「うーん、微妙。コイツも外れね」「それが出会い頭のあたいに、陰陽玉ぶつけて来た奴の台詞かよ」「何言ってんのよ、こんな所に死神がうろついてるなんて怪しさ爆発じゃない。退治されても文句は言えないわ」「あたいは散歩する事さえ許されないのかい……」「サボりの癖に」「――まぁ、それはそれとして」「それはそれとして?」「アンタは何をしてるんだい? 酒盛りに丁度良い所を探してる……って感じじゃ無さそうだけど」「ああ、その腰の酒瓶は酒盛り用の取って置きなのね」「あっはっは、そういう事さ。――で、本当に何してるのさ? まぁ、大体の想像はつくけどね」「………強いて言うなら、今はお酒を飲むつもりよ」「えっ!? いや、違うだろ? 幻想郷で起きてる異変を解決するんじゃないのかい?」「気が向いたらするわ」「気が向いたら!?」幻想郷覚書 緋想の章・漆「意気天候/TIME DIVER」 さて、咲夜さんの狡猾な罠のせいで彼女と戦う羽目になった僕ですが。 正直この人には、全然勝てる気がしません。困った事に。 何しろ僕は、未だにこの人の使う能力が何なのか分からないのだ。 何度も使っている所は見ている……はずなんだけど、どうしても確信するには至らないのである。 咲夜さんも、自身の能力に関しては黙秘を貫いてるしなぁ。 せめてもう少し突っ込んだヒントがあれば、対処法くらいは――うーん、無理か。「準備は宜しいですか? そろそろ始めますよ」 しかし、今更戦うのを止めるワケにはいかないのでして。 ……仕方ないなぁ。ぶっつけ本番になるから使いたくなかったのだけど、ここは‘アレ’を使うしかないか。「宜しいです。どこからでもかかってこい――と言いたい所ですが、先手はこちらから行かせてもらいます!」「どうぞ。ただし私は、後手でも先に当てますが」 でしょうね。毎回目にも止まらぬスピードで、美鈴を逆剣山にしてるワケですし。 そしてタネが見抜けない以上、僕にそんな咲夜さんの攻撃を防ぐ手立ては無いワケで。 ――だが、完全に打つ手が無いと言うワケでも無い。 少なくとも僕の先手が決まれば、そもそも咲夜さんは後手を‘打てない’はずだ。「―――――天狗面『鴉』」 氷が鴉を模した仮面と背面の巨大な翼、そして肩口を覆う羽根の鎧を構成する。 ってあれ? なんかびみょーに面変化のデザイン変わってる? 恐らく意識の変化に引きずられたのであろう、強化型っぽい肩鎧に一瞬気を取られる男の子な僕。 実際の所パラメータ的な変化は無いんだろうけど、何か嬉しくなるサプライズだ。 ……まぁ、そこはおいといて。 氷の扇を構えた僕は、ニヤリ笑いを浮かべながらスペルカードを発動した。 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」 同時に僕は、翼を広げ飛行する。 いつもの加速とは違う、‘周囲の方が遅くなっていく’独特の感覚。 全てのモノを置き去りにするそのスペルカードの中で――僕と咲夜さんの身体が交差した。「――あやや?」「――なっ」 互いの視線が、ありえないモノを見る様に相手を見据える。 攻撃する事も忘れて、僕等はお見合い状態のまま擦れ違った。 唖然としたまま、ゆっくりと着地する咲夜さん。 僕も同様に地面に降り立とうとしたのだが――その前に、いきなり身体が動かなくなった。 いや、身体が動かなくなっただけじゃない。今まで緩やかに動いていた周囲の風景も、完全に静止してしまっている。 その中で唯一動いているのは、唖然としたままこちらを見つめている瀟洒なメイドのみ。 ――なるほどね、‘そういう事’だったか。 想定していたのとはやや違う形だけど、どうやらぶっつけ本番のおかげで手品の‘タネ’は見つかった様だ。「……っと、終わった様ですネ」 数秒間の硬直を挟み、止まっていた全ての時間が動きだす。 咲夜さんが驚愕の表情を浮かべている所を見ると、この‘時間の開放’も彼女の意図する所では無いのだろう。 僕が動揺を隠すため不敵な笑みを浮かべると、冷静になった彼女もクールな笑顔を返してきた。 お互いに、相手の手札は把握したと言う事なのだろう。 そしてポカンとしている妖夢ちゃん。今回は分からなくてもしょうがないから、また落ち込まないでね。「さて、まずは‘私の世界にようこそ’――と言うべきでしょうか?」「それはそれは光栄の極み。ですがわたくしの様な若輩者には、些か大袈裟過ぎる物言いデスね」「その謙遜は、要らぬ推測を私にさせる事になりますよ」「そこはお互い様。デショウ?」