「ギギギギギ、シンニュウシャハマッサツギギギギギギ」「……これは酷い。人間の言葉忘れてないわよね、アンタ」「うるっさい! 今の私は度重なるストレスで怒りが大爆発中なのよ!! 問答無用で殺すわよ!?」「この天気の悪さは、そんなアンタの心の荒れっぷりが天気に出たって事かしら」「どうでも良いのよそんな事はぁぁぁ! 天狗の里の平和のため、アンタには消えて貰うわ!!」「……黙って通してくれたなら、天狗の里はスルーしても良いけど」「私のストレス発散のため、どっちにしろ消えて貰うわ!!」「アンタ、弟が出来てから本格的におかしくなったわね」「晶さんの悪口をほざく馬鹿は貴様かぁ!!」「言って無い言って無い。そっちの悪口は言ってない」「問答無用! 天狗の里の平穏を乱す存在を、私は許さない!!」「……ところでさっきから気になってたんだけど、その天狗の里半壊して無いかしら。そこら中に鴉天狗が倒れてるんだけど」「―――天狗の里の平穏を乱す存在を、私は許さない!!」「ああ、なるほど。アンタ半壊の原因を私に押し付けるつもりなのね」幻想郷覚書 緋想の章・拾陸「天心乱漫/メイド兎と鈍感男」「まったく、面倒ばかり持ち込むわね。貴方達は」 メイド長不在のため人手の無い紅魔館で、歓迎してくれたのはパチュリーと小悪魔の二人だった。 湖に叩きこまれてびしょ濡れになった僕等に、パチュリーは呆れ声でそう言って肩を竦める。 それに対して、ウサ耳ブレザーからウサ耳メイド服にクラスチェンジした姉弟子は抗議の言葉を上げた。 「この馬鹿と私を一緒くたにしないで! と言うか、こうなったのは貴女の所の吸血鬼妹が原因よ!!」「……ごめんなさい」「そ、その、責めているワケじゃ無いのよ? ただちょっと、気を付けて欲しいと言ってるだけで」 しかしフランちゃんの申し訳なさそうな顔を見て、即座に怒りを引っ込める姉弟子。 何と言うか、人が良過ぎて泣けてくるレベルだ。僕にその優しさが向く事はまず無いでしょうけどね!「責めているワケじゃ無いなら怒鳴るのを止めなさいよ。耳障りだわ」「くっ、他人事みたいに――」「他人事よ、私にとってはね。で、代わりの服の着心地はどうかしら」「……色々と言いたい事はあるけど、着心地は良好よ。良い布使ってるじゃないの」 ちなみに先程も言った通り、今の姉弟子の服装はブレザーでなくメイド服になっている。 理由は簡単。びしょ濡れになったブレザーを乾かす必要があったからだ。 果たして誰用のメイド服だったのか、黒を基調としたロングスカートのメイド服は姉弟子の長髪に良く似合っている。 が、ウサ耳の所為で致命的なくらいあざとくなっているのは如何したモノだろう。 指摘すると叩かれそうなので心中だけに留めておくけど……明らかにそれのせいで、小悪魔ちゃんの表情がおかしくなっている。 まぁ、ウサ耳が付けば何でもあざといと言えばそれまでな気がしますけどね? え、僕はどうしたのかって? アグニシャインで全身瞬間乾燥されましたが何か。おかげで髪がちょっと焦げたっす。「うどんげおねーちゃんもお兄ちゃんみたいに、ぼわーって乾かせばいいのに」「覚えておきなさいフランド-ル、常人にあの乾燥方法は使えないわ」「やっといて何だけど私もそう思う。と言うか貴方、直撃喰らった癖に良く平然としてられるわね」「まぁ、レーヴァテインで表裏こんがり炙られるよりマシかなと思って」「おかしい。想定している事態がおかしい」「……次からは、もうちょっと穏便な乾燥方法を使うわ」 まさか、パチュリーと姉弟子の二人から同情されるとは思わなかった。 僕の想定では、「次からはそうしよう」的なリアクションをされると思っていたのだけど。 両者共に、それほどクールなジョークは思い付かなかったらしい。 うん、これは頭がオカシイと言われてもしょうがないかも。