「うわー、えーりん助けてー。暇過ぎて死にそー」「あら無理よ。蓬莱人の退屈は、医者でも匙を投げる不治の病だもの」「せめて診断してからブン投げてよ、このヤブ医者ー。実は結構深刻な事態なのよ?」「それはどれくらい?」「待ちわび過ぎて、うっかり晶に本気になりそうなくらい深刻」「………あー」「もう、晶の奴はいつ帰ってくるのかしら。終いにゃ一生添い遂げるレベルで惚れ出すわよ」「そういえば、彼がとっくの昔に戻ってきている事を貴女に伝え損ねていたわね。ゴメンなさい」「何それ、私聞いてない」「面倒だから黙ってて貰ったのよ。貴女以外は皆知ってるから安心して」「いや、それ蚊帳の外にされただけよね。アイツ鬱陶しいからハブにしとけって言ってる様なモノよね。つーか言ったわよね」「そんな滅相もございません。私が姫様を邪魔に思うなどと……確かに常々、姫様が生きた置物であったら楽なのになぁとは思っておりますが」「それは思ってても言わないでよ! 私、身体はタフでも心は紙細工のよーに脆いんだからね!?」「知ってますか? 欧州には、新聞紙を折り重ねて作る打撃武器があるそうですよ」「何でソレを今言うの!? 永琳、ひょっとして私の事嫌い!?」「……で、暇は潰せたかしら」「ちょっとだけねー。でもやっぱ長続きしそうにないわコレ。あーあ、誰でも良いから来ないかなー」「もうしばらく待って誰も来なかったら、望み通り久遠晶を呼んであげるわよ」「わーい、えーりん大好きー。結婚してー」「……軽くなったわねぇ、かぐや姫との婚姻も」幻想郷覚書 緋想の章・拾弐「天心乱漫/月の兎と氷の花と」 どうもこんにちは、妖夢ちゃんをおぶったまま迷いの竹林まで来ちゃった久遠晶です。 道中では妖精やら妖怪やらに絡まれる事も無く、比較的安全に進む事が出来たのですが……。「ふっふっふ……ついに見つけたわよ、久遠晶ぁ!!」 最後の最後で、一番タチの悪そうな人に見つかってしまいました。 これは殺されるかもしれんね、マジで。 眼前で殺意を全開にしている姉弟子の姿に、僕は冷や汗を垂れ流しながら後ずさった。 「えっと、僕何かしましたっけ?」「白々しいわね。だけど、恍けてられるのも今の内よ!」 いや、本当に心当たりが無いんですけど。 今にも噛みつかん様子で睨みつけてくる彼女の言葉を、僕は何度も顔を横に振るって否定した。 少なくともここ最近は、姉弟子の機嫌を損ねる事はしていないはず……なんだけどなぁ。 僕の場合、無意識に他人の怒りを買ってしまうパターンがあるから困り物である。それもかなりの高確率で。 だから謝ってしまうのも一つの手なんだけど――さらに困った事に、それで許されるビジョンが見えないんだよね。だって姉弟子だし。「とりあえず、罪状を述べてくれませんかね。今のままじゃ言い訳も弁明も出来ないんで」「ふん、誤魔化そうとしても無駄よ! この――異変の犯人め!!」「……はひ?」「遠くからでも一目で分かる程の強大な天候操作……これこそ、貴方が元凶である動かぬ証拠よ!!」「えーっと」 さて、これはどう説明したモノだろうか。 推測を重ねて出した結論だが、気質が異変の主目的でない事は僕等の中でほぼ確定的となっている。 つまり僕が馬鹿みたいに強力な天候操作能力を有していたとしても、それは異変の背後関係に一切絡まないのだ。 が、それを姉弟子に伝えたとして信じて貰えるかと言えば――答えはもちろん否だろう。 むしろそれを下手な言い訳だと判断して、彼女は殺意を物理的な形にしてぶつけてくるに違いない。 この手の信用に関しては、ゼロを通り越してマイナスに達してるからなぁ僕。……自業自得なんだけどね。 