「失礼します、さとり様。突然ですがあたいの願いを聞いていだたけますか」「これ以上心を読まず、自分の表向きの言葉を鵜呑みにしてほしい。とは随分変わったお願いね」「さ、さとり様!」「安心なさい、それ以上は読んでいないわ。もっとも‘誰の為’なのかは少し読めてしまったけれど」「……すいません。本当なら、真っ先にさとり様へ報告すべきなんでしょうね。でも」「それでえぇと、どんな用件なのかしら」「えっ?」「あら、私に用があるのでしょう? ‘早く言って貰わないと困るわ’」「さ、さとり様ぁ、ありがとうございます!」「礼は要らないわ。あの子だって、私の大切な家族だもの」幻想郷覚書 地霊の章・拾壱「爆天赤地/揺らす心の錬金術師」「いや、その理屈はおかしい」 突如開戦の宣言をかましてきたさとりさんに、とりあえず僕は否定の言葉をかけた。 確かに僕はお燐ちゃんと戦ったけれど、それはあくまで結果論である。 主目的は地霊殿の調査なのだから、僕がさとりさんとも戦う理由は無いのだ。そうこれっぽっちも。「何か問題でも?」「問題だらけですよ! どうして、僕がさとりさんに挑戦したなんて話になっているんですか!?」「あら、私はお燐からそう聞きましたが」「お燐ちゃぁん!?」 事の発端らしいお燐ちゃんに視線を向けると、全力でそっぽを向かれてしまった。 どうやらこの火車さんは、意図的に僕の訪問理由を捩じ曲げてくれたらしい。 何と言う事だ。今すぐにでもさとりさんの勘違いを訂正しないと――いや、待て違う。 そこまで考えて、僕はこの考えの致命的な欠陥に気付いた。 もしお燐ちゃんがとんでもない策士だったとしても、さとりさんの前でその作戦を隠す事は出来ないはずだ。 つまり、さとりさんはお燐ちゃんが何かを企んでいると知った上でそれに付き合っているのである。 ……完全に茶番なんですね、コレ。こっちの事情なんてお構いなしですかそうですか。 「渋るフリをして交渉に持ち込もうとしても無駄ですよ。これ以上、状況が貴方に好転する事はありません」「失敬な。僕は全力で嫌がってますよ!」「けれど抵抗が無意味だとも思っています。……面白いですね。貴方の心の片隅には、常に全てを冷静に分析している貴方がいるようです」「ぐむぅ……」 まぁ、いるかいないかで言われたらいるでしょうよ。多分。 だけど受け入れ準備が出来ているからって、問答無用で進められても困ります。 こっちの事情を把握しているなら、少しくらい僕にも配慮してくれて良いでしょうが。 例えば手加減してくれたり、ハンデくれたり、逃げ出すのを見逃してくれたり、戦闘を中止してくれたり。「ちなみにすでに気付いている様ですが、私に負けたフリは通用しません。そう言った失礼な真似をされた場合、私は然るべき措置を取りますので」 あ、そーいう配慮はしてくださるんですね。泣きそう。 心を読む能力を全力で活用したさとりさんは、あっという間に僕の逃げ道をふさいでしまった。 ちくしょう、なんて的確な対応だ。ハンデや手加減に触れなかった所にそこはかとない悪意を感じる。 と言うかさとりさん、実は昔の記憶とかも読めたりするんでしょう。 その道の塞ぎ方、どこぞの姉弟子を彷彿とさせるんですが。 とか思っていたらさとりさんが僕から視線を逸らした。くそぅ、これが能力の無駄遣いってヤツか。「ええい、分かりましたよやりますよ! ただし、僕が勝ったら……勝ったら……うーん」「思いつかないなら、地霊殿永久訪問権でいかがでしょうか。いつ如何なる時でも歓迎いたしますよ」「んー、じゃあそれで」「……それ、罰ゲームの間違いじゃ無いの?」 いや、それはそれで結構ありがたいですよ。少なくとも次遊びに行く時は、ここで勝負を挑まれる事は無くなるワケですから。 同時に厄介な繋がりも手に入れてしまう事になりそうですが、そこはまぁ気にしない方向性で。 ――どうせそんな権利が無くても、口実が変わるだけで厄介事に巻き込まれる頻度は変わらないワケだしね。