「こうなったらヤケクソよ、食べられるだけ食べてやるわ!」「わーい、おっかしおっかしー」「けっぇき、けっぇきっ」「ふむ、さとり様へのお土産はどうするべきかなぁ」「………妖怪達が屯ってると聞いて来てみれば、何をしてるのだお前は」「アローハー、上白沢せんせー」「ああ、久しぶりだな晶。そっちに居るのは噂の地底妖怪達か? 一緒に居る事にはもう驚かんが、ここが人里である事は忘れんでくれよ」「大丈夫だよ、あたいらはお菓子食べに来ただけだし――何よりお兄さんが居るからね」「あ、言っとくけど僕は人里における信頼ゼロだから。僕が居た所で何の保証にもなりませんじょ?」「……お兄さん、人間なんだよね?」「悲しい事に人里では、ほとんど妖怪と変わらん扱いなのだよ。彼は」「そういう事です。――と言うワケで先生、紅茶奢るんで僕等を監視してください。お代わりは無しで」「年上として、年下に奢ってもらうつもりは無いが……ひょっとして全員分を出すつもりなのか」「結果的にはそうなるかと」「……何かの詫びか?」「真っ先にそう言うコメントが出てくるあたり、先生も大分僕の事を理解してますよね」幻想郷覚書 地霊の章・参拾参「終日遅遅/足らずの鬼問答」「さて、こいしちゃんの事をどう説明したモノか……」 人里で散々飲み食いした後、僕はこいしちゃんを連れて太陽の畑へ帰還していた。 背負ってるこいしちゃんの存在を僕はしっかり把握しているが、他から見るとどうなってるのかは分からない。 まぁ、僕が話しかけるなり何なりして‘意識’させてあげれば良い話なんだけどさ。 逆を言うと、そこらへん気を付けないとこいしちゃんは僕以外の誰からも気付かれないワケで。 ……んー、魅魔様と違って会話できる時は見えてる時だから一人で会話する怪しい奴にならないのが幸いと言えば幸いですかねー。〈少年、魅魔様もそこらへんわりと気ぃ使ってるんだよ?〉 知ってます。〈ヤバいよ。魅魔様ちょっと泣いちゃったよ今〉 悪霊なんだから我慢してください。魅魔様は強い子! そんな風に心の中で魅魔様をからかっていると、こいしちゃんが僕の呟きに返事をした。「またお願いします。じゃ、ダメなの?」「うん。それは最悪の結果を招く一言だから、間違っても口にしないように」 バレるのは時間の問題だろうけど、第一歩から躓くのはさすがに避けたいです。 とは言えこいしちゃん、無意識を操る能力を持ってるせいか行動もかなり無意識任せなんだよね。 うっかり何を言い出すか分からないからなぁ。……色々覚悟だけはしておこうと思います。「それと、悪戯も出来るだけ控えてね? あの人達、結構意外な所に怒りのポイントがあったりするから」「え、私悪戯なんてしてないよ?」「……自覚のないパターンかぁ」 分かってたけど無意識タチ悪いなぁ。 本能のままに行動してる上に、それを本人が理解してないとか咎めようが無いじゃないですか。 第三の目でこいしちゃんの存在を把握出来ても、動きの方は予測できないワケだし。 フランちゃんと同じノリで引き受けてみたけれど、これは想像以上にキツい子守になるかもしれない。 ……分かりやすく暴れてくれた彼女は、抑える側としては楽な方だったんだね。 まぁ何とかしてくれとは言われてないから、軽く諌めるくらいで良いとは思うけど。 「とりあえず、出来るだけ僕に確認取ってから行動する様にしてくださいね」「えー」「気持ちは分からないでもないけど、あんまりやりたい放題されると僕も庇えなくなるからさ。お願い」「はぁーい……」 渋々だけど納得して貰えた様なので、一応は一安心だという事にしておこう。 ぶっちゃけこいしちゃん自身が気をつけてもどうしようも無いんだけど、そこはまぁ気づかないフリで。 そんな感じに話が片付いたのとほぼ同時に、僕らは太陽の畑へと到着したのだった。 軟着陸した僕らの前では、何故か物凄く疲れた顔をした幽香さんがそれでも幽雅に紅茶を飲んでいる。「ただいまです、幽香さん! いきなりですけどこの子、しばらく預かる事になりました!!」「古明地こいしです、よろしくお願いします!」「私は風見幽香よ。