大分発想が捻くれてるね。「それで貴方達は、紅魔館に何の用なのかしら。今、わりと暇だから面倒で無ければ適当に付き合うわよ」「それは凄い。パチュリーがそこまで協力的になるなんて」「……今の、どこらへんが協力的だった?」 まぁ、主に自分から言い出してる当たりが。 平時の彼女を知っている僕と違って、姉弟子は今のパチュリーの友好っぷりが良く分かっていない様だった。 一時期紅魔館の世話になっていたはずだけど……あんまり話しては無かったのかな。パチュリーは基本図書館から出ないし。 「それに貴方達と話している間は、客人を出迎えるって名目でメイド長代行の仕事がサボれるのよ。少なくとも咲夜が帰ってくるまではゆっくりしていきなさい」「レミリアさんは相変わらず無茶させるねー。……ところで、今姉弟子が着ているメイド服はひょっとして」「己の衣装を整えるより、客人の衣服を調達する方が大事よね」「まぁ、パチュリー様は最初から着てませんでしたけど」「小悪魔―――お茶」「はいいっ!」 とりあえず、笑顔で小悪魔ちゃんを脅すパチュリーにメイドの素質が無い事は良く分かりました。 やる気を欠片も感じさせない彼女の姿に、つくづくレミリアさんは無茶な振りをしたモノだと痛感する僕。 だけどもしかしたら、レミリアさんもそれを分かった上で彼女に任せたのかもしれない。僕はふとそんな事を思った。 と言うか、任せざるを得なかったというか。 紅魔館って、咲夜さん独りで持たせている様なモノだからなぁ……美鈴に門番を任せたら、他に家事を任せられる人が居なかったのだろう。 しかし、わざわざメイド服を着せる意味はあったのだろうか。いや、パチュリー結局着てないけどね。 それでも一日かそこら限定のメイドに、専用メイド服は過ぎた代物だったと言わざるを得ない。 「……そっか。胸の所の布が余っているのは、着る人間の差か」 ――このメイド服が無ければ、こんな哀しい呟きは聞こえてこなかったのにっ!! 激昂するワケでも無く、泣き叫ぶワケでも無く、ただただ事実を確認する様な姉弟子の口調が逆に悲しさを引き立てる。 姉弟子自身は、良い意味で平均的な身体つきをしているのだけど。 人間の多くは対象との比較で優劣を見出すワケで……うん、つまりその、察して。「で?」「え?」「だから?」「へ?」「何よ?」「何が?」「つまり?」「はにゃ?」「――ええいっ! 不精してないで、ちゃんと会話する努力をしなさい!!」 いや、そういう意図は無かったですよ。僕側にはですけど。 ちなみにそういう意図があったらしいパチュリーは、面倒臭そうに肩を竦めて視線を逸らす。 面倒くさがり屋代表の輝夜さんと違って滲み出る色気は無いが、何もかも冗談みたいな輝夜さんと違ってこちらからは本気の意思を窺う事が出来た。 要するに――「面倒で無ければ適当に付き合う」と言うパチュリーの言葉に、嘘偽りは一切無いと言う事だ。 もちろん咲夜さんが帰ってくるまで僕らを無碍に扱う真似はしないだろうけど……下手に機嫌を損ねたら、本当にウンともスンとも言わなくなってしまう。 ここは慎重に、面倒臭くならない範囲で情報を聞きださないと。――僕的にはすでに、とても面倒臭いのは言わない約束で。「じゃあパチュリー。これから言う単語に心当たりがある場合イエスで、違う場合はノーで答えて。内容は後で纏めて聞くから」「イエス」「気質」「イエス」「竜宮の使い」「イエス」「今回の異変」「ノー」「ありがとうございました」「ノー」「……真面目にやろうとしている私は、おかしいのかしら」「二人とも、真剣だと思うよ? 向いてる方向性がうどんげおねーちゃんと違うだけで」「イエス」 はっはっは、フランちゃんはかしこいなぁ。 だけど訂正させて欲しい。