「いやー、懐かしい。そういえばこんな事あったなぁ」 昔の日記を読み返しながら、僕は過去の出来事を思い出して一人苦笑する。 我ながら本当に好き勝手書いた日記だけど、こうして忘れた頃に読んでみると存外面白い――と思うのは自画自賛が過ぎるだろうか。 しかしまぁ、それにしてもだ。「……暇だ」 僕は閉じた日記を別空間へと放り投げると、大きく身体を伸ばしながら立ち上がった。 周囲からは、聞いているだけで気分の高揚する祭り囃子の音が聞こえてくる。 もっとも本当に遠がりに聞こえるだけで、僕の周囲は静かなモノなのだけども。 ……うーん、さすがに待つ場所としては閑静過ぎたかなぁ。 今僕が立っているのは、鬱蒼とした森の中にぽっかりと開かれた広場だ。 はっきり言って、目立つモノはさっきまで座っていた二、三人で腰掛けるのが精一杯な岩くらい。 暇を潰すものなんて自前で用意した本だけで、それもすぐに読み終えて手持ち無沙汰になったワケだけど。「よもや、仕方なく読み始めた日記が終わりかけてもなお暇が続くなんて……さすがに予想外だった」 いや、いくらなんでも無視されすぎでしょう僕。 そりゃー、幾らなんでも「皆の人気者晶君!」とまで考えてはいなかったけどさー。 あまりにもシカトされ続けて、僕ちょっと泣きそう。 ……ひょっとして、肝心の‘仕込み’に失敗しちゃったとか?「ヤバい、あり得る」 だとしたらここで待ってる僕、ピエロってレベルじゃ無いっすね。道化師なのに。 いやでも、ちゃんと祭り囃子は聞こえてるし。そこら中から楽しそうな騒ぎ声とか聞こえてるし。 実はそこらへんの騒ぎが僕に全然関係無いとか無い限り――え、まさかそういうパターン? 僕、完全に乗り遅れた? 自分が騒ぎの中心だと思い込み、一人でコソコソ隠れて誰かが来るのを待っている。 ……ここまで行くと、もう道化とも言えないよね。ただの哀れな馬鹿だよね。「どないしよう……とりあえず偵察に行って、本当に僕が関係なかったら…………うーん」「――見つけたわよ!」「ほにゃ?」 迷うあまりその場をウロウロしていた僕に向かって、大変良く聞く怒りの声がかけられた。 振り返るとそこには、いつも通りの不機嫌顔をした姉弟子の姿が。 ……あれ、なんか思ったよりもフツー? 怒ってはいるみたいだけど、それはある意味普段と変わらないよね? 姉弟子なら、烈火のごとく大激怒して僕を殺しにかかると思ったんだけど……なんか違うっぽい?「あの、どうしたんですか姉弟子」「……貴方も知っていると思うけど、今の幻想郷では異変が起きているのよ」「そ、そうですね」「だけど、異変の犯人が少しも見つからないのよね。――だからまずは、異変を悪化させているであろう貴方を探す事にしたのよ!」「…………それは、何か根拠があったりするんですか?」「な、無いわよ悪い!? 別に貴方を倒しに来たワケじゃないのよ! 単に何か知ってないかと思っただけで――」 いや、悪くは無いですよ? お前何かやらかしてるだろうってのは、最早毎度お馴染みとなった問いかけですし。 ――そもそも、今回の異変の元凶って僕だし。 あ、はい。そういう事です。 今回の僕は、自発的に異変を起こしました。 上手く行ってるのかまでは確認してなかったけど、姉弟子の様子を見るに成功はしているらしい。 しかしアレだね。まさか、こういう形で疑われないとは思わなかった。 ええまぁ、特に否定はしませんよ。普段の僕は大体そーいう立ち位置ですもんね。 だけど、今の僕を見てなお関係無さそうと断じるのはどうだろう。 特に隠す事も無く不変の格好してるんですが、僕。 あと、この場所も実は結構細工してるんだけど――気付かないですか、そうですか。