……預かるのは構わないけど、きっちり面倒見なさいね」 実にあっさりである。小傘ちゃんの時とはエラい違いだ。 まぁそうなるだろうと思っていたので、軽く笑いながら僕も返事をする。「了解でっす! ――ところで、随分とお疲れの様ですが」「ロクでもない客と烏天狗が、人の家の前で酒盛りを始めたのよ。ちなみに貴方の客だから覚悟する様に」 ……何をですか? 何とも不吉な幽香さんの言葉に、言い知れぬ不安を感じてしまう僕。 そもそも何で酒盛りしているのかとか、何故文姉が混ざってるのかとか、ツッコミ所は色々と尽きない。 なので幽香さんに理由を訪ねようとした所で、何やら愉快そうな一団が裏からやってきた。「おー、見てみなよ勇儀。ひっく。こんな所にメイドさんが居るぞぉー」「あはははは、本当だ。こっちが泥酔した状態でようやく戻ってくるなんて酷いメイドもいたもんだなぁ。わはは」「………うぷっ。だから鬼と一緒に飲むのは嫌なんですよ」 うわぁ、これは実に酷い光景だ。 両肩を組んで酒瓶片手に浮かれまくる勇儀さんと、どこかで見た事のある様な無い様な鬼っぽい二本角の人。 そしてその後ろから口を抑えつつ千鳥足で歩いてくる文姉。何があったのかは分からないけど、文姉が大変だった事は何となく分かる。 ふと頭を過ぎったのは「接待」の二文字。幻想の世であっても、社会の枠組みから逃れられる事は出来ないようだ。実に世知辛い。 で、その酔いが全身に回ってアルコールの化身みたいになっている鬼二人は、今度はご機嫌な態度でこちらに絡み始めてくるワケですよ。 ちなみに彼女らの視線がこちらを向いた時点でこいしちゃんは退避済み。今は幽香さんと仲良くお話をしています。ズルい。「えーっと、一本角の鬼さんは勇儀さんでしたよね。で、こちらの二本角の鬼さんは……」「伊吹萃香だよわはははは。久し――いや、初めましてかな! わははははは」「あれ、萃香とは会った事が」「無いよ」「初対面です」「あ、うん。そうなのかい」 勇儀さんは若干空気読めない、僕わかった。 そんな彼女の言葉を素に戻って否定する萃香さんと、同じく真顔で淡白な反応を返す僕。 僕らは互いに一瞬だけ視線を交わすと、無言で笑いながらハイタッチした。「いやぁ、萃香さんとは仲良く出来そうです」「あははは、いぇーい!」「酔っぱらいと意気投合してどうするのよ」 申し訳無い。けどこの二人、本当に酔ってるんですかね? あの酒豪の文姉が気持ち悪くなるほど飲んだワケなんだから、さすがの鬼でも多少は酔ってるんだろうけど。 気のせいか、なんかワザと自分の酔いを派手に見せているような感じが。 あ、何ですか勇儀さんあーはいはいハイタッチですね了解。はーい、たっち。 ……やっぱり気のせいだったかな。でも、今のタイミングはちょっとワザとらしかった様な。 えっ、今度は萃香さん? 萃香さんとはさっきハイタッチしたんですが……はいはい分かりました、はーいたっち。 「あはははは、楽しいなぁ勇儀!」「わははは、まったくだぁねぇ萃香!」「HAHAHA! ――何だコレ」「わー、お兄様楽しそう」 「そうね。だけど覚えておきなさい、アレはノリに身を任せた人間の末路でもあるのよ」 そのまま三人で輪を作り、手を上げ下げする動きで近づいたり離れたりを繰り返しつつ回っていく僕ら。 幽香さんが突っ込んでくれた通り、見た目は楽しそうだけど僕の頭の中は大混乱中だ。 どういう流れだコレ。良く分からないけど、まぁ鬼の二人が楽しそうで何よりだと言う事にしておきましょう。「あっはっはー、それで晶きゅん。ちとお願いがあるんだが」「はははー、なんですかー?」「幻想面になってさ、私らと戦ってくんない?」「いやでーす」「おい萃香、失敗してるじゃないか」「うーむ、この流れならイケると思ったんだけどなぁ」「ふ、日常の中にさらっと混ざるデストラップには慣れてますんで」「お姉ちゃん、気持ち悪さと悲しさで涙と乙女汁が出そうです」「そこは涙と同一の物としておきなさい。乙女なんだから」 危ない危ない、やっぱり誘導だったのか。僕は謎のダンスを続行しながら安堵の息を漏らした。 そういえばこの二人は、僕に用があって来たのだったっけ。 