そうやって思考を右往左往させながら、どう言えば旨く伝わるだろうと僕が頭を悩ませていると――背中の妖夢ちゃんが先に口を開いた。「お待ちください! 異変の犯人は晶さまではありません!!」「――白玉楼の半分剣士!? 何でそいつの背中に!?」「つい先程行った小町殿との弾幕ごっこで全力を尽くした結果、身体が動かない程疲弊したためです!!」「いや、私が知りたいのは背負われてる理由じゃ無くて一緒に居る理由で……」「強いて言うなら、成り行きです!」「……ねぇ、アンタこの子に何か吹き込んだでしょ。以前と性格が別物なんだけど」「僕も妖夢ちゃんの変化に戸惑ってる所です。けどまぁ、間違った言動では無いので良しとしておいてください」「はい! 問題ありません!!」「大有りな気がするけど……」 細かい所にもツッコミを入れる姉弟子の言葉が、何かを失いつつある僕の心に刺さって大変痛いです。 いつからだろうなぁ、大抵の事を「まぁ許容範囲」と受け入れられる様になってしまったのは。 昔の僕は、良い意味で世界が狭かったはずなのになぁ。……確か。だったはず。多分。「まぁ良いわ。半分剣士が居ようと、私には関係無い事よ!」「……と言うか姉弟子、今まで妖夢ちゃんに気付いて無かったんですか?」「かっ、関係無い事よ!!」 あ、誤魔化した。どうやら素で見逃していたらしい。 恐らく僕をボコボコに出来る口実を見つけて、周りが見えなくなる程テンションが上がっていたのだろう。 僕にとっては傍迷惑な事だが、姉弟子らしいと言えば実にらしい話である。 少なくとも彼女は、正義と平和のために異変を解決するタチでは無いだろうしね。 ……そもそも、幻想郷に正義と平和のため戦うヤツが居るのかと問われると大変困りますが。 「あとさ、さっきから姉弟子が言ってる『半分剣士』って何? 妖夢ちゃんの事を指しているのは何となく分かるんだけど」「私が霊と人間のハーフだからでしょう。どちらも半々だから半分剣士、わりと率直な渾名ですよね」「そ、そういう所だけ冷静に分析しないでよ……」「霊と人間のハーフ!? 何それ、ちょっと詳しく話を聞かせて貰える?」「はい、喜んで!」「喜んで、じゃない! 私の話の方が先でしょうが!!」「えー」 姉弟子の怒声を受けながらも、僕ははっきりと不満の言葉を口にした。 いつもなら殺意の籠った視線に怯む所だが、知的好奇心の加護を得た僕は一味違う。 堂々と胸を張る――と妖夢ちゃんを落としてしまうので傾いた姿勢のまま、真っ直ぐ姉弟子の目を見返した。 すでに脳内の優先順位は、姉弟子の話から妖夢ちゃんの事情へと傾き切っている。 別に姉弟子の事を蔑にするつもりは無いのだけど……霊と人間のハーフと言う単語に、僕の心は完全に奪われてしまっているのだ。 いや、だって半分幽霊で半分人間なんだよ? もう何て言うか、ワクワクしない方がおかしいよね! 肉体はあるみたいだけど、自由意思で透けたり軽くなったりとかも出来るのかな? ひょっとして、常に妖夢ちゃんの近くに控えている幽霊は霊と人間のハーフである事に何かしらの関係があるの? 親は幽霊と人間? それとも『霊と人間のハーフ』って言うのはワーウルフみたいなある種の混血種族で、両親共に霊と人間のハーフだったり? 聞きたい事はそれこそ山の様にある。なので、姉弟子にはちょっとだけ――最低でも二時間弱ほど――待っていて欲しいのですが……。「こうなったら、力尽くでも話を聞かせて貰うわよ!」「まぁ、そうなりますよねー」 戦闘態勢に入った姉弟子の姿を確認して、僕はヤレヤレと肩を竦めた。 もー、姉弟子ってば血気盛んなんだからーと軽く笑いながら、とりあえず念のため二、三歩後ろに下がっておく僕。 