「滅茶苦茶な弾幕ごっこだったわね。最後の一撃で、大広間が吹き飛んじゃったわよ」「……………」「まったくアイツは、無駄に実力だけはあるから妬ましいわ。ああ妬ましい」「……これなら、行けるかもしれない」「それにしてもさとり妖怪、随分と親切じゃない。永久訪問権とやらを得られなかった晶を、わざわざ部屋で休ませるなんて」「…………………」「……ねぇ、聞いてる?」「にゃっ!? な、何か御用かな?」「地霊殿に風穴が空いているけど、アイツはお咎め無しで良いのかしら?」「ああ大丈夫、大広間は元々侵入者撃退用の部屋だからね。壊されても問題無いし、直すのもさほど難しく無いんだよ」「被害は想定済みなのね、妬ましい。……まぁ確かに、それ以外の目的でさとり妖怪が大広間を必要とするとは思えないけど」「……水橋の姉さんは、さとり様をなんだと思っているんだい」「なら逆に聞くけど、貴女は広間でダンスパーティを開くさとりの姿を想像出来る?」「えーっと――ノーコメントで」幻想郷覚書 地霊の章・拾弐「爆天赤地/夢であるように」 謎の空間からこんにちは、上下左右前後があやふやな感覚にも大分慣れてきた久遠晶です。 前回、話をするならまずは夢の中でお願いしますと言ったら――本当に夢の中へと連れてこられました。 謎の人ってば、なんてサービス精神が旺盛なんでしょうか。「ぬふふ、お礼なんて要らないさ」「そうですね。この状況に至る経緯を考えれば、お礼どころか文句が出てきますもんね」「あ、うん。それは悪かった。ちょっとはしゃぎ過ぎてたよ」 ちなみにその謎の人は、今までのタメは何だったのかと言いたくなるほど普通に目の前にいました。 全身青一色の服に身を包んだ緑髪の女性。蝙蝠の様な羽ととんがり帽子が特徴の彼女は、僕の指摘に申し訳なさそうに苦笑する。 サバサバとした、小町姐さんの様に溌剌とした性格なのだろう。 何で僕を助けたのか分からなかったけれど、この様子だと単なるお節介だったのかもしれない。 ――でそんな謎の人は、僕と同じく上下左右前後をはっきりさせないままふよふよと浮いているのですが。 気のせいで無ければ、ロングスカートから覗き見える足が半透明っぽくなっている気がする。 もっと言うと、二足歩行の体裁すら為していない感じだ。はっきり言うと足が無い。 あのスカートを捲れば分かるんだろうけど……それをやったら僕は、結果がどうあれ性犯罪者だしなぁ。「おいおい、人の下半身をそんなに凝視するなよ。思春期か少年」「あるんですか、下半身」「あるよ、ほら」「……「ザ・幽霊」と言った感じの、ヒレの無いオタマジャクシの尾を半透明にしたみたいな下半身ですね」「なるほどなるほど、蛙は死んでオタマジャクシに戻るワケか。そいつは面白い」 何が面白いのかは良く分からないけれど、僕の言葉は謎の人の謎の琴線に触れた様だ。 顎に手を当て、謎の人はニヤニヤと笑いながら何度も頷いていた。 しかし、肝心要の部分に触れないと言うのはどうなんだろうか。 意趣返しなのか素なのか――本人の性格を考えると後者っぽいけれど、それはそれで面倒な気がする。 とにかくこのままでは何の説明も無いまま本題に入られそうだったので、僕は勇気を出して疑問を口にする事にした。「それで、謎の人はいったい何者なんですか?」「おお、喰いつくじゃないか。さっきまではあんなにツレなかったのにねぇ」「そりゃあ、生きるか死ぬかの瀬戸際でそんな事いちいち気にしていられないですよ」「窮地の時ほどふてぶてしく――って言うだろう?」「いや、それは相手にピンチを悟らせない為の心構えじゃないですか?」「細かい事を気にする子だなぁ。……まぁいいか、えーっとあたしの事だったね」 不敵な笑みを浮かべた謎の人は、あるのか無いのか微妙なラインの腰に手を当てて胸を張る。 そこらへんがどうなっているのか大変気になる所だけど、触れると確実に話が脱線するので我慢の子。 