「えへ、来ちゃった」「今すぐ死ぬか殺されるか選びなさい」「あやや、随分と不機嫌じゃないの。何か悪い事でもあった?」「……どこぞの烏天狗が、台風を引き連れて太陽の畑に現れたからよ」「うん、分かってた」「―――っ!」「おっと、問答無用はさすがに酷くないかしら」「ここまで直球な喧嘩を売られたのは久々よ……骨も残さず消し飛ばすから、遺言は残せないと思いなさい」「待った待った、落ち着いて。この台風はワザと出してるんじゃなくて勝手に起こっているのよ」「知ってるわ。晶も、貴女と似たような状況になっていたもの」「なら、私の話を聞いてくれても良いじゃない」「……台風がどうにも出来ないと分かった上で、私の所にやってきた馬鹿は誰かしら」「ああ、それは私ですね。間違いなく」「―――ぐりゅっと潰して欲しいワケね。了解」「待って、本当に待って。嫌がらせしに来たワケじゃ無いの。本気で困ってるのよ。実は私、天狗の里を一時的に追放されちゃって」「関係無いから死になさい」「うあーん! やっぱり台風が止んでから来るんだったー!!」幻想郷覚書 緋想の章・弐拾弐「天心乱漫/霧が晴れる時」 さて「棒倒しで勝負」と言ったものの、それで優劣をつけるつもりは特にない。 単純に戦いの方向性を変えたかっただけなので、ぶっちゃけてしまえば勝ち負けはどうでも良いのである。 とは言え、用事があるらしい衣玖さんを長時間拘束するのはマズい。主にこちらの心情的に。「なので多々ある質問は、棒倒し中に聞けるだけ聞こうと思っています。オッケー?」「なるほど、分かりました」 そう言って衣玖さんは、撫ぜる様に柔らかな手つきで砂山から砂を削ぎ取る。 棒倒し初手のお約束、目分量でガバッとをやらないとは――なんて育ちの良い人なんだ! ……あ、違う?「はい、次は晶君の番ですよ。ゆっくりとで構いませんから慌てないでくださいね」 どうやら少なめに取った理由は、質問の時間を長引かせる為だったらしい。 その細やかな気遣いに、土下座したくなる衝動を必死に抑える僕。 落ち着け、落ち着くんだ自分。衣玖さんへの一番のお礼は、出来るだけ早く質問を終える事だぞ自分。 僕は衣玖さん同様砂山を少なめに削ぎ取ると、彼女への質問を口にした。「とりあえず、『大地震が起こる』って発言の意図を教えてもらえませんかね」「そのままの意味ですが?」「……起こるんですか、大地震」「起こります。その前兆は、今まで山の様にあったかと」 それは頻発する地震の事か。それとも幻想郷中に溢れている緋色の雲の事か。 どちらにせよ、今までの異変はその大地震の前振りだったと考えて間違いないだろう。 ……前振りなのかなぁ? 自分で言っといてなんだけど、それこそ大きな間違いである気がする。 「随分と他人事な言い方じゃない。自分は異変と無関係だとでも言いたいのかしら?」「はぁ、何の事でしょうか?」「惚けないで、貴女がこの地震を起こしているんでしょうが!」「いいえ。私は地震の報告をしているだけで、地震の発生とは特に関係ありません」「そんな言い訳が……」「いや、それは本当だと思いますよ姉弟子」 さらに噛みつこうとする姉弟子を、僕は言葉だけで簡潔に宥めた。 鈴仙さんは「お前はどちらの味方だ」と言わんばかりの厳しい目でこちらを睨んでくるけど、意見を撤回する気は無いので笑顔で返す。 あ、ちょっと顔を顰めないでくださいよ。僕の笑顔、そんなに不気味でしたか? それとも胡散臭かった? まぁともかく、衣玖さんが異変の元凶である可能性は薄い。 これは勘だけで言っているのでは無く、今までの情報収集で出した純然たる結論である。 ……いや、勘によって下した判断も含まれてはいるんですけどもね。「貴方、師匠の言った事忘れたワケじゃ無いわよね」「覚えてますけど……お師匠様のアレは、明らかにミスリードでしょう?」「へっ?」 そもそも、お師匠様は『竜宮の使いが地震を起こした』と等とは一言も言っていない。 竜宮の使いが現れる時、地上では地震が起こる。そんな僕の言葉に「間違ってはいない」と返事をしただけである。 