「それじゃあ二人とも、ちょっと離れてて。危ないからね」「そのまま帰っていいかしら」「寂しさを拗らせた僕が暴挙に出ても良いなら、どうぞ」「妬ましいぃ……」「そういう、非生産的な鬱憤の晴らし方はどうかと思いますが」「それを鬱憤の原因に言われましても」 まぁ、多少の八つ当たりが込められている事は否定しません。寂しいのも本当だけど。 そして舌打ちしながらも、素直にこちらの指示に従い遠ざかるパルスィさん。 ……引っ掻き回した僕が言う台詞じゃないけど、彼女も良い感じで何かに染まってきている気がするなぁ。 とにかく二人が安全圏内に移動した事を確認した僕は、さとりさんに向かって拳を構えた。 それに対する彼女の反応は無し。うーむ、完全ノーリアクションはキツいです。 こっちの考えを完全に読んでいるから、何かしらの揺さぶりをかけてくると思ったんだけど……いや、そう考えているから無反応なのかな? 僕も作戦を読まれてる前提で色々考えているんだけど、さとりさんはその前提も読んでいるワケで――あーややこしい。「やっぱり当初の予定通り、‘何も考えずに’行きます!」「構いませんが……当たりませんよ?」「それはどうですか、ね!」 大地を蹴って、僕はさとりさんに肉薄する。 不意打ちが絶対に不可能だとしても、認識を超える速度の攻撃は避けられないはず! そう思って突き出した拳は、しかしあっさりと宙を切った。ですよねー。「確かに早いですが、事前に動きが読めていれば何とかなりますよ。……どうします?」「じゃあ、ぱぱっとプランBを実行に移します! 名付けて、絶対取れるストライクほどボールになる法則を利用した持久戦作戦!!」「……あえて分かりにくい例えを用いる事で、さとりを混乱させようとしているのかしら」「いや、例えの意味合いも読まれるからその試みは無駄だろうさ。多分アレ、ノリで言ってるんじゃないかな」「お燐が正解。この子、怖いくらいに開き直っているわ」「お褒めいただきどうも!!」 ある程度離れた所で急ターンし、再びさとりさんに殴りかかる僕。 パンチの種類やコンビネーションすら考えず、ただ我武者羅に連打を重ねて行く。 当然攻撃は掠りもしないし、深く考えてないから行動も完全にワンパターンになっているのだが、訂正するつもりは無い。 とにかく絶え間なく、さとりさんに休む暇を与えない様に攻撃し続ける。「――甘いですよ」「おぶっ!?」 何度目かの攻撃を回避したさとりさんが、すれ違いざまに弾幕を叩きこんできた。 ダメージと共に弾き飛ばされる僕。しかしすぐさま起き上がり、彼女へのラッシュを続行する。「頑張りますね。そうして攻撃を重ねていけばいつか私が避け損ねる――そう考えている様ですが、上手く行くと思っているのですか?」「上手く行かないのなら、上手く行くまで殴り続ければ良いじゃないですか」 まぁぶっちゃけると、それ以外にさとりさん攻略法が無かっただけなんですけどね? そんな僕の大変頭の悪い返答に、しかし何故か顔を強張らせるさとりさん。 なんだろう。この馬鹿はもう手遅れだとか思われているのでしょうか、泣ける。「本当に、貴方は恐ろしい。どうしてそこまで躊躇なく戦う事が出来るのでしょうか」「いやっはっは、すいません単純なモノで」「褒めているのですよ。貴方の様に多種多様な力を持つ人間が、少しもブレる事なく同じ手を使い続けるなんて。そうそう出来る事ではありません」「……そんなもんですか?」「成果の出ない策を続けていれば、大抵の者は己の行動に疑いを抱くモノです。それが策謀に優れた者なら尚更でしょう」「ふむぅ――良く分からないですねぇ。他にもっと良い案があるかもって悩むより、ちょっとでも勝算がある方法に専念する方が賢いと思うんですが」「本心からそう言えるからこそ、貴方は怖いのですよ」 はて、あからさまに僕の方が不利なはずなのに、何故さとりさんはそんな事を言うのだろうか。 