「ほーらほら、ペースが落ちてるぞ天人。大丈夫か?」「よ、余計な御世話にょ! これから私にょ大逆転劇が始まりゅんだからね!!」「わはは、そーかいそーかい頑張れよ。ぐびぐびーっと」「……はわー、二人とも凄いペースです」「そういうお前さんは菓子だけで良いのかい? 甘口の酒もあるよ?」「私はあまりお酒強くないので……晶君も迎えに行かないといけませんし」「あっはっは、健気なモンだねぇ。よっし、じゃあこの天人潰したら私が地霊殿に連れてってやるよ」「本当ですか!? ありがとうございます!」「ぐむむ、まだ決着はついてにゃいわよ。私はまだまだいけるにゃ!」「私としてはスパッと負けてもらってスパッと晶君を追っかけたいんですが。もぐもぐ」「まだまだぁ……」「あー、もうちょい粘りそうだから待っててくれ。もっとキツいの出してくるよ」「行ってらっしゃーい。ってアレ、天子さん何か落しましたよ?」「まだまだぁ……」「これって、晶君のいつも使ってる棒ですよね。何で天子さんが……」「うぷっ――ま、まだまだぁ」「むー、何だかモヤモヤします。とりあえずこれは没収しておきましょう」幻想郷覚書 地霊の章・捌「爆天赤地/嗚呼、橋姫様!」「ふーむ。何だか、妙な雰囲気になってきましたねぇ。空気が淀んでいると言うか何と言うか」 地霊殿が間近に見える所まで辿りついた僕は、周囲の状況をそう評した。 元々が地獄だけあって基本的に辛気臭い旧地獄だけど、ここらへんのおどろおどろしさは尋常じゃないレベルだ。 と言うか、さっきから視界端にチラホラ半透明の何かが見えているんですが。なにこれこわい。「地霊殿の近くには灼熱地獄の跡地があるのよ。怨霊が多いのはそのせいね」「怨霊に灼熱地獄跡地ですか……何やら新しい固有名詞がほいほい出てきましたね。興味深いです」「その単語を聞いてワクワク出来る貴方が妬ましい」 怨霊と言うのは読んで字の如く、怨み辛みをたくさん持った霊の事だろう。 確かに地獄には常駐していそうな存在だ。言われてみれば周囲を漂うふよふよ達は、白玉楼の霊より濁っている様な気がする。 いや、色彩に出るのかどうかは知りませんけどね? 単に薄暗いからそう見えるだけなのかも知れないし。 そして灼熱地獄――の跡地。こっちも文字通りの場所だろう。 僕の記憶だと、八大地獄にあったのは灼熱じゃなくて炎熱地獄だった気がするけど……まぁ名称の差異は大した問題じゃ無いか。 地獄を深く知らない人でも知ってる大分メジャーな地獄だから、リストラされてると言う事実には若干驚いたが。 ……大炎熱地獄とかあるからなぁ、八大地獄って。この分だと探せば叫喚地獄もありそうだ。「と言う事は、地霊殿に住んでいる妖怪さんが怨霊や灼熱地獄跡地の管理をしているんですかね」「あら、鋭いわね妬ましい。察しの通りその二つの管理は地霊殿の主の管轄よ。アイツは、自分のペットに仕事を任せているみたいだけど」「なるほど、僕と同じ立場の人間がたくさんいるって事ですか」「……動物の変化しかいないわよ」 しまった、かかなくてもいい恥をかいてしまった。 嫉妬心の塊である橋姫様が、混じりっ気無しの憐憫を僕に向けてくる。 世の中広しと言えど、橋姫様に嫉妬以外の感情を向けられた人間は僕だけなんじゃないだろうか。 ――それが、良い事か悪い事かは定かではないけど。「さ、さぁさぁそんな事より、地霊殿の門を叩きましょうよ!」「そうね。このまま会話を続けていっても、お互い疲れるだけだわ」 これ以上話しても不幸になるだけだと悟った僕等は、改めて地霊殿へと向き直った。 細かい建築様式までは分からないけれど、西洋建築である事だけは間違いない石造りの屋敷である。 地獄に相応しい建物だけど、相応しすぎて不気味なのが如何ともしがたい。 まぁ、今更それで躊躇う様な殊勝な性格はしてないけどね。 でも呼び鈴とか無いのかなぁ? 門を叩いたくらいじゃ反応なさそうなくらい広いよここ。「どうしたのよ、門の前でまごまごして。そこが入口で合っているわよ?」「いや、軽く叩いたくらいで分かって貰えるのかなぁーって」「地霊殿の主は耳聡いから平気でしょう。それでも不安なら、扉が壊れるくらいの勢いで叩けば良いじゃない」「……良いんですか? 壊しちゃって」「壊せるのならね――って待った。今の無し。普通に叩きなさい」「はぁ、良く分かりませんがとりあえず普通に叩きますね」 右腕の気を増幅した所で、意地の悪そうな笑みを浮かべていた橋姫様が慌てて止めにかかった。 地底の流儀は分からないなぁ。