「……それでもう一度聞くけど、何か知ってる?」 僅かな疑いすら無い真っ直ぐな目で、異変に関する情報を尋ねてくる姉弟子。 僕に対してセメントな対応がデフォルトな姉弟子すらこうって、ソレ下手すると誰も僕が原因だと気付かないんじゃ……。 ……どうしよう、コレ。素直に僕が異変の元凶ですって答えるべきかな? 限りなく情けないから出来れば避けたいんだけど、言わないとスルーされるよね。 うぐぅ……本当にどうしよう。「ねぇ、どうしたの?」「いやその、えっと――」幻想郷覚書 終章漆「カーテン・コール」「――うぐぐぐ、結局知らないと答えてしまった」 そして姉弟子は少しも疑わず、肩透かしを喰らった顔で去っていきました。 ヤバい、未だかつて無い程に虚しい。 例えて言うなら、張り切って隠れんぼした結果皆に忘れられて放置された子供レベル? 多分、何かしらのキッカケで泣きます。超泣きます。「……はぁ、これからどうしようかなぁ」 異変の元凶として、今の僕にやれる事は無い。 前段階でかなり準備を頑張ったからなぁ……後はもう、ただ座って待つしかする事が無いんですよネ。 ――マミさんから貰った助言を元に、僕は‘強者’と並ぶための努力を始めた。 とは言え直接対決を挑むつもりは無い。――いや、別に逃げてるワケじゃなくてね? 多少はそういう弱気もあるかもしれないけど……それ以上に、単純な勝負の結果で自分が強者に並べたと断じる事に違和感があるのだ。 そもそも、純粋に勝ち負けだけで判断するならとっくに並んでる人達が何人も居るワケで。 それで納得出来ないのだから、違う形での挑戦を試みるのは当然と言えるだろう。 つまり何が言いたいかと言うと――他の強者の皆様みたいに、僕も異変を起こしてみたらどうかなーと思った次第です。「うーん、我ながら安直過ぎる」 これでもそこそこ悩んだ末での結論なのだけど、ソコだけ見ると馬鹿みたいだ。 まぁ、実際問題安直なんですが。 何しろ僕は異変に関わった事はあっても、自分で異変を起こした事は無い。天晶異変は実質紫ねーさまに乗っかっただけだしね。 ……いやまぁ、異変なんてそんな積極的に起こすべきモノじゃないんだろうけど。 しかし色んな人妖が起こす異変を経験して、思う所があったのも事実。 だからこそ皆に並ぶための一歩として、僕は自発的に異変を起こしたワケなのです。 「問題は、自発した異変が思いっきり地味って事だろうか」 確実に起こせるよう、安定性を重視したのがダメだったのかなぁ。 異変が起こるイコール仕込みが軌道に乗る。だから、ここまで来ると何もしなくても勝手に事態が進んじゃうんだよね。 ちなみに、異変の内容は以前に萃香さんから聞いた「終わらない宴会」を参考にした「止まない祭り囃子」だ。 効果も至って単純。誰もが浮かれた気分になり、場所を選ばずお祭り騒ぎを起こすってだけ。 萃香さんの「宴会」と違うのは、祭りの開催場所が一箇所で無い所。後、違う場所での祭りと‘共鳴’して効果が派手になる所。 ほら、馬鹿騒ぎって大きければ大きいほど皆ノッてくるよね? 幻想郷の各所で祭り囃子が響く現状、僕が何をしなくても騒ぎは相乗的に拡大して行くワケです。 むしろ、下手に細工した方が祭りの勢いを沈下させかねないだろう。 相応しい場所さえあれば、幻想郷の人らは勝手にらんちき騒ぎを始めるからね。「つまるところ、当初の予定通り大人しくしてるのが最適解になるワケだ」 ちなみに、一応異変と僕を繋げる為の細工もしている。 祭りの‘熱気’とでも言うべきか、人妖が騒ぐ事で発散される霊気の一部がこっちに回るようになっているのだ。 まぁ、消費税みたいなもんだね。