「んー……やっぱ、ここらへんが怪しいわね」「ねーねー、霊夢」「なによ」「……ここって、人里だよね」「そうよ」「そしてお寺だよね」「命蓮寺よ、別に覚えなくても良いわ」「勝手に入って良いの?」「私は気にしてないから大丈夫」「うん、霊夢は気にしないよね。だけどそういう問題じゃないと思うんだ」「……裏手が怪しいわ、行くわよ」「もー、せめて一言誰かに断ってから入るとかしようよー」「入るわよ」「私に言ってどうするの!?」「アレもダメ、コレもダメ。……まったくフランはワガママね」「私世間知らずだけど、これがワガママで無い事は分かるよ」「倒す相手は最低限にしておきたいのだけど、面倒だから」「お寺に入る許可をもらうだけだよね!?」「妖怪である以上、視界に入ったら退治の対象よ」「…………霊夢はさ、自分の行動に疑問とか覚えた事無いの?」「無いわね」「……たすけておにいちゃぁん」幻想郷覚書 神霊の章・拾陸「雄終完日/ぶらり幻想郷ふたり旅」 妖怪の山で萃香殿に勝利した我々は、そのまま妖怪の山を降りる事となりました。 萃香殿からは残念ながら、異変に関する情報はいただけませんでしたね。 曰く、お祭り騒ぎに興味があっただけで異変はどうでも良いとか。 誠に残念です。私としましては、萃香殿と戦えただけで満足ではありますが。「さて、妖怪の山を降りて紅魔館に辿り着いたワケだけど」「はい!」「――ここは無視して、次に行きましょうか」「はいっ!!」 さて、次はどこに行くのでしょうか。 私は斬りがいのある相手がいればどこでも構いませんが……可能なら、晶さまと斬り合いたいです!!「待たんかいコラァ!!!」「私としては、白玉楼に行きたいのよね。幽々子なら何か知ってそうだし」「では、ゆゆ様を斬りましょうか!!」「……良いの? アンタの主でしょう?」「ゆゆ様は、私に斬られた程度でどうこうなる御方ではありませんから!!」「信頼してるって事ね。それなら丁度良いわ、せっかくだから冥界に行ってみましょうか」「しかし、天人の天子殿が冥界に行っても問題無いのでしょうか……」「私だから大丈夫よ」「さすがです。では――」「せめてこっちに興味を持つくらいはしなさいよぉぉぉぉ!!」「おや、居たのですかレミリア殿」「おぐぁ!?」「……なかなかにエグい真似するわね、妖夢」 いつのまにやら居たレミリア殿が、何故か項垂れ落ち込んでおりました。 どうしたのでしょうか。そもそも彼女は紅魔館の主、こんな所に一人で居るのは問題があるのでは? 私は従者――紅魔館でなく白玉楼の従者ですが、無関係な身分だからこそ紅魔館の主のこの行動に忠告をするべきでしょう。「なんでいるんですか?」「そこまで言われる筋合いは無いわよぉ!!」 伝わらなかったようです。むしろ間違って伝わってしまったようで、レミリア殿に激昂されてしまいました。 誠に残念ですが仕方ありません。とりあえず斬りましょ――おっと?「止まりなさい、妖夢。とりあえずは話し合いの時間よ」「ほ、ほぉう。貴様ほど好戦的な天人にしては珍しいな。この私に臆したか?」「見なさいあの惨めな姿。下手に戦うより、このまま話してる方がずっとアイツを辱められるわね。くくく」「悪魔かお前は!?」「? 悪魔なのはレミリア殿では?」「お約束な返しは止めろ!! そういう意図は無い!!!」 どういう意図なのでしょうか? 良く分かりませんが、レミリア殿は大変ですね! そしてそんな私の姿を眺めながら、何故か満足そうに微笑む天子殿。 私、天子殿が喜ぶような事をしたのでしょうか?「と言うか貴様ら、存外タチの悪い組み合わせだな。天然と性悪がダメな意味でお互いを高めているぞ」「あら、そんなに褒めないでよ」「ありがとうございます!!」「ええー、何で喜ぶのよ……」 何かしらにせよ、評価されるのは良い事です。 私は未熟者ですから、未だ知らぬ自分の長所があるのかもしれません。 故にどんな評価でも受け入れ、己の糧とするのが良いと愚考します。 正直、どう活かして良いのか分かりませんが!!「く、くくく、しかしそう笑っていられるのも今のうちだぞ? 何しろ貴様らは私の前に膝を屈する――」「えっ、やだ」「『えっ、やだ』!?」「ぶっちゃけ私らにとって、アンタって構う価値すら無いのよね。こうして話してあげてるのだって温情に近いと言うか……」「な、なんだと!?」「だってアンタ、異変に関して知っている事なんてロクにないでしょ。情報源としてほぼ役立たずじゃない」「――そ、そんなワケあるはずが無いじゃなひの!?」