「――この、ここ最近の意味の分からない忙しさはなんなんだろうか」「皆、やたらと血気盛んと言うか……テンションが無駄に高いと言うか……」「突然始まる弾幕ごっこ、いや、それはいつもの事だけど」「その後どこからともかく現れて、無責任な煽りとヤジを飛ばすお客様方は本当になんなんだろう」「大体は人間だから、人里の関係者なのかな?」「しかもまぁ、ギリギリ人里外でも平然と出てくるあのガッツ」「さすがと褒めていいのだろうか、アレ」「やっぱり上白沢先生に直接聞いてみるべきかなぁ。……聞きたいけど、人里に行くと高確率でロクでも無い事になるんだよね」「――そこらへん、どう思うパルパル?」「知らないわよ!! うるさいわよ! 纏わりつかないでよ!?」「そう言わずに構ってよー。地上は怖い所なんじゃ……」「私は、アンタが、怖いわよ!!」「ハハッ、ナイスジョーク」「なんかもう一周回って妬ましいわ!!」幻想郷覚書 終章「心綺逸転/彷徨う面と揺蕩う狸」「酒はしづかに飲むべかりけり……とは良く言うが、やはり一人酒の気分では無いのぉ」 盃に映る月を一口で飲み干し、ワシは小さくため息を吐いた。 正直、酒の味なぞさっぱり分からん。我ながら勿体無い飲み方をしとるのぉ。 忌々しい……と少しでも思えれば良いのだろうが、晶坊を恨むのも逆恨みじゃしな。 まったく、困ったもんじゃて――んむ?「なんじゃ客か? なかなか目聡い――と言いたい所じゃが、残念ながらここはもう店仕舞い」「面、私の面を知らないか?」「……これはまた、とんでもない客人が来たのぉ」 顔を合わせるのは初めてじゃが、目の前の人物が何者かは良く知っておる。 人里から希望の感情を奪い、歪んだ祭りを引き起こした張本人。 どのような輩かと思えば、よもや付喪神じゃったとはな。 見たところかなりの年季物じゃが……ふむ、それにしては妙に安定しとらんな。 ひょっとすると、それが異変の原因なのかの? 良く分からんが――出会った以上、放っておくワケにもいかんわなぁ。「ワシは二ッ岩マミゾウ、しがない狸妖怪じゃよ。お主は?」「こころ……秦こころ。感情を司る、面の付喪神」「こころか、良い名じゃの。それでこころよ、お前さんなんで人里の外に出てきたんじゃ?」「私の面を探してる。希望の面、アレが無いと大変な事になる」「実際、人里は大変な事になっておるはずじゃからの。……しかし、外にまで出てきた理由にはなるまい」 異変の原因が面の喪失ならば、かなり前からコヤツは面を探していた事になる。 しかしその間に、この付喪神が人里から出た様子は無かった。 少なくともワシが見ていた範囲では確実じゃな。何しろ断念したが、ワシも異変に乗じてアレコレ企んでおったからなぁ。「人里が……何だか良く分からない事になった」「――はっ?」「感情が欠けた状態なのに、無理矢理に安定されつつある」「ふむ、何者かが対策を打ったと言う事か?」「分からない。犯人も見つからないし、人里はどんどんおかしくなるから、途方に暮れて外に出てきた」 ……何故、異変の犯人が途方に暮れておるのじゃろうか。 本人の言からして、意図して起こしたワケでは無いのじゃろうが。 それでも、「何が起きているのか分からない」等とまで言う事態になるのは異常過ぎる。 ――仕方無いか。ワシも一応は命蓮寺の所属、人里の危機は捨ておけん。 一人で酒を呑むのも飽きてきた事じゃし、ここはマミゾウさんが重い腰を上げるとするかの。「良し、こころとやら。お主の悩みをワシが解決してやろう」「希望の面、どこにあるのか知ってるのか?」「残念ながら知らん。が、心当たり――の心当たりならあるぞ」「……なんだそれは?」「この幻想郷には一人、トラブルの専門家みたいなのがおってな。