「さて、皆も落ち着いた所で行きますか地霊殿!」「それは腰が抜けたままの私に対する嫌味なのかしら、妬ましいわね」「大丈夫だよ! パルスィの腰が復活するまで、僕がパルスィを抱きかかえるから!!」「死ね」「罵倒ですら無い宣告!? 何で!?」「そんな拷問、看過できるワケ無いじゃない妬ましい! 抱きかかえられるくらいなら、置いて行かれた方が幾らかマシよ!!」「一人ぼっちは寂しいじゃないですか。主に僕が」「少しくらい本音を隠す努力をしなさい! 一から十まで貴方の都合じゃないの、妬ましい妬ましい!!」「説得は不可能か……仕方が無いから強硬手段に出よう」「今のどこらへんに言い聞かせようとする要素があったのよ!? あ、コラ止めなさい呪うわよ妬ましいわね!?」「抱きかかえられるのが嫌なら、あたいが猫車を出すけど?」「だからって、死体と同じ扱いはゴメンよ!」幻想郷覚書 地霊の章・拾「爆天赤地/怨霊も恐れ怯む少女」 と言うやり取りがあった後、僕とパルスィはお燐ちゃんに案内され地霊殿を進んでいた。 お姫様だっこで運ばれているパルスィの抵抗は激しいが、好奇心の加護を得た僕の敵では無い。 実の所叩かれたり抓られたりで結構痛いのだけど、表面上は平然とした表情でパルスィの攻撃をやり過ごす。 やがて観念したらしい彼女は、泥沼の様に濁った瞳で僕を睨みつけてきた。「確認しておくけど、貴方の行動に疚しい意図は無いのよね」「そんな事より地霊殿を見て回りたいって感じですが、もしイエスって答えたらどうなるんです?」「貴方を殺して私も死ぬわ」 本気の目だった。どうやらパルスィは、フラグが立つくらいなら死を選ぶつもりらしい。 恋愛嫌いなのは分かるけど、ここまで来ると何でもかんでも色恋に結び付ける恋愛好きとそう変わらない様な気がする。 これがアレか、アンチなんちゃらもなんちゃらファンの内ってヤツなのか。なるほど深い――のかなぁ。「まぁ、お姫様だっこが不本意なら、肉体的接触の少ない運び方を致しますが?」「最初からそうしなさいよ。……ちなみに、どんな方法なのかしら」「まず竜巻を用意します」「把握したわ、遠慮しておく」 会心のアイディアだと思ったんだけどなぁ、竜巻に乗っけて移動。 そこはかとなくメルヘンチックだから女性受けも悪くないと思ったのだけど、いったい何が不満なんだろうか。 ……やっぱり、乗ってる間ずっと回転している所かな? 確かに致命的な欠点かもしれないけれど、そこは安定性を担う一番重要な部分だ。諦めて欲しい。 むしろ逆に考えるんだ。誰しもがやった事のある、回転する椅子に乗ってクルクル回る遊びを延々と楽しめるのだと。 「うぷっ、想像したら酔ってきた。やっぱダメだコレ」「ちょっと手を離さないでよ――って、片手なのに普通に安定している!? 無駄に凄いわね貴方!?」「お二人さん、出来ればもう少し声を控えて漫才してくれないかな」 困ったように笑って、騒ぐ僕等を咎めるお燐ちゃん。色々と申し訳ない。 しかし不思議だ。どうして相手も状況も違うのに、僕のする会話は毎回漫才認定をされてしまうのだろうか。 やっぱりアレかな。幻想郷の妖怪特有の、一言に一回軽口を言わなきゃ死んじゃう病気が原因かな。 基本的に打てば響くと言うか、打ってきたら倍返ししてくる人らばかりだからね。 漫才扱いも宜なるかな。……あれ? でもそれって、僕の会話が漫才扱いされる理由には微妙にならない様な。 よし忘れた。世の中には気にしなくて良い事がたくさんあるって言うよね! でもちょっと泣いた。「私は被害者よ、漫才扱いしないで妬ましい。だいたいこんなガラガラの屋敷で騒いで、いったい誰が迷惑するって言うのよ」 パルスィがお燐ちゃんの言葉に抗議して、面倒くさそうに溜め息を吐き出す。 確かに地霊殿は見た目通りの広さを誇っているが、それに反して人気の方はほとんど無いと言える。 他の屋敷みたいな、雑務を承ってそうな妖精やら妖怪やら霊やらの姿も見えない。廃墟と言われても納得してしまえそうだ。 