戦いの中で思い出していたのは、以前にあった夢想天生同士の重ね合いだ。 永遠とも思える一瞬の中で行われた、およそ激突とも言えなかった僕と霊夢ちゃんとの勝負。 何も分からないままに力を振るい、何も分からないまま線を越える。 今にして思えば、夢想天生の力に呑まれていた結果だろう。 最終的に意識を失ったのは、僕の未熟さを表す何よりの証拠だ。 ……あれから、多少なりとも成長した自覚はある。 顕魂乗垓――対夢想天生用の切り札も、偶然だけど形にはなった。 夢想天生を相殺されてもなお、霊夢ちゃんは強いけど――。 それでも、負けない。 意識はハッキリとしてる、自分がどんな力を振るっているのかも……ぼんやりだけど理解している。 だから、あの時と同じ轍を踏んでたまるもんか!! 顕魂乗垓と夢想天生。二つの力が互いを相殺していたとしても、それで僕の全ての力が失われているワケじゃない。 不変による強化が残っている以上――自棄になる必要は無い、賭けに逃げる必要も無い。 堅実に、確実に。先の先まで予測して、きっちり対策して、全力で勝利を奪い取る! 今の僕に――それが不可能であるものか!!「どっせぇぇぇぇぇい!!!」 攻防の末に、僕のロッドが霊夢ちゃんに直撃する。 お互い、そこそこのダメージを喰らってボロボロのはずだ。 この状況下でこの一撃は耐えられない。 ゆっくりと倒れる霊夢ちゃんの姿を確認した僕は、大きな声で天に吠えた。「僕の、勝ちだぁぁぁぁぁあああ!!」 ――まぁ、その後で力尽きてぶっ倒れたワケですが。 いちいち決まらないのが僕。知ってた。 幻想郷覚書 神霊の章・弐拾玖「雄終完日/異変はまだまだ終わらない」「だが待ってほしい、完璧過ぎないのがチャームポイントとは考えられないだろうか」「寝言は寝て言いなさい」「……はれ?」 自分自身に言い訳をブチかましていると、いつのまにやら居たアリスからツッコミが入った。 よく見ると、場所も命蓮寺の中に移動しているみたいだし。 アレ? ひょっとして、夢オチ? あの格好良い勝利シーンは、倒れた僕の願望的なサムシングだったんですか? ……いや、さすがにそこまでの妄想癖は持っていないはず。 ちゃんと手応えはあったし、そこから大の字で倒れるまでの記憶はハッキリとしてる。大丈夫。「…………僕、勝ったよね?」「自分でそう宣言したじゃないの」「良かった、夢じゃなかったか。……でも、何で僕はここに居てアリスに介抱されてるの?」「……覚えてないの?」「えっと、霊夢ちゃんを倒した所までは辛うじて」「倒れた貴方を回収しに来た私達と、会話した事は覚えてる?」「んな事あったの!?」 ヤバい、本格的にそこらへんの記憶が無い。 会話までしたのに欠片も覚えてないとか、若年性健忘症の恐れが!? あーでも、倒れた直後から意識は朦朧としてたけど、それなりに元気は残っていた気もする。 その状態で曖昧なまま会話をした可能性が……ありそう。わりかしありそう。「ふーん、覚えてないんだ」「うぐ、すいま――せ?」 あら? なんか、アリスさんホッとしてない? 会話丸々バッサリ忘れてるのに、このリアクションはどういう――ふむ。 魅魔様か神綺さん、解説よろしく。 〈いつも通りに見えつつも、実は微妙にテンションが上ってたアリス痛恨の失言〉〈アリスちゃんったら、貴方が勝って凄いはしゃいでたのよ? だからいつもより素直になったのね〉 ナニソレ超見たかった。いや、見てるはずなんだけど。「ワンスモアプリーズ! もう一度、やり直し要求します!!」「死ね」「あらやだ、いまだかつて無いセメント対応」 そんなにか……そんなにもアレな失言だったのか。 知りたい、超知りたい。