久遠晶と言うのじゃが」 心優しいワシは、どういう意味での専門家なのかは言わん。武士の情けと言うヤツじゃな。「アヤツなら、恐らくは今回の異変に関しても何か知っておるじゃろう」 と言うか、下手したらアヤツが今回の異変の黒幕じゃろうな。 付き合いは浅いが、晶坊の破天荒っぷりはそれなりに理解しておる。 ……つい先日も、坊の恐ろしさをその身に叩きこまれたワケじゃしな。「そんなヤツが居るのか。なら、私に紹介してくれ」「任せろ――と言いたい所じゃが、アヤツがどこにおるかはワシも分からん」 何しろ、行動範囲がやたら広いからのぅ。 それでも数日前のワシなら、どこに居るのかある程度は絞れたろうがな。 今は無理じゃ、なーんにも分からん。 せめて、他の狸共が少しでも残って居れば話が違ってくるのじゃが。 ……アヤツらは全員、晶坊にコテンパンにされてしまったからの。 「これを計算でやっていたのなら、晶坊はワシら以上の狸じゃな……」 まぁ、さすがにソレは無いじゃろう。 ――と言うか、アレが演技ならさしものワシも人間不信になるぞ。 予想だもしなかった、と言った表情で我々の前に現れ。 あの手この手で化かそうとする我々に、「狸さん達は何をしてるんだろう」と素で不思議そうな顔をし。実際に口にし。 挙句の果てには何をされてるのか遅まきに気付き、見え見えな作り笑いで騙されたフリをする。 狸共のプライド、真っ二つにへし折れたわい。 確かに、正体不明を無効化する能力を持っている……とぬえのヤツからは聞いていた。 しかしよもや、ワシの力すら及ばぬとは思わなんだ。狸なのに蛙とはコレ如何に――と言った所か。 ……まぁ、その時のワシらは異変に便乗して人間や妖怪を化かして遊んでおったからな。 被害者ぶるつもりは無い。相応のバチが当たったと言う所じゃろう。 問題は、バチを当てた当人にそのつもりが無かったどころかバチを当てた自覚すら無かった事じゃがの。 うむ、逆ギレと分かっていても言わざるをえん。腹立つ。「それは困る。その久遠某とやらが、希望の面がどこにあるのか知っているのだろう?」「そこまでの保証は出来かねるが……少なくとも、目的も無しに彷徨うよりかは有益じゃろうな」「もう私には彷徨うくらいしか手立てがない。頼む、その久遠某を紹介してくれ」 「まぁ、努力くらいはしても構わんぞ」 どうせ暇じゃしな。点数稼ぎも兼ねて、コヤツの手伝いをしてやるか。 異変を解決できれば上々、出来なくてもキッカケを作れれば良し。 ……事態が悪化しそうになったら、晶坊に全てを押し付けよう。 十中八九、その時の事態悪化の一番の原因は晶坊にあるじゃろうしな。うむ、逃げても問題無かろう。「ならばお願いする、謝礼は身体で払う」「……他に払うモノが無いから、肉体労働で返す。と言う意味じゃな?」「他に意味があるのか?」「これは、婆からの純粋な善意の言葉じゃがの。――困りに困ったとしても使うべきでは無いぞ」「了承した。……だがソレなら、謝礼はどうすれば良い?」「まぁ、そこはオイオイで構わん。とりあえず人里へ行くぞ」「……何故、人里?」「決まっておるじゃろ。――晶坊を探すなら、もっとも騒がしい所へ行くのが一番じゃからじゃよ」 ~少女移動中~ さて、人里にやってきたワケじゃが……確かに良く分からん事になっとるな。 表向きの様子は、今までの人里と変わらん。 希望の感情が欠けた反動で、刹那的な快楽に身を任せる様になっている――のじゃが。 合わせて漂う、この何とも言えん厭世的な空気はなんじゃ? 「行って、雲山!!」「ぬぬぬぅぅ……負けるかぁ!!」 里の空では、命蓮寺の尼……一輪じゃったな? と神霊廟の……名前は知らんがアホっぽい輩が戦っておる。 