「ナズーリン、ここに居たんですね!!」「む、主か。どうし――」「元気そうで何よりです、ナズーリン」「…………なるほど、私は見事に出遅れてしまったと言う事か」「えっ? えっ?」「悔やむ必要はありません。機運は彼女達の味方だった、貴女に落ち度はありませんよ」「そう言って貰えると救われるがね。これでも賢将と呼ばれる身だ、命蓮寺に振りかかる災厄の元は出来るだけ排除したいのだよ」「……災厄の元、なのでしょうかね」「聖?」「ナズーリン、彼女達の事は――久遠さん達にお任せしてみませんか」「………………んー、そうきたか」「当然不満はあるでしょう、ですが私は……」「いや、貴女の決めた事なら文句は言わないさ。主の決定に異議を唱えるほど彼女らを敵視しているワケでは無い」「そう言ってもらえると救われます。しかし思う所があったのならば、ハッキリ言って良いのですよ?」「本当に文句は無いのだよ。先程の沈黙は……そう、強いて言うなら『また晶殿か』と言った意味合いだな」「……また晶殿か、ですか?」「まぁ、なんだ。魔法の言葉とでも思ってくれれば良い。これを唱えると、無関係な晶殿が唐突に何かやらかしても納得出来る気がする」「良く分かりませんが……ふふ、お二人はとても仲が良いのですね」「そこらへんは否定しないが――仲が良いからと言って、やる事なす事全て信用しているワケでも無い。正直言うと、不安だ」「大丈夫ですよ、久遠さんは頼りになりますから」「……やはり不安だ。本当に。色々と」「ナズーリンは、もう少し気を抜く事を覚えた方が良いかもしれませんね」「私が気を抜くと、命蓮寺が滅びかねないからな……」「あの、すいません……お二人は何の話をされているのでしょうか」「――ああ、やはり気は抜けないよ。うん」「え? えっ? よ、良くわからないけどゴ、ゴメンなさい?」幻想郷覚書 神霊の章・拾捌「雄終完日/悪魔なんかじゃない」「ねぇ、本当にこのままで良いの?」 みょーれんじの中をどんどん進んでいく霊夢、その背中に私は何度目かの質問をした。 霊夢はここに何かあるって言ってたけど、今のところ変わった所は何もない。 倒した妖怪も、何の関係も無さそうな通りすがりばっかりだったし。 このままじゃ私達、人里の中で暴れただけで終わっちゃうよ?「何がよ」「異変を解決するんでしょ? こんな辻斬りみたいな真似してないで、もっと情報とか集めた方が……」「……アンタも、晶みたいな事言うのね」「誰でも同じ事言うよ……」 霊夢ってば、少しも異変の事調べようとしないんだもんなぁ……。 私も言うほど異変に興味は無いけど、ここまで何もしないとさすがに落ち着かないよ。 「ま、大丈夫よ。なんとかなるわ」「何一つ根拠の無い状況で、そこまでハッキリ言える霊夢は凄いと思う」 だけど、その凄さは正直要らないよ。 そのままズンズン進んでいく霊夢の背中を眺めつつ、私は何度目かになるため息を吐き出した。 さっきから、ずっと同じ事の繰り返しなんだよね。 私がアレコレ霊夢に言っても、平気何とかなるどうでも良いの繰り返し。 ……それでもイラッとするよりも先に諦めが来ちゃうのは、やっぱり霊夢の人徳? なのかなぁ。 なんとなく、お姉様が霊夢の事を好きな理由分かるかも。私は――まぁうん、普通だけど。「別に根拠が無いワケじゃ無いわよ。近づいてきたって感覚があるもの」「何に?」「もちろん、異変の原因によ」「どうしてそう思うの?」「なんとなくよ」 それはね、根拠が無いって言うんだと思うよ? 何故か自慢気な霊夢の姿に、なんて言葉を返すべきか悩む私。 その間に、霊夢はどんどん先へ先へと進んでいく。 お気楽だなぁ本当にもー、次はどこへ行くつもりなんだろ。……えーっと?「……お寺の中に、石材置き場があるんだね」「これはお墓よ。まぁ、吸血鬼には無縁な場所だから分からなくても無理は無いわね」「へー、ここがお墓なんだ」 話に聞いた事はあるけど、実物を見るのは初めて。 そういえばさっき霊夢が退治した傘のお化けも、お墓でならもっと怖がらせられたのに……とか言ってたね。 ここがそうなんだ。……でも、そんなに怖い所なのかなぁ?「ウチの方がよっぽど怖いと思うけど……」「紅魔館は、怖いじゃなくて悪趣味って言うのよ」「……やっぱり、紅魔館って変なのかな」「変よ」 薄々思ってたけど、やっぱり変なんだね。 まぁ、お姉様のセンスはちょっと独特と言うか、独自の視点でモノを見ているから……。「レミリアって、センス無いわよね」「霊夢はもう少し歯に衣を着せようよ……」 例え事実だとしても、もっとこう言い方ってものがあるでしょう? ……なんだか最近、お兄ちゃんが玉虫色の答えを繰り返す理由が分かってきちゃったかも。 