「「「「「――レ・イ・ム! レ・イ・ム!!」」」」」「……うるさめんどくさい」「こんな盛大な声援を浴びて出て来る言葉がソレか、贅沢が過ぎるぜ」「腹も膨れない贅沢に興じる趣味は無いわ。……そもそも私、普通に戦っただけじゃない」「その普通が、今の人里では死ぬほど求められてたんだよ」「普通の魔法使いが何言ってるのよ」「私らは……ちょっと負けすぎてな。よっぽど派手に活躍しないと注目してもらえないんだ」「――ああ」「納得されると、それはそれで腹立つな」「つまり晶ね」「そうだよチクショウ! ……あのヤロウ、やりたい放題やってくれたぜ」「アイツは相変わらずね」「んで、お前はコレからどうするんだ? 今の人里なら博麗神社の宣伝し放題だぞ」「興味ないわね。それよりも、とっとと異変の元凶をぶっ叩きに行ったほうがまだ建設的だわ」「異変の元凶なぁ……一応聞くが、霊夢はソイツがどこに居るのか知ってるのか?」「知らないけど――晶を叩きに行けば自然と分かるでしょう」「凄いな。否定する要素が一つも無いぜ」「便利よね、アイツ」「……久遠晶に対してそんな評価を下せるのは、間違いなくお前だけだよ」幻想郷覚書 終章肆「心綺逸転/Das letzte Bataillon」「さて、そろそろお話し合いはおしまいかしら?」 それまで黙って話を聞いていた晶坊が、優雅に微笑みながらそんな事を言った。 しかしその笑顔からは、苛立つ感情も急かす感情も読み取れない。 うーむ、余裕じゃなぁ……。今にも傘棍棒を支えにして紅茶でも飲みそうな空気じゃ。「待ってくれ、と言ったら待ってくれるのかの」「それはもちろん。どうせなら、万全の相手を倒したいモノですから」 傲慢過ぎるセリフじゃが、不思議と腹は立たなかった。 まぁ、どう見てもバトルジャンキーなスマイル見せられたら怒る気にもならんわな。 心底から楽しそうな顔しおってからに……ワシはお主と違って、戦う事に快楽を見出したりは出来んのじゃぞ? ――ところでこころよ、なーんで晶坊に対して目を輝かせておるのかのー?「凄い自信だ……きっと、私よりも遥かに経験を積んでいるのだろう」「まず付喪神じゃ無いからの? そして、経験的にもお主とドッコイドッコイじゃからな?」「彼に勝つにはどうすれば良いのだろうか。……頼む、私にその方法を教えてくれ」「婆の話も少しは聞こうな? まぁええわい、少し耳を貸せ」 さっきまでである程度の作戦は考えておった、そちらがノープランなら丁度良いわい。 まぁ、作戦と呼べるほど上等なモノでも無いがの。せいぜいがこれからの方向性を決める程度じゃ。「――分かった。それでは、全力で行く」「思いの外やる気満々じゃのぅ」「自分の先に居る妖怪、興味が無いハズがない。――それに正直な所、私は少しだけ焦っている」「ん? 何でじゃ?」「私の今の状況は偶発的なモノ。希望の面を取り返せば終わってしまう――だが、それは避けたい」「……なるほど」 面が欠けた事で生まれたのが彼女なら、面が戻れば全ては消えてしまうワケか。 そして本人は、その事を望んでおらんと。 ……助かる方法は無いワケでは無いな。ぶっちゃけ、今こうしている状況に比べれば屁みたいな悩みじゃ。 こころの完全な付喪神化で被害を被るヤツもおるじゃろうがの。ワシは知らん。 思う存分、妖怪としての生を満喫して貰おうでは無いか。 ん? こころが助かる方法か? ――今やっとる事を続けるだけじゃよ。「なら、自分の思うままに暴れるが良い。それがお主が前に進むために必要な事じゃよ」「分かった、信じよう」「その物分りの良さ、もうちょっとだけ早く見せてほしかったのぅ」「ふむ、準備は万端と言った所ですわね。