「前から思っていたんですが、幽香さんは美味しい所を持って行き過ぎですよ! 断固抗議します!!」「貴女達ががっつき過ぎなのよ。仮にも少女を名乗るなら、もっと慎みと言うモノを持ちなさい」「なるほど、慎みね。今度お風呂に入る時は、そこらへん気を付けて誘ってみましょうか」「ちょっと待った、今の発言は聞き捨てならないわね。姉弟のコミュニケーションにだって限度はあるのよ?」「ふふ、それは貴女の場合でしょう? 私はそう言うスキンシップも全然オーケーよ!」「くうぅっ、何と破廉恥な。やはり貴女とはここで雌雄を決するべきなのね」「………そのまま相討ちしてしまいなさい」幻想郷覚書 天晶の章・弐「久遠再帰/覚醒は異変の後に」「し、死ぬかと思った」「良かったわね、命があって。丈夫になった自分の身体に感謝なさい」「すいません晶さん、少しばかり興奮してしまいまして」「……アレが?」 どうも。危うく全快直後に再入院する所でした、打身で身体がギシギシ言ってる久遠晶です。 姉の愛がこれほど重いとは思わなかった。重力加速度的な意味も含めて。 ちなみに僕と一緒に巨大クレーターを生み出したその姉は、ピンピンした姿で正座しています。 これが種族の差と言うヤツか。まぁ僕も、それほどダメージは受けて無いワケですが。 ねーさま、僕、人間辞めちゃったよ……。「ふふ、大丈夫よ。そのくらいなら充分人間の領域だから安心なさい」 それはそれで何かヤダ。目の前に人間の限界を振り切った子が居るから、強ち否定も出来ないけど。 ちなみにその、人類最強候補に該当しそうな博麗の巫女ちゃんは、爆撃地点みたいになった場所を見て何やら考え込んでいる。 うう、さすがにクレーターはやり過ぎだったかな。いや、やったの僕じゃないし好きでやったワケでもありませんが。 とりあえず直接的な原因の文姉は、霊夢ちゃんにも謝るべき。一刻も早く謝るべき。「この穴、何かに使えないかしら。例えば温泉とか」「……意外としょうもない事考えてたんだね、霊夢ちゃん」 源泉も無いのに温泉なんて作れるワケ無いでしょーが。 どうやら霊夢ちゃんは、庭先に出来たクレーターをさほど気にしていないらしい。 全身から溢れる「また面倒事か」オーラは、彼女がこう言ったトラブルに慣れ切っている事を暗に示していた。 さすがは博麗の巫女だ。そういう所でも僕の先を行ってやがるゼ……。 追いつきたいとは、欠片も思わないけどね!「とりあえず、穴の方は天狗が責任を持って埋めておきますよ。ついでに一ヶ月、文々。新聞を無料で提供しますからそれで勘弁してくれませんかね?」「あら、良いわね。丁度焼き芋と山菜の天麩羅が食べたかったのよ」「読まない気なら断ってくださいよぉ……」 明らかに別の目的で使う気な霊夢ちゃんの言葉に、文姉がガックリと肩を落とす。 コレもまぁ、一種の自業自得だろう。 僕も一応は被害者なので、今回は特にフォローしないでおく。「ああ、そうそう。言い忘れてたわ」「はい?」 ションボリしっぱなしの文姉を眺めていたら、満面の笑顔の幽香さんが僕の顔を除きこんできた。 いつも通りの意地悪な笑みでは無く、心なしか嬉しそうな笑みで彼女は言う。「――おかえりな」「言わせるかぁぁぁぁ!」「そこまでよっ!!」「……うわぁ」 訂正、言いかけた所で中断させられました。 姉二人のドロップキックにより、華麗に吹っ飛ばされる幽香さん。 世にも珍しいその姿を、僕はただ眺める事しか出来なかった。 そして、幽香さんが地面に叩きつけられるのを確認してガッチリ腕を組むねーさまと文姉。 最近キャラ被りが激しいと思っていたけど、ついに妙な所でシンクロする様になってしまったようだ。幽香さんが何をした。 もちろん、あの人がそんな二人の不意打ちを許せるはずもなく。 怒りが視覚化してるんじゃないかと思う程のオーラを放ちながら、幽香さんは笑顔を引っ込めて二人に詰め寄っていった。 