「しっかし意外だねー。アリスなら晶に「色んな意味で危ないから使うな!」くらい言うと思ってたのに」「言ったって無駄よ。どうせどこかでピンチになった時に、謝罪しながら使って自爆するに決まってるんだから」「わー凄い、私にもその光景がはっきりと見えるよ。アイツ、勝つためには手段を選ばないからなー」「おまけにリスクを省みないから厄介なのよね。……はぁ、また何か防御用のアイテムを漁ってこないと」「――アリスってさー。実は幻想郷で一、二を争うお人好しだよね」「はぁ? なんでよ」幻想郷覚書 天晶の章・肆「久遠再帰/弾よりも早く、強く」 ハオ! 皆の可愛い悪戯兎、てゐちゃんだよー。 今私はアリスの家の前で、晶の悲鳴を聞きながら饅頭を食べてる所だ。 晶の馬鹿、何度もアリスの堪忍袋を攻めてたからね。……死んでない事くらいは祈ってやろうか。 「あ、てゐだ。そんな所で何やってるの?」「おんやメディちん、どしたのさ。永遠亭に行ってたんじゃ無かったの?」「うん、えーりんさんに身体見てもらってきたよ。えへへ~、私が良い子だから今日はすぐに終わったんだ」 恐らく師匠の言葉をそのまま引用したのであろうメディスンが、自慢げに無い胸を張ってみせた。 晶の異常な強化速度の陰に隠れがちだが、この子の成長の速さも大概非常識だ。 何しろ、もうすでに毒の制御を自分のモノにしている上に、長時間鈴蘭畑から離れても大丈夫なまでに力も安定していると聞く。 鈴蘭の妖怪化はさすがにまだらしいけど……これは時間の問題だ、数十年後くらいにはあそこも立派な妖怪鈴蘭畑になっている事だろう。 その頃にはきっと、この小さなスイートポイズンも幻想郷有数の強豪妖怪になっているに違いない。 ……うん、今後も少しずつ恩を売る様にしようかな。なんかの役には立つだろうし。「それで、もう一度聞くけどてゐはここで何をしてるの?」「ああ、アリスの家でちょいと休憩してたんだけどね。騒がしくなったんで避難してたのさ」「騒がしくって……晶が帰って来たの?」「良く分かったね」「だって、他に理由が思いつかないし」 最早メディスンの中でさえ、晶が来るイコール騒がしくなるの図式が出来あがっているようだ。 まー無理もない、実際その通りだし。 晶はそんな事無いと否定するだろうけど、アリスは元来どんな事態にも慌てないクールな魔法使いなのである。 そんな彼女をブチ切れさせられる存在なんて、それこそ晶と普通の魔法使いくらいしかいないのでは無いだろうか。 傍から見てるととても楽しいから、今後も是非その関係性を維持して貰いたいネ。 「お、静かになった。んじゃ戻ろうか」「はーい」 一際激しい爆発音の後に、恐ろしい程の静けさがやってくる。 人形達が慌ただしく後始末に奔放している所を見るに、二人の喧嘩はアリスの一方的な勝利で幕を下ろしたようだ。 いやまー、それ以外の結果なんて想像出来ないんだけどさ。 安全を確認した私がメディスンを連れて部屋に戻ると、予想した通り部屋の中では無傷のアリスが機嫌悪そうに腕を組んでいた。 予想と違って晶は気を失わずに土下座していたが、そこは誤差の範囲と言う事で。 ふぅむ、耐えきったかー。晶のヤツも順調に人間止め始めてるね。 それともこれが鎧の効果なのかな? 中々死ねなくなる、とかなんとか。「あら、早い帰りねメディスン。身体は大丈夫なの?」「うんっ! この調子なら弾幕ごっこも出来るってえーりんさんが言ってたよ!!」「私としては、調子が良くても戦闘は控えて欲しいのだけどね」「あはは、元気が良いのはなによりだと思うよ。久しぶり、メディスン」「晶も久しぶり! 今日もいつも通りだね!!」「……ねぇてゐさん、土下座しながら挨拶する僕は普段通りなんでしょうか」「うん」 泣きそうな晶にトドメを刺しつつ、私は倒れていた椅子を起こしてそこに腰を据える。 思っていたより被害が抑えられている所は、さすがアリスと言わざるを得ない。 もしくは、無いとは思うけど晶が抑えたとか? だとしたらもうちょい晶の評価を上方修正しとかないとねー。