――では、参ります」「おうよ、かかって来い! 来れればの話しじゃがな!!」 ―――――――変化「二ッ岩家の裁き」 取り出した煙管を吸うと、ワシは晶坊へ向けて思いっきり煙を吹き付けた。 明らかに吸った量に見合っておらんソレは、触れた相手を無力な姿へと『化けさせる』変化の煙じゃ。 近接戦主体の坊なら、避ける以外の選択肢は無いはずじゃ。 もしも何かしらのスペルカードで無効化したとしても、それはそれで損は無い!「さぁ、どうする!!」「こうしますわ」 ―――――――絶空「オーバードライブ・フラワー」 よし、スペルカードを発動させたか。 果たしてどんなスペカか――と思った瞬間、いつのまにやらワシの目の前に晶坊が居た。 否、違う。‘ワシがいつのまにか晶坊の前に立っていた’のじゃ。 そしてワシの腕を掴む晶坊。しまった、巻き添えか!?「い、一応言っておくが、自分の毒で死ぬ蛇はおらんぞ?」「そうでしょうね。……でも、蛇って良い鞭になりそうですわよね?」「――お、おぉう」「いかん!! マミゾ――」「お邪魔ですわよ」「――なっ!?」 にこやかな笑顔のまま、掴んだワシの腕を思いっきり振り上げる晶坊。 こころが慌てて妨害を試みるが、どこからともなく現れた岩がソレを邪魔した。 対象を引き寄せるスペルカード!? あんだけ脳筋ムーブしおって今度はいきなり絡め手か!! なんなんじゃお主は! いや、今はそれをどうこう言っておる場合では無い。 この流れ、どう考えてもワシの役目は芭蕉扇(物理)一択じゃ! 死ぬ!!「へ、変化!」「ほいっと」 ぎゃー!? この男、かっるい言い方で大地を割るスイングしおったー!? ワシが地蔵に変化して無かったらミンチじゃったぞ! ひ、ヒビ入っておらんよな? 大丈夫じゃよな? 「あら、お見事。絡め手専門かと思ったのですが」「絡め手専門だと思った相手にこんな真似したのかお主!?」「ふふふ、それでも妖怪なら平気でしょう?」「本気で言ってるぽいのが怖いわい……」 実はちょっと衝撃が響いとるが、そんな事を言っとる場合では無いか。 ワシは晶坊の顔目掛けて、小さな弾幕を放った。 当然ソレは一瞬で払われるが、こちらだって当てる目的で放ったワケでは無い。 その一瞬の隙をつき、ワシは自分の身体を葉っぱと入れ替えた。 ふふん、こういうすり替えも化かす為には必要なのじゃぞ――と言う捨て台詞さえ言わずに全力でダッシュじゃ!! ワシが近くに居てはこころが暴れられん。煙は想定外の方法で無効化されたが、ここから先の流れに変更は無いのじゃからな。「と言うワケで、今じゃこころ!!」「任せろ」「あら、次はどのような手で来るのかしら」「シンプルな一手だ。別の人間に成り切る、貴方のその感情を乱す!!」 ―――――――憑依「喜怒哀楽ポゼッション」 狐の面から翁の面に変わったこころを中心にして、黄色のオーラが放たれる。 あの『四季面』とやらの詳細は分からんが、人格が変わっている所を見るに感情を揺さぶる攻撃は有効じゃろう。 引き寄せるスペカは予想外じゃったが、この状況下で回避は出来ない――はずじゃ。多分。「おや、なるほど変わりましたか。――それではこちらも」「……は?」「―――――天狗面『烏』」 変化は一瞬じゃった。晶坊の顔に張り付く面が烏を模した物に変わった瞬間、棍棒は扇に、肩布は翼へと変わっていた。 その身に纏う雰囲気さえ変えた晶坊は、迫り来るオーラを眺めながら自分を扇ぎ――そして、消えた。「転移!?」「いえいえ、ちょーっと速く動いたダケですヨ?」 そう答えた晶坊の姿は、オーラの射程よりも遥かに彼方。 そこで不敵に腕を組みながら、オーラが止むのをじっと眺めていた。 ……いやいやいや、ちょっと待て本気で待て。 別パターンあるのか!? あっちがパワー型ならこっちはスピード型か!? 唯一の救いは、先程より攻撃力は下がっていそうな事じゃが――見えないほど速く動ける時点でどうしようも無いわ!! 実は本当に転移じゃった可能性とか無いかのぅ……それは期待し過ぎじゃのぅ。「次、どうする!?」「数で攻めるしか無かろう。弾幕を張るぞ!」「んー……こころサンが二枚でマミサンが一枚使ってますから、こっちももう一枚使いマスかネ」「――っ! 来る、耐えろここ――」 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」 幸運だったのは、こころに「避けろ」ではなく「耐えろ」と言えた事じゃろう。 気付いた時、ワシの身体は大地に倒れていた。 そしてワシの視線の先には、同じように倒れているこころの姿。 ……遅れてやってきた無数の痛みが、何が起きたのかを薄らボンヤリとながら教えてくれていた。 一瞬、本当に一瞬だけじゃが『全ての動きが遅れた』気がしたのじゃ。 根拠は無い、強いて言うなら年の功と言うヤツじゃな。じゃが、この感覚に間違いは無いじゃろう。 少なくとも如何にスピード重視とは言え、それだけであの刹那の時間にこれだけの攻撃を叩き込む事は出来んはずじゃ。 いつつ……何発殴られたんじゃ。体中がギシギシ痛むぞ。「こころ、大丈夫か?」「も、問題ない」 うむ、やせ我慢は出来る程度に無事か。 しかしどうする? 正直言うと、ほぼ詰んどるぞ。 まず普通に動かれた時点で見きれん。初動くらいは分かるかもしれんが、戦う場所が広すぎてすぐ見失ってしまうわい。 そしてさっきのスペルカードを使われると、こちらの遅延と合わせてサンドバックになるしか無い……おい、タチ悪すぎやせんか。「さて、次はどうしまショウ……とりあえず遠距離からチクチク削りマスかネ?」「お主冷静さ欠けてるはずなのにエグい行動ばっかしてくるのぅ!?」「ダイジョブダイジョブ、ちょっと四方八方から風弾ブチかますダケですカラ」「何一つ大丈夫な要素が無いわ!!」「はい、イッキマース」「敵も味方もマイペースばかりか!!」「仕方ない、迎撃を試みる。貴方は何とか回避してくれ」 ―――――――憑依「喜怒哀楽ポゼッション」 新たに夜叉の面をつけ直したこころが、再び黄色のオーラを解き放った。 ほぼ破れかぶれの行動じゃが、残念ながら他に手は無いか。 ワシは巻き込まれないように何とか距離を取り、援護を兼ねて葉っぱを用意した。 しかし――意外な事に晶坊はその場に立ち止まったまま、何か悩むような様子で下顎を擦っていた。 「んー……良し、魅魔サマ借りますヨ。―――――靈異面『魔』」 何かを決めたような呟きと共に、突如現れた闇が晶坊の全身を包んだ。 同時に放たれる、圧倒的な力の奔流。 一瞬で晴れた闇の中から出てきたのは、黒衣を纏った晶坊に似た『誰か』であった。「……マジか」 ひと目見れば分かる、‘さっきまでの面とは桁が違う’と ワシらがほぼ完封されていた先程までの面を『モノマネ』とするなら、こちらは『ご本人様登場』じゃ。 もともと頭悪いレベルの晶坊の力に、同じくらい頭おかしい誰かの力が‘足されとる’わ。 ……確か、晶坊の切り札は『不変』じゃったよな。 つまりはコレですら手札の一つでしか無いと――いやいやいや。 願望込み込みなの承知な上で言うが、それは無いじゃろ。並どころかヘタな実力者でも圧倒できるエースカードじゃぞ。 いくらなんでも、コレと同じレベルの手札が複数あるとは思えん。思いたくない。……無い、よな?「では、挨拶代わりに軽く攻撃――っと」「……待て、一つ聞いて良いか?」