よし、とりあえず離れておこうか。やっぱり命は惜しいからね。「今のは、斬新な自殺の前準備だと判断して良いのかしら? あ、答えは言わなくて結構よ。どちらにしろ殺すから」「はんっ! 凄んだ所で今の私にはちっとも恐ろしくありませんよ、この抜け駆け妖怪!!」「まったく油断も隙も無いわね。「おかえりなさい」「……ただいま」とか私だってやった事無いのに!」「今際の言葉にしては、随分とマヌケじゃない。―――良いわ。もう何も言えない様にしてあげる、かかってきなさい」「上等です。そもそも姉も保護者も、私一人居れば充分なんですよ。どうせなら、今日ここで全ての決着をつけてさし上げましょうか」「あら、私ともヤル気なの? ……良いわね、ついでに姉の座も確保しておこうじゃないの」 あっという間に出来上がる妖怪三すくみ。其々の名誉のため、誰が何に該当するかは言わないでおきます。 さすがにタイマンの時と違い、迂闊に手を出すと他二人から潰される恐れがあるためか、三人は睨み合ったままピクリとも動かない。 幻想郷有数の実力者達は、好機を狙って静かに間合いを計りながら――「勝手に神社で殺し合い始めるんじゃ無いわよ!」 纏めて、幻想郷最強の巫女に吹っ飛ばされた。 ――嗚呼、やっぱり博麗の巫女は凄いなぁ。 色々と湧いた衝動を全て抑え込み、僕はそんな他愛の無い感想を抱く。 とりあえず、ギャグ漫画的な姿勢で倒れているあの三人が、幻想郷の賢者と最速と最凶で有る事は忘れておいた方が良さそうだ。「そうそう。貴方、複合技を併用して使える様になってるから」 色々な意味で混沌としてきた場を仕切り直し、皆揃って本殿の裏手でのんびりお茶を啜っていると、ねーさまがさらっとそんな事を言ってきた。 ちなみに、お茶もお茶菓子も用意したのは紫ねーさまである。 霊夢ちゃんが「居座るなら何か出せ」と言ったためだが、自分で吹っ飛ばした直後に相手を働かせるのは少々酷じゃないだろうか。 まぁ、スキマからあっさり取り出してたから、大した手間では無かったのかもしれないけど。 お茶菓子が『いかチョコ』という、さきいかをチョコでコーティングした代物である事を考えると、少しは怒っていると考えるべきなのかもしれない。 ……霊夢ちゃん、がっつり食べてるけどねぇ。口に出来れば何でも良いのかな。「と言うか、何で無駄にバリエーションが豊富かな。カレー味とか完全にイカとチョコの存在を否定してる気がしません?」「元々互いに殺し合っているのだから、それに何かを加えたって結局は無駄よ。……私は、もうお茶だけで良いわ」「あ、じゃあそっちの赤唐辛子味くれませんかね? 全部食べて記事にするつもりなんで」「記者の鏡だね、文姉……」 正直、僕も別の意味でお腹一杯です。霊夢ちゃん本当に良くあれだけ食べられるよね。 尚、先程まで怒り狂っていた幽香さんですが、余裕を取り戻したのか怒りが消え失せたのか、今は笑顔でお茶を啜っています。 まぁこの人は、デフォルト表情が笑顔だから心中までは図れないけど。 三すくみを構成していた一人が完全に記者モードになってるから、多分ヤル気が削がれてしまったのだろう。 結構そういう事を気にする人だからなぁ、幽香さん。こっちも全力で行くから、そっちも全力で来い的な。「……さすがに、完全無視は辛いのだけど」「すいません、つい流してしまいました」 いや、一応興味はあったんですよ? 興味は。 ただ何と言うか、あまりにも軽く言われ過ぎたせいで、現実感が無かったと言うかその。 ……冗談の類だと思っていました、申し訳無い。「複合技って、あの氷の翼とかの事よね。まさか今まで併用して使えなかったの?」「あはははは。……そうでーす」「元気出してください! 晶さんは成長が早い方ですよ!!」「かなり歪な成長の仕方をしているけどね」 それまでいかチョコと格闘していた霊夢ちゃんの、何気ない一言が大変痛い。