僕が無言で先を促すと、謎の人は羽織ったマントをはためかせて高らかに名乗った。「あたしは魅魔、悪霊って奴だよ。敬意を込めて魅魔様と呼ぶと良いさ」「はーい、わっかりました魅魔さまー」 僕の素直だけどやる気の無い返答に、何かを言いかけやっぱり止める魅魔様。 果たして、上辺だけの言葉なら止めろと言おうとしたのか、もっと敬意を込めろと言いかけたのか。 僕には良く分からなかったが、言っても無駄だと判断したのは確実だろう。 どうやら今まで出てこなかっただけで、僕が何をしてきたのかはしっかり見ていたらしい。無礼者ゴメンナサイ。 しかしそれにしても、怨霊の次は悪霊と来たかぁ。 さすがは地獄、怨み辛みが関われば何でもアリなワケですね。 そんな風に僕が納得していると、魅魔様は不満げな表情で僕を睨みつけてきた。「お前さん、あたしがこの地獄の住人だと思ってるだろう」「ほへ? 魅魔様、旧地獄の人じゃないんですか?」「あたしゃ地上の悪霊さね。地獄に居るのは、お前さんに連れてこられたからだよ」「僕、ですか? 天子の馬鹿じゃ無くて?」「まぁあの天人も元凶ではあるけどね。直接的な原因は、やっぱりお前さんさ」 はっきりとそう言われても、僕には特に心当たりが無い。 首を傾げつつ記憶を探っていると、痺れを切らした魅魔様が僕の胸を指差した。「察しが悪いね。陰陽玉だよ、陰陽玉!」「えっ、コレですか!? でもコレ博麗神社の下から見つかったんですよ!? しかも、かなり適当に封印されて」 どうやら、夢の中の持ち物は現実の状況と連動しているらしい。 僕が懐を弄ると、入れっぱなしにしていたミニサイズ陰陽玉と錠前の壊れたヒノキの箱が出てきた。 魅魔様の話が本当なら、彼女は今までずっとこの中に入っていた事になる。 それは狭そうだ――では無くて。博麗の巫女の基本アイテムに封印されていたとか、魅魔様って実は大物なのかな。「博麗神社とは色々と因縁があるのさ。……ところで今、明らかに懐の容量を超えた物を出さなかったかい?」「ああ、気にしないでください。紫ねーさまに渡してから僕も知らない機能が所々に増えてるんです」「そんな得体のしれない服を、良くもまぁ平然と着れるもんだね」「慣れました。使いこなせてはいないですが」「それもどうなんだよ……」 ちなみにこの内ポケットの超収納力は、リュックの中身全部を移しても余裕でお釣りが来るほどである。 あと、スカートのポケットに入れても内ポケットから出せる。逆も可。 ……収納力が有り過ぎて、逆に物入れるのが怖いからスペカとか財布とかしか入れてないけどね。 「それでえーっと、魅魔様が博麗神社と因縁深いって話でしたっけ?」「深いよ、一から説明するのが面倒なくらい深い。だから突っ込んで聞かないでくれよ。……所々忘れてるしね」「絶対に最後のが本音ですよね。良いんですか、そんな適当で」「あたしも最初の頃は、打倒博麗神社を掲げて無茶してたんだけどねぇ。今では何で敵対していたのかもあやふやで……」「封印された時に頭の中弄られたんじゃないですか、ソレ」「あっはっは、面白い仮説だけどそれは無いよ。そもそもあたしは封印されてないからね」「はぇ? でもコレ――」「ぐっすり眠りたかったからね。こうしておけば起こされる事は無いだろう?」 つまりアレか、この御札はホテルのドアノブに引っ掛けるアレと同じ代物なのか。 適当な封印の謎は解けたけれど、代わりに何とも言えない気持ちがせり上がってきた。 と言うか、この人コレでどれくらいの間寝てたんだろう。 良く分からないけど、一つだけはっきりと言い切れる事がある。 長期間寝るのに神社の道具を借りてる所を見ると、博麗神社との確執は無いも同然だったんだろうなぁ。「とりあえず僕は、寝ている所を連れだして申し訳無い――って謝るべきですかね」「いや、別に構わないよ。