例え殺気に負けない強い意思を獲得したとしても、根本的なヘタレはどうしようも無いと言う事です。 とりあえずまだ動けないであろう妖夢ちゃんに被害が行かない様、僕は若干太めな竹の傍に彼女を下ろした。 「ちなみに妖夢ちゃん、身体の方は?」「はい、全然ダメです! ダメージを受けた身体では勝ち目がありませんし、無理な動きで怪我が悪化する恐れがあります!!」「あーうん、自覚があるなら良し。大人しく休んでてね」「しかし、晶さまがお望みなら手足潰れても――」「望まないから。身体大事にしてね」「はいっ!」 物分かりは良いんだけど、それが逆に怖いんだよなぁ。 今の妖夢ちゃんからは、何だか鞘に納まった真剣の様な鋭さを感じるのだ。 無暗に人を斬らない。けれど、いつでも人を斬れる準備の出来た一振りの刀。 正直、下手に暴れ回られるよりも倍タチが悪い気がする。 しかもその抜刀と斬るべき相手は、僕の意志に委ねられているのである。 ……二本目の神剣を手に入れた気分だ。今後、妖夢ちゃんにお願いする時は色々気をつけよう。「と言う事で、お待たせしました!」「……本当にあの子、性格変わったわね。前はもうちょっと融通が効かなかった気がするんだけど」「きっと成長したんですよ。それはとても良い事だと思われます。うん、思われます」「そんな自分に言い聞かせる感じで言わなくても――って、違う! 私は呑気にお話がしたいワケじゃないの!!」 霧散しかけた怒りを押し留めて、鈴仙さんが地団太を踏む。 最近気付いた事だが、姉弟子はあまり怒りが持続するタイプじゃ無い。 元々攻撃性が低い上に、何だかんだで冷静な性格の彼女だ。 ある程度の時間を空けると、テンションがあっさり冷めてしまうのである。 僕に対して問答無用で敵意を剥き出しにするのも、怒りを鎮静化させないための姉弟子なりの涙ぐましい努力なのだろう。 ――怒りを向けられる立場にいる僕は溜まったもんじゃないですけどね! 分かっていても、慣れないモノは慣れないのです。 ただし怒りで頭を一杯にした時点で、姉弟子は自分本来の戦い方が出来なくなる。 そうなった彼女が絶好のカモになる事は、さすがの僕も今までの戦いから認めざるを得ないワケで。 つまり憎しみを秘めた限り、姉弟子が怨敵たる僕に勝つ事は出来ないのである。……いや、そんな御大層な話でも無いんだけどね。「と言うワケで、止めときません? このままやってもロクな結果にならないと思うんですが」「どういうワケよ! 途中経過を省いて結論を持ちかけないで!! あと、その同情的な態度が腹立つ!」 スイマセン、ワザとです。 怒りを持続させてる一番の原因が、こういう僕の挑発的な態度にあると分かってはいるんだけどなぁ。 付け入る隙があると、全力で付け込んじゃうのが僕の悪い癖だ。 いっそここは、素直に負けておいた方が良いのでは……と思わないでも無いんだけど。「ちなみにこの勝負で晶が負けた場合、例外なく私は貴方にトドメを刺すからね。よろしく」 どうやら、僕には勝利以外の選択肢が無い様です。 限りなく透明に近い笑顔で、躊躇なく物騒な事を言い切る姉弟子。 さすがの僕もこの殺意溢れるメッセージを、表情を崩さず受け取る事は出来なかった。「全力の殺害予告!? 何故に!?」「悔しいけど、私には貴方の演技が見抜けないのよ。――だから、負けたら問答無用で手を抜いてたと判断する事にしたの」「いや、待った! その理屈で言うと、全力を出した僕に姉弟子は絶対勝てないと認める事になっちゃうよ!?」「構わないわ。もうこの際、トドメさせればどっちでも!」「えええっ、すでに異変がどうこうとか完全に関係無いじゃんソレぇ!?」