魅魔様か神綺さん、内容を教えてください!〈仕方ないなぁ、超面白そうだから教え―――gggg〉 あれ、魅魔様? 神綺さん?「試作してみたこの『スピリット・ジャマー(仮)』、ちゃんと効果があったみたいね」「え、ナニソレ」「大した効果じゃ無いわよ。一時的に貴方と魅魔、神綺様との繋がりを邪魔して交信出来なくする道具ね」「完全に靈異面、怪綺面対策だー!?」 やだ、そんなの用意してたの怖い。 そしてソレを、こんなどうでも良い場面で使う彼女が一番怖い。「……良いからほら、もうちょっと寝てなさい。貴方だって多少は疲れてるんだから」「優しさ全開風に語ってるけど、単に話を誤魔化してる事実を僕は忘れれれれ」「マッサージだから」「まだだだだ何も言ってななななな」「マッサージだから」「わわわ分かった! 分かったから開放して!!」「分かればよろしい」 ふひー、身体中ギッチギチに痛い。 と言うか何さ今の謎関節技、アリスさんなんか無駄にテクニカルになってない? どう仕掛けられたのかサッパリ分からなかったんだけど。……着実に柔の技を極めつつあるよね。「さて、それじゃあ貴方が倒れた後の事を話しましょうか」「……その後にも何かあったの?」「まぁ、異変に関しては何も無いわ。貴方達が元凶を叩いて終了よ」「異変以外ではあったんだ」「アンタの姉が、「元凶は晶が倒したけど、コンビと離れて活動してたので失格」って言い出したのよ」「……あー、つまり無効試合になったって事ですね」「いえ、「勝利者無し」として賭けそのものは有効としたみたいよ」「紫ねーさまぁ……」 そんな火種にニトログリセリンぶっこむような真似したら、色々荒れるに決まってるじゃないですか。 ワザとですか、ねーさま。……ワザっとっぽいなぁ。「今は、八雲紫狩猟後夜祭の真っ最中ね」「何それ、後夜祭なのに一番規模が大きそう」「幻想郷を巻き込んだ百鬼夜行みたいになってるわ。……今日は、家に籠もった方が身のためね」 神子さんの異変が前座になるレベルじゃないですかソレー!? わぁ、人里の外どころか命蓮寺からすら出たくない。 果たして、どれだけの人間妖怪神様達がねーさまを探してるんだろうか。 良く分からないけど、一つだけ分かる事がある。……確実に紫ねーさまは見つからないんだろうなぁ。「ところで、他の異変参加者達は何してるの? ねーさま狩り?」「同じように命蓮寺で寛いでるわ。さすがに、もう外に出る気も無いんじゃない?」「まー、そもそもにしてやる気の出ない祭だしねぇ」「ちなみに、すでにやる気皆無で明日になるまでずっと寝る宣言した巫女から伝言があるわよ」「え、参加者達が全員命蓮寺で寛いでるって事は霊夢ちゃんもだよね? あの子、命蓮寺でずっと寝るつもりなの!?」 外の世界では神仏習合とかやってるけど、こっちは普通に別モノ扱いなはず。 言わば商売敵なのに堂々とお寺で寝るとか、肝が太いってレベルじゃ済まない気がする。「勝った気がしないなぁ。いや、確かに勝ったんだけど。実感が湧かないと言うか……」「なら丁度いいわね」「何が?」「言ったでしょう? 伝言があるって――「次は勝つ」だそうよ」「…………」「口元、緩んでるわよ」「べ、別に緩んでねーし。至って普通だし」「……ふふ」 うぐ、物凄い生暖かい笑顔を向けられてしまった。 いやだって、あの霊夢ちゃんがだよ? よもやそういう類の台詞を言うなんてねぇ……。 この一言だけでも、十分に頑張ったかいがあるってもんですよ。 ってアレ、なんすかアリスさん? 生暖かった笑顔が生温い感じになってますが。「ま、頑張りなさいよ。今後は今まで以上に大変な事になるだろうけど」「……へっ?」「異変の元凶との戦いも、その後の霊夢との戦いも――全部、隙間から見てたわよ」「パ、パードゥン?」