轟音と共に、大地が勢い良く爆ぜた。 弾幕の嵐が割れた地面を更に抉っていき、暴力的な風が巻き起こった土煙を払っていく。 圧倒的な力が制御されず暴走したらどうなるのか、眼前の光景は如実に語っていた。「どうして、こんな事に……」 呆然とした呟きが、只々宙へと消えていった。 平穏な日常が、一気に殺伐とした世界へ変わってしまったのだ。 それが幻想郷の常だと分かっていても、嘆かずにいる事は出来ない。 フランちゃんとこいしちゃん、何故二人が戦わないといけないのだろうか。 唖然としたまま悲惨な光景を眺めている僕の隣で、萃香さんが実に冷静な態度でツッコミを入れた。「いや、起こるべくして起きた戦いじゃない?」「――ですかねー」 うんまぁ、言ってて自分でも無理のある逃避だと思ったよ。 前兆なんて山の様にあったし、それが結果に繋がった瞬間も「あ、やっぱり」だったし。 多分アレは近親憎悪ってヤツなんだろうなぁ。恐らく。もしかしたら。僕の認識が間違って無いなら。 「はぁ、世界はもっと優しくなれないのだろうか……」「緋想異変見てた私が突っ込むけど、あの天人と君の喧嘩はアレよりレベル低かったよ?」「世界はもっと優しくなれないのだろうか」「言い直す前より綺麗な目をしてる所が凄いと思うわ、君」 二人を会わせるのは、会心のアイディアだと思ったんだけど。まさかこんな事になってしまうとは。 僕は飛んでくる瓦礫を冷気込みの風で凍らせ防ぎつつ、事の始まりを思い返すのだった。 幻想郷覚書 地霊の章・参拾伍「終日遅遅/すーぱーしすたーうぉーず・破壊編」「と言うワケで、今日は紅魔館に行きます! いぇーい!!」 阿求さんから「好き勝手にやるのが多分一番」と言うお墨付きを貰った僕は、とりあえず何も考えずこいしちゃんを楽しませる事にした。 そうだよね。僕が気を使った程度で、事態が好転するワケないもんね! 悩みも解決したから、こいしちゃんの裏事情は完全無視してやりたい放題しちゃいますよやっほー!!〈少年、それは極端過ぎないかい?〉 何事もやるなら徹底的にやった方が良いと思うんだ。〈どういう育ち方したら、そんな風に要らん所で常に全力な性分になるのかねぇ〉 強いて言うなら血の宿命です。 我ながら無駄に高いテンションでの呼びかけに、しかしこいしちゃんの反応は薄かった。 首を傾げつつ真っ直ぐこちらを見据えるこいしちゃんの表情は、僕の発言の意図が全く理解出来ないと露骨に語っている。 あー、そういや地底から戻って――つまりこいしちゃんが僕に同行する様になってから、紅魔館に行ったのは一度だけだったっけ。 それも人里へ寄る為にフランちゃんを回収する一瞬だけの事だから、そこに行くと言われてもピンとこないのだろう。 僕は軽く咳をして場の空気を入れ替えると、再びテンションを上げてこれからの行動を宣言した。「これからフランちゃん家へ遊びに行こうと思いまーす! いぇーい!!」「いぇーい!!!」「……遊びに?」 あれ、あんまり反応が宜しくないな。 こいしちゃんの平時の反応と比較出来るほど、僕は彼女の事を知らないんだけど。 しかしもうちょっと喜ぶかと思ったのに、部外者の方が張り切ってるってどういう事なんだ。と言うか。「何してんのん萃香さん」「遊びに来ました! あ、鬼的な暗喩じゃないよ」「……何故に?」「おいおい、鬼は普通に遊んじゃダメだとか言うつもりかよぉ」「言ってみたらどうなりますかね」「とりあえず泣くかな」 それは鬼だなぁ。いや、実際に鬼なんだけど。 まぁ、バトル系に移行しない来客なら断る理由はありませんとも。 僕を値踏みしてるっぽい視線が気にならないでも無いけれど、そこらへんは将来的な問題だから今は無視する。 後々面倒になる事は確実だけど、今が良ければそれで良し!! うん気にしない気にしない。 