旧地獄に漂う怨念のおかげで、すっきりさっぱり目覚める事が出来たからね」 むしろ助かったよ、惰性で寝続けていた感もあったからさー。と呑気に身体を捻りつつお礼を言う魅魔様。 それにどういたしましてと答える勇気は、残念ながら僕にはありませんでした。 ……結果的に僕の行動は、魅魔様復活の手助けになったワケなのか。 別にそれが悪いって事は無いんだろうけど、なんか悪事に加担してしまった様な心苦しさが。 とりあえず霊夢ちゃんは、彼女の事をどれくらい知っているんだろう。 まさかこれが原因で、霊夢ちゃんにボコられるとかは無いよね? さすがに無いよね?「どうした、顔が青いぞ?」「いや、ちょっと不吉な未来を幻視したモノで。しかし知りませんでした、霊にも睡眠が必要だったりするんですね」「んーまぁ、正直に言うとその時のあたしは色々あったせいでかなり弱っていてね。眠りでもしないと自分の身体を維持出来なかったのさ」「色々と言いますと?」「――ふっ、秘密さ」 あ、これ覚えてない時のリアクションだ。何となく分かる。 つまる所本人も、何で自分が寝る羽目になったのか深くは理解していないらしい。 けど多分、そこまで深刻な理由じゃないんだろーなぁ。それだけは何となく理解出来ました。「まぁ、実は今も完全復活したってワケじゃ無いんだけどね。陰陽玉から出るのは億劫だし、当分の間は少年の世話にならせてもらうよ」「あーそうなんですか―――って、へ?」 今、なんかさらっと凄い事を言われなかっただろうか。 僕が魅魔様の顔を見返すと、彼女はにっこり笑って僕の肩を叩いて来た。「あの、魅魔様? その言い方だと博麗神社に戻るつもりが無い様に聞こえるんですが」「今さら二度寝なんて出来やしないからね。丁度良く憑く対象もいる事だし、しばらくは幻想郷を満喫させてもらうつもりだよ」「憑く対象って……僕?」「他に居ないだろう。――ああけど、仕方無くってワケじゃないよ? お前さんの活躍を見て、面白そうだと思ったからとり憑くのさ」「……それは、ありがとうと言うべきなのでしょうか」 比喩で無く本当に愉快だったのだろう。面白そうの頭には、きっと「見ていて」と付くに違いない。 しかし、とり憑く基準をそいつが面白いか否かで決めて良いのだろうか。 僕にとり憑けば復活が楽に云々とは言ってなかったから、一緒に居れば何かの足しになるって事も無いんだろうし。 興味を持って貰えたのは光栄だけど、魅魔様自分の復活とか実はどうでもいいのかなぁ? それとも、僕と一緒に居れば勝手に復活する為の力が手に入ると踏んでいるのか。 ふむ、有り得なくは無いかな。――魅魔様が、見て分かるほど露骨にハプニングを期待して笑ってなければの話だけど。「まぁ別に、とり憑くのは構いませんけど」「おや、随分とあっさり了承するじゃないか。良いのかい、悪霊にとり憑かれるんだよ?」「敵対する神社となあなあで仲良くなってる悪霊の、いったい何を警戒しろと言うんですか」「……少年、魅魔様ちょっと傷ついたよ」「悪霊なんだから我慢してください。――で、構わないにしても、勝手に身体を操るのだけは止めて欲しいんですけど」「悪霊である事を理由に我慢を強いられたのは、さすがに初めてだよ……」 物凄い複雑な表情をしている魅魔様はとりあえず無視。とにかく今は、操らない確約を貰う事に専念しないと。 正直、任意のタイミングで身体を操作される可能性があると言うのは思っていた以上に辛いっす。 ポテンシャル以上の技を使われる危険性はもちろん、場合によっては魅魔様の意に添わない行動を妨害される恐れがあるからだ。 さすがにこの人が、やたらと介入してくる厄介な人だとは思っていないけど。 ……魅魔様、わりと感情に任せて行動する節があるっぽいからなぁ。「するなとは言いませんが、やる前に一言了承を取ってください。問題無ければ身体くらい幾らでも貸し出しますから」「色々とツッコミ所はあるけど、まぁそこは安心して良いよ。