「う……うぅん……はっ!?」「……おはよう」「むっ、屠自古――どうしたお主、その格好は!?」「……その言葉、そのまま返すわ」「なんじゃ――おおぅ!? な、何故我も縛られておるのじゃ!?」「十中八九、狡知の道化師の仕業でしょうね」「な、なんと!? おのれ、卑劣な真似を! 正々堂々と戦えぃ!!!」「………もういないわよ」「ど、どういう事じゃ!?」「どういう事もこういう事も――負けて、捕縛されて、その辺に転がされたんでしょう」「むむむ……そういえば、なんかデカいのに攻撃された覚えが」「狡知の道化師もだけど、あの人形遣いも洒落にならない強さだったわね」「うむ、そうだな。……しかし、我々を捨ておいたと言う事は――よもや今頃は太子様の所へ!?」「で、しょうね」「でしょうね、では無い! 呑気に寝転がっている暇があったら、とっととこの縄を――」「外してみなさいよ」「言うまでもない。こんなもの、我にとってはちょちょいの……ちょちょいの……」「…………」「解けんでは無いか!!」「そうよ!!!」「む、むむむ、なんじゃコレは……ただの縄では無いのか!?」「無いわね。亡霊の私ですら拘束するのだから、当然何かしらの仕掛けはされているでしょう」「えぇい、忌々しい! と言うか屠自古、なんでお主はそんな落ち着いておるのじゃ!?」「――私の額に貼ってある札、見える?」「うむ、見えるが?」「コレ、土着神の力が込められた札だわ。しかもかなり格が高いの」「……なんじゃと?」「さすがに、私を滅する程の力は無いけどね。――ゴメンちょっと無理キツい超キツい」「と、屠自古ー!? しっかり、しっかりするのじゃー!?」幻想郷覚書 神霊の章・弐拾参「雄終完日/猫と子猫のロックンロール」「上海、蓬莱」 フランドールとの距離を一定に保ちながら、人形二体で左右から彼女を挟撃する。 身体そのものが凶器である吸血鬼相手に、真正面から戦うのは愚の骨頂だ。 ――攻撃は最低限、あくまでも目的は牽制に留める。 私に、無理をしてまで彼女を倒す理由は無いわ。 晶を先に進ませられた時点で、私はすでに目的を果たしているのだから。「こ――のぅ!!」「アマーイ」「ミエル!」 腕を振るう、そんな簡単な動作ですら武器になる。 それは警戒に値する驚異的な力だけど、避けられない程の災厄でもない。 少し、彼女に教えてあげましょうか。……どれほど強力な弓でも、弦を引けなければ何の意味も無いのだと。「さ、踊ってもらうわよ」 自分の後方に三体ほど人形を並べ、フランに対して弾幕をばら撒く。 手当たり次第と言うのは私の好みじゃない。相手の動きさえ分かっていれば、最低限の弾幕でも妨害は可能だ。 後は弾幕の合間を縫って、上海と蓬莱をけしかければ終わり。 ほら、フランドール・スカーレットは何も出来ないわ。「むむ……なら、キュッとして――」「残念、一手遅いわよ」 彼女の能力は知っている、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だ。 以前ならともかく今のフランドールなら、その力を私に向かって振るう事は無いだろう。 だとすると狙いは明白、破壊対象は私の人形達となる。 それが分かって言えば対策も容易だ。 私は相手の能力が発動する瞬間、上海と蓬莱を爆弾として使っている人形達とすり替えた。 彼女の能力がどうやって物を破壊しているのか、正確な所は分からないが――物理的な衝撃が加わるなら人形達は爆発する。「きゃっ!?」「強力な力でも、用途が分かっていれば対応は出来る。……そういう事ね」「……ふぅ。やっぱり、アリスさんは凄いね」「褒められるような事はしてないわ。全部当たり前に出来る事で、私はそれを必要な所で行っただけの話よ」「それが凄いんだよ。アリスさんも――そして、お兄ちゃんも凄い」 爆発に巻き込まれたフランドールは、軽く吹き飛ばされた後にすぐさま体勢を整えた。 ダメージは軽微、おまけに吸血鬼の回復能力で受けた分も相殺。……倒すとしたら実に割の合わない相手だ。 だがしかし、そんな彼女は私の事を恐れすらしているような目で真っ直ぐ見据えている。 「……貴女はもうちょっと、アレを正当に評価していると思っていたわ」「あはは。普段のお兄ちゃんはそうだね、頼りになるけど頼りないと思ってる。――けど今言ってるのは、二人の‘強さ’の話だよ」「吸血鬼と比べれば、私も晶も貧弱な生き物でしょうに。