幽香さんの皮肉も大分痛い。 複合技とは、複数の能力を組み合わせた氷翼等の技の事だ。 其々の能力の役割を限定させる事で、本来の技量では為し得ない使い方も出来る様になるんだけど……。 限定しているがために、他の事で該当の能力を使えなくなると言う欠点があったりしたのです。 しかし紫ねーさまの言葉が本当なら、その欠点はもう存在しない事になる。 確かに以前より成長した自覚はあるけど、いつの間にそこまで?「ちなみに貴方が真の能力を知った時からすでに、複合技との併用は出来たのよ」「……大分前ですね」 全然気付かなかったヨ。普通に氷翼とか使ってたのに。 恐らくは、真の能力を自覚した事で全ての能力が全体的に底上げされていたのだろう。 パワーアップとまでは行かなかったみたいだけど、能力の使用目的を限定させなくてもそれくらいは出来るようになっていたらしい。 「本当なら、出来るようになったその時に教えたかったのだけどねぇ」「ははは、仕方ないですよ。その時は」「技の使い過ぎでスタミナ切れを起こす貴方の姿が容易に想像出来たから、教えるのを躊躇っちゃって」「そういう躊躇!?」「あー、分かります。大変良く分かります」「むしろ、良く教える気になれたわね。素直に賞賛するわよ」「教えなくてもこの子は、結局別の形で無茶をするのよね。この前の一件でその事がよーく分かったわ」 やれやれと溜息を吐く紫ねーさまに、何度も頷いて同意する幽香さんと文姉。 何だか話が保護者会談のていを為してきたので、肩身の狭い僕はこそこそと三人から距離をとった。 三人の愚痴は見事に噛み合って、遠回しな僕への嫌味の応酬と化している。 ただし、内容に誤りは無いから反論は出来ませんが。 幻想郷一無茶してる輩、久遠晶とでも呼んでください。……わぁ、思った以上に笑えない。「にしても、複合技とその他の技の併用かぁ」 ……どうしよう。紫ねーさまが言った通りの未来しか思いつかないや。 複合技って大飯喰らいばっかなんだよね。そりゃ、そんなもんを併用すれば早々にスタミナ切れを起こすだろうさ。 唯一の例外は氷翼ぐらいだけど、あれも意外と他の技と組み合わせにくいからなぁ。 いやまぁ、全ては氷翼の速さについていけない、僕の半端な反射神経に原因があるのですけどネ。 どうしたもんかなー。氷翼展開しつつ氷剣を展開……それなら気で強化して殴った方が早いか。 氷翼で撹乱しながらスピア・ザ・ゲイボルク……最後に振りかぶる際、絶対に足が止まるから有る意味無駄。 うーん、上手い使い方が思いつかない。「……何だか、下らない事で悩んでるみたいね」「ほぇ?」 それまで我関せずを貫いていた霊夢ちゃんが、面倒臭そうに僕の独り言に応えた。 どうやら三人から離れた際に、こっそり彼女との距離が近づいていたらしい。 内容にはあまり興味が無いようだけど、さすがにすぐ隣でブツブツ呟かれると多少は気になるみたいだ。 彼女は手にしたお茶を一口飲むと、世界の常識でも口にするかの様に断言した。「そういう力って、必要な時になれば自然と使い方が分かるモノじゃない。せっかく空いた時間をわざわざ浪費してまで考える事じゃないと思うわ」「言いたい事は微妙に分かるけど。霊夢ちゃんはとりあえず、世界中の努力家さんに謝った方が良いと思う」「他人が時間をどう使ってるかなんて知らないわよ。それにアンタだって、そういう所は私と同じなんでしょう?」「……そこまで突き抜けてはいません、さすがに」「あっそ」 うわぁ、淡白ぅ。この冷めきった反応は以前のアリスを思い出させるね。 もっとも魔法使いとしての儀礼的な態度だった彼女と違って、こっちは完全に素の態度だけど。 「そんな事より、アンタにはもっと重大な問題があるんじゃないの?」「じゅ、重大な問題? 何の事?」「んー……いざ説明しようとすると表現に困るわね。まぁ、ぶっちゃけ勘で言ってるんだけど」 彼女の人差し指が、真っ直ぐ僕の胸元を指差す。 