「よ、ようやく振動が収まりましたね」「……とりあえず喧嘩は終わったみたいよ。まだ揉めては居るみたいだけど、そっちはまぁどうでも良いわね」「えっ、良いんですか?」「私に任された仕事は紅魔館の防衛。他は全部晶の仕事よ。……と言うか守るだけで疲れたわ」「あはは、流れ弾酷かったですもんねー」「晶はそう言う所、気にかけようともしないから困りものね。被害が前提になってるから色々な所に無頓着なのよ」「無頓着だからこそ良い所もありますけどね。無自覚な仕草で相手をヤキモキさせたりとか、ぐふふ」「……大概にしておきなさいよ、貴女も」「それにしても、フランドール様とあの消えたり出たりする妖怪さん……匂いますね」「あら、何か気になる事があるのかしら?」「百合の匂いがプンプンしますよ! 嗚呼、でも晶さんとの絡みも……いやいやでも……」「……本格的に、思考の矯正をするべきかしらこの子」 幻想郷覚書 地霊の章・参拾漆「終日遅遅/僕の妹達がこんなにもかわいい」 お兄ちゃんの顔面に弾幕をぶつけたあの子が、凄い勢いで駆け出していった。 逃げ出すみたいな彼女の行動に、身体を起こしたお兄ちゃんが困った様子で肩を竦める。「うむぅ、やっぱりこうなってしまったか」「……やっぱりって?」「んー、なんと申しますか。――チラッ」「口で言うなよ。つーか、こっちに振られても『実は古明地妹はね……』とか言えないよ私は」「まったまたぁー、鬼なら何でも知ってるんでしょう?」「余所様の家庭の事情を見ず知らずの鬼が知ってるって、冷静に考えなくても怖いだろう。多分あんちゃんの方が事情詳しいって」「そうなの?」 私が尋ねると、お兄ちゃんは眉根を寄せて頬を軽く掻いた。 心当たりはあるけど、確信を持って話せる程の事は知らない……って事なのかなぁ。 お兄ちゃん、こういう事は知ってたら素直に話すもんね。えーっと、なんて言うんだったっけ? でりかしーぶそく?「そりゃ、何か事情がありそうだなーとは思ってるけど。そこらへんは萃香さんも察してるでしょう?」「まーねー。覚れない覚妖怪、しかも能力は読心を全否定とくれば嫌でも色々勘ぐっちゃうよ」 さとり妖怪、人の心が読める妖怪……だったっけ。パチェに教えて貰った気がする。 お兄ちゃんがいつも「心読まれた」って愚痴ってるから、常に読めるさとり妖怪は物凄いんだろう。私は良く分からないけど。 だけどあの子は、全然凄い妖怪って気がしない。 上手く説明出来ないけど、幽香お姉様みたいにしっかりした感じがしないの。もっと落ち着かないフワフワした感じ。 あの様子は、そう、まるで――昔の私みたいだった。「ん? どうしたのフランちゃん」「あの子の事、最初に見た時から嫌いだった理由が少し分かったの」「あー……間違ってたらゴメンねフランちゃん。――それってやっぱり、自分と似てたから?」「……うん」 お兄ちゃんと出会う前の、地下に閉じ込められていた頃の私。 自分以外の何も見えてなくて、見ようとしなくて、何事にも関心なんてほとんど持っていなかった。 だから何でも躊躇いなく壊す事が出来たんだ。それがどれだけ酷い事か、分かろうともしてなかったから。 そんなあの頃の私と、今のあの子は同じなのかもしれない。――なら。「ねぇお兄ちゃん。お兄ちゃんは、あの子の居る場所がわかるんだよね?」「こいしちゃん限定ってワケじゃないけど、まぁ分かるよ」「なら私、あの子と会ってお話がしたい。今度はしっかり顔を見て、あの子の事をちゃんと知りたい」 話してどうするのか、実は全然考えてない。 どんな風に声をかけて良いのか、そもそも本当にあの子が私と同じなのかも分からない。 だけど、放っておけない。だから私は。「私、あの子と仲良くなりたい――友達になりたいの」 私がお兄ちゃんと出会ってから知った色々な事を、全部あの子に教えてあげたい。 親分さん達と遊んで、お姉様達とお話しして、魔理沙と弾幕ごっこして、美味しい物食べて、一緒に笑って。 難しい事は説明出来ないけど、それをあの子と一緒にできればきっとすごく楽しいと思う。 ……お兄ちゃんの背中も、独り占めじゃ無ければ貸してあげてもいいかも。「ぶら゛ん゛ぢゃぁぁぁん!!!」「わぷっ。お、お兄ちゃん?」「えぇ子や! フランちゃんは地上に舞い降りた天使の様なえぇ子や!!」「吸血鬼だけどね」「わーん、今日はお祝いや! パーティせなあかんねん!!」「何故に訛るかな君は。つーか、パーティする前に古明地妹を探してやりなさい」 うん。褒めてくれるのは嬉しいけど、私もまずはあの子を探して欲しいなぁ。 