そんなパルスィの指摘に、ちょっとムッとした感じで答えるお燐ちゃん。 ふむ、今のはひょっとして皮肉だったりするのかな。しかも、結構痛い所をつく系の。「水橋の姉さんは知ってるだろう? あたいのご主人様は騒々しいのが嫌いなんだよ」「ま、そうでしょうね。静かにしてても五月蝿いんだから、減らせる騒音は極力減らしておきたいワケだ」「そういう事。だからお姉さんも頼むよ? 行儀良くしろとは言わないけど、出来るだけ静かにしといておくれ」「静かにするのは構わないですけど――結局、地霊殿の主ってどんな人なんですか? 何だかんだと教えて貰えずここまで来ちゃったんですけど」 何しろ二人とも、『地霊殿の主』とか『ご主人様』としか言わないのだ。不親切にも程がある。 まぁ、深く説明しなくてももうアレとかコレとかで詳細が伝わる有名人物なんだろうけど――新参者にも少しは優しくしてくださいな。「古明地さとり――地霊殿の主の名前よ。それで何の妖怪か分かるでしょう」「え、何その私さとり妖怪ですって全力で主張している名前。何かのミスリード?」「誰に対する誤誘導なのさ……」 うーむ、分かり辛い事に定評のある幻想郷の妖怪にあるまじき分かり易さだ。 いやまぁ、まだ外見は分からないんですけどね? それでも名前だけで種族が分かる妖怪ってのは、やっぱり相当レアである気がする。 しかしそれにしても、さとりって名前はまんま過ぎだ。他にさとり妖怪がいたらどうするつもりだったのだろうか。 一文字ズラしてしとりとか、それっぽく聞こえるようにことりとか? はっ!? まさかにとりって――等と言う下らない冗談はさておき。 お燐ちゃんが否定の言葉を挟まないって事は、地霊殿の主はさとり妖怪で確定なのだろう。 覚――人の心を読むと言われている、悪戯好きな山の妖怪である。 今昔画図続百鬼等では猿人の様な姿で描かれているけど……きっと本物は、毎度お馴染な可愛らしい少女なんだろうなぁ。 分かってる。期待してると損するんだよね。絶対におぞましい妖怪の姿なんてしてないんだよね、うんうん。 ――よし、これくらい予防線を張っておけば大丈夫だろう。今きっと人外フラグが立ったに違いない。「うーん、楽しみだ。第一声はやっぱり「分かっているぞ、お前の全てをな」とかかなぁ」「相手がさとり妖怪だと分かっても、そうやって喜べる貴方が実に妬ましいわ」「それが本心からの言葉なら、あたいも安心してさとり様に会わせられるんだけどね。――っと、止まってもらえるかい」「ほぇ? どうかしました?」「まずはご主人様に事情を説明しないといけないからさ。二人はしばらくここで待っておいておくれ」 大広間に繋がっているらしい両開きの扉の前で僕等を止め、お燐ちゃんは可愛らしくウィンクをした。 さとり妖怪なら屋敷の中で起こっている事を全て把握しているんじゃないかと思ったけれど、実際はそうでもないらしい。 彼女は無駄に軽快なステップで扉に近づくと、部屋の中がこちらから窺えない様に小さく扉を開いて滑り込む。「それじゃお姉さん――ちょっと行ってくるよ」 にっこりと笑って扉を閉めるお燐ちゃん。 だけど何故だろうか。その笑顔が、悪巧みをする保護者達とどこか被って見えた。「待たせたね。さとり様がお会いしてくださるそうだ……よ?」「待たせ過ぎよ妬ましい。おかげさまで、立ちあがる気力が湧くくらいロクでも無い目にあったわ」「それは、お姉さんが逆さまの状態で壁際に叩きつけられている事と何か関係しているのかい?」「退屈しのぎで人を竜巻に乗せた愚か者の末路よ」「暇すぎてついやってしまった。回転数が足りなかったと反省している」「そっち方面に反省するんじゃ無いわよ、妬ましいわね」「じゃあ正しい意味で。すいませんでしたぁっ!!」 沈黙に耐えられないのは僕の悪い癖です。正直、奇行と分かっていてもやらずにはいられませんでしたゴメンナサイ。 とりあえず立ちあがり、服の汚れを払って再度土下座する僕。 誠心誠意を込めたこちらの謝罪に、パルスィはコメカミを抑えて溜め息を吐き出した。無理も無い。