「……結局、何も斬れませんでしたね」「ええ、物凄い無駄な時間を過ごしたわ。まさか一度も戦わずに終わるなんてね」「アレが、紅魔館の主の力――運命を操る能力なのでしょうか」「いえ、アレは笑いの神的な力でしょ。残念ながら自分を犠牲にしないと発動しないみたいだけど」「笑いの神……どのような神なのでしょうか?」「祝福されると道化になる、そんな神よ」「つまり、晶様は笑いの神に祝福されているワケですね!!」「ぶふふっ。そ、そうよ。そうそう」「さすがは晶様です……」「ぶはっ、くくく……それを天然で言ってるから怖いわ」「しかし恐ろしい神ですね、吸血鬼や晶様すら抗えない力の持ち主とは」「むしろ、アイツらだからこそ逃れられないのよ。私のような高貴な人間には何の関係も無い神よ」「大丈夫です! 天子殿も、充分に笑いの神に愛されていると思います!!」「…………ふふふ」「ふぇ、ふぇんひどの? なじぇほほをひっはるのへふは?」「ここで下手に反論すると、私の負けになるからよ」「……はふ?」「何も分かってないのがより腹立たしいわね……」幻想郷覚書 神霊の章・弐拾「雄終完日/罰当たり共の宴会」「墓場で運動会って、障害物競走くらいしか出来なさそうだよね」「知らない話題にはノれないわよ、さすがに」 せっかく墓場に来たのでそれっぽい話題を振ってみたら、わりと身も蓋も無い返答が帰ってきました。 そっか、まず運動会が通じないのか。 幻想郷って、半端に外での単語が通じるから困り者だよなぁ。 大体は普通に通じちゃうから、言葉の取捨選択をしなくなるんだよねー。「運動会って言うのはですねー」「説明しなくて良いから。――それより、どう思う?」「んー……これで無関係だったら、そっちの方が異常なレベルかなぁ」 命蓮寺の墓場は、それはもう見事なくらい神霊で溢れていた。 僕が運動会と口にしたのも、そこらかしこに神霊の居る状況下がお祭りっぽく見えたからである。 まぁ、こちらに対する害は無いと言うか――そもそも僕らガン無視されてる状況なので、特に危険は無いのですが。 「ここまで集まられると、それだけで不安な気持ちになるよねー」「其々の神霊が好き勝手に動いているって事は、黒幕に神霊を利用する意図は無いって事なのかしら」「どうだろう。ここに居るだけで目的を果たしてる、って可能性もあるかも」「どちらにせよ、こいつらを眺めているだけじゃ何の意味も無いって事ね。――じゃ、先に進みましょう」「へーい」 今のところ、命蓮寺は実に静かなモノだである。 あの、妖怪見たらとりあえずぶん殴るウーマンこと霊夢ちゃんが先行しているにも関わらず、だ。 神霊が野放しになっている所を見るに、事態が解決したとは考えにくい。 つまり――あの二人も、まだ異変の黒幕を見つけてない! のかもしれない!!「間違いなくチャンスではあるんだけど……うーん、手がかり手がかり」「まぁ、そう簡単に見つかりはしないでしょ――」「アリス? 何か見つけたの?」「見つけたわ。――見つけてしまったわ」 凄く嫌そうに。それはもう心底会いたくなかったと言った表情で、アリスが明後日の方向を指差す。 それに従って僕がそちらの方向を向くと――ああ、うん。アリスが嫌がってた理由を色々と察しました。「はーっはっは! はーっはっは!! めでたい! 実にめでたいのぅ!!!」 墓場のど真ん中で、とても楽しそうに笑う謎の女性。 それだけでもう関わり合いになりたくない、速やかに回れ右する案件である。 だがしかし、避けるにはちょっと気になる部分が多すぎた。 とりあえず気になるのがその発言、明らかに何事かを祝ってる。 ……頭おかしい子で無ければ、確実に異変絡みなんだろうなぁ。 格好的にも、何となく聖徳太子と関係がありそ――いや、ギリギリ時代が合わないよーな気も。 「私、日本の歴史にはあまり詳しくないのだけど。……あの格好ってそういう事よね?」「どうだろう、微妙」 被っているのは烏帽子だし、着ている服も朝服より衣冠に近い。と思う。多分。 まぁ、僕は服飾関係に詳しくないので断言は出来ないけど。 それでもアレは、飛鳥時代じゃなくて平安時代の格好なんじゃないかなぁと思う次第で。 ……さすがに、飛鳥と平安じゃ時代が違いすぎるよね。 聖徳太子の活動時期から数えるとざっと七十年以上、誤差と言うには差がありすぎる。 あーでも、実際に飛鳥時代で聖徳太子の活動が終わっていたとは限らないんだ。 何しろ封印されている上に、白蓮さんは彼の人を「道教における聖人」と称したのである。 現在に残された資料で、彼――もとい、彼女をそう称したモノは一つもない。はず。 つまりまぁ、平安時代まで生き残って封印された可能性も否定は出来ないワケだ。 ……さすがに、彼女が聖徳太子本人だとは思わないけど。思いたくないけど。 あの墓場でお祝いしている彼女が、聖徳太子の信奉者である可能性は高い。かもしれない。「それじゃ仕方ないわね、話しかけましょうか」「こっちの思考を読みきって、結論部分を先出しするの辞めてくれません?」「貴方、ああいうタイプを翻弄するの得意でしょう。頼むわよ」「わぁい、まさかのガン無視アンド無茶ぶりだぁ。アリスさんちょっと僕に厳しすぎない? ハードル高くない?」「これくらいのハードル、貴方なら普通に飛べるでしょうが」 容赦無いアリスさんは、そう言いながら僕の背中をグイグイ押してくる。 まったく、信頼されるって意外と辛いよね! まぁ、やれと言われりゃ出来る事はやるのが僕なんで。 見せてやるよ――僕の全力ってヤツをな! 「じゃ、いってきまーす」 こそこそと、出来るだけ音を立てないように相手に近づく僕。 別にそんな真似しなくても余裕で近づけそうだけど。そこはそれ、雰囲気です雰囲気。「うははー! 絶好調じゃー!! 我が世の春が来たぞー!!」 「おめでとうございます! おめでとうございます!!」「むっ、お主は――」「いやぁ、実にめでたいですね! ささっ、飲み物どうぞ!」「お、おう?」「本当におめでとうございます!! これも全てあの御方の人徳の賜物ですね!!!」「――うむ! 全くもってそのとおりじゃ!! ついに太子様の苦労が報われたのじゃな!」 少し疑問に思ったようだけど、何とか勢いで押し切れました。ちょろい。 それにしても――やっぱり関係者だったかぁ。 外れて欲しかったよーな、すぐに見つかって嬉しいよーな。……まぁ良いや。 とにかく、手がかりを見つけたんだ。あらゆる手を使って彼女から情報を聞き出さないと!「長い、長い苦難の時間でしたね」「まったくじゃ。愚かな仏教徒共が妨害せねば、もっと早く太子様の時代が来たと言うのに」 仏教徒が妨害ねぇ。やっぱり、聖徳太子は仏教徒じゃないって事で良いのかな。 あの人確か、仏教を推進する立場じゃ無かったっけ? なんかまた複雑そうな事情がありそうだなぁ。追求したいけど、ここは我慢の子で。 出来ればもう少し突っ込んで話を聞きたいけど……うーん、どこまでなら不審に思われないかなぁ。 変にこっちから話題を振り続けると、相手の注目がこっちに移りそうだし……ここはあえて黙って相手が語るのを待つべきかな?「ふん、恩知らず共め! 太子様のお力添えが無ければ、奴らの繁栄も無かったのじゃぞ!!」「全くもってそのとおりです!」「だがしかし、我らは蘇った!! 今こそ道教の時代が始まるのじゃ!」「おめでとうございます! では早速、太子様にご挨拶しましょう」「おお、そうじゃな。こんな所でぐずぐずはしておれんか!!」「それでは、参りましょう。太子様も待っていますよ」「うむっ!!」 僕の簡単な誘導で、あっさり駆け出す謎の人物。 なんかもう、騙したこっちが申し訳なくなるレベルのちょろさである。 こっちの素性とか名前とか絶対に聞かれると思って、色々誤魔化し方も考えてたのになぁ。 ……まぁ、楽で良いと言う事にしよう。 しかし、向かう先はやっぱり神霊の集まる所かぁ。 確証が取れたって意味ではありがたいけど、あんま取り入る意味は無かったねー。 アリスさんはちゃんと付いてきているのか――っ!?「おっと危ない!?」 背後から、突然襲いかかってきた弾幕。 サードアイのおかげで不意打ちを食らう事は無かったけど、このタイミング――まさか今までのチョロさは罠!?「な、なんじゃ!? 敵襲か!?」 あっ、これ違うヤツだ。 謎の女性も、いきなりの弾幕に分かりやすく動揺している。 という事はアレか、まさかの第三勢力――!?「もう、何やってるのよ布都!!」「と、屠自古!?」 ああ、知り合いではあったんだ。さっきから外れまくりですね僕の予想。 僕が振り返ると、弾幕を放ってきた人物は親しそうな様子で謎の女性に話しかけていた。 サードアイの感覚的に、彼女は幽々子さんと同じ霊なのかな? 全体的に緑色の、ワンピースを着たショートボブの女性だ。 ……一応、頭に烏帽子は被ってるけど。ちょっと現代ナイズされすぎじゃ無いかなー。 いや、別に活躍していた時代の格好をしてなきゃいけない理由なんて少しも無いんだけども。 なんかちょっとガッカリ。「な、何故こんな事を!? よもや、我がお主の肉体に細工して尸解仙の術を失敗させた事を恨んで!?」「思いの外えっぐい真似してますね!?」「その事はもう良いわ、亡霊の身体も案外悪くないしね」「こっちもこっちでやたらポジティブだなぁ!?」 尸解仙とは、道教における仙人となる為の方法……だったはず。 