「……あの、何がどうなってるのでしょうか」 とりあえず妖夢ちゃんに説明している余裕は無いので、彼女にはもうちょっと悩んでいて貰おう。 僕は油断なく相手を見据えながら、今起こった現象の整理を始めた。 先程僕が使った『神速』のスペルカードは、以前に文姉達と語った面変化の‘発展形’だ。 残念ながら面変化の持つ「イメージ」を強化させる事は出来なかったので真の能力を使ったのだが、結果は思いの外良好だったようである。 ――え、そもそもお前は真の能力だって使いこなせて無いだろうって? ふふん、良くぞ聞いてくれました。 最近気が付いた事なのだが、僕はどうも幾つかの制限をかければ「『無』を『有』にする程度の能力」を思い通りに使えるらしい。 つまり『威力を百倍にしたマスタースパーク』は作れないが、『三十秒後、左右どちらかへ直角に曲がるマスタースパーク』は何とか現状でも作れるのである。 ただしそういった条件を限定した力は、使い方を予め想定していないと帯に短し襷に長しになってしまうものだ。 面変化時のみ使用可能で、特化した能力を増強する方向で力を固めたとは言え、ここまで想定通りのスペカになったのは奇跡と言っても過言ではないだろう。 閑話休題。 さて、そうやって生み出した今回のスペカ。その内容はズバリ能力を底上げするモノである。 とは言え、直に能力を強化するワケでは無い。スピード重視の天狗面を活かすため、一定時間だけ‘周囲の時間を遅らせる’スペルカード。 直接的な攻撃に転用する事は出来ないが、その効果は絶大――だったはずなんだけどなぁ。 はっきり言って、使った相手が悪かったと言わざるを得ない。 まさか初めての相手が、まんま上位互換の能力を持ってるとは思わなかったよ。「時間を操る程度の能力……と言った所デスか。道理で動きが見えないワケですよ。ハナからわたくしの目には映って無かったのですネ」「そういうそちらは、時間を遅らせるスペルカードですか。こちらの能力に干渉する点は厄介ですが、分はこちらにある様で」 ……まぁ、読まれてるだろうとは思ってましたよ。 咲夜さんの指摘に、僕は無言で肩を竦めた。 お互いの力をほぼ同時に発動した場合の結果は、先程実地で出したばかりだ。 僕の時間遅延は、残念ながら彼女の時間停止を「妨害」する事しか出来ないようである。 まぁ、無制限らしい停止を数秒間だけに抑えられるのはありがたい話だけどね。 困った事に、あっちは能力だけどこっちはスペルカードなんだよなぁ。 さっきのやり取りでも、咲夜さんはスペカを使っていない。つまり弾数的にもこちらが不利なワケで。 ――使えるスペカは残り四枚。使いどころは考えないといけないね。「驚きはしましたが、同時に少しだけ楽しくもあります。どれほど久遠様が喰らい付いてこれるか――勝負です」 ―――――――時符「プライベートスクウェア」「くっ、何の!」 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」 咲夜さんがスペカを発動したのに合わせて、僕も二枚目のスペルカードを発動した。 全ての時間が、まるで止まったかの様に動きを遅くするこの状況は、まさか!?「時間遅延、咲夜さんも使えるのデスね」「時を操るとはそういう事です。止めるだけが能では無いのですよ」 意地の悪い笑顔で、早速僕と同じ事をする咲夜さん。上位互換過ぎてちょっと凹む。 おまけに彼女の遅延は僕にも影響するらしく、身体も微妙に重くなってるからもう踏んだり蹴ったりである。 咲夜さんの方にも影響があれば、プラスマイナスで丁度良いんだけどなぁ。「ちなみに、私は時の‘加速’も可能ですので。認識できているなら時間の遅れなど無意味です」 うん、だと思ってました。 やはり自分で始めただけあって、そこらへんの対策はしっかりとしているらしい。 つまりまぁ、僕のスペカは完全に無駄撃ちさせられたと言う事で。 ……どうしよう、勝てる気がしなくなってきたんだけど。 一応、四季面にも同様のスペカは用意してるけど……相性の悪さは天狗面以上だろうからなぁ。 対抗出来てるだけ、まだ天狗面の方がマシだろう。いやぁ、参った参った。 ――しかし咲夜さんの今の発言、何だかヤケに引っかかるな。 何か重要な事を見逃している気がすると言うか、いつもの如くうっかりやらかしていると言うか。……何だろう? 「さて、御覚悟を」「っとっと、悩む時間くらいくださいませんか、ネ!」 そうやって頭を悩ませていると、咲夜さんが容赦無くナイフを投擲してきた。 僕はその攻撃を、軽口を叩きつつ避けようとしたのだが――思いの外反応の鈍い身体はそれを許さなかった。 