「分かりやす過ぎて少し腹立つわね。さ、とっとと行くわよ妖夢」「はいっ!!」 次は白玉楼、恐らくゆゆ様が待っている事でしょう。 ゆゆ様――用意しておいたおゆはんを全部食べていなければ良いのですが。「だから待ちなさいってば!! ふ、ふふ、どうやら貴女達は私を甘く見ているようね」「そうなのですか?」「そうでも無いわよ。コイツが運命を見れる事は知ってて放置しているワケだし」「知ってるなら興味を示しなさいよ!? 私の能力なら、事の真相だって見抜く事が出来るのよ!?」「つまんないからヤダ」「つまっ!? ……わ、分かったわ。なら、全てを暴かない程度の丁度いい答えを」「面倒くさいからヤダ」「ええい、なら何なら良いんだ!?」「いやだから、そもそもアンタに関わる気が無いって言ってるじゃない」「そんな事言うの止めなさいよぉぉぉ!!」 力いっぱい地団駄を踏みながら、レミリア殿が半泣きで私達を睨みつけます。 しかし天子殿は落ち着いたもので、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて肩を竦めました。 何を言われても態度は変えないと言う事でしょうか。ひょっとしてコレが、高度な舌戦と言う事なのでしょうかね。 良く分かりませんが、私には縁遠い戦場である事は確実なので傍観していましょう!!「それじゃあ一つだけ聞いてあげる。なんでアンタ、お付きも連れずに一人で来てるのよ?」 先程私が尋ねた事を、改めて問いかける天子殿。 なるほど、ああやって聞けば問題なかったのですね。何やらレミリア殿が嬉しそうに笑っております。「くくく、貴様ら二人に紅魔館の全戦力を連れてくるのは些か大人げないからな。私とパチェの二人だけで来てやったのさ」「パチェって確か……あの引篭り?」「せめてインドア派と言いなさい!!」「影も形も見えないのだけど、まさかのそのパチェって貴女の想像上の生き物じゃないわよね」「違うわよ!」「パチュリー殿はイマジナリーフレンドだったのですか!?」「だから違う!! 私が先行しただけで、パチェはちゃんと付いてきて――」「誰もいないけど?」 レミリア殿と話してしばらく経ちますが、パチュリー殿が現れる気配は一向にありません。 さすがに不安になったのか、レミリア殿も必死に紅魔館の方角を眺め始めます。 そんな彼女の姿を見て、天子殿が実に意地の悪い笑顔で問いかけました。「あらら~、ひょっとして帰っちゃった? 付き合いきれないって帰っちゃったのかしら~?」「そ、そんな事……そんな…………」「……あ、ゴメンなさい。まさか反論出来ないほど心当たりがあるとは思わなかったのよ」「こ、心当たりはあるけど今回は違うわよ! ちゃんとついていくって約束してくれたもの!!」「――レミィ」「っ! ほら、ちゃんと来たじゃない」「お、お待た…………せ……………………」「パチェー!?」 おお、凄まじい消耗具合です。 近くの木にもたれかかっていると言うのに、それでも立てない程に疲れているパチュリー殿。 何か妖怪とでも戦ったのでしょうか? その割には外傷が一つも無いのですが……。 慌てて近づいたレミリア殿に身体を預けると、荒い呼吸をしながらパチュリー殿は精一杯の声で呟きました。「……………………歩き疲れた」「いや、ここそんなに紅魔館から離れて無いわよパチェ!?」「やっぱり引篭りじゃないの」「日の光が眩しい……こんな中歩くのって拷問じゃ無いかしら……」「まるで吸血鬼のようなお言葉ですね」「パチェ、だから少しは外に出なさいって言ったのよ……ここのところずっと図書館に篭もりきりだったじゃない」「レミィ、良い本はね、何度読んでも良い本なのよ」「……つまり、どういう事です?」「本を読む事に夢中になって、ずっとお籠もりしてたって事でしょう。どう足掻いても引篭りよね」「ま、まだインドア派の範疇よ。ほら、魔法使いは常人と色々感覚が違うから」「日常生活困難になるレベルで引き篭もってる時点で、魔法使いとしてもアウトでしょーが」「そもそも、パチュリー殿は何故飛ばなかったのですか? 身体が辛いなら短距離でもそうした方が……」「魔法使おうとしたらむせて、そのまま喘息に繋がったのよ。もう一度魔法を唱えようとしたら――多分私は死ぬわ」「ねぇ。本気で聞くけど、この置物を持ってきて何になると思ったの?」「き、今日はとびきり調子が悪いだけだから!! 普段はもう、魔法ガンガンに使いこなす超有能な魔法使いなのよ!?」