「と言うかこいしちゃん、何だか乗り気じゃないけどどうかしたの?」「……お兄様の言うフランちゃんって、あの吸血鬼の子だよね」「そうだよー。たまーに狂気に駆られて全てを破壊しそうになるけど、そこを除いたら超いい子だよ」「そこは除いたらダメな様な気がするけど?」「狂気だって個性の内!!」「きゃー、それで痛い目見るのは自分なのに言い切るあんちゃんカッコイー!」 ……知ってるなぁ、萃香さん。 まぁ僕も最近は諦めがついていると言うか、狂気込みのフランちゃんより厄介な妖怪が幻想郷にはゴロゴロ居る事に気付いたと言うか。 ところであんちゃんって何やねん。「んー……」「えーっと、嫌なら延期しますけど?」「別に、良いけど……」 何だか煮え切らない感じだなぁ。もうちょっと大張り切りすると思ったのに。 個人的には、フランちゃんとこいしちゃんは仲良くなれそうな気がするんだけど……どうしたんだろう。〈ヒント――少年と天子の関係〉 魅魔様は意味の分からない事を言うなぁ。あはは。 まぁ、こいしちゃんに問題が無いなら連れて行くことにしましょうかね。 大丈夫大丈夫、二人なら多分仲良くなれるよ何の根拠も無いけど! 僕は僕らしく好き勝手に行動してやるよヒャッハー!!「それじゃ、予定通り紅魔館にゴーと参りましょうか」「本当にスゲエやあんちゃん。そこまで勢い良く虎の尾を踏みにいける人間を、私は見た事が無いよ」 萃香さんまで何を言ってるんですか。 呆れるような二人の言葉に首を傾げつつ、僕等は紅魔館へ向かう事になったのでした。 ――今にして思えば、もうこの時点で前フリは出てたんだよなぁ。「やってきました紅魔館! ちなみにアレが名物の中華置物めーりんです」「ついに名物扱いになったかあの置物……」「ピクリとも動かないねー」 本人に言わせると、「晶さんは身内だから反応しないんです!」なのだそうだが。 でもそれ、僕に毎回付属している部外者がスルーな理由にはなってませんよね。 と言うかだ。完全無関係だった最初の時点で、救い難いレベルの居眠りをしてた記憶があるんですが。 まぁ、追求はしませんよ。美鈴へのツッコミは咲夜さんの役割ですし。 なので説明もソコソコに二人を連れ、僕は紅魔館の中へ正面から入っていった。「ハッロォウ、エブリワァン! 晶君ダヨー!!」「あんちゃんあんちゃん、それはさすがに鬱陶しーよ」 僕もそう思いました、はい。 これで庭に誰も居なかったら相当恥ずかしかったのだけど、幸運な事にそこにはスカーレット姉妹と咲夜さんが居た。 見れば、レミリアさんがフランちゃんの頭を思う存分ナデナデしているではないか。 必死に表情を抑えて居るけど、アレは相当にご機嫌だよなぁ。もちろんレミリアさんの方が。 しかし僕が挨拶した事で、フランちゃんがこっちに対する突撃を開始しナデナデがキャンセルされてしまう。 あ、レミリアさんの機嫌が悪くなった。ゴメンなさいそんなつもりじゃ無かったんです。「わーい! おっにぃちゃーん!!」「ふっ――やっほー、ふっらんちゃーん!」「……何気無くやってるけど、今体当たりの勢いを完全に殺してたよね君」 正直、まさか出来るとは思わなかった。僕すげぇ。 まぁ大した距離じゃ無かったのと、心構えが出来ていたからこその完全ガードなんですけどね。 頭をグリグリ擦りつけるフランちゃんの頭を軽く撫でながら、僕はやってきたレミリアさんに軽く頭を下げる。 あれ、なんかレミリアさんが萃香さんの方を見て露骨に顔を顰めてるんですが。「……何故、貴様がここに居る」「だから遊びに来ただけだってば。まったくどいつもこいつも、鬼が常に好戦的な生き物だと思わないでほしいね」「ふん、自業自得だろうが」「何だか随分と親しげですけど、ひょっとして萃香さんとレミリアさんってお知り合いなんですか?」