私、意外と常識人だったのかもしれないね。 ――って、さすがにそれは自分を良く言い過ぎかな。「レミリアに気を使う理由は無いもの。――あら」「本当に霊夢は――むっ」「こーら、お前達ー。ここから先は立ち入り禁止だぞー」 そう言いながら現れたのは、めーりんみたいな格好をした女性だった。 彼女は何故か前へならえをしたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる。 額に御札を貼って、前を見難くしてるし……何かの修行でもしているのかな?「なんぴとたりともここから先は――おばぁ!?」「見なさい。やっぱり何かあったわよ」「いや、そんな事より今なんで攻撃したの!? 話してる途中だったじゃん」「聞く価値は無いわ」「えぇ~」 いやいや、絶対に関係者っぽいじゃん。絶対何か知ってそうじゃん。 問答無用で攻撃って感じでも無かったから、会話次第で色々と聞き出せたと思うよ!?「今、この場で一番野蛮だったのは霊夢だったね。断言してもいいよ」「私が出張った時点で、話し合いなんて余地は無いの」「少しくらいこっちに譲歩してよぉ……」「譲歩ねぇ。まぁ、少しなら良いわよ」「ぐむむ……い、いきなりなんてヤ――へぶぅ!?」「ほら、好きに話し合いなさい」「それなら、起き上がった直後にあの人を攻撃するの止めてよ!?」 しかも、嫌味なくらい的確に相手の動きを邪魔してるし! あーもう酷い。どうにかして起き上がろうとする度に、御札が手足を弾き飛ばしてる。 ……夏の頃に見かけた、死にかけのセミのジタバタを思い出したかも。 こっちは立ち上がれないワケじゃなくて、立ち上がるのを邪魔されてるのだけど。「意識は失ってないわよ。話しかければ答えるんじゃない?」「この状況下で会話をするの!? 色んな意味で無茶振りが過ぎない!?」「ゴメ……立ち上が……まっ…………おぶぅっ」「貴女も頑張らなくて良いから!?」 と言うかひょっとしてこの人、自分が立ち上がれない原因に気づいてない? まぁ、霊夢の御札投げは抜き手が見えないほど早いけど。 どうやっても起きられない時点で、妨害されてる事を悟るべきだと思う。 そもそも、初手に攻撃されてたんだから普通に分かるよね? 私達も別段話してる内容は隠してないし――むしろ、何でこの人は気付かないんだろうか。「あらあらまぁまぁ。騒がしいと思ったら、厄介な事になっているみたいね」「せ、青娥! お、おかしいゾ。なんでか立てない!! 私、身体壊れたかも!!」「大丈夫、壊れてないわよ。そっちの巫女が邪魔しているだけよ」「……なーんだ、邪魔されてただけカ」 え、それで納得しちゃうの!? 突然現れた全身青い女の人の言葉を聞いて、ジタバタ身体を動かすのを止める倒れてるめーりんっぽい人。 ……アリスさん、そこらへんの影から出てこないかな。私じゃツッコミ力が足りないよ。「なんか、随分と邪っぽいのが出てきたじゃない。――アンタ、黒幕ね」「あら酷い。私はちょっと怪しいだけの仙人ですわよ? うふふ」「知らないわよ、良いから退治されてなさい」 あぁ、また!? 問答無用とばかりに放たれる御札。 それを彼女は、最低限の動きで避けてみせる。 良かった。問答無用で倒されちゃう怪しい人はいないんだね。 ホッと一息つきながら、私は霊夢の背後に回り彼女を羽交い締めにした。「ちょっと、何するのよ」「だぁめ! とにかく、今度は、絶対に、話を聞くの!!」 せっかく重要そうな人が出てきたんだから、しっかりばっちりお話しないと!! 私は、とっても強い決心で霊夢の身体を押さえつける。 ……パワーでは確実に私の方が上なんだけど、それでも本気を出されたら一瞬で抜けだされそうなのが霊夢の怖い所だ。 だけど特に抵抗しないって事は、こっちの意思に従ってくれるって事で良いのかな?「ありがとう、お嬢ちゃん。さすがに私も話し合い無しで弾幕ごっこは勘弁だわ」「ちゃんとお話、してくれるんですよね?」「ふふ、もちろんそのつもりよ。――ほら芳香、起きなさい」「おおっ、ようやく起きれたナ!」 青い人に引っ張られて、芳香と呼ばれた倒れていた人が立ち上がる。 ……これで一応、何も分からないままに戦う状況からは逃れられたかなぁ。 お兄ちゃん、私頑張ったよ! これからももう少し頑張るからね!!「さて、まずは自己紹介からね。私は霍青娥、こっちは宮古芳香。仙人とキョンシーをやっているわ」「……センニン? キョンシー?」 えっと、それってすぐ分かるほど有名な職業なのかな。 どっちもどこかで聞いた事はあるんだけど……ダメ、全然分かんない。 こういう時、お兄ちゃんが居てくれたらなぁ。 