「妬ましい……最早何もかもが妬ましい…………」「よっ。お疲れさん、パルスィ」「全くよ! なんで私があんな目に遭わないといけないのよ!?」「人気者は辛いねぇ。――いや、この場合の人気者はパルスィじゃないか」「コロス……いずれ何らかの形であの駄メイドはコロシテヤル」「烏天狗のヤツ、私からは必死に逃げてた癖になぁ。パルスィにだけ絡むとかズルいよなぁ」「あの、辻斬りみたいな体当たりの連続をそう表現できる貴方が妬ましいわ」「パルスィはもうちょい身体を鍛えるべきだな」「無茶を言わないで、天狗や鬼とはそもそも身体の出来が違うのよ。悪い意味で」「気合と根性があればなんとかなるって」「精神論は嫌い」「……なんだろうな。お前さんに精神論否定されると、なんかすっごい微妙な気分になる」「いや、なんでよ」「恨み辛みを原動力にするのも、気合と根性で何とかするのも実質的に同じモンだからじゃないか?」「………………どっちにしろ、私の性には合わないわ」「妬みが理由だったら、毎日の筋トレですら厭わない癖になぁ」「妬みは全てを超越するのよ」「今回はどうなんだ?」「そうね……………………色々と考慮した結果、『関り合いになりたくない』と言う結論が出たわ」「あーうん、困った事になんとなく分かる」「ねぇ、教えて。どうすれば私はあの阿呆の影響から逃れられるの?」「もういっそ、開き直って受け入れるしかないんじゃないか?」「……妬ましい…………ただただ妬ましい………………」幻想郷覚書 神霊の章・拾伍「雄終完日/サボタージュの泰斗」「な、なんとか撒けたようですね……」 地上に出てからも更に数分ほど逃げ続けた私は、鬼の追撃が無い事を確認して静かに地面へ降り立った。 まぁ、本来ならば鬼であるあの人が地上に出る事は無いのだけど。 少し前に平然と出てた前科があるのよね……嘘は嫌いな癖に、方便はそうでも無いから面倒くさいわ。鬼って。「うへー……荷物扱いだと、この速さでも大分辛いぜ…………」「贅沢言わないでくださいよ。実際に疲れてるのは私だけなんですからね?」「ある意味自業自得だろ」「四天王の一人に絡まれたのは、私が妖怪だからじゃないと思いますよ」「お前がさとりのヤツと遊んでなければ、ハメられて絡む事も無かったって言ってるんだよ!!」 ……まぁ、そういう見方もあるかもしれないわね。 アレに関しては、私も少し反省してるわ。 さとり妖怪を少々甘く見ていたわね。腐っても要注意妖怪、次は遊ばず即座に潰すようにしましょう。 それにしても、ここはどこなのかしら。 適当に飛んでいたから、そこら辺一切気にしてなかったのだけど。 面倒な所で無ければ良いの――あ、ダメだ。思いっきり面倒な所についちゃったわ。「参りましたね……三途の川手前まで来てしまいましたよ」「三途の川かー…………とりあえず離してくれ、辛い」「あ、はい。どうぞ」 小脇に抱えていた魔理沙さんから手を離し、ちょっと乱暴な形で地面へと降ろしてやった。 さしもの彼女もヘバッた状態ではロクに身体を動かせないらしく、大の字に近いかなりみっともない姿勢で地面に倒れ込む。 ――あらまー、これは酷い。「魔理沙さん、地下に居る時よりダメになってません?」「八割がたテメエのせいだよ! 無駄に地底と地上の往復繰り返しやがって!! ……あ゛ーっ」「あの橋姫はあそこで始末しておくべき相手だったと、そう思いませんでしたか?」「少しも思わん。どう考えてもお前の私怨だろ、あのイジメは」「失礼な、何を根拠にそんな事!!」「思いっきり「晶さんに近づく毒虫が!」って言ってたぞ」「記憶にございません」「……相手は「むしろあっちが近づいてるのよ!!」って抗議してたがな」「どっちにしろ万死に値しますね」「おいコラ、記憶蘇ってるじゃねぇか」 いやだって、仕方ないじゃないの! あの晶さんからの謎の高好感度、最早生かしておく理由が無いわ!! まぁ、直接顔を合わせるのはアレが初めてだったけど。人柄が分かるほどの話もしてないけど。「あそこで遊んでなければ、色んな意味でもっと平穏に抜け出せたと思うぜ」「遊んでません! 真剣に始末するつもりでした!!」「よりタチ悪いわ!! ――とりあえず、ちょっと休ませてもらうぜ」 言って、魔理沙さんはふらふらした足取りで木陰に入って行く。 ありゃりゃ、思いの外ダメージ受けてるみたいね。「そんなのんびりしていたら、他の方に先を越されちゃいますよー?」「後でごぼう抜きするから大丈夫だぜー。