出てきた時点でかなりベロベロだったから、最早真っ当な話にはなるまいと思っていたのに。 何という悪質な罠だ。危うくその場の勢いで頷いてしまう所でしたよ。 ノーと答えられたのは、萃香さんの問いに過剰反応してしまう単語が混ざっていたせいだ。 ……まさか幻想面の話を、鬼本人から振られるとは思わなかったなぁ。「それで、どこらへんから仕入れたんですかその情報」「天人から簡単に話は聞いてたけど、詳しい所は全部萃香からかな」 「私は緋想異変の経緯、全部見てたよ」 え、なにそれこわい。 さすがは鬼と言うべきなのか。全然気付かなかったけど、まさか一部始終見られていたとは。「わー、萃香さんエローい」「そうだよー、萃香さんはエロいよー。女の色気がムンムンだよー」「……あーうん、そうだな。萃香はエロいな」「おーっと、まさか味方に背中を撃たれるたぁ思わなかったよ」 とりあえず軽めに茶化してみたら、鬼二人で勝手に揉め出しましたとさ。何故に。 ただしワリと毎度のやり取りだったのか、二人はすぐに謎の笑いと共に睨み合いを止めてしまった。 そしていきなり逆方向に回りだす二人と巻き込まれる僕。何がどうなっているのやら。 そのまま二回転くらいした所で、萃香さんは動きを止めると真面目な顔でこちらを見つめるのだった。 切り替えの速さはさすが……と言っていいのだろうか。鬼のノリって良く分かんないなぁ。「でさ、私としては是非とも戦いたいと思ったワケよ。現在の鬼とも言うべきあの面とさ」「いやです。アレは失敗作なので今後も使う予定はありません」 気のせいで無ければ褒められている様だけど、それでイエスと頷けるほどあの面の存在は軽く無いのですよ僕にとって。 いや、勝手に色々重くしてるのも僕なんだけどね。でもやっぱり使いたくないです。何があろうと。「失敗作だったら、問題のある所を直せばいいだけじゃないか。別に方向性自体は間違ってないんだからさ」「いや、方向性からすでに間違ってると思うんですけど……」「んな事は無いだろう。実に鬼的で、しかも‘紳士的’な面だと思うよ。そこは鬼である私が保証してやるとも」「え゛ーっ」「晶は勝負の過程を重要視しないと聞いてるよ。ならちょっとやり方を変えるだけで、幻想面は理想的な手札の一つになると思うけどねぇ」「良く知ってますね。でもいやです」「うっわ、頑なだなぁこのメイド」 自分でもそう思いますが、嫌なモノは嫌なんです。 確かに萃香さんの指摘は正しい。あの面は勝利に至る方法が問題なのであって、勝利を確定させる所にはさほど問題はないのである。 ……多分ね。僕は基本使う側だし、使ってる間の記憶が無いから本当に無いのか言い切る事は出来ないんだけど。 だけどそこらへんの可能性を加味しても、それでも僕は幻想面を使いたくないのですよ。「なんでさー。何がそんなに不満なんだよ晶やーい」「二回ほど使ってみて分かったんですけど――僕、どうも『必勝』って性に合わないんですよね。それも致命的なくらいに」 要するに、幻想面の前提からしてダメなのである。 言ってしまえば、企画段階の時点で既に路線を間違えていたワケで。 そこを修正しようとすれば、その時点で幻想面は幻想面で在る意味を全て失ってしまう。 萃香さんが言った通り、あの面自体に致命的な欠陥があるのではない――と思いたいけれど。 やっぱり幻想面は、久遠晶が求める強さとはちょっと違うのだ。「僕は確かに勝つ過程に拘りませんが、代わりに意地がありますので。だから幻想面は絶対に使いません、もう絶対に」「ぐぬぬ……笑顔は爽やかなのに目が一切笑ってないとは、完全拒否の構えだね」「こりゃーどうしようもないな。諦めな、萃香」「なんだよ勇儀、幻想面と戦えなくて良いのかー?」「本人が嫌がってる事を無理矢理ってのは私の趣味じゃ無いからね。それにどちらかと言うと、わたしゃ本人の方に興味があってね」 一旦足を止めて、今度は勇儀さんが興味深げにこちらを見つめる。 ……どうでも良いけど、いつまで僕らはこのマイムマイムもどきを続けるんだろうか。 足は止まったけど手は繋ぎっぱなしなんですが。