「「不変」はもちろん、「顕魂乗垓」を使う所もバッチリ見たわ。多分賭けの参加者全員が見たでしょうね」「……酷くない?」 僕の切り札中の切り札が、ただの一回で周知の事実に!? ねーさま何してくれてんの!? ワザと? ワザとなの――まぁ、ワザとなんだろうなぁ。 さすがに「顕魂乗垓」レベルの力は、弟と言えど見過ごせないって事なのか。 つまりコレは一種の牽制、なんだろう。そういう所はさすがねーさまと言わざるを得ない。 でも、もうちょっと加減してくれても良いんじゃないかな? せめて顕魂乗垓をもうちょっと使わせてもらってからでも……ああ、あんなモノ頻繁に使われても困る? 仰るとおりで。「それだけの力が今の貴方にはあるって事よ。霊夢も倒した事だし――今後は、今まで以上に狙われる事になるわね」「マジっすか……」 いやまぁ確かに、霊夢ちゃんに勝てるくらいの力があれば狙われるのもやむなしって感じだけど。 出来れば、僕はもうちょっと平穏な生活を過ごしたかったなぁ。「ま、今更と言えば今更の話だけど」「そう言われるとその通り過ぎて、もうなんて言えば良いのか」「それに、一回見ただけであんな出鱈目な切り札何とか出来るヤツなんて早々いないわよ」「霊夢ちゃんはほぼ一発で対応しましたが」「あんな特例中の特例を一般例みたいに言われても困るんだけど?」 それもそうか。さすがに、誰も彼も霊夢ちゃんみたいに対応出来るワケないよね。 と言うか、夢想天生クラスのスペカを標準装備されてても困ります。どんな修羅の国だ幻想郷。 ……とは言え、だ。幾ら最強の切り札とは言え、常に通じると思うのは甘い考えだろう。 まぁ、そもそも「不変」そのものが気軽に使えない技だしね。 不変抜きでの勝率も上げないとなぁ……課題はいっぱいだ。「やれやれ、どっちにしろ気が重いよ。――とりあえず今日だけは、全て忘れてゆっくりしよう」「ま、そうしなさい。さすがに今日はコレ以上のトラブルは――」「ただいま! 皆、戻ったわよ!」「――前言撤回、まだまだ終わりそうに無いわね」 わー、フラグ回収超はやーい。 勢い良く扉を開き部屋に入ってきたのは、ちょっと前に旅に出たはずの封獣ぬえさんだった。 ……少なくとも、帰ってきたって噂は聞いてなかったよね。 更に彼女の後ろには、見知らぬ妖怪の姿が。 あ、これは凄い厄介事の匂いがする。絶対何か面倒な事になる。「……あれ、誰かと思えば人間災害じゃない。何で命蓮寺に居るの?」「まぁ、色々とありまして。そういうぬえさんは――目的を果たしてご帰還ですか?」「ふふん、そうよ。彼女が私の……いえ、命蓮寺の新しい協力者!」「二ッ岩マミゾウじゃ、よろしく頼む」 やたら古風な喋り方で、マミゾウと名乗った女性は右手を軽く振った。 外見は――なんていうか、モロに狸。隠す気のない尻尾と耳に、手に持った酒瓶と頭に乗せた葉っぱ。 ここまで分かりやすい外見をしてくれていると、無意味に拍手を送りたくなる。 だけど何だろう。この妙な違和感と言うか、既視感と言うか……んんっ?「お主が噂の人間災害か。なるほど、人間らしからぬ強大な力を感じるのぅ」「…………」「ん、なんじゃ? ワシの顔に何かついているか?」「――ひょっとして、マミさんですか?」「うむ、そう名乗ったが?」「そうじゃなくてえっと……外の世界で会いましたよね」「外の世界で?」「あ、そういえば以前と外見変わってたっけ。僕です、久遠晶です」「久遠晶……むむっ、ひょっとして晶坊か!?」「そうです、お久しぶりですね。――と言うか、マミさん妖怪だったんですね」 まぁ、出会ったのは外の世界での事だからなぁ。 