「よし、綺麗になった。このメイド服は明日にでもパチュリーに返しましょう」「……デザインは、そんなに悪くないのよね。積極的に着る気は起きないけれど」「んー。サイズはやっぱり合わないけど、こうして見ると中々……」「いつもの服は掃除洗濯に向いてないのよね。家事をする間だけなら、メイド服に着替えてみても良いかもしれないわ」「……いえ、止めておきましょう。メイドだからって理由で、全部の雑用を押し付けられたら堪らないし」「それに、永遠亭の雰囲気にも合わないものね。メイド服を着るメリットなんか無いんだから、素直に返却して……」「…………………………………………ふむ」「おっ、お帰りなさいませ、ご主人様! お風呂にしますか? それとも食事?」「――な、無いわね。やっぱりこれは無いわね。そもそも、主人と侍従って関係からして不自然で」「見たよ」「○ΛΞ★Γ▼□×!?」「落ち着きなさいなうどんげちゃん、悲鳴が言葉になってないよん。あ、見てたのは『よし、綺麗になった』の所からね」「ほ、ほぼ全部じゃないの! ノックくらいしなさいよ!!」「だが断る。てゐちゃんは弱みを握るチャンスを逃さないのだ」「よ、弱みって何よ。確かにメイドごっこしてたのは恥ずかしいけど、貴女に脅されるほどの事じゃ」「仮想主人の相手が晶でも?」「!?!?!?」「分かり易いなぁうどんげは。何? 晶って実はメイド好き? 着るだけじゃ無くて見るのも好きなの?」「ち、違う! これは単に、最悪の相手にもメイドとして振舞えるかをシミュレートしただけで」「ちなみにさっきの、メイドっつーより若奥様だったけど……ワザと?」「~~~~~!?」「おお、凄い勢いで逃げ出したなぁ。――面白そうだし、脅迫材料にしないで姫様にチクっとこうっと」幻想郷覚書 地霊の章・参「爆天赤地/異文化交流は慎重に」 どうもこんにちは、即席で洞窟探検隊を結成した晶君と愉快な仲間達です。 僕の魔眼と天子の緋想の剣を頼りに洞窟の奥へと歩を進めていた僕等ですが、残念ながら天子はここでリタイアみたいです。 洞窟の奥の方から届く光があれば、緋想の剣はもう必要無いもんね。 さようなら、てんこちゃん。君の事は今すぐにでも忘れるよ。「その理屈で言うと貴方もリタイア対象じゃない。皮肉を言うなら、自分に返って来ないよう頭を働かせなさいバーカ」「そうやって、身体を張ってダメな見本を見せてくれなくてもいいよ?」「……今のは良い皮肉ね。さすがにイラッとしたわ」「くくくく」「ふふふふ」「喧嘩するなら、もうちょっと仲悪くしてくださいよぉ」 些細な事で睨みあう僕等に、良く分からない文句を口にする早苗ちゃん。 仲良くして欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ。いやまぁ、どっちにしろ仲良くする気は欠片も無いんですが。 「――で、天子はこの光をどう見る?」「確実に何かの術でしょう。詳細は分からないけど、それで洞窟内に天候を生み出していると考えるべきね」「そういや、明るいだけじゃ無くて暖かいね。と言う事はこの洞窟、実質地上と変わらない生活環境が整ってるって事かぁ」「でしょうね。……ふっふっふ、これは本当に未来都市があるかもしれないわ」 確かにここまで大袈裟な環境用意しといて、中身が物置ってのは有り得ない話だと思う。 だけど、魔眼に映る生体反応はわりと散発的なんだよなぁ。広さの割にあんまり人がいないと言うか何と言うか。 例えて言うなら、近くに大型スーパーの出来た商店街? 都市と呼ぶにはあんまり栄えてない感じがするんだよねー。 洞窟内の全域が見えたワケじゃないから、まだはっきりと断言する事は出来ないんだけど。でもなぁ。 等と僕が魔眼を使って遠くを眺めながらボーっと考え込んでいると、不意打ち気味に頭上から何かが迫ってきた。 もっとも原因と思しき存在自体は大分前から補足していたので、こちらとしては「ああ、やっぱり仕掛けてきたか」くらいの感想しか無い。 