのかなって」「………………ふふ、面白い事を言うな」「………………はは、僕もそう思うよ」「面倒な生き物ね、アンタら」 霊夢ちゃんの呆れ気味なツッコミは無視する。今は、ナズーリンの顔だけを見つめる時間だ。 本当に気が抜けない相手だね。一挙手一投足からこちらの動きを読むし、逆に動きを読ませる事でこちらの思考を制限してくる。 彼女を制して、上手い具合にこちらの目的を果たすには……。 「―――よし」 幾つかの考えを軽く纏めた所で、僕は小さく頷き硬直状態から動き始めた。 ゆっくりと滑る様に霊夢ちゃんの背後へ移動した僕は、彼女の肩ごしにナズーリンを指差して叫んだ。「交渉決裂! 霊夢ちゃんヤッちゃってください!!」「ほら見なさい、結局こうなったじゃない」「くっ、まったく容赦無いな君は――うわぁやられたー」 わりと情けない僕の振りに乗って、どーでもよさそうだけど一応は御札を投げてくれる霊夢ちゃん。 ナズーリンはそんな僕の言葉に苦笑すると、ほとんど無抵抗で攻撃を受けた。 そのままゆっくりと、真下に向かって墜落していくナズーリン。ただ、アレはどう見ても……。「逃げたわね」「逃げたね」 直撃を上手い具合に避けた、言っちゃえばやられたフリだ。 変に抵抗するより、一発食らって負けた事にして逃げる方が賢いと判断したのだろう。 つくづく頭の回る鼠妖怪さんだ。うん、交渉を打ち切って正解だったね。 ――あのまま交渉を続けていたら、確かに異変の情報はかなり手に入った事だろう。 だけど代わりに、僕の道具は取られてしまっていたと思う。根拠は無いけど確信があった。 それに情報の方も、とんでもない罠に繋がる歪みが仕込まれていたかもね。 少なくともそこに誠実さを入れてくれるほど、優しい妖怪じゃ無さそうだったし。 うん、ちょっと口喧嘩で勝てる相手じゃないねナズーリン。勝てないから物理的に喧嘩する事にしよう。 と言うワケで武力を持って制する事にした次第です。博麗の巫女補正はありがたいなぁ。「さて霊夢ちゃん。それじゃあ先に進もうか」「良いけど、邪魔した分と利用してくれた分で二回ドつかせなさいよ」「へぶほぼばっ!?」 好き勝手やったツケは、もちろん即時返済する事になりましたとさ。 まぁ必要経費だよね、必要経費! ……けど、結構効いたかも。博麗の巫女は本当にすごいなぁ。「やれやれ、さすがの思い切りだな。まさかあそこで話を切ってくるとは思わなかったよ」「博麗の巫女と組まれ、こちらも準備不足ではどうにもならんか。……仕方がない、後ふた働きほどするかな」 ナズーリンと交渉? してからしばらくして。 早いんだか遅いんだか良く分からないペースで進んでいると、視界の遥か先に件の船らしき影を発見した。「んー、アレかなぁ」「多分そうでしょうね。結構速く飛んでるから、全速力で追いかけるわよ」「アイサー!」 ……とは言え、純粋な飛行能力だと僕の方が速いんですが。彼女はどうするんだろうか。 等と考えていたら、霊夢ちゃんが前に来て両手を突き出してきた。 えっと、これは合わせれば良いのかな? 同じく両手を突き出し、霊夢ちゃんの手のひらにそっと自分の手のひらを添えてみる。 殴られた。違ったらしい。「抱きかかえて飛べって言ってるのよ」「ああ、そう言う意図でしたか。では失礼して」 両手の間に身体を差し込み、脇の下を潜らす形で腕を霊夢ちゃんの背中に回す。 手持ち無沙汰になった霊夢ちゃんの手はこちらの襟元に引っ掛けて貰い、前傾姿勢に移行した僕は氷翼を大きく広げた。「それじゃ、全速力でカッ飛びますよぉ!!」