一応僕は、姉弟子と同じ方を向いてますよ? あ、今姉弟子ってば僕とフランちゃんを見比べた! 何その「この二人を交換できないかな」みたいな顔は!!「……まぁ良いわ、私も私のやる事だけをやらせて貰うから。それでパチュリー」「ノー」「なんでよ!?」「アンタは頭固くて話が長引きそうだからイヤ。まだ晶の方が僅差でマシよ」 まぁ確かに、姉弟子はどうでもいい事でも生真面目に根掘り葉掘り聞き出しそうなタイプだよね。 僕もそういう傾向はそれなりにあるけど、基本的には分かるべき所だけ分かっていれば他はどっちでも良いというか何というか。 ――ぶっちゃけ、この状況で必要な事以外を聞く度胸はありません。 なので密かに抱いていた疑問を全て飲み込み、僕は必要最低限の事だけ聞くため口を開いた。 ところで姉弟子、その射殺すような視線をこちらに向けるのはやめてください。僕は何もしておりません。「それじゃ、気質と竜宮の使いに関して知ってる事を教えて貰える? 簡潔で良いから」「気質は魂の性質、今は天候に干渉しているみたいね。竜宮の使いは妖怪、天災が起きる直前に現れるそうよ」「ふむ、なるほどね」 予想はしていたけど、得られる情報に目新しいモノは無しか。 まぁ、今回の異変に心当たりが無いと言っていたから、知っているのは知識的なモノだけだと薄々勘付いていましたよ。 ……本当だよ? さすがの僕も、そのくらいの推理力は持ち合わせておりますとも。 「気質……本当だったのね」 だけど空振りの情報にも、思わぬ効果があったようで。 パチュリーの簡潔な説明を聞いた姉弟子は、渋い顔ながらも僕の話に納得してくれたようだ。 まぁ、全部の話を信じてくれたワケじゃ無いんだろうけどね。 完全に信じて貰えて無いよりかは百倍マシだろう。無駄にならなくて良かった良かった。「いや、待ちなさいよ! 紅魔館方面に行ったって言う竜宮の使いはどこに行ったのよ!?」「――おおっと」 そういえば、その事すっかり忘れてた。 お師匠様の話だと、紅魔館の方へ行ったらしいけど……パチュリーに心当たりは無いんだよね? 僕らが首を傾げていると、彼女は何故か自慢げに胸を張って答えた。「ああ、ちなみに私は図書館に籠って一切外へ出なかった上に、外の情報を仕入れる事もしてなかったから。異変の話は聞くだけ無駄よ」 本当に、なんでそれで自慢げな顔が出来るんだろうパチュリーは。 と、言うか、だ。「パチュリーの言葉を聞けば聞くほど、今までメイドをやってたと言う事実が疑わしくなるのですが」「指示を出す職業ってそんなもんよ」「謝れ! 全世界の管理職の皆様に謝れ!!」「私も最近はずーっと地下室にいたから、お外で何があったのかは知らないなぁ」「……フランちゃん、まだあそこに住んでるの?」「うん! なんだかね。あそこでじーっとしてると心が落ち着くの。ジメジメして」 とりあえずあの地下室は、レミリアさんに提言して一刻も早く潰して貰うとしようそうしよう。 絶対に外出しないでござるとか言って引き籠られたら困る。ある意味、とても吸血鬼らしい姿ではあるけど。 それにしても、まさかここまでお外に興味のない子が揃っているとは思わなかったよ。どうなってるんだ紅魔館は。 困った時の咲夜さんはいないし、妖精メイドの記憶は基本一日持たないからなぁ。どうしよう。「一応確認しておくけど、美鈴や小悪魔ちゃんは?」「めーりんは、咲夜が出かけてから起きた姿を見た事が無いよ」「小悪魔は……そんな余裕無かったと思うわ。色々と忙しかったみたいだし」 美鈴の事はまぁ、咲夜さんに一任するとして。 今のパチュリーの発言で、図書館に籠りながらメイド長代行の仕事をするカラクリが読めた気がする。 したらええ、姉弟子で妄想くらい好きにしたらええがな。小悪魔ちゃんマジお疲れ様です。「つまり、ここに竜宮の使いの目撃情報は欠片も無いって事? 