「や~ら~れ~た~」「ふぅ……ギリギリだったわね」「うにゅぅ、悔しいなぁ。勝てると思ったのに」「実際ギリギリだったわよ。次やったら、もう勝てないかもね」「そんな事言うけど、次も普通に勝つつもりだよね?」「勝ち目が無いならそもそも戦わないわよ、私は」「そういう考え方ってさ――お兄ちゃんの考え方とほぼ同じじゃない?」「ななな、何を言ってるのよ」「……アリスって、結構面白いよね」「その、あからさまに晶と同類的な扱いは止めなさい」「……もう、同類で良いんじゃないかなぁ」「絶対に嫌」「今のアリスを見てると、プライドなんて持っててもしょうがないんじゃないかなぁって思っちゃうよね」「その考え方は晶で危険だから止めておきなさい」「さすがにあそこまで極端には走らないよ……と言うか、晶で危険って言い方は」「事実でしょう?」「あはは……」「アレはもうちょっと落ち着きを――あら?」「あれって隙間……だよね?」「さて、今度は何を始めるのかしらね。あのスキマは」幻想郷覚書 神霊の章・弐拾漆「雄終完日/顕魂乗垓」 んー、これで終わった……のかな? 警戒心をフル動員しながら、僕は伸ばしたロッドで倒れている神子さんを突っついた。 ちなみに、僕のスペカはすでにブレイクしている。 終わってなかった場合、確認じゃなくてトドメになっちゃうからね。 勿体無いけど、解除しておくのが礼儀だろう。 ……まぁ、不変状態なら調節は出来そうだけど。そこらへんは今後の訓練次第かな。「うん、完全に気絶してる」「気になるなら、もう何発か弾幕を叩きこめば良いじゃない」「そこまで鬼畜になるのはちょっと……それに、それをキッカケに目覚められたら困るじゃん」「後半の方が本音よね」「ハハハ」 ともかく、これで異変の方は一段落か。 アレだけいた神霊も、神子さんのスペカの影響ですっからかんになっている。 ――とりあえず、僕が増やした分はこれで帳消しかな!!「さて、次はアンタね」「……何が?」「何がって、異変の黒幕を退治したら次はアンタの番じゃない」「いや、さも当然のように言われても。心当たりが何もないんですが」「アンタ、異変の真の黒幕みたいなもんでしょ。神霊アホみたいに増やしてたし」「その件に関しては、異変の最初にケジメのパンチを喰らったはずでは!?」「えっ」「えっ?」 何言ってんだ、と言わんばかりのリアクション。 あっれぇ? じゃあ何であの時、僕はきりもみ回転までしてぶっ飛んだのかなぁ?「‘とりあえず’殴るって言ったわよ、私」「保留的な意味だったの!?」「‘とりあえず’異変の元凶から叩き潰す、とも言ったわ」「異変の元凶が目の前にいるのに、なんで次がある的な言い方だったのかと思ったら!?」 それ、完全にラスボスの扱いですよね? と言うか神子さん、霊夢ちゃんにとっては前座だったの!? ダメだ、なんかもう色々と衝撃的過ぎて目眩がする。 とりあえず、ライバルとして勝負するつもりだった僕は若干の涙目である。 「ちくしょう! どーせ僕は悪の暗黒大皇帝だよ!! 我こそが真なる悪だとか言って高笑いしてるポジションだよ!」「どっちかと言うと真なるバカよね」「あくまでも辛辣! せめて、せめて何かのフォローを!!」「どうでも良いわ」 知ってた。まぁ、霊夢ちゃんならそう言うよね。 こっちが落ち込んでいようとお構いなしで攻撃してくるんだから、凹んでる暇すらありゃしない。「じょーとーだよ! 今の僕を、そう簡単に仕留められると思うなよ!!」「そうね、勝てないかもしれないわ」「――へっ?」 ヤケクソ気味な僕の言葉に、いつも通りの淡々とした様子で霊夢ちゃんが答えた。 あまりにもいつも通り過ぎて、それが弱音だと気付かなかったくらいだ。 いや、これは弱音……なのかな? 普通に思った事を言っただけの気がしないでもない。 とは言え、それはそれで大事だけども。――え、マジっすか?「えっと、新手のジョーク?」「何がよ」「や、いきなり勝てない宣言とかしたからさ。さっきの戦いで全部出しきっちゃったとか?」「あれくらいならまだ余裕よ。……アンタの切り札さえ無ければ、この後も手こずりはしないでしょうけどね」 あーなるほど、そういう事か。 霊夢ちゃんはどうやら、先程の「顕魂乗垓」を警戒しているらしい。 まぁ、そういうつもりで作ったんだから意識して貰わないと困るんだけど。 正直な所、ここまで言われるとは思わなかった。 異変開始前は「自分より強いけど負ける気はしない」だったのが、今や「勝てないかもしれない」である。 と言うかそんなレベルで評価変わるの? 僕の切り札、そんなにヤバいの?「‘対夢想天生’――違うわね。