僕は首を傾げながら石造りの門を軽くノックする。「……忘れかけていたけど、貴方ってキスメとヤマメを追い払う程度の力は持っているのよね。妬ましい」「そんな事実もあった様な気がします」「何で疑問形なのよ妬ましい」「世の中で自分ほど信用できない人間はいない、がモットーですので」「せめて事実くらいは信じてあげなさいよ……妬ましいわね」「――えーっとお二人さん? 楽しそうにお話している所悪いんだけど、地霊殿に何か御用かい?」 再び不毛な話題が始まろうとした所に、第三者の怪訝そうな声が割り込んでくる。 声の方を向くと、開かれた石造りの扉から一人の少女が顔を覗かせていた。 赤毛を三つ編みお下げにした、黒いゴスロリ気味の服を着た可憐な少女である。 そしてネコミミ。毛並みが服装と同じく黒色だから黒猫なのだろう、姉弟子並にあざとい。 彼女は玄関前で漫才を繰り広げる僕等を、不審者を見る様な目でじっと見つめてくる。 いやまぁ、実際問題不審者なんですけどね? とりあえず、フレンドリーな態度で警戒心を解く事にしよう。「どうもどうも。僕は久遠晶、地上からやってきた無害な冒険者です! 突然ですけど御宅で身体乾かさせてください!!」「貴方って凄いわよね。何でも無い台詞を、良くもまぁそこまで胡散臭く出来るものだわ」 ついに橋姫様に感心されてしまった。泣ける。 ひょっとして僕って、物凄いダメな人間なんじゃないだろうか。あ、今更ですかそうですか。 案の定、ネコミミ少女は僕の言葉に身構え露骨な警戒態勢を取ってしまった。死にたい。「色々ツッコミ所が多すぎて何を言って良いのか分からないけど――水橋の姉さん、どこまでが事実なんだい?」「驚くべき事にほぼ全部が事実よ妬ましい。唯一違う点は無害って所だけね」「断言された!? 僕、橋姫様に有害な所を見せましたっけ!?」「匂いがするの、貴方からは厄介者の匂いが。具体的に言うと地霊殿の主の妹くらい」「誰!?」 酷い言いがかりもあったモノである。……否定は出来ないかなぁと思わないでもないけど。 しかもさらっと新情報が出てくる始末である。橋姫様って水橋って名前だったんだね。 そして、どうやら顔見知りらしい橋姫様の評価にまたまた身構えるネコミミ少女。これもうフォロー不可能じゃないかな。 とりあえず、視線で橋姫様に救援を要求してみた。何とかしてください橋姫様。 あ、肩を竦められた。知らんがなって事ですか酷い。スタートは僕でもトドメ刺したのは橋姫様なのに。「正直、その説明を聞いて屋敷に入れてくれる妖怪はいないと思うよ。少なくともあたいは無理だね」「なら薪と布を貸してくれるだけで良いわ。私は身体を乾かせさえ出来れば、地霊殿に入れなくても一向に構わないもの」「しまったそういう意図が!? 酷いですよ橋姫様、地霊殿を案内してくれるって約束はどこに!」「してないわよそんな約束、図々しいわね妬ましい! それといい加減、その一切合財尊敬の念が込められていない橋姫様って呼称も止めなさい妬ましいわね!!」「えーっと、ではどう呼べばいいんでしょうか」「パルスィで良いわよ。私も呼び捨てるから貴方もそうしなさい、良いわね」「構いませんが……パルスィはゾロアスター教と何かご関係が?」「知らないわよ妬ましい」 まぁ、さすがにソレは勘ぐり過ぎ……なのかな? パルスィとパルーシーじゃ大分違うだろうしね。 ともかく、僕たちは今更になって互いの名前を知る事となった。本当に今更だなぁ。 ネコミミ少女もその事を怪訝に思ったらしく、不可解そうな顔でパルスィを見つめる。 ちなみに僕の方は見ない。当然とはいえ結構切ない対応である。「結局お二人さんは、一体全体どういう関係なんだい? 出来れば目的とそこをはっきりさせてから出直してきて欲しいんだけど……」「いえ、目的はもう出ているんですよ。ただパルスィが嫌がってるだけで」「何自分には大義がありますみたいに振る舞っているのよ妬ましい! 目的も関係も一切定まって無いでしょう実際に!!」「じゃあ、目的は僕に譲ってください。関係はそちらの認識に合わせますから」「……地霊殿に入る事は、何が何でも譲る気は無いのね妬ましい」 そこを譲ったら、わざわざ地霊殿に来た意味が無いですからね。 僕自身そこまでムキになる必要は無いんじゃないかなーと思わないでもないけど、なんかこう目的が困難になるとやる気が増してくると言うか。 うん、難儀な性格である自覚はあります。改善する気はあんまり無いですが。「段々分かってきたよ。