「荒れてるねぇ、風」「うむ。大荒れだな、風」「どうにかならない椛? 部下でしょ?」「そちらこそ、どうにかしてくれにとり殿。親友だろう?」「……お互いに、無茶を言ってる自覚はあるワケだね」「今の文様を見て宥められると思える輩が居たら、そやつは本物の『天狗』だろうさ」「お、今のちょっと面白かった。私の心のお皿がちょっと潤ったよ」「ほぉ、にとり殿の皿は心の中にあるのか」「安全だろう? 心が折れなきゃ罅割れる事も渇く事も無い。最高のセキュリティって奴さ」「……今、まさに水分枯渇の危機を迎えているようだが?」「外部取り付け方式だったらとっくに枯れてるよ。繊細な私にゃ耐えられないね、この荒れまくった風はさ」「せめてもの救いは‘発生源’の目がこちらに向いてない事くらいか。……どちらにせよ、被害を受ける事に変わりは無いが」「ったく、アイツらも命知らずな真似してくれるよね。アキラ不足でピリピリしてる文を挑発しに来るなんて」「まぁ、ある意味奴等の狙い通りなのだろう。こんな機会でも無ければ、文様が彼等を相手にする事は無いのだし」「それが幸せかどうかは別問題だけどね。――おー、今度は三人同時かー」「……それにしても荒れてるな、風」「……当分は荒れっぱなしだろうねぇ、風」幻想郷覚書 緋想の章・拾参「天心乱漫/空を絶つ四季の花」 僕がスペルカードの宣誓をすると、姉弟子はそれに合わせて妙な動きを始めた。 彼女は円運動の動きでこちらの周囲を旋回しながら、遠すぎず近すぎずの距離をキープし続けている。 こちらが不審の目を鈴仙さんに向けると、彼女は一見すると不敵に見える表情で僕を笑う。「ふふん。どんなスペカか知らないけど、私が大人しく当たると思わない事ね!」「負け犬の距離に逃げた程度でそのはしゃぎ様。これからしばき倒す相手とは言え、さすがに同情してしまいますわねぇ」「くぅ……減らず口をっ」 うん、僕もちょっと容赦無さ過ぎだと思います。……だけど、強ち的外れってワケでも無いから困るんだよなぁ。 毒舌能力まで強化された四季面は、しかし鈴仙さんの行動を冷徹に――かつ的確に表現していた。 姉弟子が維持している距離は、近接戦闘を仕掛けるには若干遠く、マスタースパークを使うには少々近すぎる絶妙な位置である。 ただしそこが、四季面の攻撃に対する安全地帯になるかと聞かれると答えは――否だ。 確かに現状のままだと攻撃しにくい位置ではあるが、それは所詮「この場を動かなければ」の話。 ぶっちゃけて言うと、僕が一歩下がるか一歩進むかすればそれで問題解決なのですヨ。 むしろどっちが来るか分からないと言う意味では、普通に距離を取るより面倒な事になっていると思う。 いっその事思い切って近付くなり遠ざかるなりした方が、来る攻撃をある程度限定で来てずっと楽だろうに。 それなのに、こんな中途半端な場所に陣取る理由は――多分。その、ひょっとして。「あら、事実でしょう? どちらも怖いから、どちらにも対応‘出来そうな’距離を取る。実に優柔不断な考えね」 うっわぁ、四季面さん言っちゃいますかソレ。 自らの本当に加減してない言動に、後々大変な事になるなコレはと僕は心中で苦笑いを浮かべた。 頭の良い姉弟子なら、この距離の持つ致命的欠陥に気付かないはずが無いのだ。 図星をつかれたらしい鈴仙さんは、反論出来ずにグッと言葉に詰まった。 まぁでも、気持ちは分からないでも無い。元ネタ込みで、四季面は永遠亭の方々に多大なトラウマを与えているワケだし。 いや、四季面はあくまで完全オリジナルですけどね?