「あー、疲れた。ただ踊ってただけなのに、下手な弾幕ごっこより疲れた気がする」「だから言ったじゃないの、覚悟しておきなさいって」「あの二人も、あの後は踊るだけ踊って帰っていきましたからねぇ。……だから鬼の相手をするのは嫌なんですよ」「お兄様お疲れー。はい、お茶」「ありがとー。――あ、紫ねーさまもこんばんはー」「っ!?」「……どうしました? お茶菓子なら、ねーさまの分も多分ありますよ」「どうしたって貴方……」「晶さん今、隙間が出るよりも早く紫さんの事を察してましたよね」「はぇ?」「確かにそうね。明らかに、貴方が反応してから八雲紫が出てきたわよ。――どう言う事かしら」「えっ? どうしてと言われても……後ろの方で開いてましたよね、隙間」「……これは、どういう事なんでしょうか」「恐らく、私の‘力’を感知したのよ。隙間による移動には若干のラグがあるから、この子の方が先に反応できたんだと思うわ」「あーなるほど。空間移動は、‘見えない力で空間を弄って移動している’から第三の目の対象に入っちゃうのか」「………………」「………………」「………………」「お、御三人方?」「今さらっと出てきた新規単語に関して、尋問の必要性があると思います」「そうね、さすがに出てきた以上無視は出来ないわね」「異議無し」「あっるぇーっ!? まさかのヤブヘビー!?」幻想郷覚書 地霊の章・参拾肆「終日遅遅/阿求改善」「――さて、準備は整いましたね」 来客の手筈を整え、私は大きく深呼吸をした。 昨日偶々我が家を訪れた妖怪の賢者にお願いした要件を思い出すと、自然と緊張から身体を硬くなっていく。 うう、やはりいきなり呼びつけるのは急すぎたでしょうか。 ここはまず、文通などで慣らしてから――ってダメですダメです。「遠ざけようとすれば、あの人は確実に近づいてきます。そう言う困った人です。だったらコチラから攻めて行かないとっ!」「……阿礼乙女様?」「あ、はい何ですか!?」「いえ、何か仰っていた様ですので……」「な、何でもないです何でも!!」 危ない所でした……。手伝いの方が立ち去ったのを確認して、私は安堵の息を吐き出した。 阿礼乙女が殿方への対処でアタフタしている。なんて話を人里に広めるワケには行きませんからね。 表向きだけだとしても、平静さは保ち続けないといけません。 ……はぁ、我が事ながら驚きでしたよ。まさかここまで男性に対して免疫が無かったとは。 いえ、考えてみると当然なんですけどね。私自身の持つ人生経験なんて皆無に等しいんですから。 「こういうのも、阿礼乙女の弊害と言うのでしょうか」 阿礼乙女は幻想郷縁起を書く為、まず過去の阿礼乙女が残した資料に目を通す。 それは縁起編纂の基礎となる重要な物で、私も多くの知識をそこから得たモノです。本当に、多くの、知識を……。 「―――はぁ」 分かってはいるんです。全ては縁起に必要な知識なんだと。 だけどっ! なんで無闇矢鱈にエロ知識豊富なんですか昔の阿礼乙女!! いや、本当に分かってるんですよ!? 妖怪にはソッチ方面大好きなのがいっぱい居ますから、縁起にソレ書かないといけませんもんね! 書かないと読む人が困りますもんね!! そもそも私、悠長にしてたら寿命の方が先に来ちゃいますし! ぶっちゃけ人生的には折り返し地点入ってますから、そういう知識も知っておかなきゃマズいと思うんですよ! ええ、乙女としては知りたくないんですよ? 本当なんですよ? えっちな事なんて興味無いんですよー? その、少しくらいしか。 ……っと、いけませんね。何だか話の方向性がおかしくなってきました。 とにかく阿礼乙女には、究極の耳年増と言う宿業がついて回るのです。記憶ないけど断言出来ます、皆そうでした。 しかも箱入り的な育成環境が、知識と実体験をどんどん乖離させて行くと言う有様。 どれもこれも仕方の無い事と分かっていますけれど、コレ確実に人間としてどっか狂いますよね阿礼乙女。「つまり、私が男性相手にロクな対応ができないのは確実に私自身のせいでは無いのです!」 「へー、そうなんだー」「そうなん――ぎゃーす!?」「うわぁ、ぎゃあす言うたよこの乙女」 そりゃ言いますよ。乙女だって人間なんですから、おかしな叫びを口にする事もありますとも。 って、なんでもうすでに晶さんが居るんですかちょっとー!? 私のすぐ前では、笑顔のまま首を傾げる件の男性の姿が。うわ可愛い、なんか腹立つ! 普通だったら誰かが来訪を伝えてくれると言うのに、どうしてまた彼は素通りでここに居るんでしょうか。「こ、こほん。ご足労をおかけ致します晶さん。