「天子殿、私には少し分からないのですが――これは高度なレミリア殿の策略なのでしょうか」 未熟な私の目には、単に足手まといが増えただけの印象しか無いのですが。 ひょっとして、今のパチュリー殿を相棒とする事で何かしらの戦略的効果があるのでしょうか。 さっぱり分かりません。とりあえず、今のうちにパチュリー殿は斬っておくべきですかね?「もちろんそう……なんて戯れ言を言う気にもならないわね。戦うつもりなら最低限の体裁くらい整えておきなさいよ」「パチェが大丈夫って言ったのよ! なのに全然大丈夫じゃないじゃないの!!」「外を……甘くみていたわ……ふふふ…………安請け合いなんて………………する……もんじゃ………………」「パチェ!? しっかりして、パチェ!!」「……………………」「パチェェェェェェェェ!!!」 安らかな顔で、パチュリー殿が目を閉じました。 僅かに胸が上下しているので、恐らく疲れて眠ってしまったのでしょう。 別段、命に別状は無いと思われますが……レミリア殿が物凄い動揺しておりますね。 死んではいけないとか何とか言っていますが、どういった意図による発言なのでしょうか。 天子殿これは――おや、何故首を横に振っているのでしょうか。 面倒だからこちらに振るな? はぁ、良く分かりませんが分かりました。 「とりあえずコレ、もう私達の不戦勝で良いわよね。少なくとも私にやる気は無いわよ」「ぐ、ぐむむ……だけど…………」「と言うか、とっととその置物を連れて紅魔館に帰りなさいな。本気で死因を『外出』にするつもりなの?」 おおっ、降り注ぐ日の光でパチュリー殿が苦しんでおられます。 丁度良い天気だと思うのですが、パチュリー殿はどれだけ外に出ていなかったのでしょうか。「――い、いや、さすがのパチェでも外にいるだけで死ぬなんて事は無いはずだ。……無いはずよね?」「あえて正直に言うけど――死んでも私は不思議に思わないわ」「…………やっぱり?」「友達なら、とっとと助けてやりなさい。ね?」「ぐむむむむ……分かった! じゃあ、連れて帰るけど――貴方達も来なさい!!!」「はぁ!?」 そう言って、レミリア殿は天子殿の腕をガッチリ掴みました。 それまで余裕綽々だった天子殿も、さすがに予想もしないレミリア殿の行動に驚いているようです。 全力で引き離そうとしていますが……ダメなようですね。純粋なパワーでは天人より吸血鬼の方が上のようです。「パチェが回復するまで、家でもてなしてあげるわ! そして戦いなさい!!」「私達に何一つ利点が無いじゃない!! 妨害するにしてももっと考えてやりなさいよ!!!」「こんな下らん時間稼ぎをするものか!! これは純粋な、もうなんとしてもパチェと一緒に戦ってやると言う意地だ!!」「よ・り・悪・い・わ・よ! 私達は急いでいるのよ!?」「本当に悪いと思っている!! だけど諦めて!!」「せめて妨害としての体裁くらい整えなさいよぉぉぉぉx!!」「…………うるさい、もっと静かにして」「元はと言えば!」「パチェのせいでしょうが!!」 先程までの劣勢がウソのような攻勢です。あの天子殿が、色んな意味で押されてしまっています。 これが、なりふり構わなくなった吸血鬼の全力……凄まじいです。「妖夢! 貴女も見てないで何か言いなさいよ!!」「私は戦えれば何でも良いです」「ぐだぐだ戦っていたら競争に負けるわよ!? それでも良いの!?」「正直、競争の勝敗に関してはそれほど拘り無いですね」「あーもう、これだから求道者タイプのバカは!」 無論、可能ならば晶さまや霊夢殿、魔理沙殿に早苗殿と戦いたいとは思っていますが。 二兎追う者は一兎も得ずと言います。戦う相手を選り好みしてはいけませんよね。 何より『七曜の魔女』と名高いパチュリー殿の魔法に、私の剣がどこまで通用するのか試してみたいです!!「パチェが回復するまでの間なら歓迎してやる。美味しいオヤツもたくさん出すぞ!」「そもそも拘束すんなって言ってるのよ! その魔法使いの復活に、どれだけ時間がかかると思ってるの!?」「…………半日――いや、一日くれれば完璧に調子を整えてみせるわよ」「長すぎるわよ!! それで良く自慢気な顔出来たわね!?」「往生際が悪いぞ!!」「どっちが!!」 ついに引っ張り合いを止め、拳と拳をぶつけあう天子殿とレミリア殿。 何やらどうするか決めるのに時間がかかりそうなので、私はパチュリー殿を木陰に連れて休ませる事にしました。 ――しかし結局戦う事になりましたが、天子殿はそれで良いのでしょうか?