‘アンチ夢想天生’と言った所かしら。あの『出来損ない』から良くここまでもっていけたわね」「……バ、バレバレ?」「バレバレ」 うーむ、パッと見では分からないと思ったんだけどなぁ。 確かに「顕魂乗垓」の大本になってるのは、以前に使った夢想天生モドキだ。 ただ、あくまでモドキはアイディアの叩き台になっているだけなので、内容的には完全に別物である。 ……うん、その内容を一言にすると霊夢ちゃんの言う通り「アンチ夢想天生」になっちゃうんですけどね。 これひょっとしてアレ? 一発で見極められてるいつものパターン? 切り札なんですよー?「ま、まぁ、叩き台が分かってもどんなスペカまでは分かるま――」「剣に棍に……それに錠前に鎧かしら。それで纏めて剣棍錠鎧は単純過ぎよね」「良いじゃん! かっこいいじゃん顕魂乗垓!!」「『奪う』剣と『封じる』錠前の力を、棍で『繋げ』て鎧で『増幅』する――それを叩き台に乗っけた結果があのスペカなワケか」「ぶっふー!?」 本当に初見でモロバレしたー!? もうやだ、博麗の巫女怖すぎじゃない!? スペカに利用したアイテム全部バレてるよ!? 霊夢ちゃんの言った通り、顕魂乗垓は「神剣の力と三叉錠の力を魔法の鎧で増幅して身に纏う」と言うスペルカードだ。 ‘あらゆるものに縛られない’夢想天生の真逆を行く、’あらゆるものを縛りつける’夢想天生字余りの発展形――だったら良いなぁ。 うん、そう、あくまでコンセプトが発展形なだけで、実際はなんちゃってアンチ夢想天生なんだよね。 ま、博麗の巫女の究極奥義なワケだから? アンチとは言え簡単に出来るワケ無いし? とりあえずそれらしい形になれば良いのさ! 将来的に必殺技になれば問題なし!! と言う精神で作ってみたんだけど。 ……実際に使ってみたら、想定以上に出来が良いと言うかアレ? なんか手応えあり過ぎない? と言うか。 ――やっぱコレ、完成してるよね。 最終的な目標であるはずの、‘あらゆるものを縛り付ける’所まで行き着いちゃってる気がする。 だからこそ、霊夢ちゃんがあんな発言しているワケだし。 いや、どうしてだろうね。何がどうなってこんな超進化したんでしょうか。 それと――動揺からスルーしてたけど、さっきの霊夢ちゃんの発言でちょっと変な所があったよね。 「あのさ、『棍で繋げる』って何の事?」「……ああ、気付いてないんだ」「え、何その意味深な言葉」「アンタ、なんでスペカの名前に棍を混ぜたのよ」「一応は棍も使ってるし、仲間ハズレは可哀想かなーって」「つまり、意味は無いけど入れてみただけと」「さようですけど……」 え、このロッドってそんな重要な役目を担ってたの? ただの軽くて丈夫な棒だと思って、そこそこぞんざいな扱いしてたんだけど……。 呪われない? もしくは怒られない?「わりとあっさり貰ったロッドだけど、月の曰くありげな一品だったのかなぁ」「いや、月は関係無いわよ。そのロッドがそうなったのはアンタのせい」「え、どういう事?」「―――」 あ、あれは説明するのが面倒になった顔だ。 まーうん、霊夢ちゃんの性格から考えてかなり教えてくれた方だよ。 後は自力でなんとかしましょう。それでも分からなかったら分かりそうな人に素直に聞こう。 ……教えてくれる人、一人もいない気もするけどね! この手の問題だと、皆分かりやすいくらいにイジメっ子になるからなぁ。 僕をイジメて楽しんだろうか。楽しいんだろうね。「とりあえず、倒すわね」「まぁ、そういう流れになるとは思ってました」 しかし、最後まで扱いは「とりあえず」かぁ。 別に良いけどね。霊夢ちゃんが淡々としているのなんていつもの事だし。 だけどやっぱり寂しいなぁ。そこまで徹底してライバル視してたワケでは無いけど、障害物A扱いは辛いっす。「…………」「ん? どうしたのさ霊夢ちゃん、考えこんで」 「……………始める前に一つ、提案があるのだけど」「ほぇ」「ここからの勝負は、「夢想天生」と「顕魂乗垓」のみで行わない?」「え、何で?」 確かに、最終的にはそういう流れになるんだろうけど。 いきなり最初からそれって、ちょっと飛ばし過ぎじゃありませんか? と言うかソレ、事実上ガチンコ勝負の提案ですよね。 俺の夢想天生とお前の顕魂乗垓、どっちが上か白黒ハッキリさせたろうやないけって事ですよね?「お互いの奥の手なんだから、切り時とかを考えるのも戦略の一つだと思うんですが」「まぁ、そうなんだけどね」 彼女にしては珍しい、歯切れの悪い態度。 困ったように頬を掻きながら、何か色々と言葉を探して――面倒くさくなったのか普通に口を開いた。「面白そうじゃない」「面白そう?」