「……貴方と話していると、どんどん頭が痛くなってくるわ」「大丈夫です。皆同じような事を言います」「改めなさいよ、そこまで分かっているなら!?」「あー、お二人さん? 出来れば漫才はそこらへんで切って貰えないかな。さとり様が待ってるんだ」 おっといけない、脇道に逸れて主目的を見失う所だった。 僕は速やかに土下座状態を解除すると、直立不動の姿勢でお燐ちゃんに向かって敬礼をする。 「了解しました! よろしくお願いしますお燐ちゃん!!」「その無駄な切り替えの速さも妬ましいわ。ぱるぱるぱるぱる……」「うんその、協力ありがとう。だけど出来ればさとり様の前では、もうちょっと落ち着いてくれると助かる」「出来ない約束はしない事にしています」「……まぁいいや。さとり様ぁ、水橋の姉さんと久遠の姉さんを連れてまいりましたぁ」 良いんだ。自分で言っといてなんだけど、こんなあやふやな返事する奴を主に紹介するってどうなのよ。 信用してくれているのか。心から納得して貰えなければ諭しても無意味だと思っているのか。 どちらにせよ僕は紹介してもらう立場なのだし、誠意を見せる為にも礼儀正しくしておかないと。 僕は軽く頬を叩くと、気を引き締め直して扉を開いたお燐ちゃんの後に続く。 ようやく入れた大広間は、ダンスフロアと表現した方が正しい様な広さと殺風景さを合わせもった部屋だった。 光源を取りこむ窓が全てスタンドグラスなので、無人っぷりが荒廃ではなく荘厳さに繋がっている所は誉めるべきなのか。 そんな部屋の真ん中に、ぽつんと佇む人影が一つ。その姿は――「どうもはじめまして。私が地霊殿の主、古明地さとりです」「普通に可愛い女の子じゃねーかチクショウ!!」 猿っぽさなんて欠片も無い、紫髪ショートボブの少女だった。やっぱりか。 ただまぁ――事前に種族を知っていたおかげもあるんだろうけど――見た目は少しさとり妖怪っぽい感じがする。 体中に管を伸ばしている左胸の目は、所謂『第三の目』と言う奴だろう。あれで心の声を読んでいるに違いあるまい。 ボタンやカチューシャに使われているハートマークは、さとり妖怪が心を読むからかな? そう考えると、ファンシーな外見があっという間にブラックジョーク化してしまう気がする。 ちなみにそんなさとりさんの視線はばっちり僕をロックオンしている。多分ここまでの思考は全て、さとりさんには筒抜けなのだろう。 まぁ、あんな意味不明な叫びを出した相手には必然そういう態度になるだろうさ。だから、ここで一つ思わせて欲しい。 ――あの叫びは、心を読まれているからってあえて口にしたワケじゃないです。気付いたら素で言ってましたゴメンナサイ。「……謝るならちゃんと口にしなさいよ、妬ましい」「え、まさかパルスィにも読心能力が!?」「自分の顔を見てみなさい。思考が表情に出ているわよ、はっきりと」 なんだいつもの事か。実はパルスィも心が読めるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ。 表情から心の声を聞かれるならいつもの事だもんねー。良かった良かった。 いや、結局読まれている事に変わりは無いんですけどね?「何と言うか……お燐に聞いていた通り、独創的な思考と言動の方ですね」 と、ここで今まで沈黙を保っていたさとりさんが、感嘆とも呆れとも取れる言葉を口にした。 ただし無表情。本当に何かしらの感情を抱いているのかどうかは分からない。 「申し訳ありません。私、感情があまり表情に出ないモノで」「あ、いや責めてるわけじゃ無いんですよ? と言うか今までの事含めて謝るべきはこっちですよね、すいません。僕は久遠晶です」「構いません。自分の考えがどこまで読まれているのか、そうして探っているのでしょう? そういう事をする方は今までも何人かいましたから」「バレバレですか、ふむぅ。……ちなみに、バレたついでに確認しておきたいんですが」「ええ、貴方の考えている通りです。読めますよ」 どうせなら思考を読んで、質問の答えを先に言って欲しいなーとか思っていたら本当にやってくれた。 