実力はほぼ伯仲、実に盛り上がる勝負――のはずなんじゃが。 里の者達の応援からは、言葉にはしていないもののある種の意思が込められている気がした。 分かりやすく言うなら……「なんか戦ってるみたいだから、正直気は進まないけど応援しよう」と言った感じか。 傍から見ていても伝わるレベルとか、洒落にならんほど惰性な応援じゃな。 ……道理であの二人、あれほど必死に戦っているワケじゃ。 アレだけやって双方どちらにも人気が集まらんとか、ワシがどちらかの立場じゃったら泣くわ。 「ワシの知る範囲じゃと、命蓮寺も神霊廟もどちらも里の者に大人気じゃったんじゃが……」「私に聞かれても困る。正直、こうなるまで人里の事に興味は無かった」 まぁ、興味があったらこうなる前に手を打ってたじゃろうな。 とは言えさすがに責める気にはならん、ワシだってこの流れは正直予想外じゃ。 とにかく今の人里でなにが起きておるのか、何かしらの形で確かめる必要があるようじゃのぅ。 惰性とはいえ応援している連中に詳しい話を聞くのは難しそうじゃし、誰か丁度良い情報源は――お、居たの。「あいすくりーん、あいすくりんはいらんかえー。……はぁ、ちっとも売れないなぁ」「おーい、河童。あいすくりん二つ売っておくれー」「毎度! ――って、なんだい狸じゃないか。今日は誰を化かしに来たんだい?」「少なくともお主では無いよ。少し、話を聞かせてもらって良いかの?」「別に構わないけど……面白い話なんてないよ? ここん所の人里は景気の良い話が無いからねぇ」「なに、聞きたいのは人里の近況そのものじゃ。ここん所は里の外で月見酒してたからのぅ、人里に何が起きたか知りたいのじゃよ」「狸はモノ好きだねぇ。ま、あいすくりん買ってくれるなら良いけど。……ところでその子は?」「新入りじゃよ。ワシが案内しとる」 嘘はついとらん、多くを語っておらんだけじゃ。 まぁ、そもそもにして河童も深く突っ込む気は無かったようじゃがな。 ふーんそっか。みたいな顔で頷くと、少し多めにあいすくりんを人数分よそってくれた。 ……背景事情に興味は無いが、そういう事なら優しくしようと言う意思表示か。 わりと命蓮寺向きの人材じゃな、人間にも抵抗が無さそうじゃし。 今度、ナズーリンにオススメするようぬえに助言しておくか。ワシは直接言わんよ? 婆は縁側でノンビリやるに限る。「あいすくりん……甘い……冷たい……もむもむ……」「表情筋微動だにしてないけど、一応は喜んでくれてるのかねぇ?」「分からん、単に初めて食べる食い物の感触を確かめてるだけかもしれんな」 さすがにワシも、付喪神の五感がどうなっているのかは知らんよ。 コヤツがどれほどの力を持つ付喪神なのか、いつ頃から生まれたのかで話も変わってくるしのぅ。 ……まぁ、好奇心にせよ味覚的な意味にせよ、気に入っているようじゃから良しとするか。「ま、喜んでくれて幸いだよ。最近は楽しそうに買ってくれる人がいない――と言うか、そもそも買う人が居なくてねぇ」「この雰囲気ならそうじゃろうなぁ、陰気臭くてかなわんわ。……本当に、何があったんじゃ?」「あーうん、何というか……アンタはどれくらいまでの人里を知ってるんだい?」「命蓮寺と神霊廟の連中がハシャイでる頃じゃな。どちらの聖人が上か、とか里の者が酒の肴にしておったわい」「そこらへんかー。うーん……その後にさ、新しい参戦者が現れてね?」「ふむ――博麗の巫女か、狡知の道化師じゃな?」 少なくとも、場の空気を激変させる参加者などはこの二人しか思いつかん。 普通の魔法使いは、ワシが人里の動向を見守っていた時点ですでにおったしの。わりと聖人並の人気を得ておったぞ。「ん、そう。