「だけど残念ね。このスペルカードに、‘位置取り’はあまり関係無いのよ」「ハッタリ……じゃなさそうね。何をする気!?」 姉弟子の疑問には答えず、僕は右腕に握られた氷傘を水平に構える。 その姿に周囲を回る鈴仙さんの身体が一瞬強張ったが、今は関係ないので敢えて無視。 そのまま僕は、氷の傘を横薙ぎに放った。 本来なら空ぶるはずのその一撃は、しかし‘いつの間にか’眼前に居た姉弟子に向かって襲いかかる。「なぁーっ!?」 突然目の前に現れた氷の塊を、ギリギリの所で回避する姉弟子。 さらにこちらが二撃目を放とうと構えると、彼女は弾けるように飛び下がって再び距離を取った。 「避けましたか。基本能力は相変わらずお高いですわね」「く、空間転移!? いつの間にこんなちか――」「はい、二撃目をどうぞ」「驚きの言葉くらい、最後まで言い切らせなさいよ!!」 再び距離を詰めた僕の攻撃を、姉弟子は言葉と裏腹に余裕を持って回避した。 まぁ、当たらないだろうなぁとは思ってましたとも。……いや、負け惜しみじゃ無くてね? 確かに振りかぶった状態から一瞬で接近してくる新スペカは厄介だけど、四季面には元々空間転移級の瞬発力が備わっているのだ。 途中経過が違うだけで結果はほぼ同じなのだから、対応的には今までとさほど変わらないのである。 ――ただし、その‘さほど’が大問題だったりするのだが。「スペカ使用中、自由に空間移動が出来る能力って所かしらね。強力な技だけど――切札としてはどうかしら?」「あら、不足かどうかその身体で試してみたらどうです?」「ふんっ、そうさせて貰おうじゃないの。……もっとも、痛い目を見るのは貴方の方だけどね!」 ―――――――幻惑「花冠視線(クラウンヴィジョン)」 こちらの挑発に不敵な笑みを浮かべ、姉弟子もスペルカードを発動させた。 輪を幾つも重ねた形状の紅い光が、真っ直ぐこちらへと向かってくる。 見た目通りの直線的な動きは容易に回避を許しそうだが、姉弟子だってその事は把握しているに違いない。 恐らく、左右に避ければ待ってましたとばかりに次の手を打って来る事だろう。 そしてそれは――前方へ‘跳んだ’場合も例外では無い。 このワザとらしい釣りの一手は、僕に対する警告も兼ねているのだ。 彼女は気付いている。空間転移の正しい使い方に。 だが――だからこそやる意味がある。僕は姉弟子と同種の笑みを彼女に返しながら、目の前の空間を‘短縮’した。 「空間転移を使って弾幕の内側に潜り込む、か。姫様の時みたいに強行突破して、人間噴水になるのはもうイヤって事かしら」「あらあら、見破られてしまいましたね」 さすがは姉弟子、何でこんなスペカを作ったのかまでお見通しですか。 彼女が指摘した通り、このスペカの本分は「間にある物を無視して移動する」事にある。 ショートレンジが基本の四季面にとって、相手への接近方法は最重要事項だ。 以前輝夜さんと戦った時は、それが出来ずに偉い目にあったモノである。……まぁ、自業自得なんだけどネ。 故に天狗面の対となるスペカには、自分の得意距離を獲得するための能力を持たせたのだ。 ――以上、オール後付けの制作秘話でした。 実際の理由? 時間と対になる物は空間しか無いじゃん。 そこから考え始めたら、こういうスペカになっただけですよ。 「だけど甘い! この距離なら、アンタの攻撃より早くその面を剥ぎとれるわ!!」 急接近されて尚不敵な笑みの姉弟子が、待ち構えていた魔眼をこちらに向ける。 