……真面目な話、このまま戦ったらチルノにすら負ける自信があるぞ」 うわぁ、思いの外どころか思いっきり大ダメージじゃないですか。 ぐったりしている魔理沙さん、まさかここまで弱っているとは思わなかった。 この惨状、一体何が原因なのかしら。 さとり妖怪と一緒になって煽りまくったから? 地獄烏と精魂尽きるまで殴りあわせたから? 荷物扱いで色々引きずり回したから? …………まったく、魔理沙さんは意外とか弱いですね! と言う事にしておきましょう。「じゃあ、軽く休憩しててください。私はその間に情報収集でもやっておきます」「ほどほどにしとけよー」「おや、心配してくれるのですか?」「んなワケあるか。お前がヘマすると私も被害を受けるから、収集するのは良いが大事にはするなって言ってるんだよ」「いわゆるツンデレってヤツですか!!」「心底からの本音だ、この阿呆!! 敵と遭遇してもテメエだけで対処しろよ!!!」「パートナーに対して酷くないですか?」「お前、今までの自分の所業を思い出してみろよ」 さっぱり思い出せませんね! だけどまぁ、魔理沙さんの機嫌を損ねたくないので気をつけましょうか。機嫌を損ねたくないですから!! 「さーてと、なんか暇そうにしてる人は――」「おっと、そこまでだ!」「あやっ!?」「あん?」 とりあえず軽く飛んで回ろうとした所で、唐突に何者かのストップが入った。 人の気配は無かったはずだけど……あ、彼女か。なら仕方ないわね。 三途の水先案内人、小野塚小町。距離を自在に操れる彼女なら不意に現れても不思議ではない。 不思議ではないが……問題は、なんでわざわざ彼女が姿を現したかね。 この怠け者が目を輝かせている時点で、物凄い嫌な予感がするのだけど。「異変解決ご苦労さんだ、お二人さん。悪いがここらで、ちょいとお休みしてもらおうか」「言われなくてもそのつもりだぜ。だからどっか行ってろ!!」「――え、そうなのかい? なぁんだ、なら良いんだよ」 分かりやすく臨戦態勢に入っていた小野塚小町だが、魔理沙さんの言葉を聞いた瞬間あっさりと気を抜いた。 らしいと言えば実にらしいリアクションだけど、色々と腑に落ちない反応ね。 そもそも、彼女は『参加者』と考えて良いのかしら? あからさまに『分かっている』反応だったけど。「ほら、ただ木陰に居るだけじゃ休まらんだろう。飴でも舐めるかい?」「いきなり友好的になりすぎだろ、どういうつもりだ?」「私も気になりますね。小町さんは――賭けの参加者なのですよね?」「そうだよ。だからまぁ、本来ならアンタらを倒さないと行けないんだけど……実はあたい、アンタらに賭けててね」「……なるほど、そういう事か」「さすがに完璧に見逃すのは無理だから、時間稼ぎはするつもりだったけどね。ハナから敵対するつもりは無かったよ」「良いのかソレって、ルール違反だろ?」「邪魔はしてるから良しって事で。あたいに楽しく殴り合う趣味は無いし」「まぁ、それは構いませんけど……」 解せないわね。言っている事に矛盾は無いけど、強い違和感があるわ。 多分、大事な所を黙っているのだと思うけど……何を隠しているのかしら。「な、なんだよ天狗。そんな目で睨むのは止めてくれって、映姫様みたいだぞ?」「はっきり聞いて良いですか?」「ど、どうした?」「正直、あの堅物閻魔がそんな賭けを許すとは思えないのですが――そこらへんどうなってます?」「…………えへへ」「今すぐ回れ右して帰ってください」「ひ、酷くないか!? あたいは味方だぞ!?」「妥当な判断です! 帰ってください、貴女現在進行形で面倒な爆弾みたいなモノじゃないですか!!」 どう考えてもお説教案件です、しかもこっちにも飛び火するタイプ。 冗談じゃない。アレに捕まったら、それだけで異変解決を諦める必要があるわ!! せめて魔理沙さんの調子が戻っているなら、小野塚小町を生け贄にして逃げ出す事も出来るんだけど……。 無理ね。逃げたらまた、どこか別の所でもっと休憩する羽目になりそう。「貴女だって、私達が足止めくらったら困るでしょう!?」「いや、あたいも分かってるけどさ。……ルール破ると賭け金全没収の上に罰金まで払うんだよ!?」「知らねぇよ! それで私らの邪魔したら本末転倒だろうが!!」「あたいだって困ってるんだよ! 実質コレ、どう足掻いても詰んでる状況なんだぞ!?」「私達はまだ活路あるんで、足引っ張るの止めてとっとと落ちてくれませんか?」「大丈夫! あんたらならあたいの妨害があっても異変を解決出来るよ!!」 ついにハッキリ『妨害』と口にしやがりましたよ、この死神。 