まさか、この状態で今の真面目っぽい話を続けるの?「なぁメイド、ちと聞いていいかい?」「えっと、なんですか?」「メイドに『必勝』の力が不要だって事は良く分かった。――ならさ、お前さんの求める力ってのは何なんだい?」「ほへ?」「幻想面は、お前さんなりに足りない物を補うつもりで考えて……で、失敗した代物なんだろう? なら、メイドにとっての『成功』も当然あるワケだ」「かもしれませんね!」「何で生き生きと疑問形……まぁいいや。私としては、むしろそっちの方を聞いてみたいんだよ」 いや、そんな事聞かれても。ソレ答えられるんなら幻想面なんて作ってないですよ僕。 ってちょっと、なんで萃香さんも聞く体勢に入ってるんですか。 あ、なんか幽香さんも興味深げにこっち見てる!? 文姉も無理せず休んでてくださいよ! こいしちゃんは――どこ見てるのかな。勝手にウロウロしないでよ? ともかくこの状況は、明らかに答えを言わなければいけない空気である。困った晶君大ピンチっ!! 「えーっと……」 そして答えは何も出てこない。ですよねー。 思えば僕、自分の能力を使いこなせるようになりたいとは思っていたけど、どうなりたいかは具体的に考えて無かったんだよなぁ。 ただ漠然と、能力が自分の物になった時に自分の完成系が見える様な気がしていたけど……ふむ、完成系か。 そこでふと思い出したのは、魅魔様の力を借りた‘靈異面’の事だった。 力の完成系と言うなら、アレはまさしくその一つなのだろう。 もちろん魅魔様に為りきるには色々不足していたけれど、あの時僕は確かに完成した力とはどういうモノか理解した。気がする。 多分。恐らく。だといいなぁ。〈そこは断言しとこうよ少年。魅魔様のおかげで未来が見えました! とか言って〉 断言出来るくらい実感できたなら、僕はもうちょっと魅魔様を尊敬してましたとも。〈え、少年の魅魔様評価どうなってんの?〉 ひょうきんお化け。〈……酷くない?〉 はいはい、ちょっと黙っててくださいね。 とは言え久遠晶は残念ながら魅魔様の様にはなれないので、そういう意味ではなんの参考にもならない体験だ。 それでもあの経験を元に、僕の求める強さを言葉にするとしたら――そうだなぁ。「強くなっても、僕は僕!」 ……言葉にしてみると、どういうコンセプトなのかさっぱり分からないよね。僕もだよ。 詳しく説明しろと言われたら、多分もっと言葉に詰まる。確実に詰まる。 なのでどうか追求しないで欲しいと内心で願っていると……何故か皆満足そうに頷いていたのでした。何故に? いや、何も言われないのはありがたいんですけどね。何で僕自身が分からない事をこいしちゃんを除いた全員がわかってるの?「なるほどなるほど、だったら鬼の力なんぞ要らんわな。何しろお前さんは人間なんだから」「え、あ、はい。そう思っていただけると幸いです」「ちぇーっ、勇儀ってば潔すぎー」「楽しみを後に残しておいてるだけさ。何しろこのメイドは、後々もっと面白いモノを見せてくれるんだからね」「まるで確定事項の様に!?」「なるほどね。ふふふ、そいつぁ楽しみだ」 「ちょ、萃香さんまで!?」「よしっ、じゃあ踊るか!!」「踊ろうか!!」「何故に!?」 そのままどうしてか、再びテンポ良く回り始める鬼の二人と僕。 この良く分からないダンスは、結局日が暮れるまで繰り返されるのであった。「まったく、本当にしょうがない子ね」「幽香お姉ちゃん、そんな事言ってるワリに楽しそうだね」「うぷ。この人なんだかんだで、晶さんに変わって欲しくないと思ってますからね。うぐ。その保証を貰えて嬉しいんでしょうよ。ぐ」「そういう貴方は随分と機嫌が悪そうね。後、少しは大人しくしてなさい。不愉快だから」「……私の知らない間にまた、晶さんが愉快な事になってるなぁと思っただけですよ。それと水下さい」「放任も、行き過ぎると責任放棄と取られかねないわよ」「そっちこそ、心配し過ぎは過保護の源ですよー」「…………それを貴女が言う?」「…………そっちこそ、その言葉ノシ付けて返しますが?」「――? 二人共、どうしてそんなに苦々しげな顔してるの? 変なのー」