あ、さてはさとりさん近接戦闘に弱いな!? 一発喰らったらアウトなんでしょう、実は。 ――ごめんなさい、何でも無いです。今のはちょっと考えてみただけなんです。だからそんな冷やかな目で見ないでください。 何も分かってねぇやコイツ。と目だけで語られて、分かってないなりにショックを受ける僕。 そんな情けないこちらの態度に、さとりさんは溜め息を吐き出しつつ懐から一枚のスペルカードを取りだした。「ですが、私に貴方との我慢比べを続けるつもりはありません。この一枚で、即刻カタをつけさせて頂きます」「いやいやさとりさん、そこは強者らしくじわじわと弄る感じでお願いしますよ。人生、余裕が大切って言うじゃないですか」「謙遜も行き過ぎれば皮肉に聞こえる、とはよく言ったものですね。……そろそろ貴方は、強者の自覚を持ってもバチは当たらないと思いますよ?」 無茶を言わんでください。高評価はありがたいですが、僕にさとりさんと本気でタイマン出来る程の実力は無いですって。 しかしさとりさんはそう思っていないらしく、僕の考えを否定する様に首を横に振った。 「如何に否定を重ねようとも、己の記憶は偽れませんよ。久遠さんの刻んだ戦いの歴史がそのまま、貴方自身の強さの証明となるのです」「まぁ、それなりに死線をくぐってきた自覚はありますけど。……それで僕の強さが分かるものなんですかね?」「とても。貴方が今まで潜り抜けて来たスペルカードは、どれもこれも凄まじい弾幕ばかりですから」「無事に攻略出来たスペカも少ないですけどね。おかげでトラウマだらけですよ、あっはっは!」「ええ、そのようですね。そのせいで‘スペルカードの選定’に時間がかかりました」「………はぇ?」「さぁ想起なさい。貴方の心奥に眠る恐怖の記憶、今ここに再現致しましょう」 ―――――――想起「幻想の終わり」 さとりさんがスペカを発動すると同時に、身体を中心にして弾幕が広がっていく。 ――否。それは最早、弾幕などと言う生易しい代物ではなかった。 あえて言うなら弾幕の壁だ。隙間無く詰められた多種多様な弾丸は、雪崩の如く積み重なって僕へと殺到してくる。 その光景を、僕はかつて見た事があった。「ちょ!? まさかさとりさん、そのスペルカードって……」「貴方の抱く最恐の弾幕を再現するモノです。少々特殊な形になりましたが――効果は抜群の様ですね」 確かに効果は抜群ですけど、それは再現しちゃダメでしょさとりさん!? 参照元は反則前提のスペルカードなんですよ? 作って使った本人が言うのもアレですが! ……いや、問題なのは相手のスペカを全て強制使用させる点だから、情景再現なら別に反則でもなんでも無いのかな。 こっちのスペカは普通に使えるみたいだし、これなら何とか―――無理無理無理。 何あの弾幕馬鹿じゃないの。冷静に見物するの初めてだったけど、これがあの時の忠実な再現だとしたら僕は当時の僕にかける言葉が見つからない。 え、どうするのアレ。スペカ使える状態でもどうにか出来る気がしないんですけど。 と言うかもうすでにさとりさんの姿が見えません。このままだと、地霊殿が跡形も無く吹き飛ぶような気がするんですけど良いんですか貴女。 「……ええいもう! とにかく、あの弾幕を出来る限り片付ける!!」 このまま愚痴っていたら、本当にまたスペカ無しで弾幕に耐える事になりそうだ。 鎧の即死無効化機能も回復してないし、ここは最大の防御たる全力の攻撃で何とかするしかない! 僕は再び全てを奪いつくすスペカを取りだすと、小型の太陽と化したさとりさんに向かって力を解き放った。 ―――――――「幻想世界の静止する日」 本日二度目となる白い閃光が、光球を喰い尽さんと襲いかかる。 この技も随分気易く出せるようになったものだ――と言いたい所だけど、実際は二匹目のドジョウ狙いだったり。 こっちも余裕が無いから、さとりさんを気遣ってスペカを手加減するとか出来ないんですよね。 