無いとは思うけど。「で、結局どうなったのん?」「うんまぁ、とりあえず着たまま色々と試してみる事になりました」「ありゃ、良いの?」「仕方ないのよ、着てないと能力が発動しないみたいだから。……それにしたって、即死攻撃完全無効化って何よ」 弾幕ごっこの結果を聞いたつもりだったけど、どうやら二人には別の意味で捉えられてしまったようだ。 それほど興味無かったから別に良いけど……今、さらっとアリスさんがとんでもない事呟いたよね。 まさかあの鎧に、そんな素敵な能力が仕込まれてたとは。道理で晶が無事なワケだよ。 くっそー、サイズが合ってたらてゐちゃんが貰うのになー、運の良いヤツだ。 そんな幸運な男こと久遠晶は、アリスが呆れる姿を確認した事でもう大丈夫だと思ったらしく、ゆっくりと土下座の姿勢を解き始めた。 良く見ると鎧がほんのりと光を放ってるし、普通の外見してる割に意外と多機能だったりするらしい、あの鎧。 いいなー、やっぱりてゐちゃんも欲しいなー。有効活用はしないけど、もしもの時の保険に欲しいなー。「前の能力が残ってて本当に助かったよ。新しい能力も役に立つモノだと良いんだけど……また、神綺さんの幻影が説明してくれないかなぁ」「成長する機能を仕込んだとしても、どう成長するかまでは神綺様でも分からないわよ。そこは自分で探しなさい。――それより」「はひ? なんでせう?」「外に行くわよ。さっき戦った時、一つ気が付いた事があるの」「気付いた事って?」「その鎧の新しい能力の一つを、見つけたかもしれないのよ」 そう言ってアリスは、両腕を組みながら不敵に微笑んだ。 何だかんだ言ってやっぱり付き合い良いよねー、アリスって。 私なら愛想をつかせている所だけど、彼女はまだ律義に晶の相手をするつもりらしい。 まー、自分も関与している事柄だから、無責任に放り出せないだけなのかもしれないけど。 どちらにせよ、損な性分だよねー。てゐちゃん同情しちゃうよ。「じゃ、私らも一緒について行こうか。何か面白いハプニングとかあるかもしれないし」「うんうん、行く行くー!」「……ブレないわね、アンタは」 そこがてゐちゃんの良い所です。残念ながら誰も分かってくれないけどね。 「で、気付いた事ってなに?」 外に出た私達は、晶を中心にして半円状の形に座りこんだ。 ちなみに、実験対象である晶は立ったまま。なんか見世物小屋みたい。「貴方、さっき私の弾幕を防ぐために気で拳を強化したわよね?」「い、いやその、そうしないと危険が危なかったのでして」「別に責めているワケじゃないわ。ちょっとその時と同じ調子で、拳を強化して欲しいのよ」「えーっと、攻撃する時用の身体強化で良いのかな?」「ええ、出来るだけ力を込めてちょうだい」 アリスの言葉に頷いて、晶が右腕を眼前に掲げる。 七色の輝きが金属の鎧に纏わりつき――そして、変化が訪れた。 晶の力の行使に呼応するかのように、複数の金属が層になっていたらしい腕鎧から勢い良く表層部分が跳ね上がる。 三対の翼を広げた鳥の如き形に変化した鎧は、生まれた金属の層の隙間から多量の光を吐き出した。 「はわわっ!? ナニコレ、ナニコレ!?」「落ち着きなさい。制御は出来てるの?」「だ、大丈夫。……と言うか、見た目の派手さに反して意外とフツー」「いやいや、傍から見てると全然そんな風に見えないよ?」「そう? でも全然平気なんだけどなぁ」 現在進行形で音と光を放ち続けている自分の右腕を、晶は無邪気にブンブンと振り回している。 力を見る能力の無い私でも分かる程、異常な力が集まっているんだけど。本当に問題無いんだろうか。 つーか体力大丈夫? いつものパターンだと、そろそろ使い果たしてぶっ倒れる頃合じゃない?「ふむ……身体の方はどんな感じかしら」「さっきも言ったけど、全然平気だよ。結構な量の『気』が集まってる割には体力の消費が少ないかな。神剣出しっぱなしにしてる程度で済んでるよ」 「例えは良く分からないけど、言いたい事はとりあえず分かったわ。