随分と高い評価ね」「弱いから、だよ。――昔の私の価値観で言えば、だけどね」 その価値観が、誰の手で壊されたのかは聞くまでも無いだろう。 ……ふぅん、なるほどなるほど。「私を、アレと同じ部類に入れるのは止めなさい」「ほ、褒め言葉だよ?」「私にとってはそうでないのよ。ま、そういう気持ちは分からないでも無いけどね」 以前のフランドールが戦えた相手の中で、私や晶と同じ人種と言えば……辛うじて咲夜が居るくらいではないだろうか。 もっともそれは紅魔館の連中やその来客の大半に、絡め手を使う必要が無い程の力があると言う意味でもあるが。 少なくとも、あの馬鹿ほど形振り構わない輩は……私もアイツしか知らないわね。 力ある者なら、誇りがある者なら決して選ばない正道から外れた道筋。 そこを胸張って真っ直ぐ進む馬鹿の姿が、彼女の瞼の裏には強烈に焼き付いているのだ。 故に、彼女は私を恐れる。 なぜなら彼女にとって、私はあの馬鹿と同じ『形振り構わない輩』なのだから。「……私は、アレと違って手段は選ぶわよ」「お兄ちゃんも似たような事言ってたよ。望んでる結果があるんだから、どうやったって手段は選ぶ必要があるって」「アイツは結果さえ良ければどんな手段でも許容するでしょうが……私はあそこまで馬鹿やらないわ」「そうかなぁ……こうして戦ってみて確信したけど、アリスさんからはお兄ちゃんと似た雰囲気が」「捻り潰すわ」「ぴぃ!?」 あらあら、悪魔の妹ともあろう者が情けない鳴き声をあげるわね。 一応は戦闘中なのだから、相手に呑まれるのはどうなのかしら。「お兄ちゃんがアリスさんに頭上がらない理由を、今ハッキリと理解したよ」「それは良かった。なら、このまま倒される覚悟も出来たかしら?」「んー、そっちはまだかなぁ―――どかん」「不意打ちは無駄―――っ!?」 突然の攻撃ではあったが、私もその程度の警戒をしていなかったワケでは無い。 再び私は上海と蓬莱を爆弾人形と入れ替えるが――次の瞬間、全ての人形達は動きを止めて地面へと転げ落ちた。 まさか、狙われていたのは――人形を操る糸!?「見えない物を壊すのは初めてだったけど、そこにあるのなら上手くやれるみたいだ――ねっ!!」「くっ!? なるほど、さっきまでの戯れ言は、壊す物を見極めるための時間稼ぎだったワケ?」「えへへ――お兄ちゃん直伝だよ!!」 新しい人形を用意させる暇を与えず、フランドールが私に接近戦を仕掛けてきた。 まったく、随分とまぁ小賢しいやり方を覚えたものね。 私なんかよりも、よっぽど貴女の方があの馬鹿に似ているじゃないの。 ……しかし、その狙いは敵ながら天晴と言う他がない一手だった。 人形遣いの生命線、切られるまいと常に注意していた糸をこうも容易く断ち切る――いえ、破壊するとはね。 だけど――迂闊に近づいたのは判断ミスよ!!「隙あ――」「無いわよ!」「ほにゃあ!?」「上海、蓬莱!!」「シャンハーイ」「ホウラーイ」 相手が攻撃する手前、右腕を振りかぶった瞬間に私はフランドールの懐に飛び込んだ。 振り下ろされる右手に手を添え、その勢いを流す形で相手の身体を投げ飛ばす。 これで距離は確保出来たけど……全ての人形に糸をつけるのは無理ね。 私は上海と蓬莱に魔力の糸を繋ぎ、投げ飛ばしたフランドールに対する壁となるよう二人を移動させた。 「び、びびび、びっくりした! 凄いびっくりした!!」「……大袈裟ね、ただ投げただけじゃない」「投げられたからビックリしたんだよ! えっ、アリスさんって魔法使いだよね?」「魔法使いだって護身術の一つや二つ使うわよ」「今の護身術の範疇に入るの? それに、パチュリーは動く事すら嫌がってたけど?」「アレは出不精なだけ」「魔理沙は動く方だけど、それでも私と接近戦するのは嫌がるよ?」「私はアイツを魔法使いと認めて無いわ」「……認めてない理由は別にあるんだろうけど、今の流れだと護身術を使えないから魔法使いじゃないって言ってるように聞こえるよ」 まぁ、私が多少武闘派に寄っている事は否定しないわ。 以前はそれでも魔理沙とどっこいどっこいで、魔法使いにしては動ける方……くらいの扱いだったのだけどね。 とりあえず晶が悪いわ。後で合流したら、あの馬鹿を軽く捻っておきましょう。 ――さすがにそれは冤罪が過ぎると思います! アリスのアリス!! 都会派魔法使い(死文化)! 