「……マズいわねぇ」「う? この肉饅頭マズいのカ?」「そっちじゃないわ、今の状況がマズいって言ってるのよ」「…………肉饅頭、マズいのカ」「確かに今は肉饅頭を食べている状況だけど……ま、貴女に言っても分からないわよね」「青娥は難しい事ばかり言うナー。ところで青娥、私達はここでウダウダしてて良いのカ? なんか外は色々と大変そーだゾ」「ええ、今その話をしていたのだけどね?」「……いつのまに」「芳香は可愛いわねぇ」「私、可愛いカ?」「可愛い可愛い。そんな可愛い芳香に教えてあげるけど――ウダウダしててよろしくは無いわ」「よろしくは無いのカー」「あの賢将を遠くにやれた所までは上出来だったのだけどねぇ。……まさか神霊がこんなに増えるなんて」「青娥が増やしたんじゃ無いのカ?」「何でか知らないけど、勝手に増えたの。おかげで想定していたよりも大事になっちゃってね」「ソレ、何が問題なんダ?」「想定と同じだったら、もう少し誤魔化しようもあったのよ。でもここまでの規模になっちゃうともう無理、お手上げ、どうしようも無いわ」「無理なのカ。……じゃあ、どうするんダ?」「仕込みは済んでるから、後はもう皆の復活を待つしか無いわね。他にやれる事はもう何も無いわよ」「ご愁傷様だナー」「本当にそうよ。誰だか知らないけど、こんな形で私の動きを封じてくるなんて――仕掛けたヤツは相当な性悪ね」「青娥が性悪認定するとか、誰だか知らんがソイツは相当なワルだナ」「ええ、きっと物凄いワルよ」幻想郷覚書 神霊の章・拾漆「雄終完日/ムーン・アタック」「……やれやれ、みっともない姿ね」 気を失って倒れている緑巫女の姿を眺めながら、私は呆れを込めた呟きを口にした。 私が大きい方の神と遊んでいる間に、彼女は小さい方の神に随分と虐められていたようだ。 大きいのと小さいのは、すでに守矢神社に帰っている。 大きいのとの決着はまだ着いていなかったが、大きいのが戦う事より小さいのを問い詰める事を優先してしまったから仕方がない。 まぁ、思う存分殴り合えたから良しとしておきましょうか。 さすがの私も、家庭の問題に口を出してまで戦いを続ける趣味は無いわ。 ――過保護な神も居たものだ、と煽りはしたけどね。「ほら、起きなさい。置いていくわよ」「はらほろひれはれ……」「……まったく」 そしてどうやら、小さい方は逆にスパルタだったようだ。 文字通り完膚なきまでに叩きのめされた早苗は、妙なうわ言を口にするだけでピクリとも動かない。 ……さて、どうしましょうか。 こちらも存外ダメージは大きかったし、どこかで一休みする必要があるみたいね。「どこか、落ち着いて休める所があると良いのだけど……」「そんな貴女に、幸せを運ぶウサギちゃんさんじょ――うおぁ!?」 あら、誰かと思えば永遠亭の悪知恵が働く方の兎じゃない。 人の姿を見て悲鳴をあげるなら、初めから出てこなければ良いのに。「失礼な兎ね、人の顔を見て。ヒネるわよ?」「いやいやいや、そんなスプラッタな姿見せられて驚かないワケ無いじゃん」「医者なら卵でも見慣れているでしょう、こんな姿」「無いから。そんな戦場を呑気に歩き抜けた結果、見事に集中砲火喰らいました――みたいな姿を幻想郷で見た事無いから」 意外と気合が足りないのね。少し腕から骨が突き出て、臓物が見える程度の切り傷が胴体にできているだけじゃない。 ……ふふ。それなりに追い詰めたと思ったら、まさか武器を持ち出すとは思わなかったわ。 あの神様も存外手段を選ばないわよね。ふふふ、もう少し遊びたかったわぁ。「誰と戦ったらそうなるのさ。鬼?」「惜しいわね、神よ」「神? ――ああ、そっちの緑が祀ってる人らね。色々と納得」「……あら、アレらが私達と戦った事に疑問を抱かないのね」「誰が誰に賭けてるのか、知らないと小遣い稼ぎは出来ないからねー」「小遣い稼ぎ、ね。賭けそのものに対する興味は無いの?」「てゐちゃんは貰えるか分からない大金より、絶対貰える小金の方が好きだから」「……そこまで小物臭いと、逆に感心するわね」「分かりやすく力と金に媚びる三下、それがてゐちゃんだよ! 是非に今後ともご活用くださいませぐへへ」 この徹底っぷりでここまで生きてきたんでしょうね、この兎は。 サマになっている揉み手が少しだけ悲しいわ。本人は一切気にしていないのでしょうけど。 「で、改めて聞くけど何の用よ。ただの小遣い稼ぎ? それとも永遠亭の使いっ走り?」「両方、かなぁ。