「それにしても、良くそんな物騒な面をあの隙間が見逃したわね」「まぁ、それほど時間制限キツキツってワケでも無いから。弾幕ごっこするくらいなら平気だよ」「平気だからって放置して良いもんじゃ無いでしょう。影響範囲が大きすぎるじゃない」「ケ・セラ・セラって事で何とか」「ならないわよ」「気をつけるから! 気をつけて飼うから!!」「自分の飼育すらロクに出来ない癖に、この上余計なモノ飼うつもり?」「思った以上に上手い事返された!?」「言うほど上手くも無いわ。――で、本当にどうするのよ」「まぁ、ぶっちゃけると致命的なレベルの手前ぐらいで自動的に面は解除されるから大丈夫。対策はちゃんとしてるよ!!」「手前で解除って……それでなんとかなるの?」「何度か試した結果、時間経過で歪みが改善される事は分かりましたので。しばらく間を空ければ再使用もモーマンタイっす」「…………ほぉ、何度もねぇ」「――おおっと」「正直に白状なさい。晶、どれくらい‘実験’を重ねたの?」「実のところ、数時間の連続使用ぐらいじゃそこまで派手な影響はでーませんでしたー☆」「話聞いてたのが私で助かったわね。聞いてた人間によっては、アンタ惨たらしく殺されてたかもしれないわよ」「しょ、しょうがないじゃん! そんな影響が出るとは思わなかったんだから!!」「でも貴方、神霊が増えている理由を異変では無く自分のせいだと思ってたのよね。……つまり、影響に気付いた上でも試してたでしょ」「にゃふふ☆」「ギルティ」「ひぎゃぁぁぁぁあああ」「……お二人共、仲が良さそうですね」「そ、そうですね」「(でも晶さんって、確かナズーリンと交際しているのでは……では、アリスさんとの関係って…………そ、そんなまさか!?)」「――いけません晶さん!! それは不義理ですよぉ!!!」「えっ!? あ、えっと……す、すいません?」幻想郷覚書 神霊の章・拾肆「雄終完日/秘められしモノ」「……この勝負、私の負けですね」 大見得を切っておきながら無様に敗北した僕が怒られていると、白蓮さんがそんな事を言い出した。 え、なんで? どこをどう切り取っても僕の負けだよね? とりあえずアリスさんの顔色を窺ってみる。――知るかって顔された。泣こう。「いや、負けたの僕ですよね? わりと言い訳の出来ないレベルで」「……あそこまで格の差を見せつけられてなお勝者を名乗れるほど、驕傲な心は持ちあわせておりません」「格の違いで勝敗がひっくり返ったら、弾幕ごっこの存在意義完全消滅すると思うんですが」 強い事も弱い事も、弾幕ごっこにおいては一つのファクターでしかない。 仮に僕が白蓮さんの百倍強かったとしても、スペカを先に使い切ったら負けな事に変わりはないのだ。 ……まぁ、そもそもにして白蓮さんの言う『格の違い』なんてモノは無いんだけど。 今回の弾幕ごっこは、我ながらあまりにも上手く出来過ぎだった。 と言うかアレだ、『不変』が凄すぎ。自分で考えといてなんだけどまさかあんなに強いとは思わなかった。 やる事なす事上手く行くから、ついつい僕も調子に乗っちゃって――色々試してる内にスペカが無くなった次第です。 ぶっつけ本番は何かしらガタが出るからダメだね! と言うお話でした。「そもそも、弾幕ごっこなんて水物の極みみたいなモノなんですから。勝ち負け程度でウダウダ言わないでくださいよ」「か、勝ち負け程度ですか」「まぁ、ガチで勝敗に命かかってるって言うなら話は別ですけど。……かかってます?」「い、いえ、特に命が危険だと言うワケではありませんが……」「じゃあ良いじゃないですか、僕の負けで」「えっと……」「それくらいにしておきなさい。正論だとしても、聖を追い込み過ぎよ」「おにょろばっ」 言い方は優しいけど、止め方は実に乱暴でした。 アリスさん、人間の首の可動範囲には限界があるんですよ? あ、知ってる?「だけど聖、コレの言ってる事に間違いは無いわ。弾幕ごっこは‘平等’で無ければならない――分かるでしょう?」「……そうですね。申し訳ありません、見苦しい所をお見せしました」「大丈夫です。多分、今の僕より見苦しいヤツはいないと思うので」「晶さん、首が凄い曲がり方してますよ!?」「見た目に反して致命的な曲がり方はしてないから大丈夫。メチャクチャ痛いけどネ!!」「上海」「シネヤオラー」「ギョルン!? ――あ、良かった戻った。……けどそのうち首がポッキリ取れそうで怖いです、アリスさん」「貴方なら平気でしょ、取れてもくっ付くから」「……それが出来ちゃうと僕、さすがに人類のカテゴリーから外れると思うんですが」「『不変』で似た事やってたじゃない」 アレは外れてるように見えてるだけで、実際は繋がっている所がミソなんです。 