また謎の声が聞こえてくると同時に、「幻想世界の静止する日」が上手い具合に空気を読んでくれる展開にならないかなー。 〈そもそも加減をする必要が無いじゃないか。このまま全力を出し続けていても、確実にそっちが競り負けるよ〉「あー、やっぱりですかー」 白い閃光は確実に弾幕の力を奪っているのだが、それ以上に相手の弾幕生成が速い。 紫ねーさまのスペカ三つ分の力を再現したさとりさんの弾幕に、さすがの「幻想世界の静止する日」も押されているようだ。 このままだと、謎の声が言った通りに僕は競り負けてしまう事だろう。 その前にスペルブレイクして、即座に二発目を撃つのも有りだけど……それで何とかなるかは分からないしなぁ。 引くも地獄、進むも地獄とはこの事か。うーむどうしたもんか。〈……おい、そろそろこっちにも反応しなよ。それとも本当に気付いて無いのかい、お前さんは〉「あ、すいません。今それどころじゃ無いんで後にしてくれませんか」〈気付いているなら、一言くらい言うなり考えるなりしろ!〉「この切迫した状況で、頭の中から聞こえる謎の声に構ってる暇は無いんです!」 と言うか、幾らなんでも再登場が早過ぎやしませんか謎の人。 面倒臭いんで問題を後回しにしてたのは確かですが、そこまで激しく自己主張するのもどうかと思うんですよ。 こういうのは段階を踏んで貰わないと。とりあえず次は、起きると忘れている夢の中でコミュニケーションとかどうです? その時にはまぁ、謎の人がどういう立ち位置に居るのかくらいは聞きますから。 なので、とにかく今は勝負の邪魔をせず立ち去ってくれると助かります。 どうせ何もしてくれないんでしょう? 勿体ぶって、軽く顔出ししてみただけなんですよね? ぶっちゃけ僕も本当に手助けしてくれると期待していたワケじゃないんで、謎の人は頭の中に戻ってくれて大丈夫ですよ。 〈……そこまで挑発されちゃあ、あたしも黙ってはいられないね〉「いや、挑発しているつもりはないんです。ただ本当に今は、それくらい切羽詰まっていまして――」〈そういうワケだから、ちょっとアンタの身体を借りるよ〉「へ? あの、何を?」〈なーに、悪い様にはしないさ。お望み通り、お前さんのピンチを救ってやるだけだよ〉 謎の声は一方的にそう宣言すると、前と同じように僕の身体を操り始めた。 スペルブレイクをして光球から距離を取った僕の身体は、体中から闇の様な黒い霧を生み出していく。 いや、これは事実‘闇’なのだろう。光を通さない黒は背中に集まり、蝙蝠の様な翼を形作る。 〈まだ本調子じゃ無いけれど、使える‘実体’があれば問題は無いね。全部まとめて吹き飛ばしてやるよ!!〉 更に謎の声に従って、僕の身体は両手を胸の前でかざし合わせた。 そうして生まれた十センチ程度の隙間の中には、夕闇時の太陽の様な淡い光が生まれ――次の瞬間、それは爆発的に膨張する。 一瞬で十倍以上の大きさになった光の球は、それでも足りないとばかりに輝きを強くしていった。 最早、そこに夕闇の光が持つ儚さは微塵も無い。 まるでコロナを切り取ったかのような小型の太陽は、僕の手の中で爆発せんばかりに荒れ狂っていた。 ――って、ちょっとコレ大きくし過ぎじゃありませんか謎の人!? 正直この時点でも制御出来る気がしないんですが、コレまだ大きくなってますよ!? しかも、光球を形成する為に消費されているらしいエネルギーが尋常でない。あのフリーズ・ワイバーンが可愛く思える程だ。 このままだと確実に――〈さぁ行くよ! あたしのスペルカード、とくとご覧あれ!!〉「ちょ、待ったストップ撃つのはダ―――」 ―――――――超■「ト■■ライ■■パ■ク」 半端とはいえ、‘それ’を発動出来た事は幸運以外の何物でもなかっただろう。 光が解放された瞬間、僕の意識はブレーカーが切れたかのようにぷっつりと途切れたのだった。 ――身体借りるなら、そのポテンシャルも把握しといてくださいよ。お願いですから。