「なんです?」「お主の周囲に突然湧いて出た、その無数の光の弾はなんじゃ?」「軽い攻撃ですよ?」「……軽、い?」 一発一発が、わしらの全力弾幕を余裕で上回っとるように見えるんじゃが。 んで、それが視線を軽く左右させる必要がある程度には展開されておるワケなんじゃが。 これを数えきるにはちょっと手の指が足りないのぅ、わっはっは――勘弁してくれ。「はーいどーん」「死ぬ気で避けるぞ! 当たったら死ぬ!!」「りょ、了解!!」 晶坊が指を鳴らすと、光による豪雨が降り注いだ。 言葉にすると実に簡単じゃが、実際受ける身としては洒落にならん。 いや、本当にコレ、無理! 無理じゃから!! 回避に専念したら少しは捌けるかとちょっと期待したが、狸の癖に皮算用とは笑えんな。どう足掻いても無理じゃ。 と言うか、こんな極太レーザー大瀑布を頑張った程度で何とか出来るか! 横目でチラッと確認しただけじゃが、あの弾一発撃つと消える代わりにガンガンおかわり投入されとるぞ? お主、この勝負だけで散々っぱらやりたい放題やったじゃろうが! そろそろバテるなり勢い衰えるなりせんかい!!「ふむーん、仕留めきれないねー。もーちょっと勢い強めようか」「ちょっと音量上げようか? みたいな気軽さでトンデモな事言ってくれるのぅ!」「ノリとしてはそんなモンです。この攻撃、消耗ほとんど無いんで」 値千金の情報じゃが、あえて言う! 聞きたくなかった!! 言ってる間にもバカスカ撃たれているレーザーは、本人の言を裏付けるように降り注ぎ続けている。 どう考えてもこのままだと、こっちが消し炭になる未来しか見えぬわい。 こころも……やはり打つ手は無しか。むしろワシに助けを求めてこっちを見てきとるわ。「さすがに避けきれなくなってきた。次はどうする!」 ……手は、無いワケでは無い。 無様に追い回されていたからこそ気付けた突破口、それがまだ残っておる。 問題は、突破口を開いた先がさらなる地獄である可能性が高いと言う事じゃな。 運が良くてもちょっとマシになる程度で、運が悪ければ完全に詰む。今もほぼ詰んでるようなものじゃが。 正直、ワシとしてはこういうイチかバチかな手に頼りたくは無いんじゃが――んんっ?「よくよく考えたらこころちゃんが三枚目使ってるんで、場の硬直を避けるために僕も三枚目使いますね?」「止めんかぁ!!」 普通、確実に勝てる手を捨てての攻撃なんぞチャンスでしか無いんじゃが。 今までの弾幕を、鼻で笑うレベルの力を溜め込まれたら話は別じゃ。 ――いや、本当に勘弁してくれんかの? ワシもそれなりに妖怪としての格は高いと自負しとるが、基本はトンチや化かし合いでブイブイ言わせるタイプの大妖怪なんじゃからな? ワシが妖怪になりたてだった時代ですら過去の話じゃった神話大戦を、たった一人で再現されても応えられないんじゃよ。 じゃから止めよう、な。もうちょっと現代妖怪に優しい戦いしよう、な。 ―――――――神滅「ギガ・マスタースパーク」「ばきゅーん」「分かっとったけど予想以上に出し方が軽い!!」「くっ、どうするんだ!!」「まずは全力で逃げろ! アレを避けきらんと、次の一手も打てんわい!!」 最早『神の鉄槌』としか呼称のしようが無い閃光が、晶坊の手から一気に解放された。 もうなんと言うか、ここまで桁の違う攻撃をされると笑いしか出てこんわ。 ワシは全力で駆け出し、とにかく相手の攻撃の範囲から離れるために‘逃げた’。 回避では間に合わんからな。最悪、このまま勝負を有耶無耶にしてこころと逃亡するのも手としては有りじゃわい。……無理じゃろうけど。 ――はぁ。この戦いでワシの寿命、確実に百年は削れたぞい。