僕に説明する時も姉弟子を説得する時も、彼女は一度たりとも衣玖さんが異変の黒幕だとは言わなかった。 「まぁ、追求してもはぐらかされるだけだからスルーしたけどさ。お師匠様、確実に僕等を衣玖さんと戦わせる気だったよね」「そ、そんな事あるわけ――」「無いと思う?」「……あると思う」 まぁそれも、僕等を鍛えようと思ったが故の親心なんでしょう。 だから恨み辛みを言うつもりは特にありません。泣き言はメチャクチャ言うつもりですがね。「けれど、衣玖殿が本当に無関係と決まったワケではありません。晶様には、何かしら根拠が御有りなのでしょうか」 そう言って、妖夢ちゃんは刀の鯉口を切る。 気持ちは分かるけど、本人の前でそういう態度をとるのは止めなさいって。 衣玖さんが困ってるじゃないか。しかも、困ってるだけでそれを口にしないんだよ? 構えたりもしないんだよ? 凄いよね。 ともかく、さっきも言った様に衣玖さんが異変の黒幕である可能性は限りなくゼロに近い。はずだ。 それくらい彼女は、この異変を起こした黒幕の人物像からかけ離れているのである。 まぁ、その人物像は僕が推測で出したモノだけどね? そこを差し引いたとしても、衣玖さんには異変の仕掛け人として足りないモノが一つあるのだ。「幽霊を断ち、気質を曝け出す剣」「――っ!」「小町姐さんが言ってた、緋色の雲を生み出す武器を衣玖さんは持ってないからね。少なくとも首謀者では無いんじゃないかな」「おお、そういえば」 もっともこの『根拠』は、推理としては完全に穴だらけなので反証は幾らでも出せるのだが。 例えば、『剣』はどこかに気質を生む装置として置いてある説とか。実は実行犯は二人いる説とか。上げ出したら本当にキリが無い。 そもそも気質を生む要因が、武器でかつ剣であると言う所からすでに小町姐さんの推測なワケだしね。 けれども、衣玖さんが黒幕である理由より黒幕で無い理由の方が多い事は確かである。 彼女が嘘をついている様にも見えないし、竜宮の使いはこの異変に無関係と考えて間違いは無いだろう。 ――と言うかぶっちゃけ、この人が異変を企む姿が想像できません。 温和な態度だけど裏では実は……みたいなオチがあったら、僕は確実に妖怪不審に陥る。ついでに引き籠る。多分。 だから僕は、衣玖さんが異変と無関係であると信じる。うん、信じたいんだけど……。 何で衣玖さんは、そんな難しい顔で僕等の会話を聞いているんですか? え? まさかあるの? 真の姿があるんですか? 「かかったな、クソがっ!」とか言いながら、邪悪な笑みで殴りかかられたらどうしよう。 ……困りつつも、ホッとしながら対応してそうな自分がとても悲しいです。「その‘剣’を、私は知っているかもしれません」「はぇ?」「『緋想の剣』と呼ばれる天界の道具ならば可能です。あの剣は、他者の気質を霧へと変えます」「……それはまた、随分とピンポイントな便利アイテムですね」「天界の道具――と言う事は、犯人は‘天人’と考えて良いのかしら」「はい。天界の道具は、天人にしか使えませんから。……そうであれば、一連の不可解な地震の挙動にも説明がつきます」 どうやら、難しい顔の原因はその『心当たり』にある様だ。 衣玖さんは眉間に皺を寄せた難しい顔で、何やら必死に考えを纏めていた。 この人がこんな表情するなんて、よっぽどなんだろうなぁその『心当たり』ってば。 ――それに関しては、まぁ後で追及するとして。 今、一番気にするべきなのはもちろん『天界』の方だよね! えっ、異変? そこに置いといて、後でやるから。 セット扱いらしき『天人』と言う単語から察するに、恐らくは仏教的な意味の『天』なのだろう。 えーっと確か六道の一番上だったっけ。いや、十界の真ん中あたりだったよーな。「……晶君は、何故あんなにも瞳を輝かせているのでしょうか」「余計な事に考えを巡らせているに一票」「二票目です!」 でも考えてみれば当然だよね。閻魔がいて地獄があるなら、天が無いのはむしろおかしいワケだし。 ……いやでも、幻想郷内にあって良いのかなぁ天界。一応は神仏の住む場所だろうに――って幻想郷には神様売るほど居たっけか。 