きっと色々と解説をして――んー、してくれるかな? なんか、考え事ばっかりして口にはしてくれない気もする。聞けば教えてくれるだろうけど。「キョンシーは動く死体。仙人は……まぁ、天子と似たようなもんよ」 あー、ゾンビみたいなモノなんだね。 センニンは……つまり天人の親戚なのかな? 私、天人の事もあんまり知らないんだけど。「仙人を天人と一緒くたにするのはどうなのかしら。確かに、似たようなモノである事は否定しないけどね」「似てるなら良いじゃない」「……まぁ、私が怒る理由にはならないわねぇ」 つまり、そうでない人に言ったら凄い怒られるって事かな。 私には良く分からないけど、分からないなりに霊夢が失礼な事言ってるのは何となく分かるよ。 それでもニコニコ笑ってくれる青娥さんは、実は凄い良い人なのかもしれない。 霊夢はなんか、邪っぽいとか言い切ってるけど。「そもそもアンタって、本当に仙人なのかしら」「あら、失礼ね。どういう意味?」「そのままの意味よ。仙人に近しいモノではあるんでしょうけど、仙人そのものでは無い。――そんな気がするのよ」「――本当に、失礼な巫女」 あっ、今のは私でも分かる。なんか今、霊夢が地雷を踏み抜いた。しかもかなり致命的なヤツだ。 微笑んではいるけど、今の青娥さんからは静かな怒気を感じる。 それなのに、踏み抜いた本人は至って平静――もう、少しくらいは気にしてよ!!「ま、そんな事はどうでも良いわ。肝心なのはアンタらの目的――なんでしょ、フラン」「へ? あ、うん。その、お二人はこの異変……神霊の大量発生と何か関係があるんですか?」「………ええ、そうねぇ。関係はあるわよ? ――だって私達が、異変の犯人みたいなモノなのだから」 何気ない言い方だったけど、はっきり自分が‘そう’であると青娥さんは肯定してみせた。 この人が、異変の犯人――っ!? 私は慌てて霊夢から手を離し、青娥さんに対して身構えようとする。 だけど私が動き終える前に、巨大な結界が私と霊夢を覆った。 「と、閉じ込められた!?」「みたいね。……ふぅん、なかなか強力な結界じゃない」「凄いでしょう? 芳香に時間稼ぎを頼んでいる間、こっそりせっせと仕込んだのよ」「……そうだったのカ」「あら、やっぱり忘れてたのね? 役目はきちんと果たしたから良いけど……少しくらいは覚えていて欲しかったわ」 うう、つまり最初から閉じ込める為に近づいてきたんだ。 ……霊夢がいつも通り、問答無用であのゾンビの子を倒していたら引っかからなかったのかなぁ。「ゴメン、霊夢。……私のせいだ」「別に構わないわよ。何が上手く行くかなんて、全知全能でも無ければ分からないでしょ。たまたま上手く行かなかっただけの話よ」「霊夢……」「そういうのはどうでも良いから、とっととアイツらぶちのめすわよ。良いわね」「霊夢ぅ……」 いや、その、罠に引っかかった私には何も言えないけどさ。 いくらなんでももうちょっと、相手に対する興味を持った方が良いんじゃないかな? あの人達、異変の犯人なんだよ? 場合によっては最後の敵になるんだよ? せめて異変を起こした理由とか、動機とか、相手に確認しようと考えても良いんじゃないかな。 そもそも、私達は何で閉じ込められたんだろうか。せめてそこだけでもハッキリさせたいんだけど――「…………わかった、ぶちのめそう」 また失敗しそうだと思うと、何も言えなくなっちゃうなぁ。 霊夢が本当に気にしてないのも分かるんだけど……うう、やっぱり無理。 お兄ちゃんの、何があろうと自分の意思を貫ける図々しさって実は凄かったんだね……。「あらあら、結界を抜けた後の話をするのは少し早いんじゃ無いかしら」「ふっふっふ。ぶちのめすなら、まずはそこから出てくるんだナ!!」「言われなくても最初からそのつもりよ。……で、どっちがやる?」「私がやる。私の責任だし……」 今度、お兄ちゃんからこういう時どうすれば良いかを聞いてみようかな。 ……全然参考にならないアドバイスを貰いそうな気もするけど、お兄ちゃんだから。 容易に想像できる姿に悲しくなりながら、私は軽く動きで右腕を振るう。 すると巻き起こった衝撃波は派手に地面を砕いていき、そのまま結界を根本から吹き飛ばしてみせた。 うん、まぁこんなもんだね。「……あらまぁ」「おぉう、一発だったゾ」「――それじゃ、ぶちのめすわ」 さすがに予想外だったらしく、動揺するセンニンさんとゾンビさん。マイペースに御札を構える霊夢。 結局今まで通りの流れになってしまった事を感じながら、私も弾幕の準備を始めたのだった。 ――正直二人共あんまり強くなさそうだから、私が出る幕は無さそうだけどね。