具体的な所までは分からないけど、確か一度死んで蘇るプロセスが必要だった記憶があるような無いような――とりあえずあった事にしよう。 そこで細工して復活出来ないようにするとか、普通に裏切り案件だと思うんですが。 道教はそこらへん寛容なのか緩いのか、どっちなのだろうか。そもそもなんで身内同士で足引っ張ってんのさこの人ら。「私が問題にしてるのはこっちよ! こっち!!」「ほにゃ?」「こやつがどうしたのじゃ?」「いや、疑問に思いなさいよ!? 私達の仲間にこんなヤツいないでしょう!?」「――なんじゃとぉ!?」 まぁ、そうですよね。 あからさまに僕狙いの攻撃だったし、そもそもこっち何の誤魔化しもして無いからなぁ。 むしろ今まで気付かれなかった事に驚きを隠せないよ。これ、もうちょっと前にあるべきやり取りだよね?「お、お主は我々の同士では無いのかっ!?」「同士ですよ」「なーんじゃ、屠自古の勘違いでは無いか」「あんな適当な弁明を鵜呑みにしてるんじゃねーわよ!!」「酷い……そこまで言うなんて…………しくしく」「お、おい! 泣いているではないか!! あまり酷い事を言うな!」「あからさまに嘘泣きじゃない!? 台詞もほぼ棒読みよ!?」 いやまぁ、やろうと思えばもっとエゲつない演技も出来るんですけどね? そこまでやっちゃうと本気で不和に繋がると言うか、なんかこの二人はマジで大喧嘩しそうで怖いです。「良い!? コイツは幻想郷でも噂の、『狡知の道化師』久遠晶なのよ!?」「……だ、誰じゃ?」「出逢えば必ず不幸になる、悪意と嘲笑を持って幻想郷を掻き回す邪悪の化身――それが久遠晶よ!」「そこまで言われるほどじゃないやい!!!」 今まで聞いてきた中で一番酷いぞ、その評価!! いや、待った。そこはまぁ、重要だけどあまり重要ではない。 問題は後からやってきた彼女が、「狡知の道化師」と言う二つ名を口にした事だ。 彼女は僕を――そして、幻想郷を知ってる?「何も知らない上に馬鹿な布都を騙して悪事を働くつもりだったのでしょうけど、そうは行かないわよ!!」「悪事は企んでません!!」 せこい事は考えてたけども、邪悪と言われる程じゃないわい!! なんか、微妙にあっちの認識もズレてるなぁ。肝心な所を間違えていると言うか。 僕、異変解決が目的なんですけど。むしろ立場的に邪悪扱いなのってそっちじゃないの?「ぬぅ、そうなのか? とても悪いヤツには見えんが……美味しいお茶も飲ませてくれたし……」「餌付けされてるんじゃないわよ! なら、貴女はそこで見ていなさい!!」「いやいや、話し合いましょう? 僕らはもっとお互いに歩み寄るべきだと思うんですよ」「問答無用!!」「……あーもう、しょうがないなぁ。―――アリス」「えっ――きゃぁ!?」「ふぅん、それを避けられる程度の腕前はあるワケね」 こちらに対して弾幕を放とうとする謎の女性。 その一瞬前に、横合いからこっそり隠れていたアリスが不意打ちを仕掛けた。 よもや、念の為いい感じに奇襲出来る位置へと誘導していたアリスさんを使う羽目になるとはなぁ。 え、そういう事をしれっとするから邪悪とか言われるんだって? ははは、これは当然の備えってヤツですよ。それにただ隠れるのも勿体無いじゃないですか。「そんな……まさか本当にお主が!? あんなに、あんなに親しく――む、そういえばお主とは初対面じゃのう」「遅いわよ!? とにかく、アイツらはここで倒すわよ!」「……なんでじゃ?」「察しが悪いわねぇ。奴は正体を隠し、アンタに近づいた。つまりアイツは――何かを狡賢い事を企んでいるのよ!!」「ふむ、その狡賢い事とはなんじゃ?」「………………」「……屠自古?」「狡賢い事は、狡賢い事よ」「お主も分かってないではないか!!」「馬鹿しかいないわね、ここ」「アリっさん、ナチュラルに僕も含めるの止めてくれません?」 アリスが移動し僕の横へと並ぶ事で、僕達と謎の二人組は相対する事となった。 まだ白い方の女性は状況を把握しきれてないけど、それでも緑の女性につられて戦意を持ち始めている。 どうやら戦闘は避けられないようだ。まぁ、どっちにしろ敵になるなら各個撃破した方が色々と楽になるかな? とにかく、異変の元凶の居場所も概ね分かったので戦う事に異論は無い。 問題があるとしたら、ただ一つだけだ。「とりあえず、戦う前に貴女達に言っておく事がある!!」「むっ……な、なによ!」「――あの、さすがにやり難いんで自己紹介お願い出来ませんかね?」 揉み手しながら、平身低頭な態度でお願いする僕。 すると何故か、緑の女性は気勢を削がれた様子で勢い良くずっこけたのだった。「知ってた」 ――何がですかアリスさん。なにゆえ貴女は、間抜けを見る目で私を見るのですか?