僕は冷静に着地点を見極めると、身体を一歩分だけズラして攻撃らしきソレの回避を試みた。 すると一瞬前まで僕が居た場所を通過して、頭大の火球が大地にぶつかり弾ける。 「うわっと、空から炎が降ってきましたよ?」「ふふっ、面白くなってきたわね。こういう手荒い歓迎は嫌いじゃないわ」「僕としては、もっと穏便な歓迎方法を希望したいです」 当然この程度の攻撃で、天子と早苗ちゃんがどうにかなるはずも無く。 彼女達も実に冷静な対応で火球を避け、僕同様に上を向いて攻撃してきた相手の姿を確認した。 するとそこには、白いロープを伝ってゆっくりと降下してくる木桶に乗った少女の姿が! ………どうしよう、シュールってレベルじゃないぞコレ。 「むむむ、全員が私の攻撃をあっさりと避けるなんて」「ちょっと見ないうちに、人間もやるようになったみたいじゃない。……一人、人間っぽく無いのもいるみたいだけど」 あ、桶の中にもう一人居たんだ。ひょっとして妖怪『麻桶の毛』? いやまぁ、あれは桶の中の毛が本体なワケだけど。……無難な所でツクモガミかなぁ。 そんな事を考えている間に、少女と桶妖怪は地面に降り立った。 金色の髪を束ねシックな茶色のドレスを来た少女は、緑髪ツインテールに白装束の桶妖怪に礼を言うと桶から飛び降り不敵な態度で佇む。 ふむ、こっちの子も何かの妖怪なのだろうか。 幻想郷ではお馴染の、外見から種別が想像出来ないタイプだからちょっと僕には分からないなぁ。 と、漠然と考えを巡らせていると、何故かニヤニヤ顔で天子が僕の肩を叩いてきた。「人間っぽく無いって言われてるわよ、言い返さないの人外?」「いや、どう考えてもお前の事だろクサレ天人。現人神の早苗ちゃんも居るのに何で僕を選んだよ」「すいません、私も晶君の事だと思ってました……」「さすがの僕も本気で泣くよ!?」 そりゃまぁ、ちょっとだけ人類の範疇から外れてると言う自覚はあるけどさ。 正しく人外な天子と、人間だけど神様でもある早苗ちゃんにそこまで言われるほどじゃ無いって。多分。 だと言うのに、二人は実に慈悲深い笑みを浮かべて其々僕の肩を叩いてくるワケです。 何? 思いっきり泣けって事? フォロー無し? 後で覚えとけよてんこ。早苗ちゃんは許す。「……お笑い芸人の一団かな」「わざわざ旧地獄にまで来るなんて、大した芸人根性ね。まぁ、娯楽が増えるのは歓迎だけど」 そして一連の流れで芸人認定される僕等。誠に遺憾である。 しかし今、金髪の少女が凄い気になる事を言っていた様な……旧地獄ってなんぞや。「旧地獄――聞いた事があるわ」「知っているのか、比那名居天子!」「以前に、地獄の区画整理で切り捨てられたと言う土地よ。何でも今では、地上で忌み嫌われた妖怪達の都市になっているらしいわ」 ……地獄も、案外世知辛いんだなぁ。 天子の説明に、あの世の無情さを感じ取って何となく切なくなる僕。 しかしなるほどね。これで、この大袈裟すぎる地底の環境に合点がいったよ。元は地獄だったからなのか。 そして今は、地上で忌み嫌われた妖怪達が住みつく都市。それってつまり……。「なーんだ、ここがどこだか知らなかったのね。そりゃあ呑気にしていられるワケよ」「ふっふっふ。元とは言え、ここは地獄の一丁目。これ以上痛い目に会いたくなければとっととお家に帰るんだね」「つまり、地上じゃ会えないレアな妖怪がたくさん居るって事だよね。――テンション上がってきたぁ!!」「えっ」「忌み嫌われた妖怪……退治すれば、守矢神社の評判上がる事間違い無しですね! やる気出てきました!!」 「えぇ~」「確か旧地獄の元締め妖怪はアレだったはず。――江戸の敵を長崎で討つってのも案外悪くないもんね!!」「ええぇ~」 終着点が明らかになった事で、僕達三人のテンションは多いに高まった。 一応地獄であるはずなのに、誰一人としてやる気が減算されてないのは良い事なのか悪い事なのか。 