さとりさん、実はわりとノリの良い性格なのかもしれない。 ……それにしても、深層心理とかの無意識下の考えもばっちり読めちゃうのか。 つまり本人が自覚していない本性も曝け出せちゃうワケなんですね、うわぁ凄いなぁ。さすがさとり妖怪だ。 ってアレ? なんかさとりさんが、ビックリした顔でこっちを見てるぞ? どうかしました? 僕、何かしました? 無礼無遠慮なのはどうしようも無いんで勘弁してください。「さとり様、どうかなさいました?」「……気にしないでいいわ、少し驚いただけよ。私を恐れない人妖なんて初めてだったから」「白々しいわね妬ましい。確かに貴女の能力は脅威的だけど、全員が全員ビクつく程私達妖怪はヤワじゃないわよ」「けれど、心の隅に必ず恐怖は生まれる。私を恐れないのは物言わない獣か、恐ろしさを知らない無知な者だけ――そう思っていました」「……無知な者じゃないの、コレ?」「貴女が思っているより久遠さんは賢いです。私の力を正しく理解した上で、彼は一切私に恐れを抱いていないんですよ」「って言われてるけど、貴方としてはどうなのよ」「言われましても。そういう、自分の境界があやふやになる様な哲学的な問い投げられても困ります」 お前は彼女に恐怖を抱いて無いのかとか、本人がイエスノーで語れる事じゃないでしょうが。 それが心の片隅にあるか無いかの話になれば尚更だ。むしろその手の感情は、自分以外の誰かの方が気付き易いのでは無いだろうか。 そうやって僕が肩を竦めるのを見て、さとりさんがおかしそうに笑った――と思う。多分。 相も変わらず無表情なままなので周りのオーラで判断するしかないけど、僕の発言は何やらさとりさんのツボを上手についてしまったらしい。 彼女はじっと僕の瞳を見据えると、何故か優しく僕の頬を撫でた。「けれど、久遠さんに恐怖と言う感情が無いワケではありません。むしろ彼は、多様な者に恐怖を抱いています。例えば――」 己が対処しきれない、圧倒的な力の持ち主とか。 そう彼女が言った瞬間、部屋の温度が確実に二度下がった。 今の発言の意図は、さすがにニブチンと名高い僕にも分かる。分かってしまう。 ――さとりさんとその能力は、恐怖するに値しない対処可能なレベルの力である。 僕は態度で間接的にそう言っているのだと、さとりさんは言うのだ。「これは新鮮な感覚ですね。貴方は私を嘲っても侮ってもいない。だけど『襲われても何とかなるかな』と、そう思っているワケです」「……まぁ、思ってますね」「……お姉さん、それは正直過ぎだよ」 いや、否定したって本心がバレバレなら意味無いでしょうよ。 悲しいかな今までの習慣から、僕は出会う妖怪に勝つ方法を必ず一度は考えてしまうのだ。 当然さとりさんの名前を聞いてからは、対さとり妖怪用の戦術を頭の片隅で想定してしまっていたワケで。 それが机上の空論だったとしても、大丈夫かなと思う事は避けられないワケなんですよ。 ちなみにさとりさんの名誉のため補足しておくが、その戦術で何とかなったとしてもそれが勝利とイコールで繋がる事はまず無い。 要するに、勝とうが負けようがどっちにしろ生き残れるからセーフ。と言うのが僕の言う「何とかなる」なのである。「言いたい事は分かりますよ。それに私は、貴方を叩きのめして恐怖を刻み込みたい――と思っているワケではありません」「そ、そうなんですか?」「ただ個人的にも興味が湧いたので、‘貴方の挑戦を受けてみようと言う気になった’だけです」「――へ?」 ようやく僕の頬から手を離し、さとりさんは僕から大きく距離を取った。 無表情を維持したままの彼女からは、気のせいで無ければ確かな殺気が放たれ始める。「さぁ久遠晶さん。――いざ、勝負と参りましょうか」 何それ、さっぱり意味が分からない。何でそんな事になったの。 突然過ぎるさとりさんのフリに、混乱で頭の中がゴチャゴチャになる僕。 ただ、何となく分かる事が一つだけあった。 ――嗚呼、多分これ回避出来ない戦闘だ。