もういっそ、適当な口実をでっち上げてぶっ潰してやった方が良いんじゃないかしら。「もうさ、八百長で良いから文とお前で弾幕ごっこしろよ」「えー。あたい、ワザとでも負けるのはちょっとプライドが許さないかなー」「――分かりました。では、私の全力の一撃で遠慮無く沈んでください」「冗談! さすがに冗談だから!!」 いやもう、嘘でも本気でもどっちでも良いわ。 とにかく邪魔で鬱陶しいから、グーでその顔殴らせなさいな。 ところが小野塚小町は、何故か私達の敵意を受けて自慢有りげに微笑んでいる。 ……その姿から、先程の覚妖怪を想起するのは仕方ない事だろう。 いや、アレはずっと鉄面皮だったけど。纏ってる雰囲気が似ていると言うか――有り体に言うと悪巧みしてそう。「とりあえず、そこの川に沈めておきますか」「異議なしだぜ」「いやいやいや、待った待った! 結論出すの早すぎやしないか!? あたいの話も聞いておくれよ!」 ……まぁ、確かにちょっと先走りすぎましたかね。 前例のせいで、過敏に反応しすぎたかしら。 協力の意思は確かにあるワケだし、話ぐらいは詳しく聞いても――「実はあたい、神霊に関係した面白い情報を知ってるんだよ」「沈めましょう」「そうだな」「あっれぇ!? まさかの敵意マシマシ!?」 これ絶対ケンカ売ってるわよね、確実に味方と言う名の敵よね。 ワザとしか思えないダメ死神の台詞に、自然と警戒を強める私と魔理沙さん。 ……だけど冷静に考え直してみると、覚妖怪よりは信憑性のある言葉よね。 腐っても三途の川の渡守、霊に関しては豊富な知識が――「本当だって、これでも情報を手に入れるツテは色々あるんだよ!!」「一刻も早く沈めましょう」「だな」「なんで信用が下がっていってるんだよ!?」「なんていうか、図ったかのような台詞のチョイスに殺意が湧きますね」「私の中では完全に敵だわ、お前。味方のフリして私らをハメようとしてるんだろ?」「ええー……あたい、協力的な態度しか見せて無いのに?」 実は貴女、地底での一連の出来事全部見てたとか言わないわよね。 あんまりにも狙いすませたような事言うから、一周回って生まれた信頼がもう一周して完全に消え失せたわよ?「そもそも貴女、態度は協力的でも立場は最悪の餌でしょうが」「お前がいるだけで閻魔に狙われるワケだしな」「……だが待ってくれ。それはつまり、映姫様に見つからない限りは頼れる味方だと言う事にならないだろうか」 少しでもそう思ったのなら、今すぐ帰れなんて言わないわよ。 悪いけど、今のところ貴女いい所皆無だからね? ……魔理沙さんの元気が多少でも復活しているのなら、今すぐにでもこのダメ死神から逃げ出すのだけど。 まだ無理そうね。と言うかこの人、今日中に回復するのかしら?「頼むから話聞いてくれよー。仕事サボって情報収集しまくったんだぞー?」「どれだけ本気出してるんですか」「そんなにカネが欲しいのかよ……」「言うほど金には執着してない! だが、いつもよりちょっと良い酒を飲むための努力は惜しまない!! それがあたいさ!」「―――ほぅ」 あ、終わった。 底冷えするような声が、死神の背後から聞こえてくる。 凍える空気、錆びついた動きで振り返る小野塚小町。 ガクガクと震える彼女が後ずさる事で、隠れていた閻魔の姿が露わになった。 ……怒ってる、メッチャクチャ怒ってるわ。 最早、この状況下で逃げる事は出来ない。逃げたら逆に注目されて捕まってしまう。 故に私達に出来るのは、閻魔が死神にだけお説教して帰るのを祈る事だけだ。「職務怠慢、賭博、更には不正行為。……空いた口が塞がらないとはこの事ですね」「あの、映姫様?」「――口を開いて良いと言いましたか?」「す、すいませんっした! でもその、し、仕事が……」「まずは座りなさい。仕事なら、今日はもう休みにしましたから問題ありませんよ。どうせなら明日も休みにしますか?」「あ、あはは…………」 アレはマジだ。マジ怒りだ。 これは、巻き込まれたら冗談抜きで異変が終わるわね。 ……イチかバチかになるけど、ここは何とか魔理沙さんを連れて逃げ出して。「……逃しませんよ?」「あ、あやや……」「いやいや、私達は異変を解決しようとしていただけでな」「座りなさい」「だから」「貴方達も、座りなさい」「…………はい」「…………おう」 横一列で正座する私達。 ダメだ。これは、もう許してもらえそうに無いわね。 ――せめて、夜までには解放してもらえるよう祈る事にしましょうか。