当時の僕はただの一般人だったし、わざわざ妖怪だなんて自称はしないだろう。 ――っと、アリスとぬえさんが置いてきぼりくらって怪訝そうにしてるね。「……人間災害とマミゾウって知り合いなの?」「うん、外の世界で道に迷った所を助けてもらってね。まぁ、それだけと言えばそれだけなんだけど」 あれは僕が、幻想郷を探し求めて夏休みに旅をしていた頃の話だ。 確か、東北地方に行った時だったかな? 勘に任せて動いた結果、見事に迷子になった僕の前に現れたのがマミさんだった。 途方に暮れている僕を優しく案内してくれて、おまけにお菓子までくれて……あのお菓子美味しかったなぁ。「あそこでマミさんに助けて貰わなかったら、僕はどうなっていた事やら」「はっはっは、礼なぞいらんよ。―ーぶっちゃけ、隠れ里に近付かれてたから追い払っただけじゃしな」「え、そうだったんですか!?」「おうよ、一直線に里に向かってくるから何事かと思ったわい。妖怪退治屋かと思ったらただの人間じゃったしな」「適当に歩いてただけなんですけどねー」「……外の世界に居た頃から、か」 いや、本当に偶然だから。だからその呆れた目は勘弁してくださいアリスさん。 しかし……隠れ里かぁ。マミさんが妖怪である事を考慮すると、幻想郷みたいな所なんだろうね。 辿りつけなかったのが残念なような、むしろ見つけなくて逆にホッとしたような。「ま、何にせよ昔の話じゃ。お互いその時とは状況が違うしの、改めてよろしく頼む」「あはは、そうですね。こちらこそ改めてよろしくです」「しかし聞いてた話と違うのう。命蓮寺に人間の協力者はおらんと聞いておったが」 「えっ」「そういえば……人間災害、正式に命蓮寺の人になったんだ」「えっ」 いや、僕はただここで寝てただけで命蓮寺とはほぼ関係無いんですけど? ……まぁ確かに、こんだけ堂々と寛いでいて無関係はさすがに説得力が無いか。 とりあえず否定しないと――と、思った所で何故か手を掴まれた。 掴んで来たのはぬえさんで、どうしてか期待に溢れた表情をしている。 あ、これはダメだ。弁明を入れる余地一切無さそう。「それじゃ丁度良いから、一緒にマミゾウの紹介をしに行きましょうか」「いやあの、僕はですね……」「まずは聖ね! 真っ先に聖に紹介しないと!!」「えっと、白蓮さんは今外出中だから真っ先には無理があると……」「あ、そうなんだ……じゃ、外に探しに行きましょう!」「――え゛っ」 今のこの、八雲紫狩猟後夜祭真っ只中の外に行くの? それは、鴨がネギとダシと鍋を背負って歩く事と何が違うんでしょうか? と言うかそれ以前に、僕は命蓮寺と何の関係も――うひょぅ!? ぬえさん意外と力強い!? いや違う、僕が微妙に弱ってて抵抗出来ないんだ!? ヤバいヤバい、引っ張られる。助けてアリスさん!「……行ってらっしゃい」 ああ、係わり合い完全拒否の笑顔!? 神は死んだ!「止めてー!! 絶対何かある! 絶対ロクでもない事になる!!」「大袈裟ねぇ、ただ聖を探すだけじゃない」「僕の危機感知センサーが言ってるんだよ! 今外に出るのは危険だって!!」「あれだけ強い癖に、人間災害は意外と臆病なのねぇ」「ダメだ! この人何も分かって無い!? マミさん、せめてマミさんがストップを!!」「――面白そうじゃからこのまま行こうか」「こっちはこっちで問題思考だぁぁぁ!」 異変終わったよね? それなのに、なんでまたトラブルに首を突っ込もうとしてるの? そうして無情に連れ去られていく僕。アリスはそれを、ずっと生暖かい目で見守っていたのでした。 ちくしょう、後で覚えてろよぅ! ――ちなみに白蓮さん探しですが……まぁ、一応は上手く行きましたと言っておきます。色々犠牲もあったけどネ!