すると頭の中を上下に振り回された感覚と共に、貼り付けていた四季面の人格が綺麗に霧散していく。 どうやら彼女は、僕を素にさえ戻してしまえば例え接近されても怖くはないと判断したようである。うん、実に姉弟子らしい考え方だ。 まぁ、その考え自体は間違ってない。間違っていないけど――そこで思考を停止させちゃってる時点で下策なんだよねぇ。 正々堂々戦うのと、先の事を考えて手を打つ事は相反しないと思うんだけど……そう考えるのは僕だけなのかな? 「ふ、ふんっ、面が消えたのに随分と余裕そうじゃない。今度はどんな小細工を始める気なのかしら」「僕がやる事はもう無いですよ。強いて言うなら、これから前にちょっと押しこむ必要があるくらいでしょうか」「……は?」「ところで姉弟子、一つ問題です」「な、何よ急に」「―――さっき転移したのは、僕でしょうか、姉弟子でしょうか?」「なっ!?」 僕の問いかけに、姉弟子は顔を青くして‘背後に’視線を向けた。 ……焦る気持ちは分からないでもないけど、このタイミングでそれは自殺行為だよん姉弟子。 隙だらけになった彼女の背中に僕は優しく両手を添え――そのまま、気を増幅させ‘前方’へ向かって加速した。「ひっさーつ、ろけっとじばくぅ~」「洒落になって無いわよそのネーミングゥゥゥゥゥ!?」 急激な加速のため、ロクに抵抗もできない姉弟子が半泣きで抗議の悲鳴を上げた。 目の前には、先程‘姉弟子自身が放った’光の輪が迫ってきている。 そのあまりに急激な展開に、鈴仙さんはスペルブレイクする事すら忘れて――。 僕と共に、己の弾幕で派手に吹っ飛ぶ羽目になってしまったのであった。 ちなみに幸か不幸か、魔法の鎧による即死リセットは発動しませんでした。うん、おかげで超痛かった。泣ける。 鈴仙さんは僕のスペカを「空間転移」だと断じたが、実際の所は少しだけ違うのである。 絶空のスペルカード。その正しい効果は「空間短縮」なのだ。 僕と目標を直線で結び、‘どちらかを起点に’その距離を零にするスペルカード。 空間転移程の自由度は無いけれど、先程の様にトリッキーな使い方も出来る実に僕向きな技なのである。 ――何だ、小町姐さんの能力の劣化版じゃんと思った君。 僕もそう思うから、ちょっと体育館裏まで来なさいな。いや、無いけどね体育館。 ……けどしょうがないんですよ。考えた当時は、姐さんの能力なんてぜーんぜん知らなかったんですから。 天狗面の時も思ったけど、出てくるの早すぎなんだって上位互換能力。 「いやまぁ、下位であっても便利である事に変わりは無いんだけどさ。何か複雑な気分になると言うか何と言うか」「あの、晶さま? お邪魔でしたら私は背中から降りますが……」 「ほへ? ああ大丈夫、気にしてるのはそこじゃないし。むしろ妖夢ちゃんこそ大丈夫?」「それほど負担はありません。晶さまは全力で、鈴仙殿の身体を支えてあげてください!!」「……まぁ、ほどほどに頑張るよ」 具体的な頑張り具合の分からない応援に適当な答えを返しつつ、僕は永遠亭への道筋を競歩で急ぐ。 走らないのは、妖夢ちゃんを背負いつつ姉弟子を抱えている事に加え――先程の『自爆』で身体中がムチウチ状態になってしまったからである。 と、言っても直撃のダメージ自体はお互いそう大したモノじゃ無かった。 問題となったのは、吹っ飛ばされた直後の出来事にある。 飛ばされた僕らの着地点には、運悪く休憩中の妖夢ちゃんが居たのだ。 そのまま彼女を巻き込んで不時着しあわや大惨事に――となりかけた所で、妖夢ちゃんは奇跡的な反応を見せてくれた。 