ん? と言うか天部と天界って同じ扱いで良かったっけ? 確か天って、そこから二十八の部類に分かれてた様な……いや、これは大乗仏教の思想だっけか。 でも幻想郷には『天魔』が居るワケだし、それなら天界も大乗仏教方式だと考えた方が自然ではあるのかな、コレは。 うーん、分からん。全然分からん。「そもそも仏教の世界観は、微妙に僕の食指範囲外なんだよ!」「い、いきなりキレられても困るわよ!?」 おっと、いけないいけない。つい熱くなりすぎてしまった。 衣玖さんが手番を終えたのを確認した僕は、冷静になるためゆっくりとした仕草で砂を取った。 さらに深呼吸して頭の方も冷やす。そこまでやって落ち着いた僕は、冷静に衣玖さんへの質問を続けるのだった。「それで衣玖さん。天界とはどういう所なんでしょうか」「いや、それより先に聞くべき事があるでしょう!?」「僕の知的好奇心を満たすより大事な事なんて無いよ!!」「このメイド、磨きたての水晶みたいに澄んだ瞳でとんでもない事を言い切ったわ……」「純粋過ぎて逆に濁ってますね! さすが晶様!!」「妖夢さん、いけませんよ。それは褒め言葉になっていません」「……もう良いわ。この馬鹿二人はほっといて、話を進めましょう」 そう言って、律義に僕を押しのけ棒倒しのプレイヤーとなる姉弟子。 別に参加せず話を続けても、衣玖さんは普通に答えてくれると思うけどなぁ。 姉弟子ってば、本当にクソが付くほど真面目だよね。 そんな事しなくても、一発僕をブン殴れば普通に話の軌道を修正したんだけど……。 ツッコミ役は居るのに、まとめ役は居ないのかこの面子。 や、真っ先にまとめ放棄した僕が言う台詞じゃ無いんだろうけどね。 あと姉弟子。僕等が砂山を少なめに取ってたのは単なる時間稼ぎであって、そうしないと崩れるほど砂山が脆いワケじゃ無いんですよ? だからその薬品を扱う様なプルプルした腕を抑えてください。姉弟子も何気に棒倒し分かって無いですよね。「さっき、不可解な地震の挙動にも説明がつくって言ってたわよね。あれってどういう意味?」「緋想の剣を管理しているのは、神霊『名居守』様がかつて人であった頃の部下。今は天人である比那名居の一族です」「名居守?」「そのまんまの意味なら、地震の神様の事かと。名居は確か地震の古語だったはず」「……貴方って、そういう知識引っ張り出させたら無駄に凄いわよね」 良く言われます、無駄知識だけは豊富だって。……役には立たないんだよね、あんまり。 まぁとにかく。恐らくその『名居守』と言う神霊は、功績を称えられ祀り上げられた大地を鎮める役職の何かだったのだろう。 それ自体はさほど珍しくも無い話だ。僕の知り合いにも、現人神になった早苗ちゃんが居るしね。若干神としてのニュアンスが違う気がするけど。 だから、気になるのはその比那名居の一族とやらの方である。 話の流れからすると、どうもその一族が何かした様には聞こえないのだけど……そこらへんはどうなのだろうか。「晶君は博識ですね。お察しの通り、名居守様は死後に神霊となった地震を鎮める神官です。今も彼の神霊を祀った祠が幻想郷にあるはずかと」「なるほど、名居守様は幻想郷を担当している地震の神様なんですか」「はい。そして比那名居の一族は、その名居守様の部下として『要石』を護る神官でした」「――晶様、次は要石ですよ!」「要石ってのは、地震を鎮める為に地中へ埋められた霊石の事だよ。大地に楔を打つ事で、地震の原因である大鯰を抑えてるのさ。……あれ、竜だったっけ」「どっちでも良いわよ、そんな細かい所は」 つまり比那名居一族は、地震を鎮める道具の管理を任された一族と言う事か。 天人になったのは、主と同じく生前の功績を認められたからかな? ……はて、天人ってそんな方法でなれるもんだったっけ。 と言うか妖夢ちゃん、人を便利辞書みたいに扱うのは止めてください。そういうのは親分だけで充分です。「私達は、異変に関わってると思しき比那名居一族とやらの事が知りたいの。そういう周辺情報はどうでも良いわ」「僕的には異変の方がどうでも良いです」「コイツの事は無視して良いわよ。