この前みたいな無様はもう曝さないからさ!」「いや、僕が問題視しているのは、何をやったかじゃなくてそれをやらかすタイミングの方で……」「お前さんの記憶から面白そうな技も見つけた事だし、次の勝負は期待してくれ!!」 アカン、この人想像以上にマイペースやった。 こちらの意図をちっとも理解していない魅魔様は、サムズアップのポーズと共に闇の中に消えていく。 これ、何かしらの対策を考えておかないとダメかなぁ。 僕はこめかみを抑え頭痛に抵抗しながら、薄れて行く感覚に身を任せるのだった。「――んぁ?」 目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。 恐らくは地霊殿のどこかだろう。だと良いなぁ。――まさか捨てられてはいないよね? 若干不安を抱きながら身体を起こすと、視界の隅にチラつく猫らしき尻尾の影。 それを追う様に視線を横にズラすと、そこにはじっと僕の顔を見つめるお燐ちゃんの姿があった。「おはようお姉さん、調子はどうだい?」「悪くは無いです。とりあえずどれくらい寝てたのか、勝敗はどうなったのか、その他寝てる間にあった事柄を説明してくれると助かります」「……こなれてるねぇ」「毎度の事なんで」 過程はともかく、結果はわりといつも通りだからね。とりたて動揺する事はありませんよ。 まぁ、時間の経過次第ではパニくる可能性がありますけどね。 ……何しろ僕の体力、空っぽになったはずなのに程良く復活しているんだよなぁ。 最近は人外から人外認定される回復力を得た僕だけど、さすがに数時間程度でゼロからここまで回復する事は難しいはずだ。多分。 運が良くて一日、悪くて数日が過ぎてそうだなぁ。……長期過ぎる滞在は、ちょっと勘弁して欲しいんですが。「えっと、お姉さんは二時間くらい寝ていたはずだよ。勝負は残念だけど、さとり様の勝ちさ」「え、なにそれこわい」「仕方が無いよ。さとりさまのトラウマ弾幕を裁いたのは凄かったけど、お姉さんそれで倒れちゃったから」 いや、驚いているのはそっちじゃないんですよ。 そっちは念の為に確認しただけで、負けた事自体は気絶した時点で分かっていたワケですし。 と言うか――えっ? 二時間って何。自分の事だけど意味が分からない。えっと、二日じゃ無いんですよね?〈ふっふっふ、失敗を失敗で終わらせないのが魅魔様の凄い所だよ〉 混乱している僕の脳内で、魅魔様がエヘンと胸を張る。 なるほど、貴方の仕業ですか。で、何をやらかしてくださったんですか? まさかドーピングとか言わないですよね。〈体力の回復を手助けする魔法を少し。まぁぶっちゃけあたしが手助けしなくても、半日あれば同じくらい回復したと思うけどね〉 ありがとう魅魔様、その補足は要らなかった。〈少年、何気にあたしに厳しいよね〉 そりゃまぁ「貴女、下宿人。僕、家主」ですから、厳しくもなろうモノですよ。 ついでに言うと魅魔様は、適度にストップかけないと暴走する危険性があるんで。これからも態度はキツめで行こうと思ってます。〈ありがとう少年、ちょっと泣いた。……それと、これは忠告なんだけどね〉 何です?〈あたしとの会話は、頭の隅に留めておく程度にしておいた方が良いよ。――話に置いて行かれるからね〉 はぇ? どういう事です? 脳内でそう魅魔様に問いかける前に、答えはお燐ちゃんが示してくれた。 彼女は僕から一歩下がると、ネコミミを垂れ下げつつ土下座しだす。「お願いだ! あたいに力を貸しておくれ!!」「えっ? ……えっ?」 それはもう、見ているだけで胸が締め付けられるほど必死な土下座でしたとも。 結論――ひとのはなしはちゃんとききましょう。 さて、この悲痛な空気を破ってどう「話聞いてませんでした」と言うべきか。 頭を悩ませながら、僕は深々と己の注意力不足を反省するのだった。