だけど、不法侵入は感心できませんよ?」「あースイマセン、実は着地点を間違えちゃいまして」 そう言って彼が指差した庭先には、何かが擦れたような跡がくっきりと残っていました。 ……相変わらず、着地下手なんですねぇ。 同情的な視線を彼に送ると、晶さんはワタワタと手を振りながら言い訳を始める。「いや、違うんだよ。今回着地ミスったのは、飛んでる最中にチョッカイかけられたからでして」「え、妖怪に襲われたんですか?」「襲われたと言う程じゃ無いんだけどね。えーっと――ああ、居た居た」 左右を見回した晶さんが何かに向かって手を伸ばし、虚空の何かを掴んで見せた。 ――あ、あれ? 女の子が出てきましたよ? おかしいですね、今までそこには誰も居ませんでしたよね?「チョッカイかけてきた犯人で、地霊殿の主の妹な古明地こいしちゃん。無意識モードに入るとオートステルス入るちょっと厄介な子です」「どうも、古明地こいしです。よろしくお願いします!」「あ、はい。稗田阿求と言います、どうぞよろしく」 地霊殿……と言うと、最近交友の始まった地底妖怪の拠点の一つですね。 そこの主の妹だと言う事は、彼女も相当な実力者なのでしょう。 おーとすてるすと言うのは良く分かりませんが、幻想郷縁起の編纂者としては実に興味を惹かれる方です。 しかし、なんでそのこいしちゃんとやらが今ここに居るんですか!?「あの、晶さん。――私、晶さんに一人で来て欲しいって言いましたよね」 別に色っぽい理由では無いのですが……色っぽいんですかね? 良く分かりませんけど、とにかく告白とかそういう流れでは無いです。 ただ、晶さんの事に集中しておきたかっただけなんですよ。茶化されたりしたら困りますしね。 だから紫さんに、晶さん一人で来て欲しいってお願いしたのに! 晶さんの為のお菓子とかも用意して、二人っきりの為の準備もしていたのに!! ――あ、いえ。深い意味は無いですよ? それなのに、晶さんの反応は言葉にすると「あ、忘れてた」みたいな軽い感じなんですけど! 何ですかソレ! 晶さんは私を女性として見なさ過ぎですよ、知ってましたけど! もっと深読みして意味深な反応をしてくださいよ、されても困りますけど!! と言うか私の最初の呟き、しっかり聞いてた癖にスルーですか! 追求されたら泣きますけど!「ごめん、忘れてた」「……いーですけどねー。ぜーんぜん良いですけどねー」「コレ食べていーい?」「はい、晶さんの分をどうぞ」「阿求さん!?」 とりあえず、とっておきの菓子はこいしさんにあげてしまおう。それくらいの復讐は許されるはずだ。 喜んで出されたお菓子を食べるこいしさん、そしてそれを羨ましそうに見つめる晶さん。ちょっとだけ気分がスッとしました。 彼女があっという間にお菓子を食べ終えた後にも、晶さんはチラチラと名残惜しげにこいしさんを見つめている。 どれだけ食べたかったんでしょうか……ちょっと悪かったかなと思いつつも、私は話を続ける事にした。「それでですね。今回晶さんをお呼びした理由なんですが、ここ最近の活躍談をお聞きしたく」 もちろん言い訳だ。嘘では無いんですが、そこまで急を要する事態でもない。 まずは事務的なやり取りで、晶さんとまともに会話を出来るようにする――ってアレ? そういえば私、もうすでに極普通の会話が出来ちゃってますよ? いきなり出てきた衝撃で、照れとか戸惑いとかの感情が一気に吹っ飛んでしまったのでしょう。 はっ、まさか晶さんはそこを狙ってたワケ無いですねはい。「……かつやくだん?」「ほら、緋想異変とか地霊異変とか。色々派手にやっていたそうじゃないですか」「派手にやらかしてはいましたけど……犯罪談では無くて?」「――何か、やらかしたんですか?」「………………てへぺろ☆」 わりと心当たりがあると言った感じですねー。晶さんらしいと言えばらしい態度ですが。 まぁ色々聞いた噂が本当なら、言い淀む気持ちも分からないでも無いです。 実際に緋想異変の時は結構アレな事したらしくて、紫さんも大分お怒りだったそうですし。 「えっと、当たり障りの無い所だけでお願いします」「うぃっす、りょーかいであります!」 阿礼乙女としてどーかと少し思いましたが、態々虎の尾を踏みに行くのもマズいと思うんですよね。 本来の目的をすでに果たしているので若干意味を失いつつあるのですが、私は晶さんに対する質問を始めたのでした。「はい、ありがとうございました」 晶さんの話を紙に軽く纏め終えた私は、少し冷めたお茶を口に含んでホッと一息ついた。 