私を抱きしめつつ頬ずりするお兄ちゃんは、とりあえず殴ってみたら元に戻ったよ。いつも通りだね。 あの子は、意外とすぐ近くで見つかった。 もっともお兄ちゃんが居なかったら、湖の反対側に座り込んだあの子を見つける事は出来なかったと思うけど。 とりあえず二人っきりで話したかったので、お兄ちゃんと鬼の人には隠れてもらう事にした。 二人が見えなくなったのを確認して私が近付くと、気付いたあの子は立ち上がって私を思いっきり睨みつけてくる。 でも迫力は全然無い。パチェに弄られて遊ばれてる時のお姉様みたいな睨み方だ。 多分、今のこの子はそれくらい余裕が無いんだろう。……まるで自分の中から出てきそうな何かに、蓋をしているみたい。「……何しに来たの」「話をしに。ちゃんと話し合えば、私達きっと仲良くなれると思うから」「――帰って!!」 嫌がられた。だけどさっきまでのあの子なら、こんな反応はしなかったと思う。 きっと、最初から全部に無関心だったワケじゃないんだ。 色んな事があって、色んな事に心を削がれて、全ての事から距離を取るようになったのかも。 だとしたら、全てを押し込めた心の蓋を開ければこの子は前に進めるかもしれない。私が、開けてあげないと。 「あのね、怖がらなくても良いよ。色々戸惑うかもしれないけど――私は貴女の敵じゃ無いから」「五月蝿い! 帰って!! 貴方の話なんて聞きたくない!」 堰を切ったように否定の言葉をぶつけてくるのは、蓋を閉めていた鍵が壊されたからだ。 チャンスは今しかない。今を逃したら、この子はもっと強固な鍵を作って心を閉ざしてしまう。 何とかして開けなきゃいけない。……だけど。「お願い、話を聞いて。さっきの事なら……うん、謝るよ。最初に嫌な態度をとったのは私だったし」「謝るって何よ。そうやって私に見せつけてるつもりなの? 私は、貴方と違って全部を持ってるんだって!」「違う。私はただ……」「貴方と私の違いはなんなの? 同じに見えるのに、何で貴方だけがたくさんの物を持ってるの?」 私の言葉は伝わらない。この子にだって、きっと私と同じだけの物があるはずなのに。 無かったとしても、今から同じものを共有できるはずだ。だけど、それをあの子に気づかせてあげる事ができない。 でも、私にはこれ以上どんな言葉をかければ良いのかが分からない。 私、どうすれば良いんだろう。言葉の通じないあの子に、こちらの気持ちを伝えるには。『喧嘩するなら、後腐れの無い様にやりなさい!』 そうだ、気持ちを伝える方法は言葉だけじゃ無かった。 私にはまだ、言葉よりもはっきりと思いを伝える方法が残っているんだ。「……ちぇ」「ちぇ?」「ちぇすとーっ!!」 美鈴に教わった正拳突きを、彼女のおでこに向かって放つ。 気持ちを込めすぎたせいで威力は無くなったけど、今はそっちの方が良いかもしれない。 びっくりしたのか反応できなかった彼女は、おでこにパンチを受けて軽くヨロけた。「な、何をするの!」「親分さんも言ってた……分からず屋に物を分からせるには、拳で語る事も必要だって!」「ワケ分かんないよ、このっ!」「むぐっ。な、なかなか良いパンチだね! お返し!!」「こんなパンチなんかで、何が分かるのさ! えいっ!!」「色々と分かる、らしいよ! とぉっ!!」 でも本当は、私も良く分からない。普通に殴るのと何が違うんだろうかコレ。 当然、相手も攻撃されているワケだから反撃はしてくる。 だけど動揺しているのか、攻撃手段は素手だけだ。 肉体的には私の方が優勢だから、相手は本気で殴ってるけどあんまり痛くない。ちょっと優越感。「むかっ、今なんか馬鹿にしたでしょ! このぉっ!!」「いったぁ!? 髪の毛を引っ張るのは反則だよ!?」「そんなの知らないもん! えいっ!!」 いたたっ!? むぅ、この子分からず屋過ぎるよ。 段々と私も腹が立ってきた。相手のほっぺを摘んで、思いっきり引っ張ってやる。 「むがっ、やったなぁ!? いいかげんにしなさいよこの馬鹿吸血鬼!」「何よ頑固者! そっちこそ素直になりなさいよ!! 本当は皆と仲良く遊びたいんでしょう!?」「うるっさいなぁ! だいたいなんなのよ、その上から目線は!! すっごい腹立つ!」「知らないよそんなの! 私だってこういうの全然慣れてないんだから、素直に説得されてよ!」「へーん、あんな言い方で説得されるワケないじゃん! ばーかばーか!!」「馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ! お兄ちゃんが言ってたもん!!」