ちくしょう、最近のアリスは本当にセメントだな! このくらいの事じゃ僕が傷つかないとでも思っているのか!! ――まぁ、今の扱いで特に怒るポイントとかは無いんだけど。 つまりアリスの思った通りじゃないか……。「……本当に、晶さんには色んな事を教わりますね」「はぇあ?」 そんな僕らの漫才をスルーしていた白蓮さんが、何故かしみじみとそんな事を言い出した。 教えたって何を? 僕、白蓮さんに物を教えられるほど大した人間じゃないよ?「もう一度謝罪させてください。今度は、自らの‘師’を試した愚かな弟子として」「師!? あ、晶さんって聖のお師匠様だったのですか!?」「どうやらそうだったようですね。――よし、白蓮さんは免許皆伝じゃ!」「……思いつきで喋るの止めなさいよ」「失敬な。総合的に判断して、白蓮さんに僕が教える事なんて欠片も無いと判断したまでです」「そんな事はありませんよ。私はまだまだ至らない身、晶さんに教わりたい事はたくさんあります」 はは、ワロス。行き過ぎた謙遜は嫌味だって知ってますか白蓮さん。 と言うか本気で止めてください。次に命蓮寺へ行った時、師匠待遇で歓迎されそうで怖いです。「とりあえずその話は置いといて――何を試そうとしていたのか聞いて良いですか?」「それは……」 まぁ、答えられないよね。僕負けてるし。 さっきの白蓮さんの負け宣言を素直に認めていれば、向こうも素直に教えてくれたんだろうけどなぁ。 だけど仕方ないよね、勝負に負けるってそういう事さ!! あ、すいませんアリスさん。反省はしてるんで上海さんによるグーパンは勘弁してください。 それに僕とて、情報を仕入れる事を諦めたワケでは無いですよ!!「良い勝負したから、そのお情けで教えて下さい! ちょっとだけでも良いんで!!」「譲られた勝ちをあえて断って、その上で土下座してまで教えを乞う貴方は、何周か回って逆に凄い気がしてきたわ」「はっはっは、僕に拘るような体裁は無いからね!!」「それは恥じる所よ、普通」「知ってる」「あ、あの……顔を上げてください」 おお、困ってる困ってる。白蓮さんってば土下座に耐性が無い人なんだね。 とは言え、止めろと言われて止めてしまえば土下座は成立しないワケで。 白蓮さんが何か教えてくれるまで、僕は土下座を止めないよ!「まったく、性根がひねくれてるわね」 僕に聞こえるよう呟きはしても、止めはしないんですねアリスさん。 そういう強かな所は嫌いじゃないです。ついでだから、白蓮さんが参ったするように口添えもお願い出来ませんか?「……言っとくけどコレ、本当に教わるまで土下座止めないわよ。どうするの?」 本当にしてくれるとは思わなかった。もう、アリスったら以心伝心ね!! ちなみに魔眼のおかげで、土下座中だけど白蓮さんの様子は手に取るように分かります。 うん、メチャクチャ困ってるね。ついでに星さんも困ってるね。だけど止めない。「わ、分かりました。教えます。ですから土下座は止めてください」「ういっす! ありやとっしった!! ――あ、全部話せとは言いませんよ。僕は負けた側なんで」「……いえ、やはり全てをお話します。その、晶さんは不満かもしれませんが」「や、全部教えてもらう事に不満は無いですよ? 勝ったのは白蓮さんなんですから、教える匙加減は白蓮さんが決めて良いと思います」「ついさっきまで土下座してた人間の台詞じゃ無いわよね、ソレ」「敗者が勝者にお零れを求めて何が悪い! 同情されようが憐憫されようが、無駄足になるよりはマシだよ!!」「たまにだけど、貴方が凄い大物なんじゃないかって錯覚する時があるわ」「自分で言うのもなんだけど、それは錯覚だね!」 今の僕が、世界で一番情けなかったとしても否定出来ないです。 ほら、こんな僕から学ぶ事なんて特に無いよね? と軽く白蓮さんにもアピールしてみる。 あ、こらアカン。なんか凄い関心されてる。 明らかにアレ、ありもしない言葉の裏を読み取ってる顔だよね。 無いからねー? 全力で浅い意味しか無いからねー?「……まぁ、とりあえず報いは受けているから良しとしましょう。それで聖、貴女はどこまで知っているの?」「神霊が現れるようになった理由――つまり、全てを」 あー、やっぱりそうですか。 薄々だけど予想はしていたので、白蓮さんの言葉にそれほど驚きはしなかった。 そりゃまぁ、神霊は人里に集まっているし、白蓮さんは露骨に何かを隠していたからね。 これで何も知らなかった方が驚きだよ。……さすがに全部知っているとは思わなかったけども。「神霊……欲達は、とある聖人に話を聞いてもらうため霊の形を取ったのです」「聖人? 白蓮さん……の事じゃないよね」「道教における聖人です。十人の話を同時に聞けたと言う彼女は今、命蓮寺の地下に封ぜられています」「――おぉう、なんかいきなり話の規模が大きくなったなぁ」 そのエピソードが該当する『聖人』と言えば、日本ではまずあの人――『聖徳太子』しかいない。 