「お願いするけど、速く飛びすぎて停止できず船に激突そのまま突入。って展開は嫌よ」「ふっふっふ。お任せくださいよ、霊夢ちゃん!」 僕だって、いつまでも学習しない馬鹿では無いのです! 足鎧の気を増幅した僕は、言葉通りの最大加速で船へ向かっていく。 あっという間に詰まる船との距離。その意外な大きさにビックリしつつ、僕は停止の準備を開始した。 進路上に巨大な氷塊を生成し、前傾姿勢から身体を九十度程回転させて蹴りをお見舞いする。「これぞ、アイシクル・緊・急・停・止!」 要するに、無理に止まろうとするから中途半端な速度で地面に激突してしまうのだ。 停止――つまり運動エネルギーを相殺するなら、単純な空中ブレーキよりももっと簡単な方法が実はあったりする。 それがコレ、ビクともしない重量の物体に攻撃を仕掛けて勢いを殺す、氷翼だからこそ出来る無理矢理ブレーキなのですよ! ……ぶっちゃけ気による補正が無いと、飛行中の僕はほぼ加速だけで打撃力を出さなきゃいけない貧弱坊やだからなぁ。 まぁ、軽過ぎて蹴った勢いで思い切り弾かれちゃうんだけどね! それくらいなら、空中ブレーキで何とかなる範囲ですともさ。少なくとも地面にはぶつからないし。 ちなみに身体強化自体はしっかりしてるので、キックによるダメージはありません。これで足折ったら墜落した方がマシだもんね!「よっしゃピッタリ停止! どうよ霊夢ちゃん!!」「良かったわね。で、あの吹っ飛んでいった氷の塊はどうするのかしら」「ほへ?」 そう言った霊夢ちゃんがそこを指差すのと、吹っ飛んだ氷塊が船に着弾するのはほぼ同時だった。 あ、あれぇ!? どうやら、相殺する氷塊の重量が少しばかり足りなかったらしい。 ド派手な破壊音を立てながら内部を進む氷塊は、中の様子が窺えない僕らからでも分かるくらいやりたい放題に船を破壊していく。 恐らく、船の持ち主? もその事に気付いたのだろう。 それまでそれなりの速さで飛んでいた船は、ゆっくりとその動きを止めたのだった。「や、やったね霊夢ちゃん! 船が止まったよ!!」「船に並行して飛べば、そもそも止まる必要も止める必要も無かったけれどね」 あはは、霊夢ちゃんは賢いなぁ。 ……言われてみれば、そもそもあそこで止まる理由が無かったね。 あっちはずっと進んでるんだから、そこで停止したらまた引き離されるのは自明の理でしょうに。 あっはっは! ――どうしよ。「ま、上手い具合に宣戦布告出来たから良しとしましょうか。流石ね」「その流石は、やっぱりさっきの二つ名にかかってるんですよね。しくしく」「毎度の事でしょ道化師」「霊夢ちゃんは毎度の僕を知らないはずなのに!?」 いや、毎度の事ですけどね? 何だろうこの腑に落ちない感は、僕にだってちょっとくらいは見栄があるんですよ!? ――ゴメン、嘘。腑に落ちないけどそれ以上に納得してます。「ほら、言ってる間にカモが来たわよ」「……霊夢ちゃんと一緒に居ると、正義ってなんだろうと思わざるを得ないよ」 彼女は確か、幻想郷を守護する巫女だったはずなのですが。 秩序は正しいからこそ冷徹だ。とは良く聞く話だが、生ける秩序たる彼女もやはりそうなのだろうか。 いや、まぁ派手に宣戦布告した僕が言える台詞ではないのですがね? 怒りよりも驚愕を多く含んだ表情で船から出てきた少女の姿を眺めながら、さすがに今回は戦闘回避不可能かなと色々な事を諦めるのだった。「ちょ、ちょっとちょっと何事なの!? 敵襲!?」 スイマセン。言っても信じられないと思いますが、不幸な事故です。