お互いにとって悪くない話だとは思うよ?」 とりあえず、いきなり戦うつもりは無いみたいね。……残念だわ。 私は握っていた左拳を開き、僅かに漂わしていた殺気を静かに収めた。 ――あら、気づける程度の鋭さはあるのね。なるほど長生き出来るワケだわ。 それじゃあ、貴女の小賢しさに敬意を払って話を聞いてあげましょうか。「……いやー、幽香様とお話してると気が引き締まるなぁ」「良い心構えよ。私の機嫌を損ねたら、頭の耳が引きちぎれると思いなさい」「わー、今すぐ帰りてー。……話進めて良いっすか?」「良いわよ」「それじゃ簡潔かつ直球に結論を。――永遠亭で休んで行かない?」「私達は休憩と治療が出来る、貴女達は足止めが出来る。双方に得がある提案――って所かしら」「その通りでごぜーます。お帰りになりたきゃいつでも解放しますので、是非とも引っかかってくださいませ」 あら、綺麗な土下座じゃない。 ……価値そのものは欠片も無いでしょうけどね。 貴女も晶も、安易に土下座し過ぎよ。――てゐの場合は、分かった上で連発しているのだろうけど。 「まぁ、良いわよ。乗ってあげるわ」 私はともかく、早苗は休ませてあげないとダメでしょうね。 本当に容赦なくボロボロにされたから手当も必要だし、永遠亭行きは悪く無い選択よ。 ……まぁ、異変解決からは確実に遠ざかってしまうけれども。 そっちの勝負には欠片も興味無かったから、遠ざかったとしても問題無いわね。「よっし! これで任務達成って事で思う存分サボれる!!」「……やる気ないわねぇ」「欠片も無いよー」「――チェンジで」 永遠亭に着いて早々、顔を合わせたかぐや姫にふざけた事を言われた。 ……これは、喧嘩を売られてるって判断して良いのかしら。 あら、気づけば拳がかぐや姫の鼻先に。 惜しかったわね。ギリギリで回避されなければ愉快な事になっていたと言うのに。 とりあえず足元が隙だらけなので、軽く踏んでおきましょう。 「あがっ!? ちょ、いきなり何をするのよ!?」「無礼者に対する反応としては至極真っ当だと思うけど?」「殺されるかと思ったわ……死なないけど。さすがは本家本元、えげつなさがソックリね」「口の滑る姫も居たものね」「ぶおっ!? ちょ、貴女今私のお腹ブチ抜こうとしなかった!?」「たとえ不死身の身体でも、臓物をグチャグチャに潰されたら苦しいでしょう?」「幽香様ってばマジ容赦ねぇ。他人事ながら、てゐちゃんちょっとお腹がヒヤッとしたよ」「イナバァァ……こんな危険物より、晶とか連れてきなさいよぉ」「いやいや、他のヤツならともかく晶を連れてくるワケ無いじゃん。姫様は晶に賭けてるのに」 ああ、やっぱりそうなのね。 分かっていたので驚きはしなかったけど、この姫も晶に賭けていたらしい。 とは言え、やる気はあまり無さそうだ。 賭けはほとんど口実で、実際は晶と絡む理由が欲しかった……って所なのかしらね?「分かってないわねぇ。振りかかる数々の試練を乗り越えて、ボロボロになりつつ勝ってもらいたいのよ」「てゐちゃん姫様の部下だけど、その難題ふっかけ気質はマジなんとかした方が良いと思う」「と言うか、貴女ってそこまで晶に懸想していたの?」「……言われてみると、そこまで懸想はしてないわね。結婚出来たらするくらいには好きだけど」 つまり、玩具としては気に入っているワケね。 ……晶ってば、こういう面倒な女に良く好かれる匂いでも出しているのかしら。「良く分からないけど、間違いなく貴女は私のご同輩でしょう」「死ぬほど不愉快ね。折るわよ、首」「だから首に手をかけながら言わないでよ! 怖いわよ!!」「あ、晶君の話題をしていると聞いて……」「おっ、起きてきた」「寝てなさい、怪我人なんだから」「おぼろっ!?」「わぁ、言葉とは裏腹に問答無用で沈黙させる荒技だぁ」「騒ぐ怪我人は意識を失わせた方が良いんでしょう?」「うーん、絶妙な曲解具合。でもこれはこれで面白いから、てゐちゃんは評価します」「喋ると絶対に騒がしいだろうから、私は黙らせるのに賛成よ」「――私は許しませんよ。医者ですからね」「げぇっ、えーりん」「うぉあっ、お師匠様!?」 いつの間にか、私にもかぐや姫にも悟らせる事無く現れた八意永琳。 相も変わらず得体の知れない輩だ。ある意味、彼女が永遠亭の影のボスと言っても過言では無いでしょうね。 八意永琳は私の背後に回ると、なぞるように早苗の身体に触れる。 本当に軽く触れるだけのタッチだったのだけど、それだけで彼女は早苗の現状を把握しきれたらしい。