「親しくなど無い。顔を知っているのは、この鬼がかつて起こした異変で戦ったからだ」「異変とは失敬だなぁ。宴会がしたかったから、皆を神社に萃めただけじゃないか」「巫女が気づくまで、連日連夜宴会を開かされていましたけどね」 咲夜さんの補足説明が本当なら、それは十二分に異変と言えるだろう。……幻想郷なら素で起こりそうな出来事だけどね。 しかしエンドレス宴会に巻き込まれただけにしては、レミリアさんの拒否っぷりが酷い様な気が。 まぁ強豪妖怪が相手の場合、レミリアさんは大概機嫌悪いと言うか上下はっきりさせるまで生かしちゃおけないみたいな感じになるけど。 ここまで露骨な態度で出るって事は、余程の目に遭わされたりしたのかなぁ。 ん? いつの間にやら空いた左手にメモらしき物が。何々……?『爆発注意!』 ……メモの右下に描かれてある、導火線のついた生首レミリアさんが全てを物語ってるなぁ。 咲夜さん本当にお疲れ様です。ところでこの生首、今にも「うー☆」とか言った感じに鳴き出しそうなんですがコレ爆発するんですか? 本物より可愛らしくデフォルメされてるせいで、ブラックっぷりが半端無いんですが。あ、どうでもいいですかそうですか。 とにかく咲夜さんから実にありがたい忠告? を頂いたので、この件はこれ以上追求しない事にする。 明らかにレミリアさんの恥になりそうな事をフランちゃんの前でバラすワケにも行かないからねぇ。そこまで知りたい事でも無いし。 レミリアさんの方も特に話を広げるつもりは無かった様で、渋い顔をしながらも僕の方へと顔を向けてきた。「まぁ、オマケは余分だが来訪自体は歓迎する。私と咲夜は丁度これから出かけるつもりでな」「霊夢ちゃんの所に?」「……何故分かった」「いや、誰でも分かるだろうソレは」「ええ、分かりますね」「バレバレだよね」「咲夜!? フランまで!?」 むしろソコ以外に行く所あるんですか、と言う質問はド直球の地雷なので口にしなかった。 いや、もちろん完全に無いとは思っていませんが、僕に留守を任せるほど長時間滞在出来る場所って言ったら……ねぇ? でも良く良く考えると、各陣営そこらへんの事情は似たり寄ったりな気がする。 どっちかと言うと紫ねーさまとか幽香さんとか文姉みたいな、実力者なのに色々な所をフラフラしている妖怪の方が全体的には珍しいのかも。 「おっほん。私がどこに行くのかはこの際関係無い。重要なのは、私不在の間の紅魔館の管理だ」「だから、お留守番なら私がするよ?」「フラン……」 なるほど謎が一つ解けた。レミリアさんがナデナデしてたのはコレが理由か。 正直、僕もちょっと全力でナデナデしたい衝動に襲われてしまいました。 あのフランちゃんが、自分から留守番を言い出すなんて……立派になったもんだホロリ。 ただし任せられるかと聞かれると、答えは残念ながら否なのですが。 狂気云々もそうだけど、留守番においてフランちゃんの人見知りっぷりは致命的な問題な気がする。 まぁ、影でコッソリパチュリーあたりがフォローしそうな気もするけど。何気にサードアイが使い魔らしき物に反応してるし。 「安心しなさいフランちゃん。今日の僕はあくまで遊びに来たタダの友達……僕が居ようと留守番のメイン格は変わらないのですよ!」「そうだぞフラン。私は、晶と萃香の事を小間使いだと思ってコキ使ってやれと言うつもりだったのだ」 「え、私も小間使い扱いなの?」「晶のオマケなのだから当然だろうが。フランの指示に従ってキリキリ働けよ」「まぁ、特にやるべき仕事はありませんけどね。精々が来訪者の対応をしてもらう程度でしょう」 そもそも、それは門番の仕事では無いのですかね。 