ならその鎧は、見た目通りの力を浪費しているワケでは無いみたいね」「そうなの? その割には、随分と力を大盤振る舞いしてる様に見えるけどなー」「恐らく、鎧が晶の『気』を増幅しているのかもしれないわね。それなら体力の消費が少ない理由も説明がつくわ」「ぞ、増幅っすか?」「そう、増幅。多分他の部位でも出来るし、鎧全体でもやろうと思えば出来るはずよ。中々に強力な能力ね」 うわー、何それ卑怯臭い。 デメリットそのままでメリット強化とか、キ○ガイに刃物と言われても否定できないよ? バランス無視いくない。 つーか強化させちゃダメだよソレは。面で底上げしてたけど、コイツうちの姫様を力任せに撲殺してるじゃん。 いやまー、あの人結構迂闊だからワリと簡単に死んだりしてるけどね? それでも戦闘中に真正面から叩き潰すとか中々出来ないよ? しかも増幅して得られるであろう同等の火力を持つ事になるのは、自身の力量を全く自覚していないアンポンタンだ。 ……大惨事の予感しかしないね。主にスプラッタ的な意味で。 まー、晶の事だからオチはあるだろうけどさ。むしろここまでの説明、全部そこへの前振りだよね?「凄いのは良いけど……これって何気に、鎧としての機能を果たして無いよね? 装甲浮いちゃってるよ?」「肉体に負荷をかけない様、過剰分を外へ排出してるんでしょうね。かなり勢いがあるけど、腕の方は大丈夫?」「ちょっと引っ張られる感じはするけど、今の所は大丈夫かな。もうちょっと力を込めると飛んでいきそうな気がするね。パンチの加速に使えそう」「なら、気の増幅は過剰分の利用も想定しているのかもしれないわ。防御を捨てて攻撃に特化させる――貴方にピッタリの能力じゃないの」「……素直に喜べないなぁ、ソレ。防御を疎かにして痛い目に会う機会が散々あったワケだし」「そんな経験ばっかしてたから、そんな風に成長しちゃったんじゃないのー? こっちが死ぬ前に相手を倒せば勝ちだ。みたいな学習をしたんだよ、きっと」「どうしよう、何一つ否定出来る要素が無いや」 ほら、やっぱり前振りだった。つーか実は頭悪いのね、その鎧。 もしくはこの鎧、持ち主の長所を伸ばして短所を補うタイプだったとか? ……持ち主が無鉄砲で無ければ、何の問題も無い傾向なんだけどなー。 「とりあえず、そこの岩でも殴ってみなさい。その状態での拳の威力を確認するから」「だ、大丈夫かなぁ。腕壊れたりしない?」「殴る部分はそのままだから大丈夫よ。あ、ちゃんと加速もかけておきなさいよ」「へーい」 アリスに促され、晶は右腕を光らせたまま岩の前に立った。 形はほぼ円状、大きさは晶と同じくらい、試し打ちにはもってこいの岩だろう。 晶は身体を低くして大振りに構えると、勢い良く大地を蹴って駆け出した。 同時に、右腕の輝きがより一層激しくなる。 光の軌跡を描きながら、晶の拳は眼前の岩へと叩きこまれた。「……おおぅ」「うわー」 そして次の瞬間、拳の触れた所から岩が文字通り‘消し飛んだ’。 いや、なんか塵っぽいものが舞ってるから、消えたんじゃ無くて粉々になったんだろうけど……。 それにしたって派手過ぎだ。当たった瞬間に、二回くらい地響きが起きてなかった?「なるほど、ね」「えーっとその、アリスさん? 出来れば自分だけで納得してないで、僕達にも分かる説明をお願いしたいのですが」「そうだよ。私もお話に混ざれる様に説明して欲しいな」「ああ。そういやメディちん、さっきからずっと黙ってたね」「皆難しい事ばっかり言うんだもん……」「よしよし、大人しくお饅頭でも食べてなさいな」 私の差し出した饅頭を受け取り、メディスンは不満げな表情でかぶりついた。 まーしょうがないか。彼女の頭が悪いとは言わないけど、話の内容についていける程の知識はさすがにまだ無いだろうし。 正直、私としては内容が分かっていても混ざりたいとは思わないけどね。面倒臭いから。 けど彼女にしてみれば、仲間外れにされてる気がして寂しいんだろう、きっと。