「問答、無用!!」 叫ぶと同時に飛び下がった姉弟子が、数発の弾丸をこちらに向かって放って来る。 それを僕は、咄嗟に展開した鎧の手甲部分で弾き返す。 分かっていたけど、平和的解決は望めないらしい。 僕は肩を竦めて一歩下がると、静かに姉弟子と相対した。 「ふんっ、やっぱりこの程度じゃ参らないワケね。だけどまだまだ、これからよ!!」「では、トドメ刺されちゃ困るので僕も全力でっと。―――――四季面『花』!」 そう言って不敵に微笑みながら、僕は顔半分を隠す氷面で別人格を己に張り付ける。 ロッドを軸にした傘状の氷とスカートもどきの氷鎧に加え、新しい四季面の左肩には腕全体を覆い隠す肩布が構成されていた。 天狗面の時と同様に、四季面にも外見に変化をもたらす影響が生まれていたのだろう。 恐らく気による強化で柔軟性を持っているのであろう氷の肩布は、冷気をこちらに伝える事も無く柔らかに靡いている。 ……いや、僕が無意識下にやってる事なんだろうけどさ。 成り切りの小道具にここまでのリアリティを出す必要があるのでしょうか? うん、多分あるとしておこう。「くっ、出たわねサディストの化身。――だけど、面変化のタネはすでに割れてるわ! 私の前に出た事を後悔なさい!!」 そう言って、姉弟子が深紅の瞳をこちらに向ける。 オリジナルの魔眼の力で、こちらの面変化を無効にする心積もりなのだろう。 手段としては間違いなく的確で有効な一手だ。……ただし、やるのが数手ばかり遅い。 僕は相手と視線が合う前に、肩布を靡かせて視界の障害を作りだした。 「アイディアは良くても、実行できなければ意味がありませんね。ふふふっ」「視界を遮っただけで偉そうに! その状態で、この弾幕が防げるとでも――」「防げますわよ。はい」「何それ!?」 さらに放たれた二回目の弾幕を、肩布を振るった衝撃で吹き飛ばす。 まぁ、実際の所は布で巻き起こした風に能力で生み出した風を乗算させただけなんだけどね? 面変化にとって、こういう演出はとても大事なんですよ。色んな意味で。「舞う様な美しさで弾幕をいなす――素晴らしいです、晶さま!」「そ、そこまでじゃないわよ! 思いの外軽やかな動きでちょっとビックリしたけど!」 そしてどうやら、肩布による防御方法はビジュアル的な見栄えがかなり良いらしい。 まさか姉弟子まで褒めてくれるとは思って無かったので、内心ちょっとだけ感激する僕。 いや、別に褒められたからって何か変わるワケじゃないけどね。 ついでに言うとスペルカード級の攻撃は防げないから、攻勢を重ねられる前に反撃へ転じないといけないし。 ……面変化しても、内心は結局いつも通りいっぱいいっぱいなんだよねぇ。はぁ、余裕が欲しいなぁ。「さて、次はこちらの手番ですわね」 だけどまぁ、勝利までの大まかな道筋は組み立て終わった。 後は手順通りに動きながら、その場その場で臨機応変――別名、行き当たりばったり――にやっていけば何とかなるだろう。 問題は、初手にして切札であるスペルカードがちゃんと機能してくれるかだけど……。 天狗面の方は上手く行ったし、大丈夫だよね。多分。恐らく。「この一枚で終了、とならない事を神に祈っておきますわ。うふふふふ」「ば、馬鹿にしてっ! 一枚くらいどうとでもなるわよ!!」 こちらのあからさまな挑発に対して、顔を真っ赤にして怒鳴る鈴仙さん。 そんな彼女の怒りに内心で冷や汗を流しながら、僕は謝罪の言葉を心中で呟く。 ―――――――絶空「オーバードライブ・フラワー」 すいませんね姉弟子。あんな挑発をしましたが、僕は初手で全部終わらせるつもりなんですよ。