完全に無駄骨じゃない」「メイド服着られたからプラスと考える事は」「出来ないわよ! それ、アンタの視覚的にプラスなだけでしょうが!!」「いや、僕がプラスに思う所は無いからさ。姉弟子がメイド服着て良かったと思ってくれないと」「死ねっ!!」 ノーモーションからのコークスクリューブロー!? 本気すぎる!? 捻りを加えた顔面狙いの一撃を、紙一重で何とか回避する僕。 生じた摩擦で髪の毛がチリついている様な気がするのは、恐怖による錯覚だと思いたい。 と言うか、今なんで殴られかけたの? 僕なんか変な事言った? 疑問に頭の中を占領された僕は、救いを求めてフランちゃんとパチュリーに視線を向けた。が。「今のは間違いなく晶が悪いわ」「お兄ちゃん、今のは酷いよ……」 え、悪いのは僕なの? 非難囂々な二人の視線の意味が分からず、僕はさらに混乱する。 「知らなかったわ。「興味無い」って、何とも思ってない奴に言われてもムカつくのね」 あの、姉弟子サン? その構えた拳は何事ですか? まさか二撃目? とりあえず対処可能な距離に避難し、ピーカーブースタイルで相手の様子を窺う。 しかし彼女は二発目を放たず、固めた拳をゆっくりと下ろして諦め顔で僕を睨みつけるだけに止めた。 「師匠の顔を汚すわけには……師匠の顔を……」「何を言われたか知らないけど、我慢のし過ぎは体に悪いわよ。どうせ死なないんだし二、三発殴っときなさい」「止めて! 死に至るまで殴打されるから!!」「お兄ちゃんは一度、それくらい痛い目にあった方が良いと思う」「フランちゃんが黒い!?」 そこまで!? そこまで酷い発言だったの今の!? 完全にアウェイと化した空気に耐えかねた僕は、こうなった原因を分析してみた。 えーっと、要するに僕が「興味無いよ」って言ったのがご不満なんですよね。 なら、本当は多少なりとも興味があると発言を訂正すれば良いのかな。 ……けど何に? そもそも鈴仙さんは何にキレたの? それが分からないと――。 はっ!? そうか、分かったぞ! つまり姉弟子は僕にこう言いたかったのですね!! ――メイド服ならお前が専門だろ、と! 姉弟子の着ているメイド服は、全体的にシックな雰囲気のヴィクトリアンスタイルだ。 ミニスカートから始まって魔法少女に魔改造された僕のメイド服とは、対極の位置にあると言っても過言ではない。 ならば平時からメイド服を着用している僕にこそ、この服は相応しいと姉弟子は言っているのだろう。 ……いや、さすがに無いよソレは。どこぞの姉じゃあるまいし。 そんな無茶苦茶な理由で殴られた上に逆切れされたら、ガンジーだって助走つけて跳び蹴りしてくるだろうさ。 んー。とはいえ、他に怒られる理由が見つからないのも事実なんだよねー。 そもそも視覚的なプラスってなんぞや。メイド服の鈴仙さんカワイイとか言えば良いの? 「でも、姉弟子はどんな格好しても可愛いよね?」 そしてあざとい。ウサ耳の力は偉大である。 だから正直、ブレザーがメイドに変わったとしても今まで通りと言うか、プラスの種類が変わっただけと言うか。 ……まぁ、そもそも怖くて直視する機会が中々無いから、意味無いと言えばそれまでなんだけど。 「 」「――姉弟子?」 「しっ」「し?」「死ねぇぇぇええええっ!!」「フリッカージャブ!?」 と言うか、何で半泣き!? 何で赤面!? 何で殺意上がってるの!? 半狂乱で連打を放ってきた姉弟子の攻撃を必死に避けながら、僕は情緒不安定な彼女の行動に首を傾げるのだった。「あの月兎、ちょっと褒められたくらいで動揺し過ぎでしょう。普段どれだけ虐げられてるのかしら」「うんそーだね。お兄ちゃんは一変頭カチ割ってのーみそコネコネされた方がイイヨネ」「……今、狂気に犯されてる? それとも素?」