本当にピュアな子だよ。「……説明、始めて良いかしら」「はいどうぞ、僕達は大人しく聞いてますので」「ぱちぱちわーわー」「口で言うのは止めなさい、不愉快だから。……さて、先程の攻撃だけど――恐らくアレは、殴った後に仕掛けがあるみたいね」「と言うと?」「命中した後に、増幅させた『気』のエネルギーを対象に叩きこんでいるのよ。消し飛ぶまでに間があったのはそのためだと思うわ」 なるほど、道理で二回地響きが起きたと感じたワケだ。 そりゃー凄いね、わっはっは~。「ねーねー、アリスちん」「なによ」「それ、ガチでヤバく無い?」「ヤバいわよ」「だよねー」 つまりコレを喰らった相手は、気で強化された晶の拳に加えて、身体の中に大量のエネルギーを注ぎこまれる事になるのだ。 下手をしなくても、三流妖怪や妖精当たりならやられた瞬間爆散するよソレ。 少なくとも私は耐えられない。それくらい凶悪な攻撃方法だろう。 だと言うのに、ソレを使えるのが――「ふぅむ、ならこの技をティロ・フィナーレ……いや、ホローポイント・フィストとでも名付けようか」 よりにもよってこの、手加減も見極めも出来ないスットコドッコイだとは。 とりあえずもう一度言わせてもらおう。……キ○ガイに刃物だよコレ、完全に。「『穴の先端』? 変な名前だねー」「あれ、幻想郷には銃器って無かったっけ?」「鉄砲の事? 私は知らないけど、多分あるんじゃないの?」 「やっぱりそうか。……だとすると、無いのはホローポイント弾の方なのかな」 晶とメディスンは、即興でつけた技のネーミングセンスで無邪気にお喋りをしている。 スペカでも無い技の名前なんて、どーでもいいと思うけどなー。本人にとってはワリと重要な事なのだろう。 姫様と戦った時と比べてさえ強くなってるはずの晶だけど、強者特有の安定感は相変わらず欠片も無い。 こうも不安定に強くなれると言うのは、ある意味凄いのではないだろうか。 まー、私は絶対に背中を預けたくないけどね。「はいはい、浮かれてないで話は最後まで聞きなさい」「にゃ? まだ何かあるの? ひょっとして腕鎧が飛ぶとか?」「ただの忠告よ。いい? その技は、自分より格下だと思った相手には使わないで。約束出来る?」「はい! 相手が格下かどうか、僕は未だに判別できません!!」「……なら、一度普通に殴ってから使う様にしなさい。使うなとは言わないから」「それなら何とか行けると思います! 了解!!」 さすがはアリス。乱暴だけど、的確過ぎるアドバイスだね。 幾ら晶でも、殴った相手が弱いか強いかくらいは分かるだろう。 相手がやせ我慢した上に、晶がそれに気が付かない可能性もあるけど……そこまで責任持つ必要は無いしね。 とりあえずは、私に被害が行かなければそれでいいや。「さて……丁度部屋の片付けも済んだみたいだし、そろそろ部屋に戻りましょうか」「らじゃー。ならついでに、僕の持ってきたお饅頭を皆で食べない? 買う前に味見したけど、実は結構好みの味だったんだよねー」「貴方ねぇ――ま、一個くらいなら良いわよ。てゐ、さっき全部持ちだしていたわよね?」「え?」 アリスがこちらへ振りかえるのとほぼ同時に、私は‘最後の’饅頭を口にした。 ありゃ、アリスってば気付いてたのかー。興味無さそうな素振りを見せてたくせに、実は興味深々だったね? 「……私言ったわよね。せめて半分は残しなさいって」「てへ☆ てゐちゃんちょっと用事を想い出したから、ここらでお暇させて貰うね」 ぶりっ子全開な私のスマイルに、アリスもにっこりと満面の笑みを返した。 ただしその背後では、晶にけしかけた時と同じくらいの数の人形が武器を構えている。 うわー。興味深々どころか、確実に楽しみにしてたよねコレ。 アリスの怒りが完全な形になる前に、私は文字通り脱兎の如く逃げ出したのだった。「待ちなさい、このいやしんぼ兎詐欺ーっ!!」 ―――皆も覚えておこうね! 食べ物の恨みは、結構洒落にならないくらいの禍根を残すよ!!