仕草通りの意味――では無いのだろう。彼女の瞳はもっと別の『何か』を見据えている気がする。 ……だよね? 実はこの服に呪いがかかってて、胸が少し膨張してるとか無いよね? ちょっと確認してみる。うん、大丈夫大丈夫。単位がチェストからバストに変更される事は無いようだ。 ちなみにそんな僕の突然の奇行も、霊夢ちゃんはガン無視である。博麗の巫女マジクール。「なんかさ、アンタの奥底に凄く迷走してる力があるのよ。心当たりある?」「迷走? 力が? どういう意味?」「例えるなら、小刻みに揺さぶられて安眠妨害させられた上に、目を覚ましたら覚ましたでせせこましい内職ばかり手伝わされている感じかしら」「うーん、分かる様な分からない様な例えだなぁ」「アンタの中の力も分かってないみたいよ。自分の存在意義を理解出来て無いみたいね。ちゃんと対話してるの?」「……してないと思います」 ものの例えなんだろうけど、自分の中の力を擬人的に表現されると微妙な気持ちになるね。 と言うかひょっとして、霊夢ちゃんが例えた『迷走してる力』って「『無』を『有』にする程度の能力」の事なんじゃ無いだろうか。 そう考えると、先程の例えにも納得がいく。――むしろ、凄く分かり易い。 能力に自我があったら迷わず土下座していた事だろう。まともな使い方全然してなくてゴメンね、真の力。「多分だけど、本当に気にしなきゃいけないのはそっちの方よ。私達の能力は私達にとっての‘根源’でもあるのに、アンタはそれが定まってないんだから」「いやぁ、僕の場合そこらへん二転三転してたんで。定まってないのも仕方が無いと言うか……」「『してた』って事は、今は違うんでしょう? 後回しにすると面倒な事になるから、はっきりさせといた方が良いわよ」「……ぐうの音も出ません」 考えてみれば、能力とは向き合う様になったけど、使いこなせるようにはなってないんだよなぁ。 特に必要無いから使いこなせなくてもいいかなと思っていたけど、能力は自らの根源でもあると言われるとさすがにそうも言ってられない。 確かに能力ってそんな感じだよね。各々の個性が出ていると言うか、個性が形になっていると言うか。 ……僕はそこが分かっていないから、真の能力を持て余しているのかもしれない。 焦る事は無いと思うけど、もう少し歩み寄るペースを上げてみる必要はあるかもね、うん。 「ありがと、霊夢ちゃん。良いアドバイスを貰っ」「あっきらさぁぁん!」「げふぅっ!?」 何これ、さっきの焼き直し? 先程まで三人でワイワイ話していたはずの文姉が、首を刈り取るようなラリアットで僕に抱きついてきた。 振りかえると、その後ろには呆れ顔の幽香さんとニヤニヤ笑顔の紫ねーさまの姿も。 「あの、どうかしたんですか?」「んっふっふ~」 文姉はあからさまに楽しそうな顔で、ねーさまや幽香さんとアイコンタクトを交わす。 二人がそれに頷くのを確認して、文姉は大きく息を吸い込んだ。「せーの……おかえりなさい!」「――おかえりなさい」「ふふっ、おかえりなさい」 微妙に揃って無いけど、三人が其々同じ言葉を口にした。 同時に、何かを期待するかのように僕を見つめる文姉と紫ねーさま。肩を竦める幽香さん。 正直、何を期待されているのかさっぱり分からないので、僕はとりあえず思った事を口にした。「……いや、紫ねーさまは僕と一緒に帰ってきた側ですよね?」 僕の真っ当なはずのツッコミに、三人はあからさまな失望の意を露わにする。 一体僕はどんな返答をすれば良かったのだろうか。首を傾げる僕に、霊夢ちゃんが呆れ顔でつっこんだ。「アンタ、わりと空気読めてないわね」「良く言われます」 結局その後、僕は次の日の朝まで不機嫌な姉二人とため息交じりな霊夢ちゃんと幽香さんに酌をする羽目になったのでした。 ―――その間、お酒を一口も飲ませて貰えなかったのは、新手の嫌がらせだったのだろうか。