つまり、歴史の教科書に乗るレベルの偉人様である。最近では非実在説とか出てるけど。……いや、出てるからなのかな? それにまぁ、良く良く考えると今更な気もする。 今までだって、伝説扱いだっただけでそのレベルの神妖は色々居たワケだし。 そう考えると思ってたよりは驚かないかな。……‘彼女’である事は、まぁうん、諦めました。「随分と冷静じゃない。最近の貴方って、有名ドコロが実は女と分かるとキレる病気にかかってたんじゃないの?」「妖怪ならともかく、偉人が相手だからねぇ……」 そっちは微妙に僕の興味から外れてるんだよねー。興味無いってワケでもないけど。 そもそも妖怪が美少女でショックを受けているのは、その妖怪の伝承における絵姿が欠片も残ってないからなワケで。 要するに、性別程度ならどうでも良いです。良いんじゃないですか? 萌えキャラっぽくてウケると思いますよ?「あ、でも角とか牙とか生えてたらちょっと嬉しいかも」「聖徳太子要素を積極的に減らしてどーするのよ」「えっと、話を続けてよろしいですか」「どうぞどうぞ、僕らは適当にチャチャ挟みながら聞きます」「自分が教えてもらっている立場だって覚えてる?」「大丈夫ですよ。むしろ、もっとたくさんお話ししてもらいたいくらいです。……うふふ、角と牙ですか」「良かったじゃない、ウケてるわよ」「あ、はい。反省します」 純朴な人相手に、あんま頭悪い事言ったらダメだね! でも今さっきの場合、悪いのは話振ってきたアリっさんじゃない?「……それで、なんでそんな面倒なのが命蓮寺の下に居るのよ」 誤魔化しおった!! アリスさんサイドの珍しい過失! 後で思いっきり弄ってやろう。 ――あ、でもその前に遺書を書きなおしておかないとダメだね。やり過ぎたら殺されるから!! え、分かってるなら止めろって? 絶対に嫌だね!!「そもそも逆なんです。かの聖人が眠るあの地に、封印として命蓮寺を立てたのです」「そりゃまた穏やかじゃないですね。なんでまたそんな事を?」「それは……」 何か言いかけて、白蓮さんは黙ってしまった。 やましい所がある、といった様子では無い。とすると――なんだろう? ……そもそもこの人って、やましい事出来るのかなぁ? それが出来るほどの器用さがあるなら、魔界に封印なんてされてないよーな。「いえ、ここから先を言うのは止めておきましょう。あまりにも私の主観が過ぎます」「……白蓮さんがそーいう事言うの珍しいですね。何事も冷静かつ客観的な視点で物を見れる人だと思ってました」「そうでもありませんよ。すぐ感情に流される、未だ修行の足りない未熟者です、私は」「そ、そんな事ありませんよ! 聖はとても立派な人です!! 貴女が未熟者なら、ソレ以下の私はどうなるんですか!」 あーうん、本当にどうなるんだろう。 この手の慰めでそういう台詞は良く聞くけど、星さんの場合はその――白蓮さん関係なく未熟っぽいからなぁ。 とりあえず僕は、この話題にはノーコメントを貫きます。「ありがとう。けれど――私は未熟者だからこそ、皆と一緒に居られるのですよ」 ……なるほど、そう言われると確かにそうだね。 冷静で客観的な視点持っている人なら、そもそも妖怪と人間の融和の為に身を粉にするとかしないよなぁ。 とは言え、自身の信念に関わる事以外ではやっぱり冷静な人だと思う。……いや、むしろやたらと懐が広いと言うべきか。 そんな人が主観的な答えしか出来ないとか――道教の聖人と命蓮寺の間には、果たしてどんな因縁があるのだろう。 宗教戦争は、欠片も興味無いんだけどなー。 むしろ避けたい。守矢神社の信者獲得計画だって、本音を言うと関り合いになりたくないくらいなのに。 ……あー。だから妖怪の皆々様、今回の異変をスルーしてるのかー。「晶さん。全てを話すと言っておきながら申し訳ありませんが、コレ以上の事はご自身の目でお確かめください」「まぁ、必要な最低限の情報は手に入ったので良いですけど……そっちは良いんですか? 本当は関わってほしくなかったんでしょう?」 そうでなきゃ、弾幕ごっこで勝負だなんて事にはならなかったはずだ。 試すとか何とか言ってたけど本気度はきっと半分くらいで、本音は僕らを異変から遠ざけたかったのだろう。多分。 「それが過ちであった事は、つい先程認めましたよ。……それに、興味があるのです」「……興味?」「晶さんは――幻想郷は、彼女をどう視るのだろうと。ですから、もう止めません」「あ、そ、そっすか」 うん。協力してもらえるのは良い事だし、敵が減るのも良い事だよね。 だけどうん、その、なんていうか―― ――なんか白蓮さんの中での僕、洒落にならないくらい重い立ち位置なってない? 気のせいかな?