上海、あっちよ。「ナーンデヤネーン」「わっ――アレ? ……えっと、今の弾幕って……何かの布石とかそういうの?」「気にしなくて良いわ、私的な用件だから」「……あー、お兄ちゃんかー」「概ね間違っていないけど、即答された上に納得までされると少し不愉快ね」 「アリスさんが変な事する時って、八割がたお兄ちゃん絡みの事だから」「…………それ、メディスンにも言われたわね」 別段、思う所は無いわよ。あの素っ頓狂を相手取れば、必然おかしな行動になるのは当たり前の話だし。 思う所は無いけど……ちょっとだけ本気を出すわ。「あ!? 分かるよ、私にも分かったよ!? アリスさん、私に八つ当たりするつもりでしょう!?」「気のせいよ」「気のせいじゃないって! なんか、さっきまでと雰囲気変わったもん!! 完全に私を倒すつもりでいるよね!?」「気のせいよ」「人形増えてるぅ……」 それは貴女に隙があったからよ。元々、上海と蓬莱だけじゃ足りないとは思っていたもの。 まぁ、当初の予定と違う動きになっている事は否定しないわ。 最初は糸を切られた人形達の糸を、もう一度繋ぎ直して再利用するだけのつもりだったのだけどね。 だけどそれは、単なる戦術的な理由による作戦の修正だ。 そこに腹いせとか八つ当たりとかの、幼稚な衝動による意思の介入は無い。 無い。「――さて、出番よ。『フランドール』」「私!? えっ、私ってそんなにちんちくりんなの!?」「……デフォルメしているだけよ」 いくらなんでも、貴女が上海と同じ頭身なワケ無いじゃない。 私が複数の人形達と合わせて取り出したのは、宝石の羽根を生やしたフランドールと同じ衣装の人形だ。「まさか――その人形に攻撃をすると、私も傷つくとか!?」「そういう陰険な魔法は専門外よ」「じゃあ、えっと……中に爆薬がパンパンに詰まってるとか!」「魔法関係なく陰険になっているじゃない」「ヒント! ヒントちょうだい!!」「クイズをやってるワケじゃないわよ。――知りたいなら、すぐに教えてあげるわ」 他の人形を放射状に広げて配置しながら、フランドール人形だけを突撃させる。 反応して身構えるフランドールに向けて人形が腕を振るうと、衝撃波が斬撃となって相手に襲いかかった。「――っ!? こ、このぉ!!」 それを、同じく衝撃波でかき消すフランドール。 動揺していたとは言え、威力ではほぼ互角――いえ、少し負けているくらいか。 まぁ、概ね想定の範囲内ね。足りない分は他の人形の動きでカバーすれば問題無いわ。「に、人形が私とおんなじ事した!? ――これが、ドッペルギャンガー!?」「ドッペルゲンガーね。ちなみに、これはドッペルゲンガーでは無いわ」「えっ、じゃあ……何?」「ちょっと色々あってね。まぁ、吸血鬼の身体能力を再現してみようと思ったのよ」 正確に言うと、ゴリアテの構造が上海達の大きさでも使えるかどうかの試作ね。 サイズを小さくする事が目的で、性能は二の次だったのだけど……思った以上の出来になったわね。 問題は、完全な再現までは出来なかった事と――研究の役には立たなかった事くらいだろう。 ……まぁ、何事も成功に繋がるとは限らないものね。 気にして無いわよ。うん。「つまりその子は、私のコピー!!」「……まぁ、概ねそういう認識で間違って無いわ」 実のところ、衝撃波以外は真似の出来ないデットコピーなのだけど。 ま、勘違いしてくれるなら訂正する必要は無いでしょう。「――アレ? なんかアリス、お兄ちゃんと同じ顔してる?」「新しいタイプの侮辱ね」「ぶ、侮辱じゃないよ! なんかその……ちょっと小狡い感じの事を考えてそうな顔と言うか」「侮辱じゃないの」「あうぅ……」 …………まぁ、小狡い考えと言うのは否定しないわ。 うん、ちょっと晶の悪影響を受け過ぎているわね。気をつけましょう。「とは言え、スペルカードじゃないなら大したコピーじゃない、はず!!」「そういう言い回し、晶に似てきたわよ」「…………あー、うん。気をつけた方が良いかな」「気をつけましょう――お互い」 なんていうか、一々締まらないわね。 自分で言うのもなんだけど、私はもう少し真面目な人間だったはずなのに。 ……とりあえず、この分の償いも後で晶にして貰おうかしら。 ――理不尽! 更なる理不尽ですよソレは!! どうでも良いけど、人の頭の中でツッコミ入れるのは止めなさい。どうやってるのよソレ。