「無敵の盾と最強の矛。ぶつければどっちが勝つのかなんて、誰もが一度は考える事でしょう?」「――霊夢ちゃん、頭打った?」「……たまには、私もそういう事を思うのよ」 若干の恥ずかしさを含んだ表情で、肩を竦める霊夢ちゃん――含んでるよね? 恥ずかしがってるよね? まー、確かに意外と言えば意外だけど、霊夢ちゃんだって年頃の女の子だからねぇ。 そういう事を考えてもおかしくは無いか。……男の子っぽい夢って気もしないでもないけど。「とは言え、自分でも正直こんな事を考えるなんて思わなかったけどね」「あ、やっぱそうなんだ」「アンタは厄介者の見本市で、事あるごとに色々やらかす黒幕気質だけど――同じくらい面白いと思ったわ」 それはもう、獰猛と言うのが相応しい素敵な笑顔だった。 具体的に例えると、絶好調時の幽香さんに近い。色んな意味で近い。 うん、なるほど――なんか火がついちゃってますね。コレ。 あの何があっても淡々としているクールっぷりが売りの霊夢ちゃんから、バトルジャンキーの匂いがしてますわ。「……一応確認するけど、怒ってるワケじゃないんだよね?」「なんでよ」「その、博麗の巫女の奥義を魔改造しちゃったワケだし」「別に独占した覚えも無いわよ。使いたいなら好きに使えば良いじゃないの」「つまり、そのスマイルに裏は無いと」「無いわよ」「……そんなにもお気に召したんですか、僕のスペカ」「お気に召したワケじゃないけど――夢想天生で、是非とも捻じ伏せてみたいわね」 本当に‘ワクワク’とした様子で、御幣をクルクル回して見せる霊夢ちゃん。 正直ちょっと引いた。引いたけど……うん、ソレ以上に嬉しいかも。「良いよ。うん、力比べしよう」 少なくとも、障害物Aとして扱われるよりはずっと良い。 僕はロッドを握り直し、軽くステップを踏みながら小さく距離をとった。 どちらにせよ、神子さんを同時に仕留めた時点で決着をつける必要はあったんだ。 なら、より分かりやすい形で勝つ事に異論はない。 僕だって男の子だからね! 真正面から打ち砕けるならそれが一番さ!!「負けない――いや、勝たせてもらうよ! 霊夢ちゃん!!」「わりとどっちでも良いわ」「あ、そこはいつも通りのスタンスなんですね」 拍子抜けはしたけど、逆になんか安心しました。 とにかく、やる事が決まれば後は簡単だ。 僕と霊夢ちゃんは互いにスペルカードを構えると、ほぼ同じタイミングで発動した。」 ―――――――「夢想天生」 ―――――――「顕魂乗垓」 装身具が光に変わる僕、一見すると何も変わらない霊夢ちゃん。 恐ろしいほど静かな空気の中で、僕達は一歩ずつ一歩ずつ近付いていき――棍と御幣を、ほぼ同時に振り抜いた。「はぁぁぁっ!!」「――疾ッ!」 激突する、光の棍と御幣。 縛られない力も、縛りつける力も発動していない。 それは、二つの力が完全に拮抗している証左だ。「今のところは、五分と五分!!」「後は、どちらが先に音を上げるかね」 そう言いながら、御幣による鋭い突きの連撃を放つ霊夢ちゃん。 お互いの全力が互角なら、後は相手を弱らせるしか無い。 能力無しで純粋な技量による対決だから、素のスペックなら色々と不安が残るんだけど……。 不変状態なら、技量でだって負けてない!! 僕は霊夢ちゃんの連撃を、同じく突きの連撃で全て叩き落とした。 よし、これなら――基礎スペックの差でこっちが押せる!!「てりゃりゃりゃりゃぁ!!!」「――ちぃっ」「んでもって、もういっぱぁっつ!!」「く、甘い!!」 牽制の連打から、本命の一撃を胴体に叩き込む。 だけどその一撃が当たる前に、数発の針が僕の肩へと投げ込まれた。 当然、今の状況下で『奪う』事は出来ない。 僕は無理矢理身体を反らすが、それでも一本の針が突き刺さってしまった。 更に霊夢ちゃんは、ロッドの回避を試みるが――さすがにそこまではさせない。 一気に突きを加速させ、僕はその脇腹に全力の一撃をお見舞いした。「くぅ……」「かはっ」 互いに距離を取り、ダメージを受けた箇所を抑えながら相手を見据える。 対妖怪用の針だから、直撃しても刺さった以上のダメージは無い。……それでも十分痛いけど。 しかし、こちらの一撃も思ったより手応えが無かった。残念ながらこの攻防の結果は痛み分けと言った所だろう。「なかなか、思うようにはいかないね」「全くね」「だけど――ふふん、このままやれば勝てるって気がしてきたよ」「奇遇ね、私もよ」「なら――」「改めて――」「「―――勝負!!!」」 交差する、僕と彼女の一撃。 互いの切り札を切っての力比べは、恐ろしい程シンプルな肉弾戦となったのだった。