一回で手に入る量は大した事無いけど、塵を積もらせて山にするタイプ。 ぶっちゃけた話、それで霊力集めてもする事は無いんですけどね! あくまで僕の目的は異変を起こす事で、異変を介してしたい事があるワケじゃ無いし。 霊力集めてるのも、この騒ぎを完全放置は勿体無いかなーくらいの軽い気持ちでやってるだけだし。 ……我ながら、異変の元凶として大分不健全な動きをしていると言わざるを得ない。 いや、健全な異変の元凶とか意味が分からないけども。「正しい異変の元凶なら、もっと有意義にこの時間を使うのかなぁ……」 正しい異変の元凶とか言う良く分からない言霊を用いるあたり、我ながら大分迷走している感がある。 こんな事なら、異変の最中にやれる暇潰しの方法でも考えていれば良かった。 ぼーっと乱入者を待ちながら、ただただ溜まり続ける霊力を眺めるお仕事……ダメだ、間違いなく心が病む。「せめて、この意味なく集めた霊力の使い道だけでも考え――うわ、めっちゃ溜まってる!? なんだこの馬鹿みたいな量!?」 どれだけ馬鹿騒ぎしてるのさ、幻想郷の皆々様。 想定してたよりも遥かに激しいペースで、霊力がガンガンに集まってるんですが。 そういえば、さっきから祭り囃子と合わせて激しい爆発音が……。 これは間違いなく喧嘩祭になってますね。ひょっとして、僕がスルーされてるのは祭りが思いの外大規模になってるから? あ、火柱。「……コレは、さすがに僕関係無いよね? 冤罪だよね?」「面倒だから余罪に含めておくわね」「霊夢ちゃん酷い! ……霊夢ちゃん!?」「起こす側に回るなんて珍しい事するじゃないの。――潰しに来たわよ」 いつも通りの無愛想顔な霊夢ちゃんが、いつの間にやら隣で仁王立ちしていた。 ほぼ反射的に距離を取り、出来る限りの警戒心を構えにして表す。 いつかは来るかと思ったけど、まさか最初に来るとは。 姉弟子? カウントしてたら今頃戦ってます。「出来れば、もっと色んな人と戦ってから霊夢ちゃんに来てほしかったなぁ」「異変起こしたヤツは、色んなヤツと戦う前にだいたい私と戦ってるわよ。そして負けてるわよ」 ああ、そういえばそうか。 基本的に霊夢ちゃんは最速なんだから、異変の元凶が真っ先に戦う事になるのは当たり前だよね。 これも異変の元凶側にならなければ意外と気付かない点だね。……いや、気づいたからどうだって話でもあるけど。 ところで、幾らなんでも潰しに来たって表現は過激じゃありませんかね? 気の所為で無ければ、普段の三割増しくらいでやる気になってない? 博麗の巫女にあるまじき気合の入りようじゃない?「一応確認するけど、戦闘前の愉快なお喋りとか期待して良い?」「ダメ」「ですよねー」 この圧倒的な消化不良感よ……。 まぁ、活躍するイコール異変が悪化するだから、有無を言わさず潰されるのは当然の流れなんだろうけど。 それはちょっとばかり‘つまらない’なぁ――ふむ。「視点を変えると見るものがある。――例えそれがどんなモノであっても、か」 当たり前の話だが、想像と実際の体験の間にはどう足掻いても補えない差がある。 同じ立場に立ってみると、理解不能だと思われていた‘強者’達の考えが存外分かってくるものだ。 まぁ、正当性なんて一つも無い実にタチの悪い子供みたいな衝動だけど。 ‘他の人達’みたいに、その衝動に身を任せるのは悪くない。 異変は幻想郷の危機であり、新しい幻想を受け入れる下準備なんだと思ってたけど――正しく『お祭り』でもあるんだね。「うん、これはちょっとここで負けるワケにも行かなくなりましたね」「むしろ今まで負けるつもりがあった事が驚きだわ」 いやまぁ、なんだかんだ霊夢ちゃんと敵対するイコールゲームオーバーですし? 