完全に目的を見失ってるし」「……確かに、そうした方が良い様ですね」 失礼な、軽い冗談ですよ。誰かが止めなきゃ続行した程度のジョークですとも。 なのに衣玖さんも姉弟子も、まるでダメな子を見る様なその視線。誠に遺憾でございます。「良く分かりませんが、その比那名居一族の当主が異変の元凶と見て良いのでしょうか」「そこの剣士もいい加減刀を納めなさいよ! 今すぐその刀を使う機会は、心配しなくても当分ないから!!」「いいえ。天人としての修業こそ積んでおりませんが、御当主様は徳の高い御方です。自ら大地を乱す等考えもしないでしょう。ただ……」「――ただ?」「御当主様は、娘である天子様に殊更甘い傾向がありまして……」「ああ、甘やかされたお嬢様が我儘全開で異変を起こしている可能性があると」「あ、あはは……」 衣玖さんは困惑をたっぷり込めた笑顔に「それ以上は追及するな」の意思を張り付けると言う、大変分かり易い答えを返してきた。 その天子さんとやらが、衣玖さんの『心当たり』なのだろう。 地震を制御でき、緋想の剣を持ち出せ、積極的に異変を起こしそうな性格もしている。 ……うん、間違いなく最有力犯人候補だね。そりゃー衣玖さんも苦笑いしながら認めますともさ。「しかし天上に住まう天人がその様な事を仕出かすとは、信じられませんね」「いや、天人は悟ってないから煩悩もあるし、輪廻にも囚われてるはずだよ。そもそも天人の居る天界も扱い的には衆生なワケだしね」 要するに天人とは、グレードアップした人類なワケだ。 寿命は長いし神通力も使えるけど、ばっちり死ぬし欲望とかもしっかりある。 ある意味道教における『仙人』の方が、神や仏に近いと言えるだろう。 おまけにその比那名居一族とやらは、功績で天人に昇格しただけで天人になる修業的なモノを一切していないらしい。 例え天界に上がった後修業を始めたとしても、感覚的には人間の方に近しい――はずだ。多分ね。「それで、その比那名居の天子とやらは今どこに居るのかしら」「確か今朝方お会いした時は……博麗神社に向かうとおっしゃっておりました」「博麗神社? 何でまたそんな所に……」「さすがに理由までは分かりません。私も、そこまで総領娘様と親しいワケではありませんから」 こちらの問いに、困った様に肩を竦ませる衣玖さん。 まぁ、情報はすでに充分過ぎる程貰ったから、知らない事を責める気は毛頭ありませんが。 ……天人と博麗神社って組み合わせに、物凄い嫌な予感がするのは何故なんだろう。 胸騒ぎと言うか、虫の知らせと言うか――とにかく、何か良くない事が起こっている気がする。「なら、次の目的地は博麗神社ね。その天人を締めあげましょう」「お任せください。何が相手だろうと両断してみせます」「その、両断は勘弁してくださいね。本当に異変を企んでいたのなら、軽い折檻くらいはお願いしたいですが」「軽いって……具体的にどれくらい?」「そうですね。――尻叩き百回とかどうでしょう」「ある意味、何よりも厳しい罰ね」 ……全ては、博麗神社で明らかになる。か。 僕は砂山を崩して棒倒しを終了させると、両頬を叩いて立ち上がった。「それじゃあ衣玖さん、僕等は行かせて貰いますね。色々とありがとうございました」「本当にね。……今更だけど、何で見知らぬ私達にここまで教えてくれたの?」「いえ、特別貴女達に肩入れしたワケではありません。他の方でも、同じ様に尋ねて来たなら同じく答えを返していましたよ」「……あ、そうなの」「もっとも。他の皆様は問答無用に襲いかかってきたので、これほど和やかにお話したのは初めてでしたが」 本日一番の困り顔で、大きく溜息を吐きだす衣玖さん。 まぁ、幻想郷だから仕方が無いよね。等と同情の意を露わにしていると僕の肩に手が。 振り返ると、何とも筆舌しがたい笑顔で微笑む姉弟子の姿がそこにあった。「――とりあえず、良くやったと褒めてあげるわ」「そんな辛酸を舐めるような顔で賞賛されても」 姉弟子は、どう足掻いても僕が活躍する事に納得出来ないんですね。 色々と印象が変わっていても、結局根本は変わらない姉弟子の姿に僕は苦笑を隠せないのだった。