地底妖怪らしき目の前の二人は、そんな僕等を複雑そうな表情で眺めている。「ねぇヤマメ。私達実は、とんでもない連中に喧嘩吹っ掛けたんじゃ……」「気持ちは分かるけど、ここまで怪しい奴等をほっとくワケにもいかないでしょ?」「はいはいはーい! 質問でーす!! お二人はどんな妖怪なんですか!?」「退治して良いですか!?」「貴方達よりも強い奴を知らないかしら!?」「……うん、けど私も少しばかり後悔し始めている」 あれ、おかしいな。こちらのテンションアップに反比例して、向こうの気力がガンガン減っている気がする。 いやまぁ、これだけ喰い気味に話しかけられたら大抵の人は引くと思いますけど。 ……地底妖怪って言っても、わりと感性は普通なんだなぁ。 むしろ、非常識度で言えば地上の実力派妖怪の皆様の方が断然上な気がする。 あ、だから地下に追い込まれたのか。となると、アリスや姉弟子も近いうちに地下入りするんじゃないだろうか。 と言うか早苗ちゃんに天子、その質問は少しばかり失礼が過ぎるんじゃないかな。 特に早苗ちゃん。宣戦布告と取られてもしょうがない発言だよそれは。……実際してるんだろうけど。 「貴方達、私達の事をちゃんと理解してる? 極端に怖がられるのも嫌だけど、軽く扱われるのはもっと嫌よ?」「分かんないんで、どんな妖怪か説明してください! あと、自己紹介も出来れば!!」「……私は黒谷ヤマメ、土蜘蛛よ。それでこの子がキスメ、釣瓶落とし」 土蜘蛛かぁ、なるほどなるほど――って、鬼の顔も虎の胴も蜘蛛の手足も無いじゃん!? いや、分かってたよ。幻想郷じゃ姿形に囚われてはいけないと、にとりの時から理解していたともさ。 だけど何と言うかこう、もうちょっと土蜘蛛っぽさが欲しかったと言うか……まぁ、言われてみれば蜘蛛っぽい感じはするけどね。 それでもたまには、最低でも体長五メートルを越える動物の各パーツを集めました的な妖怪に会いたいなぁ。と思う僕は贅沢者なのでしょうか。 「釣瓶落としって……『秋の日は~』って奴ですよね?」「そういうことわざもあるけど、妖怪釣瓶落としとは関係無いよ。共通点は落ちてくる仕組みが同じなくらい?」 そういう意味では、こっちは比較的原典に近い妖怪だと言えるかもしれない。……やっぱり女の子型になってるけどね。 とは言え、凶悪度で言えば実は釣瓶落としも土蜘蛛に負けず劣らずヤバかったりする。 類似した名無し妖怪を除いても伝承は比較的広範囲に広まっており、人喰い率も非常に高い。あと、モノによっては火を吐く。 恐らくは最初の火球も、放ったのはあっちの桶に入った少女なのだろう。 ……土蜘蛛の方はやっぱり糸でも使うのかな? けどそんな能力で、地底に追いやられたりするかなぁ。「それじゃあ、次の質問なんですけど」「まだ続くの!?」「ヤマメぇ、やっぱりほっとこうよぉ。私なんだか怖くなってきた」「そうはいきません! 見敵必殺、地底妖怪は皆退治させていただきます!!」 最初のやる気はどこへやら、完全に戦意を失った二人へ早苗ちゃんが御幣を突き付ける。 うーん、早苗ちゃんってば妙なスイッチが入っちゃってるなぁ。どうしようか。 僕としては余計な戦闘を避けて、その分だけ地底妖怪の話を聞いておきたいんだけど。 幸運な事にすっかり気勢を削がれた二人は、早苗ちゃんの宣言に乗る気力も湧かないらしくぐったりと項垂れている。 なので残る問題は、バトルジャンキーてんこちゃんなんですが……。 彼女はものすっごい面倒臭そうな顔で、興味なさげに髪の毛を弄っておりました。「……早苗ちゃんはああ言ってるけど、天子は参加しないの?」「どう見ても雑魚だもの、気分が乗らないわ。そういう貴方こそ親友を手助けしなくて良いのかしら?」 「平和主義者なもので」「ははは、平和主義」「自覚はあるので殴りはしないよ。下手くそな挑発には乗りませーん」「じゃあ私が斬るわ。