彼女は咄嗟に立ち上がると、神速の反応でスペルカードを発動させたのである。 ……うん、素直に避けてくれるだけで良かったんだけどね? 威力は低い奴だったからまぁ良しとしておく事にします。させて。お願いだから。 とにかくそうやって再び吹き飛ばされた僕等は、真っ直ぐその先にあった大岩へと叩きつけられ――。 色んな意味で想定外の大ダメージを喰らってしまったワケである。いや本当に、どうしてこうなったのだろうか。「申し訳ありません。せめて、この身体が動けば」 ちなみに妖夢ちゃんは、僕等を吹っ飛ばす際の無茶で再度行動不能に陥っている。 姉弟子も大岩とのランデブーで気絶中。ボロボロになった僕は、それでも僕より重傷な二人を運ばなければいけなかったワケです。 まぁ、辛い作業だけど文句を言う気はさすがに無い。 特に鈴仙さんには、大岩との激突から守ってくれたと言う恩義があるからなぁ。恩返しはせねばなるまいて。 ……本人にその自覚は無いだろうけどね。あるとしたら、クッションにされた苦い記憶だけだろう。 一応弁明しておくが、姉弟子を緩衝材代わりにしてしまったのは偶然の産物である。 さすがの僕も、そこまで計算して動いていたワケじゃない。と言うか、そもそも今の事態その物が完全に想定外なのだ。だが……。 「姉弟子は聞いてくれないよなぁ。どう説明したって」「……ひょっとして、晶さまと鈴仙殿は仲が宜しく無いのでしょうか?」「宜しくないねぇ。僕は特に嫌ってないんだけど」 妖夢ちゃんの問いかけを誤魔化す理由も無かったので、僕は素直に姉弟子との関係を白状した。 堂々と言える内容で無い事は重々承知していたが、僕と姉弟子の間柄を見れば誰でも同じ結論に辿り着く事は想像に難くない。 下手に隠して変な拗れ方をしても困るので、話す事にそう抵抗は無かった。 強いて懸念事項を上げるとするなら、それは妖夢ちゃんが変な解釈をしないかと言う一点だけなのだけど。 妖夢ちゃんは意外な程穏やかに頷いて、自分に言い聞かせる様に呟いた。「鈴仙殿は、晶さまが怖いのかもしれませんね」「……ほぁ?」 やたら実感の込められた台詞に、反論を忘れて彼女の顔を見つめる僕。 姉弟子が僕の事を嫌っている理由は、僕が卑怯者だからなんだと思うけど……。 そんな僕の考えを察しているのかいないのか、妖夢ちゃんは何故か懐かしむ様に言葉を続けた。「私もそうでした。晶さまの良く分からない強さが怖くて、どうして良いか分からなくなる。鈴仙さんも同じだと思います」「よ、良く分からなくてごめんなさい」「私は尊敬を、鈴仙殿は拒絶を選びましたが、その根底にあるのはきっと同じ感情なのでしょう」 ――それは即ち、未知に対する畏怖。 姉弟子の僕に対する感情を、妖夢ちゃんはそう締めくくった。 正直、そんな大袈裟なモノなのだろうかと思わなくもない。 だけどその推測は、何の根拠も無いけれどきっと間違っていないのだと確信した。 「……ちなみにそれが事実である場合、僕はどうしたら良いと思う?」「どうしようもありません! 究極的に突き詰めれば、鈴仙殿の相手は自分自身の心です!! 晶さまは今まで通りにしているしか無いかと!」 わぁい、的確だけど一番途方に暮れるアドバイスだぁ。 つまりそれは、鈴仙さんが心の整理を付けるまでずっと殺意を向けられていろと言うワケで。 今までとさほど変わらない事実を告げられただけだけど、それでも僕はがっくりと項垂れるしか無かったのだった。 ――その過程で、うっかり姉弟子を落としかけたのは彼女には内緒にしておこう。