そっちの姉さんは地霊殿に入りたい、水橋の姉さんは身体を乾かせればそれで良いと。目的はそんな所かい」「概ねそんな所ね。理解が早くて妬ましいわ」 まぁ、僕は姉さんじゃなくて兄さんなんですけどね? 話がややこしくなりそうなので、そこらへんは空気を読んで黙っておく僕。 パルスィが何も言わないのは……単に面倒なだけなんだろう。訂正する義理も無いワケだし。 ネコミミ少女はそうして僕等の目的に当たりをつけると、続いて関係の方を探ろうと僕達の顔を覗きこんでくる。 が、何度か顔を見比べた所で苦虫を噛み潰した様に唸るネコミミ少女。 どうやら分からなかったらしい。残念だ、僕も分からないから教えてもらおうと思ったのに。「変な解釈をされる前に答えておくけど、私とこの子が一緒に居るのは成り行きよ。諸事情あって地霊殿まで落ちて来たのよ」「諸事情って……どんな事をすれば、水橋の姉さんの居る所からここまで落ちてこれるのさ」「……黙秘権を行使するわ、妬ましい」 まぁ、パルスィ的には説明出来ないよねぇ。事情が事情だけに。 僕も迂闊に説明してパルスィに殺されたくないので、とりあえず同じ権利を行使した。 とは言っても、ネコミミ少女は僕をほとんどいない者として扱っているので何か聞かれる事は無いんだけど。 あっはっは――泣きたい。「つまり、だ。そっちの姉さんと水橋の姉さんはあくまで無関係で、そっちの姉さんは純然たる侵入者だとそういうワケなんだね」「間違ってないわね」「ん?」「いやー、それを聞いて安心したよ。人間とは言え旧都妖怪のお仲間さんを倒したら、後でお叱りを受けちゃうからさぁ」「んん~?」「ああ、その点に関しては全然問題無いわ。だって私もこの子と敵対してるし」 いやまぁ、確かに流れで一時休戦していただけですけどね? 今それを言っちゃいますかパルスィさん? つい数秒前まで仲良くお話してたじゃないですか、もうちょっと助けてくれても良いと思いませんか無理ですかそうですか。 風向きが嫌な感じに変わった事を悟った僕は、とりあえず二人から距離を取って構える。 出来れば僕としては、平和的な解決方法を希望したいんだけど……無理だろうなぁ。 二人の目を見れば、現状の僕がどういう扱いなのかだいたい分かる。 良くて獲物、悪くて素材と言った所だろう。一個人としての尊厳はまず無いと考えて良いはずだ。 「そういうワケだから、悪いねお姉さん。何で地底なんかに来たのかは知らないけど、ここでお姉さんには死体になって貰うよ」「良いでしょう、貴方が勝ったら僕を好きにして構いませんとも。ただし――僕が勝ったら地霊殿を案内して貰いますよ!」「この期に及んで自分の欲望を優先できる貴方は素直に凄いと思うわ。そして妬ましい」「あはは、お姉さん度胸あるねぇ。良いよ、もしも私に勝てたなら、お姉さんを地霊殿の主――私のご主人様に紹介してあげるさ」 よっしゃ! 言質を取った!! ネコミミ少女の言葉に、否が応でも高まる僕のやる気。 こうなってしまえば後はいつもと同じく、思いつく限り手立てを使って勝つだけだ。 僕は軽いステップを踏みながら、何か恰好いいポーズを取ろうとして――特に何も思いつかなかったので普通に構えた。 「それじゃあ改めて自己紹介を。あたいは『地獄の輪禍』お燐、灼熱地獄に死体を運ぶ火車さ!」「僕は久遠晶。二つ名は――不名誉なのしか聞いた事ないんで無しで。地上からやってきた普通で無害なただの人間です!」「言いきったわねこの不審者。妬ましい妬ましい」 パルスィはそんなに僕を怪しい人間にしたいのだろうか。まぁ、普通な人間は言い過ぎた気がするけど。 とにもかくにも、僕とお燐ちゃんはお互いに名乗りスペルカードを提示した。 出してから地底にスペカルールが浸透しているのか確認し損ねていた事に気付いたけど、まぁ通じたから良しと言う事で。 枚数はお互い五枚。全力で相手を捩じ伏せると言う宣告である。 さて、地霊殿の妖怪の実力は如何程のモノなのか――あんまりにも強かったら、逃げ出す事も視野に入れておこう。 若干先程よりもお燐ちゃんから離れつつ、僕はこれからの戦法と逃げる算段を同時に考え始めるのだった。「あーでも、始める前にパルスィの濡れた身体を何とかして貰えません? なんか気になっちゃって」「……この状況でそこが気になるのかい、お姉さん」「私を気遣ってるワケじゃないのが妬ましいわ。気遣ってたら倍妬ましいけど」「どうすりゃいいんですか僕は」 実に理不尽である。いや、感心されても困るだけなんですがね。