「見た目に反して怪我は軽めみたい。これなら、ちょっとした手当でも充分ね」「そう、あの神も賭けの為に身内を再起不能とするほど外道では無かったワケね」「賭け一つで身内再起不能って、それ外道って言うより馬鹿――ああでも、あの時代の神なら普通にやりそう」「なになに? イナバ、何か面白い事知ってそうね」「なぁんも知りませーん」「あら、この私に隠し事なんて……」「守矢神社の内部事情に興味がおありですか?」「あ、それはどうでも良いわ」 てゐの言葉で露骨に興味を失ったかぐや姫は、小さく手を振って即座に話題を打ち切った。 正直、私もどうでも良いと思ってるわ。早苗が相棒でなければ聞きもしなかったでしょうね。「それじゃ、この緑巫女をよろしくお願いするわ。一応は怪我人なのだから丁重に扱いなさいよ」「ええ――てゐ」「はーいはい。おーら手下どもー、それなりに優しくお運びしろよー」 私が早苗を下ろすと、わらわらと湧いて出てきた兎妖怪達が早苗を回収していく。 ……なんだったかしらこの光景、凄いどっかで見た事あるのよね。 お神輿……違うわね、えっとそうそう、確か…………白雪姫だったかしら?「ふっふっふ、そんな簡単に私達を信用して良いのかしら?」「問題無いわよ。早苗に何かあったら、他の連中を皆殺しにすれば良いだけなのだから」「それなりに怪我してる状態で、良くもまぁそんな事を嘯けるもんだねぇ」「この程度ではハンデにもならない、と言う事よ」 ニヤリと笑って挑発してやる。 が、誰一人としてそれに乗る気配は無い。 ……ここの連中、力はある癖に闘争心が無いのよねぇ。 隠遁するほど老成しているワケでも無いようだけど、もう少し血気にはやっても良いと思うわ。「いやいや、幽香様。そんな『情けないヤツ』みたいな顔されても困りますよ。私ら幽香様みたいな修羅じゃないんで」「私達、どっちかと言うと文化人だし」「……物は言いようね」「……文化的な所、あるの?」 かつては教養溢れる姫だったかもしれないけど、今はただの引篭りでしょう? 文化人を気取るなら、少しくらいそれらしい所を見せてみなさいよ。「はっきり言うけど、まだ妖怪の山の天狗の方が文化的でしょうね」「そうねぇ、あちらは文化的な活動を行っているものね」「……えーりんはどっちの味方なの?」「姫様に嘘はつけませんわ」「お師匠様は時折、私達より奔放に振る舞うよね」「覚えておきなさいイナバ。アレは常識人ぶってるだけで、私達の中で一番の自由人よ」「あら、姫様ったら酷いお言葉。困りますわ」「被害者ぶってるけど、絶対後で私に仕返しするわよ。地味にキツいの」 それでもなお軽口を叩き続ける所はさすがね、不死身だけあって命知らずだわ。 そういう向こう見ずな人間は嫌いでは無いわよ。出来れば、もっと向こう見ずな所も見せて欲しいけど。「貴女も少しは自分の身体を省みなさい。守矢の風祝より、貴女の方が重症なのだからね?」「この程度、怪我のウチには入らないわよ」「……ま、無理強いするつもりは無いわ。私は守矢の風祝を手当してきますから、姫さまとてゐはフラワーマスターをもてなしてください」「私がぁ?」「我々が招いたのだから当然ですよ。では、よろしくお願いしますね」 言うだけ言って、とっとと奥に引っ込んでいく八意永琳。 残されたかぐや姫は、心底面倒くさそうな顔をこちらへと向ける。 ――もてなしなんてしたくも無い、とその表情はありありと語っていた。「一応聞くけど、私かてゐが手ずから淹れたお茶飲みたい?」「そうねぇ。本音を言うとどうでも良いけど――苦心する貴女達の顔は見たいわ」「酷い事を容赦無く言うわねー」「なら、もし貴女が私と同じ立場なら?」「同じ事をしてたわね」「……まぁ、話は合いそうで何よりっす。てゐちゃんお茶淹れてきますねー」 色々と諦めたてゐが、しぶしぶと言った具合に台所へ向かう。 仕方がない。私も特に永遠亭でやりたい事は無いし、彼女達にもてなされてやるとしよう。 「ところで、今ふと思ったのだけど」「なによ」「貴女の所って、もう一人兎が居なかった? ほら、頭でっかちでつまんないの」「ああ、居たわね。……あの子、何してるのかしらね?」「……私に聞かれても答えられないわよ」「――クシュン! ……風邪かな」「はぁ……誰も見つからない」「手がかりも何も無しで晶以外の参加者を妨害って、どうすればいいのよ…………」「でも、何の成果も無しに戻れるワケ無いし……はぁ、どうしよう」