「受け売りばっかじゃん! それで良く、偉そうに私にお説教出来たもんだね!!」「少なくとも、私の方が貴方より良い子だもんね!」「あー、ついに言ったなぁー!!」 もう滅茶苦茶だった。お互いに本音をぶちまけて、殴ったり引っ掻いたりを繰り返す。 私にも何が何だか分からない。思いつく限りの悪口を言い合った私達は、精も根も尽き果てて地面に大の字で倒れた。 疲れた。すっごい疲れた。拳で語り合うって大変なんだね……。「ぜぇ……はぁ……結局何がしたかったのよ……」「わ、分かんない。えっと――貴女のパンチ、効いたよ」「……全然効いてた様には見えなかったけど?」 分かってるけど、殴り終わった後には相手の事を褒めないといけないって親分さん言ってたし……。 本当は相手も私を褒める必要があるらしいんだけど、これってお願いして言ってもらっても良いのかなぁ。 ダメだ。もう次どうすれば良いのか考える余裕も無いや。 はぁ、お兄ちゃんや親分さんは凄いね。私はこの方法で友達を作るのはちょっと無理かな。 と言うかそもそも、スカーレット一族は致命的に友達作りが下手な気がする。お姉様とか見てるとつくづくそう思う。 パチェって言う最高の親友が居て良かったね、お姉様。「あのさ。思った事言っていい?」「もう何となく分かってるけど、どうぞ」「貴方、友達少ないでしょ」「少なくないよ! ……私から話しかけて友達を作った事がほとんど無いだけで」「うわぁ……」「しょうがないじゃん! だって私、今までずっと他人とお話した事すら無かったんだもん!!」 立場的には、目の前のこの子と私に差なんてほとんど無いんだ。 むしろ私は頑張った方だと思う。うん、私頑張った。結果はともかく頑張れた。「でもでも、そんな私だって皆と仲良くなれたんだよ? 貴方だって同じ事が出来るよ!」「……私がさとり妖怪だって知ったら、皆どっか行っちゃうもん」「そんな事無いよ。皆は私が何でも壊せる吸血鬼だって知ってるけど、普通に友達として接してくれてる」 もちろん、色々と我慢しなきゃいけない事もあるけどね。 お兄ちゃんが言ってた。それは、誰でもしている当然の事なんだって。 お互いに色んな事を我慢してでも一緒に居たいと思う関係を、人は‘友達’と呼ぶんだって。 ……お兄ちゃんも色々我慢してるのって聞いたら、そういうのは何でもかんでも同じ型に当てはめると面倒だから気にしないって言われたけど。 多分、我慢強めなのはお兄ちゃんの友達の方なんだろうなぁ。お兄ちゃんだし。「ね、名前を教えてくれない?」「名前なら、お兄様が言ってたじゃない」「貴女の口から直接聞きたいの。そして今度はちゃんと、私も自己紹介をするね」 最初の顔合わせでは、挨拶する暇もなく喧嘩になっちゃったからね。 だから仕切り直しをしたい。私は身体を起こして、彼女に右手を差し出した。「私の名前はフランドール。フランドール・スカーレット。フランって呼んでね」「……これだけ面倒な事になったのに、まだ諦めて無いんだ」「これくらいの面倒事なら、我慢出来るくらいには友達になりたいの」「――古明地、こいし。こいしで良いよ」 諦めた様に肩を竦めて、同じように身体を起こした彼女――こいしが手を伸ばしてくる。 イヤイヤ、みたいに言ってるけど顔は嬉しそうだ。 ふっふーん、素直じゃないなぁこいしは。でも良いよ、私は寛容だからねー。 私はこいしの手を握って思いっきり上下させる。もちろんこいしもされるがままじゃない、むしろ私より楽しそうに動かしてる。 「今度、親分さんも紹介するね」「親分さん?」「さいきょーの妖精さんだよ。私とお兄ちゃんは、親分さんのチームに入ってるんだ」 親分さんの事だから、こいしも入れてくれるに違いない。 えへへー、きっと今までよりももっと楽しい事になるだろうなぁ。「それじゃあ、紅魔館に戻ろうか。お兄ちゃんも鬼さんもそこで待ってる事だしね」「帰ったらどうするの? 留守番って言ってもやる事ないんでしょ?」「うーん……あ、じゃあ弾幕ごっこで遊ぼう! お兄ちゃんは無制限耐久弾幕ごっこがすごく上手なんだよ!!」「へー、それはちょっと面白そうかなー」 やっぱり、こいしとは趣味が合うみたいだね。 私は楽しくなりそうなこの後のお留守番を想像して、満面の笑みを浮かべたのだった。 もちろん帰るまでの間、手はずっと握りっぱなしだったよ! えへへー。 ――それにしてもお兄ちゃん。途中まであんな喜んでくれてたのに、何で帰ってからの予定を聞いたら急に落ち込んだんだろう?