当初は異変起こすまでが目的だったから、いまいちモチベーションが上がってなかったんだよね。 だけどそれも、さっきまでの話だ。「それじゃあ異変の黒幕らしく、好き放題暴れさせてもらいましょうか!!」「どちらにせよ、私のやる事に変わりはないけど――その前に一つ」「ほえ?」「今更だけど、なんで不変の面なんてつけてるのよ。そんなもん‘つけても意味ない’でしょ」「あー、コレね」 僕は半透明の面を取り外し、意味もなくお手玉をしてみる。 ――霊夢ちゃんの言う通り、この面には何の意味もない。 かつての久遠晶にとっては必要だった「未来の前借り」だけど、‘完成’してしまった今となってはタダの蛇足だ。 まぁ、これもある種の感傷だろう。 本当に僕は、かつて目指した僕になれているのか――この期に及んで自信が持てないワケだ、僕は。 足踏みしまくってるなぁ、我ながら。 強くなった自覚はあるけど、それでも何も変わらない。 未だにうっかり癖は抜けてくれないし、面白い事があると色々ほっぽるし、もちろん強者としての覚悟は無い。 ……羅列すると死にたくなるくらい進歩が無い自分。まぁ、だけど―― 「何だかんだ、今の自分が好きなんだ。……って事で一つ」「良く分からないけど、分かる必要も無さそうね。――じゃあ、潰すわ」 うーん、実にセメント。霊夢ちゃんは本当にブレないですね。 まぁ、この子がブレるってそれだけで異常事態な気がするから、コレはコレで良いのだろう。 ……思えば、霊夢ちゃんとも相当な腐れ縁になったモノだ。 異変の度に色んな形で顔を突き合わせて来たからね。親しくなった気もするし、逆に遠ざかった気もしないでもない。 ちなみに、通算戦績で言うと五分五分って所です。 褒めて良いよ! ……まぁ、世間的に言うと僕の勝率が高い事はあんまり良くないのかもしれないけど。「……ひょっとして、今回に限っては私情入ってない?」「私は常に私情でしか動かないわよ」「いや、博麗の巫女としてそれどうなの!?」「私情とやるべき事は大体一緒だから問題ないわ」「そう来るかー」 ナチュラルボーン博麗の巫女だ……さすが過ぎて次の言葉が出てこない。 まぁでも、そんな彼女がそれなりにでもこっちを意識してくれるのはやっぱり嬉しいモノである。 あっちは嫌かもしれないけど、僕はこの腐れ縁。かなり好きだよ? それに……。「さすがに毎回異変を起こそう――なんて馬鹿は言わないけどさ。面白い騒動だったら、積極的に起こしても良いかもね」「つまり、本格的に狡知の道化師やるぞ宣言と受け取って良いワケね」「いやいや、別に嫌がらせしたいワケじゃなくて。どちらかと言うと皆を笑顔にしたいだけで――どっちにしろ狡知の道化師だ!?」 長年の葛藤と言うか、どうなりたいのかの結論がコレとか、人生は何がどう変わるか分かったもんじゃないね。 ……けどまぁ悪くはないか。悪い評判は、これからの行動で改めて行けば良い。――変わらない気もするけどそこは見ないフリで。「それじゃあ、改めて名乗らせて貰おうかな。――僕は「狡知の道化師」久遠晶だって」「今更ね」「いやその、自分から名乗ったのは多分初だから……」「私はどうでも良いわよ。やる事は変わらないし――貴方も変わらないでしょうしね」「言ってくれるねぇ……なら、絶対に変えてぎゃふんと言ってもらうよ!!」 そう言って構える僕と、すでに御幣を構えてる霊夢ちゃん。 色々と変わった事はあるかもしれないけど、ここで勝たなきゃいけない事に変わりはない。 ……実は微妙に負け越してるしね。と言うワケで!「――いざ、尋常に」「――勝負!」 さぁ、お祭りの続行だ!!