くそっ、ナイフの速度とこっちの認識はいつも通りだったから、時間が遅れている事を忘れていたよ。 ……いや、違うか。忘れ‘させられた’んだ、咲夜さんが巧妙に仕込んだ『錯覚』で。 「ちいっ、こんのぉうっ!!」 直接では無いにしろ、さすがはメイド服制作者の一人。ナイフは全て的確に鎧とメイド服の隙間を狙っている。 なので僕は遅延の影響がギリギリ最低限で済む超至近距離に、風による防御壁を張り巡らせた。 とは言え、きっちり時間遅延の影響を受けているこの風に出来るのは、ナイフの軌道を少し逸らす事だけだ。 僕は致命打を避けるため、感覚に追いついてこない身体を必死に動かした。 氷の鎧を砕かれ、幾つかのナイフが身体を掠めて行ったモノの、それでも何とか直撃だけは避けきる僕。 天狗面になってて良かった。心からそう思う瞬間であった。「と言うか咲夜さん、幾らなんでも殺意高過ぎじゃありませんカ? この戦いの目的は、あくまで友好を深める事にあるはずデスよね?」「大丈夫です。久遠様との思ひ出は、宝物として永久に私の胸に残りますから」「わたくし、すでに死んだモノとされているのデスか!?」 「ちなみに久遠様、情に訴え時間を稼ごうとしても無駄ですよ。私は公私を完全に分けるタイプなので」「えっと、プライベートなのは今ですよネ。……と言う事はひょっとして、今までわたくしに良くしてくれたのは仕事だったからなんデスか?」「いえ、愛でていたのは私的な感情からですが」「どういう事ナノ……」 実は嫌われていた、と言うワケでも無かった様で一安心。 だけどどっちもプライベートなら、何でそんな紛らわしい事言ったんですか咲夜さん。 確かに、貴女は公私をきっちり分けそうなタイプではありますがね? 「――時間稼ぎはさせない、と言ったはずです」「自分でボケておきながらソレですカ!?」 咲夜さんの手に、再び無数のナイフが握られた。 何と言う切り替えの速さだろうか。振り回したのはそっちなのに、もう戦闘モードに戻っている。 いや、まぁ確かに最初のアレは時間稼ぎでしたけどね? それを見抜いてたのなら、もうちょっとシリアスに決めて欲しかったと言うか……。 うーむ、困ったなぁ。咲夜さんに良い様に翻弄されちゃってるよ。「それでは二撃目、「バウンスノーバウンス」――参ります」 ばら撒く様に、ナイフを四方八方へと放つ咲夜さん。 それは地面や虚空の‘何か’にぶつかり、軌道を曲げてこちらに向かってきた。 しかもきっちり速度を調整して、早い弾幕と遅い弾幕を織り交ぜている。 マズい。平時ならともかく、身体の動きが鈍ってる今は避けきれない。 スペルカードも使用中だから大技は使えないし――って、時間が遅れてるだけならスペカ無くても大丈夫じゃん!? むしろ咲夜さんのスペカを増長させてる現状では、使いっぱなしにしている方が損だ。今更気付いたけど。 僕は後方に飛び下がりながらスペルブレイクし、三枚目のスペルカードを使用した。 ―――――――竜巻「天孫降臨の道しるべ」 ゆっくりと、しかし確かに生まれる風の障壁。 全てを吹き飛ばす暴風を攻撃に転ずる事は出来なかったが、風の盾は迫り来たナイフの雨を全て絡め取った。 さらに僕の分の時間遅延が無くなり、緩やかになっていた時間が通常のモノへと戻る。 よし、時間を掌握されててもやれない事が無いワケじゃ―――ああっ!? そこでようやく、僕は先程引っかかっていた事に気が付いた。 何と言うか、実に僕らしいうっかりだ。思わず氷扇で仮面を叩き自戒してしまう。「ふむ、その様子だと何か思い付いた様ですね。厄介な」「はっきりそう言われると、こっちも反応に困ってしまうのデスが」「そうですね、なら何もしないと言うのはどうでしょうか」「それはお断りしマス」「そうですか、仕方ありませんね。――では、全力で叩き潰す事にします」 どこまで本気なのか、相変わらず意図の分からない咲夜さんが二枚目のスペルカードを構えた。 それに対し僕も、四枚目のスペルカードを用意して見せる。 ……光明を見い出しはしたものの、それが本当に通用するのかは実のところ僕にも分かっていない。 まぁ、良くて成功率は五分五分と言った所だろう。 しかし他に手立てを思い付かないのも事実だ。とにかく、この一手に賭けるしかない!「それでは、わたくしも抵抗させて頂きマスよっ!!」「ご存分にどうぞ。私がソレを、無駄な足掻きにしてみせます」 三度、咲夜さんの手にナイフが握られる。 互いに相手の行動を警戒しながら、僕等はスペルカードを同時に発動するのだった。