暇だし」「よっしゃ先に抜いたなてんここのアマ! 全力で付き合ってやんよ!!」 天子が上段から振り下ろしてきた緋想の剣を、僕は抜き打ちの神剣で下から斬り上げる様に迎撃した。 緋色の霧を纏った剣と白い輝きを放つ剣はぶつかり合い、互いの力を塗りつぶさんとその存在を強くしていく。 二つの力が拮抗するその光景に、天子は口裂け女と見紛う程の喜悦の笑みを浮かべた。「それが噂の神剣ね。緋想すら喰らうなんて、恐ろしいほど貪欲な剣だわ――恋に落ちそう」「キモッ! 冗談でもそんな事言うの止めてよ!! 鳥肌出来た!」「貴方じゃないわよバーカ! その素敵な剣を褒めてるの!! と言うか貴方、やたら剣捌き上手いじゃない?」「こちとら着弾イコール即死のデスゲームを何度も経験してるんでね! 天子のトロくさい攻撃なんて掠りもしませんともよ!!」「なにそれ、ずるい! 私に代わりなさいよ!」「代わってもらえるんだったらなぁ、とっくに代わってもらってるっちゅーねん!!」 開けなくて良い心の蓋をうっかり開いた僕は、八つ当たりに近い怒りを天子に向かって解き放つ。 しかしさすがは緋想の剣。神剣と鍔迫り合いしていると言うのに、周囲を覆う緋色の霧は未だ衰える様子を見せない。 天子も、そこそこ力を削られてはずなんだけどなぁ。腐れていてもさすがは天人と言う事か。 ちなみに今回は、フランちゃんの時と違って神剣を相手の身体に当てないよう考慮する必要性は欠片も無い。ええ、欠片もありませんとも。 なので容赦なく全力で斬りかかってるんだけど、上手い具合に相殺されてしまうワケで。 くそぅ、ホント実力だけはあるんだよなこの天人崩れは!「あ! ちょっとお二人とも、勝手に喧嘩を始められちゃ困りますよ!!」「大丈夫、もうすぐ天子をぶったぎって終わるからぐぐぐぐ」「その前に、貴方の胴と頭を綺麗にサヨナラさせてあげるわぎぎぎぎ」「だーめーでーす! やるなら、まずはあの二人を倒してからにしてください!!」 そう言って、戸惑う地底妖怪二名を指さす早苗ちゃん。 悪意は無いんだろうけど、その誘導の仕方は結構エゲツないと思います。 と言うかキスメちゃんとヤマメちゃんは、何をそんなに怯えているんですかね。 まさか、僕等が容赦なく神剣と緋想の剣で斬りかかってくるとか思ってませんか? 幾ら相手の力量を見抜けない間抜けと名高い僕も、さすがにそこまで無情な真似は致しませんぜ?「……くっくっく、それもそうね。ならまずは、コイツらから剣の錆にしてあげようじゃないの」 とか思っていたら、天子の奴が早苗ちゃんのフリに乗りやがった。 ワザとらしく緋想の剣を構えると、悪役よろしく舌舐めずりをして地底妖怪の二人を睨みつける。もちろん本気ではないが。 ああ、でも二人とも分かり易く固まっちゃったよ。早く天子の態度が冗談だときちんと説明しないと。「天子も早苗ちゃんも煽り過ぎ。わざわざ戦わなくても、‘話し合えば’二人ともちゃんと分かってくれるよ。――ねぇ?」「いやぁぁぁぁぁああっ!!」「こっ、殺されるぅぅうぅううっ!」「あ、あれぇ?」「……神剣構えながらそんな事言っても、脅かしている様にしか聞こえないわよ」「晶君の笑顔って、下手に凄むよりも怖い時が結構ありますしね。例えば今みたいに」 僕がフレンドリーなつもりの態度で微笑むと、キスメちゃんの入った桶を抱えヤマメちゃんが物凄い勢いで逃げ出してしまった。 いやその、今回そういう意図は無かったんですが――何かごめんなさい。「とりあえず、あの二人を追っかけますか?」 「誤解されたままだと、余計に厄介な事になりそうだし……追うしかないかなぁ」「私は放置でも良いけど? それはそれで楽しそうじゃない」 うん、てんこちゃんはちょっと黙ってろ? そういう修羅の道はお呼びじゃないんですよ、マジで。 神剣をスペルブレイクした僕は、言い訳を考えつつ二人の後を追うのだった。 ……まずは、開幕土下座から始めないとダメかなぁ。