その後者の方が人里に現れるようになったの」「狡知の道化師か」「……まぁ、世間でそういう評価を受けてるから仕方ないけどさ。私の親友であるアキラをその呼び名で呼ばれるのは好きじゃないかな」「おっと失礼、ワシも晶坊の事は嫌いでないよ。……ただまぁ、相手構わず交友を言ってまわるには少々……なぁ?」「それは…………まぁ、否定出来ないかなぁ」「じゃろう?」 別段アヤツを悪く言うつもりは無いが、いかんせんアレはトラブルを引き寄せすぎる。 ……白蓮殿へ挨拶するだけの話が、アレだけ大事になったのは間違いなく晶坊のせいじゃと思うぞ。 と言うか、晶坊が動くだけで何であんな狙ったかのように面倒事のど真ん中へと突っ込むハメになるんじゃ。 断言してもええが、絶対晶坊呪われとるぞ。 その上で、本人が更に厄介事を引き起こすのじゃから……有り体に言って疫病神じゃよな。「ま、坊の呼び方はともかくじゃ。……何やらかしたんじゃ、アヤツは」「本人は悪い事、何もしてないんだけどね? ――皆からの印象とかガン無視で戦うから、里の人気がヤバい事に」「お、おぅ」「……普通、アレだけブーイング受けたら自分のやり方を改めようと思うよね? なんで平然と同じ事を続けられるんだろう」「人気が絶対である今の人里で、普通にソレが出来るってのはある意味凄いんじゃがな?」 なんというか、さすがと言う言葉しか出てこないのぅ。 恐らく、人気を気にして動く他の連中を「なんか知らんが勝手にハンデ背負ってくれるラッキー」くらいに思っていたのじゃろう。 うむ、他の連中を喜々としてカモにしていくアヤツの姿が鮮明な程に思い浮かぶわ。「晶坊、連戦連勝だったじゃろ」「そうだね。一番人気無いのに戦績が圧倒だったから、倒した時に上がる人気目当てで良く狙われてたよ……全部返り討ちにしてたけど」 それはアレじゃな、表向きボーナスキャラっぽく設定された裏ボスじゃろう? ワシはゲームもやった事あるから知っとるぞ。 なんと言うか……うむ、現状へと向かっていった理由が見えてきたのぅ。「そんな「現行の流れに真っ向から逆らってる癖に一番輝いてるヤツ」がおったら、そりゃ空気も悪くなるわなぁ」「まーそれでも、‘あの事件’が無けりゃここまで泥沼になる事は無かったんだろうけどねー」「……この上でまだなんかあるんかい」「あるよ、とっておきのが」「ふむ……それじゃ、あいすくりんおかわりじゃ」「あいよ。いやー、そんなにあいすくりんを気に入って貰えるとは思わなかったよ」 ……ああ、今のは「追加情報欲しけりゃもっと買え」って意味じゃ無かったのかい。 紛らわしい真似しおってからに、いくら何でも年寄りにあいすくりんのおかわりは辛いわい。 ――とりあえず、こころのヤツにでも渡しておくか。あのハマりっぷりなら二杯目にも手を出すじゃろ。 おお、食うちょる食うちょる。相変わらず何を目的として食っておるのかは一切合切伝わってこんが。「で、話戻すが。晶坊は何をやらかしたんじゃ?」「命蓮寺と神霊廟の聖人、同時撃破」「――は?」「命蓮寺と神霊廟の聖人――聖白蓮と豊聡耳神子を同時に相手にして完勝したんだよ」「…………マジか」「マジだよ」 いや、確かにそれなら納得じゃ。 そんな無茶苦茶な勝ち方を不人気者にされたら、この祭り? の存在そのものが全否定されるでは無いか。 色々詳しく聞いてみたいが……明らかに部外者である河童に話を聞いても、分かる事は少なかろう。 仕方あるまい――出来れば行きたくないのじゃが、久しぶりに命蓮寺へ顔を出すとするか。「うむ、色々と助かったよ。……ではこころ、次に行くぞ」「おかわり」「……食いながらで良いから行くぞ。ほれ、河童」「あいよー、サービスしとくからね!」「あむあむ」「……気に入ったのか?」「あむあむ」 だからどっちじゃ。