無茶苦茶な面ばかり強調される――と言うか実際に無茶苦茶な――晶さんですけど、意外と知的な人でもあるんですよね。 ちょっと視点が独特過ぎますが、その考察力と観察力は阿礼乙女の私から見ても中々のモノです。 ……前にチラッと聞いた事があるんですけど、晶さんは本を書く為に色々手帳に記しているそうなんですよね。 かなり興味深いんですが、お願いして見せて貰えるモノなんでしょうか。「あふぁ……意外と白熱しちゃいましたね。こいしちゃんとかぐっすり寝ちゃってますよ」「あ、そこに居たんですか」 無意識を操る能力、でしたっけ。自然と意識から外れてしまうと言うのは中々に面倒です。 もっともこいしさんが無意識下で取る行動にはそこまでの悪質さが無いので、咎めようと思わないんですが――あ、落書きされてる。 「……もっと構ってあげるべきなのかなぁ」 こいしさんの髪を優しく手で梳きながら、晶さんがポツリと呟いた。 フランさんの時も思いましたけど、晶さんって何気にお兄さん気質ですよね。 自分以外の抑え役が居なくなるって前提は必要ですけど、面倒見は凄く良い様な気がします。 それにしても、今の髪を梳く仕草はちょっとドキッとしましたねー。何だか頼れるお姉さんって感じがして。 ……落ち着いてる時の仕草が凄く女性っぽいんですよね、晶さん。 なるほど道理で今日は普通に接する事が出来たワケだと内心で納得しつつ、私は晶さんの呟きの意図を探るべく先を促した。「晶さんは、ちゃんと彼女に構ってあげてると思いますよ。少なくとも私よりは大事にされてますね」「それに関しては本当に申し訳ありませんでした。……まぁ、大事にしているつもりではあるんですけどね。ただそれだけで良いのかなーって」「と、言いますと?」「さと……地霊殿の主が僕にこの子を預けた意味を測りかねていてね。単に子守をして欲しいだけなのか――それとも、その裏に別の思惑があるのか」 そう言った晶さんが、もう一度こいしさんの方に視線を向けた。 その表情からは、どこまで踏み込んで良いのか分からない。と言った戸惑いが分かりやすく伝わってくる。 それにしても珍しいですね。晶さんは、相手の事なんて一切考慮せずに踏み込んでいく人だと思ってたんですが。 ……さすがにこの認識は、失礼過ぎましたかね?「こいしちゃんに何か事情らしきモノがあるのは分かるんだけど、それで困ってるかと聞かれるとそうでも無いんだよねぇ」「でしたら、下手にお節介を働く必要は無いと思いますけど?」「うん、僕もそう思ってたんだけどねー。――でもひょっとしたらこいしちゃんは、現状を変えたいのかもしれないのかなとちょっと思って」「……そうなんですか?」「そもそも今の僕って、こいしちゃんにとってはほぼ天敵なんだよね。それなのに彼女は前より懐いてくるんだよ」 そして天敵となるキッカケを与えたのは、他ならぬ彼女の姉なのだそうです。 確かに、複雑な事情が見え隠れする感じはしますね。地霊殿の主には何か狙いがあるのかもしれません。 とは言え、だから晶さんが何かしなければいけないと言う話にはならないと思うのですが――言っても無駄でしょうねコレは。 出来る事だからやる、友達だから協力するって考え方は素敵だと思いますが、晶さんの場合は少し極端過ぎです。 そこさえクリアしてれば何でも良いなんですか。……何でも良いんでしょうねぇ。 何と言うか、上白沢さんやアリスさんがヤキモキしている理由を少し理解した気がします。「仮にそうだったとしても、具体的に何も言われてないのなら無理をする必要は無いと思いますよ?」「んー、そうなのですかねぇ」「恐らくは。きっと望まれているのは、素のままの晶さんなのでしょう」 と言うか晶さんは、意識していない時の方が頼りになる――こほん。 私は地霊殿の主の事も妹さんの事も良く知りませんが、彼のそういう所に期待する気持ちは少し分かります。 私も、晶さんの良い意味での考え無さに救われた所がありますからね。 「なるほど、と言う事は今まで通りで良いのかな……」 しかし、なんでしょうこのモヤモヤした気持ち。 こちらの戸惑い等をガン無視された上に、他の友達の相談までされるとか、私完全に蔑ろじゃ無いですか。 これでも友達の居なさ加減には定評のある阿礼乙女なのですから、もう少し私に構ってくれても良いでしょうに。 話が落ち着くと同時に湧いて出てきたイライラを発散すべく、私は晶さんのお尻を思いっきりつねりました。「あふぁ!? あ、阿求さん!?」「べー」「な、何故に?」 あースッキリしました。 怪訝そうな晶さんを放置して、私は満面の笑みと共にお茶を啜るのでした。