僕はもう一度、門の所で居眠りしているはずの美鈴に視線を向けた。――逆剣山になってました。 「良いか、フランよ。私が不在の間の紅魔館を任せられるのはお前しかおらん。頼んだぞ」「あ――うん!」 うんうん、良い話だなぁ。 フランさんが力強く頷くのを確認して、レミリアさんは満足げに彼女へ背を向け歩き出した。 いや、レミリアさん感動したのは分かるけど涙ぐむのはやり過ぎですよ。 ぶっちゃけそこまで大層な事でも無いでしょうが。確かに以前のフランちゃんでは考えられない事でもありますが。 そしてそのまま、振り返る事もなく歩いていくレミリアさん。本人的には超カッコイイつもりなのだろう。実際は微妙。「ところであんちゃん、もう一人のお客人はどこ行ったのさ」「え、さっきからずっと僕の背中に居るけど――こいしちゃん?」「……何?」 あれ、なんかこいしちゃん機嫌悪い? 背中にしがみついた状態で、分かりやすい不満声を出すこいしちゃん。 今まで無視されていたから……と言うワケでは無いだろう。そもそも皆の反応が無かったのはこいしちゃんの能力のせいだし。「勝手に留守番に組み込んだ事、ひょっとして怒ってる?」「そんな事無いよ。そもそも、留守番を頼まれたのはお兄様と鬼の人だけでしょう?」「まぁ、確かに古明地妹は言われてないわな。単に気付かれてなかっただけの話だけど」「……お兄ちゃん? その子誰?」「ああ、この子は古明地こいしちゃんと言って――」 紹介の言葉は、フランちゃんの表情を見た瞬間に途切れてしまった。 フランちゃんは彼女らしからぬ感情の無い瞳で、じっと僕とこいしちゃんを見つめている。 と言うか目に光が無い。奈落に繋がってる大穴みたいな虚無さ加減で、微動だにせずこちらの様子を窺っている。怖い。 しかもこれだけ狂気じみた雰囲気なのに、魔眼で見る波長は至ってフラット。と言うかこっちも微動だにしてない。超怖い。 「ねぇお兄ちゃん、教えて。何でその子、お兄ちゃんの事をお兄様って呼んでるの?」「いやその……成り行きで?」「ねぇお兄ちゃん、教えて。何でその子、私の場所に居るの?」「別に僕の背中はフランちゃん限定ってワケじゃ……あ、ゴメンなさいなんでもないです」 ダメだ、今下手な事言ったら死ぬ。 無言の圧力に負けて、僕は思わず顔を逸らしてしまった。 コレはマズい。このフランちゃんは僕の手に負える存在では確実に無い。 助けて萃香さん――ってあの鬼、いつの間にか安全圏っぽい位置まで逃げ出してやがる! この鬼め!! 仕方がない。とにかくこうなったら、一度こいしちゃんを下ろして穏便に……。「何故って簡単な話じゃない。お兄様は私のお兄様で、この場所も私の場所になった。それだけの事よ」「こいしちゃぁん!?」 それ完全に挑発だよね? と言うか喧嘩売ってるよね!? こいしちゃんのお手本の様な挑発は、フランちゃんに一つの感情を露わにさせた。 彼女の目に光が宿り、感情の波が激流の如く動き出す。 それはもう、他に形容できないくらい見事な殺意でしたとも。 最早、フランちゃんを止める事はできないだろう。なので僕はこいしちゃんに挑発の意図を問い詰めるべく振り返り――気付いてしまった。 そのこいしちゃんの瞳にも、フランちゃんとまったく同じ光が宿っている事を。 ……えっ、なんで? 何が何だか分からない。だけど一つだけ、この状況から推察出来る事があるとするなら……。〈少年コレ、確実に巻き込まれる位置だよね〉 双方が爆発する瞬間、一番酷い目に遭う場所は間違いなくココだと言う事だ。 少しずつ膨れ上がっていく二人の力に挟まれながら、僕は如何に生きてこの状況を抜け出すか頭を悩ませるのだった。 ―――まぁ結局、鎧の即死回避機能に頼る事になったのですが。うん、仕方ないよね。